代表合同合宿3
(うわー、ムキになっちゃってまぁ)
キックオフと同時に先程以上に前に出てくる白組を見て、久司は苦笑いになる。しかしすぐに不敵な笑みを浮かべると、ポジションを下げていく。
そしてポールが思った通り勝の元へやってきたのを見ると素早く動きインターセプト。こぼれたボールを南郷が拾うのを見てすぐさま立ち上がり前に走ってはボールを要求する。
「ください!」
南郷、そして藤中を経由してやってくるボール。センターサークル内で受けとった久司は前を向き、ボールを奪いにやってきた高城に対して突っ込んでいく。
「上等や!」
受けて立ってやるといった表情を見せる高城を久司は一瞬呆れた目で見つめる。しかしすぐ真剣な眼差しとなるとドリブルスピードを落とし、インカットエラシコで左右に揺さぶる。
警戒した高城が身構え、同時に久司はバッククロスで左へ移動。もちろん高城はそれについてくるがすぐさま久司はボールを元の位置に戻す。
それに釣られるように高城も再び元の位置に戻ろうと重心移動させたその時、久司は一気に左へ動く。移動中だった高城はそれについてこられず彼を置き去りにして久司は前へ出る。
(相変わらずチョロイな)
Jリーグでも幾度も同様のフェイントで突破されていると言うのに学習能力がない奴だ。心中で侮蔑し久司はドリブルを続ける。
今のフェイントと動きは久司がブラジルにいたときフットサルをやっていて覚えた技だ。南米出身の選手が幼少のころ、ストリートサッカーで技術を磨くのは有名な話だが、近年ではフットサルで足元の技術を鍛える選手も多い。
前に出た久司は下がってボールを要求する鹿島へパスを出しすぐ走る。こちらの動きを見た鹿島はボールを収めると左に突破するふりをして、ヒールで彼の後ろを走る久司へボールを返してくる。
「ナイスパース!」
ヒールながらも正確なパスを受けて久司はゴールに向かって行く。鹿島、そして柳二人が左右に動いてくれていたおかげで中央がスカスカだ。
「待てや!」
斜め前から井口が、そして後ろからさっき抜いた高城が怒鳴り声を上げて迫ってくるが久司は気にせず周囲を目で見る。
そして井口が近づき、柳がパスを要求して外から中へ入っていき大文字がそれについていく、柳の動きに川上が先読みして動き出す。それらを捕えた瞬間、久司は右足を振るった。
久司が蹴り上げたボールはふわりと宙を舞うと白組ゴールの左へ向かう。柳の動きに反応して右に動いていた川上が慌てて戻ろうとしているが久司はそれを嘲笑う。
(もう遅いって)
敵、味方の動きを見計らってのループシュート。久司の得意技の一つだ。
そして蹴ったボールは久司の予測通りネットに収まろうとしたその時だ、海からの潮風が吹き、ボールの動きが乱れ、なんとボールはポストに当たる。
(んげっ!)
心中で仰天した声を上げる久司。だがすぐに安堵する。何故ならそのボールに鹿島が詰めておりボレーでボールをゴールにねじ込んだからだ。
「ナイスです鹿島さん! ……風を計算に入れていなかったので助かりました」
「コースを狙いすぎなのを見てそうだと思ったよ。次は頼むよ」
「はい!」
肩を寄せ合い言葉をかわすソルヴィアートの先輩後輩二人。そして久司は自陣に戻ると藤中たちにあることを言って自分のポジションへ戻っていく。
あっという間に一点差にされさすがに白組も頭が冷えたのか、ペースを落とし、じっくりとボールを回して攻めてくる。だが赤組守備陣の動きの前に先程のように攻めはできなくなっている。
理由は簡単だ。司令塔である小野──勝に対してボールが集まらなくなり、短調かつ創造性のない攻撃しかできなくなっているからだ。
(ふん、相変わらずA代表はW杯の時と、何も変わってないな)
ボールを戻した白組メンバーを見て久司は心中で履き捨てる。実は久司はA代表──特に前回W杯に出たメンバーが好きではない。というよりもはっきり言って嫌っている。理由は一つ。彼らは状況が不利になると一辺倒に勝へボールを集めだすからだ。
前回のW杯のグループリーグにおいて善戦しつつも一つも勝てなかった理由の一つだ。余裕のあるときはともかく、不利な状況や危機的状況になると、誰もがまず勝を見るか、彼にボールを出す。それが久司には非常に気に入らないのだ。
エースに頼ると言うのはどのスポーツでも見られることだが、特にA代表はそれが顕著すぎる。そしてそんなわかりやすい欠点をW杯の強豪たちが見逃すはずもなく、勝へのパスがカットされ危険なシーンを招いたことは何回もあった。
勝と共にビック3と言われる堂本、瀬川も不利な状況となるとそう言う傾向が見られる。長年海外でプレイしており自己が鍛えられていると言うのにだ。
(一人に頼りすぎなんだよあんたたちは……!)
日本代表の組織力は素晴らしい。これだけは久司も認める。だが状況が不利になるとその組織はあっさりと乱れ、心臓に負担を掛け過ぎている。
サッカーはチームスポーツ。一人に頼って勝てるものではない。味方と協力するのは当然だが、それ以前にまず自分がどうするかなのだ。強烈な自己意識を持った11人が連動して動く。世界の強豪国や強豪クラブはそういうものなのだから。
(W杯の時と何も変わっていないあんた達なんかに、負けてたまるかよ!)
またしても勝へのパスを南郷がインターセプトする。それを前に出ていた海原が拾い藤中へつなぎ、ボールはサイドに流れている本村の所へ。
白組からのチェックを受けつつ本村はボールをキープ。フォローに上がってきた大島とのワンツーで中に移動し、走ってきた久司へボールを出す。
敵陣中央でボールを受け取った久司は前を向き、寄ってくる瀬川と柳や鹿島たち味方の動きに白組の守備に乱れが発生するのを見て瀬川に向かって突き進む。
(瀬川良太。日本No1ボランチ。確かにそう言えるだけの実力を持つ選手ではあるけど──)
右の足裏でボールを転がしながら近づく久司。そして素早く左に動くが、当然瀬川はそれについてくる。
だが久司は微塵も慌てず右足のアウトサイドでボールをタッチし、右足裏で抑えたボールを眼にも止まらぬ速さで右に移動。左へ傾いていた自身の体も回転して右を向き、瀬川が空けたスペースを通り過ぎる。
(レアンドロさんに比べたら、未熟と言わざるを得ないぜ!)
フットサルで見についた一連のフェイントと動き。初見の相手ならほとんど突破できていたこれをチームメイトであり現役ブラジル代表のDMFは初見でも即座に対応してきた。
普段からチーム練習でソルヴィアートの南米トリオとやり合っている久司からすればビック3──小野以外の──とて要注意はしても強敵と言うほどではない。
前に出た久司に瀬川が横から追いすがるがソルヴィアートの天才は全く気にせず、右足を振るう。出したボールは久司と同じ日本サッカー界のもう一人の神童の方へ向かう。
(さぁこれをどうするよ、柳!)
◆◆◆◆◆
(難しいボールを出しやがるな中神の奴!)
動きながら鷲介は心中で毒つく。瀬川をかわした中神が出したパス。それは井口の裏へ飛んだフライパスだ。
しかし普通のフライパスよりも低空──井口の頭のすぐ上──であり、またスピードも速い。そして落下地点には鷲介とゴールからは川上が走りこんできている。
川上だけではなく後ろから直康も寄ってきている。トラップしている暇はない。どう見てもダイレクトシュート、もしくはパスを選択しなければならないボールだ。
そして鷲介はボールを見た瞬間、選択を終えていた。やってくるボールへ左足を伸ばすとつま先でボールの軌道を左へ変更する。効き足である右で触れなかったのはそれより早く川上がボールを押さえる動きをしていたからだ。
飛びだしていた川上よりわずかに早く触れた左足とボール。ボールは川上の横を通り過ぎゴールへ向かうが精度に欠き、ゴールポスト左を掠めてゴールラインを割る。ゴールキックだ。
「おいおい、頼むぜ柳~!」
大仰に残念がる中神へ謝罪しながら、心中で舌を出す鷲介。出したパスが難しすぎるのだ。
とはいえどうにもならないというほどでもなかった。もう少し動くのが早く左足でミートした位置が良ければゴールで来ていただろう。中神のパスが鷲介の予想を超えていたのだ。
(まったく、何の前振りもなく受け取りにくいボールを出してくるな)
鷲介は昨日のミニゲームで同じチームになった時もそう思った。とはいえファンタジスタタイプのパサーはそういうものだから、いちいち突っ込んでもしょうがない。
川上がボールを蹴り上げ赤組陣内へ。堂本と海原が競り合いこぼれ球を九条が拾うが、近くに寄っていた松岡が死角から忍び寄りするりとボールを奪取する。
松岡はフィジカルや技術はこの合同合宿に集まったDFの中でも並みだが、こういった的確な寄せやボール奪取は非常に上手い。この一点だけならば代表の中でもトップクラスだ。
「松岡さん!」
自陣のセンターサークル付近に下がりボールを要求する中神。松岡からのボールが送られてくる最中、彼は一瞬こちらへ視線を送ってくる。
また来る。そう確信する鷲介。しかしボールを収めようとする中神へ柿崎が向かって行く。
「これ以上好き勝手やらせへんで!」
だが中神がまた魅せる。彼は松岡からのボールをスルーすると同時に突っ込んできた柿崎をかわす。そして右サイドに流れたボールに追いつきそこへ詰めていた瀬川を、オーバーラップしてきた馬場とのダイレクトワンツーでかわして前に出ると、再び鷲介へパスを出す。
再びDFラインの裏を狙ったフライパス。しかも微妙に左に曲がっており対処が難しいボールだ。
だが鷲介は持ち前のスピードを生かして敵陣ペナルティエリアギリギリ外の所に飛んだそれに追いつくと跳躍。ピッチを一回バウンドしたボールをダイレクトボレーで白組ゴールに放つ。
左足のボレーシュートは中途半端なポジショニングをしていた川上の左を通り過ぎゴールに入る、かと思いきやゴールポスト上部に当たる。だがゴール側へ跳ね返り、ネットを揺らした。
「よっし! ナイスシュートだな!」
「そっちも。ナイスパスだ」
「だろだろ! いいボールだっただろー! しっかし俺のパスにこうも早く対応するとは、さすがだな」
ゴールを決めた鷲介に駆け寄り笑いながら首に腕を回してくる中神。
そして彼が離れていく中、鷲介は小さく呟く。
「……ま、お前たちからのパスを受け取るのは初めてってわけでもないからな」
中神と類似のパスを出していた鷹野の姿を思い出す鷲介。
紅白戦も終盤と言う時間帯で再び吹かれるキックオフの笛。状況は圧倒的に赤組が押せ押せだ。
連続三得点から立て続けの三失点となった代表レギュラー──白組は動揺と疲労もあってか動きに精彩がない。そして紅組は若手やサブに甘んじていた選手がこの紅白戦で結果を残し、活躍し代表の座をつかみ取ろうとする勢いで迫っていく。
このまま一気に逆転──。そんな雰囲気をしかし小野が振り払ってしまう。自陣深くまで下がった彼は中神から鹿島へ向かうパスをカットすると、すぐさま前線へボールを蹴り込む。
小野の長いロングボールは攻撃のために上がっていた右SBの馬場の後ろに通る。そこへ九条が走りラインを割るギリギリで追いつき、そのままサイドを疾走する。
(ちっ!)
全体的に上がっていたためDFの人数は三人と少ない。また白組は堂本、柿崎の二人がゴール前に走っている。三対三の状況だ。
サイドからペナルティエリアすぐ近くまで上がった九条は距離を詰めてきた松岡に勝負を挑む。だが松岡の絶妙な間合いの取り方と寄せで突破はできない。
だが九条のさるもの、突破が不可能と判断した彼は左右に体を振って松岡を惑わし走ってきた柿崎へボールを出す。ボールを受け取った柿崎へ海原が素早く体を寄せるが僅かに柿崎が早くペナルティエリアの中へパスを出す。
そして柿崎のボールを足元に収める堂本。大島がチェックに行き兵藤も体を広げてシュートコースを塞ぐが、日本代表のエースストライカーは強引にシュートを撃った。兵藤の広げた左手──の指にボールが当たりシュートの勢いは衰えるも、ボールはゆっくりとゴール枠内のゴールラインを割った。
「よっしゃあああああっ!」
絶叫しガッツポーズをする堂本。そんな彼に柿崎が抱き着き九条も駆け寄っては背中を叩く。まるで本番さながらの喜びようだ。
押していた状況での勝ち越し弾に赤組のイケイケムードが意気に鎮静化する。だが鷲介は眉根をひそめ、そして中神、テツも類似の表情を見せている。
「中神、テツ。始まって俺がボールを要求したらすぐにくれ。同点にするから」
「オッケー」
「わかった。残り時間短いが後ろはしっかりと守る。存分に暴れてこい」
負けたくないという顔をした二人へ同じ表情をしているであろう鷲介は頷き、センターサークルへ走っていく。
紅白戦九回目のキックオフの笛が鳴り響き、ボールが赤組陣内へ下げられていくのを見ながら鷲介は白組DFライン近くに来ると周囲に視線を散らす。
(さてと、どこに行けばいいか──)
白組の陣形、味方の位置、ボール。それらを休むことなく見ながら緩やかに移動する鷲介。直康たちから突き刺さるような視線を浴びているが気にしない。
そして審判をしているミシェルが時計に視線を向けたその時だ、DFラインに大きな──致命的ともいえる歪みが生まれる。そしてそれを見た鷲介はすぐさま自陣の方へ振り返る。
そして視界に入った、ボールを足元に収めている中神がにやりと笑ったのを見て、鷲介も唇の端を歪ませてDFラインの歪みへと走り出す。──直後、センターサークル中央にいた中神から歪みの地点をボールが送られてきた。
(よく見ているな! 本当、大した奴だ!)
同年代の日本人選手で自分の感覚についてこられるとは。U-17W杯の時、彼がいれば本当に優勝できたかもしれない。
そう思いながら鷲介はトラップしてすぐに前を向くと、間合いギリギリの位置にいる井口に突撃。戸惑う彼が立ち直る間も与えず高速シザースでフェイントをし、スピードに任せたドリブルで彼の横を通過、一気にゴールへ向かう。
ワールドクラスの階に足をかけている鷲介だが、まだまだ自分には足りないものがあることを自覚している。オフシーズンに入っている間、一日一回は必ず──時間にばらつきはあるが──クラブが記録していた自分の試合やプレイ集を見て、足りないと気づいたものの一つがポジショニングである。
簡単に言うと鷲介の試合中、ボールを受け取りプレイを開始する前の位置取りだ。これはスレイマニと言ったワールドクラスのドリブラーに比べて未熟かつ適当なのだ。しかしそれについて指摘されなかった理由も漠然とだがわかっている。プロレベルとしては問題ない上に、試合中鷲介は持ち前のスピードで強引にポジショニングを修正してしまっていたからだ。鷲介がそれになりと思っていた思っていたオフ・ザ・ボールがまさにそれである。
だがそれはあくまでスピードありきのもの。前半はともかく疲れが出た後半などはそれができなくなることが多く、それを証明するかのようにリーグ戦でも後半半ば、終盤あたりのドリブル突破はもちろん、ゴールやアシストも非常に少なかった。
スレイマニと言ったワールドクラスのドリブラーは鷲介のように身体能力任せに動くだけではなく敵や味方、そしてボールの位置をきちんと見て把握した上でピッチに位置取りをしている。故に最適な位置で自身の最大の武器であるドリブルを始められてるのだ。
わかりやすく例えるなら鷲介がどんぶり勘定で材料を用意し料理を始めていたとすれば、ワールドクラスのプレイヤーはきちんと材料の量を計ってしていたようなものだ。
(もっと練習して周りを見て、判断力を磨かないとな)
紅白戦中、途中まで鷲介が大人しい──井口たちに抑え込まれていたのは位置取りを実戦で試していたからだ。結果として幾度かは成功はしていたが、やはりまだまだなそれは井口たちに幾度も位置取りを封じられていた。
ペナルティエリアに入り川上が距離を詰めてくるが鷲介は微塵も動揺せずシュートを放つ。ボールは川上の股を通過し、ネットに収まった。
「同点、っと」
鷲介が大きく息を吐いて呟いた直後、ミシェルの笛が鳴り響く。紅白戦終了の笛だ。
「ナイスゴール! 有言実行とはさすがだな!」
「中神もな。いいパスだったよ」
寄ってくる中神──赤組の面々と話しながらピッチの外に出ていく鷲介。途中直康たちDF陣を見かけるが皆、苦渋にまみれた顔をしているので声をかけるのは止めておく。
(あれだけのことを言って結局俺にハットトリックをくらったわけだしな。……ほとぼりが冷めるまで話しかけるのはやめておこう)
武士の情けと心中で呟きながら、監督の元へ歩いていくのだった。
◆◆◆◆◆
「あーいいお湯だー」
「だなー……」
首までお湯につかり、思わず鷲介はあー……と声を漏らす。隣の中神は首どころか顔半分まで湯船に沈んでいる。
二人が今いるのはホテル一階にある大浴場だ。部屋の中にもバスルームはあるが湯船にどっぷりつかるのが好きな鷲介は合宿の間、いつもここを使用している。
「さて、メンバーはどうなるかねぇ……」
「俺たち二人は選ばれるだろー。藤中は……どうかなぁー……」
この場にいないU-17トリオの一人の名を中神が口にし、鷲介はちょっと眉をひそめる。テツもいつものように大浴場に誘ったのだが、今日は断られたのだ。
中神の言うとおりテツは正直微妙だろう。紅白戦でも終始小野に押されていた。とはいえ他のメンバーとはほぼ対等にやれていたので可能性としては無くはない。
自分、そして中神も当確だとは思う。ただ合宿中常連組と揉めたこともあるから、その辺りの理由で外されるかもしれないが。
「……あら」
カラカラカラと大浴場のガラス戸が開き、入ってきた人たちを見て鷲介は小さく声を出す。九条に井口、そして小野だ。
小野はともかくあとの二人を浴場で見るのは初めてだ。珍しい。そう思いながら中神とだべっているといつの間にか体を洗ったのか、小野が浴槽に入ってきた。
「あーいいお湯だ……。やっぱり日本人はこれだな」
気の抜けた顔をして深く湯船につかる小野。中神のように顔半分まで使っている。
というか、よくよく見るとどことなく中神に似た顔つきだ。真面目な中神とでもいうべきか。
「柳くん。君はドイツでもこうしているのかな?」
「え? ま、まぁプロになってからは数日に一回、あと試合のあった日はしていますね。
ドイツは水道代が高くて日本みたくじゃぶじゃぶ使っていると偉い金額になりますから」
ちなみにプロになる前は基本シャワーで済ませ、月に数回程度、風呂にお湯を溜めていた。また時々休みの日にミュラーたちと共にスパや近くの温泉に行ったりもしていた。
プロになった現在は言ったとおりにしており、跳ね上がった水道及びガス代は鷲介の給与から支払われている。
「さすが温泉大国ドイツ。充実したお風呂事情だ」
「え、そうなんですか勝さん?」
「前にも話しただろうけど英国は基本シャワーだからね。風呂の使い方も日本とは大きく違うしこうして湯船につかることもできなかったし慣れるのに苦労したものだよー」
「……そういえばバルセロナでもシャワーばっかりだったなぁ。だから日本に来て一番驚いたのは風呂事情だったし。
よし、向こうで稼げるようになって家でも作るときは日本式の浴槽を作ってもらおう」
「なるほど。そういう金の使い方もあるのか……」
海外暮らしと経験者が湯船につかりながら自身の国について待ったりとした口調で語る。そして一通り話が終わった時、鷲介は小野に訊ねる。
「小野さん、あのあと直康さんたちの様子はどうでした」
あれだけ大口叩いておきながら、鷲介にハットトリックを喰らったのだ。年上であり年長者のプライドははさぞかしひどいことになっているであろう。
そう思った鷲介の目の前で小野は微笑み、言う。
「すごく悔しがってはいたね。そして次こそ君を止めると息巻いていて、自分たちのどこが悪かったのか真剣に話し合っていたよ。
ついさっきお風呂にも誘ったんだけど君の研究中だといって断られてしまったぐらいだよ」
「へぇー……」
「その様子じゃさすがに落ち込んでいる。思っていたのかな。──残念だけど、そんな軟なメンタルはしていないよ。
仮にも彼らは僕と一緒に前回のW杯に出場した選手たち。ワールドクラスの相手にへこまされるのにも慣れているのさ」
負けたその日に早速研究に移るとは。その負けず嫌いと執念に鷲介が感心する横で、中神は小さく息をついて吐き捨てるように言う。
「それ自慢できることじゃないでしょ。──それにスタメン組はW杯の時と何も変わっていなかったじゃないですか。状況が不利になったらすぐに勝さんばかり探したりボールを渡したり」
「あー……やっぱり気づいていたか。指示を出したのは久司か」
ミシェルさんもですけどね、と不機嫌そうに中神は言う。
「以前から思っていましたけど二人とも、妙に仲がいいですね」
今の様子や食堂でのやり取りを見て、同じクラブの先輩後輩には見えない親密さを感じ、鷲介は言う。
「あれ、知らなかったのかい。久司は僕の従弟だよ。彼の母親は僕の母さんの妹なんだ」
「そうそう。親戚なんだぜ俺たちは~」
小野の首筋に腕を回す中神。身長に大差はなく顔つきも似通った二人。なるほど、二人を並べてみれば確かに親戚と言うのも納得だ。
そしてプレイスタイルでもどこか小野が中神に似ているような感じはしたが実際は逆──中神が小野に似たのだろう。ただより周りを使い組織的に動く小野と、自分がまず動いて周りを動かす中神といった違いはあるが。
「日本と外国。暮らす場所は離れてはいたけどサッカーという共通項があったからね。こまめに連絡を取り合ってはいたよ。
それと僕が英国に行くまで毎年日本に帰省した正月の時は、時間さえあれば久司に勝負に付き合わされて大変だったよ」
「そう言うわりに七歳も年下の俺に対して本気で相手してましたよね勝さん」
親族特有の和やかな空気を出して話す二人。そんな彼らを見ながら鷲介はふとカールたちアドラー兄弟のことを思い浮かべる。彼らも普段はこんな感じなんだろうか、と。
「さてと、二人とも。21時になったらリビングルームに来てくれないか」
「? 何か監督、スタッフの誰かから話でもあるんですか」
「いや、代表メンバーだけの集まりだ。意見交換の場とでも言おうか。まぁ選手たちの親睦を深めるため定期的にやっていることなんだ。
開催するときは決まっていないけど、まぁW杯本戦前やアジア最終予選前の合宿など、大一番が間近に迫っている時は行われているよ。特に今回はU-23オリンピックがすぐだし、彼らもいるからね」
そう言った小野は先程のように顔半分近く湯船に埋めている中神に言う。
「久司、お前も来て堂本さんや高城たちともうちょっと話してこい」
「えー嫌ですよ。俺あの人たち嫌いです。特に高城の奴は口だけだし」
嫌そうな表情の中神。しかし小野は譲らない。
「それでもだ。嫌いだからと言ってチームが組めないなんて子供の駄々が通じないことはよく知っているだろう。
仲良く笑いあえとは言わんが話して相手を理解してこい。プレイエリアも近いんだ。お前や彼らが代表に選ばれ最終予選で共に戦う時、相手のことをよく知らなければ敗北の要因になりかねない」
「俺と勝さん。鹿島さんに柳がいる攻撃陣容でアジア相手に負けるとでも?」
「常にベストメンバーで戦えるわけじゃない。それにお前は──柳くんもだが──アジアの戦い方を知らない。
お前たちの実力は確かなものだが、アジアの環境は確実にそれらの邪魔となる。そうなったとき頼れるのは信頼できる味方だけだ」
「U-17W杯のアジア予選で戦ったんですから、中東の笛だの空気が薄いだのってことぐらい話は知ってますよ……」
「と・に・か・く、だ。ミーティングルームに来い。久司、お前は絶対にだ。時間になってこなければ部屋に行くからな。
柳くんも来てくれると僕としては助かる」
意味深な言葉を付け加えると、小野は離れた場所で風呂に入っている見慣れない顔──おそらくU-23のメンバーだろう──の方へ歩いていく。
「あーあ。めんどくさいなー。でもああまで言われちゃいくしかないかー。柳はどうする?」
「俺も行くよ。選ばれるかどうかわからないけど小野さんの言葉には一理はあるからな」
最後の言葉の意味はよくわからないが確かに鷲介は日本以外のアジア諸国でサッカーをしたことはない。話しに聞く中東の笛やら気候のことも前情報として知っておいて損はないだろう。
◆◆◆◆◆
「疲れた……」
ホテル一階のリビングルームのソファーに体を沈ませ、鷲介は大きく息を吐く。
ミーティングルームでの意見交換は、なかなか有意義なものとなった。紅白戦はもちろん合宿における練習についても話し合い、様々な意見が出たものだ。
また中神は小野から言われたとおり件の高城や柿崎たちと──乾いた笑みを浮かべながらも──言葉を交わしていた。幾度か一発触発の空気になりかけたが己を初めとする周りのサポートもあり、今回は何事もなかった。鷲介も直康たちと意見を交換し合い、終わるころには前のようなやり取りをするような雰囲気になっていた。
だが鷲介が疲れたのはそれが原因ではない。
「まさかドイツやクラブのことについてあれだけ質問されるとは……」
「お疲れ。大変だったね」
小さく笑い小野が自販機で購入したコーヒを差し入れしてくれる。
代表──特にU-23のメンバーから鷲介のドイツにおける生活やロート・バイエルンやレンタルしていたハンブルク・フェアアインなどのクラブについて事細かく質問されまくったのだ。小野たち海外組も同様の目にはあったが、質問された回数は鷲介が段違いに多かった。
「助かるってこういう意味だったんですね……」
「ははは。でもまぁ海外で活躍する以上、こういうことは何度もであるからね。慣れておくに越したことはないよ」
苦笑する小野へ半目を向ける鷲介。
「それにU-23のメンバーはもちろん、海外に飛びだそうと考えている代表メンバーも実体験している僕たちの話は何よりも判断材料になるからね。
そういうことに協力するのも相手を知る、仲良くなるためにはいいことだよ」
言われて鷲介は思い出す。本村や海原たちがすぐ近くで真面目な顔をして鷲介の話を聞いていたのを。
「さて、オオトリ杯。君と一緒に出場できるだろうか」
「……。まるで俺が選ばれるのが確実みたいな言い方しますね」
「選ばれないはずはないと僕は思っているよ。君の実力は代表の中でも突出しているからね。
久司と違って君は真面目で周囲への協調性も高い。監督が個人的な理由で選ばない限りは選出されて当然だよ。
まぁ監督の性格から考えるとスタメン出場の可能性はかなり低いだろうとは思うけどね」
肩をすくめていう小野。それを見た鷲介は空き缶から口を離し、彼を見る。
「小野さん、監督は」
「誰かから聞いているか、もしくは薄々察しているかもしれないけど、監督は堂本さんや柿崎、かつての教え子たちを少し特別扱いしている。
昨年のアジアカップ準決勝、堂本さんを最後まで使ったことで僕も確信した」
一昨年の冬行われたアジアカップ、日本は優勝したイランと準決勝にて対戦。敗北しベスト4という結果に終わっていた。
そしてそのイラン戦、後半途中から明らかに動きが鈍っていた堂本を嶋田監督は最後まで使い続けたのだ。試合後、当然そのことを指摘、批判されたが監督は「彼はまだ動けていたし、チーム得点王である彼を外すことは思い浮かばなかった」と居直ったようにコメントを残していた。
「監督の言うことも一理はある。へとへとになりながらも堂本さんは終盤、惜しいシュートを放っていよ。だがそれ以外の活躍はなく終盤の時間帯の中からは消えていた。僕のパスも無駄にしてくれた。
故にこの一件以降、嶋田監督には堂本さんたちフォルツァ大阪の教え子たちを優遇しているのではないか、という噂がささやかれ始めたよ。もちろん当人は否定しているけど、近くにいる身としてはそう言う気配がビンビンに感じ取れる」
彼の言葉に鷲介は南郷が似たようなことを言っていたことを思い出す。
「堂本さんはいい選手だ。彼と一緒でもアジアは勝ちぬけるだろう。だが本気となった世界の強豪相手では厳しいだろうね。
でも君となら優勝候補と呼ばれるようなチームでもない限り、前回のような一方的に圧倒されることはないだろう。期待しているよ」
鷲介の肩を叩き、立ち上がる小野。お休みと言って部屋に戻っていく彼を見送り、鷲介は天井を仰ぐ。
(教え子を優遇する監督か。まぁそう言う監督の話は聞かなこともないけど……)
堂本たちを優遇している、またミシェルが言っていた通りスタメンを固定することが多い嶋田監督だが、評判はそこまで悪いものは無い。試合中の指示や交代は中々的確で、国際試合で勝っていることも多い。また代表の試合の時には有望株の選手たちを招集し、試合に出して試すなどしているからだ。
小野の話を聞いたうえでも、私情を交えつつも仕事はきっちりこなす監督というのが鷲介が監督に対する評価だ。
(ま、何にせよ、全ては代表に選出されることだな)
鷲介は残ったコーヒーを飲み干して立ち上がると、ゴミ箱に空き缶を放り込むのだった。
◆◆◆◆◆
「凛、凛ー! これを見ろ!!」
「どうしましたあなた、そんなに慌てて」
そろそろ昼の三時になろうかという時間、どたばたと荒々しい足音を立てて姿を見える総一郎。興奮気味の夫は呼吸を落ち着かせる間もおかず、スマホの画面を突き出してくる。
「……あらあら、これはめでたいですね」
「まったくだ! 記念に店の和菓子全品半額セールでもやるべきだろうか!?」
「それならまずは颯太に連絡しましょうか。あの子の許可なしに勝手にやるわけにもいかないでしょう?」
苦笑する凛。鷲介がドイツリーグの新人王を獲得した際、総一郎は無断で同様のことを行ってしまい後で颯太やかすみにこっぴどく叱られたのだ。
「そうだな! さっそく電話するとしよう!」
興奮冷めやらぬ夫は指を素早く動かし電話を掛ける。まるで子供のように騒ぐ夫を微笑ましく思いながら、凛は先程見たスマホの画面を思い返す。
オオトリ杯 日本代表メンバー24名
GK:川上克人(ポルティーモFC(ポルトガル))、牧智久(浦和エーデルシュタイン)、兵藤賢一(ペルージャFC(イタリア))
DF:田仲祐希(NASミラン(イタリア))、秋葉栄太郎(横浜グランマール)、井口弘樹(Cハンプトン(イングランド))、大文字直康(ハンブルク・フェアアイン(ドイツ))、海原一樹(東京エストレヤ)、大島良則(川崎ドヴァバンセFC)、松岡蓮二(ルーパ大阪)、佐々木博人(フレッシュ広島)
MF:小野勝(ウーリッジFC(イングランド))、瀬川良太(マルセイユFC(フランス))、高城新(フォルツァ大阪)、南郷源十郎(ベアリーンFC(ドイツ))、柿崎元(クルニャラFC(スペイン))、本村恵次(ソルヴィアート鹿嶋)、中神久司(ソルヴィアート鹿嶋)、稲垣純一(鹿児島ユナイテッドフォーコ)
FW:堂本慶二郎(バエティーカFC(スペイン))、九条智久(ヘントFC(ベルギー))、鹿島勇司(ヴァイス・ツィーゲK(ドイツ))、柳鷲介(ロート・バイエルン(ドイツ))、沢村新之助(ソルヴィアート鹿嶋)
(さくら、あなたの子は頑張っているわよ)
夫の笑い声とお喋りを耳にしながら、凛は快晴の空を見上げ、亡き娘に語りかけるのだった。




