A代表招集1
「…………。ん~………」
むくりと起き上がる鷲介。ボーっとしながら周りを見渡し自分がどこにいるのか、今何時なのかを把握する。
「八時過ぎか。ずいぶん、寝たな……」
鷲介は呟き、くぁと口を開ける。昨日のロート・バイエルン戦の激闘を終え、寮の自分の部屋に帰り着いたのが夜の九時過ぎ。
肉体的にも精神的にも大きく疲れていたのだろう。就寝前のストレッチ以外特に何をやることもなくぽーっとしており11時前、さっさとベットに入ったのだ。
鷲介は朝のストレッチを済ませ洗面場に行き、すれ違った寮生らに挨拶をして食堂へ足を運ぶ。
「おはよう。今日はずいぶん遅いねぇ」
食堂についた鷲介に笑顔で声をかけてきたのは掃除をしている四十代半ばの白人女性だ。彼女はアルベルタ・カント。このハンブルク・フェアアインユース寮の寮母だ。
当然ながらハンブルクFの熱狂的なファンで試合に勝った日、またはその翌日の食事にデザートを用意する等、ちょっとしたサービスをしてくれる。
「昨日の試合でだいぶ疲れていたみたいで。夢も見ることなく9時間爆睡です。……ところでまだ朝ごはんありますか」
寮なのだから当然食事の時間は決まっている。すでに時刻は九時前、とっくに朝食の時間は過ぎている。
「こんな時間にやってくる不届きものに食わす料理は無いと言いたいけどね。昨日の試合を見ていれば爆睡するのもわかるってもんさ」
そう言ってアルベルタは掃除の手を止めると台所へ向かう。そしてしばらくして料理が乗ったトレーを持ってきてくれる。
「おお……!」
トレーに乗っている十分すぎる料理の量に思わず鷲介は声を出す。時刻が時刻なだけに食べられないことも覚悟していたからだ。
「これぐらいしかないけどいいかね? まだ食べるなら追加で何か作るけど──」
「いえ、十分です。ありがとうございます」
思わず頭を下げる鷲介。そこへバタバタと足音を立てながらガブリエルもやってきた。
彼も寝起きかつ急いできたのか、いつもはきちんと整っている格好が少し乱れている。
「お、おはようございます! あの!」
「朝食だね。ちょっと待ってなさい」
同じように料理を持ってくるアルベルタ。ガブリエルにそれを手渡しまだ掃除をして離れた区画を指差し、二人はそこで朝食を始める。
いつもなら軽く会話を交えて食べるのだが、鷲介もガブリエルも無言で素早く料理を咀嚼する。掃除を始めている寮母の邪魔にならないよう早く食べようとしているのもあるが、それ以上に尋常ではない空腹を満たすため料理に伸ばす手を、食器を使う指を止めないのだ。
「ごちそうさまでした!」
「ありがとうございました!」
瞬く間に朝食を平らげる二人。トレーを調理場に片付け、寮母に向かって礼を言ってすぐそばにあるリビングに入ると、二人は同時に大きく息をつく。
「何時に起きた? 俺は八時過ぎだ」
「十分前だよ。昨日寝たのは十一時ごろかな。鷲介は」
「似たようなものだな。お互い、それだけ昨日の試合に疲弊したんだろう」
よくよく思い出せば試合後はとにかく疲労感が体から消えず、やる気と言うものが湧いてこなかった。寮に戻った後は寮生ともほとんど会話をかわさず食事をとって部屋に入りそのまま熟睡。
世界トップレベルのチームとの対戦がこれほど疲れるとは思わなかった。そして今も体から疲労は抜け切っていない。完調するには丸一日かかりそうだ。
「ま、今日は完全オフだしゆっくりと体を休めよう。しばらく試合もないわけだし」
「約二週間の代表ウィークか。ドイツは確かEURO本戦に備えた親善試合があるんだったな。
相手はイングランドとオランダ。どっちも本戦出場を決めたチーム同士だな。……どっちの国も”ゾディアック”を呼ぶかな」
脳裏に浮かぶアーサー。そしてオランダの”ゾディアック”。前者はまだ代表に呼ばれていないが時間の問題とされている。後者はすでに代表デビューを果たしておりEURO、そして次のW杯の主力になるのではないかと言われている。
「どっちもリーグでは活躍しているし呼ばれるっていうニュースや記者によるコラムで呼ぶべきだっていうのは見るね。
ところで日本は……たしかW杯アジア二次予選だったっけ?」
「ああ。確かそうだな」
「鷲介は呼ばれるかな? ネットの記事じゃそうなる可能性があるって言うのはいくつかあったけど」
「さすがに今呼ばれるってのはどうかと思うけどな。俺を呼ぶほどヤバい状況でもないわけだし。まぁ呼ばれるとしたら六月のオオトリ杯じゃないか?」
正直なところ、呼んでほしくはない。ユース時代幾度も欧州各国を遠征した鷲介は長距離移動が思った以上に選手の体に負担をかけることを知っている。
ましてもし呼ばれるとしたら今回はかつてないほどの長距離移動だ。戻ってきた後のコンディション調整は今まで以上に難しいものになるだろう。
「そう言えばミュラーは元気にしているかな? スペインにレンタルしてはや数ヶ月だけど──」.
ガブリエルがU-17のチームメイトについて言ったその時だ、リビングの扉が開きアルベルトが姿を見せる。
「ああいた。鷲介、ウーゼさんから今日のお昼頃クラブハウスに来てほしいそうだよ」
「監督が? 何の用事ですか?」
「そこまではいっていなかったね。まぁ重要な用事だから遅刻せず時間通り必ず来るようにとは言っていたけど」
そう言って立ち去って行くアルベルト。まだ清掃の最中だったのかパタパタと足音を立てて去っていく。
「なんの用事だろうか」
「もしかしてレンタル期間についての話かもね。もしくは他チームからの移籍とか──あ」
何かぴんときたのか、人差し指を上げるガブリエル。そして笑顔を浮かべ鷲介を見る。
「どうした?」
「A代表招集っていう可能性もあり得るね。というかそれが一番可能性が高いね」
「そうか? ……まぁとにかく行けばわかるか」
◆◆◆◆◆
「あ、直康さん」
アルベルタに言われたとおり昼ごろ、クラブハウスに向かった鷲介。するとクラブハウスの入り口近くで同じ日本人の同僚を見かけ、声をかける。
振り向いた直康は少し目を見開き、しかしすぐに納得した表情となる。
「お前も呼ばれたのか。……これはフル代表デビューは確実か」
「ガブリエルもそう言ってましたけどさすがに早すぎないですかね。親善試合ならともかくW杯の予選で呼ぶってのは考えにくいかと──」
「そうでもないな。残り試合で日本が予選落ちする可能性は非常に低い。だからこそ日本サッカー界の至宝たるお前を代表チームに慣れさせるために呼ぶってのは十分にあり得る」
クラブハウスの廊下を歩きながら直康は言う。まぁ確かに。直康の言うような話はよく聞く。
「至宝ね。日本での俺の評価はそこまでのものですか。まぁ世界で活躍する十代は俺だけですからそう評されるのは分からなくもないですけど」
「何度も言っているがお前の実力は若手というレベルをはるかに超えてる。単純な実力ならFWとしては日本人No1だろうし呼ばれるは全く不自然じゃない。現代表でお前と対等と言えるのは小野ぐらいのものだろう」
「……ウーリッジFCの小野さんですか。でもあの人は今怪我をしていますし代表には呼ばれませんよね。会ってみたかったなぁ」
プロになって一年も満たない鷲介だがすでに自分の実力が世界クラスに届きつつあること、そして現役の日本人選手の中で一、二を争うレベルであることはすでに自覚している。
過信でも傲慢でもない。世界のサッカーの最前線と言える欧州、それも五大リーグにおいて今季、鷲介より優れた実力を見せ、成績を残している選手は小野選手以外いない。そして今の自分はあのブルーノたちと対等にやり合えた。日本人でも有数の実力を持っていると自負するのは自然な流れだ。
監督の部屋まで到着し、ノックをして中に入る。部屋にいた三人の大人。一人は監督でソファーに腰を下ろしている二人のうち一人はスーツを着た見覚えのない四十代ぐらいの日本人。
そして最後の一人は見知った顔だ。僅かに白髪が混じった金髪を持つ硬い表情の白人男性。マルクス・ルーデン、鷲介と直康の代理人だ。
「マルクスさん? どうしてここに?」
「私も呼ばれたのだ」
思わず鷲介が問うとマルクスは少しも表情を変えず、言う。そして鷲介たち二人に座るよう促す。
「よく来たね二人とも。こちらにいるのは日本サッカー協会の強化部長、西田淳二さんだ」
「お久しぶりです大文字選手。──そして初めまして柳選手、西田淳二です」
「西田さんが来たと言う事はやはり柳の奴を」
「はい。監督は柳選手、あなたをW杯アジア二次予選の二試合に招集しています」
微笑み言う西田。
「……6月に呼ばれると思っていました」
「監督やスタッフの会議では当初、そのつもりでした。しかしリーグ後半戦の目覚ましい活躍で協会内部から招集する声が多くなり、またマスメディアやサポーターからも多くの声が上がっていたのです。
私も時期尚早だと思いますが君がフル代表に選出される実力を持ったサッカー選手であると思います」
そこから監督、マルクスを含めた話し合いが始まる。クラブから離れる期間や代表に参加中の注意事項、怪我をしたときの対処など様々なことを。
代表の先輩である直康や経験者である監督たちも交えた説明は的確かつ分かりやすかったが密度の濃いものとなった。そして鷲介が一度で把握しないことも考慮していたのか 西田は注意事項などが書かれた資料を渡すと他による場所もあるらしくさっさとクラブハウスから去って行った。
しかし話はまだ終わりではない。それとは別件でマルクスから鷲介に雑誌の取材やスポーツ用品企業から様々な話が来ていることも話す。いつごろ取材をしたいだのある企業がスパイクやタオルを使用してほしいだのといったものだ。
「それも断っておいてください。…… てか何でこんな一気に話が来ているんですかもー!」
マルクスから告げられた話のあまりの多さに鷲介は悲鳴を上げる。一方マルクスはやはり表情を微塵も動かさず、淡々として言う。
「君の活躍ぶりと認知度を考えれば当然だな。私としては少ないと思うぐらいだ」
「これでですか!? 俺でこれじゃあジークさんたちはどんな感じなんだか……」
鷲介はそう呟きながら、以前ジークが取材や企業からの話について「いろいろ面倒くさい」と苦笑していたのを思い出す。
ひとまず取材はマルクスが進めるところを受けるとして企業からの話は全部断りを入れた。いずれどこかから話があればやってみたくはあるが、鷲介は17歳の少年であり、プロとしてまだ一年目も終えていない若造なのだ。スパイクなどの道具はともかくテレビ、ラジオなどメディア出演などとても引き受ける気にはなれない。
別のチームからの移籍の話もあったがすべて断るよう言う。Rバイエルンでプレイするために今ハンブルクFにいるのに他チームに行くはずもないからだ。
「あーなんかどっと疲れた……」
クラブハウスを出たところで鷲介は大きく肩を落とす。肉体は疲労していないが、精神的に大きく疲弊した。特にマルクスからの話でだ。
「ま、プロになった以上メディア出演やスポーツ企業との接触は避けて通れんからな。とはいえ個人としては大事な収入源にもなる」
「俺としては普通にチームからの給料だけで問題ないんですけど……」
「確かにそうだが金はあって困るものじゃない。何かあったときや引退後やってみたいことができたなら必要にはなるしな。
とはいえ無節操にするのも良くはない。クラブやマルクさんはもちろん、家族ともしっかり相談して決めるんだな」
「そう言う直康さんはどんなことをしたり、どこの企業と契約しているんですか?」
「俺か? 俺はだな──」
直康が自身の副業について話そうとしたその時だ、ぐぅ~と鷲介の腹の虫が鳴る。
「柳、昼飯は食ったか?」
「いえ、まだです。今日は起きるのが遅かったので監督の話が終わってから食べようかと」
「よし、ならちょっと付き合え。A代表初選出で奢ってやろう。
あと先輩としてちょっとした代表の心構えやメディア出演やらスポンサーとの付き合いについても教えてやる」
「はい! ありがとうございます」
奢りと聞き思わず背筋を伸ばす鷲介。そして直康の車で彼お気に入りのレストランまでやってきた時だ、車から降りた鷲介の視線の先に見知った人の姿がある。
「あれ? ……直康さん、あれってウーゴさんじゃないですか?」
「変装しているが確かにそうだな。一人で何やってるんだあいつ。おーい!」
声をかける直康。しかしウーゴは気がつかなかったのか、そのままバス乗り場の方へ歩いていく。
「どうします?」
「追うぞ」
直康の言葉に鷲介は頷き、彼と共に後を追う。
そしてウーゴが乗り込んだバスに乗り込み、やや距離が離れた座席で彼を見る。
「ウーゴさん、いったいどこまで行くんでしょうか」
「このまま行けばハンブルク港に到着するな。何の用があるんだ……?」
「観光……って昔からいた場所ででそれは無いか。というか直康さん、そろそろ声を掛けませんか? どうして俺たち尾行するようなことをしているんでしょうか」
「……。言われてみればそうだな。バスを降りたら普通に声をかけるとするか」
直康が口にした通り、ハンブルク港にて停車したバスからウーゴが降る。
鷲介たちもそれに続き、直康が彼の肩を叩く。
「ようウーゴ」
「あれ直康。それに鷲介まで、どうしたんだい?」
振り向き驚いているウーゴに鷲介が口を開いたその時だ、ぐぅ~と腹の虫が鳴る。あまりにも大きく、はっきりとした音にウーゴだけではなく周囲にいる人たちからも注目を浴びる。
「……どこかのレストランにでも入って話そうか?」
「……。はい」
微苦笑しながら言うウーゴに、鷲介はいたたまれない表情で頷くのだった。
◆◆◆◆◆
「それじゃあ鷲介のA代表初選出を祝って、乾杯」
グラスを掲げウーゴが言う。鷲介、直康もそれに倣い自分のグラスを彼のグラスへと打ち付ける。
今鷲介たちがいるの高台に建てられているレストランだ。テラスに設置されたテーブルに座っている鷲介の鼻孔には微かな潮の香りが感じられ、ハンブルク港には停泊している多くの船の姿が見えている。
「それにしてもプロになって一年も経っていないのにA代表に呼ばれるなんてね。本当に凄いものだ」
「そう言う割りには落ち着いているように見えますけど……」
「まぁあまり驚きは無いね。君の実力と残した結果で呼ばれない方がどうかしている。
たとえ君がドイツやブラジル出身でそれらの代表に呼ばれたとしても同じ感想を抱くだろうね」
にこにこと微笑みながらウーゴは言う。純粋に鷲介の代表選出を喜んでくれているようだ。
「んで、わざわざハンブルク港まで来て、お前は何をやっていたんだ?」
注文した魚料理に手を付けながら直康がウーゴに問う。
「気分転換だね。気分が落ち込んだときや考え事が多いとき、よく来るんだ」
「ハンブルク港にですか?」
「うん。ここはハンブルクでもっとも海を感じられるからね。僕はリスボンで生まれて、子供の頃は海辺や船が見える場所で友達とサッカーをしていたんだ。
ここに来るとあの時のように頭が空っぽになって考えが整理できたりするんだよ」
そう言ってウーゴは視線を港へ向ける。茶色の瞳が懐かしげな視線となって停泊する船や海に向けられる。
「んで、何を悩んでいたんだ?」
「サッカー選手としてどうあるべきかってことかな」
ウーゴは微苦笑して言う。
「……。それはまたなんとも、高尚な悩みだな」
「ですね……」
「この間君たちに言われてさらに深くなった悩みだけどね」
ぎこちない笑みを浮かべる直康と鷲介にウーゴはにっこりとほほ笑んで言う。
どうしたものかを思い二人が顔を見合わせた時、ウーゴが小さい笑い声を上げる。
「ごめんごめん。責める気はないんだ。あの時ペアにがーっと言われて頭に血は登ったけ全くの的外れってわけでもないからね」
でも、と言いウーゴは眦を下げる。
「今のプレイスタイルが全く間違っているとも考えられないんだ。確かに攻撃面への貢献は減ったとは思うけどポジション的に不足していると言われていた守備力は上がったと思うからね。
でもかつての僕を知るを知るセザルさんたちから否定されてどっちが正しいかわからなくなってしまったんだ」
そう言って自嘲するような顔つきとなるウーゴ。
「我ながら情けない話だよ。自分がどうサッカーをするべきか悩んでしまうなんて。プロ失格だね」
「ウーゴさんはどうしたらいいと思うんですか? 昔のサッカーか今のサッカーか。それともそのどちらでもないサッカーですか」
「おい鷲介。ウーゴはそれに悩んでいると言っているんだぞ」
直康の言葉に鷲介は言い方がまずかったかと思い直し、言葉を頭の中で整理して、言い直す。
「すいません。言い方を変えます。ウーゴさんはどういうプレイスタイルを望んでるんですか?」
「……高望みかもしれないけど現状のスタイルにかつての攻撃面を加えたようなサッカーができればいいなとは思うね。でもそんなことは」
「できないと思うんですか? どうして?」
ウーゴの言葉に鷲介はいらっときて、少し尖った声で問う。
なぜやってもいないのに無理と決めつけるのだ。すぐ側にやり直しができず、スパイクを脱ぐ人がいるというのに、どうしてそんなことで悩むのだ。
「どうしてって……」
「ウーゴさんは22。まだまだ成長が見込める年じゃないですか。そうなるよう頑張ってみたらどうです? どうしてしてもいないのに高望みだなんてことを言うんですか」
「鷲介!」
嗜めるような声を上げる直康。しかし鷲介は言葉を止めない。この間のような反発をされるのを覚悟したうえで続ける。
「俺はウーゴさんにこうしてほしい、こうなってほしいとまでは思いますけどそれを強制しようとまでは考えていません。だってそれはウーゴさん自身が決めるべきことですから」
先輩であり尊敬している人からいろいろ言われ、迷うのはわかる。だがもし自分がジークから同様のことを言われても彼の思うようなサッカーをする気はない。
そんなことをしてもし失敗、間違えたりしたら助言してくれた人たちのせいにしてしまうかもしれないではないか。そんなのは御免だ。するとしても十分に考え、自ら望んだ場合だ。
何をするにしてもまず肝心なのは自分の意志でありそれを貫くのが一人前でありプロだと鷲介は考えるからだ。
「さっきも言いましたけどウーゴさんはまだ22でサッカー選手としてはやり直しは充分ききます。重要なのは自分がどうしたいかです。
今言ったようなスタイルに変更したければどうすればそうなるか考えて努力する。そしてチームメイトやクラブから協力してもらえばいいだけです。──プロサッカー選手は大勢の人の協力があって存在できているのだから」
そこまで言って鷲介は一端言葉を切り、水を飲む。
そして特効薬──または劇薬──となるかもしれない言葉を口にする。
「『できるできないと言う前に、それに挑め。できなかった、無理だったと言うのは試合が終わってからにしろ。お前はまだ動けるんだからな』。
昨日の試合でRバイエルンから五点目を入れられた直後、セザルさんが俺に言った言葉です。この言葉は、今のウーゴさんにも通用すると思います。
改めて言います。ウーゴさんはまだやり直しは十分にできます」
大きく目を見開くウーゴ。そして彼はゆっくりと目を閉じ、天を仰ぐ。
「……ありがとう鷲介。ちょっと気が晴れたよ」
空に向けていた表情をゆっくりと戻し、微笑むウーゴ。表情には未だ迷いの色があったが言葉の通り、先程よりは薄れている感じもする。セザルの言葉はいい意味で効いたようだ。
レストランにて食事を済ませ、ウーゴは用事があるからと言って去っていく。鷲介たちも直康の車を止めたレストランに戻るためバス乗り場へ歩いていく。
「しっかしお前、前々から思っていたがけっこう容赦のない言い方するときがあるな。遠慮や配慮が欠けているっていうか」
「そこまでいわれるような物言いはしていないと思いますけど……」
言い方が強かったのは認めるが鷲介としては一人前のプロならば誰でもしているようなことを言っただけだ。遠慮や配慮が欠けていると言われるのは流石に心外だと思う。
「とはいえウーゴの奴、少しは表情が明るくなったな。迷いが晴れればいいんだが」
「まぁ人に相談する時点でどうするべきかはおおかた自分の内で決まっているっていう事が多いそうですからね。ウーゴさんの選択を信じましょう。
しかしさすがセザルさんの言葉は効果覿面ですね」
チームキャプテンの得意げな顔が脳裏に浮かび、鷲介は小さく笑む。
たった数ヶ月の付き合いだがかの人物は鷲介にもいくらかの影響を与えているように思える。
「ともあれウーゴが以前のように溌剌とサッカーする姿を見たいもんだ。──さて、ウーゴのことはこの辺にしておいて次はお前だな柳」
「俺が何か?」
首を傾げる鷲介に直康はびしりと指を突き付ける。
「17歳の若さでプロになり世界トップクラスのクラブデビューを果たす。しかも一年も経たない状態でのフル代表初選出。日本サッカーの歴史上未だかつてなかった事だ。
これからいろいろと大変になる、覚悟しておけよ」
「いろいろって、何がですか?」
「わからん。今も言ったが前例がないからな。とにかく大変になるのは間違いはない。
お前がさっきウーゴに言った言葉を借りるが、何か困ったことや相談事があれば家族やクラブ、友人たちに相談するんだぞ。──潰されないために」
真顔で言う直康。いつになく真剣な彼に思わず鷲介は頷くのだった。
◆◆◆◆◆
「みなさん、こんばんわ。グレートサッカーの時間です!
今日も私加納博則とコメンテーター、元日本代表MF福原恵次さんと共に始めたいと思います。
さて、最初の話題は今日発表されたW杯アジア二次予選の代表メンバーについて早速語りたいと思います!」
「はい。現在日本は予選首位。対戦相手はタイとインド。タイは前回アウェーで引き分けていますが小野選手や堂本選手たちが出場せず、インドには勝利しています。選出されたメンバーならば勝利は難しくないでしょう」
「はい! では改めて紹介しましょう。まずGKは三人。ポルトガルリーグ、ポルティーモFCの川上克人選手、浦和エーデルシュタインの牧智久選手、鹿嶋ソルヴィアートの曽根崎信介選手」
「DFはイタリアリーグNASミランの田仲祐樹選手、イングランドリーグCハンプトンの井口弘樹選手、ドイツリーグハンブルク・フェアアインの大文字直康選手。
Jリーグからは横浜グランマールの秋葉栄太郎選手、東京エストレヤの海原一樹選手、鹿島ソルヴィアートの馬場謙一選手、フレッシュ広島の佐々木博人選手、川崎ドヴァンセFCの大島良則選手の八名。
大島選手は一年ぶりの代表復帰で海原選手は初選出です!」
「中盤は小野選手を欠いた八人。フランスリーグ、マルセイユDFCの瀬川良太選手、ドイツリーグ、ベアリーンFCの南郷源十郎選手、オランダリーグ、アルメロFCの土本真二選手。
Jリーグからはフォルツァ大阪の高城新選手、鹿島ソルヴィアートの本村恵次選手、鹿児島ユナイティッドフォーコの稲垣純一選手、札幌オウルの吉野浩太選手、アツィオーネ清水の伊藤良治選手の八名です。
最近の調子や成績から見ても順当と言える選出です」
「FWは六人。十年近く日本代表のストライカーであるスペインリーグの強豪 バエティーカFCに所属する堂本慶二郎選手! 同じくスペインリーグ、クルニャラFCの柿崎元選手、ドイツリーグ、ヴァイス・ツィーゲ・ケルンの鹿島勇司選手。
Jリーグからは鹿嶋ソルヴィアートの沢村新之助選手と福岡ビーネSCの桑野蓮選手です。桑野選手は初選出です」
「そして残る一人は皆さんお待ちかね! 昨年弱冠一七歳と言う若さで世界最高峰クラブの一つ、ドイツリーグの王者というべきロート・バイエルンからトップデビューを果たした柳鷲介選手です!
シーズン前半こそ世界クラスのチームメイトの壁を超えられず途中出場がほとんどでしたが、レンタル移籍をしたハンブルクFではシーズン後半からほぼすべての試合に出場し、着実に得点とアシストを重ねています」
「現時点で12ゴール7アシスト。ヨーロッパで活躍する日本人選手の中でもトップの成績です。全く、素晴らしいの一言に尽きます」
「全くです! このメンバーに小野選手が加わり見事融合すればW杯本大会出場はもちろん悲願のベスト8も夢ではないでしょう!
すでに現地では『サムライ・ソード』、『黒鷲』二つの愛称を持つ柳選手。A代表デビューが何より期待されます──」