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ダッシュ!!  作者: 浮雲士
第二部
43/191

新戦力1







「暑い……」


 じっとりとした暑さを感じ、鷲介はため息を吐く。見上げる夜空には雲一つなく、星々がキラキラと輝いている。

 7月中旬のシンガポール・インターナショナルスタジアムのピッチは、じめじめとした熱さが漂っている。時刻は現地時間の夜八時前、あと数分でインターナショナルカップ、ロート・バイエルンVSウーリッジFCとの試合が行われる。


(インターナショナルカップか。……昨年はチームには帯同しなかったんだよなぁ)


 インターナショナルカップとはオフシーズンの7月、世界各国の強豪クラブが世界の各地で戦うカップ戦だ。

 始まった当初は欧州の、それも有名かつ強豪クラブのみの参加だったが時が経つにつれて南米や北米、アフリカ、アジアの強豪クラブも出場するようになり、それらの試合が世界各地で行われるようになっていった。

 現在は大陸八ヶ所、そして一グループ四チームの計32チームが出場している。決勝トーナメントに上がれるのは各グループ1位だけであり、勝ち上がった八チームで決勝トーナメントが行われる。

 そして昨年度と同じく出場することとなったRバイエルンは今年は東南アジアのシンガポールにて戦い2戦2勝。そして今日の最終試合の相手、イングランドリーグの強豪ウーリッジFCも同じ結果を残している。

 得失点差も同じ両チーム。つまりこの試合に勝った者が決勝トーナメントに行けるのだ。


「おいおい、試合前なのに何へばってるんだ。お前は東アジア出身なんだろ」


 声を掛けられ鷲介が振り向くと、そこにはRバイエルンのユニフォームを纏った浅黒い肌と金髪碧眼の男性の姿があった。


「俺の生まれは日本です。そして夜なのにこんなじめっとした熱さで試合をするなんてほとんど経験がないんですよ」

「んだよ情けねぇなぁ。そんなざまじゃ前半も持たないんじゃねぇのか?」

「その辺は上手くやります。そう言うあなたこそ初戦みたいにへとへとにならないよう上手くペース配分してくださいよ」

「はっ。誰に向かってものを言ってやがる。心配されなくても俺は二度同じ失敗はしねぇよ」


 胸を張る黒人の男性。身長193という長身かつ強靭な肉体を見せられ、少し鷲介は──面にこそ出さないが──気圧される。

 Rバイエルンの背番号11を背負っているこの男はエリック・ヨハネス・ファン・ニステローイ。昨季のイタリアリーグ2位、NASミランより移籍してきたオランダ人ストライカーだ。

 24歳という若さでありながらすでに世界トップクラスとの評価を受けているエリックはオランダリーグで2度、イングランドリーグで1度、そして昨季のイタリアリーグにて得点王を獲得している。それだけの実績を残している彼は当然だが自国代表に選ばれており、先月行われたEUROにおいても得点王ランキング二位を獲得していた。

 そしてインターナショナルカップにおいて二戦とも出場し3ゴール1アシストを上げているチームの得点王だ。ジークも同数のゴールを上げているがアシストがないため彼に後塵を排している。ちなみに鷲介は今日がインターナショナルカップ初出場のためゴール、アシスト共にゼロだ。


「まぁ何だ。どんな条件下だろうと結果を出すんだな。お前さんのライバルはしっかりと結果を出しているぞ」


 そう言ってエリックはRバイエルンベンチに目を向ける。そこには初戦出場し1アシストのスレイマニと二戦目で1ゴールを決めているエリックと同じ新規加入のアレン・トゥドールの姿がある。

 アレン・トゥドール。彼は現役のクロアチア代表でありエリックと同い年だ。そして彼ほどの結果は残していないが先のEUROにてチームをベスト8に導くゴールを決めている。プレイスタイルはスレイマニと同じくテクニックに長けたFWだ。


「昨季の活躍がフロックでないことをしっかり証明しろよ”黒鷲シュヴァルツ・アドラー”」


 挑発するように言って自分のポジションの左サイドに戻っていくエリック。心中で舌を出している鷲介だが、そこへジークとフランツがやってくる。


「調子の方はどうだ」

「バンバンパスを出すぞ。大丈夫か!?」


 じめっとしたこの暑さにもいつも通りの様子の二人。さすがに何度もアジアに遠征している彼ら、慣れているのだろう。


「大丈夫です。遠慮なくボールをください」

「うんうん、頼もしい一言だな。お前さんが頑張れば後ろの二人も安心するだろうしな!」


 そう言ってRバイエルンゴールの方を振り向くフランツ。彼の視線の先にはエリックたちと同じく今季チームに加入した二人の姿がある。

 いや、正確に言えば昇格したの方が正しい。ゴールマウスを守る右眉毛に切り傷がある彼はエトウィン・ケール。一昨年のRバイエルン黄金世代の主力の一人でありRバイエルン2からの昇格者だ。

 そしてクルトと親しげに話している禿頭の黒人はジャック・マティプ。彼もエトウィンと同じく黄金世代の一人でありRバイエルン2からトップチームに昇格した二人目だ。


(ここにミュラー、フェルナンドがいればRバイエルンユースの主力が揃ったんだけどなぁ)


 二人を眺めながらスペインにいる友人二人を思う鷲介。エトウィンとジャックは今日初スタメンなのだが、緊張した様子は無くいつも通りに見える。

 とはいえトップチームの初スタメンとこの暑さ。自分以上に彼らにも影響があるだろう。フランツの言うとおり同じ釜の飯を食った仲間(ユース組)のためにも、トップチームの先輩でもある自分がしっかりしなければ。

 エリックとジークがセンターサークル内に入り、ボールに触れて試合は開始する。ボールが後ろに回るのを見ながら改めて今日のスタメンとシステムを確認する。

 フォーメーションは従来通りの4-3-3。GKはエトウィン、DFラインは右からフリオ、ジャック、クルト、ブルーノ。中盤ボランチはロビンで右SMFはカミロ、右はフランツ。そして3トップは右から鷲介、ジーク、そしてエリックと言う布陣だ。


(しかしこんなに早く再会するとは)


 再会とはもちろんウーリッジFCのCMFを務めている小野のことだ。先日の代表合宿でお互いピッチで会うと良いなと言っていたが、まさか一月足らずで実現するとは。

 こちらの視線に気づき、微笑む小野へ鷲介は短く一礼して、対戦相手のウーリッジFCを眺める。システムは4-5-1。対峙するウーリッジFCもRバイエルン同様、チーム主力と移籍した来た、またユースから昇格した新戦力を混ぜたメンバー構成だ。

 中でも注目はチーム、代表の不動のエースストライカーであり小野の相棒を務めるメキシコ人のルイス・バルカサル、イングランドリーグ、マージーサイド・リヴァプールから移籍してきたブラジル代表のダウベルト・シルバ・タヴァレス。そしてダウベルトと同じくイングランドリーグのブルーライオンCFCから移籍してきた鷲介より一つ年上の”ゾディアック”、ウルグアイ代表のアルベルト・ガルシア・オリバレスの三選手だ。

 Mリヴァプールボールで開始される試合。Mリヴァプールは翼を広げた鳥のように陣形を広げていき、回していたボールが左サイド──Rバイエルンの右サイド──にいるアルベルトにくる。


(俺と同じ”ゾディアック”、アルベルト・ガルシア・オリバレス)


 アルベルトの昨季の”ゾディアック”ランキングは9位。ただ今季はそれよりもランクが落ちると言われている。

 理由は二つある。前季はブルーライオンCFCにてほぼスタメンを獲得し活躍をしていた彼だが、後期は後半戦最初の試合でいきなり怪我をし離脱。予定されていた治療期間を得て復帰するもまたしても離脱してしまっていた。

 そしてもう一つは復帰後他の選手が重用されることを不満に持ち監督に直訴した結果、監督の怒りを買って終盤の試合はほぼベンチ外が続いてしまっていた。さらにブルーライオンCFCの監督はクラブのレジェンドであり監督に就任して数年、常に優勝争いしCLの出場権を獲得している有能な監督である。当然クラブやサポーターからの信頼も厚いこの人に、実力はあれど若輩と言うべきアルベルトが不満を吐いたことは彼らの反感を買ってしまっていた。

 結果、彼は移籍を志願し、ここ十年イングランドリーグの優勝争いに絡んでいるウーリッジFCへ移籍してきたと言うわけだ。

 ライン際へゆっくり移動していたアルベルトへカミロが距離をつめるが、彼はテンポ良く体を左右に揺らしてカミロを翻弄し、強く速いボールをゴール前へ送る。

 弾丸のような勢いでピッチを走ったボールを収めたのはルイスだ。彼にはクルトがマークに付いており簡単に前を向かせないが、メキシコの不動のエースは180以下というサッカー選手としては小柄な体躯ながらもしっかりとボールをキープをしている。

 さらにジャックが突っ込みボールを奪おうとしたその時だ、ルイスへ接近してくる二人のウーリッジFCの選手が二類いる。小野と右SMFにいるU-23イングランド代表のテリー・ギャレットだ。

 ボールをキープしながら下がっていたルイスは、やってきた小野へボールを渡し、自身は反転するとRバイエルンゴールへ向かう。小野はボールをダイレクトで──小野より前に出ている──テリーへ渡し、そのテリーもダイレクトで前に蹴りだす。

 クルトとジャック二人が前に出て空いたスペースに流れるボールへルイスが走りこむが、敵の攻撃を予測していたのかブルーノがインターセプトする。そしてロビン、フランツを経由してボールはエリックの元へ。


「さぁ、行くとするか!」


 そう叫ぶと同時、エリックは鋭く反転──前を向きドリブルを開始する。そんな彼に向かって行くのは南米トップクラスの右SBであるダウベルトだ。

 鋭く無駄がない、そしてこれと言った隙もないダウベルトの守り。だがエリックはその体格で信じられないような細かいフェイントとボール捌きを見せ相手を翻弄、突破すると外から中へ切れ込んでいく。また新たにやってきたDFに対しては体躯を利用した強引な突破で前に進みボールを奪われない。

 あっという間に二人を抜き去ったエリックはペナルティエリア外にもかかわらず左足を振りかぶる。そこへ先程強引にかわしたDFが再び迫ってきた。しかし彼の足がボールに届くより早く、エリックの左足がボールを蹴る。

 エリア外から放たれたシュートは凄まじい速さでゴールに向かうが、ポストに当たり大音響を響かせてボールはラインを割る。


(流石加入選手の中で最大の期待を寄せられているだけのことはある。見事なプレイだ)


 ウーリッジFCから安堵した、チームメイトからは残念そうな空気が漂うピッチ上で、鷲介はエリックの一連の動きに驚嘆する。欧州リーグ三度の得点王獲得した実績に現オランダ代表のエースストライカーと言われるのは伊達ではない。

 相手GKから蹴り上げられるボールが一気にRバイエルン陣内へ飛ぶ。数度の空中での競り合いからボールはRバイエルン陣内へこぼれ、それをウーリッジFCの左DMF、南アフリカ代表のアーニー・モコエナが拾いすぐさま前線へパス。

 アタッキングサードにてボールを受け取り、前を向いたアルベルトへジャックが向かって行く。身体能力に任せた勢いのある突撃をアルベルトは流麗なダブルタッチであっさりとかわしてしまう。

 前に出るアルベルト。しかしまだジャックは食い下がり足元のボールを狙ったスラィディングを放つ。斜め後ろからのスライディングはアルベルトの足元にあったボールを弾き、そしてアルベルトの足に引っかかる。


(あっ)


 鷲介が心中で呟いた直後、主審が笛を鳴らす。ジャックのファウルだ。とはいえ足がボールに行っており倒れたアルベルトもすぐに立ち上がったため、警告は無い。

 しかし安堵はできない。何せキッカーはアルベルトだ。鷲介が”黒鷲”、”サムライソード”といわれるように彼もまた”魔球使い”という異名を持つ。

 位置はRバイエルンゴールの右側、20数メートルほど放れた場所だ。アルベルトなら直接たたき込んでくる可能性は高い。

 壁の一枚となっている鷲介が味方に合わせてくるであろうボールに注意する中、主審が笛を慣らしアルベルトがボールに駆け寄っていく。

 振るわれる左足。蹴りあがったボールは勢いよく空を舞いRバイエルンゴールへ向かう。

 しかし鷲介はその軌道を見て安堵した。ボールがゴールに対して高すぎるのだ。あの高さでは落ちたとしてもせいぜいポストに当たり跳ね返るのが限界──


(……な!?)


 そう思った直後だった。予想通りボールは下に落ちる。しかしその落ち方が想像以上なのだ。

 そしてドライブシュート気味のアルベルトのFKは鷲介が思った通りポストに当たる。だが当たったのはポストの下部でありRバイエルン陣内へ跳ね返ることなくゴールラインを割り、ネットを揺らした。


「嘘!?」


 スタジアムが湧くのと同時に鷲介は声を上げて驚く。そして鷲介以上に驚いているのはエトウィンだ。

 彼も鷲介と同じ予想をしていたのか、バーに跳ね返ったこぼれ球を押し込まれないようやや右側へ寄っていた。だが現実は彼の相手を軽く超えてしまった。

 そんなエトウィンへクルトやブルーノたちが肩を抱き、声をかけて慰めている。トップチーム昇格したばかりの若手に気を使っているのもあるのだろうが、彼ら自身もワールドクラスのFKを目の当たりにして少し動揺しているようにも見える。


(”魔球使い”……。これほどとは)


 アルベルトの二つ名とも言うべき”魔球使い”とは名の通り彼の変幻自在のFKを示している。そして彼がそう名付けられたのは今のようなドライブを始めブレ球など、様々なキックでボールを自在に変化させ、幾度も相手ゴールに叩き込んでいるからだ。

 ”ゾディアック”におけるキックの精度で一番は誰かと言えばイングランドのアーサーだろう。だが彼に迫る精度を持ち、なおかつ多様なキックを使いこなすというアルベルトは”ゾディアック”最高のフリーキッカーである。とある評論家がそう評していたが、確かにその通りだと鷲介も思う。


「取られたら取り返すぞー!」


 味方を鼓舞するフランツの叫びがピッチに響き渡り、Rバイエルンボールで試合が再開される。

 テンポ良くボールを回し敵陣内へ侵入するRバイエルン。味方やボールの動きに合わせて鷲介がポジションを移動していると敵陣のちょうど真ん中あたりで、小野からチェックを受けているフランツからボールが飛んでくる。

 

「来ているぞ!」


 ボールをトラップすると同時にカミロから声がかかる。振り向けば彼の言うとおりアルベルトが迫っていた。

 距離をつめてくる彼に鷲介は右へ移動。そして彼がボールを奪おうと動き出したのと同時に加速、スピードで右サイドを突破する。


(攻撃はともかく守備はそうでもないな)


 他の”ゾディアック”たちと比べてアルベルトの守備を評する鷲介。右サイドを駆けあがっているとウーリッジの左SB──スイス代表のオーギュスタン・シャピュイサがチェックに来るが、緩急を効かせたマシューズフェイントで惑わし中へ切れ込む。


「鷲介!」

「パスを出しな!」


 オーギュスタンに追いすがられながら中に向かう鷲介へ、ペナルティエリアに入ったジークと左サイドから中央へ走りこんでくるエリックが声を出してくる。

 鷲介は敵味方の位置を認識し、ボールを蹴る。ピッチを転がるボールは前線の二人ではなく、先程鷲介にボールを出し、今は走りこんできたフランツの方へ転がっていく。


「ナイスパスだ!」


 ゴールから二十数メートルの距離からダイレクトでミドルシュートを放つフランツ。ウーリッジゴール右に飛んだボールは相手CBが体を張って防ぐ。

 こぼれ球を拾おうと動く敵味方。互いにウーリッジFC陣内で幾度かのボール保持と奪取を繰り返し、最終的にボールはRバイエルン陣内の方へ蹴りあげられる。

 Rバイエルン陣内に落下しているボールへクルトとルイスが走っている。さすがに身長差があったためかクルトがヘディングでボールを相手陣内へ返すが、ルイスもただでそれをやらせない。クルトと激しく体をぶつけ合い、クルトが跳躍すると同時に彼もピッチを蹴って飛んでおりヘディングの精度を乱す。結果、クルトのヘディングを受け取ろうとしたブルーノは軌道が変更したボールがサイドラインを割るのを見送る形となる。


(あの小さい体で度胸あるなー)


 クルトの身長は180後半。対するルイスは170半ばだ。怪我をする可能性もあるだろうに一切怯まずクルトと競り合い、ボールの軌道を乱したのは見事と言うしかない。

 アルベルトのFKから十数分ほど時間が経過する。前半二十五分を過ぎた現在、試合の状況はほぼ互角と言ってもいい状態だ。

 エリックとジークと言う強力なストライカーを軸に攻めるRバイエルンの攻撃にウーリッジFCはやや押され、二度ほど決定的ピンチになるもDFやGKによって何とか失点は防いでいる。そしてウーリッジは小野やアルベルト達が絡んだカウンター気味の攻撃でRバイエルン陣内へ攻め込み数度の細かい、一度の決定的チャンスを作る。

 そのチャンスはあからさまに他の面々よりも未熟なジャックやエトウィンを狙った攻撃から生まれたものだ。だが未熟とて彼らもRバイエルンのトップメンバー。ぎこちなくではあるが周囲との連携やコーチングで何とか相手の追加点を防いでいた。

 そして鷲介は特段、目立った活躍はしていなかった。と言うよりも課題としているポジショニングの向上やチームバランスを考えたらできなかったと言った方が正しいか。

 現代サッカーにおいてFWが相手へプレスをかけるのは常識だ。Rバイエルンの前線も例外ではない。しかし左サイドのエリックは今までの試合と同じくあまりプレスをかけず、攻撃の方に力を注力している。結果中央のジークや右サイドの鷲介が細かく動いて彼の足りない分の守備を補っている。

 だがエリックに対して鷲介はもちろんジークも文句をつけてはいない。エリックは全く守備をしないと言うわけではなく適切な位置には動いており、それがまた上手い。また失点後の二度の決定的シーンにおいてもっとも相手に脅威を与えていたのが彼だからだ。


(なんとか前半の内に同点にしておきたい……!)


 今しがた訪れた三度目の決定的チャンス──フランツのCKからエリックがヘディングを叩き込むも相手GKのスーパーセーブで防がれる──を見て鷲介は思う。

 あとちょっとで同点になりそうな雰囲気がチームにあるのもだが、この状況が最後まで続かないことも分かっているからだ。

 後半、確実に相手指揮官は何らかの手を打ってくるだろうし何よりこの暑さだ。現在のペースが続くはずがない。試合開始前は普段通りに見えたジーク達もやはり自国と違いすぎる気候に参っているのか、時折プレイが乱れている。

 再びのRバイエルンのCK。今度はエリックではなく内から外へ飛びだしたジークを狙ったものだが、ウーリッジFCの右CBでありイングランド代表の不動のスタメンであるコリン・タイラーがジークに向かっていたボールをクリアしてしまう。

 こぼれたボールを拾ったのはフリオ。そして彼からペナルティエリアのすぐ外にいた鷲介へボールが来る。振り向きざまミドルシュートを放つことも可能だが、CK直後と言う事もあってさすがに跳ね返される可能性が高い。そう思った鷲介は少し下がっては反転するとペナルティエリアの中にいるエリックへパスを出す。


(今度こそ決めてくれ!)


 そう思う鷲介だが、エリックに届く前に相手GKがしっかりキャッチングしてしまう。

 ぐっと表情を歪める鷲介。その時主審が笛を鳴らし試合を止める。見ればウーリッジのエリア内で相手選手が倒れており起き上がらない。


「どうやらエリックと接触したようだね」


 声をかけてきたのは今ボールを送ってくれたフリオだ。そして彼は手にしているボトルを口に含み、それを鷲介に差し出してくる。

 カラカラだった喉にドリンクの冷たさと少しの甘みが染み渡る。見れば両チームの選手も同様にピッチ外にあるボトルを手にして水分補給をしている。


「鷲介、なんで今シュートを撃たなかった?」

「え?」

「今振り向いたらシュートを撃てたよな。どうしてパスをしたんだ?」


 相手選手の治療が続いている中、フリオからのいきなりの問いに鷲介は面食らう。


「ええっと、CK直後でしたしシュートを振っても防がれると思ってパスを出しました。あとポジショニングも悪かったですし」

「ならご自慢のスピードで良いポジションへ移動すればいいだけの話。今まではそうしていたのに、今日はそう言うシーンがあまり見られてない。どうしてだ?」


 スピードに頼らないポジション移動の練習、スタミナを消耗しないためスピードを乱用しないように心掛けている。

 そうフリオに伝えるとフリオはなるほどと頷き、言う。


「なるほど、わかった。──鷲介、ポジショニングの練習はしばらく禁止な」

「えっ?」

「今、Rバイエルンが相手を押してはいるが試合時に見れば負けている。勉強は大事だがそれにかまけて試合に負けたらダメだ」


 フリオの落ち着いた物言い。しかしだからこそ頭にもしっかりと入ってくる。


「このインターナショナルカップは俺たち欧州のクラブにとっては100%の真剣勝負というほどのものじゃない。来月始まるシーズンへのアピールの場や新戦力と現チームの融合、鷲介のように課題を持って取り組む選手もいる。

 だけど俺たちはドイツリーグの絶対王者。今季こそCL制覇を目標としているビッククラブだ。それらをやりつつどんな相手にも勝たなくちゃいけない。

 だからひとまず同点になるまで全面禁止だ。今まで通りあのキレのあるドリブルで相手を翻弄し、チームに勢いをつけるんだ。

 ──それに今日のお前、特段目立ってないぞ。このままじゃポジション争いでも不利になる」


 そう言ってフリオがベンチに視線を向ける。その先にはライバルたちの姿がある。


「昨季のようなベンチを温めるのは流石に嫌だろう? ならとにかく今はチームの勝利とアピールに集中するんだ」


 そう言って去っていくフリオ。そしてさらにそれから数分が経過して負傷した選手が下がり新たな選手がピッチに姿を現す。

 再開され、ボールが宙を舞うのを見送りながら鷲介は反省する。フリオの言うとおりだ。課題に取り組むのは大切だがそれでチームが負けてしまっては本末転倒だ。何よりRバイエルンと言うチームは相手がだれであれ、そう簡単に負けが許されるチームではないのだから。

 頭の中で重要な位置にあったポジショニングの向上を数段階下に下げ、鷲介は改めて試合に臨む。前半の残り時間が少なくなり、また暑さに参っている選手が両チームから目立ち始める今、両チームは積極的に仕掛けることはしない。しかし両チームの選手たちの瞳には相手が何かしらのミスが起きれば即座にそれを突こうとする──獲物の隙を窺うような狩人のような鋭い光を宿している。

 5分という長いロスタイムに入り、それが4分経過した時だ。相手のクリアボールをフリオがカットすると、彼はその勢いのままオーバーラップする。


(そこはパスするところだと思うんだが……。まぁあの人に言うだけ無駄か!)


 時折フォーメーションを無視して上がるところがあるフリオに心中で嘆息しつつ、鷲介も前に走る。右サイドを走るフリオは敵陣半ばまで上がってくると、チェックに来た敵に詰められるより早くサポートに来たフランツへボールを渡す。

 すかさず小野が距離をつめるがフランツは下がってきたジークとのワンツーで抜け出し中央へ向かう。先程ミドルシュートを売ったフランツを警戒したのは守備が中に固まったその時だ、フランツは右を走っている鷲介へパスを出してくる。


「行け!」


 フランツの声に心中で「応」と鷲介は応え、相手ゴールへ向かう。またしてもそばにいたオーギュスタンがチェックに来るが、緩急をつけた左右のゆさぶりとダブルタッチの合わせ技で突破しゴールへ迫る。


(よし、射程距離!)


 ペナルティエリア目前まで近づいた鷲介が心の中で呟く。しかしそこへウーリッジFCの左CB、ヒューゴ・アンデションが左から迫ってくる。

 厄介な相手を見て鷲介は表情を引き締める。クラブ、スウェーデン代表でも長年不動のスタメンであるヒューゴの守りは見事なものだ。また視野も広く危険予知も優れているのか、ジークやエリックたちが絡んだ危険なシーンには必ず顔を出していた。

 とはいえ鷲介はパスを出すつもりはない。ジーク、エリックともにゴール前にいるが他のDFを引き付けており実質一対一のような状況だからだ。


(勝負!)


 そう心の中で呟くと同時、前に出る鷲介。だがヒューゴは巧みだ。距離をつめつつもペナルティエリアに入った鷲介に足を出さず、190近い大きい体を広げて中へのドリブルとシュートコースを塞ぐ。さらに相手GKもヒューゴの背後におり、シュートコースが出来ているである彼の股間の間とポスト側へ体を寄せている。

 左に切り替えしてのシュートは撃てない。そうすればジークのマークに付いているコリンがすぐに距離をつめてくることが予測できるからだ。さすがの鷲介でも切り返してすぐ、コリンをかわしシュートを打つと言った真似は不可能だ。

 一見すると万事休すな状況。だが鷲介は獰猛な笑みを浮かべると鋭く一歩、前に突き進む。

 より深く右サイドに侵入する鷲介。だがその分シュートコースはさらに狭められる。しかし、鷲介にはどこを狙うかすでにイメージができている。


(ゴール右上!)


 狙いを外さないという強い思いと共に鷲介は右足を振るう。渾身の力がこもったシュートは狙い通りの軌道で相手ゴールに向かい、伸ばしたGKの手をかわして弾丸のような勢いで相手ゴールに突き刺さった。






◆◆◆◆◆






「よっっしゃ! ナイスゴールだ!」


 テレビの液晶画面に映し出される柳のゴールパフォーマンスを見て、ロナウドは歓声を上げる。ここはバルセロナ・リベルタが滞在している中国ホテルのロナウドの部屋だ。

 そして右に視線を向ければ穏やかそうな顔立ちのアッシュブロンドの男性が微笑して頷く。


「ああ、ボール2個分しかないゴールへの道を見事通過した。ますますシュートの精度に磨きがかかったな」


 柳を褒め称える彼はクリストフ・ヘルベルト。ドイツ代表とバルセロナ・リベルタの不動の右SBだ。

 同点ゴールの直後に前半が終了し、始まった後半の試合状況はRバイエルンに傾く。

 その理由は二つ。まず前半攻撃に傾倒しすぎていたエリックの動きが控えめになったこと、そしてその逆に前半大人しかった柳が右サイドで暴れだしたからだ。

 ロナウドを凌ぐあのスピードドリブルで右サイドを動き回る柳。”サムライ・ソード”の異名の通りウーリッジFCの守備陣を斬り裂き、”黒鷲”の名に恥じない動きでゴールを狙う。

 ウーリッジFCは組織で何とかしようとするが、ジークフリート、エリックというワールドクラスストライカー二人を放置するわけにもいかず、また彼らの動きで柳の動きで乱れていた陣形がさらに歪み、結果として一対一の状況が多く生まれてしまう。

 位置的に近いオーギュスタン、またはヒューゴが柳を迎え撃つが柳を止め切ることができない。彼らに特に落ち度はないし熟練のいいDFだ。──ただ柳がそれらを凌駕しているだけの話なのだ。

 Rバイエルンの3トップは躍動し、後半も半ば過ぎるあたりでウーリッジFCに二点差をつける。逆転弾は柳のシュートのこぼれ球をジークフリートが押し込み、三点目は柳のパスをペナルティエリアの正面──ギリギリ外──で受け取ったエリックが個人技でエリアに切り込みDFをかわしてボールをゴールに叩き込んだ。

 三点目以降はさすがに試合終盤、また東南アジアの気候に体力や気力がすり減らされたのかRバイエルンの勢いは落ちる。だがそれでも最後まで柳はチームの攻撃に絡みつづけRバイエルンの勝利で試合は終わった。


「前半柳の奴、妙に大人しかったからどうなるかなって思ってましたけど、結局見事な活躍をしてくれましたね」

「ああ。だがウーリッジの小野やルイスはもちろん、ウルグアイの”ゾディアック”──アルベルトもさすがだったな」


 負けたウーリッジFCだが、一方的にやられたというわけではない。後半Rバイエルンの攻撃に押されつつも日本人司令塔はRバイエルンの中盤と渡り合い、前線やサイドにボールを供給し続け、またチームのエースストライカーのルイスは穴があるRバイエルンのDF陣を幾度もなく乱し、大小幾つものチャンスを作った。

 そしてアルベルトはトリッキーなパスや独特のリズムのドリブルで攻め込み、最後の最後で痛烈な一撃をRバイエルンにお見舞いした。後半ロスタイム、こぼれ球を拾った彼はエリア外からダイレクトでミドルシュートを放ち敵のゴールネットを揺らした。しかもそのシュートは無回転のブレ球。彼もまた柳と同じく異名通りの活躍をしてのけたのだ。


「これで勝ち上がってくるのはRバイエルンになったわけですけど、今の試合を見てクリストフさんはどうでしたか?」

「攻撃陣は昨季よりも破壊力が増したな。ただまだ連携に甘いところがある。守備陣はまぁそう変わっていないだろう」

「出場した昇格組の二人はどうですか?」

「落第だな」


 即答するクリストフ。厳しいと思うロナウドだが彼とて同意見である。トップ昇格したばかりという面を考慮すれば無難な評価になるだろうが、バルセロナRやRバイエルンと言うトップクラブの戦力基準で考えたらそう判断するのは無理もない。


「国内リーグの格下相手なら出場する機会はあるだろう。だが強豪相手には緊急事態でも起こらない限り、無いだろうな」


 同じ守備を司るためか、クリストフの言葉は厳しい。表情もいつの間にか試合のそれとなっている。

 ガチャっと言う音がして部屋の扉が開く。ノックも無しに入ってきたことにロナウドはちょっと眉根をひそめるが入ってきた人を見てそれを消す。


「試合は終わったようだな」

「ええ、Rバイエルンの勝利です。オルテガさん」


 ロナウドの言葉にオルテガと呼ばれた男は頷く。彼はディエゴ・セバスティアン・オルテガ。バルセロナR、そしてアルゼンチン代表の絶対的エースだ。


「んで、そっちはどうでした? 我らが宿敵たちは」

「新戦力と若手を含めていたため苦戦はしたが、順調に勝ち上がってきた。もしかしたら当たるかもしれんな」


 にこりともせずオルテガは言う。冷静というわけではなく感情が表に表れにくい人なのだ。


「そうですか。それじゃあミカエルやラウルとも思ったより早く再会できる可能性があるってことですね」


 ライバルクラブレイ・マドリーとアシオン・マドリーにいる同格ゾディアックと昨季繰り広げた激闘を思いだし、思わずロナウドは笑みを浮かべる。浮かべてしまう。

 彼らとの勝負は最高の一言に尽きる。実力と意地の正面衝突。さらにサポーターの熱い──狂気すら感じられる──応援やライバルクラブ同士の数々の因縁がスパイスとなってロナウドを熱く、高揚させてくれるのだ。

 改めてスマホで他の試合会場の結果を見るロナウド。そして勝ち上がってきたチームを知りさらに笑みが深くなる。勝ち上がってきた大半のチームに”ゾディアック”がいるではないか。


「嬉しそうだな」

「当然ですよ。嬉しくないはずがないじゃないですか」


 ミカエルなどは”ゾディアック”と一まとめに呼称されることを嫌っているが、ロナウドとしては非常に嬉しい。何故ならば同年代で自分とまともにやり合えるであろう選手がいると言う証明だからだ。

 幼いころからサッカーが好きなロナウドではあったが同時に自分と対等にやり合える同年代がいないことが寂しく、そして不満でもあった。だが彼らの存在はそんなロナウドの鬱々とした感情を見事吹き飛ばしてくれた。今でも初めて”ゾディアック”の面々と対戦した時に味わった高揚感をはっきりと覚えており、ラウル達と対戦した時もそれに勝るとも劣らないほど気分が高まったものだ。


「ああ、楽しみだ──」


 一体どのチームと──どの”ゾディアック”と当たるのか。またあの熱を──自分の全てを燃やし尽くさんばかりの高まりを味わえるのか。待ち遠しくてしょうがないロナウドであった。






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