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ダッシュ!!  作者: 浮雲士
第一部
29/196

A代表招集2







「鷲介、そろそろ起きろ。おい」

「……んん? 直康さんか。もう着いたんですか」


 アイマスクを外し声のした方を見ればスーツ型の直康がいる。そして左隣には同じくスーツを着たヴァイス・ツィーゲKの鹿島勇司の姿もある。

 寝ぼけた眼でゆっくりと周りを見渡す。客室には大勢の人が静かに座席に座っている。


「あと三十分で到着だよ。そろそろ準備をしておいた方がいい」

「ふぁい~」


 気の抜けた声を出しながら鷲介は席を立ち、レストルームへ向かう。

 顔を洗い用意したタオルで顔を拭く。冷たい水が寝ぼけていた鷲介の意識をゆっくりと目覚めさせる。

 先日、日本フル代表に初選出された鷲介は同じく代表に選ばれた直康と鹿島と共に日本に向かっている最中だ。直康はともかく鹿島が一緒なのは同じ代理人繋がりのためだ。


(やっぱりあんまり似合ってないなぁ……)


 レストルームの鏡に映るスーツ姿の鷲介。プロになった昨年新調したがその時も同じように思ったものだ。

 ともあれ身だしなみを改めて確認し、整える。日本サッカー最高峰のチームに選出されたのだ。変な姿をしていては家族はもちろん所属するロート・バイエルン、レンタル先のハンブルクFにも迷惑がかかる。


「出発する前も言ったが、変なことはするなよ。あと妙なことも言わないように」


 席に戻った鷲介に直康が言う。離陸前、彼は空港で待ち受けてるメディアやファンの騒ぎは凄まじいので取り合わないよう云々と説教じみた助言をしてくれていた。


「わかってますよ。その辺はしっかり叩き込まれていますから」

「いーや、お前は分かってない。日本でお前がどんなふうに言われているか知ってるのか?」

「大体はネットで見て知っていますよ。『神童』、『救世主』とかいろいろ言われているんでしょ。

 でもそんな周りの反応はドイツでもありましたし対処方法も分かっています。心配しすぎですよ」


 自慢ではないが昨年いきなりトップに上がると言う事でミュラー共々ファンから注目されたしチームからも指導を受けている。スタープレイヤーであるジーク達からもしっかりと教え込まれている。

 ややうんざりして鷲介が言うと今度は鹿島が心配そうな表情になる。


「うーん。ちょっと俺も心配になってきたかなー。日本では君が思っている以上に君を持ち上げられているし、期待されているよ。

 何より欧州と日本との対応が同じと思ってるのはちょっと危ないよ」

「そうなんですか? でも話題は俺だけじゃないでしょ。鹿島さんや直康さん、それにビック3の瀬川さんと堂本さんもいるんですから。

 俺にマスメディアが群がってくるんは最初だけですよ。すぐにそっちの方に移るでしょう」

「だと、いいんだがなぁ……」

「そうですねー……」


 鷲介の言葉に全く納得していない二人。それを見て鷲介は少しむくれるが、気遣ってくれている両者にそれ以上何も言わないことにする。

 定刻通り飛行機が着陸、直康たちと共に空港に降りて入国審査などを済ませ荷物を受け取りロビーに出ると、突然耳をつんざくような歓声が聞こえてきて、鷲介は思わず足を止める。


「な……」


 唖然として周囲を見るとロビーには大勢の人がいた。そして彼らが持っているカメラやスマホは全てこちらに向けられており、絶え間なくフラッシュがたかれている。


「ぼーっとするな! さっさと行くぞ!」

「まともに相手をしていたら他のお客さんの迷惑になるからね!」


 聞こえる声援や炊かれるカメラのフラッシュの眩しさに面食らってる鷲介を直康たち二人が強引に引っ張っていく。

 そして彼らに連れられるまま出迎えにきた日本サッカー協会の人と合流、素早く空港を出て車に乗る。


「やれやれ。思った以上の反応だったな。鹿島が一緒で助かったぜ」

「いえ、こちらもですよ大文字さん。あれほどの人や報道陣がいるとはさすがに思っていませんでした」

「……そんなに、凄かったんですか?」


 空港の外、建物の影に隠れた四人。鷲介は一息ついてサングラスを外し、訊ねる。


「そうだ。あれほどの人や報道陣に出迎えられたのは前回のW杯が終わり帰国した時ぐらいだな。

 つまりお前の帰国はそれに匹敵するニュースになっているわけだ」


 鷲介はそんな馬鹿なと返答したかったが、現実を見た以上それはできなかった。

 そして少し不安になる。自分は一体母国でどんな扱いになっているのだろうかと。


「言っておくが試合までの練習でも大勢の人に囲まれるのは間違いないから覚悟しておけよ」

「あとインタビューも毎日のようにあると思うからね。大変だろうけど、頑張ってね」


 二人の言葉に鷲介は天を仰ぐ。どうやら二人の言うとおり試合だけではなくそちらの方も気を引き締める必要がありそうだ。

 ともあれいつまでも隠れてるわけにもいかないのでサングラスを再び装着した鷲介たちは案内人とともに駐車場へ移動、用意された車に乗ってさっさと空港を後にする。

 車で移動中、案内人を含めサッカーのことやプライベートなことをちょくちょく話していると周囲の街並みが変化する。海岸や海が視界に入り、開けた窓からは潮の香りのする風が吹き込んでくる。


「お、マリンドームだ。てことはもう少しだな」


 通り過ぎる巨大なドームを見て直康が言う。そして彼の言うとおりそれから十数分後、車はドームの先にあった駐車場に停車する。 


「はー、凄いなー」


 車から降り、協会の人に案内されている途中、視界に入ったものを見て鷲介は大きく口を開ける。

 視線の先にあるのは海沿いにある無数のサッカーコートだ。ビーチも含めればその数は十を超えている。

 そしてサッカーコートと思われる場所全てが芝でできており、その周りには当然ながら照明など無数の器具が設置されてる。正直ここまでの規模の施設を見たのは一度だけだ。


「ここが日本有数のトレーニング施設『フットボールセンター』か……」


 千葉県に存在しているここ『フットボールセンター』は最新のサッカー専用トレーニング施設だ。フル代表が日本で試合する際、殆どここを使用するので鷲介も名前だけは聞いたことがあった。

 しかしヨーロッパと言うサッカーの最先端の場所にいる鷲介の度肝を抜くほどのものとはさすがに思っていなかった。ぱっとみて外見だけなら欧州のそれとさしたる差はない。


「おい鷲介! ぼーっとしてないでさっさとついて来い!」

「あ、はい! 今行きます!」


 いつの間にか数十メートル先に歩いていた直康たちを追いかける鷲介。海から吹いてくる潮の香りを放つ少し強い風を浴びながら舗装された道を歩き、クラブハウスに到着する。


「お、克人だ」

「あ、本当だ。それと瀬川さんに南郷さんもいますね」


 クラブハウスに入り、中の受付らしきところにいた男性を見て直康、鹿島が言う。

 二人の言うとおりそこにいた三人の男性は鷲介たちと同じ海外のクラブで活躍する三人だ。


「……ん? おお直康! 久しぶりだな!」


 こちらに最初に振り向いた川上がぱっと笑顔となる。身長も公式記録で190ある彼は三人の中で一番大きく、そして雰囲気も活発そうに見える。

 続いて振り向く二人。一番小柄──確か身長は170前半──でメガネをかけているのが東郷。線が細い美男子が瀬川だ。


「鹿島もいますね。……あ、瀬川さん、もう一人が」

「ああ。Rバイエルンの柳くんだろう」


 ぶんぶんと手を振る川上たちの元へ歩いていく鷲介たち。直康は川上と抱擁をかわし、鹿島は南郷と軽く挨拶する。


「初めまして。俺は」

「自己紹介はミーティングの時だけで充分だと思うよ。おそらくここにいる全ての人が君の顔は知っているだろうからね。

 瀬川亮太だ。よろしく」

「柳鷲介です。よろしくお願いします」


 微笑を浮かべてを差し出してきた瀬川に鷲介も同じように握手を返す。川上、南郷にも挨拶をし、先にいた瀬川たちのように受付を済ませて部屋のカードキーを受け取る。


「ところで今到着したメンバーは何人ぐらいなんですか。もう全員集まっていますか」

「大文字様たちを含めて21名です。監督、コーチ陣は全員到着されております」


 スラスラと応答する受付係。さすがに慣れているのだろう。


「残り二人ですか。確か集合時間は午後四時まででしたよね。あと三十分で来なければ遅刻じゃないですか。誰が来ていないんですか?」

「藤堂さまと柿崎様です」


 スペイン組の二人かーと鷲介が思っていると、ふと気づく。直康たちの表情が微妙に変化していることに。

 微苦笑する瀬川、半眼の南郷、呆れる直康など様々だ。どう見ても好意的な反応ではない。


「どうしたんですか?」

「いや、いつものことだなと思ってな」


 ため息まじりに言う直康に鷲介が首を傾げたその時だ、クラブハウスの入り口ゲートが開く。

 振り向き見れば、そこにはスポーツバック、キャリアケースを持った二人の男性の姿がある。一人は柿崎元。もう一人はおそらく──


「よぉお前ら。久しぶりだな。──主役の登場だぜ」


 妙に高価そうなサングラスを外してそう言ったのは日本代表のエースストライカー、堂本慶二郎その人だった。






◆◆◆◆◆







「皆さん、久しぶりだ。そして初対面の人たちは初めましてだ。私が日本代表の監督を務める嶋田清一郎しまだせいいちろうだ」


 ミーティングルームに揃った鷲介たち代表選手たちに向かってそう言ったのは恰幅のいい男性だ。


(確か元日本代表だったよな。ポジションは……FWだったっけ)


 よどみない口調で会話をする監督。その丸々太った姿は正直、元プロサッカー選手とは思えない。はっきり言って弁の立つ営業部長と言った風に見える。


「──今回の相手はアウェーで圧倒した相手だ。しかしだからと言って油断せず全力で挑んでほしい。

 そして今回初召集の面々は今後も招集されるような活躍を期待する」


 十分ほど一度も言葉を止めることなかった監督はそう締めくくると、続いて横に直立しているスタッフの紹介に入る。

 チームドクターにコンディション、フィジカルコーチ等等。そしてその中にいたある人物を見て鷲介は声に出さず驚く。


(木崎さんじゃないか)


 そう、コーチの中には前U-17代表監督を務めたミシェル・木崎の姿もあった。そして彼は鷲介の視線に気づいたのか、一度だけウインクを送ってきた。


「──ミーティングは以上だ。練習開始は配布した予定表通りに行う。

 国外から来た人も多いので今日一日はゆっくりと休み、明日への英気を養ってほしい」


 最後、監督がそう締めくくり、コーチ陣と共に部屋を出ていく。

 そしてミーティングルームの空気が弛緩し、選手たちも席を立ち動き出す。


「それじゃあひとまず、部屋に行くとしようか」

「そうですね」


 隣に座る鹿島の言葉に鷲介は頷き、席を立つ。部屋のルームメイトは彼なのだ。


「お、柳に鹿島じゃねぇか。お前たちも部屋に行くのか。何号室だ?」


 エレベーターに乗ろうとしたところで堂本が声をかけてきた。隣には柿崎もいる。


「303です。堂本さんと柿崎は?」

「304、同じ部屋や。ま、いつものことやな」


 何やらきざったいと言うかどこか偉ぶった笑みを浮かべて言う柿崎。そんな彼を鹿島は少しの間冷めた目で見つめている。


「いつものことって。そんなに一緒の部屋になることが多いんですか」

「まぁそうだな。俺と元の奴はフォルツァ大阪出身でな。監督もその辺を察して気を使ってくれているんだと思うぜ」


 堂本の横で頷く柿崎。妙に自慢げだ。


「ところでよ、部屋についた後どうするんだ。何や用事がないのならちょっと付き合えよ」

「ひとまず荷物を置いてから、鹿島さんに周囲を案内してもらおうと思っていますけど」

「そうか。ならそれが終わったらグラウンドに来いよ。期待の若手の実力が見てみたい」

「堂本さん。彼は初めての代表合宿なわけでして。それに長旅で疲れてもいますし、急がずとも明日以降存分に見れますよ」

「俺は少しでも早く見たいのよ。──で、どうする柳」


 妙に挑発的に聞こえる堂本の言葉。鷲介は少し考え、言う。


「すいませんが長旅で疲れているので遠慮します。ま、鹿島さんの言うとおり、明日以降見れますのでそれまで我慢していてください」


 最後を茶化すように言う鷲介。堂本は少し黙るが、肩をすくめて頷く。


「……そうか。ならその時を楽しみにしておくわ」


 部屋に入っていく堂本。鷲介も入ろうとしたその時だ、視界の隅にこちらを睨んでいる柿崎の姿が目に入る。

 鋭い柿崎の視線を感じつつも部屋に入る鷲介。中は二つのベットに冷蔵庫など、必要最低限の器具しかない質素、堅実といった内装だ。しかし一流ホテルとしての優雅、高貴さも部屋の各所に垣間見える。


「鹿島さん、俺何か不味いこと言いましたかね。なんか部屋に入る前、柿崎さんの不機嫌そうな顔が見えましたけど」

「いや気にしなくていいよ。ただ単に堂本さんからの誘いを断ったのが気に入らなかっただけだから。

 あいつは昔から同じクラブ出身の堂本さんを敬愛、と言うか崇拝しているようなところがあるからね。海外への移籍も堂本さんがいるからスペインリーグを強く熱望していたって話もあるし」

「柿崎さんとは付き合いが長いんですか」

「そうだね。ジュニアユース時代のころから代表や選抜でちょくちょく顔を合わせているかな。──いい選手ではあるよ」


 荷物を片付けながら背を向けて言う鹿島。言葉には多少の嫌悪、忌避感が漂っており、また”いい人”と言わないところから、仲はあまり良くないようだ。

 ともあれ鷲介も荷物を片付け、鹿島と共に部屋を出る。そして彼の案内の元、許可されている場所を巡り最後にホテル横にある喫茶店に入る。

 通路でホテルともつながっている喫茶店だが、中は喫茶店だけではない。コンビニにお土産屋、そして隅にはバーも併用されている。


「コンビニを見るとここが日本だって強く痛感しますよねー」

「うんうん。その気持ちはよくわかる。──って川上さんと大文字さん、こんな時間にバーにいるのか」


 バーのラウンジに座る川上と直康を見て、鹿島が半眼で呟く。

 店の隅からこっそり覗き込む二人。二人のテーブルにはグラスは無いが、正面にいるバーテンダーが何やら両腕を振るっている姿が見える。


「……もしかして酒、注文してないだろうな」

「さすがに夕食前なんですからそれは無いのでは?」

「いや川上さんは無類の酒好きで豪酒でもある。なにせ給料の何割かを酒につぎ込んだって話や噂もあるぐらいだからな。

 俺が初めて招集されたときも酒の飲み過ぎで監督やコーチから説教を受けていたぐらいだし。本当、それさえなければいい人なんだけど」

「うんうん。僕も前付き合った時はぶっ倒れる寸前まで飲まされたなぁ」

「俺は途中で逃げたっけ……」


 鹿島に同調するのはいつの間にか後ろ似た南郷と本村だ。そして今鷲介の眼前ではバーテンダーが出した液体の入ったグラスを見て瞳を爛々と輝かせている川上と、呆れたようにため息をついている直康の姿が見える。

 四人は顔を見合わせ、同時に頷くと静かにバーから去っていく。被害を受けないために。


「あ、ミニゲームしてますね」


 喫茶店を出て談笑しながらコートを案内されていると、その内一面を使用している選手──堂本たちがいる。


「堂本さんチームにいるのはいつもの柿崎と稲垣に高城。相手をしているのは吉野と土元、海原に大島チームか」


 GKなしの4対4のミニゲームを眺める鷲介たち。堂本の連続ゴールが決まったのを見て南郷が鷲介に訊ねる。


「なぁ柳くん、堂本さんを見てどう思う?」

「どうって、別に悪くないかと」

「言い方を変えるか。──Rバイエルンのメンバーと比べてどう見える?」

「それはもちろんRバイエルンの選手の方がいい動きをしますよ」


 正直なところ堂本の動きはアレックスたちRバイエルンのベンチメンバーにすら及んでいない。国際級ではあるだろうがRバイエルンワールドクラスには及ばないといった印象だ。

 というか気のせいだろうか。前回のW杯よりも動きが悪いように見える。いや遊びだからそう見えるだけだろうか。


「……しっかし俺としてはなんであの人が今回招集されたのかよくわからん。ま、柿崎もだが」

「お二人が呼ばれたことが何か問題でも?」

「大有りだね。少し調べればわかるけどあの二人、最近試合にあまり出ていないのさ」


 ハイタッチする堂本と柿崎の二人に対し、南郷は冷めた目を向けている。


「そう言えばここ最近、堂本さんはベンチスタートが多いんでしたね。柿崎選手はベンチ外の時もありましたっけ」

「さらに付け加えるなら最後までベンチの時もあるな。あと結果も乏しいのもな」


 本村の言うとおり、FWと言うポジションで彼らは鷲介と鹿島のドイツ組に比べ結果に乏しい。12ゴール6アシストの鷲介、7ゴール4アシストの鹿島に比べ堂本は確か5ゴール2アシスト。柿崎は3ゴールのみだったはず。

 それに関してはベンチスタートが多いこと、また世界最高峰リーグと呼ばれているスペインリーグで活躍するのは並みではない。もし彼ら二人がドイツリーグにいれば鷲介たちと同等の結果を残していると言われているが──

 

「今回の相手はあの二人がいなくても十分に勝てる相手だよ。海外でも十分に試合に出てコンディションがいい選手はいたのに、呼ぶ意味が分からない」


 東郷の言う選手とはおそらくベルギーリーグ、ヘントFCに所属する九条智久くじょうともひさのことだろう。

 今シーズン、九条は9ゴール8アシストと鷲介に次ぐ素晴らしい活躍を見せている。また前回W杯のメンバーでもありFWの中では堂本に次ぐ二番手と評されている。


「……あのー、もしかして南郷さんあの二人が嫌いなんですか」

「うん。特に堂本の奴はね」


 即答する南郷。彼は小さくため息をつき、続ける。


「前回のW杯以降、代表はちょっと妙な感じでね。昔と違い一部のメンバーが固定、優遇されていたり結果を残していない選手も招集されたりしている。その中心に堂本がいるような気がするんだ」

「それは流石にうがち過ぎた考えではないですかね」


 いち選手がチーム、それも代表メンバーに影響されるなど滅多にない。

 堂本が今まで代表として残してきた結果を考えればその可能性もなくはないが、日本代表には小野がいる。正直彼と比べれば堂本は選手、結果と共に劣っていると言わざるを得ない。


「南郷がそう思う根拠がないわけじゃない。監督はフォルツァ大阪の元監督で、堂本さんたちを率いていたこともある。そして彼らを重用しリーグ制覇したこともあるからね」

「教え子だから贔屓されてるってやつですか」

「サッカー界じゃよくある話だろう? ──柳、そう言うわけでもし試合でスタメン出場するなら合宿の時、相当なインパクトを残さないと無理だよ。

 いつも通りなら堂本はスタメンだろうし、残り一枠はよほど調子が悪くない限り柿崎を使うだろうしね監督は。最近は特にそんな感じだから」


 そう言って南郷は部屋に戻るからと告げて去っていく。同室の本村もその後を追い、彼ら二人がクラブハウスに入ったところで鷲介は鹿島に問う。


「鹿島さんは南郷さんたちの話をどう思います?」

「俺も代表に入ったのはアルゼンチンW杯以降だからはっきりとはわからないが、まぁ多少はそんな空気はあるかもね。

 でも特定の選手を贔屓する、またその選手を中心として監督がチームを作るって話はサッカー界でよくあることだし、さすがに南郷の話は過剰だと思うよ」

「ですよね」


 仮に南郷の話が本当だとしても真っ当な監督ならば堂本と小野の二人を中核としたチームを作るはずだ。いくら十年近く代表の選ばれ続け海外のクラブにいようが、日本人の中で間違いなくワールドクラスと言うべき小野をチームの重要なパーツにしないのは明らかに間違っている。

 稀に世界には優れた選手が代表監督と気が合わない、代表チームでは輝けない、結果を残せない等等の問題を抱えクラブとは別人のような状態になることもあるが、小野は前回のW杯はもちろん参加した主な大会では一定の評価を受けている。クラブ限定の選手ではないのだから。


「さてと、一通り案内はしたけどこれからどうする?」


 背筋を伸ばしながら鹿島がそう言ってきた時だ、鷲介の腹の虫が鳴る。


「……腹減ってきました。コンビニで何か買いましょうかね」

「もうすぐ夕飯だから我慢しなよ。それにコンビニの食事は体に良くないぞ?」

「数年ぶりだし一食ぐらい平気だと思うんですけど、わかりました。部屋に戻って夕食まで寝てます」

「俺も付き合おう。機内でしっかり寝たつもりなんだけどちょっと眠くてな。どうも時差ボケには慣れないんだよな昔から……」


 軽く欠伸をする鹿島と共にクラブハウスに向かって歩いていく。中に入ろうとしたとき堂本の「よっしゃー!」と言う元気な声が聞こえてきた。






◆◆◆◆◆







「おはようございます大文字さん」 

「直康さん、おはようございますーす……」


 練習初日の朝、鷲介と鹿島は食堂へ向かう見かけた直康と川上に声をかける。直康は挨拶を返し、しかし眉根をひそめる。


「おうおはよう。……なんだ二人揃ってその顔は。シャキッとしろよ」

「そうだぞ! 今から朝飯だ。元気出していこう」


 隣にいた同室の川上が笑いながら言う。どうもこの人、普通の人よりテンションが高いようだ。


「してますよー。時差ボケを治すためちょっと寝過ぎただけです。飯食っているうちに元に戻りますから」

「そうですそうです。朝から怒らないでくださいよー嫁さんに言いつけますよー」

「柳、お前なぁ……」

「ははははは! 夏織さんのことを出されては流石の直康も黙るしかないか!

 さ、とにかく飯にしよう。しっかり食って合宿の初練習をびしっと決めよう!」


 四人一緒に食堂に向かうと、すでにそこにはほとんどの代表メンバーたちが食事をとっていた。

 配膳前に並びコックから朝食が乗った膳を受け取る。メニューはご飯や味噌汁、そして普通のたまご料理に魚やウインナーといったホテルのような定番型の朝食だ。

 ともに席に着いた直康たちと談笑しながら朝食を済ませ、朝のミーティングに参加。そして午前十時前、練習のためメンバーと共にクラブハウスを出てグラウンドへ行く。


「ほー……うお」


 周囲を見渡し鷲介は最初驚きの声を上げ、次にちょっと顔を引きつらせる。

 まず驚いたのは一面に広がる鮮やかな緑色のピッチだ。Rバイエルンや他のクラブの芝のピッチを見ている鷲介にはこの一面の芝がきちんと丁寧に整備されているのがすぐに分かった。整備状況で言えば欧州に劣るとも勝らない。

 そして顔をひきつらせたのは、ピッチの柵の外にいる日本代表のファンと報道陣の数だ。周囲を埋め尽くしており、そして彼らの奇妙な・・・視線がびしびしと鷲介に向かられているのがわかる。


(なんなんだろう、この感じ)


 空港でも感じた違和感。Rバイエルンや欧州のファンとは明らかに違う何かが日本のファンからは感じられる。

 それがわからぬまま合宿は始まる。初日と言う事もあってランニングにサーキット、フィジカルといった練習を二時間みっちりとおこなう。

 そして昼食を跨いだ午後一時からは戦術練習だ。日本代表の基本戦術はU-17と同じポゼッションによる多彩なパス交換によるサイド、中央突破を行うようだ。


「……ふぅん」


 練習しながら代表の面々を観察する鷲介。流石日本の代表と言う事もあってかサッカー選手の基礎中の基礎である止めて蹴るを始め、必要最低限のスキルはそれなりだ。

 とはいえ一部の選手を除きプレースピードや判断の遅さは気にはなる。特に海外組と国内組は明らかに速度の違いは明らかだ。


「──それでは、今日の練習はここまで」


 二時間近く続いた戦術練習が終わり監督の声で解散する面々。しかし誰もクラブハウスではなくピッチの柵の外に詰めかけているサポーターの方へ歩いていく。

 ファンへのサインなどのサービスか。そう鷲介が思ったその時、鷲介の肩に直康、川上が手を置く。


「さて柳、覚悟しておけよ」

「期待の新星、日本における初めてのファンとの交流だ。頑張れよ!」

「は、はい……」


 直康、川上に脅しのような励ましの言葉を受け、サポータの方へ歩いていく鷲介。近づいている最中炊かれるカメラやスマホのフラッシュが眩しく、目を細めながら近づく。


「柳選手、サインください!」

「握手してください!」

「こっちにも来てください!」

「こちらもよろしくお願いします!」


 背後以外のあらゆる方向から聞こえてくる、押し寄せるようなサポーターの声に気圧されながらも鷲介は笑顔を作り、対応してもいい時間いっぱいファンの声に応えていく。

 そして『フットボールセンター』所属のスタッフがファンサービス終了を告げると、今度は鷲介たち数名がメディアの前に呼ばれる。


「柳選手! 初めての代表での練習はどうでしたか!?」

「試合が終わってからすぐの合流ですが疲れはありましたか?」

「代表メンバーについてどう思いますか?」


 サポータの声援同様、絶え間なく来る質問攻めに鷲介はより違和感──というよりも気持ち悪さ──を感じながらも、プロスマイルを作って一つ一つしっかりと答える。

 

「堂本選手、柳選手はどうでしたか?」

「上手いですね。神童と呼ばれているのは伊達ではありません──」

「大文字選手、柳選手はクラブと代表ではどう違いがありますか?」

「思ったほどの変化はないと思います。ただ慣れるには多少、時間が必要になるかと──」


 同じように呼ばれインタビューに答えている堂本と直康。問いの半分近くが鷲介に関することばかりだ。


(二人のことをもっと聞けばいいのに、なぜ俺に関わる質問ばかり来るんだ)


 妙に長く、ねっとりとしたインタビューの時間が終わり三人はロッカールームへ引き上げる。


「あー、疲れた……」

「おいおい大丈夫か。ここにいる間は今日と同じか、それ以上のメディアやサポーターがくるぞ。早く慣れろよ」


 着替える最中呟いた鷲介の言葉に堂本が揶揄するように言い、さっさと着替えを終えてロッカールームから姿を消す。

 やや遅れて着替えを済ませ、通路を歩いていると鷲介は直康に問う。


「直康さん」

「どうした?」

「日本のファン──いえ、と言うよりメディアか。報道陣っていつもあんな感じなんですか。正直、すごく気持ち悪かったです」

「気持ち悪い? 人酔いでもしたか」

「そうではなく、なんというか、うーん……」


 人酔いなどではない。だが応援してくれている日本代表のサポーターやメディアからは、鷲介が知っているそれらとは明らかに違っていた。

 その表現に鷲介はしばし悩み、的確なものを見つけたので口に出す。


「そう、すっごく甘いんです。なんていうか濃厚なバーククーヘンに蜂蜜がかかったような。

 Rバイエルンのサポーターやメディアは普通のバームクーヘンなんですけど」

「海外と国外のサポーターとメディアの温度が違いすぎるってことだろ」

「そう! それです!」


 鷲介が手を叩くと、直康はため息をつきつつ、言う。


「ま、当然と言えば当然だろう。Rバイエルンと言う世界トップクラスのビッククラブに17歳と言う異例の若さでデビュー。

 クラブでは途中出場が多いとはいえ結果を残しU-17W杯でも順当に活躍、レンタル先の降格圏争い真っ只中なうちのチームでも目に見える活躍をしているんだからな」

「でもドイツとは空気が違いすぎるんですけど──」

「そりゃあここは”日本”だからな」


 違いを強調したいのか、日本のところを強く言う直康。


「この間も言ったが今までの代表、いや日本サッカー界の歴史の中でお前のような選手は皆無だった。メディアやサポーターが過剰反応するのは無理もないしああいった態度になるものも分かる。

 どちらも期待しているのさ。お前さんが日本サッカー界の新たな歴史を作ることをな」


 そう言って直康は振り向き、鷲介の肩に手を置く。


「だか俺としては心配もしている。お前は凄い。でもそれは選手としての話だ

 この間も言ったが潰れないか──いや潰されないか心配にはなる」

「潰されないかって誰にです?」

いろんな・・・・人たち・・・やものにだ。プレッシャーで代表やクラブでコンディションを落とす、本来の自分を見失うなどして未完の大器となった選手なんていくらでもいるからな。お前がそうならないとは限らない」


 思わず鷲介は目を張る。言われてみればそうやって大成しなかった選手の話はいくつもある。

 鷲介としてはそうなるとは微塵も思っていないが、それは今まで潰れて行った選手たちも同じだろう。なら鷲介がそうならないとは言い切れない。


「ま、だからな。悩みや困ったことがあるなら話ぐらいは聞いてやる。一応同じ代理人と契約しているし今はレンタルとはいえ同じクラブだからな

 鹿島や近藤、同じドイツでプレーする先輩もいるんだ。まぁ遠慮なくとまで言わんが適度に頼れ。──俺たちもそうやって来たからな」


 言っていて照れたのか、軽く頬を染めて直康は歩き出す。それを見て鷲介は微笑み、言う。


「直康さん。──ありがとうございます」

「さっさといくぞ。向こうに鹿島たちが待っている」






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