新戦力2
雲が多い夜空にサポーターの歓声が響いている。鷲介はそれを聞きながらピッチを──笑顔で手を振ってくるマリオをスルーして──見渡す。
インターナショナルカップ決勝トーナメント一回戦。赤のユニフォームのロート・バイエルンと対峙するのは白と黒のユニフォームを着るユヴェントゥースTFCだ。
(イタリアリーグの絶対王者か……)
ビアンコローネのイレブンから放たれている圧を感じながら鷲介は心中で呟く。ユヴェントゥースTFC。イタリアのトリノを本拠地とするクラブで近年イタリアリーグの王者の座を独占しているビッククラブだ。CL常連でありRバイエルンと同格とされている世界トップクラスのサッカーチームの一つだ。
メンバーもRバイエルンに引けを取らないそうそうたる面々だ。特に名が知られているのは三人。当代最高のファンタジスタと言われるチーム、イタリア代表の10番を背負うアレッサンドロ・バッジョ。レヴィアー・ドルトムントのポウルセンと同等、もしくはそれ以上とも言われる世界最高峰のDF、チーム、イタリア代表のディフェンスリーダーであるロベルト・バレージ。そして現役GKの中では世界No1と多くの評論家から言われイタリア代表の正GKを務めてもいるジャンルイジ・ドニだ。
しかしRバイエルンがそうであるように今日対戦するユヴェントゥースTFCもベストメンバーではない。まずバッジョがベンチにおり、また各所に移籍してきた選手やユース上がりの若手を起用している。
とはいえ新加入した選手たちも聞いたことがある有名人ばかりであり侮ることはできない。またバレージ、ドニの二人を要するユヴェントゥースの守りは世界一とまで言われており、その堅い守りで昨季のCLではベスト4まで勝ち上がったのだ。優勝したマンチェスターFCに敗れはしたがホーム、アウェー共にスコアレスであり、PK戦にてようやく決着がついたと言う堅守っぷりだ。
こっち、こっちと両手を振ってアピールするマリオを無視して鷲介は自チームのスタメンを見る。GKやDFに変更は無い。中盤はカミロからアントニオに代わっており、ボランチはロビンではなくベアリーンFCから移籍してきたドイツ代表のドミニク・ハイデンライヒが入っている。
そしてFWは左にアレックス、右に鷲介、中央にはエリックと言ったメンバーだ。不動のエースだったジークは相手チームのエースと同じくベンチスタートだ。
「鷲介、わかっているとは思うがユヴェントゥースTFCは強いぞ。特に守りの硬さは尋常じゃない」
「Rドルトムントのようなものですかね」
「Rドルトムントとはある意味真逆だ。だが守りに対するあらゆる動きや意識が他チームとは段違いだ。たとえお前さんでも容易に突破はできねぇ。
だからチャンスだと思ったらまず俺にボールを渡せ。奴らとは幾度となくやり合った経験があるし、ゴールを奪ったこともあるからな」
ポンと肩に手を置くエリック。強い自信に満ちた言葉を出した彼に鷲介は頷き自分のポジションに移動する。
そしてエリックとアレックスがセンターサークルに入りボールに触れて試合は開始される。ボールが回るのや両チームの動きを見ながら自分のポジションに移動すると、そこへ凄まじい圧を持った巨漢の金髪碧眼の男性が近づいてくる。
「初めましてだなシュウスケ・ヤナギか。俺はロベルト・バレージ。マリオから色々と聞いているぞ」
「俺のマークは、あなたですか」
対峙しただけで鷲介の頬に軽く汗がにじみ出る。ストライカーとしての本能がとびきり危険な人物だと認識している。
ポウルセンと同格と言われるのも納得のプレッシャーを放っている。
「自惚れるなよ小僧。俺がお前ごときのマークにつくわけがないだろう。お前とユングストレーム二人のマークだ」
「エリックはマークしないんですか」
アレックス共々抑え込むと言われ、さすがんカチンと来た鷲介は挑発の意味も込めて言う。するとバレージは小さく息をつき、視線をエリックの方へ向ける。
「さすがの俺とてアイツまでまとめて押さえきれはせん。相手はチームに加入したやつの同胞に任せている」
バレージの視線の先にいるのはエリックと彼と対峙する黒人選手だ。彼はフランシスカス・デ・ベール。ユヴェントゥースTFCに移籍してきた選手の一人でエリック、ロビンと同じオランダ代表で、読みが異様に鋭く一対一に長けた選手だと聞いている。
ドミニクからエリックへボールが渡り、そこへさっそくフランシスカスが距離をつめる。エリックは前を向いたその時だ、フランシスカスは一気に突っ込んでくる。
左に動くエリック。だが突っ込んできたオランダ代表はすぐさまそちらへ体を寄せてボールを奪ってしまった。
(上手い……!)
190を超える長身ながらもエリックのアジリティは相当なものだ。その彼の動きに見事についていきボールを奪ってしまうとは。鷲介でも彼を突破するのは簡単に出来なさそうだ。
ボールを奪取したフランシスカスにユヴェントゥースTFCの選手が寄って来る。右SBの彼はクルドと同い年のヴァスコ・ジェンティーレだ。昨季スタメンに定着した若きイタリア代表だ。
フランシスカスのパスを受けたヴァスコはすぐさま前線にボールを送る。Rバイエルンの左サイドに流れたボールに今日は右SMFにいるマリオとブルーノが近づく。
前を向かず中にパスを出すマリオ。それを受け取ったのは左MFのユヴェントゥースの中盤の王様と言われるデヤン・ミロシャビッチだ。スレイマニの後継者と言われるほどのテクニシャンであるセルビア代表は、ドミニクのチェックを受けながらも右にドリブル突破する──と見せかけて左にパスを出す。そしてそのボールを上がってきていた右DMFで出場しているU-23イタリア代表、チロ・カステッリがダイレクトで縦にボールを送る。
弾丸のような勢いでピッチを走るボールの先にはジャックと、これまた今季よりユヴェントゥースTFCに加入したポルトガル代表のエースストライカー、クリスティアン・ルイがいる。ジャックを背負いボールを収めたクリスティアンはゆっくりと下がるもオーバーラップしてきた左SB、ナイジェリア代表のオラ・オルメロとのワンツーで前に出る。さらに距離をつめてきたフリオを速く丁寧なダブルタッチでかわしてペナルティエリアラインの角から高くボールを上げる。
そのボールに飛びつくのは今日クリスティアンとツートップを組むU-23イタリア代表、ピエトロ・シレアだ。彼にはクルトがマークについており、シュートポジションに先回りしている。だがピエトロは跳躍、190を超える長身で強引に体を伸ばし頭にボールを当てる。
ゴール右の枠内に飛んだヘディング。しかしさすがに不安定な状態からの強引なシュートは勢いがなくエトウィンがキャッチする。
わっと歓声が上がる観客席。その気持ちはわかる。得点こそならなかったが見事な攻撃だった。
(さてと、今度はこっちの番だな)
心中で鷲介が呟いたのと同時、エトゥインはボールを蹴り上げる。センターサークル左──ユヴェントゥースTFCの左サイド──に飛んだボールをエリックとフランシスカスが競り合いこぼれたボールをフランツが拾い、上がってきたアントニオへパスを出す。
(こっち!)
攻防が反転した両チームを見ながら手を上げて鷲介は上がっていく。エリックたちも同じようにボールを要求しながら動き、白黒の守備陣をかき乱す。
アントニオはチェックに来たチロに上がってきたフリオにパスを出すそぶりを見せて惑わし、中に切れ込む。そしてすぐさま下がってきたアレックスにボールを出し、そのアレックスがダイレクトへ中へボールを蹴り、それが右から中へ走りこんだ鷲介の元へ来る。
(ナイスパス! アレックスさん!)
頼もしい万能型FWのスウェーデン代表に喝采を送り鷲介は立ち塞がったバレージに突撃する。あのポウルセンと同等と評されるDF。ユヴェントゥースTFCの守りの要。さてどれほどのものか──
かつてポウルセンから味わった恐怖を思い出し、それを打ち払って鷲介はバレージに仕掛ける。まず9割のスピードで左に動く。当然だがバレージはついてきており、それを見て鷲介は全力で右に切り返す。
(!?)
これにもついては来るだろうと思っていた鷲介は心中で驚く。バレージは反応はしているが明らかに遅れている。
世界最高峰と言われるDFのあまりのあっけなさに驚きつつ、同時にこれなら突破できると鷲介が確信したその時だ、視界の右から黒い何かが凄まじい速さで突っ込んできては鷲介の足元から少し離れたボールを蹴り飛ばしてしまう。
「んなっ!」
驚きが声に出ると同時、飛び込んできた黒い何か──スラィディング体勢のオラを鷲介はジャンプしてかわす。オラがインターセプトしたボールはペナルティエリアを転がり、ジャンルイジが飛び出して押さえる。
(くそ、あとちょっとだったのに)
立ち上がるオラに少しの間恨みのこもった視線をぶつける鷲介。彼のあのスラィディングが無ければペナルティエリアに入りシュートまで行けたのだが──
それから試合は一進一退の戦況となる。どちらも程よく攻めては守り、あと一歩のところで得点を許さない。
だが鷲介は相手チーム──否、ユヴェントゥースTFCの守備陣から妙な違和感を感じていた。何と言うか噂ほどではないと思うのだ。
(こんなものなのか?)
世界一とも言われる堅守のクラブチームであるユヴェントゥースTFC。しかし試合時間が20分を過ぎてもそう言われるほどではない。確かに強力な守りではあるがレヴィアー・ドルトムントよりも守備のプレッシャーが弱く思えるのだ。
(移籍してきたばかりのフランシスカスやチロがいるからなのか?)
またバレージもあのポウルセンほどではない。確かに強敵ではあるが最初の時のような突破できそうな雰囲気は相変わらずあるし、最初と含めて二度ほど突破しかけた。とてもではないがポウルセンから味わった、どうやったら抜けるのかという絶望感は感じない。
そして今日SMFにいるマリオも要所で嫌な動きは見せてはいるがクルトやブルーノたちによって決定的仕事はさせてもらってはいない。鷲介と同じくあと一歩のプレイばかりだ。
噂や聞いた話とはかけ離れたユヴェントゥースTFCに鷲介が戸惑っている間にも試合は続く。両チームの監督がピッチ近くに来ては指示を出すも試合状況に大きい変化は無く、とうとう前半の残り時間が五分を切る。
(このまま前半は終わりそうだなー)
デヤンのミドルシュートがゴールバーを越えたのを見て鷲介は思う。この時間、両チームとも無理に攻めようとする気配はない。
エトウィンのゴールキックで試合は再開。彼も下手に前に蹴りだしてこぼれ球からの強襲を恐れているのか、近くに寄ってきたブルーノへボールを渡す。
ゆっくり回されるボール。フランツから下げられたボールをブルーノが横──ドミニクへ出たその時だ、
「マリオ!」
いきなりバレージがマリオの名を呼ぶ。すると次の瞬間、ドミニクの近くにいたマリオが猛烈な勢いで突っ込んでいく。
「後ろ!」
クルトからの声でそれに気づいたドミニクはダイレクトでジャックへパスを出す。だがマリオは止まらず、ジャックの方に走っていく。
またマリオのようにクリスティアンにデヤン、ピエトロなど前線の選手が一気に動きだす。それにブルーノたちは思い切り面食らい、何とか彼らをかわしてボールを前に送るも精度を欠いてしまう。
そしてそのボールを体勢を崩しながらも足を伸ばして収めたアレックスにバレージが一気に距離をつめた。鷲介はアレックスにボールを出すよう声を掛けようとするが、それより早くバレージの長い脚がボールに触れてアレックスの足元からこぼれる。
こぼれたボールを拾うフランシスカス。彼は縦に一本パスを送り、それが前線に残っていたマリオが胸トラップで抑える。
(まずい!)
マリオがいる場所はちょうどアタッキングサードとミドルサードのライン上だ。また周囲にはさきほどマリオと同じくチェックをしていたデヤンたちが残っている。
ショートカウンター。しかもRバイエルンがブルーノたち四人に対してユヴェントゥースTFCも同数。非常に危ない。
突発的なピンチにブルーノやクルトはすぐに機敏な動きで守りを固める。しかしジャック、エトゥインは明らかに反応が遅れている。
そこをマリオたちは容赦なくついてくる。ブルーノからのチェックを受けたマリオはすぐさまフォローに来たデヤンにパスを出すとRバイエルンの中へ切れ込んでいく。そしてボールを受け取ったデヤンは中途半端なポジショニングを取っていたジャックの裏に飛び出したクリスティアンにボールを送る。
足元でボールを受けそのままドリブルでゴールに向かおうとするクリスティアン。だが彼にフリオが横から飛び出して立ち塞がる。
かわそうとするクリスティアンだが、フリオはその動きにごまかされない。そのわずかな時間にジャックが動き、フリオと二人でクリスティアンをはさみこもうとする。
しかしそれよりほんのわずかに早くクリスティアンは右にボールを蹴っていた。中央に向かったボールにピエトロが突っ込みダイレクトシュートを放つが、クルトの体を投げ出すようなスラィディングでボールは弾かれる。
「マリオが来ているぞ!」
戻りながら鷲介が叫ぶと同時、そのこぼれ球をマリオが拾う。場所はゴール正面、ペナルティエリアのギリギリ外だ。
シュート体勢に入ったマリオにジャックが食らいつく。だがマリオはシュートフェイントで立ち塞がったジャックをかわしてエリアに侵入。右足のシュートを放つ。
エトウィンが反応するが、マリオの勢いのあるシュートはRバイエルンゴールに突き刺さった。
◆◆◆◆◆
「バレージにしてやられたな」
ハーフタイムの控室でドリンクから口を外した鷲介にジークが言う。
何のことだろうかと思い首を傾げる鷲介へジークは「先制点のことだ」と付け加える。
「先制点を取ったのはマリオですよ。バレージさんは別に関与していなかったと思いますが」
「いやいや、それは大きな勘違いだぞ鷲介。失点の切っ掛けとなったのが何か覚えているか?」
対面に座るフランツが問いかけてくる。鷲介は率直にマリオのチェックと答えるがチームの司令塔は首を横に振る。
「……もしかして、バレージさんがマリオに呼びかけたのがですか?」
「その通り! 正解だ!」
失点のシーンの前後を回想して思い当たることを口にするとフランツは嬉しそうな声を出し、ジークは頷く。
ぐるりと周りを見渡す。皆話を聞いていたのか、ブルーノやアンドレアスたちは分かっていたような面持ちだ。一方クルトにニコラ、アレックスなどは予測はしていた様子で、ジャックやエトウィンは全く気が付いていなかったと顔に書いてある。
「バレージの奴はチームのDFリーダであると同時に司令塔としての適性も持つ。クルトやRドルトムントのケヴィンと同タイプと言った選手だ」
「しかし彼の読みや視野がこれほどとは思わなかったな。フランツさんに近いんじゃないんですか」
「うーん。視野はともかく読みは俺以上だと思う。バレージの奴、チェスを初めとするボードゲームの腕前はプロ並みらしいからな」
「あの、チェスが強いことが試合の読みに関係しているんでしょうか」
ジーク、アントニオ、フランツがそう話しているところへジャックが手を上げて言う。彼と同じ疑問をニコラ達若輩が面に出している。
鷲介は彼が言わんとしていることがなんとなくわかる。羽鳥から聞いたことがあるからだ。
「十分にあるとも。チェスのプロ、達人は高速化した思考で十手、二十手の先を読むと言う。バレージはそれをサッカーに応用し、試合の流れを先読みしているんだ」
「あいつはこちらの試合の動きや選手の特徴をすべて頭に叩き込んでそれを算出している。もちろん味方のそれも加えてな」
平然と言うドイツ代表主力の二人にジャックはもちろん、鷲介も唖然となる。敵はわかるが味方までとはさすがに予想していなかった。
「……ピッチにいる二十二人全員の動きを先読みしているんですか? そんな真似人間に……」
「できる奴はできる。現に今のサッカー界でできる奴は確実に二人いる。シャルルとアーギアだ」
断言したフランツの出した人物の名前にRバイエルンメンバーが息を呑む。どちらも世界最高峰、または世界一と讃えられるゲームメーカーだ。
「ま、さすがに奴らほどの物は持ってはいないだろうが、同じことができるだけの頭があるってのは確実だ。
失点のシーンも得点を奪える可能性が高かったから後ろから檄を飛ばしたんだろうさ」
そう言ってため息をつくブルーノ。何か不快なことを思い出したのか眉根がひそめられている。
「そしてそれは当然、奴の専門である守備にも言える。──前半、点が奪えなかったのは前線の動きや攻撃が奴の予測の範疇だったからだ」
「つまり俺たちは奴の手の平で踊っていただけだったってことですか?」
「率直に言えば、そう言うことだな」
表情をひくつかせるアレックスにフランツが悩ましげなため息をついて頷く。
「──なら、その予想を覆せばいいだけです」
悔しさと苛立ちを言葉に乗せて鷲介は言う。
「前半でユヴェントゥースTFCの守備や雰囲気は概ねつかめました。あれなら突破できないこともありません」
「気合入っているところ悪いがヤナギ、バレージは本気出してないぞ」
「そうだと思っていましたよ。世界一の守備力と言われるチームにしてはRドルトムントよりも圧を感じませんでしたし。
でも一対一に持ち込めばそう簡単に負ける気はしませんね」
バレージが優れたDFなのは対峙した圧や前半のプレイを見てよくわかった。だが凄いと思ったのは味方への的確なコーチングや守備の再構築だ。反応やアジリティは並み以上ではあったがそれだけだ。
それに手を抜いていたとはいえ、その状態で鷲介に二度も簡単に抜かれそうになっていた。ならば本気を出したとして自分のドリブルとスピードをそう簡単に止められるとは思えない。
「確かに鷲介の言う通りではあるな。バレージの対人能力はポウルセンと比べてやや劣っているだろう。
鷲介のスピードとドリブルならば突破はできるだろうが──」
「ゴールを奪えるかは話が別だな。何せユヴェントゥースTFCのゴールマウスはあのドニだ。簡単じゃないぞ」
ジークの言葉に続くエリック。最近までイタリアリーグにいた彼の言葉には確信めいたものがある。
「それに簡単に一対一になれるとも限らない。──それをバレージが許すとは思えないからな」
ジークがそう言ったところで今まで話し合っていた監督、コーチが皆に声をかけ、後半のゲームプランを説明する。
監督の指示、そして残っていたハーフタイムが終わりピッチに戻る赤のイレブンたち。やや遅れてピッチに姿を見せたビアンコローネのイレブンもこちらと同じくメンバー変更はないようだ。
相手ボールで開始される後半。敵の動きをつぶさに確認しながら鷲介は敵陣深く移動する。
攻め込んでいたユヴェントゥースTFCのボールがサイドラインを割り、Rバイエルンボールに代わる。フリオが入れたボールがドミニク、ブルーノ、フランツ、そしてアレックスを経由して鷲介の元へ来る。
相手陣内のセンターサークル右でボールを収めた鷲介。前を向くふりをして上がってきたフリオへパスをし外へ開く。そして味方からのリターンを再び収めたフリオを見ると、鷲介は一気に加速して相手DFラインの裏へ飛びだす。
直後ボールが前方のピッチを跳ねる。全力で走る鷲介の後ろから猛スピードで近づいてくる気配──おそらくオラだろう──を感じるがそれを意識の隅に置いて敵陣深くでボールを収める。
予想通り後方からオラが、そしてゴール方向からはバレージが近づいてきている。後ろに誰もいないからかその速度は遅い。
だが見事なポジショニングだ。もし鷲介が中にパスを出したとしてもその相手にすぐさま対応できる位置に彼はいる。鷲介を相手にしつつも周囲を認識出来ているから可能な芸当だ。
(なるほど。上空から見えていなきゃできないような布陣だな。だったらそれを壊すだけだ!)
距離をつめるペナルティエリアに侵入しようとする鷲介にバレージは足を伸ばすが、その足がボールに届く直前、鷲介は右に切れ込む。──そして愕然とする。
(な!?)
バレージの横を通り過ぎた目の前にはドニが待ち構えていたからだ。しかもシュート、パスどちらも選択しても防がれるポジションと姿勢だ。先程まではエリックたちを警戒していたはずなのに、今は完全にこちらをロックオンしている。
どうしようもないことに鷲介が気を取られた次の瞬間、バレージの巨体が鷲介とボールの間にするりと入り、ボールを奪う。適度な接触と的確なスピード、タイミング、教科書の手本といってもいい見事なインターセプトだ。そしてそのボールをドニの方へパスし、彼はRバイエルン陣内へ大きく蹴りだす。
「まだまだだな」
呟くバレージを鷲介は思わず睨みつける。わざわざドイツ語だったのがなおのこと癇に障る。
バレージは何の痛痒も感じている様子もなく余裕綽々と言った態度だ。おそらくこれさえも彼の予想の範疇だったということだ。
ぶつかり合う両チーム。ユヴェントゥースTFCも戦術に変更はなかったのか、後半の試合も前半同様両チームの一進一退の展開が繰り広げられる。
そう、前半と同じ試合状況が続いている。Rバイエルンは前半より攻撃の方に力を注いでいると言うのに、それをユヴェントゥースTFCは受け止め、確実に弾き、逸らしているのだ。
前に出てはプレッシャーをかけ、攻撃のことごとくを跳ね返しまくるレヴィアー・ドルトムントやU-17イタリア代表とはまるで違う。相手にボールを保持させ、攻撃を許しつつも失点するような場面は作らせていない。いや作らせないような守備やポジショニングを取っているのだ。
もちろんそんなことができるのは個々の能力が高いのもあるのだろうが、おそらく一番の理由は二つ。バレージの統率力とチーム全員のコーチングによるものだ。
「右を埋めろ!」
ジークが言っていた通り、バレージはまさしくチェスプレイヤーのごとく味方を操り守りを、守備を整えている。しかも頭に来るのがわざとこちらがボールを保持している時間を利用していることだ。
かといって時間をかけず素早く攻めたとしてもチャンスが訪れるわけでもない。シュートを許すことがあっても結果的に見れば打たされている、撃つしか選択がない状況に追い込まれている。
「ボール、左に行きましたよ!」
「後ろからヴァレンシュタインが来てる! 左にはヤナギが開いている!」
「右、スペース!」
バレージの指示は見事だが完璧ではない。いやどんな優秀なDFでもあって相手の攻撃に揺らぐ守備陣を完全にコントロールなどできない。
だからこそ周囲や身近にいる味方が声をかけるのは当然なのだが、ユヴェントゥースTFCはその量が他のチームに比べて半端ではない。鷲介たちも攻守にわたりコーチングをしているが、明らかに相手チームより量が少ない。また意思疎通がよほどできているのか、単語だけでも白と黒のイレブンは的確なポジショニングや動きを取る。
(くっそー……!)
イライラしながら鷲介はピッチを走る。すでに時間は後半二十分になろうとしているのに後半最初以降、一対一の状況ができていない。また攻撃のことごとくが防がれているのも癇に障っている。
そんな苛立ちがプレイに出たのか、競り合いのボールを収めたマリオからボールを奪おうと突撃するも荒っぽいチャージをしてしまい、イエローを一枚もらってしまう。
「わ、悪い!」
斜め後ろからの足を狩るような──もちろん狙いはボールだが──スラィディングを放ち、マリオを横転させた鷲介は慌てて駆け寄る。倒されたマリオは「平気だよー」とへらへら笑っているが、その笑顔が自分に対して怒りを覚える。
(何やってんだ俺は……!)
感情に任せた稚拙なプレーをした自分を改めて恥ずかしく思う鷲介。そんな時、フリオが肩を叩く。
「そろそろ交代みたいだね」
そう言いフリオは視線をベンチに向ける。すると先程までアップをしていたアレンがジャージを脱ぎ、ユニフォームをあらわにしている。
それを見て鷲介はぐっとなるも、言葉を発しない。正直今日の出来は良くない。調子は悪くないが、プレイのことごとくが点や危険なシーンに結びつかなかった。交代されても文句は言えない。
そう思っていると再びRバイエルンのファウルだ。今度はエリックで鷲介と同じく黄色のカードが提示される。
イライラしている表情をさらに歪ませるエリック。加入後出場した試合で常に活躍している彼だが、今日の限っては代表のチームメイトに抑え込まれている。
倒されたフランシスカスは中々立ち上がらず、試合は中断される。そんな中、監督と話していたフランツがこっちに向かってくる。
「鷲介、あと五分ちょっとでアレンと交代だ」
「……はい」
「あと監督からの伝言だが、もっとギリギリのプレイをしろとのことだ。そうしなければチャンスらしいチャンスすら作れないと言っていたな」
「ギリギリ?」
「要はもっとリスクが高い、際どいプレーをしろってことだね。
後ろから見ていると鷲介は充分やっているように思えるけど、それでもまだユヴェントゥースTFCから点を奪うには足りないんだろうな」
ぼそりとフリオが言う。彼の言うとおり後半の鷲介はいつもよりも積極的に危険なプレーを行っていた。
例えば普段なら味方とのワンツーで前に出る場面のところを一人で突撃したり、パスを出す場面でシュートを選択したりなどだ。だがそれらのプレーも最後はユヴェントゥースTFCの守りに防がれていた。つまりバレージの予測を超えることができていなかったということだ。
「でもあれ以上のプレーとなると……」
まさしく無謀と言うべきものになってしまう。相手は世界一の守備のチームとまで言われる相手なのだ。失点の起点になりかねない。
「これはあくまで俺の予想だけど、多分監督は普段のプレイも研ぎ済ませろって言ってるんじゃないかな。後半みたいな普段やらないリスクの高い、意表を突くプレイだけじゃなくて。
DFとして言わせてもらうならむしろそういうのが嫌だな。いつもと変わらない、でも微細に違うっていうのは凄く対処が面倒だし」
フリオの言葉を聞き、鷲介は幾分か納得する。たしかに今まで通りに見えて、しかし微細に違うと言うのは厄介だ。慣れた人間であればあるほどいつものそれを見ればいつものように対処してしまうからだ。
そして一度のミスが失点に直結するDFとしてはフリオの言うとおり面倒だろう。
「それも緩急の一つかも……」
小さく呟く鷲介。似ているようで微妙に違うプレイ。これも世界のDFを惑わす術の一つなのかもしれない。
「ま、とにかくピッチにいられる時間も残りあとわずかなんだし、やれるだけのことはやってみたらどうかな」
「……わかりました」
頷き鷲介は自分のポジションに戻る。大きな深呼吸をし、気持ちを落ち着かせたのと同時、ユヴェントゥースTFCのFKで試合は再開される。
デヤンの蹴ったボールが空を舞い一気にRバイエルンの右サイドへ飛び、そこへいつの間にか移動していたマリオがトラップ。フリオが距離をつめるがマリオは小刻みなフェイントで惑わし、フォローに下がってきたクリスティアンとのワンツーで右サイドを突破する。
スペースに出た強く長いボールにマリオが駆ける。そこへジャックが迫っていくがマリオはさらにピッチの奥深くに侵入、さらに近づいてきたジャックを大きく右に切り替えしてすぐに右足でセンタリングを上げる。
跳躍したピエトロへのボールはエトウィンのパンチングでペナルティエリアからはじき出された。だがそれをクリスティアンが拾いエリア外からミドルシュートを放つ。
勢いのついたボールがRバイエルンゴールの左に迫る。しかしジャックが体を張ってボールを弾く。そのこぼれ球にチロが駆け寄っていくが、近くにいたブルーノがスラィディングでボールの軌道を変更し、ドミニクがそれを拾う。
後半、攻撃においてもユヴェントゥースTFCは──当然だが──未熟なジャックがいる左サイドを中心的に攻めて折り、幾度もピンチを迎えていた。しかし彼とてRバイエルンの黄金世代の一人でありまた年代別のカメルーン代表に選ばれ続けてきた男だ。クルトたちのコーチングや援護を受けた彼は優れた身体能力とカバーリングで奮戦し、エトウィンと共にあと一歩のところでゴールを許していない。
(普段のプレイを、研ぎ澄ませる……!)
ユヴェントゥースTFCの守備にやや攻撃が遅れつつもボールは鷲介の元へやってくる。
前を向くとそこへオラが突っ込んでくるが、鷲介は快速のナイジェリア代表をギリギリまで引き付けると、スピードの乗ったダブルタッチでかわして前へ出る。
いつもよりも少しだけ速く、しかし多少の乱れがあるドリブルに面食らったのか、バレージはやや遅れて前に立ち塞がる。しかしその表情からは未だ余裕を感じさせる。ギリギリ想定内、と言ったところなのだろうか。
(勝負!)
いつものように突っ込む鷲介。またぎフェイントを繰り出しバレージの体が左に動いたところで逆へ移動。すぐさまバレージが体を寄せてくるが、いつもの緩急前提ではないスピードで突破するだけの加速でユヴェントゥースTFCの守りの要を振り切る。
(上手くいったが……!)
だが上手く行ったことに喜び安堵したのはほんの数秒だ。抜かれたバレージは顔色一つ変えず的確で無駄のないポジショニングで鷲介の進路方向へ先回りしようとしており、またドニも鷲介の方へ微妙にポジションを移動して待ち構えている。
そして移動しながらもバレージはコーチングや手振りで味方へ指示を送っており、ゴールに向かってきているエリックたちの動きを阻害している。ゴール前まで迫る敵と相対しながらも周りを視て見事な守備を構築するそのさまはもはや見事というほかない。
(ポウルセンと同じ世界最高峰と言われるDF。……全く厄介な人だ!)
ポウルセンとバレージ。二人は体格こそ似ているが全く真逆のタイプのDFだ。積極的な動きとフィジカルで相手を圧倒し、相手に何もさせないポウルセンに対し、バレージは的確な読みとチームメイトと陣形、ピッチを十全に利用した守りで相手が何をしようが最終的に敵の攻撃を防ぐディフェンスを行う。
鷲介としてはバレージのようなタイプのDFは苦手極まりない。一瞬のスピードで抜き去るスピード系のドリブラーである鷲介としては突破したと思わせてもそれが罠だった場合、そのスピード故に柔軟な対応が難しいからだ。スピードを出し過ぎた車が曲がり角を曲がりきれないように。
もちろん同年代や並みのDF相手ならばそれを行う余裕もあるだろうがバレージクラスともなれば至難の業だ。──だから鷲介は自分の最大の武器を生かす形でいつも以上に前に出ることにした。
「っ!」
短く息を吐き前に出る。緩急を考えない全力の踏み込みと加速はバレージを再び置き去りにし、ペナルティエリアに侵入する。
ただしゴールへの角度は非常に厳しく左にはバレージが、また狭いゴールの前にはドニの大きな体が塞いでいる。常時ならばその頭上を狙うだろうが全力で踏み込み前に出た現在では不可能。ドニとの距離が二メートルもない。股はボールが通るかどうかと思うほど狭い。
(でも狙えないわけじゃない!)
脳裏に浮かんだ無数のネガティブ要素。いつもならそれを選択して──いや選択するような状況になる前に確実なプレーを鷲介は選択する。
だがそれらは今日ことごとくバレージたちに跳ね返されてきた。それらが彼らの予想の範疇だったからだ。
ならば彼らの予想を上回るには、無謀無茶と紙一重のプレイしかない──。そう思い脳裏に浮かんだ否定的な理由を無視して鷲介は動く。
「おおっ!」
雄たけびと共にシュートを放つ。狙いはゴールポスト右とドニの左腕との間にあるスペースだボール一個分のスペースだ。
だがやはりというべきか、鷲介のシュートはドニが動かした左腕とポストに当たり跳ね返る。失敗に鷲介がぐっと表情を歪めたその時だ。
「ナイスパスだ!」
そう叫びながらゴール前に飛び込んできたのはエリックだ。当然フランシスカスもそばにいるが、エリックの方がわずかに前に出ている。
一度ピッチを跳ねたこぼれ球をエリックがボレーシュートを放つ。それを見て今度こそゴールが決まったと鷲介が思った次の瞬間だ、なんとゴール左に飛んだドニの右手のパンチングがボールを弾いてしまう。
(嘘だろ!?)
名手と言われたGK、そしてそんな彼らのスーパープレーを幾度となく見てきた。だが今のドニのプレイはそれらをすべて色褪せさせるような衝撃があった。
世界No1GK。まさしくその称号は正しい。ジャンルイジ・ドニ。まさしく彼は当代NO1のGKだ。
パンチングで弾かれたボールは今度は左ポストに当たり跳ね返る。それにバレージが寄っていくのを見て今度こそクリアーされると鷲介が思ったその時だ。
「今度こそ!」
そう言うのと同時シュートを放つ赤のイレブン。Rバイエルンのスリートップ最後の一人、アレックス・ユングストレーム。
彼の放った押さえたグラウンダーのシュートはバレージの股間を通過し、ゴールネットを揺らした。
「──」
一瞬の静寂。そして直後にアレックスがジャンプして喜びを表し、観客席にいるRバイエルンのサポーターや応援してくれている人たちから莫大な歓声が上がった。
◆◆◆◆◆
「ナイスゴールですアレックスさん!」
「よく押し込んだな!」
「俺だってRバイエルンのFWですからね! 二人に負けていられませんよ!」
抱き合い喜び合うRバイエルンのスリートップ。それを苦々しい思いでバレージが見ていると、そこへ笑顔のマリオがやってくる。
「いやー、やられましたねー。でもさすが鷲介たちと言ったところですねいたたたたたたたっ!」
失点を欠片も気にしていないマリオにバレージは無言で忍び寄り臀部をひねる。
「失点したのにずいぶん嬉しそうだなマリオ」
半眼で言うのはジェンティーレだ。年が近いこの二人はそれなりに仲は良いのだが、さすがに今は友人としての空気を出せないようだ。
「嬉しいって誤解ですよ。ようやく楽しくなってきたってことでいたたたたたっ!」
今度はジェンティーレがバレージの臀部をつねる。「笑ってすいませんでしたぁっ!」とマリオが謝罪すると、ようやく彼は手を離す。
「で、でもこれでわかったでしょう? ──鷲介が僕と同格だってことが。油断すればバレージさんたちだってこうなるってことを」
涙目で言うマリオ。バレージとしては油断したつもりなどは無いが、マリオと同格という事を認めていなかったことがもしかしたら油断だったのかもしれない。
マリオの言葉にジェンティーレやフランシスカスたちが黙り込む。彼らもバレージと似たような意見だったから、何か感じ入るものがあったのだろう。
「マリオの言うとおりだな。肝に銘じていた方がよさそうだ」
「そうでしょうそうでしょう! さぁ、ここからが本当の勝負──」
「マリオ、気合入れているところ悪いがあれを見ろ」
「え? うぇぇぇぇ!? なんで!?」
フランシスカスが指をさす方を見てマリオは奇声を上げる。シュウスケ・ヤナギが交代で下がるからだ。
さらにユヴェントゥースTFCもメンバーチェンジ。マリオを下げるようだ。
「これからって時にー!!」
「まぁまぁ、そうがっかりするなマリオ」
肩を落とすマリオの頭をドニが優しく撫でる。
そしていつもの無表情に僅かな喜びと屈辱を混ぜて、言う。
「あの様子からするに何もなければRバイエルンはCLの決勝トーナメントに来る。そこで会いまみえた時に完膚なきまでに叩きのめせばいい。
向こうもだがこちらとてエースがいない状態。そんな不完全な状態でやり合ったとしても楽しくはないと思うぞ?」
「……それは、確かに」
「相応しい舞台で相応しい相手と戦い勝利する。その時味わう勝利の美酒は格別だ。その時を楽しみにしておけ」
「……そうですね! それじゃあサルバトーレ・マリオ、下がります!」
最後まで陽気な様子でピッチの外へ向かっていくマリオ。ドニが「相変わらずチョロイ奴だ」と呟き、バレージたち全員が一斉に首を縦に振る。
下がるマリオを見送りながらフランシスカスたちも自分のポジションに戻っていく中、ドニがバレージの方を振り向く。
「バレージ、お互い今日シュウスケ・ヤナギと戦えてよかったな。おかげで次からは侮らずにすむ」
「そうだな」
頷きバレージは大きく息を吐く。ヤナギへの侮りと失点の屈辱を吐きだし、気を引き締める。まだ試合は終わっていない。
「ドニ」
「何だ?」
「次は完封するぞ」
「当然だ」
ヤナギにゴールもアシストも許していない。だが失点の切っ掛けとなったのは間違いなく彼のプレーだ。
次戦うときはゴールに関与するプレイさえも許さない。マリオに遅れてピッチを後にするRバイエルンの至宝をバレージは鋭く睨みつけるのだった。
◆◆◆◆◆
エトウィンが動いたのとは逆方向にボールは飛び、ゴールネットを揺らす。そしてその直後、主審が高らかに試合終了の笛を慣らしピッチに歓喜と哀しみが同居する。
「負けてしまったか……」
隣に座るジークが淡々とした口調で言い、鷲介は無言で頷く。
鷲介が下がった後の試合は両チームとも攻防を繰り返しながらも最後までゴールを奪えずPK戦に突入。Rバイエルンは最初のキッカーのボールをドニに防がれ、その後は全て決めたがユヴェントゥースTFCは五人全員がきっちりと決めてしまった。
PK戦とはいえ負けは負け。だがベンチもピッチにいる仲間たちにもそれほどの悲壮感はない。そして勝利したユヴェントゥースTFCの面々もそこまで喜んでいる様子はない。
「ま、このインターナショナルカップは各国のリーグやCL、ELに備えた調整、移籍してきた新戦力の確認など実験的な意味合いが強いからな。……大きな声では言えないが」
小声で呟き、ジークは小さく笑う。確かに両チームとも最後まで移籍してきた選手やトップ昇格した若手を引っ張っていた。ジャックやエトウィンにエリック、そして鷲介と途中交代で入ったアレンもピッチにおり、エースであるジークとバッジョは最後までチームのジャージを脱ぐことはなかった。
「さて鷲介、ユヴェントゥースTFCはどうだった?」
「強かったです」
率直に鷲介は言う。Rドルトムントとは全く違う、しかし同等以上と感じさせる守備。攻撃に関しても気が抜けない相手だった。
そして今回出場した選手の何人かはベストメンバーではない。もしCLで当たった時は間違いなく今日の試合より強いのだ。
「CLには彼らと同等のチームがいくつもある。それらと俺たちは戦ってきた。──やれそうか?」
「やります」
できるできない、ではない。やるのだ。そうしなければ隣にいる偉大なる先達と肩を並べるなど永遠に不可能だ。
そして何よりロナウド、ミカエル、カール、マリオ、ラウル、アーサー。まだ邂逅したことのない”ゾディアック”たちはCLにいる。同年代がいると言うのに同格とされている自分がそこにいないなど耐えられない。
「やってやります。そしてCLカップを手にします」
「その意気だ」
言い切る鷲介の背中を軽く叩くジーク。立ち上がり戻ってくるチームメイトの方へ歩いていく彼を見送ると、鷲介は空を見上げる。
(待っていろよ世界の猛者ども、”ゾディアック”たち)
雲が多かった空はいつの間にか晴れており、満天の星々の輝きが見える。それを見ながら鷲介はどんな相手にも負けないと、強く思うのだった。