帰還
ハンブルク・フェアアインのクラブハウスを出た鷲介は、正面からその建物に振り向くと半年か世話になった感謝を込めて深々と頭を下げる。
五月末の今日、鷲介がミュンヘン──ロート・バイエルンに帰る日だ。初めて訪れた一月の雪がちらつき曇天だったやってきた日と違い、今日は雲一つない青天だ。
「……あれ?」
駐車場に向かった鷲介は思わず首をひねる。鷲介を空港まで送ってくれる直康と、見送りに来たガブリエルとヴァレンティーンはわかる。
しかしどういうわけか先程まではいなかったセザルにペア、そして自分と同じく所属クラブに戻るウーゴの姿もある。
「おう来たか。監督への挨拶は済ませてきたようだな」
「あ、はい。……じゃなくてどうしたんですかセザルさん。それにペアさんとウーゴさんも」
「何、我らがハンブルクFの救世主に改めて別れの挨拶をしようと思ってな」
そう言って前に出たのはペアだ。笑みを浮かべ、手を差し出す。
「お前が来てくれたおかげで残留できた。ありがとうな。
だが来シーズンは当然遠慮も容赦もなしだ。もしマッチアップしたら全力で潰しに行くからな」
「はい。俺も全力で挑ませてもらいます」
硬く厚いペアの右手を鷲介は力を込めて握る。それを感じたのかペアは握手する手に少し力を込め、笑みを深くする。
「僕の所属するヴァレンティーアFCも来季のCL出場権を獲得した。もしかしたらグループリーグか決勝トーナメントで当たるかもしれない。
もし出場したら、一切手は抜かないから覚悟しておいてくれ。僕のチームメイトたちは皆、手強いよ」
「ウーゴさんもでしょう。──ええ、もちろん俺だって戦うなら一切手を抜かず叩きのめしますから」
ウーゴは肩に担いでいたバックを降ろすと鷲介の体を抱きしめる。そして耳元で小さく囁く。
(君の言葉は結構効いたよ。でもおかげでようやく迷いがはれそうだ。ありがとう)
体を離し微笑むウーゴ。いつも見ていた温和だがどこか気弱そうなそれとは違い、自信に満ちた力強さを感じさせる笑みだ。
それを見て鷲介は何となく、彼とはサッカー人生の中で幾度も激しくやり合う予感を感じた。
「君とはプロで何度も戦うと思っていたけど、まさか一時とはいえ味方同士になるとは思ってなかったよ。
短い期間だけど、チーム残留に貢献してくれて、本当にありがとう」
ウーゴの次はガブリエルだ。差し出された握手を鷲介も握り返す。
「でも来シーズンからはまた敵同士だ。君のプレイスタイルや癖はしっかりと観察させてもらったから、簡単にはいかないよ。覚悟しておくんだね」
「それはこちらも同じだぜ。俺にDFがズタズタにされる覚悟はしておけよ」
「ズタズタは勘弁してほしいなぁ」
そう言って小さく笑うガブリエル。しかしこちらを見つめる瞳には凛とした輝きがある。
シーズン後半最初の試合で初スタメンの時に見せていた気弱さはどうやら残留争いと言う過酷な戦いの中でどこかへ行ってしまったようだ。それを頼もしく、同時に厄介に感じる。
「君がいなくなって実の所ちょっと安心しているんだよね。何せ同じポジションなわけだし。
来シーズンの目標は今のところ二つ。一つはレギュラーの獲得、もう一つはRバイエルンとの試合で勝利を決めるゴールを奪う事さ」
「そうですか。じゃあ俺も世話になった恩返しとしてハンブルクFから得点を奪うことを目標としておきますよ。ハットトリックなんてできたら最高ですね」
互いに挑戦的なことを言い、同時に小さく噴き出す。ガブリエルと同じく同年代のヴァレンティーンとはこれから幾度もやり合っていくだろう。今はともかく、もしかしたら数年後には予想もしない強敵になっているかもしれない。
「セザルさん、この前も言いましたけど今まで本当にありがとうございました」
「あー、ちょっと待て。……その、なんだ、気を使ってもらって非常に悪いんだが」
何故か気まずそうな顔になるセザル。鷲介が眉根をひそめ周りを見るが、他の皆も怪訝な様子だ。
「俺、引退はやめることにしたんだわ。あと1シーズン、ハンブルクFでプレイするってクラブと契約を更新したんだ」
「……。はぁ!??」
思わず大声を出す鷲介。しかしそれは彼だけではなく他の面々も目を丸くし、驚愕の声を上げる。
「ちょ、ちょっとどういう事ですかセザルさん! 聞いていませんよ!」
「引退撤回とか何だそれ! 引退するあんたのためにって思って必死こいていた俺たちはなんなんだ!?」
ガブリエルが固まりヴァレンティーンが苦笑、直康が天を仰ぐ一方、ペアとウーゴの二人がセザルに詰め寄る。
しかし引退するはずだった大ベテランは微苦笑を浮かべ、軽い口調で言う。
「いやーすまんな。頑張る若いお前たちを見ていたらなんというかもうちょっと、あと1シーズンだけやってみたくなってな。おかげで嫁には怒られ殴ら泣かれなるなど、えらい目にあったぜ」
「当たり前ですよ!」
大声で突っ込むウーゴ。普段おとなしい人が怒ると怖いを実践する彼。
それからしばらくウーゴの説教が続くがセザルは彼をうまく言い含め、説教を終わらせてしまう。
「とまぁそういうわけだ。来シーズンまたピッチで会うと思うが、その時はよろしくな鷲介」
「なんかやる気が一気に削がれたんですけど……」
「それとだ。──フラン」
父親の言葉に、今までその後ろに隠れていた少女が顔を出す。
そして鷲介の目の前まで歩いてくると、恥ずかしそうな顔をしながら色紙を差し出してくる。
「サイン、ください」
「……。うん?」
「いや何、こいつハンブルクFの試合を見ていたらすっかりお前のファンになっちまってな。
……くくくくく。まったく俺の可愛い可愛い娘をたぶらかすとは、やってくれるじゃねぇか。なぁ~?」
「八つ当たりしないでくださいよ! さっきの発言といい理不尽すぎるぞあんた!」
額に青筋を立てて胸ぐらをつかんでくるセザルにとうとう鷲介は素の言葉で応じてしまう。
「──ま、何はともあれ来シーズン、お前とピッチで会うのを楽しみにしているぜ。またな」
そう言って拳を突き出してくるセザル。鷲介は小さくため息をつき、しかし笑みを浮かべて彼の拳に自分を拳を軽く当てる。
「はい、また会いましょう」
鷲介の言葉にセザルは子供のような無邪気な笑みを浮かべるのだった。
◆◆◆◆◆
監督室の扉を三回ノックするセザル。中から返答があり入ると休憩中なのか、片付いたデスクの上にマグカップが置かれている。
「彼は行ったようだね」
「ええ。次に会うときは敵同士ですが、しかしまぁどうやって抑えるかウーゼさんの悩みの種になりそうですね」
「まったくだ」
肩を竦めるウーゼ。しかし彼は唇の端を曲げて、言う。
「17歳という若さにしては法外すぎるレンタル料を支払ったが彼はそれに見合う、いやそれ以上の価値と輝きを見せてくれた。
”太陽の寵児”の名前の通り、我がチームを覆った暗雲を見事に払ってくれた」
ウーゼの言葉にセザルは頷く。もし彼がいなければハンブルクFは史上初めての二部降格という惨事に見舞われていただろう。
「もしかしたら将来的にあのヨハンすら凌駕するプレイヤーになるかもしれないな」
「現在の世界ナンバーワンスピードストライカーすら超えるか。凄い評価ですね」
少しセザルは驚く。あのジークフリートと同等とさえ評される現オランダ代表のエースを超えるとまで言わせるとは。
「セザル、君はどう思う?」
「超えるかどうかはわかりませんけど並んでも不思議ではないでしょう。あいつにはそれだけの資質は間違いなくあるでしょうから。
ただ残念なことが一つ。そこまで成長するであろうあいつとピッチで会えないという事です。……いちサッカー選手として非常に無念です」
眦を下げ、セザルは右太ももを優しく触る。
チームドクターや妻に無理を言って1シーズン引退を伸ばしたが、実の所この右足は限界ギリギリだ。次故障すれば即座に引退と言う約束をして二人を説き伏せたのだ。
「生まれた年代が違うのだからそれはしょうがない。かつてハンブルクFから飛び立つ君を見送った私もそう思ったものだ。
しかし私たちの想いを継がせることはできる。彼と共に並ぶであろう若者を育てることはできる。私がウーゴやペアを育てたように」
「……もしかして引退後、監督か指導者になれって遠まわしに言ってるんですかウーゼさん」
「そこまでは言ってはいないよ。しかしそれもまた道の一つではある」
そう言ってコーヒーの入ったマグカップを口に運ぶウーゼ。セザルは大きく息を吐き、言う。
「……引退後はしばらくゆっくりしようと思っていたんですけど、そんなことを言われたらできなくなるじゃないですか」
苦笑を浮かべて言うセザルに、ウーゼも笑みを浮かべるのだった。
◆◆◆◆◆
空港の裏口から顔を出し、周囲を見渡す鷲介。ロビーにいたマスコミ関係者の姿がないことにほっと息をつくとサングラスを外し、キャリアケースを転がして駐車場へ向かう。
数分歩き到着した駐車場。その隅に止まっている車の周りには数ヶ月ぶりに見る家族の姿がある。
それを見て鷲介の心中に大きい安堵の感情が芽生え、体から力が抜ける。どうやら自分でも気づかないうちに心身の緊張が完全に抜け切っていなかったようだ。
「にぃにぃーっ!」
鷲介に気づいた両親から言われたのか、車の周りをうろうろしていた可愛い可愛い異母妹──リーザが満面の笑みを浮かべてこちらに走ってくる。
数ヶ月ぶりに見るリーザは大きく成長しているように見える。早く抱きしめたいと強く思う鷲介は自然と歩を早める。
だが十メートルという距離でリーザは派手にすっ転んでしまう。それを見て鷲介は青くなり、また号泣するリーザの姿が脳裏に浮かびケースから手を離し、抱き起こそうと駆け寄る。
が、鷲介の予想は外れた。転んだ痛みで涙目になるリーザだが泣きはしない。ゆっくりと立ち上がり服の袖で顔を拭き、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
そんな健気な異母妹の姿に鷲介は目頭が熱くなり走るのをやめて、彼女と同じくゆっくりと歩いていく。
「おかえり、にぃにぃ!」
「……ただいま、リーザ!」
花が咲くような笑顔を浮かべるリーザが堪らなく可愛く思い、鷲介はその小さい体を抱きしめる。半年ぶりの柔らかく小さい異母妹の体。しかし半年前に別れる時よりも確実に大きくなっている。
「よく転んでも泣かなかったな。偉いぞ」
「もう4さいだからね!」
「そうだな。そうだったな!」
リーザの母親譲りの金髪を鷲介は優しく、いたわるように撫でる。そして彼女と手を繋ぎ車の所にいる両親の元へ歩いていく。
「ただいま」
「……おかえりなさい」
半泣きの継母と抱擁をかわす鷲介。普段はしっかりしているのだが娘と同じく泣き虫なところがある継母なのだ。
「おかえり。……ほーう。男の顔になってきたか?」
「どうかな。ま、前よりはましになったとは思うよ」
唇を笑ませ言う父に鷲介は微苦笑する。
「にぃにぃはおとこのこだよ?」
空也の言葉にリーザがきょとんとして言い、息子と父は小さく噴き出す。
「ところで由綺は? 来てないのか」
「由綺ちゃんなら家で帰還パーティの準備をしているぞ。
さて、それじゃあ寄り道せずさっさと帰るとするか」
「いや、ちょっと寄りたいところがあるんだ」
そう言って父にそこへ向かうよう頼む。車内で半年の間に会った互いのことを話しているうちにあっという間にそこへ到着する。
「じゃあちょっと行ってくる」
自分も一緒に行くーとごねるリーザの頭を優しく撫で、鷲介は車を降りる。到着したのはバイエルン・アカデミー。ロート・バイエルンの練習場だ。
駐車場から選手、スタッフ専用の出入り口へ向かう。看守に選手が持っている専用の入場カードを見せると三十代ぐらいの黒人の看守は大きく目を見開き「黒鷲!」と鷲介の愛称を口に出す。
その予想以上の大きな声に鷲介は慌てて静かにのジャスチャーをする。看守は口を手で押さえ鷲介に頭を軽く下げて出入り口の扉を開ける。
中に入り、サングラスと帽子をかぶり直して練習場を歩く。中にあるクラブハウスやピッチ、喫茶店やグッズがおいてある複合施設など見て、たった半年いなかっただけなのに懐かしいとじんわりと思う。
(──帰ってきたんだなぁ)
一通り練習場内を見渡すと鷲介はクラブハウスに足を運び、受付に監督がいるか訊ねる。
がやはりというべきか、監督は所用でいないと言われた。ま、正式に帰還の挨拶に行くのは明日なので会えないのはしょうがないのだが。
それでもちょっと残念に思いクラブハウスを立ち去り、練習場から出て行こうとした時だ。通りがかった複合施設の入り口から見知った二人が姿を見せ、思わず鷲介はその二人を凝視してしまう。
「……鷲くん?」
「おお、もう帰ってきたか」
キョトンとする由綺。そして頷くジークフリート。鷲介が最も会いたかった二人だ。
久しぶりだのどうしてここにだの様々な思いが鷲介の心中で渦巻く中、由綺は両手に持っていたRバイエルンのマークが入った買い物袋をジークに渡すとこちらへ歩み寄り、抱き着いてくる。
「おかえりなさい」
「……ただいま」
目じりに涙を浮かべながら花が咲くような笑顔を見せる由綺。半年ぶりに感じる恋人の体温と息遣い、抱きしめる体の感触を感じ、鷲介は胸中から溢れる愛おしさに突き動かされ彼女にキスをする。
「──」
鷲介のいきなりの口づけに一瞬、戸惑った反応があるが、彼女はすぐに体を弛緩させその豊満な体を押し付けるように強く抱きしめる。むさぼるように幾度も唇をすりあわせ口内で舌をからめあう。
そうすること数十秒、同時にゆっくりと放れ、二人は微笑む。
「いきなりでびっくりしたよ、もう」
「あーすまん。なんというか衝動的にな」
「何だか鷲くん、かっこよくなったね」
「そう言うお前は綺麗になったな。半年前とあまり変わっていないように思えるんだが、不思議だ」
「わたしもそう思うよ」
互いに小さく笑みを浮かべる二人。と、そこへごほんごほんとわざとらしい咳ばらいが聞こえてくる。
「いちゃつくのは結構だが、場所を考えような。ファンに見られたら大変だぞ」
「あ、すいません」
半眼のジークに鷲介は謝罪し、少しの名残惜しさを感じながらゆっくりと由綺から体を離す。
「おかえり。まぁ元気そうで何よりだな」
「ジークさんもお変わりないようで安心しました」
軽く拳をぶつけ合う鷲介とジーク。携帯で由綺たちと出会ったことを伝え、少し話すから待っていてくれと言い、複合施設の二階にある喫茶店に入る。
「まずはリーグ優勝、そしてリーグ四季連続得点王、CL三期連続得点王おめでとうございます」
「ありがとう。だがCLの方は残念な結果だったがな」
そう、Rバイエルンは準々決勝でイングランドリーグの王者、マンチェスターFCに敗れ今季のCLはベスト8という結果に終わっていた。
ベスト8でも大した結果だと思うが、CLを幾度も制し、それが義務付けられているクラブであるRバイエルンから見れば、残念と言わざるを得ないのだろう。
「優勝はそのマンチェスターFCですか。……なんだが近年、Rバイエルンを倒したクラブがCLを制することが多いですね」
「そうだな。ここ十年のうち七回はRバイエルンを倒したクラブが優勝しているしな。『Rバイエルンを打倒したクラブが優勝する』なんてことも一部ではささやかれているぐらいだ」
確かに彼の言うとおりだ。一昨年はユヴェントゥース、去年はバルセロナ・リベルタ。そして今年はマンチェスターFC。優勝したそれらのチームにRバイエルンは決勝トーナメントで敗北している。
「Rバイエルンとしてはたまったものじゃないですね」
「まったくだ。優勝するジンクス扱いなんて冗談じゃない」
苦笑する由綺の言葉にジークは嘆息する。確かに○○に勝ったら優勝なんて扱い。まるで漫画や物語の噛ませ犬かやられ役だ。
「ま、来季こそCLを制覇するため結構な補強が行われらしいが」
「いろんな大物が来るって記事は見ましたね。……まーたポジション争いに苦労しそうだ」
鷲介はコーヒーを口に付けながら記事の内容を反芻する。その中には自分と同タイプのワールドクラスのプレイヤーの名前もあった。
「まぁ名前が挙がった連中が来るかどうか、全部はまだはっきりはしていないがな。
ま、なんにせよ今季のようにならないために半年間外で頑張っていたんだろう? 今のお前なら苦労はするだろうが、俺クラスでもない限りそう簡単に負けはしない。肝心なのはお前の頑張り次第だ」
「はい。もちろん全力でスタメンを手に入れて見せます」
鷲介は力強く笑み、強く誓う。CLで待つ強敵たちに、何より自分を鍛えてくれたハンブルクFたちの面々に。
「そういえば一人は先日確定したんだったな。オランダの──」
ジークが続けようとしたその時だ。テーブルに置いている彼の携帯から着信のんが鳴り響き、同時に鷲介の携帯からも軽快な音が響く。
二人は無言で互いの顔を見つめ、同時に頷いては携帯を手に取リ、耳に当てる。
「はい、もしもし」
『にぃにぃ、にぃにぃまだー!? パーティ、パーティがまってるよー!』
聞こえてきた異母妹の大音量に思わず耳元から携帯から遠ざける。そして目の前でもジークが合わせ鏡のように鷲介と同じ格好をしているではないか。そして遠ざけた彼の携帯からはジークの奥さんの怒鳴り声の説教が聞こえてきている。
買い物一つに時間をかけすぎだの、店に売っている主賓の好物は買えたのだのが携帯より聞こえる。
(これ以上待たせたらお互い不味いことになります)
(ああ、早急に戻るとしよう)
アイコンタクトをかわし、再び携帯を耳元に近づける。そして車で待っているリーザをなだめ、携帯を切る。
鷲介よりやや遅れて携帯を切ったジークは大きくため息をつき、言う。
「話はパーティが終わってから、ゆっくりするとしようか。……これ以上待たせてあいつを怒らせるのは不味い」
「そうですね。次シーズンまで時間はたっぷりありますしね。これ以上待たせていたらリーザが泣きだしそうですし」
同時に頷く二人。それを横で見ていた由綺がなぜか吹き出していた。
◆◆◆◆◆
「なんだ、まだ残っていたのか」
声を掛けられ青井広助は振り向く。後ろに立っていたのは編集長だ。
煙草をくわえた広助がいるのは自分が勤める会社の編集室だ。時刻はすでに夜になっており、ほとんどの人が帰宅しているためか人気はほぼない。
「ええ。ちょっと来週号の記事のプロットでも作っておこうと思いましてね。こんな感じです」
椅子を下げてパソコン画面を編集長に見せる。パソコン画面に載っているのは海外のサッカーリーグで活躍している選手たちの今シーズンの活躍、状況を総括した記事だ。
「ふむ……。いいんじゃないか」
編集長に言われ、少し安堵する。とはいえテンションに任せて作り上げた内容なので、後で再確認と細かい手直しは必要だろうが。
「しかしまぁ本当、日本サッカー界にとんでもない新星が出現したものだ」
「ええ。17歳であのRバイエルンデビューはもちろん、シーズンで16ゴール9アシスト。ドイツリーグ新人王を獲得。同じゾディアックのカール・アドラーの一年目と遜色ない成績です」
記事の中でもっとも大きく取り扱っているのは現日本サッカーのエース、小野選手を含めたビック3。そしてそれに次ぐのが柳鷲介選手だ。
本来ならビック3に継ぐ現役の日本代表選手をピックアップするのだが彼の新人とは思えない活躍、そして広助のいちファンとしてこういう順番となった。
「日本はもちろん、欧州の企業も彼と契約しようと動いているそうですからね。順調にいけば間違いなく次代の日本サッカー界のエース兼広告塔になるでしょう」
「しかし当の本人はメディア出演がほとんどないようだな」
「噂では代理人がほとんど断っているそうです。まぁプロ一年目でメディアに翻弄されたくないというクラブ、選手の意向もあるんでしょうけど」
噂ではすでに日本サッカー界のメインスポンサーが接触したと言うのもある。もっとも代理人にすげなく断られたらしいが。
「うちの雑誌もたくさん売れそうで何よりだ。さて来シーズンはどうなると思う?」
「移籍してくる、またかもしれない選手たちも大小サッカー界に名を知らしめた選手ばかりです。簡単ではないでしょうがRバイエルンやレヴィアー・ゲルセンキルヒェンの時のパフォーマンスが維持できるのであれば、スタメンとなるのも不可能ではないでしょう」
これは決してひいき目ではない。彼の実力は欧州の猛者──ワールドクラスに匹敵する。いや、もしかしたら同等と言ってもいいかもしれない。
怪我か、もしくは監督との相性が悪くない限りベンチ入りは確実、スタメン抜擢も夢ではないと記者として、十年近く欧州サッカーを見続けたサッカーファンとして思う。
「何はともあれ彼の活躍を期待していきましょうや」
パソコンの液晶画面に表示されている柳選手を指でコツコツ叩きながら、広助は言った。
第一部最終話です。二部の投稿は一か月後を予定しています。
一部の試合出場数及びゴールアシスト数を表記しておきます。
リーグ24試合出場 16ゴール9アシスト
カップ戦出場なし
代表1試合出場 1ゴール2アシスト