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ダッシュ!!  作者: 浮雲士
第一部
19/191

U-17準々決勝,イタリア戦3






「ああああっっ!」


 眼前に鷲介が放ったシュートに足を伸ばすマリオ。的確に枠を捕えていたボールに必死に伸ばした足が当たりゴールラインを割る。再びのコーナキックだ。

 鷲介はこちらを見向きもせず味方に対して謝っている。日本語は分からないが、手ぶち身振りでそれぐらいは分かる。

 おそらく次こそは決めるなどと言っているのだろう。それに対して憤懣が沸き起こるが必死にそれを押さえる。

 ”ゾーン”に入ったことはマリオはもちろん、ディノたちもすでに察しているだろう。だが彼を止める術を誰も持っていない。マリオでさえ今の彼をほとんど抑えきれない。

 今まで通り鷲介がどう動くのかは何となく読める。だが彼の動きに対する速度がこちらの認識を超えている。つまりどう動くのかはわかっていてもマリオの動きがついていけないと言う状態なのだ。


(まったく、ここまで同年代の相手に好き勝手されたことはなかったんだけどね)


 こちらも”ゾーン”に入れば別だろうが、それはほぼ不可能だ。”ゾーン”に入る条件は多々あるが、少なくともマリオとしてはサッカーにおける”ゾーン”に入った時の状況は千差万別だと思っている。

 たとえば一例としていいプレイを続ければ入れると言われているが続けていて入ったと言う事もあれば、次の試合で同じ状態になったが入れなかった。つまり入った時と同じ状況になったから入れるといったものではない。

 監督やコーチ、クラブのメンバーから聞いた話をまとめると、入る条件はその時のあらゆる要因が絡んで入れるのだということだ。試合状況に自身や相手の状態、さらにはピッチの状態や応援、そして天気と言った無数の事柄がだ。

 つまり”ゾーン”に入る確実な方法はなく、状況に寄って入る方法も移り変わると言う事だ。


(日本の漫画のように自分の意志で入れるようなお手軽なものだったらいいんだけどね)


 漏れそうになる苦笑をこらえる。この状況でチームの要たる自分が苦笑いなどを浮かべてしまうわけにはいかない。

 ひとまずマリオとしては残り時間、なんとしても守りきり延長戦に持ち込むつもりだ。鷲介の勢いに乗って攻めてきている日本だが後半のハイペースのせいか、ピッチに立っている選手たちがまさに疲労困憊だということはわかる。

 すでに日本は三人の交代枠を使い切っている。鷲介の”ゾーン”とてがおそらくこのロスタイムで解けるだろう。

 選手の全感覚とポテンシャルの全解放とする”ゾーン”は長時間の維持はできないのだ。世界のトッププレイヤーでも長くても数分が限界だ。そうなれば延長戦に入り日本のメンバー疲労の限界になったところで攻勢に出れば勝てる。しかもこちらはまだ二つの交代枠を残しているのだから。

 何としても守りきる。そうマリオが思うと同時に日本のコーナキックが開始される。続くコーナーは先程と違いショートコーナだ。

 13番から藤中にボールが渡るとエリア内でふらふらしていた鷲介は右サイドにいる彼に向かって走り出す。当然マリオは彼を追い、それと同時に鷲介にパスが出されたのを見る。

 パスを出すか、それとも反転してドリブルか。しかしそのどちらでもなかった。鷲介はボールをスルーすると同時に90度反転、マリオの横を通り過ぎるボールに向かって行く。

 釣られた! と歯噛みするマリオだが、さほどの心配はしていない。何しろゴール前にはヴィスコンティたちが密集しておりドリブルやシュートのコースを潰している。また日本の選手たちも彼らが張り付き、またはボールをもらう動きを阻害している。

 また鷲介の位置はゴールから斜め右、しかもエリアのぎりぎり外だ。いくら彼でも得意のミドルシュートは撃てない。撃ったとしてもコースがない。そう確信しボールを奪うべく体を寄せたその時だ、シュート体勢に入った彼を見てマリオはぎょっとする。


(まさかシュートを打つのか!? いやいくらゾーンに入っていても入るわけが──)


 そう思いながらもマリオはシュートを邪魔するべくボールに向かってスラィディングを敢行する。しかし一瞬早く鷲介の右足が振りぬかれる。

 蹴り上げられたボールは高く宙を舞いDFの壁を越え、しかしすぐに地面に向かってガクッと落ちる。そしてその軌道はゴール左へ突き進んでいる。


(入、る……!)


 ディノもDFと同じくゴール右にポジションを寄せている。今からではどんなに反応しても間に合わない。

 逆転された。マリオがそう思ったその時だ、ボールの軌道が左にずれポストに当たる。そしてそのままゴール外のゴールラインを割った。


(なんて、奴だ……!)


 眼前の仲間たちは一勢に安堵しているが、マリオは微塵もそんな気分になれない。運が良かったとしか言いようがない。ボールが左に曲がらなければ間違いなく逆転されていた。

 倒れているマリオに気がついたのか視線を向けてくる鷲介。まるで刀の刃のごとき視線の、しかし落ち着き払ったその姿を見て、マリオは初めて彼に対して総身を震わせるほどの恐怖を覚えた。

 ロスタイムが終わるまで守り切れるのか。逆転されるのではないか。そんな思いが心中を埋め尽くそうとしたその時だ。前線から怒声に近い声がマリオを呼ぶ。


「カウンターだ! ボールをくれ!」


 声の方、センターサークル付近に目を向ければ手を振るヴィエリの姿がある。

 彼はマリオを、そして味方を睨み殺すかのような剣呑な眼差しを向けながら、続ける。


「攻めなければ勝てないだろう! 前に出ろ!!」


 そう言われてマリオは気が付く。いつの間にか殆どの選手が自陣深くに下がってしまっている。前線に残っているのはヴィエリとミルコのFWだけだ。

 

「いつまでも鷲介一人にビビってるんじゃない! いくらあいつ一人が凄かろうが俺たちなら負けない。そうだろう!」


 そこの言葉にマリオはハッとする。確かに彼の言うとおりだ。

 今の鷲介はフィールド上の誰よりも優れた選手だ。だがサッカーはチームプレイで成り立つスポーツ。そしてこの最高ともいえるアズーリチームならば、どんな相手であっても負ける気はしない。

 ”ゾーン”状態のゾディアックというかつてない怪物を目の前にして、今の今までずっと心の中にあったことをすっかり失念していた。マリオは両手で頬を強く叩くと勢いよく立ち上がり、言う。


「ヴィエリの言うとおりだ。攻めよう! 勝つのは僕たちだ!」


 皆を見渡してマリオは言い、ボールを要求。ディノから来たボールを収めると、日本ゴールに向かってドリブルを開始した。







◆◆◆◆◆






(イタリアの雰囲気が変わったな)


 ドリブルするマリオの背中を追いながら鷲介は思う。同点となった後のイタリアの様子はまるで前半、マリオに委縮していた日本そっくりの雰囲気だった。当然その理由が自分であることはわかっている。

 しかし主力二人の叱咤──というか説教だろうか──を受けて、イタリアは本来の動きを取り戻す。守りに戻る日本の選手を追いかけるようにイタリアの選手たちも前へ出てくる。

 マリオへ前田──春野と交代した──が寄っていくが、フォローに来たイタリアの選手とのワンツーで突破される。そしてマリオは若干スピードを緩めると大きく右へサイドチェンジ、それを右SMFのトビアが拾う。

 活性化したイタリアの選手たちを見て鷲介は短く舌打ちするも、前線へ上がっていくマリオを追いかける。なんとなくだがこのままマリオを上がらせておくとまずい気がするからだ。


(ロスタイムでの勝ち越しなんて洒落にならん。というか試合の流れ的に日本(俺たち)がロスタイムで奇跡の逆転ゴールをする流れだろう)


 そんなことを思いながらマリオに追いつき、彼のマークに付く。攻めるイタリアに対し、疲労困憊の日本も懸命に守る。

 しかし両者の残っていた体力と基礎能力の差から日本の懸命の守りは突破され、右サイド深くボールを運ばれる。交代で入ってきた境のしつこいDFをトビアはフェイントでずらし、センタリングを上げる。

 日本ゴール前に飛んだボールへ飛びつくのは当然ヴィエリと遠藤、大野の二人だ。さすがにこの状況で今までのように競り負けることは敗北に直結するとわかったからこその二人がかりだろう。

 その必死の日本の守りにさすがのヴィエリも競り勝てずこぼれたボールを遠藤がヘッドでクリアする。しかしテツの近くに落ちたボールに駆け寄り拾ったのはマイナスの方向に戻ってきたミルコだ。

 それを見てマリオはいきなりスピードを変えて動きだし、鷲介も後を追う。そして今まさにテツからボールを奪取されそうになっていたミルコからマリオへボールが渡り、鷲介は彼の正面に回り込む。


(前半終了間際と同じ展開だな。だがあの時のようなことは二度と繰り返さないぞ)


 ボールを奪おうと足を伸ばす鷲介。マリオは左に避けてかわそうとするが鷲介も即座に反転しては彼を追い、近くにいたテツと二人で挟み込む。

 

(もらったぞマリオ!)


 テツのプレッシャーから僅かに後退したマリオへ鷲介は一気に距離を詰める。こちらの接近に気が付いたマリオは一か八かというような表情になると左足を振るう。 

 鷲介の伸ばした足がボールに当たるよりわずかに早く、マリオの左足がボールを蹴った。すぐさま振り向けばふわりと浮いたボールは日本ゴールの左側にいるヴィエリの元へ向かっている。

 それを見た鷲介は安堵する。なにせヴィエリは日本ゴールへ背中を向けており、しかも後ろには遠藤、さらには宮野も寄ってきている。またヴィエリの左側──日本ゴール中央には大野がおりコースを潰している。

 あれではどうやってもシュートを撃てない。もし撃つとしたらトラップしてゴール中央に反転するしかないが、それは大野が許さないだろう。逆手に反転してもコースがない。

 味方にボールを落とそうにもそのボールを拾える味方も近くにはいない。できるとすればボールをキープしてゴールから遠ざかるか、外にいる味方にパスをするだけだ。

 そう結論し鷲介が周囲に注意を払おうとしたその時だ、がくんとヴィエリの体がいきなり崩れ落ちる。疲労で体勢が崩したのだろうかと思った鷲介だが、彼の体が沈むと同時に上がってきた彼の右足を見て、大きく目を見開く。


(まさか、オーバーヘッド!?)


 心中で驚愕の叫びを上げると同時に、ヴィエリは鷲介の予想通りの動きを見せた。彼が振り上げた右足はマリオからのボールを確実にミートすると遠藤の横を通り過ぎ、そして僅かにできていた隙間を通過してゴールネットに突き刺さった。


「っっ! おおおおおーーーーー!!」


 劇的なゴールに選手が凍りつく中で、真っ先に声を上げたのはシュートを決めたヴィエリだ。そしてそんな彼へ真っ先にマリオが駆け寄り、ほかのイタリアの選手たちも続く。

 一方、日本のメンバーは全員が唖然としている。鷲介ですら愕然と立ち尽くしている。


「うそ、だろ……」


 力無く呟いたその時、鷲介の体が一気に重くなる。そして先程まで感じていた全能感がきれいさっぱり無くなってしまう。

 ゾーンの解除。それに歯噛みしながらも鷲介はふらつく体を無理矢理動かしてはゴール内にあるボールを拾い、皆に発破をかける。

 再開されるゲーム。細谷からボールをもらった鷲介はすぐさま前に出ようとするが、そんな彼へミルコが闘牛のような勢いで突っ込んでくる。

 ぎょっとした鷲介は反射的に後ろにボールを下げ、敵陣深く上がる。しかし当然だがマリオがマークに来る。そして日本陣地ではミルコ、そしてヴィエリたちイタリアの前線のメンバーがボールを追いかけまわし、そしとうとう、日本陣地から大きくボールが蹴りだされる。


(これがおそらくラストワンプレー……!)


 そう思いながら落下地点に向かう鷲介。同じく向かっていた細谷やイタリアDF達が競り合い、ボールがこぼれる。

 そのボールへがむしゃらに走る鷲介。しかしあと一メートルという所でペナルティエリアを飛びだしてきていたディノが大きく蹴りだしてしまう。

 そして、試合終了のホイッスルがパリの夜空に高々と鳴り響いた。







◆◆◆◆◆






 主審が試合終了の合図を告げ、ピッチには喜びと嘆きの光景が生まれる。当然喜んでいるのは若きアズーリであり、フィールドに膝を落として項垂れているのは日本の選手たちだ。


「……負けちまった、か」


 ポツリとつぶやく鷲介。大きく息を吐いて空を見上げる。

 星空を見上げながら敗北感と疲労を感じていると、誰かの足音を耳にする。視線を向ければ疲れた顔のマリオが正面に立っていた。


「マリオ」


 完敗だと続けようとしたその時だ、マリオは無言でユニフォームを脱ぐと、こちらへ差し出してくる。


「今日の試合は僕たちの勝ちだ。──でも勝負としては負けたと思っている」


 何が、何故かとは鷲介は問わない。以前カールと似たような押し問答をしたこともあり、なんとなくだが彼が言っていることを察することができたからだ。


「次は試合も勝負も、僕が勝つ」

「……言ってろ。勝つのは俺だ。もちろん両方の意味でな」


 そう言いながら鷲介はユニフォームを脱ぎ、彼に差し出す。


「それと前半言ったことは撤回させてもらうよ。やっぱり君と戦うのは楽しいし怖かった。そして面白かった。──またね」

「ああ。またな」


 微笑むマリオに鷲介も笑みを浮かべる。そして立ち去っていく彼を見送りピッチに倒れ込んでいる面々に声をかけ、起こす。

 そして彼らと共に応援してくれたサポーターのところへ行き感謝の言葉と謝罪を述べ、ロッカールームへ。


「皆さん、お疲れ様でした。──負けてしまいましたね」


 全員がそろうと同時、ミシェルは微笑して言う。


「さて皆さん、これからシャワーを浴びてホテルに帰ります。また一部の選手たちはインタビューを受けるわけですが、その間にも皆さんの心のどこかに敗北の痛みは残っているでしょう。

 それがいつまで続くかは個人個人違うでしょうけど」


 うつむき、涙を流す選手がいる中、ミシェルは優しく、いたわるように言葉をかける。


「当然のことですが皆さん悔しいし悲しいでしょう。しかし私はこう思います。──屈辱は飛躍の土壌だと。

 世代限定とはいえ世界の頂点の一つであるチームと戦い負けた。その痛み、記憶は皆さんの今後のサッカー人生に何かしらの変化を与えると思います。

 例えばクラブのユースにいる選手はより一層奮起してはトップチームに昇格したり、また高校サッカーを舞台にしている人は選手権やユースリーグで劇的な結果を残すかもしれません。

 ですので皆さん、今胸に感じている痛みをよくかみしめて、飲み込んでください。その行為は決して無駄にならないと断言します。──皆さん、ここまで本当にお疲れ様でした」


 頭を下げてミシェルは部屋を出ていく。相変わらずの態度に鷲介は息を吐き、しかし気付く。

 ロッカールームに漂う哀しみと敗北の気配が若干薄れている。もちろん落ち込んでいるものはいるが、少なくともそれなりに見知った面子の顔には力がある。監督の言葉はそれなりの効果があったようだ。

 それからいつものようにシャワーで汗を流し、また鷲介たち一部の選手はインタビューに答えた後、ホテルに戻る。夕食は静かな雰囲気の中で行われ、部屋に戻った後は志村と少し話をして、すぐにベットに入る。

 普段の疲れに加え”ゾーン”による極限の体の酷使があったせいか、鷲介は夢すら見ない深い眠りにつく。


「……ん」


 朝の冷えた空気を感じて鷲介は目を覚ます。のろのろと体を起こし時計を見ればまだ朝の六時になったばかりで、隣のベットにいる志村はぐっすりと眠っている。

 尿意を感じベットから出てトイレへ。ボーっとする頭で用を済ませトイレから出ると入り口でテツと鉢合わせする。


「おはよう」

「ああ、おはよう。……柳、少し付き合え」

「トイレならもう済ませたぞ?」

「違う。少し話したい」


 いつもに比べやや険がない態度の彼を鷲介は不思議に思うも、彼についていき誰もいないラウンジに腰を下ろす。


「なぁイタリアの三点目のシーンだが、もし俺がサルバトーレでお前がアドリアーノだったらどうしてた」

「そうだな……。エリア内にいる味方にパスを出すか一か八か反転してのシュートかな。まぁこぼれ球を誰かが押し込むのを期待した上でだが」


 そう鷲介が言うと、テツはわずかに視線を下に傾ける。


「俺としてはお前からのリターンパスが思い浮かんだな。……やはり敗因はそこか」

「何がだよ」

「意思疎通だ。イタリアに負けた最大の理由は両チームの戦力や完成度だけじゃない。そこが一番大きかった」

「そりゃあしょうがないんじゃないのか。顔見知りとはいえ俺たちが一緒のチームになったのは今回が初めてなわけだし──」

「連携不足や付き合いの長さという理由じゃない。──単純に俺の読む力が足りていなかったんだ。俺がお前の思考を読めなかった、意志を繋げることができなかった。

 世界クラスのパサーは初めて組んだFWの意図も完璧に読めると言う。マリオにはそれができて俺にはできなかったんだ……!」


 泣きそうに表情を歪ませるテツを見て、鷲介は気が付く。よく見れば彼の目元には隈ができている。おそらく彼は一晩中、敗因について考えていたのだろう。

 だから鷲介は素直に、そして率直に言う。偽りや慰めを口にしないのが彼への励ましになると思って。


「まぁそれはしょうがないぜ。マリオの奴は認めるのは癪だがサッカー選手としては間違いなく俺と同じ天才だしな。味方との完璧な意思疎通ができたとしてもまったく不思議じゃない」

「お前もお前で自分のことを天才とかいうのか」

「事実だろ。ま、その天才君も自分のクラブじゃあ、あんまり出番が無くて苦しんでいるわけだが」


 おどけた風に言うと、テツはかすかだが笑みを浮かべる。それを見て鷲介も微笑み、言う。


「テツ、俺はクラブに帰ったら代理人やクラブと相談してどっかのチームにレンタルされようと思ってる」

「レンタルだと? そう簡単に」

「簡単にいくとは思う。そもそもレンタルの話はここに来るまでいくつかあるって聞いているからな。

 実はシーズンが始まる前、監督からも勧められたりはした。──ま、断ったけどな」


 肩をすくめる鷲介。


「俺たちの年代ユースは一年一ヶ月、いや一日でも何かの切っ掛けや経験があれば劇的に変化する。ロート・バイエルン一軍での練習もそうだろうけど、やっぱり何より効果が期待できるのは試合に出ることだ。

 マリオにヴィスコンティ、そしてこの大会でかつて俺が戦い蹴散らした奴らも以前とは見違えてた。──俺もそうなるべく、Rバイエルンを離れようと思う」


 特にそれが顕著だったのはマリオにヴィエリ、そしてイングランドのDFイーノックだ。イーノックは結果的に一蹴したとはいえあらゆるスキルが向上しており、もし鷲介がユース時代の実力ならば苦戦は免れなかっただろう。

 Rバイエルンユースのチームメイトだったヴィエリもそうだ。二部とはいえプロの試合に出続けゴールを決めている彼の成長は目覚ましい。もし今の彼が昨季のユースチームに居れば欧州ユースリーグ制覇もできていただろう。

 そしてマリオ。前回の試合においても抑え込まれましたが今日の試合ほど圧倒されなかった。プロの試合でスタメン、そしてフル出場を幾度もしている彼はやはり鷲介よりも実力は上で、経験値が高い。


「非常に悔しいが今の俺じゃあ昨年のカールみたいにレギュラーを奪取する実力がない。一年間ベンチを温める、または途中出場を繰り返すなら十分な出番がある可能性のあるチームに行こうと思う」

「……仮に成長して戻ってきてもレギュラー奪取はできないかもしれないぞ。Rバイエルンはドイツに、いや世界に名を馳せるトップクラブ。強力なFWが次々とやってくる可能性だってある。いやレンタルされたチームでも出番が保障されているわけでもないんだぞ」

「承知の上だぜ」


 そんな覚悟はRバイエルンと言うチームに所属すると決めた時点でとっくに済ませている。

 自分が他の若手に比べて飛びぬけた才能と実力があることはわかっている。だがそれは今の話で、鷲介もその才能を全て覚醒させられると決まっているわけでもない。早熟の天才、未完の大器と称された凡百の上手い選手で終わるか、それとも才能を覚醒させた本物になるか。全ては鷲介自身の努力と選択で決まるのだから。


「そうか。なら頑張れ。……あとなんだ、少し意地の悪いことを言ったな。悪かった」

「俺も似たようなこと言ったしおあいこだ」


 再び互いに笑みを浮かべる。そしてテツは天井を仰ぎ、しかしすぐに鷲介の方に顔を向ける。

 そこには先程の弱気な様子は欠片もなく、いつもの自信に満ちたふてぶてしい表情がある。


「高いな。サルバトーレが、お前がいるところは。

 だが必ず追いつく。首を洗って待っていろ」

「ああ。上がってこいよ。待っているからよ」






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