初めての日本でのインタビュー
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「それじゃあ編集長、行ってきますわ」
「ああ。頼むぞ。次もウチがインタビューできるよう上手くやってくれ!」
「まぁ頑張りますよ」
鼻息荒く言う編集長に軽く応じ、広助は仕事場を後にする。会社が用意してくれたタクシーに乗ること数十分、とあるホテルに到着する。
チェックインを済ませた広助はまずトイレに向かい、設置されている鏡に映る自分の姿を見て身だしなみを見る。
いつも着ているよれよれのしわが寄ったシャツではない、ぴちっとしたスーツ姿の自分にどこかおかしなところは無いか確認してトイレを出て、一階にあるラウンジへ向かう。
ラウンジにはちらほらとホテルに泊まっている客や泊まろうとしている人たち、そして待ち合わせをしている人を見かける。そして外が見える窓際に一人座っている品の良いスーツ姿の外国人男性を発見すると、彼に英語で声をかける。
『初めまして。ダイヤモンド出版社の青井広助です。お会いできて光栄です、マルクス・ルーデンさん』
こちらを見たマルクスは硬い表情から一転して微笑を浮かべて立ち上がり、広助と握手を交わす。50代と言うマルクス氏だが身長は広助よりも高く、足腰もしっかりしている。
『こちらこそ。私たちの申し出を受けてくれて感謝しているよ。ありがとう青井氏』
『いえ、ところでいきなりですみませんが一つ聞きたいことがあります。何故我が社に、いえ私を直々に指名してくださったのでしょうか。柳鷲介選手のインタビューを』
先日のオマーン戦が終わった直後のことだ。広助が勤めている会社にいきなりマルクスから柳のインタビューの依頼が来たのだ。
その時の編集部の騒ぎと言ったらなかった。何しろ日本サッカー界の至宝であり現在最も注目されているプレイヤーである柳だが、日本のあらゆるメディアや出版社から取材やインタビューを今まで一度も引き受けたことがなかったからだ。
柳選手が活躍するたび、広助のダイヤモンドはもちろん、自社よりも大手の出版社から幾回もクラブや代理人にインタビューできないかと頼んではいたそうだが、そのたびにすげなく断られているのは業界でも有名だ。
そんな選手から何に前触れもなくいきなりの依頼。しかも広助を指名しての。指名された自分としては問いたくなるのは当然だろう。
『私は私の契約している選手のインタビューをする記者はその記者が書いている文面を複数見て、なおかつ伝え聞く人柄を聞いて決めている。今回の場合、あなたが私が求める条件にあなたが一番近かったからです。──今後あなたとこうして再会するかは今回の仕事の結果次第となると思いますが』
真顔となり言うマルクス氏。言外に今後接触があるかどうかは広助次第と言ってきている。
あからさまな上から目線だが、怒りよりも反骨心ややる気が広助の胸中で燃え盛る。
(上等だ)
心中に不敵な笑みを浮かべる広助。入社して十年余り。一記者としてそれなりのものだと自負する程度の実績は上げてきている。そしてそれが今回の仕事を獲得したのだ。
ならば今回も今まで通りの仕事をして、次の仕事につなげるだけだ。
『さてそれでは行くとしようか。あまり部屋で彼を待たせては緊張で部屋を抜け出しかねないからね』
冗談を言ってマルクス氏と共に広助はエレベーターに乗る。そして待ち人がいる回数に到着し部屋に入る。
『……誰もいませんね』
幾つかの家具と一人用のベットしかない小さい個室には誰の姿もない。広助は隣のマルクス氏を見るが彼は特に同じた様子もなく小さく首をかしげており『ふーむ、これは本当にどこかへ行ったのだろうか……』等と呟いている。
(おいおい、どうするんだ)
心中で広助が突っ込んだその時だ、後ろにあった扉──おそらくトイレかバスルームへのだろう──がいきなり開く。振り向けば探していた人物がそこから姿を見せる。
『あ、マルクスさん。それと……』
『トイレにいたのか鷲介。相変わらずこういう事になると無駄に緊張する奴だな。初めてでもあるまいしどっしり構えていられないのか』
『緊張するもんは緊張するんですからしょうがないじゃないですか。しかも日本じゃ初めて受けるインタビューなんですし』
『だとしてもだな──』
広助の眼前で言い合いを始める二人。流暢なドイツ語が行きかう。
しかしすぐに広助がいることを思い出したのか、柳はこちらを振り向く。
「あ、す、すみません。今日インタビューを受ける柳鷲介です。よろしくお願いします」
日本サッカー界の至宝と言われる若者は、恥ずかしげな表情で自己紹介をして握手を差し出してくる。年齢相応の顔となる柳を見て広助は微笑し、その手を握り返す。
そして二人は個室にある二つの椅子に座り向きあう。そして広助はテーブルに置いたボイスレコーダーの録音ボタンに指をかけて、言う。
「あーそれじゃあインタビューを始めさせてもらうよ」
「はい。よろしくお願いします」
頭を下げる柳。広助はマルクスに視線を向け、彼が頷いたのを見ると録音ボタンを押すのだった。
◆◆◆◆◆
──本日は取材に応じてくれてありがとう。
いきなりだけど率直に聞かせてもらおう。でも今まで日本のメディアからの取材を全て話を断っていたのにどうして今日、この時期にインタビューを受けようと思ったのかな。
「理由は色々ありますけど主に二つ。マルクスさんから信頼できそうなメディアがあったのでそろそろ応じてもいいかと言われたこと、僕自身の判断ですね。
日本のメディアが色々と僕について騒いでいてプロになった後から取材が殺到している話は聞いていました。でもその時は応じるつもりは全くありませんでした」
──それはどうしてかな?
「日本では有望な若手選手に対して過度な期待をかけすぎている、またアイドルのようにもてはやしているような風潮がありますからね。
ネットで日本における自分の取り扱いを見ていたら、受けようなんて気は無くなりますよ。過去の例に漏れず僕にもそう言う扱いのように思えましたし。
一方欧州では評価をしつつ冷静な目線で語ってくれますからね。日本のような過剰な特別扱いは殆どされませんし、しっかりと批判もされる。それがとても僕の好みです」
──これは手厳しい。とはいえ今こうして受けてくれていると言うことは”そういう”扱いを受け入れられるようになったと言う事かな?
知っているとは思うけど今の君の日本における評価は一年前とは段違いだよ。
「それはそうでしょう。自分で言うのもなんですけどプロになってまだ一年と少し、この短い時間でここまでの実績を築いた選手は今までの日本に皆無ですし。
ネットで見れる記事にコラム、日本にいる祖父や祖母たちが集めたスクラッチ記事を見ましたけど、正直むずがゆくなるようなものがいくつもありました」
──それは確かに。同じ記者としてどうかと思うようなものも自分も目にしたよ
「ですよね。──でも他国の若手やスタープレイヤーも大小似たような扱いはされているのは知っていますし、いつまでも応じないのはプロとしてどうかとも思いますからね。
今はW杯最終予選でちょうと日本に戻ってきていましたし。周囲の状況と俺個人の事情が重なって今回のインタビューに応じたわけです」
──現在ドイツリーグでは6ゴール。ゴールを量産して絶好調だね。
「いえ、ゴールを決められているのはジークフリートさん、フランツさんたちがいてくれるからこそです。もちろん自分の実力もあると思いますけど、自分を生かすべく動いてくれているあの人たちがいるからゴールと言う結果が出ているのだと思います。
そして頼れるDF陣に素晴らしいパスを供給してくれる中盤、自分のゴールは彼らがいてこその結果です。本当、我がクラブロート・バイエルンのメンバーは最高です!」
──なるほど、素晴らしい仲間たちのようだね。
ところで代表チームはどうかな。クラブメンバーのように頼れる仲間はいるかな
「……皆クラブと同じく頼れる面々ではありますが、挙げるとすれば小野さんに大文字さん。それと井口さん瀬川さん田仲さんたちですかね。
特に大文字さんにはプレーだけではなく、昨季は私生活の面でもいろいろとお世話になりました」
──ハンブルク・フェアアインでプレーしたんだったね。そのハンブルクFは今季好調だけどどう見ているかな
「はい。なかなか手強い相手になっていると思います。でもRバイエルンが万全なら勝てると信じていますよ」
──最終予選三戦もリーグと同じ6得点。この調子なら予選得点王も狙えるかな?
「意識はしていませんけどこの調子ならそうなるかもしれません。韓国のアン・ソンユン選手やイランの”ゾディアック”、カシム選手も直実にゴールを決めていますから最後までわかりませんけど」
──確かに。二人とも四得点で柳選手を追走しているからね。
ところで”ゾディアック”の中で特に注目している選手やライバル視している選手はいるかな?
「以前ドイツメディアでも答えましたけどやっぱり上位四人のFWですね。誰もが自分より格上ですし彼らと対戦して自分は一度も勝ったことはありません。
でも他の”ゾディアック”が侮れないことも身に染みてわかっています。特にイタリアのサルバトーレにフランスのヴァレリー、この二人には苦い思いばかりしていますから」
──サルバトーレ選手は欧州ユースリーグとU-17W杯、ヴァレリー選手は欧州ユースリーグ決勝で対戦したんだよね?
「はい。ヴァレリーは欧州ユースリーグ決勝、レイ・マドリーユースとの試合で。ラウールが強敵であることは以前対戦して知っていましたが、ヴァレリーが彼や自分ほどとは思っていなくて。
でも実際対戦したらほとんど何もさせてもらえませんでした。あの試合、開始すぐにゴールは決めましたけど、それ以降はヴァレリーに完封されましたし。その後ヴァレリーはRNSミランにて活躍、”ゾディアック”最強のDFと言われるのも納得の結果を残していますからね」
──柳選手も出場しているCLでも対戦する可能性はあるわけだけど、今ならどうかな?
「勝てないとは思いません。でも苦戦するのは間違いないと思います。一対一だけならユースリーグの時点でワールドクラスでしたし、あれからさらに成長しているでしょうから」
──なるほど。さて次のW杯最終予選、次は日韓戦。この試合を君はどう見るかな?
「間違いなく今までの予選三試合の中で厳しく激しい試合になるでしょう。あちらさんは日本相手だと異様な気合が入ることはサッカー界でも有名ですからね」
──確かに。今までの代表選はもちろん、ACLでも日本と韓国のクラブはバチバチな勝負をしているからね
「こちらと同じで海外組が多い国ですけど、やはり注目すべきはアン選手でしょう。イングランドの強豪、マンチェスター・アーディックのスタメンである現アジアNo1ストライカー。今シーズンも好調で五試合出場して三ゴール二アシストと好調です。
でも井口さんたちDF陣の頑張りがあれば防げると信じています」
──自分もそう思うよ。そしてゴールを決めるのは柳君かな?
「僕はもちろんチーム全員の仕事ですね。でも決められる時があれば当然ゴールは狙います。僕はストライカーですから」
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「先輩せんぱい~、どうでしたか柳選手との独占インタビューは!?」
「別に、どうもしない。いつも通りだ」
退勤時間になろうかという時間に戻ってきた晴己へぞんざいに答え広助は今日のインタビュー記事をまとめている。
うざく、しつこくまとわりついてくる後輩に適度に応答しながらも広助はパソコンのキーボードの手を止めない。そして彼がデートだと言うことで帰宅してしばらくしたところで一通り完成。帰宅するため席を立つ。
硬くなった体を動かしてほぐしPCを落す。記事を記録しているUSBをデスク横に置いてある小さい金庫箱に直すと薄暗い編集室を後にする。
「思った通り、そこまでひねくれてはいなかったな」
会社を出て呟く広助。口にしたのは今日インタビューした柳のことだ。欧州メディアへの対応やコメントで予想してはいたがそれから察していたとおり、なかなかの好青年だった。以前インタビューした中神に比べれば大分ましではある。
とはいえ問題がないわけでもなかった。あの若さで世界でも屈指のビッククラブに所属しているためか、会話のところどころに強い自負心──うぬぼれが感じられた。そしてかねてから噂されていた通り一部の代表メンバー──特に堂本たち攻撃陣──のことはあまり信頼していないようだ。
代表の皆を頼れると言いつつも上げたメンバーの中に堂本たち攻撃陣が一人もいなかった。またゴールを決めることを質問した時、全員の仕事といいつつも自分がゴールするという言葉が表情に張り付いていた。彼らを信じていないと言う事ではないのだろう。だがクラブメンバーに比べれば雲泥の差と言う事なのだろう。
(隠していたつもりかもしれないが、顔に出ているんだよな)
いつかインタビューを受けるときの資料になるかもしれないと思い、欧州在住の友人に柳のインタビュー画像を送ってもらい、それを見ていたからこそ広助はそれに気づいた。クラブにいるメンバーと代表メンバーについて話すときの表情とコメントの量や熱が明らかに違うのだ。
そしてその理由も広助は概ね察している。おそらくはクラブと代表のレベル差であり、しかもそれが柳選手が思っていた以上のものだったということなのだろう。
(まージークフリート選手たち超一流のプレイヤーに囲まれていれば現代表メンバーを物足りなくなると感じても不思議じゃないか。
とはいえ──)
いつまでもこのままでは駄目だろう。柳がどう思っていても現代表は文句なしに現在の最高のメンバーを招集している。それと一つになることを彼が受け入れなければ、柳が輝くことはできても現状最高の成績であるW杯ベスト16の壁を超えることはできないだろう。サッカーは11人で行うスポーツなのだから。
(そして彼自身、そろそろ気づかないとな)
今日のクラブに対するコメントや欧州インタビューの映像を見ていて気付いた柳の問題点。あれをどうにかしない限り、彼はクラブでも孤立しかねない。いずれは気付くだろうが、遅ければ遅いほどまずい。
「才気あふれる日本の至宝はどうなっていくのか……」
順調に見えて実際の所、いくつもの見えない落とし穴がある柳の進路。それを思い前途多難だと思う広助だった。




