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ダッシュ!!  作者: 浮雲士
第一部
33/196

最終節2






「なーに暗い顔してんだ。しっかりしろよ」


 ハーフタイム中のロッカールームで鷲介の肩にいきなり衝撃が走る。視線を向ければ余裕たっぷりのセザルの顔がある。

 現在スコアは2-1でRゲルセンキルヒェンのリードだ。トルステンのオフサイドの後、ハンブルクFは何とか相手の攻撃を凌ぎきったのだ。


「別に暗い顔なんてしていません。変なこと言わないでください。ちょっといろいろ考えていただけです」

「はっはっは。お前の倍以上生きている俺を舐めるなよ。隠そうとしても丸わかりだぞ坊やクリアンサ


 わざわざポルトガル語で”子供”と言うセザルに鷲介は思わずむっとするが、それを察したのか彼は「冗談だ」と言った強引に肩に手を回してくる。

 彼の言うことは半分は本当だが、半分は外れだ。多少気落ちはしていたが今言った通り、ラモンをどうにかできるかもしれない方法を思いついたところなのだ。


「そう深刻に考えるな。たしかにラモンの奴は南米有数、世界でもトップクラスのCB。今のお前さんでも少々手には余る。

 だがサッカーはチームスポーツだ。だからどうにでもなる」

「セザルくんの言うとおりです。それにRゲルセンキルヒェンは後半は流石にペースを落とすでしょう。前半の勢いで来れば彼らとて最後まで持たないでしょうし。

 一点とはいえリードしている現在、こちらが攻めてきたところを待ち構えてのカウンターで追加点を狙ってくるでしょうね」

「つまり俺たちのボール保持時間が増えるってわけだ。──なら手はある。もちろん攻めてきても手はあるけどな」


 セザルの言葉に監督は頷き、後半のゲームプランの説明を始める。ペースを落とした場合、落さなかった場合のだ。

 それを聞いて確かにこれなら有効かもしれない。得点できるかどうかは分からないが前半途中からの防戦一方のような展開にはならないだろう。


「よーし、そんじゃいくとするか! 後半、逆転するぞ!」

『おう!』


 元気なキャプテンの声にチームメイト全員が気合の入った声を返す。

 Rバイエルンと遜色ない攻撃力に押され、消沈しているかと思ったがそうでもない先輩たちを見て鷲介は小さい笑みを浮かべる。


(俺も負けてられないぜ)


 監督のゲームプランもそうだが、鷲介とてあのラモンをどうするか考えていないわけではない。

 自分に匹敵するアジリティによる寄せと南米特有の荒々しいプレーにジェフリーに匹敵するフィジカル。彼は確かに厄介だ。今の自分でも突破するのは困難だ。

 ならばそれが発揮できない状況を作りだせばいいだけだし、何より初めてポウルセンとマッチアップし、絶望した時ほどの衝撃は無い。

 ピッチに戻り、ハンブルクFのキックオフで後半が始まる。Rゲルセンキルヒェンは前半とは打って変わって自陣に味方を集中させており、前線にいるのはサミュエルたちFWだけだ。そしてまたあれほど激しかったプレスもやや控えめで、ボール奪取にも来ない。

 とはいえゴール前までボールを運ぶとRゲルセンキルヒェンの選手たちは前半のように動き、プレスを仕掛けてくる。自陣でボールを奪取し、それをサミュエルたちに渡してのカウンター。わかりやすいがRバイエルンのFW陣に拮抗する彼らだ。十分な脅威だと言える。


(RゲルセンキルヒェンとしてはCLカンピオーネリーグ出場権を得られるかどうかの大事な試合。監督の予想通り無理はしないってことか) 


 現在Rゲルセンキルヒェンは四位だが、続く五位のヴォルフFCとは勝ち点1で上回っている状態だ。そしてヴォルフFC最終節は前半を終えてスコアレスドロー。

 このまま勝てば文句なしに出場権が得られ、また引き分けでもヴォルフFCが引き分ければOK。最悪負けたとしても向こうが勝たない限り得失点の関係で来季のCLに出場できる。


(だが俺たちはこのまま大人しく負けてやるつもりはないんだよ)


 前半を終えた現在、勝ち点で並んでいる15位ダルムシュタットは1-0とリード、16位勝ち点一の差であるブライスガウは1-1、17位勝ち点三の差であるフッガーシュタットは五位ヴォルフFC相手に何と2-1のリード。

 もしこのまま試合が終わればハンブルクFは二部に降格してしまう。フッガーシュタット、ブライスガウは得失点差でハンブルクFを上回っているからだ。

 敵陣深く移動しながら鷲介は周囲を見続け、動き続ける。チームメイトたちもボールキープをしながら攻め込み、それ・・ができるのを待つ。

 そして後半十分ぐらいたったころだろうか、それ・・の兆候ができ始めたというのをセザルから聞き、鷲介は改めて周囲を見る。確かに敵陣にいくつかの穴らしきものがある。


「さっきから妙に大人しいじゃないか。まさかとは思うが諦めたってことはないよな」

「当然だろ。俺たちは勝つ」

「そうかよ。それじゃあやって見せてもらおうか」


 不敵に笑むラモン。彼を見て鷲介は少し安堵する。どうやら彼は自陣の異変に気づいていないようだ。

 スピードとフィジカルこそブルーノを上回っているが戦術眼は彼ほどではないようだ。いや、攻撃的思考が強いからかもしくはハンブルクFに対する無意識の油断のためか。何はともあれ気づいていないのであればチャンスだ。

 

「こっちへ!」


 手を上げてボールを要求する鷲介。にやりと微笑んだセザルから来たボールをペナルティエリア近くで収める。

 FW三人以外陣内にいるRゲルセンキルヒェン。にも拘わらずいきなりペナルティエリア付近で鷲介がボールをもらえた理由は、相手チーム選手の中盤とDFの間にぽっかりとスペースができていたからだ。

 Rゲルセンキルヒェンは攻撃のチームだ。守備もそれなりに硬いが、やはり攻撃のチームなのだ。リードしているとはいえ相手は格下、そして監督からの作戦とはいえ引いて守ってカウンターと言うのはプライドが許さないのだろう。

 最初こそ自陣に残っていたRゲルセンキルヒェンの選手たちは適度な距離感を保っていた。しかし根っからの攻撃チームである彼らは次第に前に出て、結果として中盤とDFとの間に空白ができてしまったのだ。

 この現象はリーグはもちろん、CLでも見られた現象だ。格上相手にあと一歩のところで敗戦、格下相手に思わぬ失点を喰らうRゲルセンキルヒェンの弱点──。そう監督は評していた。

 前を向く鷲介。当然ラモンが距離を詰めてくるが鷲介はゆっくりと彼に近づき、


「抜く」


 日本語でそう言うと同時、左に切れ込む。本気の、全速力のスピードでラモンの横を通り過ぎようとする。


(まったく、慣れってのは本当に怖いもんだ)


 レヴィアー・ドルトムントとの試合で緩急を学び、それを確実なものとするべく練習や試合で練磨し続けてきた鷲介。

 しかし一つの事に集中しすぎると他のことがおろそかになると言うのは人間だれしもあることであり鷲介もそうだ。緩急を磨くことに注力していた鷲介はいつの間にか、単純なドリブルの斬り込みの最高速度を押さえていたのだ。

 緩急を思い出すまで鷲介のドリブルはまずスピードだった。そして思い出した後は緩急が第一となった。結果として緩急の技術こそ磨かれたが、逆にそれ以前での最初の斬り込みによるスピードの出し方が緩急ありき・・・・・のもの──つまり最高速よりやや遅い速度しか出せていなかったのだ。

 そしてそれに気づけたのは皮肉にもラモンのおかげだ。彼は速い。だがそう感じると同時に鷲介はこう思った。最高速度の自分ほどではないスピードでなぜこうまで自分に食い下がれるのか、と。そして気が付いたのだ。自分の今のドリブルが緩急することが前提になっていることに。

 普通の選手ならばそれでも問題はないが、ラモンクラスともなれば追いすがられ、押されるのは当然だ。どちらも世界トップクラスと言う領域にあるのだから。


(だが動き出す速さは俺の方が速い)


 緩急と言う枷を外し、ただスピードに任せた鷲介の切り込みは世界最高クラスだ。こればかりはブルーノたちRバイエルンの選手にあのポウルセンすら抜かれたあと追いつかれはしても、突破するまでの動きを止められたことはない。

 そして世界トップクラスではわずかではあるがどうしても一歩遅れてしまう。今のように。


「くっ!」


 しかしさすがは幾多の激戦を潜ってきた名選手。一歩遅れながらも反転しては鷲介とボールの間に足を伸ばし体を入れて──ぶつけてくる。また反射的なのか腕が振り回され、突破しかけていた鷲介の顔面に当たる。


(痛っ!)


 最高速度だったため回避はできず、ラモンの左腕が鷲介の顔面に命中する。たまらず倒れる鷲介に主審が笛を鳴らす。


「鷲介!」

「何しやがる!」


 顔を押さえながら立ち上がりまぶたを開けるとラモンに詰め寄るセザルたちと、そのラモンを庇っているユーリ達の姿がある。

 そして主審がやってきてはラモンにイエローカードを提示する。まぁ当然だ。


「大丈夫か鷲介」

「平気です直康さん。──セザルさん、お願いしますね」


 未だ鼻はじんじんするがそれを堪えて笑顔を作る鷲介。そしてゴール前まで向かって行く。

 ペナルティアーク目前の距離からセザルがボールを蹴る。ゴール左枠内に向かうFKはしかしシューマッハがかろうじて弾き、ゴールラインを割る。

 左コーナーへ走っていくセザル。鷲介はエリアに入りつつもやや外側にポジションを取る。

 敵ゴール前に飛ぶボールに飛びつくヨーゼフやトムたち。しかし真っ先にボールに触れたのはシューマッハだ。しかしU-17ドイツ代表の正GKも190を超える巨漢の間を入り込んだうえキャッチするのは無理だったらしく、パンチングでボールを外に弾く。

 それを見た瞬間、鷲介はペナルティエリアから飛び出す。Rゲルセンキルヒェンの右サイドに飛んだボールは直康が拾っており、その彼はサイドを突破すると見せかけ、ペナルティリアークにいる鷲介にパスを出す。


「打たせん!」


 そう言って魔を塞ぐのはRゲルセンキルヒェンの10番ユーリだ。鷲介がミドルシュートが得意なのを知っているためのDFだろう。

 しかし鷲介はミドルは撃たず彼の左を突破しペナルティエリアに侵入する。そこへラモンを初めとしたRゲルセンキルヒェンの選手が殺到し、ドリブルはもちろんシュートコースも塞がれてしまった。


(だからなんだ)


 心中でそう言うと同時、鷲介はさらに右に向かってドリブルを続ける。それにラモンたちの動きはつられるがゴールへの隙間はできない。

 だがかまわない。鷲介は今シュート、点を取る気はない。──ゴール前にはそれを可能とする大勢の味方がいるのだから。


「頼む!」


 さらに一歩踏み込むと同時、鷲介は右足でセンタリングを上げる。鷲介のダイアゴナルランに釣られたRゲルセンキルヒェンの選手よりもハンブルクFの選手が多い逆サイドに上がったボールに真っ先に飛びついたのはチームのストライカーであるレネだ。

 頭で合わせるレネ。同点確実と思われたそれだが、シューマッハが片手で弾く。だがそこまでだった。ボールはレネの側にいたヴァレンティーンの足元に転がり、それを彼がしっかりとゴールに押し込んだからだ。






◆◆◆◆◆







「やれやれ。一転して前に出てきたか」


 同点直後のキックオフと同時に前がかりになるRゲルセンキルヒェン。しかしセザルはそれに慌てず悠然とした表情でピッチを俯瞰する。


「なるほど。確かにウーゼさんの言うとおりになっているな」


 これなら前線の鷲介たちにボールを送れる。そう思った直後、ゲルトからハンブルクFゴール前に縦パスが通る。

 ハンブルクFの左サイドに飛んだそれに直康とトルステンが反応。若干身長で上回るトルステンがボールをピッチの内部へ落す。

 そのこぼれたボールにサミュエルが駆け寄りペアとトムが計りながら距離を詰める。しかしカメルーン代表のエースストライカーはそれを気にする素振りを見せずボールを収めるとゴールへ振り向き、シュートを放つ。足振りの小さいシュートだが、しっかりとサミュエルの体重が乗っているのか勢いよくハンブルクFゴールの枠内に向かう。


「何!?」


 いきなりのロングシュートに思わずセザルは声を出す。がすぐにほっとする。二十メートル以上離れた距離からのロングシュートにハンスがしっかりと移動しておりそのシュートをキャッチしたからだ。


「ナイスキャッチ! さぁ反撃だ!」


 セザルは周囲のチームメイトにそう声をかけボールを要求する。

 RゲルセンキルヒェンはRバイエルンやRドルトムントに引けを取らない攻撃陣──サミュエルたちを要している。にも関わらず同格かそれ以上との大事な試合を落とし、今回のように格下に苦戦することも時々ある。

 チームが攻撃重視と言うこと、選手間──特に中盤とDFの間にスペースを作ってしまうのもあるが、それとは別の理由がもう一つあった。それは攻めている時も守っている時も、ボールの動きに注力しすぎているという所だ。

 ゲルトやユーリのような一流の司令塔は除くとしても、チームの半数以上にその傾向が見られる。そしてボールに注力しすぎるが故、スペースを利用した相手の攻撃を防げず失点する場面が多い。

 先程の同点シーンなどもそれに近い。ボールを持った鷲介のダイアゴナルランに幾人かが見事につられ、結果としてRゲルセンキルヒェンのDFたちは自陣のペナルティエリア左を開け、レネ達が集まるスペースを作ってしまっていた。

 もちろん鷲介のミドルやドリブル突破を警戒してのことだろうが、ラモンを含めて五人も釣られ、右サイドに寄ったのだ。DFリーダーであるヨーゼフだけはそうならなかったが、結果として失点を防げなかった。

 ハンスのリングスローを直康、ウーゴが繋いでセザルの元へボールが来る。センターサークル中央でボールを受けとり前を向いたところでゲルトがチェックに来る。

 向かってきたゲルトに対し、セザルは体を揺らして突破しようとする。しかしさすが若くしてドイツ代表に選出され来季からブルーライオンCFCでプレーする選手だ。腰を低く落して待ち構えており、簡単に惑わされてくれない。

 だが構わない。セザルはドリブル突破と言う選択を瞬時に捨てパスを選択する。左に出したボールを上がって来たウーゴが収める。

 そこへDMFのアメリカ代表ボビー・アダムスがチェックに行くがウーゴはあっさりと斜め左に突破。それをオーバラップしてきた直康が受取り、Rゲルセンキルヒェンの右サイドを駆けあがる。

 ヨーゼフに追われながらボールを要求しつつ下がってくるレネ。直康は彼にボールを出しさらに敵陣深く切れ込む。そしてペナルティアーク近くのレネも右側──ゴール正面に振り向こうとする。


(外の直康のセンタリングか、レネの中に切れ込んでのシュートか。答えは──)


 そのどちらでもなかった。レネの動きはフェイントで直康のボールを彼はダイレクトで右に落す。

 そしてそのボールへ駆け寄ってくるのはフィールド上で最も速い男。獲物を捕らえる猛禽のような眼差しと勢いで”黒鷲シュヴァルツ・アドラー”が駆けてくる。 


「撃て!」


 セザルの声と同時にダイレクトでミドルを放つ鷲介。ヨーゼフを超えたシュートは弧を描き、ゴール左に迫る。

 しかしそれを鷲介と同じ17歳、シューマッハが片手で弾く。ボールはラインを割りCKとなったが、彼の見事なセーブにスタジアムはどよめき、セザルも心中で驚く。


(相変わらずドイツのGK育成システムは優秀だな)


 並みのGKなら反応はできても防ぐことはできなかっただろう。あれで17歳と言うのだから末恐ろしい。

 セザルが蹴ったボールはRゲルセンキルヒェンの守りに弾かれ、こぼれ球を拾うも彼らの前半のようなプレスを受けてボールはラインを割る。


(ふん、それがいつまでも通用すると思うなよ)


 後半半ばに差し掛かった状況においてもうっとおしくプレスしてくるRゲルセンキルヒェン。さすがだと思う一方、セザルは心中で吐き捨てる。

 監督も言っていたがセザルも彼らのゲーゲンプレスの弱点を見抜いている。チームメンバに視線を送ると彼らも頷く。

 ガブリエルのスローインを受け取るウルリク。そこへ早速プレスを仕掛けてくるRゲルセンキルヒェンだが、ウルリクはすぐさまボールを後ろへ下げる。

 ボールを追うサミュエルたち。しかしそれをフィールド・アイで先読みしたセザルたち・・はコーチングでパスを回す場所を指示。結果、嘲笑うようにボールは別の選手に渡り、またプレスに行ったサミュエルたちが生んだスペースへ味方が走りこみ、カウンター気味の攻撃となる。

 Rゲルセンキルヒェンのゲーゲンプレスは基本、パスの受け手を潰すやり方だ。ボールを持った選手に一人、または二人がチェックに行き、他の選手は近くにいるであろう敵にマンマークに付く。つまりあえてパスを出させ、ボールを受けとった相手を一対一、もしくは側に寄ってきたもう一人と共に──二対一で──潰してボールを奪取し、速攻を仕掛けると言ったものだ。

 試合前でも注意されてはいたがさすがあの『鉄壁』レヴィアー・ドルトムントから三点を奪っただけのことはある。Rゲルセンキルヒェンの個人能力の差もあるだろうが、映像で見た以上に見事な動きで前半は圧倒されてしまった。

 だがいつまでもいいようにされるほどベストメンバーの揃ったハンブルクFではない。そのプレスの要となっているゲルトとユーリの指示をセザル、そしてウーゴがコーチングで阻み、また先読みしているのだ。


(ゲルト、そしてユーリ。どちらも大した実力者だ。だがフィールド・アイに関していえば、俺ほどじゃない)


 LV3のフィールド・アイを持つセザルに対しゲルトたちはLV2と言ったところだ。それでもゲルトが機械のような精密パスを通すのはひとえに彼自身の技量ゆえだ。

 またRゲルセンキルヒェンのプレスがハンブルクFに通用しなくなってきたのには前半圧倒されていた故の慣れと、時間帯による相手チームの動きが鈍ってきたからだ。格下チーム故前半で勝負を決めようと激しく動きすぎたツケが今ここになって返ってきたのだろう。


「ガブリエル!」


 ぽっかりとスペースのできた右サイドにパスを送るセザル。そこへ若き17歳の右SBが走りこんではボールを収め、駆け上がる。

 相手陣地半ばまで上がったガブリエルはボールをもらいに下がってきた鷲介にパスを出す。収めようとする鷲介だが当然そこへラモンが後ろから猛スピードで迫る。


「左だ!」


 走りながらセザルが叫ぶと同時、鷲介はダイレクトで左にボールを蹴る。それをレネが収めゴールに迫ろうとするが腰を落としたヨーゼフの守備に中々前に進めない。


「レネ! 後ろに」

「右に出せ!」


 ウルリクのコーチングを遮るようにセザルは叫ぶ。それが聞こえたのか彼は軽く左右に体を揺らし突破すると見せかけて右にボールを出す。

 そしてそのボールに走りこんでくるのはウーゴだった。






◆◆◆◆◆






 レネの出したボールに走りこみながらウーゴはピッチを観ている。ボールを収めるであろう場所はゴールから約二十メートルほどの距離。

 そう選択し動く直前、相手チームのオフサイドラインから動き出そうとする柳の姿を確認する。そして次の瞬間、ウーゴは敵陣右サイドにいたガブリエルではなく背番号17番に向かってパスを出していた。

 イザークとラモンの間にできたわずかな隙間を通るボール。そこへ三者が動くが、誰よりも速く動いたのはやはり柳だ。彼の反応や動きが早いこともあるが場所がペナルティエリア内部であり、またマークに付いているラモンがイエローをもらっているためか、カードをもらう以前のような激しいディフェンスができない事が大きい。


「おおおっ!」


 とはいえゆっくりできる時間は無い。それは鷲介も分かっているのか右足でダイレクトシュートを放つ。強烈なシュートはしかし、ゴールポスト右に当たり跳ね返る。

 そのこぼれ球を右サイドにいたガブリエルが拾いセンタリング。それにレネが飛びつくがヨーゼフが先に頭でクリアする。しかしそのクリアーしたボールをセザルが拾い間髪入れずペナルティエリア正面にいたヴァレンティーンにパスを出し、彼はトラップと同時に体を左に反転しシュートを放つ。だがそれもイザークの一歩速いカバーリングによる守りで弾かれる。

 三度こぼれるボールへ一番近くにいたウーゴは走る。左から同い年のドイツ代表が迫ってきているが、それを気にせずとにかく走り、ボールを収める。


(あそこだ!)


 ハンブルクFの連続攻撃で乱れているRゲルセンキルヒェンの守備。柳たちの動きでDFたちもあちこちに散らばっている。

 そんな状態でゴール右側にシュートコースが見えた。セザルは体の向きを変えそこへシュートを放つ。

 少し浮いたが勢いのあるシュートがゴール右、枠内へ向かう。逆転だ。そう思った次の瞬間、ボールの軌道を塞いだラモンを見てウーゴは愕然となる。


(まずい!)


 今現在後方にいるチームメイトはトムにペア、直康とウルリクの四人だけだ。そしてRゲルセンキルヒェンはサミュエルたち三人がそのまま残っている。

 防げる可能性がないわけではない。だが今カウンターを受ければそれ以上に失点する可能性が高い。それだけの攻撃力をあの三人は持っている。


(万が一に備えて守りに戻っておけばよかった……!)


 そうウーゴが後悔したその時だ、ラモンの前に何かが飛び出してくる。──いや、あれは、


(柳くん!)


 セザルのシュートに合わせるように柳の体を投げ出してのダイビングヘッド。だがゴール左に向かったそれも若きRゲルセンキルヒェンの守護神は反応、右手を伸ばして弾く。今日の試合、シューマッハのもう何度目かわからないスーパーセーブにウーゴは歯噛みする。

 しかしまだハンブルクFの攻撃は終わっていなかった。そのこぼれたボールにヴァレンティーのが飛び込んできたからだ。今度こそ、今度こそ入ると思ったがヴァレンティーノの押し込みだが、ゴール内部に入ったイザークの足が弾いてしまう。

 ふわりと浮いたボール。それにいちばん近いのはヨーゼフだ。今度こそ確実にクリアーされる。そう思い自陣に戻ろうと足を向けようとしたウーゴだが、ピッチに鷲が出現したのを見てその動きを止める。


「……!?」


 思わず目を瞬かせるウーゴ。そして鷲と思ったものがオーバーヘッドの体勢を取った柳であるのを目撃する。

 振り上げた右足がボールに当たり、ボールはゴールへ向かう。それにまたしてもシューマッハは反応しているが、それだけだった。彼の手は右に伸びており、柳のシュートは彼の右横を通過してネットに収まった。ハンブルクFの連続攻撃を休む間もなく対処し続けたのは見事だったがやはり彼は十七歳。反応するだけで精一杯だったのだろう。


「鷲介ーーー!!」

「うおっしゃあああああーーー!」


 再びピッチに倒れ込みながら両腕を上げる柳にガブリエルと直康が狂喜の叫びを上げて走っていく。そして当然近くにいたレネやヴァレンティーンは倒れている彼に覆いかぶさるように抱き着く。

 今日一番の喜びの声を上げるサポーター。そのあまりの大きさにスタジアムにある熱気がより一層強く熱くなる。


”黒鷲”シュヴァルツ・アドラー……」


 柳の愛称を口にしながらウーゴは彼の方へ駆け寄っていく。愛称通りの姿となった──錯覚だったが──若き天才を抱きしめる。


「よくやったよ! スーパーゴールだ!」


 本当に、大した若者だと思う。実力もさることながらメンタル面でも自分よりもずっと強い。

 移籍や怪我による離脱で主力が多くいない状況にもかかわらず彼のゴールはチームを元気づけ、幾度も敵チームを斬り裂き、崩すその姿は皆に希望を抱かせてくれた。 ”ゾディアック”──。そう、まさしく彼は太陽だ。チームに活力を与え希望を抱かせる、唯一無二の輝き──。

 そしてウーゴ自身もまた、彼の言葉に足踏みしていた自分が歩みだす勇気と力をもらった。Rバイエルン戦前と先日のハンブルク港での会話。セザルのように気遣った、遠回しな言い方ではなくまたペアのような言い含めるようなものでもない、率直で厳しいものではあったが同時にこちらに対する強い感情がない言葉なのが良かった。

 鷲介に言われるまでウーゴは今の自分に満足してしまっていた。いや正確に言えば満足するように思い込んでいた。スペインにて否定された自身のプレイスタイル。そこから一転して守備重視にシフトした現在、ヴァレンティーアFCはともかくハンブルクFではそれなりにやれていたからだ。

 そしてそれ故レンタル終了後ハンブルクFに戻ろうかと考えてもいたのだ。だが鷲介に言われて気が付いた。それは逃げでしかないことに。


(まったく、我ながら情けない)


 ヴァレンティーアFCの監督から罵倒、冷遇された日々は確かにトラウマとしてウーゴの心の中に残ってはいる。だがそれを理由に古巣へ戻るのは逃げでしかない。

 セザルもハンブルクFから旅立ち、いくつものクラブを渡り歩いて再び戻ってはきたが、それは彼が前に進み続けた結果だ。自分とはまるで違う。あの人は自分のように旅立ち、その道中で何度も傷つきながらも前に進んできた人なのだ。プロとして、いや人として立派な先達がいると言うのに、どうして自分が逃げていられようか。

 いや、逃げていたくない。この試合でスパイクを脱ぐあの人に見せたいのだ。自分が再び前に歩き出した姿を。


「残り時間は十分程度、最後まで気を抜くな!」

「はい!」


 セザルの声にウーゴは──そして他の皆も覇気のこもった声で返事をする。後半三十分経過でとうとう逆転。監督はここで疲れの見えるトムに変わりザンビディスを投入してくる。

 残り時間約十分、何としても守り切って勝つ。再び前に出てきたRゲルセンキルヒェンを見ながらそうウーゴが思っていると、キックオフで動いたボールがハンブルクF陣内のセンターサークルにいるゲルトの元へやってくる。

 そして彼から強く速い縦パスが来る。そのボールが向かう先はサミュエルであり、下がってボールを収めた彼はゴールの方へ振り向く。


(ここは通さない!)


 ゴールの方を向いたサミュエルを見てウーゴは腰を落とす。彼はその身体能力とフィジカルを生かした重戦車のようなドリブルも脅威なのだ。


「こっちだ!」


 左に下がってきたトルステンが呼び掛け、サミュエルは右足を振り上げる。パスかとウーゴは思うが、パスにしては足の振り上げが大きい。これは、まさか──


(シュート!?)


 思ったのと同時、サミュエルの右足から強烈なシュートが放たれ、ウーゴの横を通り過ぎる。

 すぐさま反転して視線を送るウーゴ。三十メートル近くの距離から放たれた彼のロングシュートはドライブ回転がかかっておりゴール手前で大きく沈むと、ゴールポスト上部をギリギリ掠めネットに突き刺さった。


「なっ……!?」


 ウーゴは唖然とし、そしてそれは他のメンバーも同じだ。ハンスも全く反応できなかった。

 一瞬だが、スタジアムがシーンと静まり返る。鷲介のスーパーゴールであれだけ沸いていたスタジアムが、さながら冷や水をぶっかけられたかのように。

 そして次の瞬間、少ないRゲルセンキルヒェンサポーターから驚きと歓喜の声が上がり、それを大勢のハンブルクFサポーターの驚愕と悲痛な叫びがかき消す。


「嘘だろ……」


 近くにいたウルリクがかすれた声を出す。そしてハットトリックを決めたアフリカ最強のストライカーはそれを誇示するかのように右手を空に向けると、人差し指、中指、薬指を突き上げるのだった。







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