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ダッシュ!!  作者: 浮雲士
第二部
37/191

太陽との出会い






 試合終了のホィッスルが響き渡り、鷲介はゆっくりピッチに倒れ込む。しかし芝の感触が感じられなかったことでこれは夢であることに気づく。

 過去が再現されている夢。そして過去の通り、しばらく荒い呼吸をして鷲介はゆっくりと体を起こす。

 まず視界に映ったのは電光掲示板だ。欧州ユースリーグの決勝、ロート・バイエルンユースとレイ・マドリーユースとの試合結果。3-1、Rバイエルンの完敗だ。

 ピッチを見渡せば白いユニフォームを着たRマドリーの選手たちが喜んでおり、Rバイエルンの仲間たちは鷲介と同じようにピッチに転がったり、項垂れている。

 そして鷲介の視線がある一人に向けられる。Rマドリーの背番号7を背負った男、決勝でRバイエルンゴールを三度揺らしたエース。鷲介に二度目の敗北をもたらしたRマドリーの至宝、”ゾディアック”が一人──


(んあ?)


 小学校時代からの因縁の相手が振り向いたその時だ、いきなり右頬と鼻孔が誰かに接触されているのを感じる。

 夢を見ているのに触れられているのを感じることに鷲介が困惑する中、鼻を押す力はますます強くなり、頬は右側だけではなく左も引っ張られていく。


「一体誰の仕業だ!」


 好きなように顔がいじられる不快感を吹き飛ばすように、鷲介は大声を上げる。その瞬間、眩い光と共に夢の世界が跡形もなく消え去った。






◆◆◆◆◆






「あ、起きた起きた」

「駄目じゃないか鷲介。せっかくの旅行なのに寝てちゃあ。見回る予定の場所はまだまだあるんだぜ」


 現実世界に戻ってきた鷲介の視界に入ったのは一組の男女だ。まず正面、鷲介の左頬を引っ張っている赤髪のポニーテール少女はイザベラ・ローエ。ドイツに来てから数年の付き合いのある女友達だ。

 そして鼻を押さえているのは肩まで伸びた黒い縮れ毛が特徴の少年だ。彼はフェルナンド・ベルツ。鷲介、ミュラーと同じRバイエルンユース黄金世代の一人であり現在はスペインリーグ一部昇格を果たしたジノーナ・ノラFCに所属する選手だ。


「おはえはは、なにひてる(お前らは何してる)……?」


 低い鼻声で鷲介が訊ねると、二人は微塵も悪びれもせず笑顔で言う。


「鷲介が眠っていたので起こそうかと」

「同じく」

「だったら普通に起こせ!!」


 そう叫ぶと同時鷲介は腕を振り上げ、イザベラ、フェルナンドを強引に取り払う。彼らも鷲介が腕を上げる瞬間、ぱっと手を引き後ろに下がる。そして困ったような顔をしていた由綺の後ろにイザベラが、半眼のミュラーの影にフェルナンドは隠れる。


「由綺、あんたの恋人が寝起きで機嫌が悪いわ。何とかしてなだめてちょうだい」

「100%、イザベラとフェルナンド君の奇行が原因なんだけど……」

「ミュラー、同じリーグで活躍する仲間のピンチだ。楯になってくれ!」

「大人しく鷲介に殴られたらいいんじゃないかな。というか僕を巻き込むなよ」


 由綺たちと馬鹿二人イザベラとフェルナンドのやり取りにため息をつきつつ、鷲介は今自分がいる場所を思い出す。

 軽食する多くの若者でにぎわっているここはスペイン、バルセロナにあるバル──軽食喫茶店の一つだ。先程フェルナンドに案内され、ここにやってきたのだ。

 五月末の今日、鷲介がここスペイン、バルセロナにやってきたのはシーズン終了後のオフシーズンを使った休息と、スペインにいるであろうフェルナンドたちに遊びに来ないかと誘われたからだ。

 リーグ終了した後、鷲介はある意味シーズン中と同じぐらい忙しい日々を送っていた。何しろ幾つもの雑誌の取材やメディアへの出演依頼、スポーツ用品の企業との話し合いがあったからだ。

 そのあまりの多さに鷲介は最初すべて断ろうとしたがマルクスやジークに『今のうちに体験しておけば後々助かる』、『適度にメディアに出て情報を発信するとファンが喜ぶ』などと説得され、二人や両親らとともに会う企業を選択し、面談していた。

 当然だがその話し合いは非常に疲れた。どこも鷲介の興味を誘おうと必死なのが丸わかりであり会話にも力が入っていた。特に日本に本拠を構えている企業はよりそれが強く、また『タイガー』や『ミズキ』などのスポーツ用品の企業だけではなく、オオトリ杯のメインスポンサーである食品メーカーである『オオトリ』やサプリを扱っている健康食品メーカーからも自社の食べ物飲み物を無料で提供するだの広告塔になってほしいだのと話がいくつもあった。

 トッププロ選手がこのようにサッカー以外でも忙しくなることがあるのは知っていたが、さすがにプロ一年目が終わった直後でありまだ17歳の少年である鷲介としては──たとえ向こうに悪意がなくとも──鬱陶さと苛立ちを覚えずにはいられなかった。

 そんな日々にうんざりしていたところでスペインにいる仲間たちからの誘い。断る理由などあるはずもなくマルクスに無理行ってスケジュール調整をしてもらい、由綺とイザベラと共にバルセロナで短いオフを過ごしているのだった。


「まぁまぁ鷲介。俺が悪かったからこれでも食べて機嫌を直してくれ。この店特製のタパスだ。美味しいぞ」


 そう言ってミュラーが座っているテーブルからいくつかの小皿を持ってくるフェルナンド。そこには生ハムやオムレツ、ジャガイモを使った料理など様々なものがある。

 それを見て鷲介はここをよく知るフェルナンドに料理の注文を任せ、由綺たちと談笑する中、軽く寝落ちしてしまったことを思い出す。


「……わかったよ」


 久方ぶりの再会でこれ以上怒っているというものよくない。先程のことは記憶の彼方に追いやり皆と共にフェルナンドが持ってきてくれた料理をつまむ。


「どうだ鷲介、美味いだろ?」

「ああ、おいしいよ」


 素材の味を生かしたシンプルな味だが、それゆえに美味い。思った以上に食も進む。手が止まらない。


「そうだろそうだろー? もっと褒めてくれてもいいぞ!」

「あんたが作ったわけじゃないでしょーに」


 胸を張るフェルナンドにイザベラが半目で突っ込む。昨年ドイツでよく見た光景に鷲介は思わず頬が緩む。

 久しく会っていなかった鷲介たちは昔のようにとるに足らない事や自身に関することをダラダラと話す。また合間に飲み物や菓子を注文するなどして異国の料理に舌鼓を打つ。


「さて、いつまでもだべって時間を浪費するわけにもいかないし、そろそろ行くとするか。──今日のバルセロナ観光の最大の目玉、エスタディオ・オルグージョへ!」


 高らかにフェルナンドが言い、皆は頷く。エスタディオ・オルグージョ、それはスペインリーグ”三強”の一角、バルセロナ・リベルタのホームスタジアムだ。

 欧州、いや世界でも五指に入るであろう巨大なスタジアムであり収容人数も公式記録で10万と言うウルトラ規模のサッカースタジアムだ。


「と、その前にみんな、トイレに行こう。出すもの出してすっきりしてオルグージョ見学といこうじゃないか!」


 そう言うフェルナンドに皆から──特に女性二人から冷たい視線が向けられる。言っていることはもっともだがストレートすぎるのがこの男の欠点だ。

 ともあれ彼の言うとおり鷲介もバルに設置されているトイレに入り、出すものをしっかりと出す。そして手を洗っていたその時だ、鷲介の肩を誰かが叩き、声をかけてくる。


「モシモシ」

「ん?」


 カタコトの日本語で呼ばれ思わず鷲介は振り向き、ぎょっとする。

 肩をたたいたのは鷲介と同年代と思われる少年だ。しかしその恰好が実に珍妙だ。もじゃもじゃのアフロとコウモリの形をしたようなサングラス、そして両腕の長袖には小さいスカートのようなひらひらがついたサンバダンサーのような服装。正直近寄りたくはない。

 

「オルグージョ、イク?」

「あ、ああ」

「アンナイ、スルヨ?」

「全力で断らせてもらう!」


 思わず日本語で叫ぶ鷲介。早口だったためそれがわからなかったのか、目の前の少年は首をかしげる。

 そしてすぐににぱっと無邪気な笑顔を浮かべ、両手を広げて近づいてくる。

 

「ダイジョーブ、アヤシクナイ。アヤシクナイ。ボク、アンゼン」

(いや怪しいことこの上ないぞ!!)


 にこやかに近づいてくる少年から鷲介はじりじりと下がる。が簡単なスペイン語なら会話ができることを思いだし、慌てて言う。


「わ、悪いけど友達と一緒に行くんだ。それじゃあなありがとう!」


 一方的にそう告げて、鷲介は走り出す。駆けだした直後少年が「スペイン語、話せ……」などと言っていたが最後まで聞かずとにかく走り、待っている由綺たちと合流する。


「鷲くんどうしたの?」


 恋人からの問いに鷲介はトイレであった奇妙な人間について話す。


「そいつは逃げてきて正解だったな。もしかしたらスリの片割れだったかもしれないし」

「片割れって、確かバルセロナじゃスリは二人一組って場合が多いんだっけ」

「そうだね。特に観光客を狙っての件数は多いそうだよ」


 友人たちの言葉を聞き、鷲介は逃げて正解だったと安堵する。

 そして彼らと共に地下鉄を使ってオルグージョのある駅へ到着。バルセロナの広告がずらっと並ぶ街並みを歩くこと十分、目的地へたどり着く。


「はぁー……これがオルグージョか」


 入場ゲートをくぐり見えたバルセロナRのホームスタジアムの巨大さに思わず鷲介は感嘆の声を漏らす。今までいくつものスタジアムを目にしてきたが、間違いなくこのスタジアムが一番大きい。Rバイエルンのミュンヘン・シュタディオンもこれには及んでいない。 


「どんなスタジアムか知ってはいたけれど、実物は迫力が違うね」

「ええ。バルサのサポーターが世界一のスタジアムって豪語するだけのことはあるわね」


 鷲介と同様、初めてオルグージョを目のあたりにして驚いている由綺たち。一方このピッチでバルセロナRと戦ったことのあるミュラー、幾度も観戦にきたことがあるフェルナンドは平然としている。


「さてと、まずはバルセロナR博物館にでもいくとするか」


 フェルナンドの言葉に鷲介は頷き、正面に見える入り口に目を向け──奇声を上げる。


「うげえっ!?」

「ど、どうしたんだい鷲介? ってなんなんだあの奇人は!?」


 表情を引きつらせるミュラー。鷲介と彼の視線の先──バルセロナR博物館の入り口には先程鷲介が遭遇した奇人の姿があったからだ。

 そして彼はこちらに気が付いたのか、先程のように陽気な笑顔を浮かべ近づいてくる。


「こ、こっちにくる! フェルナンド何とかしろ!」

「うええ!? な、なんで俺が!」

「フェルナンド君、お願い!」

「あんた半分だけだけどスペイン人でしょ! さっさとみんなの楯になりなさい!

 由綺はいざとなったら鷲介と一緒に逃げるのよ。私もセバスティアンもフェルナンドを生贄にして逃げるから!」

「おとりはフェルナンドだけで充分だと思うよ! 合図したら一気に分散しよう!」

「公然と人をおとりだの生贄だの言うなよ! お前たちが餌になれー!」

「か弱い美少女が暴漢に襲われてもいいっていうの!? 最低ね!」

「フェル、ここは君に任せたよ!」

「うおお! 体を押すな前に出すな! って、来たー!」


 鷲介とミュラーの混乱が皆に伝播し、逃げることもせず皆はその場で狼狽える。

 そして奇人が声をかわせる至近の距離まで近づくと、全員に押し出されたフェルナンドが顔を引きつらせながらも、言う。


「お、おおおお俺の友達に何か用かい!? 変なことをしたら大声出すよ!?」


 顔を引きつらせスペイン語とドイツ語がごっちゃにして言うフェルナンド。

 しかし奇人の少年はそれに反応せずフェルナンド、そしてミュラーを見て呟く。


「……友達っていうのはジノーナ・ノナFCのフェルナンド・ベルツにクルニャラFCのセバスティアン・ミュラーのことだったんだ」

「ポルトガル語?」


 流暢なそれを聞き、思わず鷲介は一歩前に出る。ハンブルクFで出会ったセザルたちやRバイエルンのポルトガル代表、カミロらとの付き合いからポルトガル語の言葉は概ねわかるのだ。


「人気も少ないし、いいか」


 周囲を見渡してそう言ったアフロの少年はコウモリの形のサングラスと巨大なアフロヘア―を掴んでは外す。

 あっさり外れたそれらを見て変装していたのかと鷲介が思った次の瞬間、あらわになった少年の顔を見て鷲介はもちろんフェルナンドとミュラーも驚愕の声を上げる。


「お、お前! バルセロナRの!」

「”ゾディアック”ランキング不動の一位! 『黄金豹ジャガー』、『太陽デル・ソール』……!」

「ロウナド・ジ・ソウザ・アシス・リベイロ!」

「はい。ロナウドです。こんにちはオラ


 にこやかな笑みを浮かべて、ロナウドは挨拶をした。






◆◆◆◆◆







「さっきは驚かせてごめんね。変装していたのをすっかり忘れていたよ」

「あ、ああ……」


 テーブルに座るロナウドから頭を下げられ、鷲介は微妙な笑顔を浮かべる。彼を含んだ鷲介たち六人が今いるのはオルグージョ内にある軽食店兼お土産屋だ。


「っていうか、あんたいつもあんな奇妙な変装しているの?」

「その日その日で変えてはいるよ。今日は一人になりたかったからあの格好をしていたんだ」


 そう言いながら自分のコーヒーに砂糖を入れるロナウド。一方鷲介たちはマンサーニージャだ。

 マンサニージャとはカモミールティーのことで、スペインにおけるお茶の代表格だ。リラックスする効能があり、バルセロナR博物館を始めオルグージョ内部にあるいくつもの施設を見て興奮、感動した鷲介たちの気分を落ち着かせるには最適なものだ。


「まー効果は抜群だろうな。あんな珍妙な姿の奴に話しかけてくる奴はそうそういないだろうしなー」

「うん。奇異の視線で見られてばかりで誰も話しかけてこなかったよ。……自分でやっといて言うのもなんだけどおかげでちょっと寂しくてね。

 そんなとき鷲介、君を発見したものだからつい話しかけてしまったんだ」

「そうか……」


 いつの間にか下の名前で呼んできているロナウド。実に楽しげで親しげな様子に鷲介はやや困惑している。。

 同じ”ゾディアック”とはいえサッカー選手としての実力は大きな開きがある。目の前の少年は育成年代ユース最強のFWであり、現時点でも世界トップクラスの実力を持っている。

 また彼とはこれが初対面だ。昔からの知り合いのようにきさくに話しかけられる間柄ではないと思うのだが──


「君とは一度、話をしてみたかったんだ。あのサルバトーレやヘルベルトさん、そしてジュニーニョから色々と話は聞いていたからね」


 マリオバカと共にでてきた名前に鷲介は眉を動かす。

 クリストフ・ヘルベルト。前季までRバイエルンにいた選手でドイツ代表不動の右SB。またDF限定でどこでもこなせるユーティリィの高い選手だ。

 そして鷲介がまだトップチームに正式に上がる前に参加していたトップチームの練習で、ブルーノと共によくマッチアップしていた人でもある。


「クリストフさんは元気にしているのか」

「ピッチ上ではもうむちゃくちゃ元気だよ。ちょっとでもミスったらがーって怒鳴られっぱなしさ」

「相変わらずだなぁ……」

「ま、クリストフさんらしいといえばらしいけどね」


 肩をすくめるロナウドと苦笑するミュラー。鷲介とミュラーもユース時代、トップの練習に参加していた時、散々罵倒されたものだ。この様子ではロナウドもそうされたことがあるようだ。

 とはいえ楽しげに話すロナウドを見てクリストフの人柄はよく知られているようだ。ピッチ上では喜怒哀楽が激しい彼だが、それ以外ではまるで別人のように温和で仲間思いな人でもある。ともあれ移籍先で元気にやっているようなら何よりだ。


「ジュニーニョも君のことをいろいろ言っていたよ。それを聞いてU-17W杯に参加できなかったのを非常に悔しがったものさ」

「……ああ! U-17ブラジル代表の10番か!」

「その通り! そして俺の親友さ。来シーズンからサンパウロ・サントスFCで10番をつけることにもなっているんだ! 俺の自慢だよ!」


 サンパウロ・サントスFCとはブラジルのサントス市をホームタウンとしているブラジルリーグ屈指の強豪だ。過去、南米王者として幾度も日本を訪れたことがあり、また日本人選手が所属していた、所属していた選手が日本へ移籍してきたことが幾度もあることから、日本のサッカーファンの中では知名度があるクラブだ。ちなみにソルヴィアートのブラジル代表レアンドロもSサントスFCから移籍してきた一人だ。


「サルバトーレからも話は聞いているよ。彼は力強く『僕の運命の相手だ!』と言っていたよ」

「そ、そうか。……あの野郎、また誤解されるようなことを周りに吹聴しやがって……!」


 脳天気な笑みを浮かべるマリオバカの姿が脳内でありありと浮かびあがり、鷲介はそれに向けて呪詛のこもった文句を言う。


「でもあのサルバトーレがそう言うのも分かる気がするよ。君のプレイを見た。忌憚なく凄いと思ったよ」

「”ゾディアック”最強のお前さんにそう言われるとは、少しは嬉しいかな」

「謙遜する必要はないよ。俺も君に負けないぐらいのスピードやドリブルを持っているけど、君ほどの出力を出せるかどうかは疑問だからね。

 数字にしたら君が95から100で俺が90~99ぐらいじゃないかな」

「ほとんど差がなくね?」

「そうだね。でもそのわずかな差が強敵との勝負やCLカンピオーネリーグなどの大舞台で違いとなって現れることもある。俺はそれを何度も前の当たりにしているからね」


 落ち着いたロナウドの言葉に突っ込んだフェルナンドは沈黙する。そして同じく言葉を返さないミュラーと同じく、じっとりとした視線を彼に向ける。

 彼らの視線から感じるそれは嫉妬だ。同年代でありながら最高峰の舞台にて活躍する、自分達よりはるか高みにいる彼への。


「そ、そういえば最初話しかけてきたとき、日本語だったよな。日本語、わかるのか」

「ああ、うん。それはね、僕の両親に日本人の友達がいてね──」


 漂い始めた不穏な気配をかき消そうと鷲介が話を逸らす。ロナウドはそれに気が付いたのかいないのか、あっさりと話に乗ってくる。

 互いのことを話し続けてしばらくすると、何杯目かのコーヒーを飲み干したロナウドが訊ねてくる。


「ところで鷲介、君に一つ聞きたいことがあったんだ」

「なんだ改まって」

バルセロナからの移籍の話、断ったそうだね。どうしてかな」


 Rバイエルンに戻ってきた鷲介にはいくつもの移籍話があった。そしてその中にバルセロナRからのオファーもあったのだ。


「理由はいくつかあるが、大きいのが二つだな。まだ俺はRバイエルンで結果を残していない。どこかへ移籍するにしてもまず育ててもらったクラブで活躍したいんだ」

「もう一つは?」

「今のところどこかに移籍するって言うこと自体、考えられないからだ。俺はずっとRバイエルンに憧れていて、あのユニフォームを着ることだけを考えていたしな」

「そっかー。正直俺としては君が来てくれれば面白くなると思ったんだけどなぁ」

「いやいや、それはないだろ。バルセロナRのスリートップはお前以外の二人も大物じゃないか」


 世界最強とも言われているバルセロナRのスリートップ。ロナウドを含めた三人のうち二人も世界に名を馳せるスーパーストライカーだ。

 CFのアルゼンチン代表のエースストライカー、アルフレッド・オマール・ケンペス。18歳でプロデビューを果たした27歳の彼は母国アルゼンチンで二年連続得点王を得た後バルセロナRへ移籍、それから五度得点王となっている世界屈指のゴールハンターだ。

 そしてもう一人がコロンビア代表のアルベルト・ギジェルモ・ロドリゲス。30歳。自国リーグからオランダ、イングランド、ドイツ、スペインと各国を転々としているストライカーで得点王獲得は一度と少ないがアシスト王は7度と世界最高の獲得数を誇っている。

 またロナウドがポジションを奪った──近々移籍が噂されている──スペイン代表、ラファエル・マルティン・トーレス。31歳。バルセロナRのカンテラからトップに定着したバルセロナRの象徴ともいえる選手で得点王獲得は三度、二桁得点は8年連続という記録を持つ二人と甲乙つけがたい怪物だ。


「そうだけど君ならあと一年ぐらいすれば彼らと並ぶんじゃないかな?」

「それは流石に過大評価が過ぎると思うけどな」


 順調に成長すればいつか並び、超える自身はある。だがそうなっているのは現在の彼らと同い年になったぐらいだろうと言うのが鷲介の本音だ。


「……ああ、でも君と一緒にプレイするには俺がRバイエルンに移籍するっていう手もあるのか」

「ははは。そうなったらそれはそれで面白いけどなー」


 鷲介は笑いながら言う。あり得ない話ではないがまず実現しないだろう。

 ラファエルと同じくカンテラからトップに上がったロナウドはここバルセロナでも寵愛を受けている。また彼のサッカーはバルセロナRにフィットしているし、彼自身の以前のインタビューで移籍のことは考えたことがないと言ってもいた。

 また多くのサポーターからラファエルと同じくバルセロナR一筋を貫いてほしいと言う声が多数上がっている。よほどのことがない限り移籍するなどありえないだろう。


「ま、何はともあれ今年は君とピッチで会えそうだ。それが俺にとっては嬉しいな」

「まだ俺がRバイエルンのレギュラーになるのも、CLでバルセロナRと対戦するのも決まっていないぜ?」

「戦うかどうかはともかく、Rバイエルンでレギュラーを取るのは今の君ならそこまで難しくないんじゃないかな。

 昨季のレギュラーだったルディさんは移籍が濃厚と言われているし、スレイマニさんは小さい離脱が続いていて状態が思わしくない。スタメンだった二人が大きく揺らいでいるんだからチャンス到来じゃないか」

「その状態を維持するとは限らないだろ。サブの人たちも決して侮る気とはできないし、それに大物が一人やってくる。ま、そう簡単にレギュラーは取れないだろうな」


 客観的な鷲介の意見にロナウドはつまらなそうな顔となる。そんな彼に対して鷲介は不敵に微笑み、言う。


「かといって取るのを諦めたわけじゃないぞ。というか取る気はいつでも満々だ。

 そしてロナウド、もし対戦したら覚悟しておけよ。俺はそう簡単に止まらないぞ」


 バルセロナRの守備陣もビッククラブに相応しい陣容だ。だが鷲介とてもこの一年、ポウルセンを初めとした幾人もの世界クラスと渡り合ってきたのだ。そう易々と押さえられるつもりもその気もない。


「……そうこなくっちゃね! もちろん俺だってやられたりしないよ!」


 鷲介の宣戦布告のような言葉から一転、喜色円満となるロナウド。


「もしもーし。二人の世界を作らないでほしいんだが」


 互いの両眼──鷲介の黒とロナウドの赤──が見つめあい、静かな火花を散らしていたところへ、やや不機嫌そうなフェルナンドの声が聞こえてくる。

 視線を向ければむっとしたフェルナンドと、半眼を向けているミュラーの姿がある。


「俺だってお前たち二人に今のまま負けているつもりはねーぞ。いつかは代表に、そしてレイ・マドリーに移籍するっていう野望があるんだから。

 ロナウド、もしリーグで対戦したら覚悟しておけよ! 虎視眈々と俺はゴールを狙っているからな」

「僕も同意見だよ。レンタルを終えてRバイエルンに戻りレギュラーに定着する。そして鷲介と共にCLを制覇するという夢があるからね。君たちに並び、追い越してやるさ」


 フェルナンドはともかく、ミュラーの滅多に聞かない勇ましい言葉に鷲介は微笑み、そしてロナウドはさらに喜ぶ。


「そっか。それは楽しみだ! 俺も頑張ってお前たちをコテンパンにしてやるよ!」


 そうロナウドが元気よく叫んだその時だ、彼の左腕に装着している時計からアラーム音が鳴る。

 それを聞いたロナウドはあちゃーと言ったような顔になり、言う。


「うわ、いつの間にかこんな時間だ。ごめん鷲介、皆、博物館の案内をしたかったんだけど、俺は行くよ! 番組の収録があるんだ!」

「ああ。わかった。今日は会えてよかったよ」

「俺もだよ。それじゃ! ……あ、そうだ!」


 荒々しく席を立ちコーヒー代を払って喫茶店から出て行こうとしたその時だ、ロナウドはこちらを振り返り、言う。


「今度日本で行われるなんとか杯とかいう国際試合だけど、アルゼンチンと戦うんだったよな」

「ああ、そうだがそれがどうかしたのか」

「”アイツ”もメンバーに選ばれたそうだから、注意しておくといいよ」

「”アイツ”?」

「ミカエルの奴さ。それじゃあね!」


 そう言って今度こそロナウドは走っていく。実に慌ただしい別れだ。


「鷲くん、ミカエルって……」

「今のサッカー界でミカエルと言えば一人しかいないな。現ゾディアックランキング4位、『タンゴマン』、『若獅子』とも言われるアルゼンチンサッカー界の至宝」


 訊ねてきた由綺に鷲介は言う。同世代でロナウドやカール、ラウルと肩を並べるであろう男の名を。


「アシオン・マドリー所属、ゾディアックNo1ドリブラー、ミカエル・アルマンド・レオン。彼のことだろうな」






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