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ダッシュ!!  作者: 浮雲士
第二部
49/191

拮抗






 DFラインの裏を狙ってボールが飛び、それに鷲介は反応する。そしてそれと同時に横にいたクルトがオフサイドトラップを発動させるべく動く。

 クルトの動きに見事、連動するDFライン。だがほんのわずかだがジャックが遅れ、それを見逃さない鷲介はトラップに引っかからず加速したスピードを緩めない。

 ゴール前、単独フリーとなった鷲介。アンドレアスも飛び出してきていたが──昨年ならともかく──今の鷲介から見たら明らかに遅れている。彼の動きをよく見ていた鷲介はその逆をついてボールを蹴り、ゴールネットを揺らした。


「ナイスゴールだ鷲介。リーグ戦やCLの二戦連続ゴールといい、ここ最近絶好調だな」

「はい、自分でもそう思うんですよね。なんかキレがあるっていうか思うように体が動くっていうのか。

 でもオリンピア戦でのゴールはアントニオさんの絶妙なパスのおかげですよ」


 鷲介はパスをくれたアントニオとタッチをかわし自陣へ戻る。そして相手陣地に振り向けばジャックを叱責するクルトの姿が目に入る。


(うーん、クルトさん今日はいつになく厳しいな)


 紅白戦だと言うのに本番の試合でミスをしたかのような様子だ。さすがに行き過ぎと思ったのかブルーノやアンドリーが仲裁に入っている。


「やれやれ。気合が入るのはわからんでもないが少し怒りすぎだなクルトは。明日は試合ってこと忘れているのか」

「しかし神経質になるのはわからないでもないだろ。何せ明日の相手はロート・バイエルンウチと同じくリーグ六戦全勝のレヴィアー・ゲルセンキルヒェンなんだから」


 肩をすくめるロビンにアントニオが言う。

 九月末、W予選のためリーグ中断を間近に控えた現在、ドイツリーグは6節まで終了。そして開幕から全勝している四チームが首位を争っている。RバイエルンにRゲルセンキルヒェン、レヴィアー・ドルトムント、ヴォルフFCの四チームだ。

 そして明日の試合ではそのうちの二チーム──RバイエルンとRゲルセンキルヒェンが対戦するのだ。


「リーグ随一の攻撃力を持つチームですね。昨シーズンはそれを目の当たりにしましたよ」


 サミュエル、トルステン、アイマールの三人を始め、中盤、DFラインも積極的に前に出て攻撃を仕掛けるRゲルセンキルヒェン。昨シーズンより若干メンバーは変わっているが攻撃力は変わらず──いや、地元のメディアでは昨シーズン以上になっていると伝えられている。

 CLでアシオン・マドリーに引き分け、オリンピアFCに勝ち一勝一分けのRバイエルンな一方、彼らはCLで二連勝と実に調子がいい。つまり次節の直接対決は好調な強豪同士のぶつかり合いだ。


「Rバイエルンも昨シーズンは一勝一敗だからな。しかもホームで負けてしまったし」

「前回の負けはクルトも絡んでいるからな。借りを返すと言う意味で気合が入っているんだろう」

「いや、それだけじゃない。ジェフリーさんが未だ復帰しない現在、DFラインの中心はクルトだ。そう言う意味でもプレッシャーがかかっているんだろう」

「プレッシャーですか?」


 首を傾げる鷲介にジークは言う。RバイエルンのDFラインリーダーはクルトだが、彼が十全にリーダーとして振る舞えるのはジェフリーと言う先輩がいたからだと彼は言う。

 試合中、クルトに何かがあっても彼がDFラインを纏めてくれるという信頼がクルトをより輝かせているとも。


「ジェフリーさんは元々、クルトがトップチームに来るまでDFラインの統率を任されていたしな。自分よりより広く周囲が見え、守備意識が強いクルトを見て、自分からリーダー役を譲ったんだ」

「そうだったんですか……」

「しかし最近少し神経質になっているような気がするな。ジャックに説教する姿をよく見るぞ」

「あー、確かに」


 アントニオたちの言うとおりだ。試合や紅白戦でジャックがミスをするとクルトは厳しい表情で彼を怒る。

 最初こそ冷静だったが、最近では声を荒げることも珍しくはない。今もそうだ。


「まぁ、ああして怒るのは期待の表れなんだろうが。ジャックが気落ちしないと良いんだけどな」

「そうですね……」


 鷲介は再び視線をクルトたちへ向ける。視界に映るのは未だ怒り足りない様子のクルトをブルーノが宥めている姿と、気落ちしているジャックをアンドリー、アンドレアスが慰めている様だ。


(うーん、大丈夫だろうか)


 体こそ大きいものの根は真面目で思いつめやすいジャックだ。尊敬している先輩からああも文句を言われて明らかに沈んでいる。

 あとで自分からも話をした方がいいだろうか。そんなことを思いながらこれ以上何事も起こることなく練習は終わる。


「あー、監督。一ついいですか」


 練習後の監督の話も終わりいざ解散、と言った時だ。鷲介の左隣にいるエリックが唐突に監督に声をかける。


「エリック君、何だろうか」

「前々から監督に言っていたじゃないですか、俺をチームのPKキッカーにしてくれって。そろそろ任せてくれませんかね」


 にこやかに言うエリック。鷲介が大きく目を見開いたのと同時、チームメイトたちが驚きや戸惑いの声を上げる。


「どういうつもりだよエリック。ジークフリートさんを差し置いてPKを蹴ろうっていうのかい」

「納得できるだけの結果は残しているだろ?」


 視線を鋭くして言うクルトにエリックは不敵な笑みを向ける。

 彼の言うとおり、移籍してまだ半年にも満たない彼だが、高額な移籍金と出場試合時間に見合った、いやそれ以上の結果を残している。インターナショナルカップにプレシーズンマッチはもちろんリーグでも好調を維持しては六ゴールというジークに続く得点ランキング二位の成績であり、CLのグループリーグ二戦では連続ゴールを決めている。

 並みのチーム、そして比べるべき相手が並みのワールドクラスならばエリックがPKキッカーになっても不思議ではないが──


「確かにお前は凄いストライカーだ。でもジークフリートにはまだ及ばない」

「せめて連続してドイツリーグ得点王となれば皆も納得するだろうがな」


 アンドレアスとアントニオが言外に彼がPKキッカーになることを認めない。そして鷲介も口には出さないが同意見だ。

 エリックがオランダを代表する世界トップクラスのストライカーなのは間違いないだろう。今まで示してきた結果も見事だ。しかし実績、実力ともに世界最高峰──いや一、二を争うストライカーであるジークからPKキッカーを奪取するほどのものではない。


「エリック、悪いが俺はキッカーを譲る気はない。このチームのエースストライカーは俺だ」


 エリックの右隣にいるジークが碧眼を鋭くして言う。対するエリックも笑みを深くし、表情に戦意を滲ませる。


「二人とも、ちょっと落ち着いて……」


 まるで今から決闘しそうな雰囲気となった二人を見て鷲介が慌てたその時だ、パンパンと大きく手を叩く音が耳に響く。


「エリック君、残念だが今、君の要望を聞くわけにはいかないな。現在の君ではチームメイトたちを納得できるだけのものを見せていないのだからね。

 しかし私もジークフリート君を不干渉のエースとしてるわけではない。君が内外にこのチームのエースストライカーとして認めさせらるだけの実力と結果を見せた時、君にPKキッカーを頼もうと思ってはおるよ」


 トーマスの言葉に大きく目を見開くエリックとジーク。しかし監督の言葉はそこで終わらない。


「とはいえ、それは君に限った話ではない。我がチームのFWは君だけではないのだからね。

 もしかしたらアレン君か柳君、または他のメンバーがそうなる可能性もあるのだからね」


 いきなり話題に巻き込まれ、えっとなる鷲介。

 確かに可能性としては無いわけではないが揉め事に突っ込むのはやめてくれ──。そう鷲介が思う中、エリックはしばし口を閉じ、頷く。


「……わかりました。では俺がリーグ得点王にCL優勝、CL得点王となることで認めさせるとしましょうか」

「うむ、それだけの実績を残せば君の意見に賛同する者もずっと多くなるだろう。頑張ってくれたまえ」


 堂々とエース簒奪を宣言するエリックにトーマスも柔和に微笑んで頷く。

 表情をひくつかせて鷲介は恐る恐るジークを見ると、彼もまたやってみるならやってみろと言わんばかりの覇気の満ちた表情となっていた。チームの不穏な空気も消える。


「まずは明日のRゲルセンキルヒェン戦、チームを勝たせるゴールを決めて見せますよ」


 いつもの試合前日にある程よい緊張感となったチームを見て鷲介が安堵する横で、エリックはそう宣言するのだった。






◆◆◆◆◆






「久しぶりだなシュウスケ・ヤナギ。五カ月ぶりってところか」

「ええ、お久しぶりです」


 選手入場口にて鷲介に声をかけてきたのはRゲルセンキルヒェンのCBであるラモン・バルガスだ。

 強靭なフィジカルにDFらしからぬ攻撃能力、また鷲介に匹敵するアジリティとスピードも兼ね備える南米、ドイツリーグ屈指のCBだ。今季はこれまで怪我もなく好調を維持しておりRゲルセンキルヒェンはもちろん、チリ代表の守りの要として活躍している。

 この間行われたW杯南米予選のアルゼンチン戦、ボリビア戦の二試合、両方のチームからゴールを許さなかったことからも現在絶好調であるのは間違いない。


「こちらもですがRゲルセンキルヒェンも移籍してきた選手が上手くハマっているようですね」

「まぁな。アイツが入ってきたことで攻撃力はそのままの状態で守備力が上がったからな」


 そう言ってラモンは同僚へ視線を向ける。彼の眼の先にいるのは今季よりチームに加入したトーマス・イヴォビだ。ポジションはDMF。

 ナイジェリア人とイングランド人のハーフであり年代別代表ではイングランドに選出されていたが、A代表では生まれ故郷のナイジェリア代表を選択。代表ではレギュラーとして活躍している。


(……やるなあの人)


 イヴォビを見て鷲介は思う。動画で彼がどんな優れたプレイヤーかは知っているが、こうして肉眼で見てもそれがはっきりとわかる。

 どことなく移籍したゲルト・アイスナー選手に似たクールタイプに見えるが、試合映像を見る限りピッチでは絶え間なく味方へコーチングをしている。クリストフのような試合の時には性格が豹変するタイプのようだ。


「五か月前、俺たちはお前にしてやられた。油断していないつもりでもやはりどこか侮っていたところはあっただろうな。

 だがあの試合の活躍に今季の好調ぶりを見せられた以上、俺たちはもう微塵も油断していない」


 そこまで言ってラモンは表情を凄ませる。


「今日はお前はもちろん、ジークフリートたちもきっちり押さえこんで勝たせてもらうぜ」

「そう簡単にはいかないと思いますよ。こっちの攻撃陣も気合入っていますからね」


 ちらりと横目で鷲介はエリックとジークを見る。ロビンと話しているエリックは試合が始まっていないと言うのに瞳をぎらぎらさせており、シューマッハにヨーゼフと顔を見合わせているジークも普段通りに見えて全身からやる気に満ちている。


「確かにお前の言うとおりみたいだな……」


 二人──というよりジークを見て少し困惑した表情となるラモン。まぁ無理もない。Rゲルセンキルヒェンが強敵とはいえリーグはまだ序盤。こうもあからさまに戦意をあらわにする状況でもないからだ。

 明らかに昨日のPKキッカーのやり取りの影響だろう。だが鷲介はそれを当然教えず、不敵に微笑む。


「この間のように、今日も勝たせてもらいます」

「……上等だ!」


 鷲介の言葉を聞き、野獣のような戦意に満ちた顔となるラモン。それを見た鷲介やラモンのエスコートキッズが怯える。

 そして試合開始時間となりドイツリーグ公式テーマソングと共にピッチに入場する両チームの選手。写真撮影に試合前の握手をかわし、ピッチに散っていく。


「さーてと……」


 呟きながら鷲介はぐるりとフィールドとそこにいる両チームの選手を見渡す。まずRバイエルンのシステムはいつもの通り4-3-3、GKはアンドレアス、DFは右からアンドリー、クルト、ジャック、ブルーノだ。

 中盤ボランチは怪我から復帰したロビンに右SMFはカミロ、左SMFはアントニオ、スリートップは右から鷲介、ジーク、エリックだ。

 そして次がRバイエルンのホームスタジアムに乗り込んできたRゲルセンキルヒェンだ。システムはこちらも以前と変わらず3-4-3。GKはもはや不動のスタメンとなった18歳のシューマッハ。DFも以前と同じラモン、イザーク・フィンケ、ヨーゼフ・カルツ。

 ボックス型の中盤は右DMFにイヴォビ、左DMFに先日の代表選にてドイツA代表デビューを果たしたデニス・ヴァルヒ、右SMFはユーリ・クライネフ。そして移籍したゲルトのいた左SMFにはアダム・ポール。ポーランド代表のレギュラーが入っている。

 最後にスリートップはDF同様変更はない。右からトルステン・ウィルシュテッター、中央に今季もゴールを着実に決めているサミュエル・オリンガ、そして現段階でサミュエルと並びチーム得点王であるティト・アイマールだ。

 コイントスによりRゲルセンキルヒェンボールで試合は始まる。ボールが回されると同時、両チームサポーターからの応援の熱がより一層高まる。


(二年連続、ホームで勝ててないからかねー)


 そう思いながら鷲介は下げられていくボールを見ながら敵陣に侵入する。そしてボールがヨーゼフに収まりそこへ鷲介が距離をつめたその時だ、対峙するイザークはどこか遠くを見る顔をすると同時右足を大きく振りかぶってボールを強く蹴る。

 鷲介は振り向き、頭上を起きく超えたボールを追う。ボールの落下地点にはユーリの所へ飛び、そこにロビンが走っていっている。ボールを収めたロシア代表は頑強な体を壁としてボールをキープ、上がってきたラモンへボールを渡す。

 足元に収めたラモンは外へドリブル、そこへアントニオが距離をつめる。一瞬勝負するかと思った鷲介だがさすがに試合が始まったばかりのこの時間、好戦的なチリ代表は一瞬勝負するふりを見せ、ピッチ中央に上がってきたイヴォビへパスを出す。

 パスを受け取ったイヴォビはゆっくりと左──Rバイエルンの右サイドに流れていく。そしてカミロと下がってきた鷲介が挟み込もうとしたその時だ、彼はボールを蹴る。

 フォローにきたデニスへのパスかと思ったそのボールはRバイエルンゴール付近にいたアダムへのパスだ。強い、シュート性のパスのそれをアダムはダイレクトで左に出し、それに飛び込むのはアンドリーとジャックの間にいたアイマールだ。


「危ない!」


 オフサイドにならないギリギリの飛びだしでボールを受けたアイマールはダイレクトでシュートを撃つ。だがそれを読んでいたのかアンドレアスが前に出て体を広げコースを潰しており、アイマールのシュートを防ぐ。

 アンドレアスのナイスセーブに鷲介がほっとし、サポーターからも安堵の声が上がった直後、すぐさまRバイエルンは反撃に動く。アンドレアスの防いだボールをブルーノが拾うとすぐさま前線へボールを送る。一気にセンターライン付近まで飛んだボールをエリックが落してアントニオが拾うと数秒ドリブルをし逆サイドへボールを蹴る。

 右サイドに飛んだボールを収めたのアンドリーは前に進む。そしてギリギリまで敵を引き付けると中にパス、それを受け取ったカミロがダイレクトで中央にボールを送る。

 そのボールに飛び込むのは近くにいたデニス、イヴォビを振り切ったジークだ。ゴールから二十数メートルの距離のためミドルを撃ってくると思ったのか、イザークが動いては前を塞ぐ。


「悪いが締めは俺だ!」


 日本語でそう叫びながら鷲介は加速し、ジークから来たボールをダイレクトで相手ゴールに撃つ。聞き足で放ったシュートは思った通り相手ゴール右枠内に飛んでいく。

 が、そのボールをシューマッハがパンチングで防ぐ。枠内に飛んだ鷲介のシュートだがコースは甘かった。もしポストすぐ横──枠内ギリギリの所ならそのままゴールインだったのだが。

 そしてこぼれ球をヨーゼフが拾い、再びボールを前に蹴りだす。Rバイエルンの最終ラインに飛んだボールにクルト、サミュエルが競り合う。

 ボールを収めるサミュエル。クルトの絶妙な寄せで前は向けないがボールを失わずフォローに来たアイマールにパス。ボールを受け取ったアイマールはRバイエルンの右サイドを進み、チェックをしてきたアンドリーをマシューズフェイントで突破する。


(以前の試合よりさらにキレが増してる……!)


 サミュエルと並びチームでゴール量産している勢いもあるのだろうが、ボールコントロールに体重移動がより滑らかかつスピーディになっている。ミカエルに匹敵するレベルかもしれない。

 Rバイエルン陣内左サイドを駆け上げるアイマールへジャックが距離をつめていく。鷲介が再び勝負するかと思ったのと同時、アイマールはヒールでボールを下げる。

 そのボールにいち早く触れたアダム。ロビンがチェックに行くも、それよりほんの少しだけ早く彼はボールを蹴っていた。逆サイドにふわりと上がったボールを飛びだしたトルステンが収める。

 だがブルーノが前に回り込み彼を前には進ませない。強引にシュートに行くトルステンだがブルーノの動きが速く、伸ばした足で彼の蹴ったボールを弾く。

 しかしそのこぼれ球へサミュエルが突っ込んでくる。対峙するクルトがすぐさまシュートコースを塞ごうとするがそれより早くアフリカ最強のFWはシュートを放った。

 ゴール枠内に向かうサミュエルのシュート。しかしクルトによってコースが狭められていたため、アンドレアスがしっかりと弾き、それをブルーノが拾う。


(試合開始早々やってくれるな……!)


 まだ十分──いや五分も経過していないと言うのに怒涛と言うべき攻撃。さすがリーグ随一のFWと得点力を誇るチームと言う事か。しかし今季のRバイエルンの攻撃力も彼らに引けを取るものではない──


「ボール!」


 大声でボール要求するエリック。動きながらパスをつなぐチームメイトは幾度も手振りするオランダ代表FWにボールを渡す。

 敵陣の中央でボールを受け取ったエリック。当然すぐさまイザークがチェックするが、彼はその巨体に見合わない俊敏性を見せて彼をかわし前に出る。

 ワッと歓声がスタジアムより上がる。しかしすぐさまヨーゼフが彼の前に立ちふさがる。前に進みながらフェイントで揺さぶるエリックだが相手もドイツ代表に長年選ばれ続けている名選手、不用意に飛び込まない。


「後ろから来てる! アントニオさんにボールを!」


 鷲介がそう叫んだ直後、先ほどかわしたイザークが再びエリックにチェックをかける。咄嗟にかわすエリックだがそこへヨーゼフがスラィディングで一気に距離をつめてきた。

 刈り取るような鋭いヨーゼフのスラィディングを、エリックはこれまた機敏で細かい動きで回避する。だが完璧とはいかずヨーゼフの足がボールを掠め、ボールがこぼれる。

 ラインに向かうボールへエリック、そして起き上がったヨーゼフが向かおうとする。だが彼らより早くボールを拾ったのは駆け上がってきたブルーノだ。


(あー怒ってるよ)


 眉をつり上げた──多分エリックの長時間ボール保持に対しての──ブルーノを見て、鷲介は中に向かって動き出す。

 ボールを拾ったブルーノは一瞬、パスを出すふりをして左サイドを駆けあがる。そしてペナルティエリア直前でヨーゼフが回り込んだのと同時、右にパスを出す。

 ブルーノのボールをアントニオ、カミロがダイレクトでつなぎ最後はペナルティエリアギリギリ外でジークがダイレクトシュートを放つ。だがラモンが伸ばした足が間一髪、ゴールに向かうボールを弾く。

 横にこぼれるボールに真っ先に駆け寄るのは鷲介だ。拾った直後すぐさま加速、こちらへ向かってこようとしているラモンの横を強引に突っ切りペナルティエリアに侵入する。


(ジークさんのシュートを防いだのが仇になったな!)


 鷲介に匹敵するスピードにアジリティを持つラモンを突破するのは容易ではない。だが『竜殺しドラッヘ・モード』と讃えられる大砲シュートを止めた直後の彼は流石に動きが鈍かった。

 そしてペナルティエリアに侵入した鷲介は迷わずシュートを放つ。シューマッハは反応しており伸ばした手がボールに当たる。

 だが至近距離の鷲介のシュートを止めることはできない。彼の手を弾き飛ばし、ボールはネットに突き刺さった。


「──よし!」


 スタジアムから湧く歓喜の声にこたえるように、客席前に向かった鷲介はいつものゴールパフォーマンスを見せる。

 それによりさらにサポーターの声のボリュームが上がる。自分の名前と字名をサポーターがリズムよく連呼する。


「ナイスゴールだ!」

「よくやった!」

「はい!」


 抱き着き、または飛びついてくるチームメイトに鷲介も笑顔を見せる。

 後ろにいたジャックまでやってきた後、最後にジーク、エリックが笑顔で近づき、


「ナイスゴール鷲介。これでチームに勢いがつく」

「だが次は俺にいいラストパスを寄越せよ!」

「……はい」


 エリックの言葉に無言で頷くジーク。圧を出し瞳の中にゴールという文字を見せている二人を見て、鷲介は少し表情を引きつらせて頷くのだった。






◆◆◆◆◆






「おー先制はRバイエルンか」

「こぼれ球を拾い一気に加速してからのゴール。ヤナギらしいゴールだなカール」

「そうだな」


 頷きカールはカウンターに置かれたコーヒーを口に運ぶ。ここはレヴィアー・ドルトムントのホームスタジアムすぐそばにある喫茶店だ。

 隣にはウラディミル、そして今季ユースより昇格したマルコ・デュンヴァルトがいる。年齢は19歳、ドイツU-20、U-23を兼任する実力者でポジションは中盤はどこでもできる。現在はフリオ、アベールといった衰えが見え始めてきたベテランたちとポジションを争っている俊英だ。


「しかし本当今季のRバイエルンはゴールを量産しますね。これで確か24ゴール目でしたっけ」

「ああ。全く凄まじいな」


 現時点のドイツリーグ総得点数はRバイエルンがダントツの一位だ。時点でRゲルセンキルヒェンが20ゴール。Rドルトムントは17ゴールとで四位の位置にいいる。


「特に今季はスリートップが爆発状態だ。ジークフリートにエリック、アレン、そしてヤナギだけでほとんどのゴールを奪っている」


 Rバイエルンの24ゴールの内訳はこうだ。ジークフリート7ゴール、エリック7ゴール、鷲介5ゴール、アレン3ゴール。残りは他の選手といった具合だ。


「得点王ランキングもジークフリートとエリックが並んでいるしな。ま、カールも追走はしているけど」

「というかヤナギのゴールで並ばれましたよ。これは明日の試合、またゴールを決めて突き放さないとな」


 そう言っていやらしい笑みを浮かべるマルコにカールは半目を向ける。とはいえそんなわかりやすすぎる挑発にノってしまう自分も自分だが。

 最初の試合以降、カールは自分がヤナギを強く意識していることは自覚している。”ゾディアック”と並び称されたこともあるがやはり最初の試合を始め、昨季の試合で見せた彼のパフォーマンスは同じポジションである自分のプライドを大きく刺激するのだ。もっとも他の人に対しそんなことは口が裂けても言えないが。


「さて、我らがライバルクラブはここからどうするかな。勢いのついた王者相手にいったん守勢に回るか?」

「ウラディミルさん、わかってる癖に言わないでくださいよ。──点を取られたら倍返しがRゲルセンキルヒェン(あのチーム)のやり方ですよ」


 マルコが笑いながらそう言い、カールも心中で頷く。

 そしてやはりというべきか、先制されたRゲルセンキルヒェンはマルコの言葉通り先制される前と変わらない──いや、それ以上の勢いでホームチームに攻め込む。その勢いは先制点で乗っているであろうRバイエルンの勢いを押しとどめるほどのものだ。

 失点なにくそと言わんばかりのRゲルセンキルヒェンの勢いは前半二十分近くに実を結んだ。ドリブル突破しようとしたエリックからボールを奪取したラモンが一気に前方にロングパス。それをジャックと競り合ったサミュエルが落しそれを拾ったアイマールがドリブル突破すると見せかけて中に折り返すとアダムが走ってきたにもかかわらずダイレクトで正確なボールを渡し、受け取ったユーリが強烈なミドルシュートを放つ。

 ゴールに一直線に向かうユーリのシュートをアンドレアスが手で弾き、さらにボールポストに当たって跳ね返る。だが跳ね返ったボールに真っ先に駆け寄ってきたのはトルステンだ。ブルーノから体を寄せられているがフィジカルの強さで勝っているトルステンは体勢を崩さず、こぼれ球をRバイエルンゴールに突き刺した。


「おお、こんなに早く同点になるとは。さすが我らがライバル、リーグ随一の攻撃力を持ちチームだ」

「それもありますけど、いつもと違うRバイエルンのおかしいところに早めに気づいて対処したRゲルセンキルヒェンの作戦勝ちと言ったところでしょう」

「ああ。とはいえ流石にRバイエルンもすぐさま修正してくるだろう。さてどうなるか──」


 そう言って再開された試合に注力するカール。しかし試合内容は拮抗せず、それどころか少しずつRゲルセンキルヒェンに傾いている。


「おいおい……これは」

「ええ。このままだと前半のうちに逆転しますね」


 マルコとウラディミルの呟きにカールは心中で同意し、視線を鋭くするのだった。






◆◆◆◆◆







「うおっしゃああああっっ!!」


 たまりにたまった鬱憤を吐き出すかのような叫びをエリックは上げ、ガッツポーズをとる。それと同時にスタジアムのサポーターから歓声が沸き上がり、主審がゴールインの笛を吹く。

 前半三十一分、アントニオが蹴ったコーナーからのボールをエリックがヘディングでRゲルセンキルヒェンゴールに叩き込んだのだ。これでスコアは2-1、勝ち越しだ。


「ナイスゴールだエリック!」

「ははっ、どんなもんだ! 見たかコノヤロー!」


 真っ先に駆け寄ったロビンを初めチームメイトから祝福されるエリック。彼はいつも以上に喜びをあらわにしラモンに向けて勝ち誇った表情を向ける。

 しかし無理もない。今日のエリックはラモンのマークを受けておりろくな活躍ができていない。決定的シーンもこのゴールが最初だ。

 子供のような対応のエリックに苦笑する鷲介だが、ゴールを決めたオランダ人ストライカーに駆け寄りナイスゴールと声をかける。そして自陣に戻ろうとしたその時だ、


(……!?)


 思わず鷲介は立ち止まる。何故なら勝ち越されたはずのRゲルセンキルヒェンの面々が異様に落ち着いていたからだ。好戦的なあのラモンでさえもだ。

 ゴールされて彼らが闘志を燃やすのはわかる。しかしリーグ随一の攻撃力と攻撃性を持つチームのメンバーは冷静な面持ちで何かを話し合っている。

 それを見て何かまずいと直感した鷲介は通りがかったジークに声をかける。


「ジークさん、Rゲルセンキルヒェンですが──」

「流石エリックだな。ラモンのしつこいマークを一瞬ずらしたとはいえ見事なヘディングだ」

「え、ええ。そうですね」

「俺も負けていられないな」


 そう言って自陣に戻っていくジーク。いつも以上にゴールへの欲求を見せる彼に鷲介は感じたことを言えず、また試合中に感じていた不安が大きくなる。


(なんだ、この不安は……)


 心中でムクムクと大きくなるはっきりとしない不安を鷲介が感じながら試合は再開される。

 勝ち越した勢いとホームスタジアムのサポーターの声援を受けて前に出るRバイエルン。一方のRゲルセンキルヒェンはらしくなくやや引き気味だ。


(なんだ? いったいどうしたんだ?)


 非常にらしくない相手チームの様子に鷲介が戸惑っていた時だ。鷲介の眼前にいたヨーゼフがボールを収め、こちらが距離をつめようとしたその時、彼は鷲介の左側にボールを出す。

 振り向けばボールはイヴォビの足元に。そして彼は前を向くとデニスとのワンツーでチェックに来たカミロをかわして前に出る。


「ロビンさん!」


 イヴォビのワンツーは思ったよりも大きかったが、彼が進んだ場所はぽっかりとスペースができており、誰にもチェックを受けない。

 鷲介の声が聞こえたのか、それとも中盤がスカスカとなっていることに気が付いたのか慌ててロビンが彼の方へ動く。だがイヴォビはそれを察していたかのようにロビンが動いたのと同時、パスを出す。Rバイエルンのピッチ中央に出たボールにユーリが駆け寄りダイレクトでペナルティエリア正面にいるサミュエルにボールを渡す。

 ゴールに背を向けてボールを収めたサミュエルのすぐ後ろにいるのはジャックだ。年齢は離れているが体の大きさはほとんど変わりない。そしてジャックはフィジカル、一対一の強さには定評がある。勝てはしなくても味方が来るまで時間は稼げるはず──そう鷲介が思ったその時だ、


「……!?」


 ぴったりと体を寄せていたジャックに対し、サミュエルはほんのわずか前に動き、Rバイエルンの右サイド──アイマールに顔を傾ける。

 ジャックの視線がほんのわずか、アイマールに向く。──それと同時にサミュエルは体を右から左にターン、ゴールの方へ振り向き、短い振り足でシュートを放つ。

 瞬き一つする時間で行われたサミュエルの一連の動きにジャックは反応できない。そしてサミュエルのシュートはピッチを掠めてゴールに向かう。

 アンドレアスは反応しており手を伸ばしていた。だが彼の手が伸びたのはボールが通過した後だ。そしてアフリカ最強のエースストライカーの放ったシュートはポストに当たり、ギリギリゴールの外側に外れる。


「あ、危ねー……」


 一瞬で肌に浮かんだ冷や汗を拭う鷲介。しかし安堵したのはその時だけだ。

 試合が再開されると、また勝ち越し点以前のようにRゲルセンキルヒェンの猛攻が始まる。そしてその中核となっているのが今季移籍してきたナイジェリア代表だ。


「くっ、また……!」


 鷲介に来たボールに足を伸ばしインターセプトするイヴォビ。それをデニスが拾い前線へ送る。これでイヴォビのインターセプトは確かに6回目だ。

 先程から──いや、試合開始からずっとこうだ。中盤の底とDFライン付近をイヴォビは縦横無尽に動き回ってはRバイエルンボールをインターセプトし中盤まで帰ってきたこぼれ球を拾い、カウンターやショートカウンターの芽を摘んでいる。

 ポジショニングに長け、なおかつ豊富な運動量で敵の攻撃を詰み、または潰すと言うイヴォビのプレースタイルは試合映像を見て知ってはいた。だがこれほどのものとは思わなかった。

 そしてそれだけではなくデニスやユーリと言った面々も中盤の仲間たちにコーチングを飛ばしあってポジションチェンジを繰り返しフォローし合っている。新規加入した選手がいるとは思えないほどの連動性だ。

 

(でもなんでここまで自由にされるんだ……?)


 イヴォビの想像以上の実力と前期までと違う変幻自在のRゲルセンキルヒェンの中盤に鷲介が驚くと同じぐらいの疑問がそれだ。こちらにも不動のスタメンであるアントニオとロビンがいる。カミロとて彼らと大差ない実力者だ。実績、実力ともにイヴォビと同等以上のプレイヤーたちだ。

 にもかかわらずイヴォビを中心としたRゲルセンキルヒェンのMF陣にここまで圧倒される理由がわからない。そう思いながら鷲介が唇をかんでいるとピッチサイドから監督、トーマスさんの指示が飛ぶ。


「アントニオ、カミロ、ロビン! 前に出過ぎているぞ! いつもの位置に下がるんだ!」


 監督の言葉を聞いて鷲介は自陣に目を向け、気づいた。トーマスさんの言うとおり三人はいつも以上にポジションを上げており本来の位置からずれている。中盤とDFラインの間に無数の空白があるのだ。

 しかしそれでもフォーメーションが完全に崩れていないのはクルトたちDFたちが器用にバランスを取っているからだ。しかしそれはなんとか形を保っているというものであり、本来のものとは程遠い。


(イヴォビ達に加えてアントニオさんたちが前に出過ぎていたからこその劣勢なのか……!)


 監督の指示を聞きいつもの位置へ戻るアントニオたち。結果Rバイエルンの攻勢は弱まったが、先程のようにこぼれ球やインターセプトされる頻度も減った。

 互いに攻めながらもあと一歩決め手に欠く状況が続く。しかし前半ロスタイムに入ったその時、Rゲルセンキルヒェンが一転して攻勢に出る。全員が前がかりになり最終ラインのメンバーもポジションを上げる。


(いくらなんでも上がりすぎだな。これじゃあ俺にボールが届いたら間違いなくアウトだぞ)


 Rゲルセンキルヒェンの最終ラインのうち二人が鷲介たちがいるセンターライン付近まで上がってきている。もしRバイエルンがボールを奪取し鷲介の前方にボールを出したら三点目が入る可能性が非常に高い。

 そして鷲介がそれを狙っているとユーリのダイレクトパスをアントニオがカットしロビンが拾う。


「こっち!」


 ボールを蹴ろうとしているロビンへ叫び、鷲介は動く。しかし彼が蹴ったボールは逆──左サイドにいたエリックに渡る。

 パスをくれなかったことを残念に思う鷲介だが、すぐにそれも霧散する。なぜならセンターサークルにいたジークがエリックに視線を向けたイザークの左側へ動いていたからだ。


(ジークさんの前方にパスを出せば三点目だ!)


 ボールを収めたエリックはサイドラインに背を向けており、抜けだろうとしているジークの姿が丸見えだ。一番近くにいるラモンとの距離もまだある。パスを出すことは十分可能だ──

 しかしエリックの次の行動を見て、鷲介は大きく目を見開く。どうしたことか、彼はドリブル突破を図ろうと前に出たのだ。


「な……!?」


 前に出たエリックに一気に距離をつめるラモン。斜めから向かってくる敵に対しエリックはサイドを突破しようとする。

 そして次の瞬間エリックはダブルタッチで外から中へ急転換し、ラモンの横を突破する。

 190近いにもかかわらず鋭く澱みのないダブルタッチに鷲介は視線を奪われる。流石と言う言葉が脳裏に浮かぶ。

 だが、南米屈指のCBはそれの上を行った。鷲介に匹敵するであろうアジリティを最大限に発揮、突破しようとするエリックの足元にスラィディングを放つ。ラモンの伸ばした彼の足はボールをインターセプトする。

 しかしその直後エリックの足に引っかかり彼を倒してしまう。ホィッスルが鳴るか。そう鷲介が思う眼前、主審の笛は鳴らずラモンのインターセプトしたボールをイザークが拾う。


(ショートカウンター!)


 鷲介が心中で叫ぶと同時、発動する敵のショートカウンター。イザークから出たボールにRゲルセンキルヒェンのメンバーは即座に動く。

 攻勢に転じようとした途中に起こったそれに、中盤の三人は対応できない。Rゲルセンキルヒェンは素早く正確にボールを回しあっという間にゴール前へボールが運ばれる。

 そしてボールを収めたユーリから放たれるスルーパスにアイマールが飛び出す。だがクルトたちがパスと同時にラインを上げる。オフサイドトラップだ。

 だがそれは不発に終わる。トラップを仕掛けたRバイエルンのDF陣の中で、わずかにジャックの動きが遅れたからだ。


(アンドレアスさんー!)


 鷲介の心の声が届いたのかオフサイドトラップが失敗する可能性も考慮していたのか、ゴール前フリーとなったアイマールの間の前にアンドレアスが飛び出していた。

 その姿に鷲介はほんのわずか安堵し、次の瞬間、表情を引きつらせた。なぜならアイマールはアンドレアスが体を盾にした次の瞬間、右へパスを出していたからだ。

 そしてそのパスにはRゲルセンキルヒェンの絶対的エースが誰よりも速く駆け寄っており、無人のゴールへボールを押し込んだ。







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