準々決勝、日本対アルゼンチン(5)
「う、あ……」
電光掲示板に表示された86分という時間と4-3と言うスコア。それを見た誰かが絶望の呻きを上げる。
ミカエルは奥歯を強く噛み締め逆転に喜ぶ日本代表イレブン──その中にいる鷲介に目を向ける。
仲間たちと喜び合っていた彼。こちらの視線に気づくと小さく勝ち誇った笑みを浮かべる。
それを見てミカエルは怒りのボルテージを上げるが、叫びたくなるのを我慢する。そんなことをしても何も変わらないからだ。
「ヤナギ君にも騙されたとは。全く、してやられたね」
そう言って乾いた笑みを浮かべるのは肩で息を弾ませているペドロだ。
「シュウスケの奴まで小賢しい真似をしやがって……!」
「負け惜しみですよそれ。騙され驕っていた僕たちが悪いんです。全てはアルフレッドさん達を妄信しすぎたことが原因です」
「だからってあんな馬鹿な策を使うやつがあるか!? 一歩間違えれば俺たちの大量得点で試合は決まっていたかもしれないんだぞ!」
「確かにそうですが、それは可能性の話です。何よりタカノと日本のDFたちはその危険な賭けに見事に勝っただけなのだから」
血管から血を吹き出しそうな顔で歯ぎしりするディエゴにペドロは冷静に言う。
ディエゴの言う通り日本の策は見事ではあるがハイリスクとの紙一重だ。ミカエルたち三人の誰かがゴールを決めれば勝敗は決していたのだから。
しかしタカノと彼に操られた日本のDFたちは見事、そのハイリスクな賭けに勝ち、とうとう勝ち越しまでしてしまった。
「それよりも残り時間をどうします──」
かと、ミカエルが続けるより先に審判が笛を鳴らす。試合再開を知らせるものかと思ったがどうやら選手交代の様だ。
交代するのはアルゼンチン。マルセロとディアス、二人の同時交代だ。入ってくるのはニコラス・スカローニとラモン・クルスだ。
前者はイタリアリーグのNASミラン所属のDF。SBもCBもこなすことができ運動量が豊富で視野も広いため正確無比なポジショニングによる守備を得意とする。ただしところどころプレーが荒いという欠点があるが。
後者はドイツリーグ屈指の協業、レヴィアー・ドルトムントに所属していたが33歳というベテランなためか出番は減少。そのため今季プロデビューしたリーベルFCに帰還し、ベテランらしくコンスタンスにゴールを重ね活躍。アルゼンチン代表に選ばれた。
ニコラスはレネ達DF陣に、ラモンはミカエルたちの下へ走ってくる。
「監督からの指示だ。ペドロ、お前はマルセロの位置に、ミカエルはペドロの位置に移動しろ。俺が左WGに入る。
そして残り時間は今まで通り、いやそれ以上に攻めろとのことだ」
「ちょ、ちょっと待ってください。それは通用しないと後半で証明されたばかりじゃないですか!?」
「それでもそうしろと監督のお達しだ。──何よりハーフタイムに一度、自分の策を拒否したのだから二度目は許さないと」
戸惑うペドロにラモンは監督のように冷徹に言い放つ。そしてそれを聞き皆がうっと押し黙る。
ハーフタイムにおける監督の策は守備に重点を置いてのカウンター。もっともドン引きではなく中盤と最終ラインの距離を縮めたコンパクトな守りだ。
しかしそれに選手の大半は反発。せめてあと1点取ってからでは遅くないと前半の勢いを維持したまま攻勢に出ることを要求した。
そして監督は少し考えた後、それに頷いた。しっかりゴールを決めるようにと皆に呼び掛けて。
「それに監督は俺たちの攻撃が通用していないとは思っていない。惜しいシーンはいくつもあっただろう。そうでなければここまでお前たちの自由にさせるものか。
日本の策にDFたちの想像を超える奮闘、そして運。これら三つが上手く絡み合った結果が今だ。
それに監督も策を用意していないわけじゃない」
そう言ってラモンはその策を口にする。
そしてそれを聞いたティトとアルフレッドが不快な顔になる。
「気に入らんな」
「そうですね。でも」
「わかっている。ここまで追い詰められたのはゴールを決められなかった俺たちの責任。なら何でもしてやるさ」
「そうだ。日本と言う強敵を倒すために、俺たちは打てるべき手は全て打つべきだ。──二人もいいな」
そう言ってラモンは策の要であるミカエルとディエゴへ目を向ける。
「わかった」
「やれやれ、あんな策を実行させた日本のヨアヒム監督もおかしいが、我らが監督も狂いっぷりと勝利への執念は負けていないな。
ま、そうでもなきゃあの高齢で代表監督なんてやっていないか」
ミカエルは頷き、横にいるディエゴも苦笑しながら了承する。
日本の監督に対抗したようなハイリスクな策。しかし嵌れば得点はほぼ確実だ。
(それに監督の策ぐらいのリスクを冒さないと、今の鷲介たちからゴールは奪えそうにないからな)
サポーターたちから離れ自陣に戻る日本代表。先程まで喜び一色だったその顔は一転、欠片の油断も隙も無いものに変わっている。
どのような状況でも試合終了の笛の音が吹かれるまで完全に気を抜かない、頑固ともいえる真面目さ。これもまた日本人の恐ろしいところだ。
他の国ならば幾分か気を緩めるだろうに。彼ら日本人は喜びに緩んだ気持ちをすぐさま引き締める。
愚直ともいうべき真面目さ。しかし今、それが何よりも厄介だ。はたして監督の策が通じるのか、騙されてくれるのかと思うほどに。
そんな迷いを試合再開の笛の音を聞いてミカエルは振り切り、仲間と共に走り出す。
現在は後半42分。残っているのは3分とロスタイムが2、3分といったところか。
監督の指示通り同点に追いつかれる前のように前掛になる仲間たち。一方の日本は先程のようにドン引きしてくると思っていたが──
(こいつらっ……!)
自分たちの意表を突いた、サムライブルー全員が一丸となったハイプレス。試合終了間際だというのにまるで試合が始まったかのような激しさだ。
またプレスをしながらも守備全体は大崩れしていない。崩れそうになる時もあるが、別の選手が戻りコンパクトな守りを維持し続けている。
たまらずボールは後ろに下げられミカエルの下へ。ボールがくる直前、裏抜けをしようとするティトを見ていたミカエルはパスを出そうとするが、動きとは裏腹な冷静な眼差しをしている日本のDF陣を見て、やめる。
下手なパスは刈り取られるか、オフサイドにさせられる。そう直感したからだ。
センターライン付近を移動していたボールがゴール前まで下がり、それをアマデオがロングキック。日本陣内に飛んだボールにアルフレッドとフジナカが競り合う。
競り勝ちボールを収めたのはアルフレッドだ。だが世界屈指のポストプレイヤーであるはずの彼はギリギリ倒れないという不安定な体勢であり、そこから出したパスも弱くボールを受け取ったラモンはすぐに日本の選手たちに囲まれ、猟犬に追われるかのようにボールは再び後ろに下がる。
(フジナカの奴、今日の試合で一体どれだけ伸びるつもりだ!?)
前半終了間際、本気になったアルフレッドに圧倒されていたというのに。覚悟を決めた後半も多少マシになったとはいえ苦慮していたのに。
強敵との試合を経験することで伸びるのはわかるがいくら何でも伸びすぎだと罵倒したくなる。
そしてそれは彼だけに言えることではない。フジナカ以外の面々も自分たちの動きや攻撃への耐性がより強まっている。進化している。
後半薄々感じていたそれが遠目から見てよりはっきり分かった。今の日本のDF陣はもはやレネ達の作るそれと遜色ない。
今日の試合、アルフレッド達と共に日本の守備陣と最も近くで相対していたミカエルにはよくわかる。
(くそったれが……!)
走力に精度、守備の連動。日本のハイプレスは世界に通用するレベルであることはわかってはいた。だがこの時間まで自分たちが苦慮するレベルを維持できているのはさすがに想定外だ。
「とにかく前に、アルフレッドに出せ! そうしなきゃ始まらん!」
叫んだ直後、ディエゴの下へ来るボール。彼は自分が言った通り最前線にいるエースへボールを送る。
再びギリギリで競り勝つアルフレッド。落ちたボールを今度はティトが納めそこへ日本の選手が群がるが、日本のハイプレスや動きに慣れたのだろう、すぐに仲間たちもフォローに来る。
日本の技術も相当なレベルではあるがパスの精度やそれを受ける動きに関してはさすがにミカエル達アルゼンチンに一日の長がある。ダイレクトを含める速いパス回しでなんとか日本のハイプレスをかいくぐりボールを前線に留める。
「ロスタイムは3分だ!」
ベンチから聞こえた味方の声。ミカエルはまだ3分もある。ならばゴールすることは十分可能だ。そう思いながら冷静に聞き流す。
(よし、これで策の準備は整った──)
味方が自分を追い越し日本陣内に集まり左右に広がったのを見てミカエルが思ったその時だ、突如素早い日本の選手がボールを収めた直後のペドロの背後から迫っていた。
近くにいたラモンの声を聞いたからか間一髪ボールは奪われなかったが、かわされたその選手はめげずにボールを追いかける。
一体だれかとミカエルは思ってその選手を見て、ミカエルは仰天した。──鷲介だった。
(あ、の、やろうっっ!!)
先程まで自分のすぐそばにいたはずの彼が味方の邪魔をしているのを見て思わず歯ぎしりする。
一番前に残っているはずの、鷲介の守備参加はミカエルたちにとって大いに邪魔になった。ただでさえ動きが早いというのにその動きに無駄はなく常に最短距離を駆けてくる。
さらに味方もそれをにうまく合わせ、後半の大逆転劇のシナリオを描いたタカノのコーチングもそれの正確さを増してくる。
超高速で突っ込んでくる鷲介のプレス参加により作戦実行は遅れる。強引に始めればあっさりボールを奪われ最悪、日本のカウンターが発動しかねない。
ミカエルはもちろん、皆ボールを回しながら策を実行しようとする。だが日本のしつこいハイプレスがどうしても阻む。
「ロスタイム残り1分だ!」
悲鳴のような誰かの声がピッチに響く。もう猶予はない。
準備は完全ではない。だがもう強引にでもやるしかないとミカエルが決意したその時だ、自分の一番近くにいたディエゴが前に走り出した。
(ディエゴ!?)
(行くぞ!)
アイコンタクトで語りかけてくるアルゼンチンの10番。それを見てミカエルも迷いを振り切り前に走り出す。
策が実行できる条件は整ったが相対するサムライブルーからは微塵の油断も感じられない。それを見てミカエルはかつてヤナギに感じた恐怖を思い出す。
自分と同じ”ゾディアック”。サッカーの神に愛される寵児でありながら彼は評判と同じ、いやそれ以上に真面目で勤勉な男だ。
勝利のために、心身を燃やし尽くすかのように走る彼。未熟でも劣っていても自分がやるべきことに決して手を抜かない。絶望してもそれに屈さず立ち上がり、走り出す。
別の視点から見れば目の前の試合に集中しすぎて自分の体や後々のことを全く考えてないとも言える。しかし昨季のCLで負けた後、彼へのリベンジを誓いながらもそれに畏怖している自分にも気づいた。
そしてそれと同じものが今、相対している日本代表全体からも感じられる。ミカエルは今、初めて、日本代表そのものに対し、恐れを抱いている。
(それでも……!)
ミカエルは走る。日本に、鷲介に、負けたくないから。その一念を持って全力でピッチを駆ける。
前を走るディエゴへイワナガが突撃。何が何でも食らいつくという顔の彼をディエゴはミカエルとのワンツーでかわし前へ。
ディエゴがペナルティアーク目前まで来たところでアルフレッドがボールを要求しながら下がってくる。しかし彼には予想通りフジナカがマークについており、さらにタカノが立ちはだかりパスコースを切る。
的確な読み。しかしそれをディエゴとミカエルは狙っていた。ディエゴは正面にボールを蹴るが、それをダイアゴナルラン出戻ってきたラモンが駆け寄り、ダイレクトで右に弾く。
そしてそれをミカエルが納め、日本ゴールに突撃する。当然すぐに前を塞がれるがかまわずミカエルは進む。
「ミカエル、出せ!」
「リターン!」
再び日本ゴールへ向かおうとするアルフレッドやディエゴのボールを要求する声が響くがミカエルはそれに構わず直進。立ちはだかっていたカシマをかわす。
「サイドへ!」
今度はティトからのボール要求。だがそれにも答えずミカエルはさらに前へ進む。
ゴール前を塞ぐイグチに突撃する直前、横からナカガミが迫る。だがそのすぐ近くにペドロがおり、ナカガミの進路に先に体を入れ、また腕を広げて動きを阻害。
結果ナカガミの横をギリギリ通り過ぎたミカエルはイグチと相対。中に切れ込みと見せかけたダブルタッチで彼をかわし、ペナルティエリアに侵入した。
監督がミカエルたちに告げた策。それは後半通りに戦うことと、ミカエルのドリブルによる日本ゴールへの突撃だ。
といっても今の日本相手ではさすがのミカエルも不可能だ。なので監督はそれを成功させるため五つの案を出す。
ミカエルを中盤に下げ、日本守備陣からの注意を少しでも少なくする。
日本陣内に侵入したアルゼンチンイレブンはサイドに広がって、できうる限り中央の人数を減らす。
ミカエルができる限り日本の選手と一対一になるよう、陣内の味方はフォローに来た日本人選手の行動を阻害。
周囲の面々はボール要求をした上で動き、周りにいる日本の選手たちの気を引き付ける。
そして最後に、要注意人物であるタカノ、フジナカを引き付け必ず彼への相対させないようにする。この五つだ。
(最後がどうしても上手くいっていなかったが、ナイスだアルフレッド)
作戦を理解しつつも、自分でゴールを決めるというストライカーの拘りのせいか、彼の動きは鈍いように感じた。
そのことにミカエルは責める気はない。彼は世界最高峰のストライカー。監督の策を実行する前に彼が自分たちの想像を超えるスーパーなプレイでゴールを決める可能性も十分あるのだから。
ともあれ彼は土壇場でフジナカを引き連れて下がる、相手ゴール前に穴をあけるという最高の動きをしてくれた。
(あとはゴールを!)
決めるだけと驚愕の表情で立ちはだかる日本のGKを見ながらミカエルが思ったその時だ、突如、前が塞がれる。
そして前の前を塞いだそれを見て、ミカエルは心中で絶叫した。
(鷲介ー!!)
汗だくになりながらも薄笑いを浮かべた彼がミカエルと日本ゴールの間に割り込んだ。しかもしっかりとシュートコースを潰して。
今までで一番、忌々しいと感じながらもミカエルはゴールする最善手を探す。
そして見つけた唯一の、しかし可能性に賭けるしかない方法。だがミカエルは迷わずそれを選択した。
(おおっっ!)
心の中で叫びミカエルはシュートのために振り上げていた右足をボールではなくピッチに突き刺す。
結果ボールは右足の内側に当たり反対側へ跳ね返る。そしてそれをミカエルは左足で救い上げる。
ダブルタッチからの、フライパス。ペナルティエリア真ん中に上がったそれに真っ先に飛び込んでくるのはやはり我がアルゼンチンの、いや世界一のエースストライカーであるアルフレッドだ。
フジナカに体を寄せられながらも体を投げ出すようにヘディングを放つ。しかしゴールは確実かと思われたそれをGKヒョウドウが手を伸ばし、ボールを弾いてしまった。
敵ながら天晴と言うしかない見事な、そして忌まいましいスーパープレー。
しかし文句を言う暇もない。弾かれたボールはミカエルの前へやってきたのだから。
ヒョウドウが弾いたボールは一度ピッチを跳ねてミカエルの下へ。それをミカエルは本能のまま、動く。当然近くにいる鷲介も。
「「おおおっっ!!」」
二人の”ゾディアック”は同時に猛りを上げ、左足を振るう。
凄まじい衝撃と同時、二つの左足に挟まれたボールがたわむ。直後、ボールを蹴りあった二人は吹き飛び、その衝撃でピッチの芝が空高く舞う。
尻もちをついた衝撃で一瞬目が閉じるがすぐにミカエルは体を起こす。そしてボールを見たのと同時、スタジアムに大歓声が響き渡る。
周囲に響く肌を震わせる歓喜と悲しみの声。その原因は日本ゴールのゴールラインを超えたボールだった。
茫然とするミカエルの耳に響く、主審の笛の音。視線を向ければ主審はゴールインを認めるハンドサインをしている。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」
それを見て、ミカエルは喜びの声を上げるのだった。
◆
「う、おおおおおおおおーーーーーーーーーー!」
椅子を倒して立ち上がったロナウドの絶叫に周囲の仲間たちがうるさいと注意する。だがロナウドはそれを全く聞く様子はなく、雄たけびを上げている。
しかし仲間たちは顔をしかめるだけでそれ以上注意はしない。彼らもロナウドが興奮する理由がわかっているからだ。
僅かな時間ではあるが日本とアルゼンチンが見せた心身を削るようなゲーム。鷲介とミカエルの命をぶつけ合うような激突。
あれを見て熱くならないはずがない。かくいうアントニオもミカエルの同点ゴールには大きく目を見開き、声を上げそうになったのだから。
「土壇場で追いつくとは……」
「別に不思議じゃない。アルゼンチンなら十分可能だったことだ」
興奮しきったジュニオールにマルシオが冷静な口調を作って言う。
主審がゴールインを認めてすぐに、後半終了の笛が吹かれた。日本対アルゼンチンの試合は延長戦突入だ。
それを見たアントニオたちは無言で席を立つ。そして手早く各々やること──尿意を消したり、乾いた喉を潤す等──を済ませて席に戻る。
「さて試合は延長戦になったわけだがどう思う、アントニオ」
「アルゼンチンが圧倒的に有利だな。下手をすれば日本は延長前後半一方的に攻められかねない」
アーギアの言葉に即答するアントニオ。するとジュニオールが逸れに異を唱える。
「土壇場で追いついたアルゼンチンが優勢なのはわかるけど、その決めつけはさすがにどうかと思うぞ。
何より日本には鷲介がいる。さすがに攻められっぱなしはないだろう」
「今モニターに映っている日本ベンチを見てみろ、ジュニオール」
アントニオの言葉に従うジュニオール。そして彼は大きく目を見開く。
肩にタオルをかけて腰を下ろしているもの。スタッフやベンチメンバーから簡易マッサージを受けているもの。立ち上がり仲間と話している者たちの表情にも疲労の色がはっきりと見える。
モニターに映し出された日本ベンチの様子は、一番早くアントニオが戻ってきたときに見たものと同じ状態のままだった。
「なんだ、この疲労具合は。まるで120分走り切ったみたいじゃないか……」
「後半の日本の戦いぶりは見事だった。綱渡り的とはいえ逆転し、あのアルゼンチンをあと一歩のところまで追い詰めた。
だがその代償がこの疲労だ。鷲介たち日本代表の面々はアルゼンチンを嵌めることと勝つことに力を注ぎ過ぎた。
結果、彼らは延長戦を含めた120分走れる体力をほとんど使いきってしまったんだろう」
最初この光景を見たとき、アントニオもジュニオールと同じく愕然となった。だが後半の日本を思い出し、すぐに納得した。
「逆転直後のハイプレスは前に出てくるアルゼンチンを日本ゴールに近づけないことと、決定的な止めとなるカウンターを繰り出すことが狙いのように見えた。
しかし実は日本が90分で決着をつけるための捨て身と言うべき戦術だったわけだ。
無理もない。彼らは後半、体と脳を100%、いやそれ以上フル回転させていたのだから。そうでなければあのアルゼンチンを嵌めることなどできるはずがない」
アーギアの言う日本の策は確かにアルゼンチンを嵌め、ディエゴたちを攻め疲れさせた。だがそれをした日本は彼ら以上の消耗を強いられたのだ。
当然の話だ。アルゼンチンは攻撃に注力して動いていたが日本は攻守両方に気を配り動いていたのだから。
試合終盤、鷲介がカウンターを放棄するように守りに来たのは疲労困憊で崩壊寸前だった日本の守備を支えるためだったのだろう。思い返せばあの時の鷲介には焦りのようなものもあった。
「そしてその中心であるタカノは、いまだ腰を上げられていない。後半から出場したのに疲弊しきっている」
「それほど力を尽くさなければアルゼンチンをあそこまで追い込めなかったということだ。おそらく交代するだろう。ピッチに残っていても後半のような動きも指示もできないだろうからな」
アーギアとマルシオが言う通り、日本の中で一番疲れているのはタカノだ。
顔をタオルで隠し、ピッチに背中から倒れている彼はメディカルドクターを始め多くの人に囲まれて処置を受けているが起き上がる様子はない。
日本のサブメンバーを見れば体を動かしている者たちの姿もある。交代選手は基本三人だが延長戦になれば一人増えて四人になる。
日本は現在二人交代している。つまり後二人は交代できるわけだ。
「そして一方のアルゼンチン、ディエゴ達だが」
「かつてないほど士気が高まっているな。まぁ当然だが」
疲れ切っている日本に対し、アルゼンチンにも疲労の色は見える。
しかしそれ以上に彼らの顔には覇気と勝利に対する強い執念がある。その理由は間違いなく、ミカエルの劇的な同点弾だろう。
中でもアルフレッド達攻撃陣は飢えた餓狼を思わせる雰囲気だ。おそらく自分こそが延長戦で試合を決める一撃を叩きこむと思っているのだろう。
「延長前後半の30分、アルゼンチンは攻め続け、日本は守り続ける展開になるだろう。
そしてアルゼンチンがゴールネットを揺らしたらそこで試合終了だ。今の日本には2点はおろか1点を取ることさえ難しい状態なのだから」
今の日本が勝利するにはPK戦か、運よくカウンターが炸裂するぐらいだろう。
そう思うほどに、今の日本はヘロヘロなのだ。
「最悪、延長前半で決着がつくかもしれないな」
アーギアの予言のような言葉に、アントニオたちは何も言えない。
そして延長戦前の短い休憩時間は瞬く間に終わり、延長戦は開始されるのだった。
リーグ戦 24試合 18ゴール10アシスト
カップ戦 3試合 3ゴール4アシスト
CL 10試合 18ゴール4アシスト
代表戦(三年目)2試合 3ゴール1アシスト
W杯 4試合 7ゴール5アシスト




