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ダッシュ!!  作者: 浮雲士
第一部
27/191

王者との戦い3






『ジークフリート! ジークフリート!』

『フランツ! フランツ!』


 肌を殴打するようなロート・バイエルンのサポーターの声。そして彼ら二人がピッチに入ると声援はさらに大きく、強くなる。


「この状況で二人同時投入か。Rバイエルンの監督の戦術眼も見事なもんだ」


 いつもと変わらぬ表情で言うセザルを頼もしく思った鷲介だが、すぐに気付く。彼の眼差しがいつになく真剣になっていることに。

 周りを見渡すとハンブルクFの選手たちは完全に委縮してしまっている。サポーターの声援もあるだろうが、それ以上にジーク達が入ったことでRバイエルンの雰囲気が一変したからだ。


(これが、本気のRバイエルン……!)


 自然と肌が粟立ち、疲れではない汗が頬を一筋流れる。味方ならばあれほど頼もしかったジークとフランツの存在感は元々強大だったRバイエルンのプレッシャーをより大きく、強くしている。

 主審から言われセザルはボールを持ってコーナーへ向かって行く。鋭いボールがゴール前に上がるが競り合いで頭半個ぶん抜けたジェフリーがボールを弾き返す。

 こぼれたボールを拾う直康。そこへ向かって行くのは交代したばかりのフランツだ。慌ててボールを近くの味方に渡すがフランツはすぐさま反転してそちらの方へ走っていく。

 さらにジークも同じようにボールを持った選手へプレッシャーをかけ始め、そのわずかな時間の間にRバイエルンは陣形を整える。そして一人、また一人とボール奪取のために動き、そしてあっという間に赤のイレブンは自分のゴール前から離れ前に出ていく。


「絶対にジークフリートから目を離すな!」

「わかってる!」


 そう叫ぶのはセザルにDF陣の面々が怒鳴り返す。さすがにフリーにしたときのジークの恐ろしさが骨身にしみているようだ。

 攻め込むRバイエルンに対しハンブルクFは監督からの指示でとにかく守備に徹する。息が切れてきた鷲介も前線からチェックをかけ、プレッシャーを与え続ける。

 懸命に動き、守るハンブルクF。しかしそんな彼らとは対照的にRバイエルンのボール運びは落ち着いている。そしてそれを指揮しているのはもちろんフランツだ。


「そこは無理しなくてもいいぞ! フリオがフォローに来ているから預けろ!」

「チェックが甘い! リードしているとはいえ気を緩めるな!」


 ピッチに絶え間なく響くフランツのコーチングに、繰り出す速く正確な長短のパス。敵に回すとこれほど厄介かつ危険なものだと改めて実感する。

 しかしセザルやペアたちもそれに負けじと声を張り上げて守備に奔走する。Rバイエルンの動きや圧力で綻んだ守りを幾度も幾度も修正し、幾度かあった危険なシーンでもゴールを許さない。


(よし、Rバイエルンの勢いも圧も弱まってきた。そろそろ──)


 反撃に出るか。そう思い鷲介が改めてセザルを見た時だ。視界の隅にパスをインターセプトしたジークの姿が目に入る。


「んなっっ!」


 驚愕する鷲介の眼前、ジークはシュート体勢に入る。位置は中央と右サイドの中間、ゴールより二十五メートル程度の距離。だがその程度の距離はジークにとっては十分すぎる射程距離だ。

 ぞっとしたその時、ボールを奪われたウルリクがジークに対してショルダーチャージを仕掛ける。体勢は崩さないが僅かにジークの姿勢が乱れる。

 振るわれるジークの右足。ボールはゴール右に飛び、ハンブルクFのDFは誰一人反応できていない。

 しかしウルリクの直前のショルダーチャージが効果があったのか、ボールは右に曲がりラインを割る。それを見て鷲介はほっとするが、何かに怯えるような表情の直康たち最終ラインの面々を見てすぐに表情を強張らせる。


(もしかしなくても前半戦フルボッコにされたこと、思い出したのか)


 RバイエルンとハンブルクFが対戦した前回、Rバイエルンはアウェーながらも6-0の圧勝だった。しかもそのうち四点はジークに決められており四得点のうち、今のようなゴールシーンは三回もあったのだ。


「前回の戦いのことを思いだしちまったかねー」


 後ろで揶揄するブルーノを無視し、鷲介は歯噛みするも何も言い返せない。ジークには、世界最高峰のストライカーたる彼にはそれだけの実力と圧があるのだから。

 ジークの一撃で盛り上がるRバイエルンのサポーターと選手たち。声援はより強く激しく大きくスタジアムに響き、それらを受けてボールはピッチを縦横無尽に周り、後半終盤にも拘らずアレックスたちは交代で入ってきたジーク達のように鋭く、激しく動く。

 停滞しかけた赤の波がエースの一撃で以前と同じ、いやそれ以上の勢いを持ってハンブルクFに襲いかかる。その勢いを見てカウンターのため唯一前線に残っていた鷲介も反撃、カウンターと言う選択肢を放棄して守勢に回る。回らざるを得ないほどのものだ。

 しかし、しかしそんな中でも最年長のベテランであるセザルは巧みにボールを捌き、キープする。そして絶好の位置でボールを奪うと鷲介へパスを出す。


「ナイスですセザルさん!」

「いーや、ここでストップだぜ鷲介!」


 振り向き、鷲介は心中で舌打ちする。すぐ近くにはブルーノにクルト、そしてジェフリーの姿がある。

 さすがに三人を突破できると思うほど自惚れてはいない。ここはキープして味方が来るのを待つかと思ったその時だ、


「行け!」


 背中から響いてくるセザルの声。それを聞き鷲介は躊躇や迷い一切合財を振り切り、前に出る。


「上等!」


 センターラインを超えたところでブルーノは一気に間合いを詰めてきた。今日一番の速さと言っていい突撃を鷲介は右に切り替えしてかわすが、歴戦のウルグアイ代表は即座に反転して体を寄せてくる。


(速いっ! だが……!)


 彼の反応と動きは鷲介の予測範囲内だ。鷲介はボールと共に数歩後退して再び前に出る。そして彼の体が動いた瞬間に空いた股間にボールを通し、全速力でその横を通りすぎる。


「クルト!」


 ブルーノの声と同時に向かってくるクルト。その表情や態度からは今まであった驕りと言ったものが一切感じられない。正真正銘、全力かつ本気だ。


「ここで止まってもらうよ!」

「いいえ、突破します!」


 鷲介は揺るぎない意志を込めて返答し動く。正確無比なクルトの突撃に鷲介は考えるより早く体を回転させる。


「ルーレット!?」


 独楽のように周りながら横を通り過ぎる鷲介に驚くクルト。当然だ。鷲介も練習でこそ試したことはあったが試合で成功したことは殆どなかった。

 クルトは自分の動くスピードやタイミングを補足し、また切り返す方向を予期して突っ込んできていた。今まで通りならたとえかわせたとしても即座に反応されてボールを奪われるか、後ろのブルーノが追いつき止められるかだっただろう。彼を一瞬で突破し、尚且つ追いすがれないためには彼が予測していない動きをするしかなかった。


(一か八かの賭け。だが俺は勝った!)


 これで残りはジェフリーだけ。そう思ったその時だ、眼前にそのジェフリーが迫っていた。

 それに鷲介は驚愕する。あまりにも動きが早すぎる。まるでクルトたち二人がかわされるのを予期していたとしか思えないからだ。


「もらったぞ」


 短く言ってジェフリーはボールに足を伸ばしてくる。慣れないルーレットで反応が遅れた鷲介だがそれでもボール彼の股間を通そうと蹴りだす。

 しかし大きく広い彼の股間はそう来ることがわかっていたようにぴしゃっと閉じる。結果通そうとしていたボールは閉じた彼の足に当たり、こぼれる。


「短い時間に同じ技を乱発するものじゃないな」


 ボールを拾ったジェフリーはそう言い、ハンブルクF陣内へボールを蹴る。グラウンダーの強いボールをハンブルク陣内中央で受け取るのはフランツだ。

 すぐさま近くにいたセザルがチェックに行くがフランツはロビンとのワンツーで前に出て、さらに突っ込んできたドミニクをこれまたフォローに来たルディとのワンツーでかわし、ペナルティアーク前まで来る。


「まずい! ミドルが」

 

 来ると続けようとした時だ。フランツは唐突に右へパスを出す。

 誰もいないところにボールを出したことに鷲介は疑問に思うが次の瞬間、赤の背番号十番がそのボールへ駆け寄ってきたのを見て、絶叫した。


「前を塞げーっ!」


 悲痛ともいえる鷲介の声と同時にジークは右足を振りぬく。放たれたシュートはDFの間を通り抜け、今度こそハンブルクFのゴール右に突き刺さった。






◆◆◆◆◆






 エースのゴールにスタジアム中のRバイエルンサポーターが狂喜乱舞し、総身を振るわせるような声援を上げる。


『ジークフリート! ジークフリート!』

竜殺しドラッヘ・モード! 竜殺し!』


 ゴールを決めた彼を連呼するサポーターの声を聞きながら、光昭は今のゴールシーンを振り返る。


(ハンブルクFの選手全員がフランツ選手に気を取られすぎていたな)


 味方を利用したとはいえいともたやすく中央を突破しゴール前まで迫ったフランツ。ミドルもある彼にDFが反応し、その一瞬の隙をついたジークフリートがマークを外し飛び込んできた。

 レヴィアー・ドルトムントのケヴィンクラスのDFがいれば事前に察知、対処できたかもしれないが、ハンブルクFとしてはジークフリートをフリーにした上、フランツに警戒してシュートコースを開けてしまった時点で終わっていたのだ。


「まだ時間はあるぞ! 二点差、追いつくんだーーー!」


 発破をかける空也だが、その言葉を聞き光昭は無理だろと心中で突っ込む。

 ハンブルクFボールで再開される試合。だが点を取りにいかなければならないハンブルクFの選手たちの動きは鈍い。


(気持ちが切れたか)


 前半三点差をつけられ、すでに追いつめられていたハンブルクFが僅かとはいえRバイエルンと競っていたのは後半、チームの大黒柱であるセザルの反撃の一撃と鷲介のゴールによるものだ。

 三点差から一点差へ詰め寄った。もしかしたら追いつけるかもしれない。勝てるかもしれない。そう思いながら得点の勢いと共にいつも以上にハンブルクFの選手たちは動いていたのだ。

 しかしそんな彼らの気持ちを吹き飛ばすジークフリートのゴール。勢いと気持ちをエネルギーに変えていたハンブルクFの選手たちの動きが鈍るのは必然だ。

 そしてそれは鷲介も例外ではない。


「鷲くん!」


 ブルーノにあっさりボールを奪われ、しかもピッチに倒れた恋人を見て由綺が声を上げる。すぐさま起き上がる鷲介だが動きは鈍く、疲労の色も濃い。

 技術やスピードはともかく、スタミナはギリギリプロレベルな彼だ。レンタルされてフル出場する体力はつけたようだが世界最高峰のクラブと最後まで戦い抜く体力は流石にないようだ。

 ボールを奪ったRバイエルンは素早く無駄なくボールを回しあっという間にハンブルクFゴール前まで迫る。右サイドでボールを収めたフランツはサイドを突破すると見せかけて左へボールを蹴る。

 そのボールにジークフリートが下がって駆け寄るがスルーし、駆け寄ってきたアントニオが拾い、前に出る。彼の突破を警戒したのかジークフリートのゴールの後すぐに交代で入ったハンブルクFのCBザンビディスが距離を詰める。

 しかしアントニオは後ろを見もせずヒールでパスを出す。そのボールをオーバーラップしてきたブルーノがダイレクトでクロスを上げた。

 ハンブルクFのペナルティエリア右に向かって行くボールに真っ先に反応したのはまたしてもマーカーを振り切ったジークフリートだ。ザンビディスが前に出たためそのスペースを埋めるべくペアがポジションを移動してできたスペースに飛び込んできたのだ。

 飛行するボールに跳躍し頭を合わせるジークフリート。放たれたヘディングはピッチにバウンドしゴールネットを揺らす。お手本のような見事なヘディングシュートだ。


『オオオオオオーーーーーー!!』


 再びスタジアムからRバイエルンの喜びの声が轟く。そしてサポーターに挨拶するジークフリートたちRバイエルンイレブンとは対照的に、立てつづけて失点したハンブルクFの選手たちは打ちひしがれている。


(勝負あったな)


 立ち尽くす鷲介の姿を見て、光昭は思った。






◆◆◆◆◆






「おい、何をしょぼくれてやがる。まだ試合は終わってねーぞ」


 スタジアムから声援が響く中、うつむいていた鷲介に誰かから声がかかる。

 顔を上げればボールを手にしたセザルの姿があった。


「項垂れている暇も時間もない。さっさとボールをセットしてこい」

「……もう勝負はついたんですし、そんなに焦らなくてもいいでしょう」


 ボールを押し付けてくるセザルに鷲介は言う。残り時間5分弱で三点差。しかもダブルエース投入で完全に息を吹き返したRバイエルン相手にもはや勝つことはおろか引き分けさえも不可能だ。 


「それがどうした。それが点を奪いにいかない理由にはならねーだろうが。

 忘れたのか、ハンブルクFうちは降格争いの真っただ中なんだぞ。一点取っているかいないか、それさえも降格を大きく左右するんだ」

「そんなことはわかっていますよ! でも今のRバイエル相手にどうやって点を取れっていうんですか!」


 他のイレブンも鷲介も疲労困憊な上ジークの立て続けのゴールに心が折れてしまっている。こんな状態では復活したRバイエルンに取るイメージが微塵も沸いてこない。


「──いい加減にしろ」


 怒鳴り返した鷲介にセザルは怒りを込めた低い声で応じ、ボールを鷲介の胸に押し当てる。


「医務室でお前は全力を尽くすと言ったな? ならそれをしろ。いや、約束以前に負けが確定した試合だろうがそんな情けない姿でプレイするのをサポーターに見せるなんてのはプロ失格だろうが」


 彼の言葉にハッとなる鷲介。確かにその通りだ。


「負けが確定しようが、何点差付けられようが、できること、やるべきことをやれ。それがプロだ。

 そしてお前はFWだ。FWがやるべきことはなんだ」

「……点を取ること、です」

「そうだ。だからそれをやってみせろ。できるできないと言う前に、それに挑め。できなかった、無理だったと言うのは試合が終わってからにしろ。お前はまだ動けるんだからな」


 そこまで言ってセザルは表情を緩める。


「ゴール前で待っていろ。俺たちが必ずボールを送る。頼んだぜサムライ・ソード」


 そう言ってセザルは肩を叩き、今度はウーゴの元へ駆け寄っていく。

 大きく息を吐き出しサポーター席を見る。先程に比べ明らかに消沈した雰囲気で声援も小さいが、彼らが応援する姿を見て鷲介は強引に気合を入れる。


(あの人の言うとおりだ。最後の最後までやるべきことをやるべきだ。応援してくれるサポーターのためにも……!)


 自分同様、同じようにしょぼくれていたレネに声をかけ共にセンターサークルに入り、試合を再開する。レネが触れたボールを鷲介は寄ってきたセザルに渡すといつものポジションにつく。


「もう勝負はついたと思うが、まだやる気って顔だな。根性あるじゃねーか」

「そいつはどーも」


 背後のブルーノから揶揄するような言葉に軽く返答し、鷲介は疲れた体に鞭を打ってピッチを見ては動き続ける。

 セザルの必死ともいえる声のコーチングが飛び、前に出るハンブルクF。Rバイエルンは先程のように積極的にボールを奪いにはいかないがしっかりとした守備を構築し、同時にカウンターの用意を整えている。


(くそっ、穴が見つからない……!)


 ロスタイムに入ったのを電光掲示板が示すのを視界に捕えながら、鷲介は唇をかむ。自分やレネが必死に動きまわるがRバイエルンはまったく守備陣形に隙を作らない。

 せめてもう一人近い位置で上手いオフ・ザ・ボールの動きをする選手がいれば隙が作れるかもしれないのに──


「ボールを!」


 下がる鷲介。こうなったら残った力全てを使って、強引にでも隙を作るしかない。


(俺のスピードとドリブルならやれるはず……!)


 センターサークル近くで受け取るボール。そこへ元気のいい声を張り上げフランツ、アントニオが寄ってくる。


「今日の活躍は見事だった! だがこれ以上は何もさせんぞー!」

「さっさとボールをよこすんだな!」


 鷲介はボールをフォローに来たセザルに戻すと右へ流れリターンを受け取る。再びフランツが迫り、さらにブルーノも距離を詰めてくる。

 ゆっくり、ゆっくりと右サイドに流れる鷲介。そして二人が正面と左を塞ぎいい距離まで詰めてきたのを察知すると、残った力全てを使い、動く。


「まだそんな動きができやがるのか!」


 楽しげに言うブルーノへいつもの緩急のついた高速シザースを放つ。そして彼の重心が右に移動した一瞬を見計らって全速力で左側に突破する。

 だがしかし、彼の横を通り過ぎた後すぐに距離を詰めてくるクルト。前半最初の時と同様、こちらの動きを看破していたようだ。

 けれど鷲介とてそれはイメージできていた。そして後ろから追ってくるブルーノ、フランツのこともだ。

 クルトが足を出す直前、左のレネにパスを出し、そちらへ走る鷲介。ジェフリーに押されながらもレネはボールをダイレクトに返してくる。

 やや強く精度のないパスが右サイドに流れるがなんとか収める鷲介。しかし後ろからはブルーノが迫ってきており、クルトがペナルティエリア前に姿を現す。そしてツゥーキックでパスを返したレネはピッチに倒れ込んでしまっている。


(ここまでか……!)


 すでに体力も限界だ。今の状態でサイドを突き進んでも延命──時間稼ぎにしかならない。かといってゴールに向かってもクルト、そして待ち受けるアンドレアスを突破するのは不可能だ。


「後ろに下げろ!」


 聞こえてきたその声に鷲介は驚き、しかしすぐに言う通りにする。ボールを受け取ったのは疲れ切った、しかし負けん気な顔をしたガブリエルだ。

 後半途中から守備に奔走してめっきり上がってこなくなっていた彼。しかしこの時間で、失点も覚悟で上がってきたその心意気に鷲介は微笑む。負けん気が体の奥から溢れ、疲れで疲弊しきった体を無理矢理に動かす。


「こっちだ!」


 中央に流れボールを要求する鷲介。しかしガブリエルのボールは左に行きそれをセザルがダイレクトでさらに斜め左へ出す。


「!」


 そのボールに走り収めたのはウーゴだ。だがすぐにフリオが寄ってくる。

 そのフリオに対し、何とウーゴはフェイントをすると右に突破しようとする。彼らしくなプレイに鷲介はもちろんフリオも一瞬虚を突かれた顔になるが、すぐさま体を寄せてボールを奪おうとする。

 押されボールを取られそうになるウーゴ。だが体勢を崩しつつもフォローに来たレネにパスを出し、そしてそのレネにセザルが「横に出せ」と怒鳴り、ダイレクトでボールを出す。


(空いた!)


 ウーゴの上り、レネが下がったことでRバイエルンの左サイド守備に歪みが生まれる。そしてレネからのダイレクトパスを受けた鷲介は全速力でその穴へ突き進んでいく。

 もちろんすぐさまクルトがフォローし穴は小さくなっていく。だがこれだけあれば十分。そう思い右足を振り上げる。

 ゴール前から距離約二十数メートル。難しい距離だが不可能ではない。何よりこのまま何もせず終われない。


(降格争いのチームのしぶとさ、思い知れ!)


 そう念じると同時にミドルシュートを放つ鷲介。確かな手ごたえを感じたボールはシュートブロックのため伸ばしたクルトの足をかわし、ゴール左の枠内に向かう。

 飛びつき手を伸ばすアンドレアス。だが届かない。やったかと思ったその時だ、ボールは左に曲がるとポストに直撃する。


「……!」


 ゴールラインに転がるボール。それをフリオが拾い、大きく敵陣向けて蹴りだす。

 ──直後、主審から試合終了のホィッスルが響き渡るのだった。 






◆◆◆◆◆






 茜色に染まり始めたスタジアムに鳴り響く試合終了のホイッスル。それを聞き、鷲介はぺたりと尻餅をつき、体育座りの格好で項垂れる。


(くっそー……)


 負けは悔しい。だがそれ以上に全員の力を合わせた最後の一矢さえ届かなかった──いや、届かせられなかった自分が情けない。

 目じりに熱いものが浮かびかけそれをこらえたその時だ、乱暴に頭を撫でられる。

 いきなりの所業に驚き、そして怒った鷲介は髪をくしゃくしゃにした手を乱暴に振り払い、立ち上がる。


「もしかしたら泣いているのかと思ったが、違ったみてーだな」


 にやにやと笑っているブルーノ。その笑みが癇に障り鷲介は思わず睨みつけると彼は慌てて両手を上げる。


「怒るなって。冗談だ。──ま、悔しがっているみてーだが今日の試合は想定をはるかに超えたものだったぜ。

 さすがに三点差から二点差に詰められるとは、Rバイエルンウチの誰もが思っていなかっただろうからな。本当に、大した活躍だったぜ」

「ブルーノの言うとおり。レンタル先でしっかり成長していたね」

「ああ。驚いたぞ」


 ブルーノ、フリオ、そしてジェフリーたちRバイエルンのDFメンバーの言葉に嬉しくもあるが、今の状況と立場で言われても正直微妙だ。

 鷲介がそう思っているとDFメンバー最後の一人であるクルトがやってきては小さく頭を下げる。


「鷲介、前半の暴言を詫びさせてもらう。すまなかった。

 それとしっかり有言実行して見せたね。今日は文句なしに僕の完敗だ」

「……いえ、俺も少し言葉が過ぎました」


 謝罪され、クルトに返すよう鷲介は頭を下げる。向こうの言い方が悪かったとはいえ言い過ぎた。


「鷲介、向こうを見て」


 頭を上げた鷲介に、クルトは右側を指差す。不思議に思いそちらを見れば、こちらへ手を振っている日本人男性の姿がある。

 いや、あれは──


(英彦さん……!)


 最後に別れた時に比べてずいぶん大人びて見えるが間違いない。こちらの視線に気が付いたのか、彼はにこりと微笑み手を振ってくる。


「夏ごろ、成長した君が帰ってくるのを楽しみに待っているよ」


 そう言ってサポーターの方へ歩いていくクルト。それを皮切りにブルーノたちも鷲介に一言言って向かって行く。


「そんじゃ俺たちも行くわ。残りの試合、しっかりと結果を残したうえで勝ってチームを残留させろよ」

「勝った僕たちが言う事じゃないけど。頑張れ」

「次に会うのはRバイエルンのグラウンドだな!」


 ブルーノたちと同じく集まっていたアントニオやフランツたちも激励の言葉をかけてサポーターへ挨拶に向かう。

 その中でただ一人ジークだけは来なかったが気にはしていない。ブルーノたちが言葉にしたようにジークとは誰よりも早く次に会うのはピッチか、もしくはRバイエルングラウンドだと約束しているからだ。


「残り試合……。最後まで頑張らないとな」


 呟き、鷲介は表情に力を入れて立ち上がると、消沈しているサポーターの方へ歩いていくのだった。







◆◆◆◆◆






「負けちまったなぁ」


 いきなり声を掛けられ振り向けば、疲れた表情のセザルの姿がある。

 疲労困憊な先輩の姿にウーゴは俯き、謝罪する。


「すいませんセザルさん」

「Rバイエルン相手に負けるのは想定内だ。そう落ち込むな。

 しかしまぁ、若いってのは凄いもんだ」


 軽い口調でそう言い、セザルは遠くを見る。その視線を追えばRバイエルンメンバーに囲まれている鷲介の姿がある。


「この試合の二得点はあいつがいなければ生まれなかった。──ゾディアック”、名前の通り今の俺たちにとっては太陽そのものだな」

「はい……」


 前半だけで三失点。後半から入ったセザルの調子が良かったのもあるが、やはり一時とはいえドイツリーグ王者に一点差まで詰め寄れたのは鷲介のおかげだ。

 もし彼がいなければいい形は作れてもゴールを奪うまでには至らなかっただろう。セザルの言うとおり、絶望的な状況に勝利の光明をもたらした彼はまさしく太陽の申し子ゾディアックだ。


「で、お前はどう思う?」

「え?」

「あいつを見て、何も感じないのか?」


 感じないはずはない。サッカー選手、いやサッカーファンならば誰もが何かを思い、感じるプレイを彼は魅せてくれている。

 ウーゴが最後、攻撃に参加したのはそれに触発されたためだろう、と思う。彼ならば、彼とならばもしかしたらゴールが奪えるかもしれないと、思ったからだ。


「お前もまだ若い。変わろうと思えばいつでも変われる。

 ──俺と違ってな」


 軽くウーゴの肩を叩き、去っていくセザル。

 今シーズンでスパイクを脱ぐベテランの背中を見ながら、ウーゴは呟く。


「変わる……。変われるのだろうか、僕は」


 微かなつぶやきに答える声は無く、スタジアムの声援の中に紛れるのだった。






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