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ダッシュ!!  作者: 浮雲士
第一部
32/191

最終節1






「明日で今季も終わりか……」


 髪をタオルで乾かしながら呟く鷲介。部屋に設置されている小型冷蔵庫から水を取り出し、コップに注いでは一気に飲み干す。

 息をつき、机に置いてあるノートパソコンを開け、電源を入れる。すぐに立ち上がったPCを操作し画面に映し出されたのは先週行われたレヴィアーダービーの映像だ。


「チーム力に大差はない両チーム。可能性としてはありえなくはないがロート・バイエルンとの優勝争いが絡んでいたレヴィアー・ドルトムントに勝利。しかも3ゴールを決めるか。

 レヴィアー・ゲルセンキルヒェン。ドイツリーグ最強クラスのFW陣を持つと言う噂、全くの眉唾ってわけでもないってことか」


 Rドルトムントの『鉄壁』と称された守備陣が三失点したのは今季三度目だ。そのうち二回は前半戦のRバイエルンとの試合とCLベスト8で敗退した時、そして残り一回がRゲルセンキルヒェンだ。

 かつてRバイエルン一強時代だった時と違い現在ドイツリーグではRバイエルンと同等、もしくは匹敵するチームが三チーム存在している。Rゲルセンキルヒェンはその内の一つであり各国代表を多く揃えている国内有数のビッククラブだ。

 しかしRバイエルンやRドルトムントに比べ若干見劣りするというのが近年の評価ではある。というのもリーグにおいては常に上位、優勝争いをするも最後のところで追いつけず失速しておりCLでも他国の強豪相手に互角の勝負をするも最後の最後で押し負けるといったことが多いからだ。

 とはいえ現在のハンブルク・フェアアインよりは強く強敵だ。そして今季のFW陣はリーグトップクラスと言われているRバイエルン、Rドルトムントすら凌いでいると一部では言われている。

 チームの基本システムは3-4-3。そしてFW陣だがもっとも危険で要注意人物はここ五年、常にリーグ得点王上位に名を連ねているカメルーン代表の不動のエースストライカー、サミュエル・オリンガだ。

 基礎能力の高さに加えてアフリカ人特有の驚異的な身体能力を生かしたスーパープレーを今季も連発してはゴールを量産しており現在リーグ得点王ランキング2位。ドイツリーグに来る前にいたオランダでは十代にして得点王を二度も獲得した世界トップクラスのストライカーだ。

 CFのサミュエルの両翼、右WGはドイツ代表のトルステン・ウィルシュテッター。一瞬の飛び出しやダイレクトプレーが武器であり、今季もそれを生かして二桁得点を達成している。左GWは若干20歳のアルゼンチン代表FWティト・アイマール。アルゼンチンFWらしくドリブルが得意な選手で欧州に来る前にいた自国リーグでは二年連続のアシスト王を獲得している。もちろん得点力も高く現在9ゴール。あと一ゴールで二桁得点達成だ。


「三人とも得意分野だけで言うなら世界クラス。基本ゴールはサミュエルかトルステンだが、ティトも軽視できる相手じゃない……」


 Rドルトムントとの試合でもティトは1G1Aの大活躍だった。Rドルトムントにいる代表の先輩ラモン・クルスが目立たなかっただけに余計に注目を浴びていた。

 次に中盤の四人。状況や試合によってメンバーが入れ替わって入るが、中でも不動と言うべき二人がいる。一人はロシア代表のユーリ・クライネフ。強靭なフィジカルとキープ力を持つパサーで、また強烈なミドルも持っている。自国代表においては不動の10番でもある。

 そしてもう一人がおそらくサミュエルと同じぐらいか、もしくはそれ以上に警戒するべき選手。ドイツ代表のゲルト・アイスナーだ。機械じみた正確無比かつ速いパスを武器とするMFでありチーム全体をコントロールする司令塔。クルトと同い年でありながら最近は代表でも不動のレギュラーになりつつある。そして来季からイングランドでも有数のビッククラブ、ブルーライオンCFCに移籍が決まっており、クルトたちの世代No1プレイヤーと評価する評論家もいるほどだ。


「Rドルトムントの『鉄壁』をかいくぐっての2アシスト。どうやったらこんなパスが出せるんだか」


 DF陣の間にできた隙間を通す、と言うよりも貫通するようなゲルトの強く速いパス。この二つをサミュエルがRドルトムントゴールに叩き込んだのだ。

 正確無比なパサーと言う事を考えるとU-17で対戦したイングランドのアーサーを思い出すがあれとはパスの質が全く違う。上手くは言えないがアーサーのパスが「決めてくれ」と言っているならゲルトのパスは「決めろ」と言っているような感じなのだ。


「んでDF陣。Rゲルセンキルヒェンの問題点と言われているか……」


 Rゲルセンキルヒェンが最後まで食い下がれない理由がDF陣だと言われている。特に今季はその傾向が強いらしい。

 攻防共にバランスの取れたチームが多いドイツリーグ一部の中で、Rゲルセンキルヒェンは攻撃に傾倒しているチームだ。3バックであるDFも前に出てはその裏を突かれて失点するといったことが多い。

 今季もそう言うことで勝ち点を逃し現在四位に甘んじているのだが、守備が悪いということではない。守りに入った時のDFたちの守備は固く、RドルトムントだけではなくRバイエルンも今季、彼らから点を奪うことはできず、黒星を獲得してしまったのだ。

 3バックは最近固定されており、おそらく明日もこの三人が来ると予想される。まず左CBドイツ代表のヨーゼフ・カルツ。豊富なスタミナによるオーバーラップとロングシュートの名手として有名だ。チームのキッカーを務めることもあると言う。

 次に中央CB、ドイツU-20代表のイザーク・フィンケ。同じドイツU-20のヴァレンティーン曰く積極的に前に出てインターセプト、または相手からボールを奪う選手とのことだ。そして遠距離からシュートを放つこともよくあるらしい。

 そして右CBチリ代表のラモン・バルガス。DF陣の中で最も要注意かつ危険とされており、何より脅威なのはスピードでそれを攻守に生かしている。監督曰く鷲介に匹敵するレベルらしい。

 話の通りRドルトムント戦でも三人はそのように動いている。ヨーゼフは幾度か遠距離からのロングを撃ったり、またFKでゴール前に正確なボールを放り込んでいる。イザークは両サイドの先輩を動かしてはパス、ドリブルコースを限定させ、そのコースにオリバー・ブライトナーやラモン・クルスが飛び込んでくれば彼らよりも速く動いている姿が見れる。

 そしてカールのマークに付いていたラモン・バルガス。スピードを生かしてオーバーラップはもちろんだがDFでも素早い動きでカールを自由にさせず、また彼にかわされてもすぐさまくらいついている。


「そしてKGはオリバー。オリバー・シューマッハか」


 最後、GKはU-17ドイツ代表のオリバー・シューマッハだ。本来彼はチームの第三GKだったのだがシーズン前半終盤、第一GKが負傷してしまい、第二GKはウインターブレイク中ほかのチームに移籍してしまい、彼にお鉢が回ってきたのだ。

 後半戦開始と同時に第一GKとなったシューマッハ。最初こそやや安定感に欠けていた彼だが試合を経験するとともにそれは無くなり、後半戦途中で復帰した第一GKからポジションを奪ってしまった。

 U-17といえばイタリア代表のディノも凄かったが、今のシューマッハは彼と同等か、もしかしたらそれ以上かもしれない。Rドルトムント戦はカールとブライトナーに失点を許してはいるが、それ以外の際どいシュートをことごとく止めている。一年前ユースで散々ボコってやった時とは別人と考えた方がよさそうだ。


「こっちもベストメンバーが揃うとはいえ、間違いなくしんどい戦いになりそうだな」


 今日の練習後のミーティングでスタメンはすでに発表されている。何かトラブルでも起きない限りセザル、レネ共にスタメン復帰だ。これで移籍したものを除いた現時点のチームベストメンバーが出場できる。


「勝てば残留確定。引き分け、負ければ他の試合結果で降格か」


 先日勝利したハンブルクFだが得失点の関係で15位に後退。代わりに14位に浮上したのは16位だったダルムシュタットOだ。

 FCブライスガウはハンブルクFと同じく勝っているジンスハイムFCは引き分け。その結果現在の順位は15位にハンブルクF、16位にFCブライスガウ。ハンブルクFに負けたフッガーシュタットは17位に転落し、引き分けだったジンスハイムFCは変わらず最下位と言った状態だ。

 勝てば文句なしで残留だが敗北、また引き分けた場合はFCブライスガウとフッガーシュタットの結果次第で降格だ。


「終盤の退場が無ければこんな状況になっていなかったかもしれないのになー」


 椅子に背を預け呟く鷲介。その時、机に置いているスマホから着信音が聞こえる。画面を見れば表示されているのは恋人の名前だ。


『夜遅くにごめんね。今大丈夫?』

「いや平気だ。で、どうした」

『明日私はもちろん空也さんたちも応援に行くから言っておこうと思って。──それと少し声を聞きたかったからかな』

「そういえば……最近あんまり電話してこなかったな。忙しかったのか」

『そっちは今、残留争いも佳境でしょ。邪魔をしたらまずいと思って電話しなかったの』

「……そっか。ありがとうな。気を使ってくれて」


 そこからはお互いに近況や雑談をダラダラと話す。最近話していなかった分の時間を取り戻すように鷲介も由綺も会話が途切れない。


「……あ! ご、ごめん。明日試合なのにこんな長い時間話しちゃって」

「いいよ別に。むしろこっちも助かった」


 電話が来てすでに一時間近く経過しているが気にはならない。むしろ会話している時間に癒しすら感じるほどだ。


(思った以上に疲労していたんだな、俺)


 ホームシック、と言うほどではない。だが心のどこかで寂しさはあったらしい。

 彼女と話しているうちそれがきれいさっぱり消え、代わりに温かい熱が体と心に満ちていくのを感じる。


「助かったよ由綺。明日は万全の状態で臨めそうだ。──好きだよ」

『っ!? い、いきなりそう言うこと言わないの!』

「今の素直な気持ちを言っただけだぞ。それにしっかりと気持ちを示せってお前が以前言っていたことだと思うんだが?」

『わ、私の隙を突くように言うのは反則だよ! 言うときはさりげなく、そして私がびっくりしない状況で言う事!』

「難しい注文だなぁ……」

『そ、その調子なら明日はいつも通り頑張れそうだね。それじゃあ、お休みなさい』

「ああ、お休み」


 上ずりながらも平静を装った由綺の声。それを聞き真っ赤になり、しかしいつも通りの態度を取り繕おうとしている恋人の姿がありありと脳裏に浮かぶ。

 しかしそこに鷲介は突っ込まず電話を終了。机に置いている由綺の写真を優しく撫でながら呟く。


「明日は、何としても負けられないな」


 プロ一年目の集大成となる試合。必勝を心に誓う鷲介だった。






◆◆◆◆◆






「──以上が本日の作戦です」


 控室のホワイトボードの前で監督がそう締めくくる。黒ペンで書かれたホワイトボードにはハンブルクFとRゲルセンキルヒェンのスタメンも表記されている。両チームとの昨夜鷲介が予想したメンバー通りの構成だ。

 ハンブルクF、GKはハンス。右SBは後半戦でレギュラー定着したガブリエルと右はシーズン通して不動のスタメンである直康。中にいる二人のトムとCBは怪我から復帰したペアだ。中盤の底三枚のボランチは右からウルリク、ヤン、ウーゴ。CMFはセザル。そしてツートップはレネ、そして鷲介だ。

 当然のことだがレギュラーサブ問わず選手全員、いつになく表情が引き締まっている。普段は穏やかなヴァレンティーンでさえだ。

 そして控室に漂うピリッとした緊張感。しかし悪くはなく、心地よささえ感じるそれに鷲介は小さく笑む。こういった雰囲気のチームがいい結果を出すことが多いからだ。


「さて、試合開始前ですがセザルくんから話があるそうです」

「お前ら、今日がシーズン最後の試合だ。残留争いも今日で決着がつく。世間では近年屈指の熱い残留争いなんて言われてはいるが、俺としてはサポーターたちを最後までドキドキはらはらさせてしまっているのが申し訳なく思う」


 セザルの言葉に何人かが頷き、また渋い顔となる。


「正直俺としてはシーズン開始の時、こんな状況になるのは予想してなかった。だがいろんなトラブル──俺の怪我も含めた数々のことがあり、このような状況で最後まで来た。──もう後は無い。

 死力とまでは言わねぇが、全力を出せ。シーズン最後の試合、集大成となる俺たちハンブルクFの勇士をサポーターに見せてやるんだ。──そして勝って、残留を決めるぞ!」

『おうっ!』


 選手のみならずスタッフも声をそろえる。まさしくチーム一丸となった状態だ。

 セザルを先頭に鷲介たちは控室を出ては入場口へ。そしてエスコートキッズと手を繋ぎ、高らかな音楽と共にピッチへ入場する。

 白一色に染まっているハンブルク・シュタディオンを目にしつつシーズン最後の記念撮影などの行事を済ませ、ピッチに散っていく。

 勝利と残留を願うサポーターの声援、勝利と残留を誓う味方の熱、そしてそれに全く怯む様子を見せない相手チームの覇気。それらが混在するピッチの上で主審の笛が響き渡る。今シーズン最終節、運命の一戦の開始だ。

 ボールはアウェーのRゲルセンキルヒェンだ。エースのサミュエルが触れたボールがテンポよく回され、それを鷲介とレネが追いかける。

 自陣でボールを回すRゲルセンキルヒェン。それを下がってきて収め、前──ハンブルクFゴールへ向いたのは若きドイツ代表のゲルト・アイスナーだ。輝く黄金の金髪と透きとおった青色の瞳を持つ彼は迫ってくるセザルに気にすることなく、ハンブルクFの左サイドへボールを蹴る。強く速いパスをあっさり収め、前を向くティト。彼と相対するのはガブリエルだ。


(注意しろよ、ガブリエル)


 鷲介がそう思う中、いきなり二人が激突する。下がってきたサミュエルにボールを出すふりをしてドリブル突破をしようとするティト。しかしガブリエルもそれにごまかされず、ついていっている。 

 ガブリエルがそう簡単に突破できないと思ったのか、ティトはボールを下げる。それを受け取ったのは左DMFのU-23ドイツ代表デニス・ヴァルヒだ。ウーゴがチェックに行くがデニスはボールを前に蹴りだす。

 ゴール中央ペナルティエリアがギリギリ外にいるサミュエルに向かったボール。ペアを背にしてサミュエルは跳躍すると右へヘディング──ポストプレイだ──しボールを落とす。

 それに飛びつくトルステンと前を塞ぐ直康。ハンスもゴール前で構えておりそれを見た鷲介は、ここは戻すかと思ったその時だ、トルステンはダイレクトでシュートを放つ。


(何!?)


 鷲介は驚き、そして前を塞いだ直康も予想外だったのか目を見開いている。そしてトルステンが打ったシュートは直康の横を通り抜けてゴール右隅へ向かっている。だがハンスがパンチングでボールを弾き、ボールはラインを割る。CKだ。

 

(そういえばGKがはじいたこぼれ球を押し込むっていうゴールシーンもあったっけ)


 それを狙ったのかどうか定かではないが、何はともあれ前半五分ちょっとでいきなりRゲルセンキルヒェンのCK。ハンブルクFにとってはピンチだ。

 右コーナーからボールを上げるゲルト。速いそのボールに飛びつくサミュエルとペア。

 ボールをそらすように頭に当てるサミュエルだが、それをペアは体で止めると大きく蹴りだす。相手陣内に飛んでいったボールに鷲介は追おうとするが、そのボールを押さえたのは左CBのラモンだ。そして彼はボールを足元に収めるとドリブルを開始してしまう。


(おいおい、ツーバックになってしまうぞ?)


 思わず心中で突っ込む鷲介。ラモンが上がったことによりRゲルセンキルヒェン陣内にいるのはイザークとヨーゼフだけとなってしまう。

 向かって来たレネを見たかとのワンツーでかわし、さらに前に出るラモン。ハンブルク陣内の左サイドの真ん中あたりまで走った彼はチェックに言った直康が距離を詰める中、右足でボールを蹴り上げる。

 ラモンが蹴ったボールを胸トラップすると同時に前を向くのはロシア代表の不動のエースだ。彼に対して近くにいたウルリクが体を当てるが、ユーリは一向に答えた様子もなくゴールから25メートルほどの距離からミドルシュートを放つ。

 右に飛んだ、ややコースの甘いシュートをハンスはパンチングで右に弾く。だがそれをトルステンが拾いトムのフィジカルに押されつつも反転してセンタリングを上げる。

 ”黒豹”の異名を持つサミュエルがそれに反応するが、体勢を立て直しジャンプしたハンスのハンチングが彼のシュートを許さない。再びこぼれたボールにセザルが駆け寄っていくがそれを拾ったのはゲルトで、前にボールを出す。


「いきなりの波状攻撃かよ……!」


 前半10分経過した現在ですでに5本のシュートを撃たれている。4本目はゲルトからのスルーパスをティトがダイレクトで合わせ、5本目はトルステンのパスからのサミュエルのミドルシュートだ。

 そのどれもゴールネットは揺らさなかったが枠内に向かっている。そしてRゲルセンキルヒェンの波状攻撃とゲーゲンプレスにハンブルクF陣内にいる味方は圧倒され、振り回されている。

 このままでは遠からずゴールを割られる。相手の攻勢が収まるまでひとまず自分も自陣に戻り守りに加わった方がいい。そう判断して鷲介が下がろうとしたその時だ、ベンチから監督の声がする。


「君はそのままだ!」


 監督へ振り向き自陣を指差す鷲介。だが監督は首を横に振りそこにいるようジェスチャーをする。


「必ずボールは来る! そこで待て!」

「監督の言うとおりだ! こんな時間から余計な気を回さず、お前はゴールを奪う事だけを考えとけ!」


 監督と共に声を上げるのはセザルだ。またウーゴたちも頷いたり下がってくるなと言った手振りを見せる。

 さすがにそこまでされては鷲介も元の位置に戻る。そしてボールが来た時に備えて周囲の状況を確認し続ける。

 ハンブルク陣内にいる8人のRゲルセンキルヒェンの選手たちによる構成とゲーゲンプレス。だがさすがに前半15分ともなると綻びが見え始め、ハンブルクFがボールをタッチする回数が増え始める。

 そしてデニスのパスをセザルがインターセプトし、ゲルトとユーリからのチェックをウーゴとのワンツーでかわすと大きくボールを蹴る。


(来る!)


 セザルがボールを蹴る直前、こちらを見ていることに気が付いた鷲介はボールが蹴り上げられると同時に動く。自陣のセンターサークルから中央に飛びだした鷲介の前方へ元ポルトガル代表のエースのパスは正確にやってくる。

 だがそれに向かってくるヨーゼフ。ボールの落下地点への距離も鷲介より彼の方が少し近い。

 しかし鷲介は迷わず全力疾走。ボールがピッチに落ちる直前、右足を伸ばしてはボールを斜め左に蹴りだし、再加速。足を伸ばしていたヨーゼフの横を通り過ぎる。


(俺のスピードに対する読みが甘かったな)


 転がったボールを収めゴールに向かう鷲介。スタジアムのサポーターが歓声を上げる中みるみるゴールへの距離が近づいてくるがゴール前にはシューマッハが、そして横からはイザークが迫ってきている。

 しかし鷲介は構うことなく前に出る。そしてペナルティエリアに侵入すると同時に左足を振り上げる。

 そこで今まで右側にいて距離を詰めてこなかったイザークが一気に迫ってきた。だが鷲介は左足で蹴ったボールで彼の股を抜き右へ突破する。

 絶好のシュートチャンス。だがそこにはシューマッハが前に出てきていた。190を超える長身の彼は両手を広げて距離を詰めてきている。

 シュートコースをシューマッハの体でほとんど遮られた状況だ。しかし鷲介は構うことなく右足を振りぬく。効き足による、振りの速いシュートにシューマッハは反応し、足を伸ばす。

 鷲介が蹴ったボールの軌道を見事塞いだ彼の右足。──もしそれがあと少しだけ速かったなら、Rゲルセンキルヒェンは絶体絶命のピンチを防げただろう。だがシューマッハの長い脚がシュートコースを塞いだのは鷲介のボールが通過した直後だった。そして鷲介のシュートは低い弾道でピッチを奔り、ゴールポストに当たって右に跳ね返り、ゴールラインを割った。


「よっしゃ!!」


 残留に向けた待望の先制点に沸くスタジアムの中、鷲介は右腕を天に向かって振り上げた。






◆◆◆◆◆






「よくやった!」

「ナイスゴール!」

「流石の一発だな!」

「ありがとうございます! うぐぐ……」


 セザルたちに全方位から囲まれ、抱きしめられ思わず呻き声を上げる鷲介。介抱され、息を整えながらサポータの前に行き改めて右腕を振り上げる。

 鷲介のゴールパフォーマンスにスタジアムに響く声援により熱がこもり、肌を震わせる重い声が響く。それらを感じながら自陣に戻る鷲介。


(さすがにまだ落ちついているか)


 攻めていたところのカウンターに寄る一撃を喰らったRゲルセンキルヒェンだったが、自陣に戻ったイレブンの表情に動揺の色は見られない。

 まだ早い時間と言う事もあるのだろうが自信があるのだろう。この状況をひっくり返し、勝利すると言う自分たちの実力に対する絶対的自信が。


(ん?)


 Rゲルセンキルヒェンのキックオフで試合は再開。いつものポジションに鷲介が移動していた時、気づく。最終ライン──三人のCBの位置が変わっている。

 鷲介と相対していたヨーゼフは左へ、そして左にいたラモンが右──鷲介とマッチアップする位置にいる。


「ヨーゼフたちをああもあっさりかわしてゴールするとはな。スピードもさることながらそれを殺さない技術、噂以上だったぜ」

「それはどうも」

「だが俺がマークに付く以上、もうお前は自由にはならない。──つまりハンブルクF(お前たち)が勝つことは無いわけだ」

「大した自信ですね。あなた一人で俺を押さえられるとでも?」

「ああ、楽勝だな。──俺をブルーノやフリードリヒ、ポウルセンらと一緒にするなよ?」


 不敵に笑むラモン。口にした選手──鷲介を苦しめたライバルたちがまるで自分より格下と言わんばかりのその態度に鷲介がむっとしたその時だ、スタジアムのサポーターから、わっと声が上がる。

 思わず彼から視線を外して周りを見る。するといつのまにかRゲルセンキルヒェンの選手たちは再びハンブルクF陣内に攻め入っており、ゲルトがボールを左コーナーフラッグへセットしている。


「いつの間に……」

「お前の見事なゴールにあいつらも気合が入ったみたいだからな。──前半で勝負が決するかもしれないな」


 揶揄するようなラモンの言葉を鷲介は無視し、Rゲルセンキルヒェンのコーナーキックを見つめる。

 ゲルトの右足から放たれる速いボール。ペナルティエリア中央にまっすぐ向かうそれにサミュエルが反応するが、ハンブルクFもペアとトム、さらに近くにいたウルリクも彼へ体を寄せている。

 あれではヘディングは撃てない。よしんば撃てたとしても精度の高いものにならない。

 鷲介がそう思ったその時だ、アフリカNo1と言われるストライカーは驚異的な跳躍力で三人のマークから逃れ、そのボールを頭に当てる。

 頭部中央よりやや右側に当たったボールは速さはそのままで軌道が変更され、ボールはゴール右へ吸い込まれた。


「な!?」


 あっという間の同点弾に思わず鷲介は目をぱちくりさせる。ペアたちの対処は決して悪くなかった。にもかかわらずああもあっさりとゴールを決めるとは。


「さすがうちのエースストライカーだ。この試合で荒稼ぎして得点王を得たいなんて言っていたが、あの様子じゃ現実になるかもな」

「ジークさんとのゴール差を考えてから言えよ。この試合でダブルハットトリックでもしない限り無理だろうが」


 挑発するような彼の態度に思わず鷲介は素の言葉で返す。しかしラモンは微塵も動じる様子がなく、言う。


「ハンブルクFのDF程度なら可能だと思うがな。現に昨シーズンは達成したわけだし」


 そう言って自陣に戻っていくラモン。思わず鷲介は歯軋りするが、大きく息を吐き出し呼吸を整えて落ち着く。


(昨シーズンは昨シーズン。今は今だろうが)


 心中でそう吐き捨て、センターサークルにセットされたボールを後方へ下げる。そしてボールを収めたセザルたちは早速攻めようとするが、Rゲルセンキルヒェンの選手たちはまたしてもハンブルクF陣内に大量に侵入してきては激しいプレスをかけ、ボールを奪取。ポゼッションサッカーでハンブルクF陣内に攻め込む。

 そして自陣には鷲介がゴールを決めた時と同じ三人だけだ。あからさまにハンブルクFのカウンターなんて平気という空気を放つRゲルセンキルヒェンとラモンに鷲介はムカッとくるも、それを押さえてカウンターのチャンスを待つ。

 しかし中々ボールはやってこない。前半三十分になろうかと言う時間なのにRゲルセンキルヒェンの選手たちの動きは衰えず、度々ハンブルクFゴールを脅かしているからだ。

 激しくプレスを掛けてはボールを奪い、こちらにほんの少しの隙ができれば躊躇なくシュートを放ってきている。全てゴール枠内に向かっているシュートをハンスやペアたちが弾き防いでいるが、そのこぼれ球を他の選手がことごとく拾い──またカウンターを仕掛ける前に奪取、またはボールがラインから割ってしまうのだ。

 Rゲルセンキルヒェンの後先を考えないようなは激しいプレスと攻撃。だがハンブルクFにもそれは確かなプレッシャーとなってきており、選手たちのポジショニングに乱れが生じ始めている。当然ハンスやペアたちのコーチングで度々修正するも、それでもずれの発生は抑えられない。


「鷲介!」


 しかしスタジアムにいるサポーターの声援に励まされるハンブルクFイレブンは猛攻を耐え凌ぎ、久方ぶりにカウンターのボールを送ってきた。

 ボールの落下地点とスピード、そしてマークに付いているラモンの位置と行動速度を予測して鷲介はボールを収めるべく動く。そしてボールを収めようとしたその時だ、ギリギリ間合いの外にいたラモンが一瞬でその距離を詰めてきた。


(な!?)


 明らかに尋常ではないアジリティに鷲介が驚くのと同時、彼はその勢いのままボールを奪取すると同時に鷲介にぶつかり、吹き飛ばす。ピッチに転がりながら心中で「ファウルだろ!」と声を上げるが主審の笛の音は聞こえない。

 当たられた部分に鈍い痛みを感じながら立ち上がる。すると鷲介からボールを奪取したラモンはその勢いのまま上がっており、チェックに来たセザルを味方とのワンツーでかわすとロングシュートを放つ。

 ゴールまで三十メートルはあろうかと言う位置からのシュートはしかし、見事ハンブルクFゴールに向かっている。だがさすがにハンスも動いておりパンチングでそれを弾く。

 だが弾いたボールに真っ先に反応したのはペアやトムではなくサミュエルだ。マークしていたペアたちを振り切ってこぼれたボールをハンブルクFゴールに叩き込んだ。


(やられた……!)


 逆転弾に悲痛な声を上げるサポーターの声を聞き、鷲介は奥歯を強く噛む。ボールがこぼれる位置がわかっていたのようなサミュエルの反応と動き。これは俗に言われるストライカーの嗅覚によるものだ。

 そしてその前のラモンのボール奪取時の動きだし。試合前彼はアジリティが高くスピードのある選手だと聞いてはいたが、予想以上だった。いや、もしかしたら鷲介と同等かもしれない。

 自陣に戻るラモンが無言で勝ち誇った笑みを浮かべている。鷲介は鋭い視線を一瞬向け、センターサークルへ走る。


(俺に匹敵、もしくは同等のスピードのCBか)


 もちろん警戒すべき点はそこだけではない。一瞬でボールを奪取する技術に加え、こちらを難なく吹き飛ばしたフィジカル。対峙した瞬間、ブルーノと同格だとは感じたが、もしかしたら彼よりも厄介かもしれない。

 前半四度目のキックオフ。逆転されたハンブルクFは攻めようとするが前に前に出るRゲルセンキルヒェンの選手と激しいプレスがそれを許さない。ボールを奪われてはユーリが強靭なフィジカルを生かしたキープ力でボールをキープ。チームメイトからボールを渡されたゲルトは長短、そして精密かつ速いパスを次々と放ってはハンブルクFのディフェンスを突き破り、崩していく。

 そしてサミュエル、トルステン、ティトのスリートップはユーリやゲルトら中盤からのパスをことごとく収め絶妙な位置からシュートを放っていく。また最前線からボールを奪いに精力的に動き、ハンブルクF守備陣のミスを誘う。

 ペアたちがサボっているからではない。彼らの動きがペアたちの読みと守りを上回っているだけだ。

 それでも必死に奮戦するDF陣の頑張りで何とか失点は免れてはいる。だが攻撃──カウンターにはなかなか移れない。鷲介にボールが来ることはあったが、


「おいおいどうした? リーグ随一のスピードと聞いていたがこんなもんか」

「……!」


 マンマークに付いたラモンを鷲介は振り切れずにいた。いや正確に言えばラモンとヨーゼフの二人だ。

 基本、ラモンが鷲介とマッチアップしているが最後尾にヨーゼフが残っており、ラモンがかわされたときは彼がすぐさま距離を詰めてくる。そのヨーゼフのカバーリングが絶妙だ。鷲介が行きたい方向に必ず回り込んでおり、また一度かわされただけでこちらの速度や間合いを把握したのか迂闊に飛び込んでこない。

 そして鷲介が突破しようと動いている最中に突破したラモンが再びやってきてはボールを奪取、もしくはラインを割られてしまう。さらに厄介なところは彼はレネのチェックをしつつそれを成し遂げていると言う事だ。

 またマークを受けているラモンもかわすのは容易ではない。鷲介についてくるスピードとアジリティで鷲介の高速シザースに容易についてきては、緩急を織り交ぜたフェイントでかわされてもすぐさまスピードで追いついてしまう。

 ラモンの──ロート・バイエルンのジェフリーに匹敵する──強靭なフィジカルと南米DF特有の荒々しいディフェンス。特に彼のディフェンスは荒くファウルギリギリなものが多い。審判に見えない位置で足を踏まれ、腕や肘で体を叩かれ、ユニフォームを掴まれる。ジュニアユース、ユースリーグ時代南米出身のプレイヤーから同様のことを受けたことはあったが、それとは比較にならない。

 世界トップクラス、あのポウルセンやバレージに匹敵すると評されているがどうやらその評価は正しいようだ。とはいえ鷲介もこのまま終わる気は毛頭ない。

 前半ロスタイム間近、Rゲルセンキルヒェンの激しいプレスをかわしやってくるボール。センターサークルまで下がった鷲介にラモンが迫ってきているが気にせず来たボールをダイレクトでRゲルセンキルヒェン陣内の左へ蹴る。


(よし! 通った!)


 鷲介の蹴ったボールがレネの前方かつヨーゼフから遠い距離に出たのを見て、鷲介は全速力で走りだす。

 ヨーゼフがレネに寄ってできたスペースへ走りこむ鷲介。そこへヨーゼフからチェックを受けつつも、小刻みなフェイントでマークをずらしたレネがボールを出す。

 レネが返したボールを鷲介は軽く前方へ蹴りだす。一見ミスに見えるがこれはわざとだ。


(ラモン、あんたは確かに速い。でも俺よりは遅い!)


 スピードとアジリティは確かに鷲介に近いレベルだ。だが近いと言うだけで上回ってはいない。単純なアジリティとスピードは鷲介の方が上だ。

 敵陣中央に蹴りだしたボールへ全速力で走る鷲介。後ろからラモンが猛烈なスピードで走ってきているのを感じるが気にせず走る。単純な走りでは鷲介に追いつけないのだから。


(もらった!)


 ペナルティアーク直前まで到達し、やや前に出ているシューマッハを見てループシュートを放とうとしたその時だ、後ろからラモンの叫びが聞こえる。


「やらせるかよガキが!」


 殺意すら篭っていそうなその声にゾッとし、思わず鷲介は後ろを視線を傾け大きく目を見開く。ラモンがピッチに体を投げ出すようなスラィディングを放ってきたからだ。

 スラィディングの軌道から足を狙っているように見え、鷲介は思わず前にボールを蹴りだし、跳躍してかわす。だが驚きのためか蹴りだしたボールは思った以上の勢いがついており、それを前に出ていたシューマッハがダイレクトでハンブルクF陣内へ蹴りだす。


「しまった!」


 シューマッハの飛び出しについては知ってはいたが、予想以上だ。ややボールコントロールをミスったこともあるが、シューマッハの動きだしは以前より速い。

 シューマッハが蹴り上げたボールをユーリとセザルが競り合う。しかしここはセザルより長身かつフィジカルに定評のあるユーリがあっさり勝ち、彼が頭で落したボールをゲルトが収め、ハンブルク陣内の左サイドへパスが通る。

 精密機械と言う二つ名を持つドイツ代表のパスはこれまた見事に若きアルゼンチン代表の足元へ来る。そして今日の試合で何度も見られたティトとガブリエルのマッチアップだ。

 加速してゴールに迫るティト。ガブリエルが止めに行くが彼はスピードを殺さないダブルタッチでガブリエルの横を突破。トムが前を塞ごうと動いたその時、センタリングを上げる。

 ハンブルクFゴール中央に上がったそのボールにペア、そしてサミュエルが反応。しかしサミュエルの反応がわずかに速く彼はゴールに背を向けつつも跳躍、オーバーヘッドシュートを放つ。

 サミュエルの左足がミートしたボールはペアの左を通り過ぎてハンブルクFゴール右へ向かう。脅威の身体能力が可能としたスーパープレイにハンスは一歩も動けていない。


(失点……!?)


 だがボールはポストに当たり右へ弾かれる。だが安堵はしなかった。なせならそのボールにトルステンが真っ先に反応し、ボールをゴールに叩き込んだからだ。


「……!」


 三点目を奪われ、愕然となる鷲介。だがその時、主審が笛を吹いて首を振り、そしてサイドの方を指差している。

 そちらに視線を向ければ線審がフラッグを上げていた。どうやらトルステンがオフサイドだったようだ。


「惜しかったぜ。だがまぁ後半叩き込めばいいか」


 すれ違った際、挑発するラモン。

 だが鷲介は何も言わない。言えない。彼の発言をサミュエルたちのプレイが肯定しているからだ。


(……攻撃力だけならRバイエルンと遜色ない)


 リーグ最強と評された攻撃陣の破壊力を目の当たりにし、鷲介は表情を歪めるのだった。







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