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ダッシュ!!  作者: 浮雲士
三部
189/194

イタリアW杯、グループリーグ第三戦。日本対イタリア(7 )






 鷲介の動きの全てが、わずかに速くなった。

 判断、加速、足の振り、動き出し。一つ一つは先程のそれと比べ小さな差異。

 しかしそれが全て加算されたとき、”黒鷲”の異名を持つ鷲介はマリオの想定をことごとく超えてくる。


(くっ……!)


 ペナルティアークから右に切り込む鷲介。そんな彼をニコロとともに挟み込むべく動く。

 しかし想定より速い彼を見て即座に変更。シュートコースを消すべく左足を振り上げる。

 だがわずかに遅かった。右足より放たれた鷲介のシュートはマリオが左足でコースを潰すより一瞬早く通過。イタリアゴールへ向かう。


(ドニさん!)


 振りが速くしっかりと威力のある鷲介のシュート。振り向けばドニが反応して弾いているが、かろうじてという表情であり体はピッチに倒れる。

 こぼれ球に誰よりも速く反応する鷲介。わずかに遅れてマリオも動き、体を張って彼の押し込みをギリギリのところで防ぐ。

 ボールがラインを割り日本のCKとなる。日本サポーターの無念の声が聞こえるが、目の前に立ちはだかる鷲介の表情は何事もなかったかのように落ち着いている。

 次はゴールできると確信しているような顔だ。実際”ゾーン”状態に入っているとプレーに失敗してもそれに対して悔やむことがない。

 いや、正確に言えばあらゆる出来事を冷静に考えられるのだ。そして次こそは結果を出すべく最善手を脳内に思い浮かべ、実行できる。

 自分も幾度もなったことがあるからわかるが、それが”ゾーン”状態だ。


(この状況で”ゾーン”になるなんて……。本当に君は厄介だよ)


 全てを見透かすような顔をしている鷲介を見ながら、それでもマリオは小さく笑う。

 今の彼は間違いなく脅威だ。だが無敵ではないしこの状態が彼の限界ともいえる。

 今のマリオでも完全に抑えられはしないが”ゾーン”状態の特性を逆手に取ることはできる。

 ナカガミの蹴ったボールをジェレミアが頭で大きくはじく。日本に拾われたボールは左サイドへ転がり、日本はそこからイタリアゴールに迫る。

 後半終盤近いと言うのに日本の動きはもちろんパスの精度やスピードも変わらない。それは欧州の強豪のものと遜色ない。


(これがバレージさんが言っていた僕たちや他の国々と渡り合えた最大の理由か)


 圧倒的な個の力を持つ鷲介、日本代表を生かす監督の戦術はもちろんあるが、今の日本の強さは代表選手一人一人の動きが試合の最後まで世界の強豪と遜色ない動きを見せるところだ。

 昔から日本代表はチーム枠、献身的な動き、テクニックなどが優れていた。しかし試合終盤になるとそれが大きく劣化してもいた。

 だが今の日本代表、いや正確に言えば日本人選手にそれはあまり見られない。代表に選出される選手ならば滅多にだ。

 W杯直前の合宿の時、ふとそれを不思議に思い口にしたところバレージさんから殴られて理由を説明された。

 献身的、そして学ぶことに貪欲な日本人。彼らは長い年月をかけて欧州、いや世界のサッカーそのものを凄まじい速さで学んだ結果だと。

 世界の国々はどのように動いているか。勝っているときは。負けているときは。試合終盤は。退場者が自チーム、または相手チームからから出たときは。

 そんな様々なことを学び己のものとできたのはW杯初出場を果たして数十年、その間に多くの、さまざまな日本人選手が世界のサッカーの第一線である欧州や南米に渡り、そんな状況を体感し、後に教えていったからだと。

 当然イタリアや他の国々も年月とともに成長、進化している。しかし日本は百年近い歴史と積み重ねを持つマリオたち世界の強豪に数十年で追いついてしまったのだ。


『全く素晴らしく、そして恐ろしい国。いや民族だ。

 もし俺たち欧州や南米勢以外で最初にW杯を手中に収めるのはあの国かもしれない──』


 そう顔をしかめながらバレージは言っていた。もしかしたら彼には現在の母国の窮地を予想できていたのかもしれない。


(でもだからと言って負けてやる気はないよ……!)


 今現在マリオたちに声援を送ってくれるスタジアムのサポーターのため。ここにはいなくともイタリアの勝利を願う全ての人のため。

 何より最愛の恋人アモーレであるクララがイタリアの勝利を願っているのだから──


(あ、来た)


 そうマリオが思ったのと同時、両チームの選手が結集した左サイドからナカガミが割って出る。

 パオロが伸ばした腕に抑えられながらも彼はラインぎりぎりまで突き進み一瞬首振りをしてクロスを上げる。

 ドニがジャンプしても届かないぐらい高くあげられたボール。しかし今のマリオにはそれに反応するものが見えている。

 自分の背後に振り向けば落下してくるボールの軌道に合わせて跳躍している鷲介の姿がある。

 その動きはまさに猛禽。彼の二つ名”黒鷲”の異名にふさわしい。


(なら僕は”救世主”として、君のくちばしがゴールを捕まえるのを阻むよ)


 鷲介が放つ完璧なジャンピングボレー。それに対しマリオは反応、強烈なシュートを胸で止める。

 一瞬息が詰まったが気にすることなくボールを地面に落とすと正面に強く蹴る。高く強く飛んだボールは一気に日本の最終ライン付近にいるバッジョの元へ届く。

 それを見ながらマリオは平然とした──しかしかすかな動揺を映す鷲介の眼差しを見る。


(君の好きには、させないよ)


 目の前のライバルと同じく”ゾーン”に入ったマリオは波一つない湖畔のような静かな心境で思うのだった。










 イタリアゴール前から日本の最終ライン付近へ一直線に飛んできたボール。それに真っ先に反応したバッジョは鷹野を引き離してボールに駆け寄る。

 鉄一の目に映るバッジョの背中。イタリアの10番をなびかせているバッジョは一瞬、こちらへ首振りし再びボールへ接近。

 そして後ろ向きでボールを収めようとする彼に鷹野と田仲の二人が彼が自由にさせないため近づく。

 鷹野はトラップの瞬間を察知したのか、一気に加速。バッジョと激突する。


(どうなった?)


 ボールを奪えたのか。それともトラップされて味方にパスを出したのか。後半の苦戦具合を見るにおそらくは後者だ。

 今のバッジョに最も近いのはアドリアーノだが彼の傍には井口がいる。となればパスを出すのは上がってきているステファノか。

 そう鉄一が考えた時だ、突然バッジョは鋭く反転し鉄一の右手側──日本の右サイドに向かって走り出す。

 何をしていると思ったところで、鉄一は気づく。視界の上。正確には右斜め上にボールが映ったのだ。

 

(え??)


 わけがわからない。それが反射的に鉄一が思ったことだ。

 つい先ほどバッジョは突っ込んだ鷹野と激突──正確には体を寄せられたはずだ。

 鷹野の寄せはとても上手い。相手がパスを受けようとした瞬間、体をするっと入れてボールを奪う。鉄一はもちろん鷲介もW杯直前合宿で何度かやられたものだ。

 だが振り向いた鷹野は自分たちからボールを奪取した時のにこやかな笑みではなく、驚きと焦りを滲ませた表情をしている。

 一体何が起こったのか。鉄一は思い、反射的に一つの答えに行き着く。

 それをやる可能性は最も低い。だが、うっすらと笑みを浮かべながらボールの落下地点に走っているバッジョを見て、それが正解だと思わざるを得ない。


(飛んできたボールを開いている右サイドに向かってダイレクトパスをしたのか。しかも自分が拾えるよう人のいない右サイドに高く蹴り上げて……!)


 先程からバッジョには鷹野と田仲がついているため必然的に右サイドは大きく開いているのだ。

 高く蹴り上げられたボールは勢い良く最高到達点まで飛びあがり、右サイドぎりぎりに落ちてくる。

 そしてボールがラインを割ってしまうというところで全力疾走してきたバッジョが間に合い、ボールを前に蹴りだす。

 トラップミスかと思ったが鉄一はすぐにそれを否定した。前に転がったボールの勢いは弱く、そして真っ直ぐに転がっているそれにバッジョが迷いなく疾走し、足元に収めたからだ。


(信じられん……! なんという、なんというプレーだ)


 一言でいえば一人トラップ&パス。いや後ろ向きだから一人後ろ向きトラップ&パスだろうか。

 そんなわけのわからない言語を脳内に浮かべながら鉄一は下がる。

 現在鉄一は日本の最後尾で守備の統率をしている。これはアドリアーノに振り回された体力をほんのわずかでも回復するためだ。

 エミリオと交代でピッチに入った彼は一言でいうなら献身の塊のようなプレーをしていた。

 持ち前の強靭なフィジカルやスタミナを生かしては前線からプレスをかけパスコースを潰すべく走り回っていた。そして味方からボールが来ると、普段の彼なら一人で行けるような時も味方の上りを待ちながらゆっくりとボールキープし、またポストプレーをしそこなった時などは何が何でもボールを失わないようしぶとく食らいついてくる。

 そしてこれが日本に、鉄一にはよく効いた。

 最初彼のマークについていた鉄一だが最初から全開で動き回る彼の動きに次第についていけなくなったのだ。

 そうなったのは元々の疲労に加えてところかまわず激しく動き回るアドリアーノに振り回されたからだ。

 そしてそんな鉄一を見て井口がマークを交代する代わり、最終ラインの統率を任せたのだ。


(あらゆる技術こそバッジョたち他の代表FWに劣るやつだが、フィジカルとスタミナの量だけは互角。

 そう思っていたがそれ以上だと考えを改めた方がよさそうだ……!)


 もともとアドリアーノは体を張ったプレーや何が何でもボールにしがみつくような泥くさいプレーが得意だ。

 その活躍もあってか鉄一、兵頭と共に所属するペルージャFCでは今季二桁得点を挙げ、代表にサプライズ召集された。

 しかし今の彼の動きを見るとサプライズではなく、順当だったのだと思う。

 あれだけ献身的にチームのために走り回れる選手。W杯という大舞台には一人は欲しい。

 クラブのチームメイトに感心と驚きを抱きながら鉄一は全体状況を見渡す。

 ゴール前からのロングボールという速攻のカウンターを繰り出したイタリアだが、あまりの速さ故にバッジョ以外の面々が上がり切れていない。

 これならバッジョの動きを停滞させれば速攻のカウンターは防げると鉄一は思った。

 右サイドを駆け上がるバッジョだがそのスピードは遅い。彼の後ろには田仲達が迫っており今すぐにでも囲めそうだ。

 しかしそう鉄一が思った直後、ステファノ、アンジェロ、ニキータらが全速力で日本陣内に駆け込んできた。


(バッジョの野郎はこれを待っていたのか……!)


 迷いなく奔りバッジョに接近する彼らを見て、鉄一は心中で舌打ちする。

 イタリアで対戦した鉄一は今のバッジョのスピードが全速力でないことはわかっている。しかしそれは疲労とあんなスーパープレーをした直後だからだと思っていた。

 しかし、どうやら味方が上がってくる時間を稼ぐため──またスーパープレーをした自分を落ち着かせるため──スピードを落としていたのだろう。

 田仲達に前を塞がれたバッジョ。彼は目の前を見ながら同時に周囲にも目を向けている。


(他の面々の動きやポジショニングを見るにパスを出すのはニキータだ)


 と鉄一が思った次の瞬間、バッジョは動く。ドリブル突破するように軽く左右に体を揺らす。


「岩永、ニキータにパスが来る!」


 鉄一の声が響くと同時、バッジョは動く。

 鉄一が思った通り彼は左右を揺らして田仲と鷹野を惑わし、わずかに空いたパスコースから近づいてきたニキータにパスを、


「なっ!?」


 出さずにバッジョは鋭い右から左への切り替えしで田仲の右手側を抜ける。

 ボールもバッジョ自身もライン上へ移動するが、どちらもラインは割らない。

 そしてその動きは速く、まったくブレていない。まるでバッジョとボールが一つになったと錯覚させるものだ。またしても魅せたバッジョにスタジアムから大歓声が上がる。

 突破したバッジョに鷹野が食らいつくが、バッジョはそれを見越してたかのようにクロスを上げる。

 日本の右サイドから左サイドまで飛ぶ強く高いパス。それに向かって走るアドリアーノと井口。

 いったんピッチを跳ねたボールには先にアドリアーノが触れるだろう。だが井口ならばボールを奪えずとも鉄一が守備を整えるまでの時間を稼いでくれる。

 しかしまたしても鉄一の予想は裏切られた。右足を上げてボールを収めると思ったアドリアーノは何とボレー性のパスを放ったのだ。

 井口の頭上を越えたボールは日本のペナルティアークの少し手前に。そしてそこには小清水を連れているステファノが走りこんでくる。


(! まずい!)


 ステファノの顔を見て鉄一はそう思い彼に近づく。

 しかしわずかに遅かった。鬼気迫る表情のステファノはアドリアーノからのパスに右足を振り上げて合わせた。

 ランニングダイレクトボレーシュート。普通なら上空に大きく打ち上げるであろうそれはボールの芯を叩いたのか、砲弾のような勢いで日本ゴールに向かう。

 だがそれが日本ゴール左上を爆撃することはなかった。守護神である兵藤が伸ばした左腕でボールを弾いたからだ。

 しかし安心はできない。弾かれたそのボールにアドリアーノが接近していたからだ。

 

「おおおおおおっっ!!」


 唸り声を上げてボールをゴールに押し込もうとするアドリアーノ。しかし鉄一が間一髪、立ちはだかり体を張ってボールを弾く。

 しかしまだ危機は脱しない。エリア外に出ようとしたボールにニキータが駆け寄ってきてはシュートを放ったからだ。

 今日の試合、もっともよく走っているはずのニキータ。顔には疲労が色濃く出ているがそれ以上に勝利への執念を見せている。

 そしてその執念がさせているのか、放たれたシュートは低弾道ながらもしっかりとした威力を持ってゴール左隅へと向かっている。

 やられたと鉄一が思った次の瞬間、またしても日本の守護神が輝いた。ゴール左へ横っ飛びし伸ばした右手でボールを弾いた。  

 そしてポストに跳ね返ったボールを体で抑え込み、見事イタリアの攻撃をシャットダウンしたのだ。


(なんて奴だ……!)


 クラブでのチームメイトゆえ、日本代表の中では誰よりも彼を知っているという自負がある。

 しかしそんな自分でも今の彼の奇跡的なセーブの連発は驚嘆に値する。

 素晴らしい。それ以外の言葉が脳裏に浮かばない。


「ボーっとするな! 前へ出ろ! あと1点取って勝つんだからな!!」


 檄を飛ばしながらボールを投げる兵藤を見て鉄一も気合を入れ直す。

 お互い何が何でもゴールを奪うっという意思に突き動かされているのだろう。両チームとも中盤は省略しロングボールで一気に相手ゴールへ迫る。

 だが相手のアタッキングサードまで来るとどちらの攻撃も防がれる。イタリアのゴール前では”ゾーン”に入った鷲介を中心として日本がイタリアゴールに迫るも、同じく”ゾーン”状態のマリオを核とした守備陣がことごとく防ぎ弾く。

 日本ゴールではバッジョを中心としたイタリアの高速カウンターによる攻撃が日本ゴールを脅かすが、鷹野がバッジョをある程度抑えられるようになり、さらには鉄一の守備陣の統率と兵藤の神がかった動きで危険なプレーを防ぎ、または事前に積んでいる。

 一進一退というべき状況。だが鉄一の選手としてのカンはこのままで終わらないと確信している。

 自分を含めたピッチにいる22人の選手たち。皆の視線、放つ戦意は、勝利しか求めていないのを感じるからだ。

 視界の隅に移る時計──デジタル表示のそれは85分になろうとしている。

 残り試合時間は5分程度。だが中断もあったこの試合、ロスタイムは残り時間と同じぐらい取られるだろう。

 残り時間10分──何かが起きるには十分すぎる時間だ。


(残り時間、なんとしてもボールをゴールに叩き込め!)


 バッジョからアドリアーノへのパスをカットした鉄一はそう思うと同時、下がってきた中神へロングパスを放つのだった。











 テツからのロングパスを受けた久司。ボールを奪いに来るアンジェロを小清水とのワンツーでかわし前に出る。

 フリーとなって走る久司にイタリアの選手たちは向かわず素早くゴール前を固め始める。それを見て鷲介は動き、そして久司からもそれに合わせた速いボールがやってくる。


(ギリギリだがナイスタイミングだ……!)


 現在の両チームの守りはとにかくゴール前を固めることを優先としている。縦パス一本など中盤を省略するような大味なサッカーになっているからだ。

 そしてイタリアのゴール前の守りの構築スピードは日本のそれより速い。しかし久司もそれを何度も見たためどのぐらいでブロックができるかわかってきたのだろう。

 右のハーフレーン、ペナルティアークが視認できる距離でボールを受けた鷲介。しかしその前には自分と同じく”ゾーン”に入ったマリオが立ちはだかる。

 彼を、周囲を見て、瞬時に鷲介の脳裏に浮かぶいくつもの得点パターン。しかしそのどれもマリオが立ちはだかり、鷲介の放つシュートがゴールネットを揺らさないことを教えてくれる。


(今の状態で”ゾーン”状態のマリオは振り切れない。だとしたらゴールを決めるには……!)


 構築されるイタリアのブロックを再び崩そうと動きながら鷲介は考える。

 浮かぶいくつもの案。だが躊躇いが生じる。

 脳裏に浮かんだそれらの案は仲間たちが鷲介の想定通りに動くことが前提だ。だが今の鷲介の動きに合わせて、意図を読んで動けるのは久司か英彦ぐらいだ。

 どうする──。そう迷っていると、突然後ろから怒声が響いた。


「鷲介! 行け!」

「ちんたらしてんじゃねぇ!」


 ゴール前に走ってくる久司と堂本。

 そして彼らを後押しするように英彦の声が聞こえる。


「皆を信じるんだ!」


 こちらの心中を見透かしたかのような先輩の言葉。それを聞き鷲介は迷いを振りきり、動く。

 立ちはだかるマリオに対し緩急を効かせたフェイントを一度。そしてわずかに空いた──正確にはマリオが意図して開けた──右側へ鋭く切れ込む。

 わかっていて罠にはまった鷲介にマリオも当然反応しボールを奪おうとしてくる。だが、それこそが鷲介の狙いだ。

 お互い”ゾーン”状態での激突。これはお互いの最善手の潰しあいだ。FWはどう動けば確実にゴールできるかを直感で悟って動き、DFはどうすれば確実に守れるか瞬間的に算出し、動く。

 対峙する二人のレベル差があればどちらかが完封できるのだが、今の鷲介とマリオはほぼ互角。勝率は50%。

 そしてその場合、今日の試合ではマリオが有利だ。何せ鷲介──日本と違いイタリアは”ゾーン”に入ったマリオの動きにも見事、連動している。そのため今までも鷲介がマリオを突破しても最後にはシルヴィオらが追い付きゴールを阻んできたのだからだ。

 となればどうするかの答えは一つ。敵の罠にあえてかかり、そのギリギリ──罠にかかる直前で出し抜く。

 ボール奪いに来るマリオ。だがその動きは鷲介の予測通りだ。


 (ここ!)


 ボールが奪われる直前──刹那にも満たない時間で鷲介は半歩前に動く。極限まで引き付けてからの移動。

 ”ゾーン”状態にもかかわらず一か八かの賭け。それに鷲介は勝った。マリオの伸ばした足をかわし前に出る。

 鷲介は見事、己が培ったすべてをチップとした勝負に打ち勝ったのだ。

 鷲介は前に出ると同時にゴールを塞ぐジャンルイジの姿を見て、迷うことなくクロスを上げた。

 周りは見ていない。鷲介がボールを上げたのは自分の動きに引っ張られたイタリアのDFたちが作ったスペースにだ。

 先程鷲介の脳内に浮かんだ、そこに誰かが飛び込んでくる予想。完全な予想であり人任せだが久司や英彦、鷲介の動きに合わせてくれる彼らならば反応できるはず──


「おおおっ!」


 左に上がった低空のクロスボールに雄たけびを上げて飛び込む久司。

 しかし鷲介は心中で唸った。久司の正面にシルヴィオが──それもマリオに連鎖したのか”ゾーン”状態の立ちはだかっていたからだ。

 完全にシュートコースを潰されている。止められる──。そう思う鷲介だが次の瞬間、目を見開く。

 ちょうど左足でダイレクトボレーを放つであろう久司。しかし彼は来たボールを空振りした。

 ボールの勢い、彼のポジショニングを考えればあり得ないことだ。一体どういうことだと思った瞬間、鷲介は大きく見開いていた瞳を限界まで見開く。

 空ぶった久司の背後から飛び出してくる一つの影。獲物を目の前にしたオオカミのような形相のその人物は堂本だ。

 久司がスルーしたボールに堂本はジャンピングヘッドで見事、合わせる。そのボールにシルヴィオも反応するが彼が前を塞ぐのは一瞬遅くボールはゴールに向かう。

 だが、そこで、またしても予測しないことが起きた。ボールがゴールバー内側の角に当たり、横にはねたのだ。

 転がるボール。そのままゴールラインを割ったかと思ったのと同時、ジャンルイジが片手でボールを抑えた。


(笛は鳴っていない。防がれた。次はどうする──)


 すぐに次のプレーに思考をシフトする鷲介だが、鳴り響いた笛の根がそれを阻んだ。

 笛の根の発生源である主審に振り向くと彼はゴールのサインをしていた。

 刹那、ピッチを静寂が支配し、次にスタジアムを揺るがすような大声援がそれを破る。


「おおおおおおおおおおおおおおおおーーー!!」


 スタジアムの大声援に負けるとも劣らない、堂本の絶叫。電光掲示板に後半42分という時間と4-3というスコアが現れる。

 堂本の狂喜ぶりはピッチにいる仲間たちはもちろんベンチにも伝播する。ピッチに立つ仲間たちは兵藤とテツを除く全員が堂本に駆け寄り彼を祝福。ベンチもサブやスタッフが勝利したかのように近くにいる仲間たちと喜び合う。

 そんな仲間たちを見まわした後、鷲介は堂本の元に近づく。

 しかしナイスゴールと声をかける前にこちらに気づいた堂本は、周りにいる仲間たちを割って鷲介に近づき首に腕を回してきた。


「ナイスボールだ! よくやったな!」

「堂本さんも見事なゴールでした」

「そうだろう、文句のつけようがないゴールだ。──そしてそれができたのは俺がお前の動きを読んだからだ」


 そう言って彼は笑みを消し、喧嘩を仕掛けてくるような険しい眼差しになる。


「お前と同じく俺らもお前の動きを見て、予測して、動いているんだ。

 あんまり俺らを、見くびるんじゃねーぞ」


 そう言って堂本は離れ、日本サポーターの元へ駆けていく。

 唖然としてそれを見送っているとそこへ英彦から声がかかる。


「言われてしまったね。これからは気を付けるんだよ」

「……別にあの人たちを見くびっているつもりはないんですけど」

「でも君の全力についてこられるというイメージはなかっただろう? 今の日本代表じゃ僕か中神君、小野さんぐらいかな」


 こちらを見透かすような表情の英彦。

 事実なので言い返せないでいると、英彦は軽く肩を叩いて言う。


「ま、これから気を付ければいいさ。それよりも今は目の前の試合だ」

「ええ」


 日本サポーターたちに挨拶している堂本たちから視線を外しゆっくりと自陣に戻る鷲介。

 そして感じる突き刺さるような無数の視線。スタジアムはもちろんピッチからも感じるそれの発生源はもちろんマリオたちアズーリの面々だ。

 先ほどまで彼らは堂本のゴールに対し抗議してた。ポストに当たり跳ね返ったボールはラインを割るより早くジャンルイジが止めていたと。

 実際そう言われ、ゴール判定を覆してもおかしくない際どいシーンだった。鷲介も防がれたと思ったからだ。

 だが電光掲示板に表示されたゴールシーン──ジャンルイジの手がボールを抑える直前、ほんの一瞬だがボールが完全にゴールを割っていたのを見て、アズーリの面々は抗議をやめた。

 

「ロスタイムを入れて残り時間は9・・。一瞬も気は抜けないね」


 頷く鷲介。ピッチ横に掲げられたロスタイム表示ボードの時間は7分。現在後半42分でありその残り時間と加算すれば9分は確実に試合終了の笛は鳴らない。

 鷲介としてはロスタイムは4分──残り時間6分ぐらいかと思っていたが、どうやら思っていた以上に時間を使っていたようだ。

 自陣のセンターサークルギリギリ外に戻り鷲介は改めて対峙するイタリア代表に目を向ける。

 当然というべきか相手も疲れの極みだ。だが誰もがその瞳に、顔に、揺るがない戦意を宿している。

 そしてその中で炎のような熱い執念と氷のような冷静さを同居させているのは三人。シルヴィオにバッジョ、マリオだ。

 またマリオは今までと違いポジションを最後尾から中盤の底に上げている。──間違いなく攻撃のために前に出てきたのだ。


「はい。ですがわかりやすいとも言えます。前に出てくるならカウンターを食らわせて止めの得点を奪うだけです」


 そう言って鷲介はマリオを見つめる。

 視線を交じり合わせる”ゾディアック”二人。静謐なマリオに対し鷲介も落ち着いた思いで相対する。

 そして二人が思うことは全く同じだ。──勝つ。ただそれだけだ。

 高らかに響く試合再開の笛の音。決着をつけるべく鷲介にマリオ──22人のプレイヤーは動き出すのだった。







リーグ戦 24試合 18ゴール10アシスト

カップ戦 3試合 3ゴール4アシスト 

CL 10試合 18ゴール4アシスト

代表戦(三年目)2試合 3ゴール1アシスト






W杯 2試合 5ゴール1アシスト

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