リーグ開幕
「そ、それじゃあ発進するから」
「ええ、お願いね」
「にぃにぃ、がんばれー」
後部座席に座るサーシャとリーザの声を聞きながら、鷲介はごくりと喉を鳴らすと車をゆっくり発進させる。目的地はリーザの通う保育園だ。
つい先日、18歳となった鷲介の、初めての車での送り迎えである。運転免許自体はU-17W杯の後、教習場に通い始め一度試験に落ちるも何とか取得。その後すぐにハンブルク・フェアアインにレンタルされるも大文字の協力もあり運転技術は錆びつくことはなかった。
そして18歳となった鷲介はようやく一人でも車が乗っていい年齢となり(ドイツでは17歳が運転する場合は必ず助手席に運転免許を持った人間を同乗させなければならない)、また両親からの許可も得てこうして可愛い異母妹の初めての送り迎えをすることになったのだが──
(き、緊張する……!)
両親や大文字を乗せていた時とはまるで違う緊張感が体を支配している。後部座席でリーザが応援の声を出しているのもプレッシャーとなっている。
しかし静かにしてくれなどとは言えない。そんなことを言えば間違いなく可愛い可愛いリーザは落ち込むだろうし、何より兄としてそんな泣き言は口が裂けても言えない。
リーザの応援とサーシャの優しい声でのナビゲートを受けながら鷲介は指示取りに進み、リーザが通っている保育園に到着する。
「それじゃあ、いってきまーす!」
サーシャに連れられていくリーザに鷲介は笑顔で手を振り、二人の姿が小さくなったのを見て大きく息を吐く。
「つ、疲れた……」
子供の送り迎えをしている大人は毎日こんな苦労をしているのだろうかと、座席に寄りかかりながら鷲介は思う。親は偉大だ、とも。
そしてリーザを預けてきたサーシャが助手席に座ると自宅に戻るべく車を発進させる。
「明日、リーグ開幕ね。調子はどう?」
「悪くはないよ。スタメンかどうかはわからないけど」
インターナショナルリーグ敗退後も国内の二部、三部のチームと練習試合は行った。だがポジションを争っているアレンも相応のプレーや見せており個人的に評価は五分五分といったところか。
特にアレンはEUROで活躍した勢いを維持できているのか好調だ。なんとなくだが彼が開幕戦のスタメンになるような気がしている。
雑談しながらゆっくりと移動する車。そして自宅に到着し継母と別れ、鷲介は練習用のバックを車に積んでバイエルン・アカデミーへ向かう。開幕戦を翌日に控えた練習と言うこともあって今日の練習はいつもに比べ軽めであり時間も少し短かった。
そして練習後のファンサービスを終え、サーシャから頼まれていた買い物など諸々の事情を済ませて夕方前に帰宅した鷲介は笑顔でないリーザの一声に目を丸くする。
「にぃにぃ、あしたしあいにでてゴールして」
「はっ?」
思わず呆けた声が出てしまう鷲介。そしてすぐに怪訝な表情となる。
いつもなら笑顔で出迎えてくれるはずの可愛らしいリーザだが、どういうわけかきょうはむっとむくれており目元も赤い。
何かあったのかと思いサーシャに訊ねようとしたところ、彼女は微苦笑して言う。
「保育園でちょっと友達と喧嘩したみたいなの」
「……俺のことでか」
「だってにぃにぃがあしたもしあいにでないとか、ゴールをきめられないへたくそとか、いうんだもん」
ぷいっと顔をそむけるリーザ。
言わせたい奴には言わせておけと言いたいが、それで納得しないのは分かりきっている。かといって監督が決めることだからと真面目に答えても──
「リーザ。あまりお兄ちゃんを困らせないの」
鷲介の葛藤を察したのか、やんわりとサーシャが娘を嗜める。しかしリーザはそれに納得しないのか、むーっと可愛らしく頬を膨らませると鷲介から走り去って行ってしまう。
思わず追いかけようとする鷲介だが、サーシャが視線で「任せて」と言ってくるので、ひとまずは引き下がることにする。
『あははははっ。それは大変だったね』
夜、リーザとの一幕を話した由綺の最初の一声だ。それを聞き鷲介は思わず渋面となる。
「笑い事じゃないんだが」
『でもその後は機嫌を直していたんでしょう?』
「まぁな。父さんやサーシャ母さんが何を言ったのか知らないが、まぁいつも通りではあったな。
ただ明日ゴール明日ゴールと妙に浮かれていたのが気にはなる……」
なんとなくだが父が無責任なことを言った気がしないでもない。とはいえ真相を知りたくはないので追及はしないが。
『お兄ちゃんは大変だね』
「はいはいそうです大変ですよ。──しっかし誰と喧嘩したんだが」
保育園では鷲介のことは知れ渡っており、そのことで喧嘩するような相手はいなかったはずだ。リーザも試合の次の日は自分のことを友達と話すそうだがそのことを過剰に自慢をしていないと聞いている。
『新しく入園した子ととかかな? 八月の今は入園シーズンだし』
「あーそうなのか。もしかしたらその子供の親か兄弟がサッカー選手だったりするんだろうか」
『ありそうだね』
「やれやれ……。ところで明日は来るんだったな」
『うん。チケットも取れたし見に行くよ。ゴール、期待しているから』
「リーザみたいなこと言わないでくれよ」
そう鷲介が返すと、スマホの向こう側で恋人は再び明るい笑い声を上げるのだった。
◆◆◆◆◆
「はははははっ! 元気で何よりだな」
「うんうん。子供は喧嘩するぐらいがちょうどいい!」
クラブバスの中、後ろの座席で腹を抱えて笑うブルーノと笑みを浮かべ頷くフランツに鷲介は思わず握り拳を作る。ドイツリーグ開幕戦、アウェーチームのホームスタジアムに向かう最中、昨日のリーザの一件をジークと話していたのを聞かれた二人の反応だ。
「──ちょっといいだろうか」
二人に文句を言おうとしたところで座席の前から声がかかる。前を見れば前の席に座っていたアレンが何やら神妙な顔つきでこちらを見ていた。
「何ですかアレンさん」
「その、ヤナギの妹だが、名前はリーザちゃんで間違いないよな」
「そうですけど?」
鷲介がそう言うとアレンの眉間のしわがさらに深くなる。
はて、どうしたのかと鷲介が思うのと同時、彼は言う。
「……すまない。お前の妹と喧嘩したのはつい先日入園した俺の娘だ」
「え」
謝ってくるアレンに思わず鷲介は表情を固まらせる。そして彼は自分の娘とリーザが喧嘩し取っ組み合いになったと言う互いの身内しか知らないエピソードを話してくれる。
「……えーと、ですね。俺の妹が、すみませんでした」
「いや、お互い様だ。こちらこそ、俺の娘が迷惑をかけた」
数拍後、なんとなく謝罪をする鷲介にアレンも気まずそうに言う。まさかこんな身近にいるとは予想だにしていなかった。
「はははっ! これはどっちも開幕戦に出てゴールを決めるしかないな」
「うん。それが一番の解決方法だ」
後ろ座席から聞こえる戯言に思わず鷲介は半目となる。ポジションがかぶっている二人が同時にピッチに立つ可能性は非常に低いからだ。
まぁどちらかを中盤で起用し同時出場させると言う手もないことはないが、ほぼベストメンバーである現状、それはありえないと言っていい。
「頑張れお兄ちゃん、お父さん」
「ま、ブルーノの言うとおりどっちもゴールを決めればいいだけだな」
「でも今回のメンバーなら何か起きない限り同時出場は無いだろうから、鷲介の妹かアレンの娘か、どっちかは泣くことになるのか」
「監督ー、二人のために同時起用してみてはどうですかー?」
話が皆に聞こえていたのか、からかい混じりの言葉が聞こえてくる。皆の冗談が多分に含んだ軽いノリの言葉にトーマスも乗ったのか「それでは二人を左右のトップで試合に出すとしようか」などと言いエリックが「俺のポジションが無くなってますよ!」と反応して、バス内が笑いに包まれる。
そんなこんななやり取りをしながらクラブバスは本日対戦するアウリポリス04のスタジアムに到着。厳重な警備と優しくも激しいサポーターたちの声援に迎えられながら鷲介ロート・バイエルンの選手たちは試合に向けての準備を済ませる。
「それではリーグ開幕戦、勝ちに行こう!」
『はい!』
前半のゲームプランの説明を終えた監督の締めの一声に皆が声をそろえる。そしてスタメンの選手がロッカールームを後にし、それに鷲介たちベンチメンバーが続く。
開幕戦のシステムは従来通りの4-3-3。GKはアンドレアス。DFは右からフリオ、ジェフリー、クルト、ブルーノ。中盤ボランチはロビン、左SMFにアントニオ、右SMFはフランツ。
ここまでは昨シーズンの開幕戦と同じだが、前線は大きく変わっている。右にアレン、左にエリック、そして中央はジークと言った布陣だ。
「スタメン落ち、残念だったな」
「ジャックさんもね」
ベンチの右からからかい気味で声をかけてきたジャックへ鷲介はそっけなく答えピッチに視線を向ける。アウェーだと言うのにリラックスしているRバイエルンに対し、ホームのアウリポリス04は緊張気味だ。
主審の笛が鳴り今季のドイツリーグが開幕する。ホームのアウリポリス04がボールを下げていくのに対し、Rバイエルンは積極的にボールを追っていく。
そして前半5分、早くも試合が動く。アウリポリス04の中途半端なパスをフランツがカット。ボールはアントニオ、ジーク、アレン、そしてオーバーラップしてきたフリオにつながり深く敵陣まで侵入した彼のグラウンダーのセンタリングに突撃するような勢いでやってきたエリックのダイレクトシュートが相手ゴールに突き刺さる。
前半10分も経過しないうちの早々とした先制点にホームチームは浮き足立ち、それを昨季のリーグ王者は容赦なく攻めていく。先制点から十分もたたない前半14分、追加点が生まれる。センターサークル付近でのプレスでボールを奪取したRバイエルンはボールを左サイドにいるエリックへ。ボールを収めたオランダ代表FWはオーバーラップしてきたブルーノへ出すふりを中に切れ込む。そして足技で立ちはだかったDFを惑わしシュートコースを作るとペナルティエリアギリギリ外からミドルシュートを放つ。エリックの振りの速い弾丸シュートはGKに弾かれるが、そこへ真っ先に飛び込んでいたジークがこぼれ球を押し込む。
「うわー、これは何というか一方的な試合になりそうだな」
ジャックの言葉は正しかった。アウリポリス04は監督がピッチギリギリまで近づき怒声のような指示を送るも立て続けの二失点の動揺は完全に消えず、またエースのゴールで勢いづいたRバイエルンは相手チームの脆弱な攻撃を悠々と跳ね返し、また攻撃の手を緩めない。
前半28分、右サイドでボールを受け取ったアレンがキレと技のあるドリブルでサイドを突破。フォローに来たアントニオとのワンツーで外から中へ斬り込みゴール前にパス。
これにエリックが反応するが、GKの飛び出してボールは弾かれる。しかしそれをジークが拾い、ダイレクトでシュートを放つ。だがこれも相手DFの体を張った守りで防がれる。
エリア外にこぼれるボール。だがこれを拾ったのはまたしてもRバイエルンだ。アントニオ、フランツとボールが繋がり最後はフランツからのパスをペナルティエリア内で受け取ったアレンが巧みなドリブルで相手DFを一人かわしてシュート、Rバイエルンに3点目が入る。
「これでアレンさんは安心だな。鷲介はどうかなー?」
左に座るカミロの言葉に思わず鷲介は渋面となる。この調子だと出場機会があるかどうか、怪しいからだ。
Rバイエルンの勢いは止まらない。前半42分、クルトの一本の縦パスに飛び出したジークがボールを収めると同時にロングシュートを放つ。25メートルほどの距離から、虚を突くようなタイミングのジークのシュートにGKはまともな反応ができず、ゴール右にボールは突き刺さった。
「前半の調子で後半もプレイし、点も取れるだけとっておくように。
ただし無理なプレーはしなくていい」
前半が終了してハーフタイム時のトーマスさんの言葉だ。圧倒しているだけあって細かい指示や修正点はない。無難とも言える言葉とともに後半も一方的な展開が続く。
後半12分、相手DFが防いだアントニオのミドルシュートのこぼれ球をエリックが拾いドリブルでエリアに侵入、飛び出したGKの脇を掠めたシュートで5点目。後半20分、今日初めてといえるRバイエルンに訪れた決定的ピンチを防いだからのカウンター。アンドレアスのオーバースローからのボールはフランツ、フリオ、アレンと繋がる。ボールを受け取ったクロアチア代表FWは三点目が入ったときのように──鷲介ほどではないが──快速を生かしてサイドを爆走。立ちふさがったDF、エリック・ボカを緩急のフェイントで翻弄しラストパス。マイナス気味に出たそのボールに走ってきたジークがトラップと同時にDFをかわして前に出て、ペナルティエリアライン上からのミドルシュートでハットトリックを達成した。
「はー……。いくら相手が下位常連とはいえこの破壊力は普通にすごいな」
「ええ。ジークさんたちに相手が完全に萎縮しているっていうのもありますけど、それを考えてもすごい得点能力ですね」
明らかに昨季以上の得点能力だ。そしてその一番の理由はエリックだ。
昨季スタメンだったルディは高さとポストプレイに長けた選手ではあったが、エリックほどの技術や突破力はなかった。だがルディに匹敵するそれらを兼ね備えた上、ドリブルで相手を切り崩すこともできるエリックは相手チームから注視され、結果としてジークやアレンなどに人数がかけられなくなってしまうのだ。
ジークはもちろん、アレンとて相応の実力を持ったFW。彼らが手薄になり自在に動き回ればこうなるのは当然だ。そして二人にアウリポリス04が気が向くと今度はエリックが手薄になるといういたちごっとのような状況になっている。
「さーて、お前さんも負けてられないぞ。残り時間20分もないが、頑張ってこいよ」
「点をとればリーザちゃんが泣かなくてすむぞー」
ジャージを抜いた鷲介にジャックとカミロが軽い──少々ふざけたような──口調でいい、鷲介は振り返らず軽く手を振ってピッチに近づく。
後半24分、アレンに代わって鷲介が出場するためだ。
◆◆◆◆◆
「お疲れ様です」
「ああ。頑張ってこいよ」
アレンと短く言葉をかわし、鷲介はピッチに入る。アウェーのスタジアムに大きなブーイングと小さい歓声が響く。
交代したアレンと同じポジションへ移動し、さて、どうするか。そう鷲介が思ったそのときだ。フランツからボールを受けたエリックがボールを奪われる。
奪取したレイフはそのまま上がりフランツがチェックに来る前に前方へ大きくフィード。ゴール前まで飛んだそれに今日まるでいいところがないフレディとクルトが競り合う。
何とか競り勝つフレディ。だがそれをブルーノが拾う前にキリが体ごと投げ出すようなスラィディングでボールを前に転がす。
勢いの弱いボールがRバイエルンのペナルティエリア正面に転がる。そしてそこへレオニードが飛び込んできてダイレクトシュートを放つ。地を這う低空のボールはRバイエルンの左ゴール隅に突き刺さった。
「!」
一点返したという事実にアウリポリス04のイレブンはもちろん、サポーターたちが狂喜する。サポーターの張りのなかった声援に再び力が満ちる。
そしてRバイエルンボールで試合は再開されるが、今のホームチームの一転で状況は大きく変わる。サンドバック状態だったアウリポリス04は積極的に前に出て行くようになり、その急激な変化にRバイエルンイレブンは戸惑い、ペースを崩される。
ボールを受けたエリックに鷲介がドリブルで攻め入るも、彼らはまったくひるむ様子を見せず、一歩間違えればファウルを取られかれないような強引な守りでRバイエルンの攻撃を防ぎ、味方からボールを受けたカリムが前線にボールを供給しとキリがドリブルでボールを運ぶ。そしてボールを収めたフレディとレオニードのツートップが躍動し、あわや二点目というシーンを作り出す。
「ボールをください!!」
アンドレアスがボールを蹴ろうとしたところで鷲介は両手でボールを要求するオーバーアクションを取る。
敵、味方どちらからも注目を浴びるが知ったことではない。この嫌な雰囲気を少しでも早く変えたい。いや、変えるのだ。
「ご希望のボールだよ」
前線からのチェイシングをかわしたフリオからボールがやってくる。収め、前を向いた鷲介にDFがすぐさま距離をつめてくるが、鷲介は一瞬で加速しスピードで振り切る。
サイドから中へ切れ込み進んでいく鷲介。すぐに開いてDFが距離をつめてくるが、鷲介は外へ行くふりをしてギリギリまで引き付けるとパスを出す。
(まずは相手の勢いを止めることが最優先!)
リーザの笑顔でゴールへの欲求を抑え出したボールの先にはペナルティエリアに飛びこむエリックがいる。左足を振りかぶるエリックにDFが間合いをつめるが、彼はシュートフェイントで右に切り返し、シュートを放つ。
よしゴール! と心中でガッツポーズした鷲介だったが、次の瞬間目を大きく見開く。なんとエリックの放ったシュートはゴール右ポストに当たり跳ね返ってしまったのだ。
(あれを外すやつがあるかー!)
心の中で叫びながら鷲介は慌ててこぼれたボールに駆け寄り、ダイレクトシュートを放つ。
低空のボールを正確に蹴るという難易度が高く、しかも走った上だったっため威力もあまりないシュートがゴールに飛ぶ。だが相手の守備陣が乱れていたこともあって一度ピッチを跳ねたボールはDFの横を通り過ぎ、GKの伸ばした手をかすめ、ゴールラインを割った。
「よ、よしっ! ……あ」
小さくガッツポーズをして鷲介は自分がゴールをしたという事実に気づく。
「ナイス押込みだ!」
「これで二人の少女が泣かなくてすむ。よかったよかった」
仲間たちに抱擁、または肩や背中を叩かれながら鷲介は視線を観客席の方へ向ける。
すると観戦に来ていた家族たちは皆喜んでおり、特に優輝の膝に座っているリーザは両手両足をじたばたと動かして全身で喜びを表現している。
(やれやれ。一安心ってところだな)
そう呟いて鷲介は右腕を天に突き上げると自陣に戻る。
後半34分の7つ目のゴールを許したアウリポリス04だが、それでも試合再開後は1点返した時と同じように──勝ち目がないと開き直っているのか──攻守にわたり積極的に動く。
だがRバイエルンもさすがに動揺はしない。時間帯からもはや負けがあり得ないと確信したのもあるが、アウリポリス04の攻防にミスや乱れが連発し始めたからだ。
そしてそれを当然だが鷲介たちは見逃さない。特に鷲介は入ったばかりなうえ、自分が出場した直後の失点ということもあって、心中にある微細な怒りを込めてピッチを走る。
(大量得点勝利にケチをつけてくれたな。まぁ油断していたこちらが悪いんだろうけど!)
やや動きの落ちたジークやエリックに代わり動きまくり相手にプレッシャーをかける鷲介。そしてロスタイムに入ろうかという時間、鷲介が追いかけていた選手がフランツと交代で入ったドミニクに挟まれボールをロストする。
それをフリオが拾うのを見た瞬間、鷲介は反転して相手ゴールの方へ向かう。最終ライン際に移動し再び首振りで周りを見ると、こちらへ振り向いたアントニオと視線が合う。
(来る!)
にやりと笑ったアントニオを見て鷲介は飛びだす。直後、アントニオの右足がボールを蹴り、アウリポリス04の最終ラインの裏に飛ぶ。
そのボールへ全速力で走り追いついた鷲介はゴールへ一直線。ポジショニングやボールの受け取り方も意識して飛び出したため、今までに比べゴールに向かう時間がわずかだが短縮されている。
そしてその短くなった時間が相手DFにとっては致命的となっていた。寄ってきているDFは左からたった一人だけだ。GKの動き出しも遅れている。
鷲介は一切合財迷うことなくゴールへ近づくと、動いた相手GKの逆を突いたシュートを放ち、ゴール枠内のネットを揺らすのだった。
◆◆◆◆◆
月曜の朝、保育園の駐車場に鷲介は車を止める。そして先日と同じようにリーザとサーシャを降ろした後、車のエンジンを切って車内から降りる。
ぐるりと周りを見渡すと、待ち人の姿はすぐに発見した。駐車場の隅にある車の側には若い男女の夫婦とその娘の姿がある。
「おはようございます、アレンさん!」
「ああ、おはよう」
ことさらに大きな声で、そして笑みを浮かべて挨拶する鷲介に若い夫婦の夫──アレンが近づいては抱擁してくる。
サーシャと話していたアレンの妻とその影に隠れている黒髪の幼女、アレンの娘であるセヴェリナとも挨拶をかわすと、鷲介はサーシャの横にいるリーザの背中を軽く押す。
「リーザ」
兄の一言にリーザは一歩前に出る。そして同じように両親から促された黒髪の幼女も姿を見せ、二人は対面する。
(上手くいくだろうか。いや、いってくれ)
内心で冷や汗を浮かべる鷲介。するとリーザが口を開く。
「このまえはごめんね。セヴェリナちゃんのおとうさん、すごかったね」
「わたしこそ、ごめん。リーザちゃんのおにいちゃんもすごかったよ」
お互い謝罪し、互いの肉親を褒め称える幼女たち。そしてにこっと笑顔を浮かべたリーザが手を差し出すとセヴェリナはおずおずと言った様子だが差し出された手を握る。
「さぁ、そろそろ行きましょうか」
サーシャとアレンの妻と共に保育園に向かう幼女二人を見送ると、その場に残ったRバイエルンのチームメイト二人は大きく息をつく。
「これでひとまずは安心ですかね」
「そうだな」
朝だと言うのに疲れた様子の二人。いや実際疲れてはいる。気疲れだが。
この仲直りを考えたのはアレンだ。8点と言う大量得点による圧勝で終わったリーグ開幕戦のすぐ後、娘たちを仲直りさせたいと相談を持ちかけてきたのだ。
「しかし上手くいって本当によかった。あの子は非常に内向的で、あの年齢でも友達があまりいなかったからな。
似たような境遇のリーザちゃんと仲直りできたのは、本当によかったよ」
「ま、開幕戦で俺たちがゴールを決めたことと、これを見せたことで二人も安心したんでしょうね」
そう言ってスマホを取り出し操作する鷲介。すると画面には肩を組んだ鷲介とアレンの姿が映し出される。開幕戦が終わった直後、ロッカールームで喜び合うふりをした二人の姿を写したものだ。事情を知らない人や子供が見れば二人が仲良しだと伝わるような写真だ。
「これで二人が友達となってくれれば親としては一安心なんだがな」
「俺たちという共通の話題がありますしリーザは人見知りとは無縁です。周りが上手くやればそうなれるでしょう。
しかしこんな苦労をするとは想像していませんでしたよ。俺はまだ18で結婚もしていないし子供もいないのに」
「まぁ将来の予行練習になったと思えばいいんじゃないか? 写真を撮るよう助言してくれた君の恋人との間に生まれる子供との」
微笑む同僚に鷲介はなんとも言えず頭をかくのだった。




