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ダッシュ!!  作者: 浮雲士
第一部
4/194

ドイツダービー1






 レヴィア・ドルトムント。ドイツのルール地方における代表都市の一つ、ドルトムントを本拠地とするチームだ。

 ドイツリーグに置いてはバイエルンと並び称される強豪チームであり特にここ十数年、毎年のように優勝候補の一角として名を上げられている。

 そして今日の試合、ドイツリーグ第六節レヴィア・ドルトムント対ロート・バイエルンはドルトムントのホームスタジアム、ウェストファリア・シュタディオンで行われる。






 ◆◆◆◆◆ 





「誰を見ているんだい? もしかして由綺さんかな」


 快晴の下、ドルトムントのベンチを直視している鷲介へ右から声がかかる。視線を向ければ誠実な好青年を絵にかいたような人物がいた。

 彼はセバスティアン・ミューラー。鷲介の親友でありと同じ今季トップチームに昇格した少年だ。ポジションはDMFディフェンシブ・ミッドフィルダー、またはCBセンターバック


「あいにくと由綺の奴はここに来てないよ。てか来ていてもわざわざ見るかよ。ドルトムントの選手に決まってるだろ」


 ピッチへ散っていくドルトムントの選手たち。彼らが放つ雰囲気はジーク達ロート・バイエルンに全く引けを取っていない。

 Rバイエルンは開幕戦と同じ基本フォーメーション。出場選手も鷲介がスレイマニに変わっただけだ。

 ドルトムントのフォーメーションは基本である3-4-3のフラット型。出場選手はここ五試合と同じだ。

 まずゴールキーパーはウェールズ代表のマーク・ラッシュ。世界的名GKの一人とされている選手だ。

 スリーバックの中央はチームキャプテンを務めるケヴィン・ランカー。ドイツ代表のディフェンスリーダーをも務めている。

 右CBはフランス代表の新鋭グレゴリー・アノ。左はデンマーク代表であり世界有数のCBと言われているピーター・ポウルセンだ。

 中盤、セントラルミッドフィルダーの左は若きイタリア代表ステファノ・フェラーラ。右はキッカーとして有名なパラグアイ代表フリオ・アンヘル・オリバレス。

 右のSMFはチーム一の快速であるカメルーン代表アルベール・オレンペ、左はフランツと共に有望選手がひしめくドイツ代表の中盤においてスタメンを獲得しているクラウス・アーベル。

 最前線、左FWは『鳥人』の異名を持つ跳躍力に長けたドイツ代表オリバー・ブライトナー、右はアルゼンチン代表ラモン・クルス。どちらも昨季10ゴール以上取っている難敵だ。

 そして残る一人。ジークと同じでここ五試合連続ゴールしているストライカー。チーム得点王であり鷲介、セバスティアンと同じ十七歳の怪物FW、カール・アドラーだ。


「やっぱりカールが気になる?」

「当然だろ。お前だってそうじゃないのか」

「まぁ気にならないと言えば嘘になるけどね。僕たちよりも一年早くプロデビューして、しかもドイツA代表デビューまでしているわけだし」


 ドイツリーグの育成は非常に優秀で、毎年のように優れた才能を持った選手が出てきている。

 その中でもカール・アドラーは飛びぬけた存在だ。昨季ドルトムントにてトップチーム昇格をしたかと思えば開幕から十試合連続スタメン、五試合連続ゴールを決めている。

 途中怪我で一月ほど戦線を離れたりはしたが最終成績はリーグ、カップ戦合わせて30試合出場(内フル出場は20試合)17ゴール5アシストという新人としては破格の成績を残した。

 その実力を買われてつい先日、ドイツA代表の親善試合で代表デビュー、強豪フランス相手に見事ゴールを決めて見せた。今ドイツにおける若手選手の中では間違いなくナンバーワンと言っていい選手だろう。

 

「そういえばあいつもお前と一緒にU-17W杯に出てくるんだよな」

「うん、そうだよ。今回は優勝できるかなぁ」

「というか正直驚いたぞ。お前はともかくカールの奴がU-17W杯に出るってことが。正直ドイツサッカー協会が招集しないかと思っていたが」

「うーん、他の優勝候補たちも”ゾディアック”を選出しているし、それに合わせたのかなぁ」

「”ゾディアック”? なんだそれ?」


 鷲介が問うが、ミュラーの視線はピッチに向けられている。

 試合の最中のような真面目な眼差しの後を追えば、いつのまにかセンターサークルにはホームのRドルトムントの前線の選手たちがボールのすぐそばにいる。


「そろそろ試合が始まるね。雑談はこのぐらいにしようか」


 そうミュラーが言うと同時、試合開始の笛が聞こえてきた。






 ◆◆◆◆◆ 






(さーて、件のアドラー君は、と)


 ドルトムントのキックオフで試合が開始される。最初にボールに触れた敵チームのストライカーにブルーノは視線を向ける。

 若手世代の中で五指に入ると言われるFW。鷲介より身長は高く体つきもがっしりしている。そして青い瞳に刃のような鋭さを秘めた少年だ。


(なるほど、あいつやるな)


 幾人もの世界レベルのFWと対峙した経験が彼を脅威と認識させる。ジークほどではないが実力は鷲介より間違いなく上──世界クラスの実力者だ。

 昨季デビューしたドイツの新星とブルーノは今回が初めての対戦だ。昨年のホームではカールが累積警告で出場停止、アウェイではブルーノが軽傷を負って出場しなかったからだ。

 そんな彼は中央からやや右寄り──ジェフリーとブルーノのエリア近くに来た。ブルーノは静かに警戒レベルを引き上げているとゆっくりとドルトムント陣内で回っていたボールが止まる。

 足元に収めたパラグアイ代表のオリバレスはロングパスを放つ。速く、精度の高いパスをあっさり胸トラップするのはドルトムント、そしてドイツ代表のチャンスメーカーのクラウスだ。

 彼はすぐさま前を向くとドリブルを開始、ボールを奪おうとロビンが行くが、幾度かのフェイントで彼をかわして前に出る。


(相も変わらず冴えわたってるな)

 

 クラウスはドイツ代表の中では非常に珍しい、個人技を前面に出す選手だ。特にドリブルの技術はここ数年間の代表の中で随一とまで言われている。

 ロビンがかわされるのと同時にスタジアムから歓声が起こり、またバイエルンのディフェンス陣の集中力が一気に増す。ブルーノもクラウスを見つつ最前線の三人の位置を確認し、備える。

 そのままドリブルで切れ込んでくるかと思ったが、クラウスは左にパスを出す。受け取ったのステファノは即座に右──ブルーノの正面にいるラモンへ渡す。

 ブルーノは下唇をなめるとゆっくりと彼へ近づく。彼もクラウス同様ドリブルが上手く、それによってドイツリーグの数多のチームのサイドを己の庭のように駆け抜けてきた。

 ラモンがブルーノの守備領域に入ったと同時に、ブルーノはボールを奪うべく前に出る。だがボールを奪う直前、ラモンの足元にあったボールがゆっくりと右に移動、そして次の瞬間、一気に加速する。


(ダブルタッチ!)


 ブルーノの横を通り抜けようとしているラモン。だがぎりぎりブルーノは反応、伸ばした足でボールを蹴りだす。

 こぼれたボールにカールとクルトが駆け寄るが、先にクルトが拾い前線へフィード。中盤を超えて前線まで飛んだボールを競り合うのはルディとグレゴリーだ。

 ともに空中戦を得意とする二人のぶつかり合いは若いグレゴリーに軍配が上がる。だがこぼれ球を拾ったのは下がってきていたジーク。彼は敵が寄ってくる前に斜め右へパスを出し、その先にはスレイマニがいる。

 ジークからのパスを足元へ納めたスレイマニへ迫るのはポウルセンだ。欧州屈指のCBの接近を前にしてもスレイマニは笑みを崩さないまま、彼へ向かってドリブルをすると、直前で体を駒のように回す。


(ルーレットか!)

 

 だがポウルセンもさすが世界最高峰レベルのCB。流麗なスレイマニのルーレットに一度はかわされるも即座に反転、その巨体をスライドするとスレイマニが持つボールへ足を延ばす。

 あ、奪われるかとブルーノが思ったその時だ、スレイマニはポウルセンの空いた股下へボールを通し、その横をすり抜ける。ルーレットとまた抜きの合わせ技だ。

 通り過ぎるスレイマニにポウルセンは今度は追いつけない。どうやらルーレットの時と速度が違うようだ。

 ポウルセンをかわしたスレイマニはそのままドリブル、すぐさまケヴィンやマークが距離を詰めてくるが彼はペナルティエリア外からシュートを放つ。

 スレイマニの左足から放たれたシュートは弧を描いてゴール左隅へ向かっていく。だがやや落下が足りなかったのかボールはポストに当たって跳ね返る。

 ルーズボールに駆け寄ってくるRバイエルンの選手はジークだ。だが彼がボールに触れるより先に、必死の形相のグレゴリーが大きく蹴りだして、ボールはラインを割った。


「うーん。キレキレだな」


 セルビアの妖精。フィールドの踊り子の異名を持つスレイマニ。その異名通りのプレイを見てブルーノは笑みを浮かべると同時に、胸中にちょっと苦い思い現が蘇る。昨年のW杯、セルビア代表のエースである彼の妙技にウルグアイ代表はグループリーグ敗退に追い込まれたのだ。

 セルビアは『東欧のブラジル』と言われていた旧ユーゴスラビアから分離、独立した国の一つだが、その中でもクロアチアと並んで最もユーゴスラビアの系譜が濃いと言われている。スレイマニはその代表格でパスはもちろんシュート、ドリブルがどれも世界基準であり特にドリブル一点に絞るなら世界のドリブラーランクの最上位に位置するとさえまで言われる。

 ちらりとベンチを見る。監督は手を叩き、ベンチメンバーは驚いたり喜んだりしているが、その中で坊主──鷲介は喜びや悔しさなどの感情が入り混じった複雑極まりない表情だ。


(ま、ライバルがあんな活躍見せたら無理ねーわな)


 鷲介もドリブラーではあるがテクニックに長けたスレイマニと違ってスピードを生かしたものだ。そのスピードやタイミングに慣れていなければあっさりと抜かれるが同レベル、または彼に近い反射神経やスピードを持つDF、またスピードタイプとの対戦経験が豊富なDFならば対処は難しくない。スレイマニが復帰するまでの試合の中、彼のドリブルが通じたり通じなかったりした原因の一つだ。

 もしこれ以上上の段階に進むとするならば間合いの見極めと緩急、体の使い方を向上させるしかない。とはいえ現時点でも彼のスピードは十分武器にはなる。もし出場するとしたら両チームの疲労が表に出てくるであろう後半中ごろ辺りだろう。

 スレイマニの絶妙な、あと少しでゴールと言う際どいファーストシュート。これでほんのわずかにしろバイエルンの方へ戦況が傾くかなーとブルーノはちょっとだけ思ったりもしたが、


(そううまくいくわけもないか)


 スローインから再開された試合は先程と変わらぬ展開だ。Rドルトムントはポゼッションサッカーで攻めるRバイエルンとは対照的な、堅守&カウンター、また速攻のサッカーを展開している。Rバイエルンが攻め入れば辛抱強く守り、隙ができれば一気呵成に攻め立てる。一瞬でも油断すればボールをゴールに叩き込まれるだろう。

 好プレーがあればそれ以上のナイスディフェンスで止められる。ゴールに迫ってもシュートを放っても、守備陣やゴールキーパーの奮戦でネットを揺らすまでには至らない。押しては引き、引いては押す試合内容。

 さすがドイツを代表する強豪同士の試合と言うべき内容だ。だが際どいプレイばかりと言う事は空中綱渡りのように一歩間違えればすぐに状況が変化するということでもある。

 ブルーノは改めて気合を入れ直し、勝利するべく走るのだった。






 ◆◆◆◆◆ 






 ジークの前方、空いたスペースへパスが来る。動く直前、周囲とゴールは見えておりボールが来たらダイレクトで打とうと思う。

 だがそう思った直後、ジークの前方を塞ぐケヴィン。ジークはとっさにシュートを中断、矢のような勢いで来たボールをダイレクトで、ペナルティエリアのギリギリ外にいるフランツへパスを出す。

 オリバレスのチェックを受けつつもフランツはシュートを撃つ。だが体勢が不十分だったためかポストを超えてしまった。


「すまん! きちんとミートできなかった!」

「いえ俺の方こそすみません。ケヴィンが前に居なければ……」

「まぁあいつとジークの相性は最悪だからな。だが次はゴールを頼むぞ!」


 あっはっはと笑いながら言うフランツにジークは微苦笑する。

 ドイツ代表のエースストライカーであり世界最高峰のストライカーの一人として数えられるジークの最大の武器の一つがオフ・ザ・ボールだ。自分ではそこまでとは思わないのだが世界でも随一と言われている。

 だがそれが通じにくい相手もいる。Rドルトムント、そしてドイツ代表のディフェンスリーダー、ケヴィン・ランカーもその一人だ。


(何とかあいつをうまく誤魔化さないと、また前を塞がれるな……)


 ケヴィンがジークのオフ・ザ・ボールに反応できる理由は彼が元FWであり、また突出した空間認識能力を持っているからだ。

 視界に収めた光景を三次元に視認するこの能力はプロサッカー選手ともなると誰でもそれなりに備えている能力だが、以前訊いた話によると彼はその気になれば自陣全体を知覚することさえ可能だという。彼はそれを最大限に生かしては危険なパスをことごとく摘み取り、またジークのようなオフ・ザ・ボールの動きが得意な選手を封殺している。

 だが突破口が無いわけではない。オフ・ザ・ボールに並ぶもう一つの武器ならばゴールを奪えるのだが、それを易々と許すほどRドルトムントの守備陣は甘くはない。

 スレイマニのドリブルをポウルセンが止め、ルディはグレゴリーとの空中戦に勝利するもこぼれたボールは飛び出したマークが抑え、ジークは今日初めてケヴィンの読みを上回る動きを見せるもカバーに来たスレイマニが邪魔をしてシュートまで持ち込めない。

 押しては引き、引いては押すの一進一退の試合展開。そんな中、マークのゴールキックが高く空を舞う。今日何度目かのジェフリーとオリバーの競り合いはかろうじてジェフリーが勝利するが、そのこぼれ球を拾ったのはクラウスだ。近くにいたロビンが即座にボールを奪いに行くが、クラウスは背後を向いて上がってきたステファノへパス。

 アズーリの若きレジスタは即座に前方へパス。速く正確なパスの先にいるのはカールだ。Rドルトムントの十七歳は映像やビデオで見たとおり、今日の試合も鍛え上げられたフィジカルとそれを生かしたドリブルで幾度もRバイエルンゴールへ迫っている。

 だが強靭なフィジカルを武器とするジェフリーの前に今までの試合ほどその力を発揮できていない。今もジェフリーはしっかりとカールのマークについている。油断しなければシュートを撃たせることはあってもボールがゴールに向かうことはないだろう。そうジークが思ったその時、カールの餓えた猛獣のような眼を見て、総毛が立つ。


「注意しろ!」


 思わずジークはDF陣に向けて叫んでいた。理由はない。ただストライカーとして今の彼が非常に危険な感じがしたのだ。

 ゴールへ背を向けたカールはステファノのパスを右足でトラップする。しかし処理をミスったのかボールは小さくバウンドし、彼の左の方へ飛ぶ。

 そのこぼれ球をクルトが処理するべく寄ってきたその時だ。浮いたボールの方へカールは反転、ゴールの方を向くと同時に右足を振りぬく。彼のボレーシュートは的確にボールの芯を叩き、弾丸のような勢いのボールがジェフリーとクルトの間をすり抜ける。

 至近距離からのスーパーシュートへGKアンドレアスは反応しており右手を出している。だがボールは伸ばした彼の手のほんのわずかな先を通過し、ゴールネットに突き刺さった。


「──」


 刹那、全ての音がスタジアムから消え、そして次の瞬間大噴火のような歓喜の声がスタジアムに沸き立つ。狂ったように振るわれる黄色と黒のフラッグ。

 カールへ集まっていくRドルトムントの選手たちをジークはもちろん、他のRバイエルンの選手たちは唖然とした表情で見つめている。


「まぐれか、それともできる自信があったのか。それにしても凄まじい体幹とテクニックだな」


 自陣へ戻るジークの横へやってきたスレイマニが苦笑を浮かべて言う。彼の言うとおりあの若さでは並外れたボディバランスと言える。強靭なだけではなく柔軟性もなければあのようなスーパーシュートを撃てない。

 そして速いステファノのボールを巧みに操った技術も凄まじい。テクニックに長けた選手と言う事は知ってはいたが、想像以上のものだ。昨季や代表デビュー戦でも相応のプレイを見せていたがやはり17と言う成長期真っ只中、上達速度が尋常ではない。

 同じく隣にやってきたルディはわずかだが負けん気を見せた表情で、


「まだ時間は十分にある。今度は俺たちがボールをゴールへ叩き込む番だ」

「ああ、そうだな」


 ルディの言葉にジークも頷く。確かに凄いゴールだ。度肝を抜かれた。──だがまだ一点差だ。そして時間は半分以上残っている。


「取り返すぞ、俺たちで」


 小さく呟いてジークはボールに触り、試合を再開させる。

 カールのスーパーゴールで試合の展開は一変する。先制点の勢いでより苛烈に攻めてくるRドルトムント。一方のRバイエルンもそれらを凌ぎきってはカウンターやサイド攻撃でRドルトムントを脅かす。

 だがホームで先制点をあげたことや圧力さえ感じられるサポーターの声援、応援に後押しされているのかRドルトムントが優勢だ。またゴールを決めたカールもテンションが上がってるのかたびたびジェフリーを翻弄する動きを見せている。

 しかしそれでもRバイエルンはギリギリのところで崩れず、絶好のチャンスが訪れる。前半終了間際、前がかりになっていたRドルトムントの裏をスレイマニが取ったのだ。


「頼むぜスレイマニっ!」


 クラウスとオリバレスの二人からチャージを受けて体勢を崩しつつも、フランツがそこへ正確にパスを送る。強烈なそのボールをスレイマニはあっさりと足元に収め、一気に駆け上がる。当然ジークもルディも彼と共にゴールへ迫る。

 ペナルティエリア近くまで来たスレイマニ。だがその前に立ちふさがるのはやはりポウルセンだ。おそらくこれが前半最後の見せ場、勝負の分かれ目。

 スレイマニはいつになく体を小刻みに揺らしながらゆっくりと、しかし確実にエリアへ近づいている。一方のポウルセンは後退しつつも決して中へは進ませていない。

 ジーク、そしてやや遅れてルディがペナルティエリア近くまで来たところで、両者は動いた。一瞬、見失うかのような鋭いカットインで左へ突破を図るスレイマニ。ポウルセンはその動きに遅れつつも伸ばした長い脚は確実にボールが進む先にある。

 だがスレイマニの左足はボールを逆──右側に蹴り、彼もそちらへ体を傾かせる。エラシコで完全に逆を突いたかと思ったがポウルセンはその巨体を生かしたスライドであっさり前を塞いでしまう。

 しかしスレイマニのダンスはそこで終わらない。ポウルセンの出した足が今まさにボールを弾こうとしたその時だ、彼は澱みない動きで体を反転させると同時にボールを操り、ポウルセンの横を通り過ぎる。


(エラシコとルーレットの合わせ技!)


 先程のカールのゴールに劣らぬとも勝らないスーパープレイだ。完全にフリーとなったスレイマニを見てジークは動き出す。

 だが次の瞬間、スレイマニの足元にあるボールへ体を投げ出すようなポウルセンのスラィディングが襲いかかった。190センチを超える巨体のスラィディングを受けてスレイマニはピッチに倒れ込む。


「!」


 スレイマニが足を押さえるのと同時に主審がホイッスルを鳴らすとポウルセンに駆け寄り、イエローカードを提示する。彼のスラィディングはボールに向かってはいたが、タックルの瞬間わずかにボールが動いたため彼の脚はボールとスレイマニの脚を同時に蹴っていたのだ。


「スレイマニさん、大丈夫ですか!?」


 倒れたスレイマニに駆け寄るジーク。彼はいつにない苦痛の表情を見せており、削られた足首を掴んでいる。

 騒然となるピッチの中へやってくるチームドクター。ジークはルディと共にポウルセンに詰め寄りそうだった剣幕のフランツやブルーノを押さえると、素早く水分補給を済ませる。


(スレイマニさんは怪我から復帰したばかりなんだ。頼む、どうか軽いものであってくれ)


 そう祈りながらピッチに戻るとジークの目に信じられないものが目に入った。チームドクターがベンチに向かって両腕を交差──バツ印を作ったのだ。






 ◆◆◆◆◆ 






「おいおい、嘘だろ……」


 チームドクターが掲げたバツ印を見て、アップをしていた鷲介は思わず足を止める。

 前半、おそらくRバイエルンの攻撃陣の中で最もRドルトムントを脅かしていたスレイマニにドクターストップがかかってしまった。痛いなんて言うレベルではない、致命的だ。


(トーマスさんはどうするつもりなんだ?)


 ベンチに視線を向けるとトーマスは滅多に見ないしかめ面をしてピッチを見ている。だがすぐに落ち着きを取り戻したトーマスは近くのスタッフに何かを伝える。


「鷲介! 来てくれ!」


 アップしている鷲介たちの側に来たスタッフは言う。鷲介は即座に頷き彼と共にトーマスの元へ向かう。

 前半残り、スレイマニの作った雰囲気を壊さないため攻勢に出ろ。指示を受けた鷲介はビブスを椅子においてライン前に立つ。

 タンカで運ばれてくるスレイマニは押さえていた足首にアイシングを執拗にしたのか、その顔からは苦痛の色が若干和らいでいる。だが代わりに悔しさに満ち満ちた表情だ。鷲介は一瞬、彼と視線を合わせ、短く一礼するとピッチへ入る。

 スレイマニがファウルを受けたのは右サイドのペナルティエリアライン直前だ。鷲介がポジションにつくと、キッカーのフランツがセットされたボールへ走っていく。

 ゴールを狙うかと思った鷲介だが、フランツは左へパス。それをアントニオがダイレクトシュート。

 ゴール左隅に行ったシュートは相手キーパーの横っ飛びファインセーブでコーナーへ。左コーナーから再びフランスがボールを蹴る。

 特に変化のない、しかし速いボールをルディが頭で合わせる。だがそれはゴール前にいたケヴィンの脚に当たり、こぼれたボールを大きく蹴りだす。

 蹴り上げられたボールを前線に残っていたジークが追うが、彼より速く落下地点にたどり着いたフリオが頭で前へ返し、拾ったロビンが前線──鷲介の前方にある空いたスペースへフィード。


「しっ!」


 飛び出す鷲介。パスの勢いは予想よりも強かったがゴールラインギリギリでボールを止める。

 スラィディングの姿勢から起き上がった鷲介に迫る白人の巨漢。前半、スレイマニと幾度となく一対一で勝負していたポウルセンだ。


(当たり前だが向こうも必死だな)


 何としてもゴールを入れさせまいと決意した形相で迫るポウルセン。圧力も今までに感じたことが無いほどだ。

 それを感じつつも鷲介は周囲を見つつ、ゆっくりと下がる。そして彼が間合いに入ると一気に左へ加速、ポウルセンを振り切ってセンタリング。

 ペナルティエリアへ飛んだボールに飛びついたのは狙い通りルディだ。ゴール左へ放たれるヘディングシュートにゴールキーパーの手も届かない。だがボールはポストに直撃し、そのままゴールラインを割ってしまった。


「ドンマイです、ルディさん!」


 頭を抱える仲間へ鷲介は声をかけ、改めて気を引き締め直す。まだ時間はある。ゴールは奪える。

 だがその後のロスタイム、スレイマニの怪我で中断した為八分と長かったが、Rドルトムントはほぼ全員が自陣に戻り、Rバイエルンの猛攻を何とかしのぎ切りハーフタイムを迎えた。





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