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ダッシュ!!  作者: 浮雲士
第二部
52/196

中東の戦い2







「先輩! 同点弾ですよ!」

「見ているからわかっている」


 隣のデスクで騒ぐ白坂晴己しらさかはるきへぞんざいに返事をする広助。白坂は昨年会社に入ったばかりの新人記者で23歳、若い女性社員からはイケメンだと囁かれている若造だ。

 眼前のパソコンモニターには今リアルタイムで行われている日本対オマーン戦の映像が映し出されている。それを見ながら広助は飴玉を口に放り、明日売りだす記事の文面を変える。


「オマーンに出張している同業者は柳くんの調子が悪いとか言っていましたが、全くの杞憂でしたよ」


 さわやかな笑みを浮かべる白坂。社内でもイケメンと知られる男の笑顔は、大抵の女性社員は参ってしまう。もっとも男であり先輩である広助はどうとも思わないが。


「今はそうだな。だが最初から出ていたらこうなっていたかはわからんぞ」


 柳の弱点がフィジカル──特にスタミナであることはよく知られている。後半から出場したものの、オマーンの灼熱のピッチでどこまで持つのか。


「しっかし一点目も二点目の切っ掛けとなった崩しも見事でしたねー。特に一点目はゲームよろしくな繋ぎでしたよ」

「確かにな。今までの代表の試合ではあまり見られなかったものだ。ようやく周りと息が合ってきたと言う事か」


 柳は代表でもゴールを重ねているものの、そのほとんどが彼個人の能力や技術によるものだった。周りと連動してのゴール、アシストはほぼなかったのだ。

 とはいえ連携がまだまだであることには違いない。現に今の繋がりも海外組に限定されている。とはいえ、それも仕方がないのかもしれない。


(彼の判断力、タクティクススピードが速すぎるせいでもある)


 欧州のトップリーグとJリーグとの明確な違いの一つに判断力の速さが挙げられる。その分かりやすい事例はJリーグではトラップしてからプレーするプレーを海外ではボールを受けた瞬間に動く、またはダイレクトプレーをするといったものだ。

 代表とはいえJリーグでプレーする選手とまだプロになって二年も経っていない若者とはいえ欧州のプレースピードのみを基準としてしまっている柳。両者が合うには双方のすりあわせが必須だ。


(柳選手のスピードに国内組が合わせるのが一番いいんだが、簡単にはいかないよな)


 海外組が多くなったとはいえ代表の半数は国内組であり、そして海外組も全員が欧州のトップリーグにいるわけではなく、そしてそのスピードでプレーできているわけでもない。

 広助が見た限り現在でその基準に達しているのは小野に田仲、瀬川、大文字、井口ぐらいだろうか。柳と同じ天才の中神、南郷、土本、堂本の四選手は時折それについてくることができており、それ以外のメンバーはあまりできていない。


「さーて後半二十分前と言う時間で追いついた我らが代表。このまま一気に行くか―?」


 浮かれる後輩の言葉通り、日本は一気に攻勢に出る。しかしほぼ全員が自陣に戻ったオマーン相手に中々切り崩せない。

 最初こそいつも通りに見えた柳もやはりいつもとはまるで違う灼熱のピッチに苦しんでいるのか、どこか動きに精彩がない。ミドルシュートの精度もドリブルのキレもいまいちだ。

 得点した時のようにトライアングルやダイレクトパスで崩そうとするも、代表メンバーも後半と言う時間帯による疲労のためかそれに対応できず、追いつけない回数が増えている。疲れが見えていた田仲に代わり大島が投入されるが田仲のように柳の動きに合わせられない。

 そして守りに入ったオマーンだが、攻撃しないわけでもない。アブドゥルアジーズを日本の最終ライン付近に残し、日本の攻撃を防いだオマーンはそこへカウンターのロングボールを送ってくる。

 事前情報や先制点のシーンでも見られた通り、優れた動きと体幹を持つオマーンのエースストライカーは飛んでくるボールに見事に反応する。競り合っては勝ち、オフサイドにかからないよう飛びだしては先制点をほうふつさせるようなロングシュートを放って日本ゴールを脅かす。

 また変化をつけるためか、両WBも時折上がってきてはデコイ、またはエースストライカーへのパスを出すなど危険なプレーを行っている。もちろん彼らからの攻撃を防いだ日本は両WBがいないところを攻めるが、オマーンが運動量と人数をかけてギリギリ凌いでしまう。


(これは引き分けか)


 そう思う広助。すると後半三十分に入ったところで日本ベンチが最後の選手交代をする。明らかに疲れていた高城に代わりドイツで活躍する南郷を投入する。

 柳と同じドイツリーグのベアリーンFCで活躍する南郷選手は中盤ならどこでもできる貴重な選手だ。クラブ、代表共に中盤の底──ボランチのあたりを任されることが多い。

 その南郷にさっそくボールが渡る。自陣で受け取った彼は鋭く体を動かして前を向き、右サイドでボールを放る。

 そのボールをセンターライン付近で収めたのは大島だ。スピードがあり佐々木とは真逆な攻撃的SBである彼は早速持ち前のスピードを生かして前に出る。

 もちろん彼に対しすぐオマーンイレブンが寄ってくる。大島はそれに気にした様子もなくサイドを駆けあがっていこうとするが、一番近くにいたオマーンの選手が寄ってきたその時、前を向いたまま左へパスを出す。

 そのボールに寄っていく小野。しかし小野の前に近くにいたオマーンの選手が前を塞ごうとする。

 だが小野の動きがわずかに速い。彼は弾丸のような強く速い強いパスを出す。そしてその先には二人のマークが側にいる柳がいる。


「あー危ない! 奪われる」


 隣で後輩が叫んだのと同じことを広助は思う。柳選手の動きにマークに付いているオマーンの選手二人が挟み込もうとしてくる。

 クラブの時のような冴えをあまり見せていない柳。オマーンのカウンターが来るかと警戒したその時だ、なんと柳は驚くべき動きを見せた。


「うぇっ!?」


 それを見て白坂が仰天した声を上げる。柳は小野からのボールをスルーし、そして直後に鋭く反転、二人のマーカーを置き去りにしてボールを追う。

 当然だがそのボールへ残っていたCBが寄ってくる。だが柳は世界最高と言われるその驚異的なスピードで瞬く間にボールとの距離をつめ、寄ってきた相手CBと激突するかという至近距離で追いついては横にダイレクトパスを出す。

 柳の出したボールは飛びだしたCBが空けたスペースに飛ぶ。そしてそこへ堂本が飛び込んできてダイレクトシュートを放つ。


(やったか!?)


 追う思った期待は次の瞬間、裏切られる。飛びだしてきたGKが体で弾いたからだ。

 だが残念そうな声を出しかけた後輩の声が止まる。というのも相手GKが弾いたボールを堂本が抑えたからだ。


「い、けー!」


 ここが職場だと言うことも忘れたかのように大声を上げる白坂。堂本は距離をつめてきたGKを冷静にかわす。そして今度こそボールをネットに突き刺した。


「やったぁぁぁぁ!! 先輩! 逆転ですよ!」

「見ていたからわかる。あと騒ぎすぎだ」


 注意する広助だが声に迫力はない。何故なら広助も終盤の逆転劇に胸を熱くしていたからだ。






◆◆◆◆◆






「よっしゃあ!!」

「さすが中東キラーです!」


 観客に向かって吠える堂本に高城が笑みを浮かべて抱き着いている。暑苦しいなと思う鷲介だが、勝ち越したと言う事実が頬を緩ませる。


「騒ぐのはこの辺にしておこう! 残り十数分耐えきって、なんとしても勝ち点3を手に日本へ帰るぞ!」

『おう!!』


 井口のしゃがれた声にサムライブルーたちは揃って応え、ピッチに散っていく。

 主審が笛を鳴らした直後、ボールに触れたオマーンイレブンは猛烈な勢いで前に出てきた。そして試合開始直後と言わんばかりに激しく動く。


(なんだ、この豹変ぶりは!?)


 うって変わったオマーンの豹変ぶりに鷲介は戸惑う。ホームで負けられないと言うのはわかるが意識の切り替えが突然すぎるのだ。

 そして残っていた交代カードをこれまた豪快に一気に使い切るオマーンベンチ。動きが鈍っていたツートップ、右FWのアリーとCMFのジャミールを下げる。

 代わりに入ってきた二人の選手は後先考えずピッチを走り回っては日本の攻防を阻害し、味方の攻防に絡みまくる。

 サポータも全く諦めていないのかスタジアムに声援が響く。結果オマーンの激烈と言わんばかりの攻防の前に押され続ける。

 だがそれでも地力で勝る日本はゴールは許さない。DFラインは井口を中心として相手のスルーパスやロングボール、ミドルシュートを弾き返し、小野と土本も参加した中盤でのプレスは怒涛の勢いで迫るオマーンの攻撃を押しとどめ、または勢いを削ぐ。


「柳!」


 ボールを奪った井口を見て、センターサークル内にいた鷲介は考えるより先に首振りをし、移動する。ここで一点奪えば勝利確実だ。

 井口から飛んできたボールは高く遠く飛び、敵陣に落ちる。相手陣内のセンターサークル付近に落ちたそれを、オフサイドに引っかからないようギリギリで飛び出し、追いかける。

 もちろんオマーンの選手も黙ってそれを見ていない。先程からうっとしくマークに付いていたヤアクープを始め後方に残っていたオマーンイレブンが殺気を向けてくるが、鷲介は速度を緩めない。


(GKも飛び出しているが俺の方が先に追いつく。もらった!)


 鷲介は心中で呟き、脳裏に浮かんだゴールにつながる動きの通りに動こうとしたその時だ。緑色の光が視界を覆う。


(!?)


 そしてその光はもう一度、鷲介の視界を塞いだ。スタジアムの照明ではない。これは、まさか──


(レーザーか!?)


 聞いたことがある。中東の国際試合において観客席からレーザーが照射されたと言う話を。

 思う中、鷲介の速度はガクンと落ちる。たった二回だがその碧の輝きは鷲介がボールを見失うのに十分すぎたからだ。視力が戻った時鷲介が見たのは飛びだしたオマーンGKがボールを前線へ蹴り上げる姿だ。

 

(ふざけやがって!)


 罵りながら日本ゴールへ振り向く鷲介。高く飛んだボールは一気に日本ゴール前、ペナルティエリアギリギリ外に飛んでおり、それを井口とアブドゥルアジーズが競り合う。

 競り勝つ井口。そしてそのボールを佐々木が拾おうとした時だ、主審が笛を慣らし、オマーンにFKを与える。


「ざけんな!!」


 思わず鷲介の口から罵声が飛び出る。当然だ。着地の際アブドゥルアジーズは倒れたとはいえ競り合い自体は全く問題はなかった。ファウルが取られるはずがない。

 日本イレブンも同意見なのか審判に詰め寄っている。しかし審判は全く皆の抗議を受け入れず、それどころか一番前にいた佐々木へなんとイエローカードを突き出す始末だ。


(前半のPKといい今のファウルといい、これが中東の笛なのかよ!)


 歯軋りする鷲介。そしてエリアギリギリ外でオマーンのFKが始まる。蹴るのはエースのアブドゥルアジーズだ。

 大きく一呼吸し、短い助走からシュートを撃つアブドゥルアジーズ。日本イレブンの壁を巻いてゴール右に向かったボールはさながら猛禽のごとし。

 川上が飛びつくがわずかに届かず、ボールはゴールネットに突き刺さってしまった。


「……っ!」


 観客席から爆発したように起こる喜びの声を聞きながら鷲介は歯軋りする。FKとなったファウルはともかく、今のFKには文句のつけようがないからだ。

 後半40分過ぎの劇的なオマーンの同点弾。もちろん日本もすぐさま反撃に移ろうとするが、キックオフと同時にオマーンイレブンは全員が自陣に引きこもってしまう。

 カウンターすらも放棄した守り固めを前に、それでも何とかしようとする日本だがロングボールは弾き返されパス交換は目まぐるしく動くオマーン選手たちがあと一歩のところで防いでしまう。

 ピッチの暑さで大分参っていた鷲介も一度、強引に切り開こうとするが、ヤアクープだけではなく左WBムハンマドまで鷲介のマークについてくる。残る力を振り絞り二人をかわす鷲介だが追撃に来たオマーンDFのファウルのような荒々しいタックルを受けてボールを手放してしまう。

 そうしているうちに残っていた時間はあっという間に過ぎてロスタイムに入り、表示された時間一分が過ぎたのと同時、試合終了の笛が熱気漂うスタジアムに響くのだった。

 





◆◆◆◆◆






「あーもう! 腹立つ試合だったなー!」

「うるさいぞ白坂。仕事に集中できないから騒ぐな」


 だんだんとデスクを叩く白坂を嗜め、広助は口に入れたばかりの飴玉を奥歯で噛み砕く。

 白坂が荒れる気持ちは十分にわかる。今日の試合、まさしく『中東の笛』全開な試合だった。先制されたシーンはともかく、それ以外は全てそれが深く関与していたのだから。

 PC画面ではインタビューが行われている。キャプテン井口に堂本が終わり、そして最後は途中出場ながらも全得点に絡んだ柳だ。


『ええ。勝てた試合だけに残念な結果に終わってしまいました』


 年齢にそぐわない冷静さでコメントしている柳だが、広助すぐにそれが表向きだと言う事に気づく。表情は硬く視線は強い苛立ちがあるからだ。

 アナウンサーもそれを悟ったのか無難勝つ刺激しないような質問をしてすぐにインタビューを終わらせる。


「ぬあー首位陥落だー!」


 隣で頭を抱える白坂。それが意味していることは一つ、同時に行われた韓国対イラクの試合で韓国が見事三勝目を得たのだろう。


(2-0……。これで最終予選三試合連続のクリーンシートか)


 そばに置いてあるスマホの速報を見て広助は思う。大したものだと。

 日本とて守備が弱いわけではない。むしろアジア圏内ではトップクラスの強固さだ。しかしそれでも三試合ですでに六失点している。対戦したチームに有能なFWがいるせいもあるのだろうが──


(次節、ホームでの日韓戦。間違いなく死闘になるな)


 勝ち点で上を行かれたうえ、ただでさえ今までのサッカー史で様々な因縁がある韓国。どのような結果になるにしろ激闘になるのは必至だ。

 そう思い、広助は苛立つ様子でピッチを去っていく鷲介を見て祈る。この若き日本の至宝がどうかあの国(韓国)に壊されないことを。






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