韓国戦1
「よっしゃああっ!」
敵ゴールに突き刺さったボールを見て、鷲介は歓喜の叫びをあげる。それを祝福するかのように太陽の光が曇天の間から漏れてくる。
ドイツユースリーグ南地区最終節。優勝がかかったロート・バイエルンユースVSレーベ・ミュンヘンユースの試合。共にミュンヘンを本拠地とするライバルクラブの対決は後半四十分近くでとうとうRバイエルンが勝ち越す。それも今日初スタメンの鷲介のゴールでだ。
「鷲介!」
「ナイスゴールだ!!」
喜び、抱き着いてくる仲間たち。今日の試合、地元のライバルに常に先手を許していただけあって喜びもひとしおなのだろう。
「ナイスゴールだ鷲介」
「ま、僕と英彦のユースでの最後の試合に花を添えたってところかな」
最後にやってきてそう言うのはクルトと、鷲介のゴールをアシストした英彦だ。
鷹野英彦。Rバイエルンユース、そしてトップチームの二軍であるRバイエルン2にて活躍するエース。そして今日の試合を最後にトップチームたるRバイエルンに正式に所属することが決まっている、日本が誇る俊英だ。
「14歳でジュニアユースからユースに昇格したのは伊達じゃないってことかな。これなら数年後、トップチームで再会できそうだ」
「それはどうかな。14歳で昇格するのは珍しいけどそこから上がれれない選手なんていくらでもいるし、今のゴールもスピード任せであまりいい動きではなかったよ」
褒める英彦とケチをつけるクルト。鷲介がいいプレーをするたび二人がいつも行うやり取りに、鷲介は微苦笑する。
ユース最後の試合であり先日20歳になった二人はもうRバイエルンユースで試合をすることはない。Rバイエルンに入団してから常に自分に優しく、そして時には厳しく導いてくれた二人の先輩がチームを離れることは素直に寂しい。
そう思った鷲介は自然と二人に対して小さく頭を下げる。
「お二人とも、今までありがとうございました。先にトップチームで待っていてください。すぐに俺も追いつきます」
「うん、待っているよ」
「ま、ほんの少しだけ期待して待っていてあげるよ。あと試合はまだ終わっていないのだから気を抜かない」
微笑む英彦とそっぽを向き言うクルト。いつもの二人を見て鷲介は微笑み、自分のポジションへ戻っていく。
再開される試合。逆転されたLミュンヘンはユースリーグ優勝がかかっていることとライバルクラブに負けられない意地のためか前に出てくる。だがクルトを中心としたDF陣が攻撃を防ぎボールは前線の英彦に渡る。
(鷲介!)
(はい!)
アイコンタクトをかわしDFラインの裏へ飛びだす鷲介。タイミングギリギリで飛び出した鷲介はオフサイドに引っかからず、持ち前のスピードで英彦が放ったボールにあっという間に追いつき、相手ゴールへ迫る。
ペナルティエリアすぐそばでLミュンヘンの巨漢DFが距離をつめてくるが鷲介はまだ成長期の小柄な体格とスピードを乗せた小刻みなフェイントで彼を惑わす。そして縦に突破すると見せかけて中に折り返しのボールを送る。
そのボールへ走ってくるのは先程鷲介にボールを送った英彦だ。後ろからLミュンヘンのDF──今日の試合、鷲介に対して幾度も危険なプレーをしてきた韓国人──が追ってきているが、どう考えても間に合わない。
(これで勝ち確定だ!)
英彦はミドルシュートも上手い。今季数回出場したユースや主戦場としているドイツリーグ二部でもエリア外のミドルからゴールを決めている。
残り時間を考えて勝ち確定となる英彦のミドルシュートが決まるのを確信し、鷲介が笑みを浮かべたその時だ、シュート体勢に入った英彦へ後ろから迫っていた韓国人DFがスラィディングタックルを仕掛けた。
(──え?)
鷲介は耳を疑った。何故ならタックルを受けた英彦の足元から嫌な音がしたからだ。まるで何かが折れるような、生々しい音が。
後ろからタックルを受けた英彦は大きく姿勢を崩してピッチを転がる。受け身すら取らずに。
ピッチに鳴り響く主審の笛。そして後ろからタックルをした韓国人DFには二枚目のイエローカード、そしてレッドカードが提示される。
しかし鷲介にとってそれはどうでもいいことだ。彼の視線はピッチに倒れ足を押さえ体を震わせている英彦だけを見ていたからだ。
「英彦さんっっ!」
喉を引きつらせて英彦の名を呼び、鷲介は駆け寄る。そしてその時退場処分が下りピッチを去ろうとする韓国人DFが何かを呟く。
「コソハダ、イルボン」
意味は分からなかったが敵意が篭ったそれを聞き、鷲介は視線を向ける。すると相手はいい気味だと言わんばかりの笑みを浮かべていた。
◆◆◆◆◆
「──っっ!」
勢いよく体を起こす鷲介。ここは日本代表が宿泊しているホテルの一室。呼吸は荒く、いつも寝起きにある眠気は欠片もない。正面に見える時計の時刻と同室で眠る代表メンバーの寝息を聞き、今見ていたものが夢であることを自覚する。
「朝の五時……」
呆然とした様子で呟き、静かにベットから出ては洗面場へ行き顔を洗う。冷たい水で汗を流しすっきりするが気分は晴れない。
ベットに戻り、枕元に置いてあるタブレットを起動。韓国代表の要注意プレイヤーのプレイをまとめた動画に目を通す。そして最後に、英彦を壊したキム・ヒョンスの映像を見る。
「っ……」
あの試合と変わらない──レベル自体は相当に上がって入る──パワフル、そしてダーティなプレイ動画を見て鷲介は視線を鋭くする。
英彦に再起不能になるかもしれない負傷を負わせた後のことだ。キムはイングランドのチームに移籍した。もっともその後の足取りは全く知らなかった──というよりも知りたくもなかった──のでニューカッスルにいることを知ったのも最近だが、忌々しいことに英国の地でそれなりにやれているようだ。
所属クラブではスタメン出場が多く、代表に選ばれたのは二年前。順調に実力、評価を高め、将来的にはどこかのビッククラブに行けるのではないかという評論家もいるらしいが──
「ふん、まだまだだな」
ポウルセン達世界トップクラスと比べれば小物だ。初戦はアジアレベルに収まっている雑魚。今日もそう結論付けて動画をストップする。
あの試合、ゴールこそ決めたものの鷲介は彼に圧倒されっぱなしだった。だがそれは三年も前の話。今ではこちらが圧倒的に上回っている。当代の韓国代表は堅守で知られるが、鷲介が知るそれと比べれば色あせる。
「……ズタズタにしてやる」
胸中にある鬱積した思いを込めて、鷲介は呟くのだった。
◆◆◆◆◆
「とうとうこの日が来たかー」
「そうっすね、日韓戦です」
試合会場に向かうバスの中で久司の隣に座る土本が感慨深く言う。
「フル代表の試合は親善を含めてここ数年なかったんだよな。去年のアジアカップでも対戦する前にどちらも敗退したし」
「でも年代別じゃやり合う機会は多かったですけどね。……この空気はそれのせいかなー」
ぼそりと言う久司。バスの中はいつもの緊張した空気にどこかピリピリするものが混じっている。
ただの敵意とは違うそれ。世代別代表で戦ったものやACLで韓国のクラブチームと激戦を繰り広げた経験があるメンバーが多くいるためか、その時に生まれた因縁や重いなどが重なったものかもしれない。
「土本さんも確かU-20W杯の予選で戦ったことがありましたよね」
「まぁな。しっかしあの時でもヤバかったアンの奴がよりグレードアップするとは」
眉を潜ませる土本。彼、そして南郷はU-20W杯アジア最終予選の決勝で韓国と対戦し、現韓国代表のエース、アン・ソンユンと会いまみえている。
試合結果は2-1で韓国の勝利。先制点こそ南郷のパスを受けた土本のスーパーボレーによるものだったが、韓国の二点も当時のU-20韓国代表エースのアンがエリア外からのロングシュートに四人抜きゴールという、それを色褪せさせるような二つのゴールを決めたのだ。
「アジアNo1ストライカーという評価も妥当と言ったところですか」
「そうだな。180に満たない身長で欧州じゃ小柄な部類だが、当時と変わらず速く強くそして上手い。世界一激しいと言われるイングランドリーグで活躍し、近年常に優勝争いに絡んでいるあのマンチェスター・アーディックで不動のスタメンなんだ。同世代としては悔しいが、そう認めざるを得ないな」
気に入らなさそうな口調ながらも表情は不敵に笑っている土本。
「とはいえあんまり悲観はしてねぇさ。何せ|ウチ(日本代表)にはそれを凌ぐ怪物君がいるんだからな」
そう言って土本は視線を横に向ける。それを追うと、久司たちの逆の席に南郷と共に座っている柳に行きあたる。
「日韓戦はあいつも気合が入るのか、日本に戻ってきてからというものの動きにキレがあるな」
「ですけど少し気合が入りすぎじゃないかとも思いますよ。昨日の練習でも堂本さんたちと一発触発でしたし」
「そうだな。正直いつぞやのお前以上に凄かったからな」
いつもは久司と違い、結構周囲に気が使える──それでも言うべきことははっきり言うが──柳だが、日本に戻ってからの練習ではいつもとは比較にならない頻度で周囲のメンバーに鋭くダメ出しをしていた。堂本はともかく勝や井口、瀬川と言ったそこそこ仲のいい面子にもだ。
そして昨日、とうとう柳に注意を受けまくっていた堂本やその取り巻き──高城や柿崎たち──がキレて殴り合い寸前にまでなった。勝や久司たちが間に入ったものの詰め寄る堂本たちに向けて柳は侮蔑の表情を隠さず火に油を注ぐような言葉を放つ始末。
さすがに見るに見かねた柳と親しい土本達やコーチ陣から注意を受けた柳は表面上落ち着きを取り戻し、堂本たちに謝罪した。もっともそこで仲直りといかないのが人間関係の難しさではあるのだが。
「俺や勝さんが割って入らなかったら本当にヤバかった……」
「まー言っていることは正しかったが、いつもと違い直接的すぎたな。なんだかんだしつつも試合には持ち込まないと思うが」
「にしても少し気合が入りすぎな感じもするんですよね。柳の奴はアンダーも含めて韓国とは初対戦。あそこまで意気込む理由は無いと思うんですけど……?」
「だとしたら個人的に韓国の誰かと何かあったとか。もしくはただ単に韓国嫌いなのかもしれねぇな」
そう言って肩をすくめる土本。実は久司、昨日の練習の後少し柳と話し、それとなく気合が入っている理由を聞いたのだが、
『別に。なんでもない』
どう見ても何かあるような態度──触れてくれるなという気配を放ちながら柳はそう言った。それから察するに間違いなく個人的に何かあったのだろう。
(やっぱジュニアユース、ユース時代に何かあったと考えるのが妥当か……?)
そう思いながら久司は、柳の異常な経歴を改めて思い出す。
12歳の春、ドイツに移住しロート・バイエルンU-15チーム──日本に置けるジュニアユースに相当する──に所属。そして14歳の冬、U-19チームに昇格。その後はU-15、U-17を行ったり来たりしたものの15歳の秋には完全にU-19チームに定着した。
繰り返すがこれは異常な経歴だ。14歳でU-19のチームに昇格することは珍しいがないわけではない。だがたいていの場合はすぐに元いたカテゴリーに戻されるかU-16やU-17など、他のカテゴリーに所属する場合が圧倒的に多い。
しかし柳は──複数のユースカテゴリーを行ったり来たりしたものの──14歳で育成年代最高峰のチームに所属し一年で定着、レギュラーとなっている。久司もソルヴィアート鹿島U-19ユースに15歳の初夏、所属はしたがそこは日本のユースの話だ。
サッカー大国たるドイツ、そして昔から常に世界トップレベルのプレイヤーを輩出する育成大国においてそれがどれだけのことか。バルセロナ・リベルタのカンテラにいた久司だが、あのままいたとしても彼と同様の経歴をたどれたとはさすがに思えない。
(ま、何はともあれ何もなければいいんだが)
日韓戦はいくつもの歴史を築いては来たが、同時に何かしらの騒ぎや問題も起こしている。過去にはクラブチームがACLで対戦した後、試合終了後に勝利した日本のクラブチームに韓国のクラブチームが乱闘まがいのことを仕掛けたと言う記録もある。
久司もU-15代表で一度だけ同世代の韓国代表と戦い勝利したが、その試合の中彼らの悪質ともいえるファウルやファウルまがいのプレイ、また獲得したPKに対する審判へ選手たちが囲んでの抗議など、目に余るような行為があったことは覚えている。
メディアでも久方ぶりの対戦と言うこともあって煽るような記事もあった。知り合いのスポーツ記者も行っていたがそれは韓国でも同様で、まぁ色々と騒いでいるようだ。
何事も起こりませんように。改めてそう思う久司だった。
◆◆◆◆◆
「今日のスタメンはこの通りだ」
聞こえた監督の声に鷲介はハッとし、監督の隣にあるホワイトボードに視線を向ける。ゲームのことを考えていて今まで監督が言っていたことをすっかり聞き逃していた。
監督の前半のゲームプランを耳にしながら鷲介はゲームプランを聞き逃さなくてよかったと安堵しつつ、もしかしたらスタメンではないかもしれないと不安に思いボードを見て、小さく安堵の息をつく。
システムはいつもの通り4-4-2。GK川上、4バックは右から田仲、海原、井口、佐々木。本来海原の位置には秋葉が入るのだが、その秋葉がオマーン戦で古傷を痛め別メニューとなっていた──試合には出場できる状態ではある──ことを考慮しての抜擢のようだ。
中盤ボランチ二人は右から瀬川と南郷、前二人は柿崎に小野だ。いつもなら瀬川の相方は攻撃的ボランチの高城だが前半は失点を防ぎたいらしく、攻守どちらにもなれるオールラウンダーの南郷を入れたようだ。
そしてツートップは右に鷲介、左に堂本だ。監督が堅固な韓国DFを鷲介が切り裂き堂本や味方へパスを送るよう言う中、鷲介はかすかに堂本へ視線を向ける。
(あの人使って、勝てるのかよ)
代表で知り合い共に戦い、そして彼の出場したスペインリーグでのプレイ集を見て、鷲介は彼の底を見切っていた。正直、現在の日本代表FWの中では三、四番手といったところだ。
フィジカルを生かしたボールキープやミドルシュートは強力だが、それ以外のプレーが代表レベルギリギリのお粗末さだ。特にドリブルが下手で、スペインリーグではほとんど止められている。
(怪我前は上手かったけど、現在は見る影もないよな)
堂本が怪我をする以前のプレースタイルはフィジカルが強く、しかしドリブルの技術も上手いと言うエリックにいくらか似てものだった。
しかしスペインリーグ移籍一年目の終盤で負傷した堂本は半年の離脱を余儀なくされ、その後復帰したもののかつてのドリブルは失っており、現在のフィジカル前面にしたプレースタイルとなっていた。
(よくわからないけどあの人、最近紅白戦でも試合でもドリブルしようとすることが多いんだよな)
先日練習で鷲介が切れたのはそれが主な原因だ。どういうつもりか知らないがゴール前や一対一となる、とほぼ必ず自分で突っ込むようになっている。
はっきり言って現在の彼のドリブル技術は代表全選手を含めても下の部類だ。攻撃陣の中ではぶっちぎりの最下位。それが自分でもわかっていないはずがないのに──
「──さて、改めて言うまでもないと思うが今日の相手は永遠のライバル韓国だ。幾度も我ら日本代表の前に立ちふさがってきた相手であり君たちと同等の強者だがここは我らのホーム。決して負けるわけにはいかない。メンバー全員の奮起を期待する!」
『おう!』
いささか相手を意識しすぎているような監督の発破に皆が見事に声をそろえる。
そして選手たちが席を立ったとき、鷲介は堂本の所へ体を向ける。
(釘を刺しておくか)
あの下手糞なドリブルを今日の試合でもやられたらたまらない。そう思い声を掛けようとした時だ、後ろから肩を掴まれる。
「どうしたんだい?」
振り向けば後ろには小野の姿があった。どういうわけか、こちらを警戒しているような様子だ。
「堂本さんに何か用なのか?」
「いえ、今日の試合はあの下手糞なドリブルを絶対にやらないよういほうほ」
すっと小野の手で口を塞がれる鷲介。そしてぎこちない笑顔を浮かべた小野に引きずられるように──途中でそれに中神が加わる──控室から出ていく。
「何するんですか」
「それはこっちのセリフだ。試合開始前にまたもめ事を起こすつもりなのかい」
「もめ事を起こすって、まるで俺が中神みたいなトラブルメーカーみたいな言いぐさですね」
「正直最近の君はそれ以上だよ。……その辺は僕が堂本さんに言っておくから、君は試合に集中してくれ」
ため息まじりにそう言って小野は控室へ身を翻す。そして鷲介の手を中神が握る。
「さてと、そんじゃ行くぞ」
「わかったよ。だから手を放してくれ」
「駄目だ。勝さんからお前を監視しておけって厳命されてる。離したら後で説教確実なので絶対に離さん」
そう言って鷲介を引っ張る中神。小野からの──何故かはわからないが──子ども扱いに微かに苛立つ鷲介だが、小さく息をついてそれを吐き出し、大人しく中神に連れられる。
他のメンバーより一足早く入場ゲートに到着する二人。やや遅れてやってきた日本代表のスタメンも合流して並ぶ。
鷲介は近くにいる田仲らと雑談していると、日本代表イレブンがやってきたとは逆方向の廊下から足音が聞こえてきた。
視線を向けると予想通り、赤いユニフォームを着た今日の対戦相手である韓国代表イレブンが姿を見せる。
彼らの登場で和やかだった入場ゲートの空気は一瞬で消え去り、緊迫する。圧を発しながらも視線を合わせようとせず整列する韓国イレブンだが、そのうちの一人が鷲介の横にやってくる。
『久しぶりだな柳。元気そうだな』
『お前もなキム。イングランドで”そこそこ”活躍しているようだな』
鷲介の隣に来てドイツ語で話しかける180半ばの韓国人へ、鷲介はそっけなく返す。
キム・ヒョンス。身長はあの時と変わっていないようだが体つきはより大きく頑丈になっており、圧も増している。
『まぁな。お前も実力以上に評価されていて大変だな。”ゾディアック”だったか? まぁお前ぐらいの若手が過剰評価されるのはサッカー界ではよくあることだがな』
親しげな口調だが、態度や物言い、言葉には悪意がしっかりと籠められている。
出会った時と同じで相変わらず日本や日本人への無駄な敵愾心があるようだ。
『だが安心していいぞ。俺が今日、お前の本当の実力を白日の下に晒してやるからな。
明日には期待の新星から平凡なプレイヤーになれる。余計なプレッシャーからも解放される。よかったな』
『それはありがとう。じゃあ俺もお前に礼をしないとな。──俺のゴールによる敗北と言うプレゼントをな』
そう言って挑発的な笑みを浮かべる鷲介。キムがかすかに両目を見開き何か言おうとしたその時だ、後ろから彼の肩に誰かが手を置く。
『──、───』
キムに対し何か言っている──発音からして韓国語のようだ──というよりも注意しているようなしぐさを見せるのはキムと同じニューカッスルFCに所属するファン・ジョンスだ。
彼はキムを強引に並ばせるとこちらへ振り向き、
「すまなかった。キムがめいわくをかけた」
たどたどしい、しかしはっきりとした日本語そう言って頭を下げて列に戻る。
謝罪、そして頭を下げるという、なんというかあまりに韓国人らしくないそれを見て思わず鷲介は唖然としてしまう。
「何の抵抗もなく柳に頭を下げるとは。さすが韓国サッカー界の良心と言われる男なだけはあるな」
「ま、あいつは昔からああですよ。というかそれは流石に韓国の人たちに失礼ですよ井口さん」
ファンの奇怪な行動にそうコメントするのは井口と田仲だ。
「あの田仲さん、昔からって知り合いですか」
「ああ。代表や年代別代表で幾度もやりあったし、まだJリーグにいた時のチームメイトだしな。仲は良かったよ」
「……。日本人と仲のいい韓国人て、いるんですね」
「そりゃいるだろ。そうでなければJリーグでプレイする韓国人がいるはずがない。
てかお前は韓国に対してネガティブなイメージしかないのか」
「知っている韓国人にろくなのがいませんしね」
キムを筆頭に鷲介が対面した韓国人は誰もがこちらに過剰な敵意を向けてくるのだ。好きになる要素がない。
「以前行われた共同開催のW杯でも色々と揉めたそうですし。ポジティブなイメージを持てっていう方が難しいですよ」
鷲介の言葉に井口を含めたスタメンの半数が頷く。
首を縦に振らない者もいるが、その中の数名は微妙に苦い表情をしている。
「……。と、とにかくその話は後だ。今は試合に集中しろ!」
「了解ー」
投げやりに返事をする鷲介。そしてWFUAのテーマ曲と共に両チームのイレブンがエスコートキッズと手を繋ぎピッチに入場する。
国歌斉唱、写真撮影と言ういつもの流れを消化し、最後に両チームイレブンの握手が握手を交わす。
その際当然のようにキムが不敵な笑顔で過剰な力を込めて握手してくるが、鷲介とて笑顔を浮かべ渾身の力を込めて握り返す。
微かに痛む手をキムから見えない位置で幾度も握り返しながら、鷲介はピッチに散っていく赤いイレブンのメンバーを見る。
布陣は最終予選三試合と同じ3-4-3。メンバーはベストというべき韓国代表。まずGKはJリーグ浦和エーデルシュタインに所属するチュ・スンテ。
スリーバックの右は今季ドイツリーグ、マインツ・モゴンティアに移籍してきたクォン・スンギュ。中央はベテランのチョ・テヒ。かつては欧州のクラブに十年近く在籍しており現在は母国屈指の強豪、浦項ダイヤモンドに所属している。そして左──鷲介と相対する位置にいるのはもちろん、キム・ヒョンスだ。
中盤は日本と同じ四角型で右ボランチは韓国リーグの昨季の優勝チームソウルSCに所属するホン・ドゥリ。 左ボランチはキムと同じニューカッスルFCに所属する”韓国の良心”ファン・ジョンス。
右SMFはスペイン一部、セレステス・ビーコに在籍するソ・ジョンス 。左SMFはJリーグ で活躍しているチ・セジョン。
スリートップの右はドイツリーグ、フッガーシュタットに所属するパク・ジョンム。真ん中は韓国No1若手プレイヤーでありイタリアリーグ一部、ベローナSCに所属するイ・ウィジョ。
そして左FWにいるのが現アジアNo1ストライカーと言われるアン・ソンユン。イングランド屈指の強豪であるマンチェスター・アーディックに20歳のころから在籍しており、現在では不動のスタメンとしてチームのキープレイヤーとまで言われている、韓国が世界に誇るワールドクラスのプレイヤーだ。
アラブ系の主審の笛がピッチに鳴り響き、湧き上がる大歓声の元、日本対韓国の試合が開始される。
(さて、どうくるか──!?)
移動しながらボールを回す相手を鷲介は見て、そして驚く。試合開始直後、いきなり韓国は全員が前がかりとなったからだ。
ファンの蹴ったボールが鋭く速くピッチの中央を走る。瀬川がカットしようと動くが伸ばした足は届かず、ボールはペナルティエリア正面にいたイに渡る。
パスを受け取ったイは迷うことなく前を向きドリブル突破を仕掛ける。しかし井口たちが立ち塞がったのと同時に正面を向きながらパスを出し、そのボールを右サイドのパクが収める。
そのパクに佐々木が向かっていくが、パクはフェイントで佐々木を惑わし近づけさせない。そして縦に突破すると見せかけて左に鋭く切り替えし、センタリングを上げる。
パクの出したグラウンダーパスにイが飛び込みその前を井口が塞ぐ。だがイはそのボールをスルー、そのボールに合わせたのは先程までペナルティエリア外にいたアンだ。
強襲と言うにふさわしい動きで日本のペナルティエリアに侵入したアン。その速く、迷いない動きに日本のDFは動きが遅れる。
そしてアンはパクが上げイがスルーしたボールをダイレクトで撃つ。強く、そして抑えの利いた低弾道のシュートに川上は反応できず、ボールは日本ゴール左隅に突き刺さった。
「──」
前半始まってまだ日本イレブンがボールに触れることなく起こった失点に、大歓声を上げていた日本サポーターの声が一瞬で静まり返る。そして次の瞬間、満員となったスタジアムから驚き、悲しみ、怒りが混在した声が上がる。
その中を韓国イレブンがエースストライカーに駆け寄っていき、大いに喜んでいる。そして電撃的というべき韓国の動きと失点にサムライブルーは誰もが驚きを隠さず、肩を落としている。
『よく見たか? あれが韓国のエース、アン・ソンユン。真のワールドクラスってやつだ』
「……凄いな」
いつの間にか横にいたキムが勝ち誇った表情を浮かべ、言う。しかし鷲介はそちらへ振り向かず、今のアンのプレーを素直に賞賛する。
エリア外から入っていく動きにしっかりと押さえが効いていた低弾道のシュート。文句のつけようがない。アジアNo1ストライカー。その称号は伊達ではない。
早くも本日二度目のキックオフの笛がピッチに鳴り響く。しかしいきなりの失点が効いているのか、ボールを回す日本イレブンの動きはどこかぎこちない。
(全く、いきなりの失点程度で何ビビっているんだ!)
ボールを回しながらも前に出ようとしない、代表の悪癖を見て鷲介は苛立ちながらも動く。
そして試合開始から十分ほど経過し、鷲介がセンターサークルまで下がってきたところでようやくボールがやってくる。トラップし前を向くと鷲介に向かってきたのは先程までセンターサークル外にいたファンだ。
(へぇ、反応が早いな。それに動くタイミングもいい)
そう評しながらも鷲介は眉一つ動かさず動く。彼の股下へボールを通し一瞬で加速して彼の横を通り過ぎる。
ファンの動きは鷲介のようなスピード系に対処するには見事な動き出しだった。だがスピード系ドリブラー──それも鷲介に対しては足りない。
『先には行かせないぜ!』
次に立ち塞がるのは本来のポジションに戻っていたキムだ。鷲介は軽く左右にフェイントをかけ右に突破しようとするが、思った通りキムはそれについてくる。
(ふん、昔と変わらず速いな)
認めるのも癪だが、キムは良いDFだ。強靭な肉体とそれに見合わない速さを併せ持ち、身体能力だけを見ればワールドクラスと言ってもいい。
『はっ!』
こちらのわずかな逡巡をついたのか、キムが一気に距離をつめてくる。鷲介は素早く後方にターンしボールを味方に返すがその直後、キムの荒々しいチャージを受けて吹き飛ぶ。
(痛っ!)
ラモンに比べれば多少はマシだが痛いものは痛い。そして主審も笛を吹きキムのファウルを取る。
『軽く当たったつもりだったんだが、相変わらず軽いなお前』
『軽く、ね。どうりであまり痛くないわけだ』
見下すような笑みを浮かべるキムへ鷲介も嘲笑を作り、言う。彼が差し出した手を握り、起き上がっては鷲介たちは同時に背を向ける。
さて再開される試合。宿敵同士、しかも開始直後の失点と言うことで激しい内容が予想された試合だが、それに反した試合展開が続く。先制点をあげた韓国は素早く動きドリブルやパスコースは封じるもののボールは奪いに来ない。日本がミスった時にだけハイエナの如く反応してボールを奪いに来る。
一方の日本はいきなり失点した動揺を落ち着かせるのと、間をおかず失点したくないのか守備の構築に力を入れ、またボールをキープしつつもリスクのある攻撃は仕掛けない。もっとも相手に隙が生まれた時には豹変し、動くのだが。
つまりお互いが積極的に仕掛けず、お互いの隙を窺っていると言う、静かでつまらない試合となっているのだ。
この試合展開に気付いた当初こそ怒り、呆れた鷲介だが、この試合がW杯最終予選でありもし負ければ予選突破が厳しくなることを思いだし、素直に従うことにする。
(さてと、そろそろいいかな)
前半二十分が近づいてきたころ、ようやく失点のショックが消え、また硬かったサムライブルーの動きがほぐれてきたのを見て鷲介が思った時だ、ボールがラインを割ったところで小野が手招きする。
「そろそろ動こうと思うが、いけるね」
「当然です。とりあえず反撃の一発をかまそうと思いますので、良い縦パスをお願いします」
「わかった。オフサイドにかからないよう、気を付けるんだぞ」
頷き、鷲介は韓国のスリーバックの間に移動し動き回る。
これ見よがしに裏に抜け出すと言う動きをする鷲介。そこにマークに来るのはやはりと言うべきかキムだ。
『ご自慢のスピードで裏に抜け出そうってか? お前も懲りないな』
小馬鹿にした様子で言うキム。すでに今日、幾度か抜け出そうとした鷲介の前を塞いでるが故の言葉だ。
鷲介はそれを一瞥し、改めて周囲の様子を探る。他の選手は当然鷲介を警戒しつつもキムに任せている様子だ。
それを見て小さく嘆息し、鷲介は動き回る。そしてようやく前に出始めた日本代表が韓国のパスをインターセプトし、それが即座に小野に渡る。
その小野へファンがチェックに行くが、上がってきた南郷とのワンツーで前に出る小野。そして鷲介の動きに見事合わせたような縦パスを送ってきた。
(良いパスです!)
速く正確で、しかもタイミングもばっちりのパスに鷲介の口元が緩む。
ペナルティエリア正面から数メートル離れた地点でトラップした鷲介はゴールに向かうが、左斜めから猛烈なスピードでキムが迫ってきている。
しかし鷲介は少しも慌てない。小野の正確なパスに加え鷲介のポジショニングと動きだすタイミング、そしてスピードが合わさった時点で、もう勝負はついているからだ。
ギリギリまでゴールに近づきペナルティラインに差し掛かったところで鷲介はシュートを放つ。──直後、鷲介の足元にキムが体を投げ出すようなスラィディングを放つが時すでに遅し、鷲介の右足から放たれたシュートはゴールキーパーの横を通り過ぎ、ゴールネットを揺らしたからだ。
(よし!)
そして鷲介もシュート直後に来たキムのスラィディングを軽やかな跳躍で回避しており、着地と同時にいつものパフォーマンスを取る。
同点ゴールに沸く観客の喜びの声を聞きながらキムの方へ振り向くと、苦虫をかみつぶしたような顔をしたキムの姿がある。
(おいおい、これからだぜ。お前と俺の格の違いを分からせるのは)
鷲介は心中で嘲笑い彼に背を向け自陣に戻っていく。
同点に追いつかれた韓国は当然だが前に出てくる。しかし二十分近くもかけて落ち着いた日本代表はその攻撃に慌てず対処し、攻撃に転じる。
イからボールを奪った井口から縦パスが飛ぶ。それを堂本がクォンに競り勝ちそのボールを柿崎が拾い中にドリブルすると見せかけて左へパス、オーバーラップしてきた佐々木がボールを収めてサイドを駆けあがる。
「佐々木さん!」
左サイドに走りボールを要求する鷲介。ボールを収めすぐにゴール方向に振り向くが、その前をキムが塞ぐ。
『行かせねえ!』
先程の油断しきった感じは微塵もないキム。圧も増している。
だが鷲介は少しも表情を変えない。縦に突破すると見せかけてキムを左に動かし出来たスペースにパスを出す。そこへ堂本が走りこみ斜め右──ペナルティエリア右に上がっていた田仲にフリーでボールが渡る。
『何!?』
キムが驚き振り向くのと同時、ボールを受け取った田仲はダイアゴナルラン──斜めに走りペナルティエリアに侵入、シュートを放つ。だがGKのファインセーブによってボールはラインを割る。
「ナイスシュートです田仲さん!」
サムズアップして声をかける鷲介。そしてキムを一瞥するとCKに備えて移動する。
敵味方が韓国のペナルティエリアで激しく体をぶつけ合い小野が右のコーナーエリアにボールをセットする中、鷲介は韓国陣内の右サイド、ペナルティエリアライン上へ移動する。
後ろを見るとべったりついていたキムは流石に離れ、ゴール前にいる。両チームの選手が激しく体をぶつけ合うゴール前を観察しながら鷲介は視線を一度ボールを蹴ろうとする小野へ向ける。
目が合った小野は小さく頷きボールを蹴る。視線でかわしたとおりショートコーナで来るボールを鷲介は受け取る前一度首振りをして周囲の位置を再確認する。
(ゴール前をがっしりと固めた守り。ミドルを撃っても入れるのは至難。だが──)
ボールを収めた鷲介に寄ってくるファン。縦に抜け出す鷲介だが、当然それにファンは追従してくる。
ゴールラインぎりぎりまで近づいた鷲介。だが右足を振り上げたところでファンが体を投げ出すようなスラィディングを放ち前を塞ぐ。このままボールを上げたらボールは彼の体に当たりラインを割って再びのCKになるだろうが、当然そんな面倒くさいことはしない。
「ふっ!」
小さく息を吐き、再び左へ切り返す。右で倒れ愕然とするファンを横目に鷲介はセンタリングを上げる。
練習通りに上がったボールに海原が飛びつきヘディングを放つ。防ぐGK。だがこぼれ球を堂本がゴールへ蹴り込む。しかしキムが間一髪足を伸ばして堂本のシュートを弾き、そのこぼれ球を拾った韓国選手が前に蹴りだす。
(さすがの反射神経ってところか)
少しむっとする鷲介。かつてユースの試合やイングランドリーグの試合映像で幾度とも見たキムの超反応だ。
とはいえ先程見たとおり韓国の守備の仕方は変わっていない。難敵ではあるものの、強敵とは程遠い。
センターサークル付近にカウンター要因として残っていたアンへ飛んだボールだが、彼のマークとして残っていた井口が競り勝ち再びボールは日本ボールとなる。
「ボールを!」
手と声を上げて要求する鷲介。井口の競り勝ったボールを拾っていた小野からボールがやってくる。
ペナルティエリアから数メートル離れた鷲介に収まったボールに対し、日本陣内へ戻っていた青と赤の群集の動きがピタリと止まる。
前を向き右斜めから相手ゴールへ向かって突撃する鷲介。その眼前に立ちふさがるのはやはりと言うべきかキムだ。キムだけだ。
(馬鹿め)
予想したとおりのそれを見て鷲介は心中で罵倒すると緩急を織り交ぜたフェイントでキムを惑わす。そして彼の体が左に動いたのを見てその逆側を全速力で突破し、エリアに切れ込む。
日本代表が落ち着くまでの間、鷲介もそれに合わせて動きを押さえていた。結果としてキムに徹底マークされると言う事となったが、本気を出せばこの通りだ。
慌ててブロックを構築しようとする韓国。だがもう遅い。寄ってくるDF、前を塞ごうと飛びだしてきたGKの動きをしっかりと見て鷲介はシュートを放つ。効き足である右足から放たれたシュートは飛びだしたGKの頭上を通りゴールポストに当たって韓国のゴールネットを揺らした。
逆転ゴールに最初よりもさらに大きい歓声がスタジアムから沸き起こる。先制点の時同様、味方からか手荒く歓迎を受けながら鷲介は項垂れている韓国選手──特にキムたちスリーバックを見て小さく笑む。
(レヴィアー・ドルトムントクラスならともかく、お前たちの個人能力頼みの守備で俺が止められるわけないだろう)
守備とは個人ではなく組織で守るもの。ただそれは何を基準にしているかはチームによって異なる。
日本代表、そしてRバイエルンを始めほとんどのチームは人数をかけて組織的に守ることとしている。だがそれ以外では選手個人の能力に任せることを前提として組織的に動くチームもある。鷲介が知っているチームではRドルトムント、そして今対戦している韓国代表がそうだ。
個人能力頼みを前提とした守備の場合、肝心なのは当然その個人能力だ。そして韓国代表は当然だが、鷲介を押さえられるほどの力はない。
しかしながらやり方次第で可能ではある。試合映像やこうして対戦していても、彼ら韓国のDFは今まで戦ったアジアのチームの中でもっとも高い個人能力を有している。だが彼らには鷲介を押さえることを可能とするほどの状況判断力がなく、そしてコーチングの量が足りないのだ。
そしてその原因はDFチームリーダたるチョが原因だ。元欧州で活躍していたという話だが鷲介のようなドリブラーとの対戦経験が少ないのだろう。故に鷲介に対しもっとも対人能力に長けているキム一人に任せてしまっている。もし彼を中心に韓国DF陣があのユヴェントゥースTFCのようなコーチングをしていればずいぶんましになり、鷲介も多少は手こずっただろうが。
前半三十六分過ぎに吹かれるキックオフのホイッスル。これ以上の失点は避けたいのか韓国はアン達スリートップを前に残し全員が引いている。そしてシステムもファンがDFラインに入り4-3-3のダブルボランチに変更している。
しかし鷲介はそれを見て小さく嘆息するだけだ。ポジショニングやチーム全体の動きを見れば即席、突貫工事であることがすぐにわかるからだ。これなら少し揺さぶればすぐに守備に歪みやぼろが出る。
(ハーフタイムで立て直される前にもう一発決めさせてもらうぜ)
引いて守備固めをした韓国代表に対し、逆転したと言うこと、そしてサポーターの大声援の後押しもあってかサムライブルーはパスを回しながら前に出る。
アタッキングサードとミドルサードの境界線上でボールを収め前を向く鷲介。するとキムと右SBになったファンが射殺すような視線を向け、そして他の韓国選手からの注目も感じる。
(ま、立て続けにゴールを奪われたんだから無理もないが、そう言う所が駄目なんだよな)
個だけを見て群を見ていない。改めて視野の狭さに鷲介が呆れつつ、相手ゴールに突き進む。キム、そしてファンが寄ってくるが鷲介は構わず中に向かって進み、二人が飛び込んでくる近い位置に来たところで左から右に180度反転、後ろからオーバーラップしていた田仲にパスを出す。
ペナルティエリア右でボールを収める田仲。それに韓国守備陣が予想通り一気に右に寄っていき、キムやファンもそれに釣られる。
「田仲さん!」
それを見て鷲介は田仲に近づきボールを要求。田仲はこちらを振り向かず、しかし即座に鷲介にボールを返す。
さらに右サイドに寄っていくキムたちを見て鷲介は迷うことなく高いボールを左に送る。ペナルティエリア正面約二十五メートルと言ったところに飛んだボールを上がってきた南郷が胸トラップでボールを押さえる。
右に寄っていた韓国守備陣は慌てて南郷がいる左へ戻ろうとする。だがそれより早く南郷は動きペナルティエリアにいる堂本へスルーパスを送る。
韓国の守りの人数が足りないせいか難なくボールを足元に収める堂本。そして迷うことなくシュートを放つが体を張った韓国DFがそれを弾く。
エリア外にこぼれたボールを拾うのはまたも南郷だ。右からボールを奪おうと突撃してくる韓国選手を左に動いて避けようとする南郷。
(ミドルを撃つか?)
そう鷲介が思った時だ、南郷はヒールパスを出した。結果ボールは再びペナルティエリア正面に転がりそれを拾うのは先程、鷲介と共に右サイドにいて韓国選手の注意をひいていた小野だ。
(撃てる)
そう思ったのと同時、小野はエリアギリギリ外からミドルシュートを放つ。左に飛んだ強く速いシュートは鷲介と小野と言う二大脅威によって右サイドに集まってしまい、守備陣を再構築しきれていない穴だらけの韓国守備陣を難なく通過。
GKもコースに反応し手を伸ばしたがそれだけだった。ボールはその手にかすりもせず三度韓国ゴールのネットを揺らした。
「小野ー!!」
「ニッポン! ニッポン!」
見事なミドルを決めた日本のエースを賛辞するサポーターの声がピッチに鳴り響く。味方に囲まれる小野に駆け寄る最中、鷲介は赤のイレブンを見る。
二点目以上に愕然としがっくりきている様子の韓国。だが視線にはまだまだ力があり、反抗する気満々だ。
(いいだろう。ならさらにボコボコにしてやるよ。二度と戦う気が起こらないぐらいにな!)
今にも殴りかかってきそうな狂貌をしているキムに向かって心中で言い、鷲介は小野の元へ走るのだった。