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ダッシュ!!  作者: 浮雲士
第二部
42/191

オオトリ杯2






 前半終了のホイッスルが鳴り、ピッチ上の選手に遅れてロッカールームに戻ると中に雰囲気を見て鷲介は眉根をひそめる。

 空気は非常に重く、スタメンたちから自身への苛立ち、怒りの気配が強く感じられる。特に要である小野、井口、堂本あたりは苦渋の表情が見える。


「雰囲気、暗いな」

「ああ」


 さすがの中神も場を察してか小声で呟く。そして二人はタオルやドリンクをスタッフと共に、素早く静かに選手たちに渡していく。


「堂本くんと交代で柳くんを出すべきです」


 監督が後半のゲームプランを説明中、ミシェルが言う。思わず鷲介は彼を見るといつになく真剣な表情のミシェルの姿がある。

 そして交代と言われた堂本は怒りに表情を歪めつつも、何も言わない。

 いや、言えないと言った方が正しいだろう。なにせ前半はアルゼンチンの守備陣の前にほとんど何もさせてもらえていない。数回キープとポストで攻撃の展開はしたがゴールからは離れており、またシュートを一本も打てていないのだ。


「……柳くん、準備をしておいてくれ」


 監督は無表情でそう言ってゲームプランの説明に戻る。そしてハーフタイムが終わり、後半が開始される。

 三点リードしているアルゼンチンはFWが一人、MFが一人交代している。そして前半同様変わらず積極的な攻撃サッカーで前に出てくる。

 それに対し日本は監督の指示通り守備を固めてからのカウンターサッカーを展開する。ボールを奪うと素早くショートパスを回し裏へ抜け出す九条と堂本、サイドから飛び出す小野たちへボールを供給する。

 しかしあと一歩のところでアルゼンチンのゴールネットを揺らすことができない。特に後半から入ったボランチがDFと連動して日本のカウンターを防ぐからだ。


(なるほど。アルゼンチンの監督も考えてるなー)


 アップしながらちらちらとピッチを見て、鷲介は思う。交代で入ってきた選手は守備的選手なのか、他の選手と違いあまり上がろうとしない。またペドロも前半よりややポジションを下げており攻撃よりもチームバランス──特に守備の──のコントロールに注力している。

 結果アルゼンチンは攻めつつもそれなりの守りで日本の攻撃をしのいでいる。そして攻撃面では相変わらずミカエルが躍動しておりあのドリブルでDFを翻弄。突破するを見せかけてのパス、またその逆で日本守備陣をかき回している。

 そしてミカエルのかき回しにティト、ファブリシオたち前にいる選手たちが連動しては多彩な攻めで日本ゴールに迫る。だが日本も井口たち守備陣全員が必死の表情で動き、またコーチングをして何とか防いでいる。

 そんな展開が後半十分過ぎまで続き、アップを済ませた鷲介が監督に呼ばれ、ライン上で指示を受けていたその時だ。日本サポーターの悲鳴のような声と甲高い笛の音がピッチから聞こえてくる。


「なっ!?」


 それを見て鷲介は思わず声を上げる。視線の先──日本ゴール前には倒れているミカエルと川上、そしてペナルティスポットを指す審判の姿があったからだ。


「一体何があったんですか!?」

「か、川上とミカエル選手がペナルティエリア内で接触したんだ」

「それでPKか……! ……ん?」


 鷲介は眉根をひそめる。よろよろと起き上がり大丈夫そうなミカエルに対し、川上は起き上がらない。井口たちが呼び掛けているというのに。

 コーチたちも異常を察したのかピッチに飛び出していく。そしてベンチに向かって両腕を交差させてバツ印を作る。──試合続行不可能の合図だ。


「おいおいおいおい」


 自発的にアップをやっていた中神がそう言いながら視線を電光掲示板に向けている。鷲介もそちらを見ればミカエルと川上の接触瞬間の映像が映っていた。

 日本のカウンターのパスをペドロがインターセプトし日本陣内へロングパス。右サイド深くに飛んだ逆カウンターのボールに飛び出したミカエルとそれに向かっていた川上。そしてペナルティエリアギリギリ中でミカエルがトラップしてかわそうとするのと同時、川上が体を投げ出すような格好でミカエルと接触し、そして後頭部をピッチにぶつけてしまっていた。


(代わりのGKは……)


 ベンチの方を振り向き、鷲介は目を見開く。準備していたのは牧ではなく兵藤だったからだ。

 とはいえこの選択は理解できないものではない。牧は前日練習で軽く手首を痛めていたからだ。また兵藤は紅白戦で四失点したが合宿中動き自体は良かったし何より彼はPKにめっぽう強い。鷲介も対戦した時、PKを彼に防がれたことがある。

 しかしこんな場面での代表デビューになるとは。そう鷲介が思っている中、素早く準備を終えた兵藤が監督の側に来て指示を受けている。そしてざわめくサポーターの声がする中、川上が担架に乗せられて退場し、同時に鷲介たち二人がピッチに入る。


「柳、PKを防いだらすぐボールをお前に送る。頼むぞ」

「あ、ああ。わかった」


 頷く鷲介を見た兵藤はゴールの方へ駆けていく。そして川上の負傷退場と新顔である兵藤に対する日本サポーターの困惑の声が響く中、アルゼンチンのPKが始まる。キッカーはファウルをもらったミカエルだ。

 数回大きく両手を広げて腰を落とす兵藤。セットされたボールにミカエルはゆっくりと寄っていき迷いなく左足を振るう。ボールは正確無比に、ゴール左下隅に向かう。


「!」


 そしてそのボールを横っ飛びした兵藤が右手で触れる。触られたボールは軌道を変えポストに当たるも兵藤の伸ばした左手がこぼれたボールを押さえこむ。PK失敗だ。

 全員が固まる一瞬、兵藤は鋭い眼差しを鷲介に向けてくる。それを見た鷲介はすぐさま前に振り向き、振り向く直前の視界の隅には立ち上がりボールを蹴ろうとする兵藤の姿が映る。

 全速力で走る。とにかく走る鷲介。ハーフウェイラインに差し掛かったところで兵藤の蹴ったボールが右10メートル先に落ち、転がっていく。

 

(大チャンスだ!)


 走りながら周りを見ていた鷲介は心中でほくそ笑む。殆どのアルゼンチン選手が前方におり、後方に残っているのはGKとDFが一人だけだ。

 ボールを収めた鷲介はサポーターの歓声を受けながらゴールへ迫る。相手ゴール前では残っていたGKとDFが待ちかえている。


(ボールを取りに来てくれたらもっと楽だったんだけどな。……まぁ、いいか!)


 そう心の中で呟き相手ゴールに迫る鷲介。そしてミドルの射程距離になったところでとうとうDFが前に出てくる。

 大きく右足を振りかぶる鷲介。それに対してさらにDFが前に出てきてはシュートを防ごうとする。

 しかし鷲介は冷静にシュートフェイントでボールを右に切り返してDFをかわす。同時にペナルティエリアに入った鷲介は今度こそシュートを撃つべく右足を振りかぶり降ろしたその時だ。


(んげっ!)


 GKと鷲介との間にアルゼンチンの選手が一人割って入ったのを見て仰天する。スライディングのような姿勢で飛び込んできたのはペドロだ。

 完全にシュートコースを塞いでいるペドロの体。それを見て鷲介は再びシュートフェイントを繰り出し左へ動く。

 だがそこへはアルゼンチンGKが飛びだしてきていた。両手を前に出し飛びかかるような飛び出しだ。


「う、お、おおっ!」


 防がれれる、シュートを撃つと言うという思考がごっちゃになりながら鷲介は左足のつま先でボールを蹴った。左足の短い振りで蹴られたボールは以外にも勢いがあり、間一髪GKの体の下を抜けていく。

 そして鷲介がジャンプしてGKを避け着地すると同時、ボールはアルゼンチンのゴールラインを通過し、微かな音を立ててネットに収まった。


「……よ、よしっ!」


 心中に残っているアルゼンチンゴール前で起きた驚きの残滓を吹き飛ばすように、鷲介は腕を振り上げる。主審がゴールを認める笛を慣らし、スタジアムから大歓声が沸き起こる。


「よくやったな!」

「ナイスゴールだ!」


 真っ先に駆けつけた堂本や小野たちに抱き着かれ、彼らと共にサポーターの所へ向かう。再び腕を振り上げさらに青一色の観客席から歓喜の声が上がる。


(しかし……間一髪だった)


 あとから駆け寄ってきた面々に褒められ、または体を叩かれながら自陣に戻る途中、鷲介は視線をミカエルと何か話しているペドロへ向ける。

 彼──ペドロはPKのとき、日本ゴール近くにいたはずだ。他のアルゼンチン選手に比べてゴールから遠い位置にはいたが、それでもまさかカウンターで飛び出した鷲介に追いつくとは思っていなかった。


(もしかして兵藤がPKを防いだ瞬間、俺が飛び出すことを読んでいたのか?)


 あり得ないことではない。実際こんな形で鷲介がゴールを決めたことは昨季前半戦でもある。

 またクラブ、代表共に”ゾディアック”と共におり、また現役のアルゼンチン代表の中でも智慧者として知られる彼。そんなペドロが自分に対して無知であるとは到底思えない。

 そんなことを考えて自陣のセンターサークルの周りへ戻った時だ、堂本から声を掛けられ視線を向けると、彼は日本ゴールの方を指差している。


「?」


 意味が分からず彼の指差しの方を見る。すると日本ゴール前、右腕を曲げて力こぶを作りガッツポーズをしている兵藤の姿が映る。

 そのポーズを見たのは二回目で、一度目はユース時代に対戦した際、鷲介のPKを防いだ後のことだ。


「……ははは」


 相変わらず兵藤は無表情だ。しかしそれとは裏腹にどうだと言わんばかりのそれを見て、鷲介は思わず乾いた笑いをこぼした。


 



◆◆◆◆◆






「ミカエル、すまない。防げなかった───」

「さすが仮にも俺と同格と言われているだけのことはありますね。大した奴です」


 こちらの謝罪を遮り、ミカエルは言う。

 笑顔を浮かべる彼だが、それは待っていた獲物がようやく姿を見せ喜ぶ、肉食獣のような雰囲気を漂わせている。


「全く気にしてないとは言いませんけど、深刻に考えなくていいですよペドロさん。──今から俺が倍返しにしてやりますから」


 そう言って獰猛に微笑むミカエル。6つ年下の弟のように思っている彼から励まされることに自分を情けないと思いつつも、本気になった彼を見てペドロは笑みを浮かべる。

 そして彼と共にポジションに戻ろうとしたその時だ、主審が笛を鳴らす。選手交代の笛だ。

 誰が交代するのか──。そう思いながらベンチに目を向けたペドロは少しだけ目を見開く。ライン上に立っているのはルジで交代する選手は、ミカエルだ。


「……はぁ!? なんで俺なんだよ!」


 激昂する彼。だがペドロは試合開始前のミーティングでミカエルはフル出場させないと言っていた監督の言葉をすぐに思い出す。

 リードしている現状、また先程GKとの接触のことも考慮したのだろう。判断としては妥当と言えるが、交代する当人は微塵も納得していない。


「ふざけんな! 今からようやく面白くなってくるって時になんでルジなんかと──」

「ミカエル! 堪えろ!」


 監督に掴みかからん勢いのミカエルにペドロは抱き着き、押さえる。


「ペドロさん! 何で──」

「ここで駄々をこねても何にもならない。いやそんなことをすれば監督の勘気に触れるだけだ! 堪えるんだ」

「でも──」

「シュウスケ・ヤナギと戦える機会はまだある! W杯、いや今季のCLカンピオーネリーグで会いまみえる可能性もあるんだ。

 そのやる気はその時までにとっておけ。無駄な諍いで評価を落とすようなことはしないでくれ。頼む……!」


 ミカエルはいずれアルゼンチン代表の10番を背負い、アルゼンチンの黄金時代を築く逸材だ。その逸材に不名な傷ができるのを見逃すわけにはいかない。

 また幼い彼にサッカーを教えた師として、共に成長してきた友人として兄として彼を守らなくてはいけない。

 そんなペドロの想いが通じたのか、ミカエルは怒気を押さえ、肩を落として小さい声で言う。


「……わかりました。大人しく交代します」

「ああ。……悪いなミカエル」

「ペドロさんの責任じゃありませんよ。全てはあのバ監督が悪いんですから」

「ミカエル、わかっているとは思うが──」

「ええ。本人には何も言いません。そんなことをしたら自分が叩かれる材料をメディアに提供するだけですから」


 そう言う彼は先程とは一変し、どこにでもいるただの子供のようだ。

 ゆっくりとピッチ外に駆けていくと交代選手と握手を、そして監督と軽い抱擁を交わしミカエルはベンチに下がる。

 大人しい振りをしてくれているミカエルを見てペドロは安堵し、試合へ気を向ける。

 再開後、ヤナギの鮮烈ゴールで勢いがついたのか日本は攻守ともに積極的に動いてくる。当然ペドロたちアルゼンチンも負けじと動くが、日本の組織的な動きと守りで以前ように最後まで攻めきれない。

 交代で入ってきたルジも悪くはない。長身ながらも高い足元の技術とドリブル、飛びだしで日本ゴールへ迫る。だがやはりミカエルほどの脅威は与えきれない。また他メンバーの攻撃もあと一歩ゴールに及ばず、それが徐々に日本のDF陣の表情に力と自信を取り戻させていく。

 そして日本の攻撃時ではミカエルがそうだったように日本の”ゾディアック”が躍動する。スピードを生かした裏への飛び出しにドリブル突破、シュートと見せかけてのラストパスでアルゼンチンを危機に陥れる。痛烈な反撃を受けた守備陣はそんな彼の動きやマークに力を注ぐが、それでも黒鷲シュヴァルツ・アドラーという字の通り、ヤナギはそれに捕らわれず幾度も守備陣を翻弄する。

 またヤナギと同じ日本唯一のワールドクラスであるオノも、前線で動き回るヤナギにDFが集中し始めたためか幾分かマークが薄くなりペドロたちへ脅威を与え続ける。DFの間に強烈なスルーパスを通したり、両チームメンバーが片方に寄っている時にサイドチェンジで上がってきたSBへパスを放ったり等等。

 ヤナギ投入から十数分過ぎた、後半二十五分あたりになると形成は完全に逆転していた。


(まったく親善試合でホーム、フルメンバーではないとはいえ僕たちをここまで追い込むなんてね)


 わかっていたことだがつくづく”ゾディアック”とワールドクラスが揃ったチームは凄まじい。だがそれでもアルゼンチンの必死かつしぶとい守りと粘りで追加点は許していない。

 そして時間経過と共にピッチを自在に動いていた”黒鷲”の動きがペドロの指揮のもと動く守備陣の網に絡め取られ始める。


「クッ」


 ヤナギへ来たボールをインターセプトするペドロ。ミカエルと比べるとポジショニングや足元のボールコントロール技術がまだまだなヤナギ。一度スピードに乗せればペドロとて止めるのは至難だが、逆を言えばそうなるのを防げばさしたる脅威とは言えない。

 ヤナギのポジショニングレベルがまだまだなことはリーグの映像を見ていて知っていたペドロは、自分が動きまたはチームメイトにコーチングして彼がボールキープしにくい場所、またドリブル突破がやりにくい場所へ誘導していた。

 ミカエルに同じ対処をした場合、彼はこちらの動きを先読みして別のいいポジションを見つけたり、またはあの変幻自在と言うべきボールコントロールドリブルでDFを突破、ゴールに迫っただろう。だがミカエルほどの技術がない極東の至宝はペドロの妙技によって動きを制限される。

 そして守勢になったとはいえアルゼンチンも完全に攻撃の手を止めたわけではなく、カウンターやショートカウンターで日本ゴールを脅かしている。もっともミカエルのPKを止めたGKがペナルティエリアはもちろん、エリア外まで飛びだして守っているため得点こそ奪えていないが。


「クソッ」


 立ち塞がったペドロを見て苦い顔をするヤナギ。しかしすぐに真剣な表情になると距離を詰めてくる。

 緩急のついた体の揺さぶりにシザースでペドロを突破するヤナギ。だが彼が進むであろうコースに盟友であるダミアンがスラィデイングをし、彼の足元にあったボールを外へ蹴りだしてしまう。


「ザンネンダッタナ」


 片言の言葉──おそらく日本語だろう──を口にして言うダミアンに、ヤナギは悔しげな表情を見せる。

 ラインを割ったボールに日本の選手が駆け寄っていくが、日本のコーチが彼を止める。ライン上に並んでいる二人のブルーのユニフォームを来た選手。どうやら日本は一気に二人選手を変えるようだ。


『選手の交代をお知らせします。堂本慶二郎選手に変わり鹿島勇司選手、柿崎元選手に変わり中神久司選手が入ります』


 後半四十分前、拍手とともに下がるドウモトたちと入れ替わりでピッチに入る二人の選手。カシマはダミアンの元チームメイトであり現在はドイツリーグで活躍する選手だ。

 そしてもう一人のナカガミはダミアンのチームメイトでありミカエル、ヤナギと同年代。そしてダミアンが才能だけならミカエルたちゾディアックに匹敵すると言っていたソルヴィアート鹿嶋の至宝──。


「コッチ!」


 入って早々ボールを要求するナカガミ。その彼へボールが入り早速近くにいた味方が寄っていく。

 近くに敵が迫っていることを察したのかナカガミは左からフォローに来た小野の方へ振り向く。だが次の瞬間、彼は鋭く右に180度反転し寄っていた背後に寄っていた選手をかわしてしまう。


(小野をデコイにして相手DFを釣った……!)


 前に出た彼にすぐさま別の選手が寄っていくが距離をつめられるより早くナカガミは今度こそ小野にパスを出し、彼とのワンツーでさらに前に出る。

 一気にアルゼンチンゴール前──ペナルティアークまで来るナカガミ。だがその前にダミアンが立ち塞がる。同僚とのマッチアップだ。

 ナカガミはまるでブラジル人のような動きでダミアンを惑わし、そしてスピードを上げて左に動く。だがダミアンはお見通しだったのか、同時にそちらへ動いている。


(よし、これでボールは奪った)


 ナカガミの左には別の味方がおりダミアンと共にはさみ込もうとしている。ボールを奪取するのをペドロが確信したその時だ、ナカガミの足元を見て大きく目を見開く。


(な……!?)


 ナカガミの両足は交差しており、しかも左足が鞭のようにしなってはボールをナカガミが動いたとは反対──右へはたいている。ラボーナパスだ。

 そのボールへ疾風のように走りこむのはヤナギだ。PK覚悟で足元にスラィディングをする味方がいるが、それが間に合うより一瞬早くヤナギはダイレクトシュートを放つ。

 ゴール右隅に飛んだボールにGKの手は届かない。だが狙いすぎたのかボールはバーに当たってゴール外へ跳ね返る。

 そのボールへ真っ先に詰め寄っていたのはナカガミとダミアンだ。そして一度ピッチを跳ねたボールをナカガミが頭で押し込もうとするが、その前にダミアンが立ち塞がる。


(よし、これで防げ)


 る、と思った直後ナカガミは首を左に降る。結果、ボールは左に逸れる。

 そしてそのボールの進む先には先程ナカガミと同時に交代で入ってきたカシマの姿があり、彼はボレーでボールをゴールに叩き込んだ。


「ヨッシャ! ナイスオシコミデス、カシマサン!」


 日本サポーターが湧く中、抱き合うナカガミとカシマ。それにヤナギや他のメンバーが続き祝福している。


「すまん。まんまとしてやられた」

「いや、今のは彼らが一歩上手だったよ。でもダミアンの言うとおり大した選手だね彼は」


 強い我を感じさせる動きにトリッキーなパス。組織で打開、確実なプレーを重要視する日本人とはまるで違う、むしろブラジルにいるファンタジスタ系選手の動きだ。

 二軍とはいえアルゼンチン代表から点を奪取した技術は見事の一言。こちらの疲労など言い訳にもならない。

 心中でペドロは素直に賞賛し、そしてベンチを見て苦笑する。──案の定、ミカエルが驚いた顔をしており、しかも瞳をぎらつかせていたからだ。


(あいつにとっては想定外ってところだろうな)


 ぶっちゃけるとミカエルはヤナギ以外眼中になかった。それが彼に匹敵するであろう選手がまだいたのだからあの反応は当然だ。

 ベンチでピッチに戻りたいと目線で語っているミカエルから視線を外しアルゼンチンボールで再開された試合に集中する。まだゲームは終わっていない。


(ミカエルのお目付け役としてきた意味が強かったが、将来脅威になるかもしれない二人ヤナギとナカガミを目の当たりにできたのは大きかったな。

 だがこちらの若手もそちらに引けは取っていない──)


 そう思ったペドロの念が通じたのか、三点目を叩き込んだティトが躍動する。日本陣内左サイドでボールを受けた彼は寄ってきた日本の選手をかわし、さらにNASミランのタナカをまた抜きで突破、一気に裏へ飛びだす。

 ペナルティエリア近くまで上がったティトは体を左右に振って詰めてきたDFを惑わし効き足ではない右足でセンタリングを上げる。そしてそのボールにルジとイグチが飛びつく。

 僅かにルジの方がボールに食いつくのが速く、ヘディングシュートを日本ゴールに放つ。だがミカエルのPKを防いだヒョウドウは左手を伸ばしそのシュートを見事に止めて、押さえてしまう。


(見事なセーブだ!)


 ルジのヘディングが悪かったのではない。イグチと競り合っていたにもかかわらず彼のヘディングは日本ゴール左隅に向かっていた。普通なら入っているであろうそれを防いだヒョウドウのポジショニングとセーブを褒めるべきだろう。

 すぐに起き上がったヒョウドウは大きく右手を振るいボールを前に出す。セガワ、そしてオノという実力者たちが器用にボールを回しあっという間にボールはナカガミたち、先程二点目に絡んだ三人のいる最前線へ運ばれてくる。


(悪いが劇的同点弾なんて展開はさせない……!)


 万が一に備えてDFたちに余り前に出ないよう自粛させていたペドロ。結果、ペドロを含め四名ほどがボールを収めたナカガミたちの前にいる。

 自陣全域をフィールド・アイで俯瞰しながらコーチングで味方を動かし、守備を固める。ダミアンたち守備陣も同様に味方へコーチングしあい、ナカガミたちにゴールまでボールを運ばせるも決定的な仕事はさせない。

 しかしゴールから25メートル程度の距離になり、また日本陣内から両チームの選手が走ってきたとき最前線のヤナギたちは動く。カシマはボールをもらおうと下がりヤナギは中央に走ってきたナカガミにパスを出すと右サイドに大きく広がる。

 ペナルティアーク前でボールを収めたナカガミへ味方が向かって行くが、ナカガミはフットサルの選手のような小刻みなボールタッチと動きで間合いに入り込ませず、横に上がってきたオノとのワンツーで突破、一気にゴール前へ行く。

 そのナカガミの元へペドロは立ち塞がり、ボールを奪うべく一気に距離をつめる。彼のドリブル技術は高い。だが当然ミカエルほどではないしペドロでも十分対処できるものだ。またヤナギのような爆発的加速力に任せて突破するほどのスピードやアジリティもない。

 ペドロの突撃にナカガミは一瞬ぎょっとするが、瞳から戦意を消してはいない。そしてボールを奪うべくペドロが足を伸ばすよりほんのわずかだけ早く、左足でパスを出す。

 ピッチ中央にあったスペースを抜けペナルティエリアに入ったボール。すぐさま反転してみれば思った通り、そのボールへ右サイドからヤナギが猛スピードで寄って来ている。

 だが彼をダミアンがすぐそばで追走しておりさらにボールへGKのフランコが距離をつめてきている。シュートを撃つならダイレクトでしかないがそうしても彼が体を張って防げるほどの近い距離だ。

 ペドロは防いだと思いながらもある未来を脳裏に思い浮かべ動く。そして数秒後、その未来の通りになった。


(まったく、”ゾディアック”という連中はそこが知れない!)


 ペナルティエリア内でボールを収めたヤナギ。彼は突っ込んできたフランコをあの超加速で左にかわし左足を振りかぶる。

 そこへダミアンが前を塞ぐが、彼は構わず左足を振りきってシュート。そしてそのボールはダミアンの股間を抜け、アルゼンチンゴールへ向かう。──そしてそのボールをアルゼンチンゴールラインに移動していたペドロが体で止めた。


(本当、日本人離れした冷静さだ)


 フランコをかわした動きといいダミアンの股間を抜いたシュートといい、今までの日本人FWならせいぜいGKをかわすだけで精一杯。シュートを打つことは至難だっただろう。

 しかしペドロの予想通り──ワールドクラスのスピードストライカーならやってのけるプレイを実現してしまうとは。改めて思う。”ゾディアック”という面々は怪物だと。


(けど今回は、俺たちの勝ちだ)


 怪物ゾディアックの異常さは昔からよく知っている。驚愕に目を見開いているヤナギへペドロは不敵に微笑み、大きくボールを蹴りだすのだった。


 



◆◆◆◆◆






「くぁー」


 鳴り響く試合終了のホイッスルと中神の無念の声を聞き、鷲介は大きく肩を落とす。3-2。アルゼンチンの勝利だ。

 鷲介の決定的なシュートが防がれた直後に入ったロスタイム4分。果敢に攻めた日本代表だったが、アルゼンチンの守備の前にゴールを割ることができなかった。鷲介自身もロスタイムの間、ペドロとダミアンの両者から徹底してマークにあい決定的シーンを作ることもシュートを撃つこともできなかった。


(二軍とはいえ、やっぱりアルゼンチンはアルゼンチンだな)


 ドイツリーグ終了から一月の間、試合に出ていないと言うこともあったが、それを含めてもアルゼンチンの守りはしぶとく厄介だった。

 突破してもすぐさま反転して来るし味方とも連動する。また見えないところで微妙にユニフォームを引っ張ったり足を踏んだり手で体を押さえたりなど鷲介の動きを邪魔していた。

 またドリブルが得意な選手の対処に慣れているのか、繰り出すフェイントにそう簡単に引っかからなかったのだ。結果としてスピードで振り切ることが多くなり、その直後の隙を突かれることもあった。


(次南米のチームと戦うときの課題だな……)


 ポジショニングもまだまだだったことも反省しながら鷲介がそう思っていると、端正な顔立ちのイケメンが近づいてくる。試合中散々鷲介たち日本を苦しめたペドロだ。


「スペイン語は話せるかな? ヤナギくん、ナカガミくん」

「……ゆっくり、なら」

「大丈夫です」

「それはよかった。──君たちの実力は噂以上のものだったよ。わざわざ日本に来たかいがあった。ただ想定内ではあったけどね」


 にこりと微笑み言うペドロに鷲介はかすかに頬を引きつらせる。さわやかな顔をしているのに言う事は中々に率直だ。


「とはいえヤナギくんがスタメンだったら今日のようにすんなり終わっていたとは思えない。君たち”ゾディアック”の試合中の成長や変化ぶりは時折同じ人間とは思えないと思うほどだからね。

 俺たちの”ゾディアックミカエル”もそうだからね」


 しみじみとして言うペドロ。と、そこへ今しがたペドロが口にした人物がやってくる。


「シュウスケ・ヤナギ、初めましてだな。ミカエル・アルマンド・レオンだ」


 四人の中で一番小柄なミカエルだが、態度は誰よりも大きい。

 だがその尊大な態度にさほどの不快感は感じない。それに見合うだけの実力を持っているからだろうか。


「お前やるな。仮にも俺と同格と言われるだけのことはある。一応俺のライバルリストに名を連ねといてやるよ」

「うわー……スゲー上から目線で偉そうだ」


 日本語で呟く中神を横目で見ながら鷲介は心中でお前が言うなとツッコミを入れる。


「お前、ナカカミとかいったか」

「ナカガミだよミカエル」

「そっか。ナカガミか。お前も中々だな。俺のライバルにはなれないが、まぁ視界の隅っこに入れる程度には興味を惹かれたぜ」

「それはどうも」


 ミカエルの傲慢極まった態度と言葉にさすがに中神も微苦笑を浮かべる。


「確かバルセロナ・リベルタ2に移籍するんだったな。ならリーグでいつか対戦することもあるかもしれないな。

 何年後になるかわからないが、その時はもう少しましになっておけよ。

 ヤナギ、お前とは近いうちに戦うことになる。その時はチーム、そして俺個人としてもしっかりねじ伏せてやるよ」

「……俺個人はともかく、もし対戦したら言うほど簡単にはならないと思うぜ」

「いいやなるね。いや、俺がならせる。この俺、ミカエル・アルマンド・レオン率いるアシオン・マドリーが今季のCLカンピオーネ・リーグを制覇するんだからな」


 傲然と言い放つミカエルへ流石に鷲介も表情を変える。視線を鋭くし、傲岸不遜を具現化したようなミカエルの顔を見て言う。


「そうか。ならその目標を俺とロート・バイエルンのメンバーで木っ端みじんに砕いてやるよ。勝つのは、俺たちだ」


 鷲介が叩きつけた勝利宣言を聞きミカエルはほんのわずか目を丸くする。だがすぐに歯を剥いて微笑み、言う。


「CL、勝ち上がってこいよ」


 背を向けて去っていくアルゼンチンの”ゾディアック”。


「それじゃあ俺も失礼するよ。ミカエルの言葉を借りるわけじゃないけど、CLで再会できることを祈っているよ」


 鷲介の勝利宣言に何かが触発されたのか、ペドロも勇ましい顔つきで言い、ミカエルの後を追う。

 去っていくアルゼンチン人二人を見送り、鷲介たちは息を吐く。


「やれやれ。あそこまで自分に自信があると羨ましくさえ思えてくるな」

「まったくだ」

「でもまぁああいう選手がごろごろいるんだよなスペインリーグ──いや世界中のトップリーグには」


 そう言って苦笑を浮かべ、しかし一転して真剣な表情となる中神。


「忘れらないうちに、俺もバルセロナRのトップに上がらないとな」


 試合終了直後の喧騒の中、断固たる決意がこもった言葉を中神は口にするのだった。






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