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ダッシュ!!  作者: 浮雲士
第二部
50/191

崩壊







「いい加減にしてくださいよエリックさん」


 ハーフタイムのロッカールームにメンバが入ったのと同時、冷え冷えとしたクルトの声が部屋に響く。


「何がだよ」


 明らかな怒りを帯びたクルトの声にエリックも不機嫌そのものといった表情で向き直る。何かのきっかけで爆発しかねない様子だ。


「はっきり言わないとわかりませんか。前半の二失点、そのきっかけが全てあなただと言っているんです。

 それだけじゃありません。今日はあなたは周りを見ず自分で行こうとしてばかりだ。結果、何度も相手からのカウンターの起点となってしまっていてそれが失点につながってしまったんですよ。いつもはもっと球離れがいいのに何なんですか。もっと真面目にやってください」

「クルト、言い過ぎだぞ」


 眉をつり上げたエリックの腕を掴み言うロビン。しかしクルトは鋭い視線を彼に向ける。


「あなたもですよロビンさん。アンカーであるあなたまで前に出過ぎていた。監督に言われるまで気づかないなんてどうかしている。

 僕が試合中何度下がってくれと叫んだと思っているんですか」

「はっ、守備の責任者が失点の責任を俺たちに丸投げか? Rゲルセンキルヒェンごときの攻撃を防げなかった癖にずいぶんと上から目線だな」

「本当に馬鹿ですねあなたは。ごとき? Rゲルセンキルヒェンがヨーロッパでも上位に入る攻撃陣だということは誰でも知っているでしょう。

 まして今DFラインは万全の状態ではない。いや、仮にフリオさんたちがいたとしても防げたかどうか。それほどのものです。

 あなたはロート・バイエルンに来る前、CLカンピオーネ・リーグで対戦してことがあるんだからそれぐらいわかっているでしょう。それとも点を取ることだけ考えてそんな重要なことは気にもしなかったんですか」


 怒りを抑えることなくクルトは言う。エリックの額に青筋が入ったのを見て鷲介が慌てたその時だ、パンパンと二回手を叩く音がどんよりとした控え室に響く。

 全員一斉に音の方へ振り向けば、かすかな微笑を浮かべたトーマスの姿がある。


「私がやるべきだった注意をしてくれてありがとうクルト。でもそのぐらいにしてくれないかな? でないと私が注意することが無くなってしまうよ」


 いつも通りの様子で言うトーマスにクルトはしぶしぶと言った感じで引き下がる。

 そしてぐるりと周囲を見渡し、監督は口を開く。


「さて前半の問題点は今クルトが言ったこともあるがさらにもう一つ。ジークフリート、君もだ。

 いつもならチームプレイを第一としている君だが、今日のエリック君同様、ゴールすることに集中しすぎてそれが欠如しているように思える。もちろん君をここまで抑え込んでいるヨーゼフ君も素晴らしいが、それを踏まえてもだ。違うかね?」

「……はい」


 苦々しく表情を歪めるジーク。監督の言葉通り今日のジークは同じドイツ代表であるヨーゼフにほとんど押さえこまれていた。

 もちろんヨーゼフのDFが見事なのもあるが、それでも今まで通りのジークならマークを外しシュートを一本、打つことぐらいはできていただろう。だがそれが前半は無かった。


「そしてそれはエリック君にも言える。勝ち越し点を決めるまで君は殆どゲームから消えていたよ?

 マークについているラモン君はリーグ、いや欧州でもトップクラスのCB。厳しい相手だと言うことはわかるが君の本来の実力とポテンシャルなら前半のような姿をさらすことはなかったはずだと私は思っているよ」

「……」


 不機嫌そうな腕を組むエリック。しかしやはりジーク同様、何も言わない。


「私は君たちの行動が完璧に間違っているとは言わない。FWの最優先の仕事は点を取ることだからね。しかしそれにとらわれ過ぎるのもどうかともう。

 何より君たち本来のプレイができていない。これはよくない。君たちはチームの主力、君たちがおかしくなってしまってはチームに影響が出てしまうのだからね」


 静かながらも反論を許さないトーマスの言葉にジーク、エリックとも何も言わない。いや、言えないのだろう。強すぎるゴールへの欲求。それを自覚できているがために。


「昨日のPKの一件でそうなってしまったのかもしれないがあえて言おう。君たちはいつものようにやっていればゴールと言う結果に自然と結びつく。わざわざゴールを意識する必要はない。それは今シーズンの試合で君たちが証明しているのだから」


 そこまで言ってトーマスはわずかに視線を鋭くし、言う。


「だから私は君たち二人にいつものプレイを要求する。それが君たちの得点とチームの勝利に近づくのだから。余計な交代枠を私に使わせるような真似は控えてくれたまえよ?」


 言外にこれ以上らしくないプレイをするなら交代させると言うトーマスに鷲介はもちろん他のメンバーが表情を変える。ビックネームだろうがチームのエースだろうが、勝手な真似をする選手に対しては笑顔で容赦ない罰を与えることをよく知っているからだ。


「それでは後半は頼むよ? 君たちのいつも通りのプレイで見事、チームを勝利に導いてくれ」

「……はい」

「はい」


 頷く二人を見てトーマスは微笑み、他の細かい修正点を告げる。特にDFライン──クルトとジャックには念入りに声をかけ、二点目のオフサイドトラップに失敗したことを明らかに気にしているジャックには、


「あまり気にする必要はない。クルトのラインコントロールにこの短期間であそこまでついてこられたのは素晴らしいことだ。Rゲルセンキルヒェンのレベルはあのミスを見逃さないチームだと言う事だけだよ。

 それを自覚しながら君らしいプレイを頼む。君の長所であるフィジカルなら先輩であるサミュエル選手にも負けていないのだからね」


 と言った念の入れようだ。


「さて、それでは後半、いつものように頼むよ」

『はい!』


 気合の入ったメンバーの声を聞いて、トーマスはにこりと微笑む。ユース時代に見た、メンバーを信じきっている微笑みだ。


(さてと、いっちょいいところを見せるとしましょうか!)


 監督トーマスさんの前でみっともないところは見せられない。鷲介は心中で気合を入れ、他メンバーと共にピッチに戻る。先にフィールドにいたRゲルセンキルヒェンの変わっていないメンバーを見ながら自分のポジションにつき、主審の後半開始の笛がピッチに鳴り響く。

 後半も積極的に前に出てくるRゲルセンキルヒェン。一方のRバイエルンは監督の言葉が聞いたのか前半のように触発されず、自分たちのペースでボールを回している。エリックやジークも今までの試合通りチームプレーに徹してくれている。

 そして監督の言うとおり、それがピッチに現れる。Rゲルセンキルヒェンの攻撃を防いでカウンター、またRバイエルン本来のポゼッションサッカーで敵陣深く侵入し後半開始十分でエリックがペナルティエリア内でシュートを放つ──シューマッハがパンチングで防いだ──決定的シーンが一つ生まれた。


「くそがっ!」


 シューマッハのパンチングで外に出たボールを見て悔しそうに叫ぶエリック。だが今の彼のマークを一瞬で外した動きやアントニオからのグラウンダーのボールをダイレクトで合わせたシュートは見事だった。シュートコースにシューマッハが体を寄せていたから弾かれはしたが──反応したシューマッハも凄いが──あと一歩動くのが速ければシュートは彼のセーブを弾き飛ばしてゴールに突き刺さったはずだ。

 後半最初のCK。Rゲルセンキルヒェンゴール前に集結する両チームイレブン。屈強な肉体をガチガチとぶつけ合う彼らをやや離れた場所──ペナルティライン当たりで鷲介が見ている中、アントニオがボールを上げる。


「おおっ!」


 声を描きゴールに向かってくるボールに吠えて飛びつくジーク。だがエリックの勝ち越し弾のようなヘディングを許さないと言わんばかりの形相をしたラモンが跳躍し、ボールとジークを弾き飛ばす。


(ジークさんと同レベルのフィジカルと俺に匹敵するアジリティを持つなんて、あいつも大概だな!)


 改めてラモンの強敵ぶりを目の当たりにしながらペナルティエリア外に出ようとするこぼれ球を胸で抑える鷲介。一瞬ゴールに視線を向けコースがあるのを確認、ミドルシュートでも撃つかと思い、胸トラップし落下するボールに右足を合わせようとした時、大きく目を見開く。


(コースがない……!)


 大勢の敵に味方が正面ゴール前に集まっており、しかも唯一見えていたコースをイヴォビが塞いでしまっていた。このままではシュートを撃っても間違いなく弾かれる。

 そう思う中、しかし体の動作は止まらない。足元に落ちるボールをシュートするべく、鷲介の右足は大きく振りかぶっている。

 こうなったらやけくそだと思いシュートを撃とうとしたその時だ、先程ラモンとの接触で倒れ、今起き上がったジークから強い視線を感じた。鋭く覇気に満ちた碧の瞳はボールを要求していた。

 エースの鬼気迫る視線を見て、鷲介は瞬時に判断をシュートからパスに変える。強くもなく弱くもないボールを正面に送る。

 そしてそのボールにジークとラモンが寄っていく。そばにいたイザークも右の振り向きざまのシュートを撃たせまいとジークの左手側を体で塞ぐ。


(ジークさん!)


 どうするのかと思い鷲介が頭の中で名前を呼んだのと同時、世界最高峰のストライカーは動いた。鷲介からのパスを左足内側に当てたのだ。

 いや、当てたと言うよりもは触れたといったような感じか。何故ならジークが触れたボールは接触後、ほとんど勢いを変えなかったからだ。そしてそのボールは両チームのメンバーの足元をすり抜け、ゴール左に転がっていく。


(入るのか!? 入ったか!?)


 ゴール前にある大勢の選手たちの体でボールがどうなったのか見えない鷲介が思うと同時、スタジアム全体が歓声で大きく揺らぐ。そして鷲介がボールがゴールラインを割ったのを見たのと同時、主審がゴールインの笛を吹く。


「……ジークさん!!」


 さすがRバイエルンのエースストライカー。さすが世界最高峰のFW。竜殺し。

 心の中で賛辞しながら鷲介は笑みを浮かべ、勝ち越し点を決めた頼れるエースに向けて微笑み──愕然とする。


「ジークさん!?」


 何故なら今勝ち越しゴールを決めたジークが右足を押さえて蹲っていたからだ。






◆◆◆◆◆






 困惑の声が観客から聞こえる中、担架に乗ったジークがピッチから去っていく。そして彼と入れ替わりで先程厳しい表情で監督から指示を受けていたアレックスが入ってきた。


「これからって時に……。くそっ」


 小さく呟く鷲介。蹲っていたジークを見たチームドクターは捻挫と診断。動けるような状態でなかったため交代を監督に伝えたのだ。

 原因はおそらく先程のCKでのラモンとの競り合いだ。よくよく思い出せば鷲介がパスを出そうとしていた直前、起き上がろうとしていたジークの様子は少しおかしかった。覇気に満ちた顔つきも痛みを堪えたものとして受け取れなくもない。

 交代したアレックスは鷲介、エリックに監督からの指示を伝える。後半に入った時のようにいつも通りに行くことと無理な突破は控えること。それを伝えてアレックスはジークのいたセンターの位置に入っていく。


(不味い雰囲気だぜ……)


 後ろを振り返り鷲介は思う。チームメイト全員の表情は暗く、勝ち越し弾で喜んでいた雰囲気は跡形もなくなくなっている。

 もし相手が並みのチームならばこうはならないだろう。だが相手はリーグ随一の攻撃力を持ち自チームに匹敵するレベルのRゲルセンキルヒェンだ。そして何より、こういう雰囲気を馬鹿でかい声で強引に吹き飛ばしてくれていたフランツがピッチにいない。


(相手も相手で鬼気迫る顔してやがる……)


 勝ちこされたRゲルセンキルヒェンのメンバー全員、絶対このままでは終わらせない、何が何でもやり返すといった顔つきだ。


(あと一点必要だ……!)


 Rゲルセンキルヒェンがキックオフする姿を見て思う。なんとなくだが確実に一点は入れられそうだ。

 だがあと一点入れておけば仮にそうなったとしても4-3。リードしている。何とか相手がゴールする前に点を入れるにはやはりカウンターしか──


「鷲介!」

「え?」


 いきなり名前を呼ばれ鷲介がそちらに振り向くと、いつの間にかボールが来ていた。先程までRバイエルンゴール前にあったはずのボールがだ。

 とっさに受けようとするがイヴォビが体を投げ出したスラィディングでカットし、それをデニスが拾い、ボールを前線に送る。


「何ボーっとしてるんだ馬鹿野郎!」

「す、すみません!」


 アントニオに怒鳴られ謝罪しながら鷲介も慌てて守備に戻る。思った通りイケイケのRゲルセンキルヒェンに対しRバイエルンは押され気味だ。

 今まではそれでもジークと言う絶対的存在がいたから何とかなってはいたが、彼がいないRバイエルンはその不在からまだ立ち直れていない。


(この状況を変えるのは、やっぱりゴールだ!)


 そう思いながら動く鷲介の元へやってくるボール。今度はセンターサークル近くでしっかりと受け、チェックに来たイヴォビをまた抜きでかわして前に出る。


「相変わらずキレキレだな! だがこれ以上はいかせねぇよ」

「ぶち抜く!」


 歯を剥きだしに前を塞いだのはラモンに短く返し、鷲介は突っ込む。

 シザースを繰り出しラモンの体がわずかに反応した左とは真逆へ一気に切り返す。しかしすぐさまラモンもそちらへ回り込み、再び進路を阻む。


(くそっ……! 前半でわかってはいたがコイツ、さらに動きに反応が鋭くなってやがる……!)


 ボールコントロール技術では自分を凌ぐエリックをほとんど押さえこんでいたラモン。明らかに前回対戦した時よりも厄介になっている。もしかしたら近い将来、あのポウルセン達に並びうる選手になるかもしれない。


「イヴォビが戻ってきているぞ!」


 強い警戒の色を含んだカミロの声と同時に感じる背後からの圧。次の瞬間、鷲介は右後ろへターンしてはカミロにボールを渡す。


「走れアンドリー!」


 やや下がり目の位置にいたアレックスが声を出すと同時、カミロから右サイドにオーバーラップしていたアンドリーへボールが出る。アンドリーに少しだがヨーゼフがつられたのを見て、鷲介はすぐさま走る。


「アンドリーさん!」

「鷲介へボールを出せ!」


 鷲介とカミロの声が同時に発せられる。ヨーゼフとマッチアップしていたアンドリーはそれを無視して目の前の相手をかわそうとする。

 だがそれはフェイントで右に動いたのと同時、視線は正面を向きながら彼はペナルティエリアから数メートル離れた場所に走ってきた鷲介へパスを出す。


「パスを出せ!」

「いけるぞ!」


 敵ゴール前に飛び込むエリックの声と左手側から上がってきているアントニオの声を聞きながら鷲介は前に出る。狙うはゴールだ。


(悪いがあんたじゃ、俺は止められない!)


 前を塞いだイザークへ心中で言う。年代代表のドイツ代表に選ばれ続けているイザークはいいDFだ。しかし”いい”止まりであり、ラモンやヨーゼフと比べれば幾分か格は落ちる。

 なにより昨季の初ゲーム、初対決で一蹴した相手だ。そして今日もほとんど圧倒している。負ける道理がない。

 対峙するイザークに脳裏でそう言い鷲介は加速、左へ切れ込む。一瞬で彼をかわしペナルティエリアに侵入した鷲介。シュートしゴールするイメージが脳裏にくっきりと浮かびそれをなぞるように体が動いていた最中だった。


「何度も好きにさせるかよっ!!」


 激情そのものと言うべき声と共にイザークが体を投げ出したスラィディングを鷲介に放つ。彼の伸びた足が鷲介の足元にあったボールを、そして次に足を捕えた。


(な……!?)


 かわしたはずと鷲介が思う中、イザークの足に引っかかった鷲介はエリア内で転ぶ。

 PKの二文字が脳裏に浮かぶが主審からの笛は無く、逆に強く大きくボールを蹴った音が聞こえる。


「舐めるなよ、小僧」


 顔を上げ声のした方を見れば厳めしい顔つきのイザークと勝ち誇ったラモンの姿が見える。その表情は成長しているのはお前だけじゃないと言わんばかりだ。

 歯軋りする鷲介だが、すぐに彼らから視線を外しボールの行く先を追う。Rバイエルン陣内に蹴り上げられたボールはRゲルセンキルヒェンがキープしており、そのユニフォームの色が波打つ津波のような勢いで攻め込んでいる。

 

「抜かれないでください!」


 自陣左サイド深くでボールを受けたアイマールとマッチアップするアンドリーに叫ぶ鷲介。しかし声も空しくアイマールの見事としか言いようのないフェイント&ダブルタッチでサイドを突破されてしまう。

 エリアへ迫るアイマールへジャックが距離をつめる。だが適切な距離をつめる前にアイマールは中にグラウンダーのパスを送り、ペナルティエリア正面にきたボールにマークに付いていたクルトをパワーで押しのけたサミュエルが走りこむ。


(やられた!)


 そう鷲介が思いサミュエルがシュートを放とうとしたその時だ、押さえこまれていたクルトが体を投げ出したスラィディングを放った。彼の伸ばした足はサミュエルの足とボールに同時に当たり、Rゲルセンキルヒェンのゴールゲッターはピッチに転んでしまう。

 鳴り響く主審の笛。位置的にエリアの境界線上だった。FKかPKか。そう思う鷲介の目の前で主審はペナルティスポットを指す。


「PKか……! しかしやむを得な、い──!?」


 語尾の最後が跳ね上がる鷲介。その理由は主審がクルトに向けて赤いカードを突き出したからだ。

 それはピッチ上はもちろん観客なら誰もが知っているカード。そしてクリーンなプレイヤーで知られるクルトには無縁というべきカード。


「レッドカードだと!? そんな馬鹿な!」


 レッドカード(退場)を命じられたクルトは顔面蒼白となり、ただ立ち尽くしていた。






◆◆◆◆◆






「ええっ!? 今のがレッドカード?」

「PK、イエローまではわからんでもない。しかしレッドとは……」


 TVの液晶画面にくっきりと映し出された赤の表示にウラディミルとマルコが揃って声を上げる。かくいうカールも声こそ出さないが驚いている。

 当然Rバイエルンイレブンは猛抗議し、主審はVARにて確認してもらうが判定は覆らない。たった今TV画面に映し出された映像ではクルトの伸ばした足のスパイクは完全ではないにしろ足裏を見せており、それがボールとサミュエルの足に同時に当たっている。


「うーん。微妙だな。PK&イエローは出るだろうが普段からクリーンなプレイヤーとして知られるクルトだ。レッドは無いと思うが……」

「やっぱ足裏見せたのが不味かったんですかね。でも足半分って感じですし。微妙ですねー」


 二人がコメントする中、始まるPK。

 スタジアムにブーイングが鳴り響くが、サミュエルは一切動揺するそぶりを見せず、冷静にRバイエルンゴールへ突き刺す。


「あー決まったか」

「これで同点。しかも守備の要を欠いた状態か」

「ヤバくないかRバイエルン。何だか雰囲気的に一方的になりそうな予感がする」


 マルコの言う通りとなった。ただでさえ攻守の要たるジークフリートとクルトを欠いた上、同点に追いつかれたRバイエルンの動きは明らかに悪くなり、Rゲルセンキルヒェンは容赦なくそこに付け込む。

 積極的に前に出てはボールを回すRゲルセンキルヒェンにRバイエルンは防戦一方。そして同点の数分後にはクルトのいない分のスペースにサミュエルが走りこみトルステン、アイマールとパス交換、最後はアンドリーからのマークを左右に揺さぶってエリアに侵入したアイマールが放った弧を描くシュートがRバイエルンゴールに突き刺さった。

 とうとう逆転されたRバイエルンは疲労の見えてきたシュウスケ・ヤナギ、ジャックを交代させるがさしたる効果は無く逆に後半二十八分、カウンターからの速攻で抜けだしたアイマールがドリブル突破。ジャックと交代で入った元ドイツ代表がマークに行くも中に折り返され、それをフリーで受け取ったユーリがエリア外から強烈なロングシュートを放ち五点目となる。

 その後も最後までRゲルセンキルヒェンがホームチームを圧倒し、5-3という完勝で試合は終わった。






◆◆◆◆◆








「いらっしゃい、鷲介くん」

「はい。少しの時間ですがお邪魔します」


 玄関のチャイムを鳴らしてすぐ、開いた扉から姿を見せたのは金髪の美女、セレスティーヌだ。どこか自分の家に似た雰囲気の家を彼女と共に歩きリビングへ向かう。


「鷲介か」

「こんにちはジークさん」


 リビングのソファーでは普段着のジークがにこやかな様子で手を上げた。元気そうと思う鷲介だが、ソファーに立てかけられた松葉杖や右足にまかれている包帯を見て、視線を細くする。


「今からオマーンに出発だったな」

「はい。……ジークさんはさすがに今回の代表は」

「ああ。辞退を監督に申し出た。とはいえ早ければ中断期間の間で直るだろうから、いい休養と言えるのかもな」


 微笑するジーク。しかし笑みに力は無く、沈痛の影が見える。先日の敗戦を気に病んでいるのだろう。


「この間の試合はすまなかったな。負けた上、お前や他のチームメイトに負担をかけてしまった」


 Rゲルセンキルヒェンに負けたRバイエルンは上位争いをしていたRドルトムント、ヴォルフFCが勝ったことで首位から転落。一気に四位に後退してしまった。


「いえ、試合中のアクシデントはしょうがありません。クルトさんの退場も不可解と言える判定でしたし」

「そのシーンは俺も見た。映像で確認してもレッドかどうかは微妙だな」


 頷く鷲介。クルトのプレイはPKなのはしょうがない。イエローも許容してもいい。

 だが決してレッドになるようなものではないとひいき目なしにもそう思う。地元紙でもこれについては大きく疑問視されていた。


「でもまだシーズンは続くわけですし、いくらでも取り返しはできます」

「俺もそう思う。しかしクルトがな……」

「クルトさんがどうかしたんですか」

「俺が病院にいた時、真っ先にやってきて謝っていたよ。自分のせいで負けてしまったと言って酷く悔やんでいた。代表戦に影響がないといいんだが……」


 眉をひそめ悩ましげな表情になるジーク。どうやら鷲介が思っていた以上に、クルトのダメージは大きい様子だ。


「一発レッドにそこまでショックを受けていたんですか……」

「ユース、そしてプロになってからあいつは殆どカードをもらったことはないし一発レッドも初めてだったからな。早く調子を取り戻してくれるといいんだが。

 まぁクルトの話はここまでにしよう。──鷲介、中東に行くなら気をつけろよ」

「はい。中東の笛ですね」

「それだけじゃない。相手もだが、気候や食事にも細心の注意を払っておくんだ。欧州とは全く環境が違うんだからな。

 それに突然の体調不良で練習や試合に出場できない選手が出たり、代表のバスが交通渋滞に巻き込まれ試合開始直前にスタジアムに到着する、また急な練習場の変更やろくな整備がされていない練習場をあてがわれると言ったこともあるんだろう?」

「そう言う話も聞いたことはあります。でもどれも一昔前のことですよ」


 苦笑する鷲介だがジークの表情は真剣そのものだ。


「確かに今のような話はあまり聞かなくなった。だが完全にというわけではない。もちろん代表のスタッフも注意しているだろうが、やはり自身が気を付けるのが一番だ。

 それと怪我をした俺が言うのもなんだが怪我にも注意しろよ。特にホームでの韓国戦はな」

「……はい」


 韓国と言う名前を聞き、笑んでいた鷲介の表情が一瞬で真顔になる。


「あの国はどうも昔から日本となると異様な気合が入ることでサッカー界では有名だからな」


 ジークの言葉に頷く鷲介。彼の言うとおり、かの国の日本への敵愾心は異常だ。


「それじゃあジークさん。そろそろ」

「ああ。行って来い。前回同様二連勝してこいよ」


 ジークの言葉に頷いて鷲介は彼の家を後にする。そして呼んでいたタクシーに乗り空港へ向かう。


「二連勝か。当然ですよ。アジア如きにてこずっていられません」


 そう呟く鷲介の脳裏に過去の一場面が浮かび上がる。苦悶の表情でピッチに倒れている英彦を笑いながら見下ろす男──


(キム・ヒョンス……! あの男がいる韓国には、絶対に負けない……!)


 あの時の借りを存分に返してやる──。そう思いながら鷲介は両の拳に力を込めるのだった。






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