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ダッシュ!!  作者: 浮雲士
第一部
5/191

ドイツダービー2






 ハーフタイム中のロッカーでRドルトムントのメンバーに指示や修正を話す金と白色の髪の老人。彼はハラルト・アダー。Rドルトムントの監督で、欧州各国のリーグの強豪チームをいくつも渡り歩いた名将だ。

 ドルトムントの監督に就任してからもその力を遺憾なく発揮し、三年の間でリーグ戦一回優勝、カップ戦は二年連続優勝。欧州の強豪クラブチームが覇を争うCLカンピオーネリーグではベスト8、ベスト4、準優勝が一回と言う好成績を残している。


「ピーター、ヤナギはどうだ?」

「速いですね、バイエルンはもちろん、うちの誰よりも」


 最初の対決で見せた切り返し、予想以上のものだった。彼と対戦したDFがワンフェイントであっさり振り切られるものわかる。

 弱冠十七と言う若さでバイエルンのトップチームに昇格したのも納得だ。並の相手ではあのスピードに翻弄されるだけだからだ。

 ピーターの言葉に他のメンバーがかすかにざわめく。そしてカールも──やはり同い年であるから気にはなるのか──青色の瞳に警戒と感心の感情を浮かべている。

 それらを見つつピーターは軽い口調で言う。

 

「でもまぁ油断さえしなければ何とかなります。俺一人で全然大丈夫です」


 もしヤナギがあれだけの選手なら抑えるのは容易だ。ただ速いだけの選手など、それさえ押さえてしまえば脅威でもなんでもないからだ。

 ピーターはその押さえ方を知っているし、それによって幾人ものスピードに長けた選手を封殺してきた。僅かな疑念として彼がそれだけではないこと、または彼がこの試合で成長することだ。


(ま、そう上手くいくはずもないか)


「そうか、なら任せたぞ」


 頷きハラルトは再び各選手へ指示を出す。それが終わり後半に向けてピッチへ向かうピーターに今度はケヴィンが声をかけてきた。


「ピーター、大丈夫か」

「なんだケヴィンまで。あの小僧のことなら任せろって──」

「違う、スレイマニのことだ」


 真っ直ぐこちらを見るケヴィンに、ピーターは思わず言葉に詰まる。数拍間をおいて、ピーターは小さく息を吐き出す。

 さすがチームキャプテンであり慧眼の持ち主。ピーターの心中を察していたようだ。

 ピーターとスレイマニの付き合いは長く複雑だ。ユース時代ドイツへやってきた二人は同じクラブ所属。ポジションは違えど年齢も近く、またピーターの妻が旧ユーゴスラビア出身と言う事もあってか親しくなるのにさほどの時間はかからなかった。

 双方移籍した後もプライベートでの付き合いは続いており、彼とはライバルであり戦友と言ってもいい関係だ。だからこそピーターはこう言える。


「……まー気にしてないっていえば嘘になるがな。でもそれを試合にはださねぇよ。

 そんなことをしたら後で俺が奴に殴られかねないからなー」

「そうか、わかった。──後半、任せたぞ」

「ああ」


 




 ◆◆◆◆◆ 






 Rバイエルンのキックオフで開始される後半。メンバーチェンジが無く、またフォーメーションも変わっていない敵チームを見つつ、鷲介は自分のポジションへ移動する。

 トーマスから指示や修正はあったがRバイエルンもRドルトムントと同じく変化はない。鷲介はスレイマニのいたポジションだ。

 後方に回されていたボールはいったん、アンドレアスまで帰る。そして彼は右のフリオへ渡し、ボールをもらったフリオは近づいてくるオリバーをワンツーでかわすとスピードを緩めてサイドチェンジ。フリオからのロングボールをトラップしたブルーノは即座に前へ出す。

 左サイド深くに飛んだロングボールに競り合うルディとグレゴリー。グレゴリーがヘディングで押し返しこぼれ球をステファノが拾うが、その直後横からアントニオがスラィディングでボールを奪う。

 それを見て飛び出すルディにボールをもらいに下がるジーク。鷲介はジークの動きでつられたケヴィンが空けたスペースへ走り込む。

 その鷲介へフランツがアントニオからのパスをダイレクトで蹴り込む。柔らかく精度の高いパスをワントラップで処理して加速しようとする鷲介だが、その前にポウルセンが立ち塞がる。


(でけぇ)


 最初の対峙でも感じたが改めて思う。公式記録では身長194センチだそうだが、放たれるプレッシャーに分厚い体と手足でそれ以上に高く、大きく感じられる。

 しかし鷲介は臆することなく彼に向かって直進、彼がボールを奪いに動くと同時に右へ切れ込む。


(よし、これで後はゴールキーパーだけ)


 そう思ったその時だ。ポウルセンの巨体が視界に映った。かわしたはずの巨漢DFはどういうわけか、かわせていない。

 驚きで一瞬速度が落ちる鷲介。それと同時にポウルセンのショルダーチャージが来た。まるで壁に押されるような圧迫感とパワーの前にあっさりとボールを奪われてしまう。

 だが鷲介はそれよりも、振り切ったはずのポウルセンにがなぜ即座にこちらの動きに反応したことが不思議だ。回り込まれたのは分かる。だが確実に振り切ったはずがなぜ回り込まれたのか。

 後半の序盤はやはり前半とは違う。一点リードされているRバイエルンはやや前がかりに、一方のRドルトムントは引き気味だが積極的に前に出てはボールを奪おうとしており、カウンターに必要な人員は残している。

 攻め込んでいるRバイエルンだがCB三人を中心にして赤の攻めを受け、流している。鷲介も幾度となくドリブルで切れ込み、またジーク達にパスを送るもポウルセンたちがことごとく反応、対処してしまう。


(これが欧州随一とまで言われたドルトムントの『鉄壁アイゼン・ヴァント』……!)


 ピーターポウルセン、グレゴリー・アノ―、ケヴィン・ランカー。彼らの常軌を逸したDF力の総称だ。ここ一年の間、彼らが出場したあらゆる試合でRドルトムントは二失点以上したことが無い。昨季のCLで準優勝したのも『鉄壁』があってのことだという。またドイツリーグにおける最少無失点、連続無失点記録もこの三人が打ち立てたものだ。

 とはいえ打開策が無いわけではない。そのうちの一つが鷲介の突破力だ。ジークたちが作るわずかな隙間に鷲介が飛び込めばその速度を持って『鉄壁』を貫通することができる。ハーフタイム中のトーマスの言だ、信じないわけにはいかない。

 攻めに攻めるRバイエルンに対して、Rドルトムントもカウンターでチャンスを作り、Rバイエルンゴールを脅かすが、クルトたちの奮戦で何とか失点は免れている。

 そして後半十分ごろチャンスがやってくる。フランツの放ったミドルシュートをケヴィンが弾くが、そのボールが運よく近くにいた鷲介の元へ転がってきた。


(よしっ!)


 アントニオのドリブルやフランツのミドル、ジークのシュートにルディのポストプレーと言う多彩なRバイエルンの攻撃にさすがの『鉄壁』にも乱れが生じていた。グレゴリーは外へ動いたルディを追っており、ケヴィンはスラィディングでフランツのミドルを弾いたため体勢を崩している。オリバレスにステファノは他のメンバーのマークについており、鷲介の近くにいるDFはポウルセンだけだ。

 千載一遇のチャンス。鷲介はボールを治め、即座にゴールに向かう。前を塞ぐポウルセンへ突っ込むと高速シザーズで右へかわす。

 だがやはりというべきか即座に回り込むポウルセン。だが鷲介はシュートするために振りかぶった右足を直前で止めると左足を振りかぶる。

 効き脚ではない左だが、それなりに鍛えてはある。そしてペナルティエリア内のこの距離なら外すことはあまりない。


(よし、シュー)


 今まさに鷲介が左足でボールを蹴ろうとしたその時だ、そのボールをポウルセンの長い脚がさらっていく。


「な……」


 それだけではなくボールを奪ったポウルセンは巨体を揺らしてオーバーラップしていく。ボールを奪われた衝撃に一瞬唖然となっていた鷲介だがすぐまさ反転して彼を追う。

 だが鷲介が至近距離まで近づいた時、ポウルセンは前へボールを蹴りだす。ロングボールの先にいるのはジェフリーのマークを振り切って飛び出したカールだ。

 ペナルティエリアに侵入したドルトムントの新星はロングボールを胸トラップで収めるとゴールの方向を向いて横にパスを出す。そのパスを受け取ったのはブルーノを弾き飛ばしたアルゼンチン代表FWラモンだ。

 カールの横パスをラモンはダイレクトで蹴りこむ。アンドレアスも反応していたがボールは彼の左脇を通過してゴールに突き刺さった。


(やられた……。二点目)


 カウンターからの見事な逆襲に鷲介は下唇をかむ。だが主審が鳴らした笛の根はゴールを認めるものではなくファウルのものだ。

 主審から注意を受けているラモンと、倒れ込んでいて今起き上がったブルーノの姿が見える。どうやらゴール前の競り合いでラモンが過剰にブルーノを押したようだ。

 思わず安堵の息を吐く鷲介。だがすぐに思いつめた表情になる。今のカウンターは間違いなく鷲介がボールを取られたことが原因だ。


(シュートフェイントで逆を突いたのに、そこを狙われた。まるで俺がそうすることがわかっていたように……)


 もはや偶然ではない。どういうわけかわからないがポウルセンは鷲介の動きをほぼ読みきっている。これが初試合だというのに。


(これが世界最高峰のCB、ピーター・ポウルセンなのか……)


 鷲介は改めてポウルセンの巨体を見る。彼の持つ異名『峡湾フィヨルド』の如き、途方ない高さと深さを感じた。






 ◆◆◆◆◆ 






(だいぶショックを受けてるな)


 顔面蒼白なヤナギを見てピーターは心中で微苦笑。あの様子ではあれだけ綺麗に、文句が無いぐらいあっさりとボールを奪われた経験が無いのだろう。

 もっともあれだけキレた動きとスピードを持っていれば当然だ。おそらく同年代であのようにして彼を止めた相手はほとんどいなかったのだろう。


(即座にトップスピードに移行できる加速力とそれを殺さない敏捷性。だがその長所がお前の弱点でもある)


 確かに彼は速い。だが速いだけだ。一瞬で100%のスピードに移行する俊敏性とそれを殺さない敏捷性は驚異だが、彼はそれを止められた経験がないゆえか、緩急の緩と言うもう一つの加速の術が未熟だ。正直ギリギリプロベルと言ったところか。

 ピーターがスレイマニなど世界トップクラスのドリブラーやスピードアタッカーに苦戦を強いられる原因がそれだ。彼らは奪取やドリブルの速度を状況に応じて自在にコントロールしている。前半何度かかわされたのもスレイマニの技術にそれが織り交ぜてあったからだ。

 緩急を使いこなせる選手はたとえ足が速くなくとも対峙した選手から見れば素早く感じるのだ。それはごくごく微妙な差だが、優れたDFを惑わしドリブル突破やカットインの成功率を上げるのも間違いない。

 ユースにおいては無双するレベルだが、ポウルセンから見れば今のヤナギはただ速いだけの選手としてしか評価できない。なら加速するタイミングとその速度を見切れば対処は難しくはない。並みのDFなら彼の加速力でねじ伏せることもできるだろうが世界レベル、それもピーターのような経験豊富なDFには通じない。

 フランツからのボールを受けるヤナギに寄っていくピーター。ヤナギは必死の形相で高速シザーズを繰り出すが、


(無駄にフェイントしすぎだ)


 速度だけ、しかも体に力が入った強引なフェイントなんて全く怖くもなんともない。また後ろからパスをもらうべくアントニオが手を上げて呼んでいるがそれにも気づいていない。先程のショックでドリブルに固執し、極端に視野が狭くなっているのだろう。

 何度か呼ばれてヤナギはようやく気付くが、目の前に自分がいるにも関わらず顔を向けてしまう。あまりにも迂闊な隙だ。


「ふっ」


 ピーターは彼の気が逸れた隙を容赦なくついてボールを奪取。右サイドのアルベールへパスを出す。

 Rドルトムント一の快速MFはステファノとのワンツーで抜け出し、スピードに乗る。あっという間に右サイドを爆走してペナルティエリアが目前に近づく。

 快速のアルベールに迫るブルーノ。それに対してアルベールは一対一を仕掛ける。

 ヤナギとは違う緩急と彼特有の身体能力を加味したフェイントとドリブル。ブルーノもついていってはいるが二度目のフェイントで姿勢を崩し、隙間ができる。

 そうピーターが思った直後、アルベールは得意のロングシュートを放った。25メートルはあろうかと言う距離にもかかわらずシュートは弾丸のような勢いでゴールへ向かう。

 だがアンドレアスがのばした左手によってコースが変わりゴールポストを叩いてラインを割った。


(入ると思ったが、ここはアンドレアスを褒めるところだな)


 小さく肩をすくめてピーターは自陣に戻る。その最中アンドレアスとジークと会話するヤナギの姿が見えた。説教するアントニオに宥めながらも諭すジーク、項垂れるヤナギといった構図だ。

 先程のミスを叱られてるのだろうが、ヤナギの様子から見るに話し半分ぐらいしか聞いていないようだ。


(潰れたか)


 そうなればピーターにとってもチームにとっても朗報だ。ドリブルは封じても彼のスピードが脅威なのは変わらない。

 だがそのスピードさえも通じないとこの試合だけでも思ってくれれば儲けものだ。Rドルトムントの勝利はより確実になる。


「さて前線の諸君、しっかり追加点を取ってくれよ」


 相手ペナルティエリアへ集まるチームメイトに向けて、そう呟くピーターだった。






 ◆◆◆◆◆ 




 後半二十分を迎えるころ、試合は徐々にRドルトムント側へ傾きつつあった。

 Rバイエルンの後半からの猛攻がことごとく防がれたこと、攻め疲れによるペースダウン、そしてFWの一角が停滞してしまったのが主な理由だ。

 その一角である鷲介はサッカー人生においてかつてないほど動揺していた。己のサッカー選手の根幹をなす最大の武器が全く通用しないのだから当然だと言えるが、試合はそんな鷲介の都合とは関係なく過ぎていく。


(俺はどうすればいいんだ……)


 あのあと監督から受けた指示はとにかく裏への飛び出しを徹底することだった。だが内心の動揺が影響しているのか出たボールに追いつけなかったり、飛び出しに失敗してオフサイドにかかったりしてしまっている。

 もはや鷲介はRバイエルンにとっての蓋──足手まとい以外の何ものでもない。だが──

 ボールがゴールラインを割ったのを見て、鷲介はベンチに目を向ける。ベンチではいつでも交代できるようメンバー全員がアップをしており、そして監督は焦りも苛立ちもなくフィールドを見つめている。


(まだ俺たちで、今のメンバーでどうにかできるって思っているのか……)


 そう思っているとアップをしていた一人が監督の元へ走っていく。一瞬、自分の交代かとも思ったがよく見ればミューラーだ。

 オリバーのヘディングがゴールラインを割ったところでロビンと交代で投入されるミュラー。彼はフランツたちに監督からの指示を伝えると、鷲介の方を向いて手招きする。

 寄ってきた鷲介にミュラーは普段と変わらない声で言う。


「監督からの伝言だよ。怪我しない限り最後まで全力で走りまくれとのことだよ。あと昔教えたドリブルのコツを思い出せって」

「はぁ?」


 意味不明な伝言を聞いて素っ頓狂な声を出す鷲介。どういう意味かとミュラーを問い詰めようかと思ったが、彼はさっさと背を向けてロビンのいたポジションへ移動してしまう。

 アンドレアスからのゴールキック。ジークとケヴィンが競り合い、それを拾ったフランツは詰め寄ってきたクラウスをさけるように後方へパス。

 そのボールを受け取ったミュラーはダイレクトで前線──鷲介の方へパスを放つ。いきなりだが、慣れ親しんだパスをトラップする鷲介。しかし当然そこにポウルセンが向かってくる。

 とっさに鷲介は誰かにパスをしようとするが、ミュラーから放たれる強い視線を受けて中断する。またジーク達にはマークがついておりそう簡単にパスはできない。


(俺一人で何とかしろってことかよ……! ドリブルのコツって……ああもう! 今はそんなこと考えてる場合じゃない!!)


 鷲介は小さく、しかししっかりと息を吐くと覚悟を決めてドリブルを開始する。


(俺ができる、最高のカットインで抜き去るっ……!)


 残った全力を持って鷲介は素早くリズムよく高速シザーズをし、ポウルセンが足を延ばした瞬間、右へ突破する。


(あっ!?)


 だがあまりに速く動くことに集中しすぎていたためか、ボールコントロールを誤ってしまう。結局50%ほどしか加速せず、しかもボールは足元をこぼれてラインを割ってしまった。


(何やってんだ俺、……は?)


 心中で自分を叱咤しようとして、鷲介は思わず眉根をひそめた。どういうわけかポウルセンがこちらを怪訝な顔で見つめていたからだ。

 何をそんな不思議そうな顔で見てるのか。そう思う鷲介だが、ふと気づく。ポウルセンが彼の右側を不自然に空けていることに。

 鷲介の加速する先を読んだから空いたのだろうが、そんなスペースを空けていたら切り返した時あっさりドリブル突破できてしまう。そう思った鷲介の脳裏に何故かコーチ時代のトーマスの姿が思い浮かんだ。


『君の俊敏性、敏捷性は素晴らしい。だがスピードに頼りすぎで緩急が未熟だ。それを磨いていけば君にとってドリブルは誰にでも通じる絶対的な武器になる。世界最高クラスのドリブラーだって夢じゃない。

 一流のドリブラーやスピードのある選手の映像をたくさん見るといい。参考になるよ』


 鷲介がニコニコ笑顔のトーマスの姿を思い出す中、試合は再開される。スローインのボールを受けたステファノは前線へパス。ボールを受け取ったクラウスがドリブルを開始、それにマークにつくのはミュラーだ。

 過去のトーマスの言葉に従い、鷲介はクラウスのプレイを見る。二度のフェイントでクラウスはミュラーをかわすとラインぎりぎり飛び出したオリバーへパスを送る。

 だがそれにアンドレアスも反応しており、飛び出してボールを押さえる。ピンチを脱しほっと息をつく鷲介だが、微かな声で呟く。


「そういうことか……」


 ミュラーをかわしたクラウスのドリブル。鷲介に比べてスピードこそなかったがしっかりと緩急が使われていた。そしてそして先程の不可解な伝令の答えがわかった。確かに緩急を身につければポウルセンを突破できる可能性はある。

 とはいえ当然試合でやったことはない。ぶっつけ本番すぎるが、世界最高峰のCBを欺くにはこれしかない。


(全く我ながら迂闊だな)


 思い返してみれば言われた当初、言葉通りのことをやっていたがどんどん別の、新しい技術や事柄を覚えたり、また自身のスピードが上がり、それだけで相手をかわせるようになったことでいつの間にか記憶の底へ埋没していた。

 気合を入れ直し、ピッチへ視線を送る。アンドレアスのロングスローからフリオ、ミュラーを経由して下がってきていた鷲介にボールが渡る。側にいたステファノが寄ってくるが鷲介は慌てず警戒しながらサイドに流れる。

 そして前線二人が上がったところを見て後方へパス。フリオにボールが渡ったのを見ると同時に一気に加速、ボールを要求する。


「こっち!」


 フリオは一瞬躊躇ったが、要求通り前の空いたスペースへパスを出す。ペナルティエリア近くに落ちたボールにスラィディングでぎりぎり追いついた鷲介だが、ゴール前から壁のような圧力を放ちながらポウルセンが走ってくる。

 

(やるぞ!)


 短く、己を鼓舞して鷲介はポウルセンへ突っ込む。そして空いた左へ加速する。

 だがその加速は全力より若干押さえた──おそらく90%程度の加速だった。当然ポウルセンは長い脚を生かしたスライドで前を塞ぐが、今までと違いやや左にずれている。

 それを確認すると同時に今度は右へ加速。今度はより遅く──60%ぐらいだろうか──の加速だ。ポウルセンは当然前を塞いではいるが、その塞いだ場所は鷲介の加速100%で移動した場所の前方だ。

 鷲介から見ると彼は体の三分一、鷲介の右側を塞いでいる。そして左はドリブル突破するのに十分すぎるスペースがある。


(ここだ!)


 空いたスペースへ加速する鷲介。今度は紛れもない100%の加速だ。背後からポウルセンの息の呑んだ声が聞こえる。狙い通り、振り切ったのだ。

 だが喜んでばかりもいられない。初めての緩急で突破できたのはいいがボールコントロールは乱れに乱れており、肝心のボールも足元から離れてしまっていた。これではとてもいつものようにシュートには持ち込めない。

 そのこぼれたボールをクリアしようとケヴィンとジークが寄ってくる。今の距離ではケヴィンの方が近い。加速した直後では加速できない。間に合わない。ボールを奪われる。


「だったらこうだ!」


 スラィディング気味に足をボールの方へ投げ出す鷲介。つま先に触れたボールは勢いを増しペナルティエリアを転がる。

 鷲介の悪あがきとも言えるプレイ。だがボールは確実に動き、Rバイエルンのエースストライカー、ジークフリート・ブラントの足元へ。


「はあっ!」


 気合の叫びを上げて右足を振りぬいたジーク。確実にミートされたボールに誰も反応できず、ネットを突き破らん勢いでゴールの隅に突き刺さった。


「っしゃあああ!!」


 天を仰ぎ、叫ぶジーク。彼により歓喜するチームメイトを見て鷲介は大きく安堵の息を漏らす。


「ナイスアシストだね」


 そう言って鷲介に手を差し伸べたのはミュラーだ。そこにはいつもと変わらぬ、自分を信じている少年の笑顔がある。

 それを見て礼を言うのが妙に照れくさくなった鷲介は、照れを隠すように大声で言う。


「まだ同点だ。──逆転するぞ」

「もちろん」


 後半二十分の時間帯で同点に追いついたRバイエルン。苦しみながらようやく手に入れた同点ゴールは当然チームに大きな活力を与える。

 同点にされたこと、ホームで負けられないという意地を見せるRドルトムントの猛攻を防ぎ、逆襲する。その起点となっているのはロビンと交代したミュラーだ。

 彼はロビンのような豊富なスタミナや動物的な感によるインターセプト能力はないが、キープ力とそれを生かした高いビルドアップ力、クルトに匹敵する正確無比なロングパスがある。

 通常、Rバイエルンの攻撃の司令塔はフランツ、もしくはクルトの二人だ。だがミューラーが入ったことで攻撃の起点が一つ増え、そしてそれは同点と言うエネルギーを得たRバイエルンの選手たちをより早く攻撃に移らせ、また自在にコントロールする。

 そして彼がボールを操ることでクルトは守備に力が入れられ、フランツはより全体を注視できている。結果攻守ともに勢いが増している。


「鷲介!」


 鷲介の名前を呼ぶと同時、左サイドのルディから戻されたボールをダイレクトで出すミュラー。

 左サイドから右サイドに斜めに飛ぶボール。DFの裏を突いた、そして鷲介の飛び出しを予測した速いパスだ。ミュラーのパスと同時に飛びだし笑みを浮かべていた鷲介だが、パスの長さに眉根をひそめ、仰天する。


(ちょ、あれに追いつけと!?)


 ミュラーの出したロングボールは中盤を超えて一気に前線、それもペナルティエリア正面近くまで飛ぶ。


(ミュラーの奴、なんつーパスを出しやがる!)


 心中で文句を叫びながら走る走る奔る鷲介。ゴール前からはマークが距離を詰めてきているしすぐそばからはポウルセンのプレッシャーをビシビシと感じる。


(こうなったら一か八かだ!)


 心中で唸ると同時に鷲介は跳躍、ボールに向けてつま先を伸ばす。右足の親指辺りに当たったボールは軌道を変えてゴール左へ転がっていく。

 飛びだしていたマークは血相を変えて反転し、横を通り過ぎたボールへ飛びつく。キーパーグローブに抑えつけられたボールを見て鷲介はぐぬっと眉根をひそめる。

 しかし次の瞬間、主審のゴールを認める笛が鳴り響く。よく見ればわずかにだがゴールラインを割っていた。


「よくやった鷲介!」

「逆転だあああああ!!」


 鷲介に抱き着き、押しつぶさんばかりに覆いかぶさってくるチームメイトたち。彼らの手荒い祝福を受けて自陣に戻る最中、鷲介はミュラーに言う。


「ミュラー、お前なんつーパス出しやがる! ギリギリだったぞ」

「ゴメンゴメン。あれぐらい厳しくないと点が取れないかなって思って。あと鷲介のスピードなら追いつけるって信じてたから」


 全く悪びれもせず笑顔で言うミュラー。それを見て鷲介は文句を言う気も失せてしまう。


「おまーな。……まぁ逆転したからいいと言う事にしておくか」

「うんうん。ナイスゴールだったよ鷲介」






 ◆◆◆◆◆ 






(やってくれるよ、本当に)


 言い合いしながら自陣に戻る鷲介とミュラーを見てジークは微笑む。劣勢であったこの試合、リードしたのは紛れもないこの若き二人のおかげだ。

 二人を賞賛しつつもジークの胸中に己のふがいなさと、ゴールへの欲求がますます強くなる。チームのエースたる自分がここまで抑えられた屈辱、そして何よりストライカーとして当然のゴールを決めた時の快感を味わいたい。

 試合再開前、Rドルトムントが一気に二枚の交代カードを切る。アメリカ代表のアロンツォ・クラークとメキシコ代表ホセ・フランシスコ・シルベストレの二人だ。

 またフォーメーションもより攻撃的になる。基本のシステムに変更はないが中盤、クラウスが中央のCMFになりオリバレスは右SMF、左SMFは交代したばかりのアロンツォが入り、ステファノのワンボランチだ。シルベストレは疲れが見えていたラモンと交代し、彼がいた場所よりもさらに前にいる。


(ゴールが欲しいとはいえ、やってくれるな……)


 一人少なくなった後衛でジーク達の攻撃を防ぐと言っている。それを見てジークはむくむくと怒りとゴールへのモチベーションが増す。

 主審のホイッスルで再び激闘は再開する。より攻撃になったRドルトムントは積極的なクラウスのドリブルとフリオのパス、そして交代で入ってきたばかりのアロンツォの速さとシルベストレのオフ・ザ・ボールの動きでRバイエルンゴールを脅かす。

 数分、一歩間違えればゴールが入っているようなRドルトムントの激しい攻撃が続くが、Rバイエルンの守備陣の必死の防戦で何とか凌ぐ。そしてそれからこぼれたボールをキープしてはカウンターのパスを放つミュラー。

 彼のパスに反応したのは親友であり相棒である鷲介だ。攻撃に傾倒していたためか、Rドルトムント陣内には黄色のユニフォームの数は少なく鷲介は再びポウルセンとの一対一の状況となる。

 とはいえ彼の姿から、先程の気弱な気配は微塵もない。まだまだ不器用で粗削りだが緩急が織り交ざったフェイントとキープを見せ、ポウルセンを容易に飛びこませない。


「鷲介! こっち!」


 パスを出した直後上がってきたミュラーへ鷲介も迷うことなくパス。ボールを奪おうとアロンツォが迫っていたが、ボールをもらったミュラーは再び鷲介にパスを出して彼とのワンツーで抜け出し、さらにダイレクトでボールをフランツへ渡す。

 伊達に鷲介と同じく17歳と言う若さでトップチーム昇格しただけのことはある。Rバイエルンの試合、パススピードに見事順応している。


「来い!」


 フランツの足元にボールが収まろうとした瞬間、ジークは空いている右へ走り出していた。

 ダイレクトで向かってくるボール。それを受け止めようとするジークの背後からケヴィンからのプレッシャーが迫ってきているのを感じ、ジークはボールに向かって走り出す。

 当然ケヴィンも追ってくる。それを感じジークはほくそ笑むと、足元に来たボールをスルーすると同時に反転し、スルーしたボールへ向かう。


「!?」


 もし今まで通りステファノとオリバレスが今まで通りの位置にいれば、どちらかが即座にフォローに回っただろう。だが中盤の底にいるのは今はステファノ一人。そして彼は中に切れ込んでいるアントニオのマークについている。

 視界の隅に驚きつつも、すぐさま追ってくるケヴィンの姿が見える。だがもう遅い。ジークはボールを収め、ゴールの方を向き余裕すら感じながら右足を振りかぶる。

 位置はペナルティエリアからやや離れている約24、5メートル。だが問題はない。射的距離だ。


「はあっ!」

「させるか!」


 スラィディングでシュートブロックに来たケヴィンの叫びとジークのシュートの叫びが重なる。

 だがわずかにジークの動きの方が早かった。体重を乗せたシュートは狙い通りゴール右上へ直進する。

 そのボールにマークが左手を伸ばし止める。だがそれは一瞬でジークの渾身の一撃は彼の手を弾き飛ばしてサイドネットに突き刺さった。




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