プロデビュー
「みなさん、こんばんは。本日はドイツリーグ開幕戦、ロート・バイエルン対フッガーシュタットの試合が行われます。
実況は私、西倉憲保。解説は元日本代表FWの原田幸俊さんです。幸俊さん今日の見どころはなんでしょうか」
「そうですね。昨年のアルゼンチンW杯、そしてドイツリーグ三季連続得点王のジークフリート・ブラントを中心としたヨーロッパトップクラスの攻撃力を持つRバイエルンの攻撃を、昨季初昇格したにもかかわらずEFAユーロピアンリーグ出場権を得たフッガーシュタットの守備力がどこまで抑え込めるかが見どころの一つでしょう」
「見どころが一つ、ですか。では他に見どころはあるのでしょうか」
「はい。今日のスタメンを見ればわかりますが、本日のRバイエルンのスタメンには弱冠十七歳の日本人の少年がいます。
まだ少年と言うべき年齢の選手が欧州トップクラブの一つであるRバイエルンの、それもスタメンで出場する。どれだけのプレイを見せてくれるのか、元日本人サッカー選手であり同じFWとしてここは外せません」
「背番号20番、柳鷲介選手ですね。どのような選手なのでしょうか」
「U-12やU-15などにおける代表歴は全くありません。ただ小学六年生のころ所属していたクラブが全日本ジュニアサッカー大会に出場して準優勝。彼も得点王を獲得しています。
また同年の夏に行われた海外クラブのジュニア世代を招いたU-12デザフィアンテカップにおいてはベスト4。またこの大会でもゴールを量産して得点王となっています」
「それは凄い! しかしそれほどの選手ならばJリーグのジュニアユースはもちろん全国のサッカー強豪校が目をつけていると思うのですが……」
「はい。ジュニアサッカー大会が終わった後Jリーグのクラブや中学サッカー界の強豪からたくさんのスカウトはありましたが、家庭の事情で彼はそれに全て断っているのです」
「家庭の事情ですか?」
「はい。彼の父親がドイツ人の女性と再婚。小学校卒業と同時に、両親と共にドイツ、ミュンヘンに移り住んだのです。
その後彼は地元クラブのRバイエルンジュニアユースのテストを受けて見事合格。驚異的な速さで成長しユースへ昇格後、ドイツユースリーグ、ヨーロッパユースリーグにおいて得点を量産。その活躍がRバイエルントップチームの監督の目に留まり、こうしてトップチームデビューを果たしたとのことです」
「なるほど、そういうことでしたか。しかし十七で、しかも欧州トップリーグの一つであるドイツリーグでプロデビューとは末恐ろしいですね。U-17代表の司令塔、中神久司選手は16歳でデビューでしたがJリーグですからね」
「日本人限定で考えればそうですね。しかし世界ではそう珍しくはありません。ドイツでもRバイエルンと並ぶ強豪クラブ、レヴィアー・ドルトムントにも16歳でプロデビューした選手がいますからね」
「なるほど、世界は広いと言う事ですねぇ。さて、それでは各チームのメンバー紹介といきましょう──」
◆◆◆◆◆
鮮やかな赤色をピッチに立った柳鷲介は見つめている。澄んだ赤。目が覚めるようなその色は彼が所属するドイツリーグ随一の強豪クラブ、Rバイエルンのチームカラーだ。
観客席の大部分が赤色ここはミュンヘン・スタディオン。Rバイエルンの本拠地だ。そして今からドイツリーグ一部の開幕戦、Rバイエルンとフッガーシュタットの試合が行われる。
「サポーターの方をじっと見てどうした。誰か探してるのか?」
声を掛けられて横を見る。そこには柔和な表情の金髪碧眼の男がいた。鷲介と同じ鮮やかな赤──Rバイエルンのユニフォームに身を包んでいる彼はジークフリート・ブラント。このチームのエースストライカーだ。
「いえ別に。ただ観客席のうちのチームカラーがその、ユース時代の試合でも目にしていたのに不思議と新鮮に映って見えたんです」
「ああ、それか。よくわかる。俺もトップの試合に初めて出た時はそう思った。ユースとは量が違うせいなのかな。ルディさんはどう思います?」
そう言うジークフリートの横にいたのは190を超える黒髪の男だ。彼、ルディ・ゲルツは表情を変えず、
「俺は別に何とも。ただ初めて見たときは赤すぎるなぁと思ったぐらいかな」
淡泊な反応に鷲介もジークフリートも小さく笑う。良くも悪くもマイペースな人なのだ。
「その様子だと緊張でぎくしゃく、ということはなさそうだな」
「はい。緊張以上にわくわくしてますよ。ようやくリーグで試合ができるんですから」
ユース時代ではほとんど無双状態だった鷲介だ。自分がどれだけ一部のチームに通用するか、世界最高峰のクラブであるRバイエルンの力になれるか。知りたくてしょうがないのだ。
「まだ十七なのに頼もしいことだ。──だがあまり入れ込まずほどほどにな」
そう言ってルディはセンターサークル内へ戻っていく。
「ルディさんらしい励ましだ。さてと、鷲介、しっかりな」
ジークフリートの言葉に鷲介は頷いて、センターサークルの外へ移動する。そして直後、主審のホイッスルが晴天のスタジアムに高らかと鳴り響き、Rバイエルンボールで試合が開始される。
今日のRバイエルンのフォーメーションはこのチームの基本システムである4-3-3だ。スタメンはGKは代表、チームともに不動の守護神アンドレアス・バルト。DFは右からスペイン代表のフリオ・ドラード、イングランド代表ジェフリー・アダムス、ドイツ代表クルト・フリードリヒ、ウルグアイ代表ブルーノ・レブロン。
中盤の底、ボランチはオランダ代表ロビン・コールハース、右SMFはドイツ代表フランツ・ヴァレンシュタイン、左SMFはブラジル代表アントニオ・マルケス。
そして最前線のFW。左はドイツ代表のルディ、中央はジークフリート、鷲介は右といった形だ。
ジークフリートたちがボールを後方へパスすると同時に、赤の陣地にゆっくりと攻め込んでくるホームカラーの白のユニフォームを着たフッガーシュタットの選手たち。
このチームはリーグでは中位に位置するチームで堅守とカウンターを武器としている。安定した守備に相手が攻め込んだすきをついたカウンターで昨季は上位陣を食ったこともある侮れないチームだ。
開幕戦と言う事もあってか静かな立ち上がりだ。しかし前半十分を過ぎたところでフッガーシュタットのFW、韓国代表パク・ジョンムが放ったシュート──枠外に外れた──がスイッチでフィールドの空気は一変する。
「行くぞぉ!」
フィールドに響く大きな声はチームのキャプテンのフランツだ。リーダーの一声で一気にRバイエルン全体が前に出る。
ゴールキックからのボールを競り勝ったロビンからのパスを受けたフランツは、フッガーシュタットの選手からのチェックを受けながらも即座に切り替えしてアントニオへパス。
アントニオは向ってきていたフッガーシュタットの選手を一人かわして左サイドを駆け上がり、下がってきていたルディとのワンツーでさらに敵陣深くへ侵入する。
しかし相手も堅守で知られるチーム。中盤やDF陣の選手たちはアントニオの突破を許しつつも彼をサイドへ追いやり中には入れさせない。また前線の鷲介たちへ常にチェックできる位置を保っている。
左サイドの攻防を見つつ、常に動けるよう体勢を整えつつ、またマークを外しやすいよう緩やかに動く鷲介。ボールがブルーノに渡り──同時に彼がにやりとした視線をこちらに向けているのを見て一気に加速した。
直後予想通り、ブルーノからのロングパスが鷲介の前のスペースへ飛んでくる。強く速いボールに鷲介は何とか追いつきトラップ。
(ブルーノの野郎、わかっていたけど容赦ねぇ! でもいいパスだちくしょう)
毒つきながらも鷲介は彼のパスへ賛辞を贈り一呼吸。接近していた敵DFをスピードの乗ったワンフェイントでかわす。
一呼吸の短い時間でのトップスピードへの移行。鷲介が弱冠十七と言う年齢で欧州トップクラスのクラブの一つであるRバイエルンのトップチームに上がれた理由の一つだ。
鷲介がペナルティエリア目前まで迫ると一人のDFが寄ってくる。監督から敵チームのDF陣の要と聞いていたスイス代表のSB、エミール・バイェだ。
スピードで一気に抜き去ろうとするがさすがはフル代表のDF。中々に隙がない。もし一対一の場面なら──ブルーノほどのプレッシャーは感じないから多分抜ける──勝負しただろうが周囲には敵DFが多くいる。
(まずは先制点だ)
鷲介は抜くのをあきらめてサイドに流れる。鷲介の動きにつられてDF同士の距離に綻びが生まれたのを見ると、迷わずバックパス。
練習通りフリオがオーバーラップしており彼がダイレクトでセンタリングを上げる。ペナルティアーク右に来たグラウンダーぎみの低いボールに真っ先にたどり着いたのは背番号10の赤のユニフォームだ。
「ジークさん!」
鷲介が叫ぶと同時にジークフリートが右足を振りぬく。弾丸のような勢いのシュートに誰も触れることができず、ゴールネット右斜めに突き刺さった。
『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーー!!!』
赤の観客席より響く轟音のような歓喜の叫び。先制点を決めたエースの元へチームメイトはもちろん鷲介も群がっていく。
「ナイスシュートですジークさん!」
「ありがとう。だがまだまだだ」
「ああ! どんどん点を取っていくぞ。お前もしっかりな!」
観客席の叫びにも負けない大声で言うフランツに鷲介も元気よく返事を返す。
先制点から試合の流れは一気にRバイエルンへ傾く。Rバイエルンの勢いや観客席からの圧力にフッガーシュタットは押されつつも攻撃に転じるが、そのことごとくをロビンやブルーノたちRバイエルンDF陣が摘み取り、防ぐ。
攻撃でもフランツの正確なパスやアントニオのドリブルで敵陣を斬り裂き、ジークフリートや鷲介たちFW陣が次々にシュートを放っていく。
そして前半二十五分、ロビンからのロングボールを受けた鷲介はドリブルしてペナルティエリアへ近づく。迫ってくるエミール。かわそうと左右にフェイントを仕掛けるがのってこない。
それを見て鷲介は小さく舌打ちすると、スピードを落として斜め左へ向かっていく。ペナルティエリアラインが目前に来たところでエミールがボールを奪おうと一気に距離を詰めてくる。また背後からフランツが後方からもう一人来ていることを叫ぶ。
しかし鷲介は慌てずエミールが足を延ばしてきた瞬間、右方向へ急速反転してパスを出す。鷲介のパスに反応してを受け取ったのはマークを外して走ってきたジークフリートだ。先制点のように彼は再びダイレクトでシュートを放つが、相手も当然警戒していたのかそのシュートはDFの体に当たって弾かれる。
だが高く浮き上がり、左へ流れたボールに飛びついたのはルディだ。ジークフリートと同じくマークを振り切っていた彼はパワーあふれるヘディングを放ち、ゴールネットを揺らした。
「ルディさん! ナイスです!」
「ん」
チームメイトにもみくちゃにされながらもルディは表情を変えずサムズアップするだけだ。
二点目を取られるとフッガーシュタットは陣形を下げてくる。ゴール前を固め前線には攻撃の要である選手を残しており、あからさまなカウンター狙いの陣形だ。
とはいえそれが中々に効果があった。もちろんチャンスは圧倒的にRバイエルンに多いがフッガーシュタットも数少ない、しかし的確なカウンターを放ってくる。
フッガーシュタットのDF陣はパスを通されてもドリブルでかわされても勤勉に、しつこく動いてはRバイエルンの攻撃を止める。また零れ球を拾ってのカウンターも攻守の要たるルーマニア代表ニコラエ・コマネチの精度の高いパスに、それに反応してフィールドを駆ける快速SMFのオランダ人ステイン・ポプマ。そしてパワーに長けるパク・ジョンムがペナルティエリア外からも強烈なシュートを打ってくる。
リードして攻めに攻めているが追加点が奪えず、カウンターで脅かされる──。そんな微妙に嫌な展開が続いた前半四十分、鷲介にボールが入る。
がっりりと固められた守備陣形を前にどうするかと鷲介が思ったその時、ジークフリートからの声が聞こえる。
「行け!」
彼はそう叫ぶと一気に走りだす。いや彼だけではなくルディも走りだし、相手にとってパスが通ったら嫌な位置へ向かっていく。その動きで堅固だったフッガーシュタットの守備陣に歪みが生じる。
デコイになってくれている彼らを見て鷲介は彼らが一人で局面を打開しろと言っていることに気がつく。鷲介は下唇をなめるとドリブルを開始。ボールを奪いにやってきた長身のCBをスピードが乗った動きでかわす。
しかしペナルティエリア目前で立ち塞がるエミール。しつこいおっさんだと心中で罵りながら鷲介はドリブルのスピードを落として右足を振りかぶる。
今日二度ほどロングシュートを撃っている──どっちも枠内に向かっていた──ことを考慮したのかエミールが素早くシュートコースを塞ぐ。このまま右足を振りぬけば間違いなくボールは弾かれるだろう。
それを刹那の時間で察した鷲介はスパイクを芝に叩きつけるようにシュートを中断、空いた右側へ抜ける。鷲介お得意のシュートフェイントだ。
疾風の如くペナルティエリアに侵入した鷲介にジークフリートのマークについていたDFとゴールキーパーが詰め寄ってくる。──だが遅い。そう判断すると同時、鷲介は迷うことなく右足を振りぬく。体重とスピードの乗ったボールは勢いよく飛び、手を伸ばしたゴールキーパーの手も届かずゴール右へ突き刺さった。
「よっしゃあ!」
今季初、それも一部での初ゴールに鷲介は喜びを爆発させる。ゴールを決めれたこともだが、何より自分のプレイが通用したことが嬉しい。サポーターも地響きのような歓声を上げてゴールを喜び、鷲介の名を呼んでくれている。
「ナイスゴールだ鷲介!」
「よくやった」
「いいシュートだぞぉ!」
抱き着いてくるジークフリートにフランツ。頭を撫でるルディ。皆に囲まれる中、尻のあたりに軽い痛みが走り思わず振り向くと微かに足を上げてにやっと人の悪い笑みを浮かべたブルーノの姿もあった。
現エースのジークフリートに元エースのルディ。そして若きエースの鷲介。役者たるFW三人が決めたことで完全に試合は決まってしまった。前半終了間際にジークフリートが今日二点目のゴールを上げるとRバイエルンの勢いは後半も止まらず支配率、シュート数ともに圧倒。
後半鷲介とフランツのアシストによるジークフリートとアントニオのゴールも決まって結果は6―0の大勝で開幕戦を終えた。
◆◆◆◆◆
「圧勝でしたね幸俊さん。さすがはRバイエルンと言うところでしょうか」
「ええ。しかしフッガーシュタットも二失点後は徐々に本来のペースを取り戻していました。カウンターも地味に効いていましたし、あの状態が続けば前がかりになっていたバイエルンからゴールを奪うことも不可能ではなかったでしょう」
「そのペースを崩したのが柳くんのゴールですね!」
「はい、実にいいタイミングです。そしてゴールを決めた一連のプレイも見事です。
あのスピードを落とさないフェイントとドリブル。Jでもあれだけのプレイをできる選手は三人もいないでしょう」
「まさしく逸材! いえ至宝といってもいい選手ですね。これはもしかしたらU-17や19、いえフル代表への招集もあり得るのではないでしょうか。
現代表の主力である小野選手と堂本選手らと彼が絡めば間違いなく世界の強豪にも通用しますよ!」
「それは流石に早計です。ですが彼が順調に成長し、今日のような結果を残し続ければ自ずとそうなるでしょう。藤仲選手、中神選手と共に将来が楽しみな選手です──」