U-17準々決勝,イタリア戦2
「2-0か。前半終了間際の失点は、痛かったなぁ」
スタジアム内にあるコーヒー販売店のすぐそばで今しがた買ったコーヒーをすすりながらブルーノは呟く。
周りにはブルーノたちと同様に、ハーフタイムの内に空腹やのどの渇きを潤そうと言う人たちが大勢だ。
「……で、後半、日本はどう来ると思うよジーク」
ちらりと横目を向けるが問うた当人は先程からむっつりとしてながら、手にしたコーヒーとホットドッグを口にしている。
前半終了からこのような顔だったが、イタリアの二点目が入るとさらに眉間のしわが深くなった。普段──試合中のラフプレーでもあまり怒らない彼が、明らかに怒っている。
どうしたものかと思いブルーノは左にいるアントニオに目を向けるが、彼は視線を合わせず買ったサンドウィッチを無言で食べている。どうやら現在のジークに積極的にかかわり合いたくはないようだ。
「後半の日本だが」
「お、おう」
「特段、戦い方を変える必要はないだろうな。前半で見せたチーム一丸の攻守をしていればチャンスは来るだろ。
鷲介の馬鹿が前半のように思い上がったプレイをしなければゴールを奪うことも、まぁ可能だろうな」
「……あー、やっぱりそれに怒っていたのか」
ブルーノが言うとジークは怒った表情のままこちらを向く。
基本温厚な彼が滅多に見せない表情に思わずブルーノは一歩引く。
「当たり前だ。あんな独りよがりなプレイはいつもの鷲介のプレイじゃない。
いくら鷲介でも一人ではイタリアをどうにかできないことは分かっていたはずだ。にもかかわらず二点目のあのプレイはなんなんだ」
そう吐き捨ててジークはチーズがかかったフランス風ホットドッグをかじる。
確かにジークの言うとおりだ。観客席という高い位置から見ていてすぐに分かったが前半終了間際の彼のプレイは実に酷かった。イタリアゴール前のチャンスも彼が個人で挑んだため潰してしまったし、イタリアの二点目のシーンはその極致だ。
「確かにジークの言うとおりですね。マリオを彼一人で抑えるなどできるはずがありません。逆は可能ですが。
なにより助けに来たチームメイトを止めてあれなのですから、弁解の余地はない」
そう批評するアントニオ。真面目で冷静な彼はポカをやらかしたチームメイトへ容赦なく説教をすることが多い。
というのも周りにいる面子はよほどのミスをしでかさない限り軽く注意するにとどまっており──フランツなんかは笑いながら気にするなと言っている──そのため自然とロート・バイエルンにおける説教役のような立場となってしまっているのだ。
「ま、まぁあの馬鹿もさすがに自分がやらかしたことは分かっただろう。監督からも言われるだろうし、後半からは修正してくると思うぜ?」
「でしょうね。しかしそれでも日本が厳しい状況であることに変わりはありません。点を取れる可能性はあるでしょうが、果たしてあの鉄壁のイタリア守備陣をどう攻略するか。
前半途中のような全員一丸となってようやく可能性が五分になる。それほどのものですよU-17イタリア代表の守備は。
鷲介の本気のプレイに日本のメンバーが合わせられればもう少し可能性は上がるでしょうけど──」
話すアントニオとジークの横でブルーノは先程のマリオのゴールを思い返していた。鷲介をかわしたドリブルとネットに突き刺さったシュート。DFが打てる代物ではない。
GK以外の全てのポジションで十全の力──世界レベルを発揮するというマリオ。それを目の当たりにして、ブルーノは小さく息をつく。
(しっかしあのガキ、いや”ゾディアック”の連中は本当にとんでもねぇ)
たったワンプレーで敵チームに重圧をかけるだけではなく、仮にも同格とされている鷲介のプレイにも大きく影響を及ぼした。
レヴィアー・ドルトムントとの対戦でも思ったがやはり彼ら”ゾディアック”の面々は凄まじい。カール、そして昨季のCLにてRバイエルンを敗北させた一撃を放ったバルセロナ・リベルタのロナウド。レイ・マドリーのラウル、アシオン・マドリーのミカエル。
彼らは今でさえあのレベルなのだから今後、どんな化け物へと進化するのか。今後彼らと幾度と戦うであろうブルーノは再び小さく嘆息した。
◆◆◆◆◆
「皆さん」
スタッフから手渡されたドリンクを含んで一呼吸着いたところで、今まで沈黙していたミシェルが口を開く。
「皆さん。試合前、私がどう戦うべきと言ったのか覚えていますか? ──柳くん、覚えていますか?」
いつもと変わらぬ表情と口調。しかし放たれる気配は氷のように冷ややかで、落ち込んで下を向いていた選手たちの顔が一斉に上がるほどだ。
「……いつも通り、なおかつチーム一丸となって戦うでしたね」
「はい。その通りです。しかし前半、それがほとんどできていませんでしたね。特に失点してからは酷いものでした。
私はエリアで再三落ち着くため時間を使いなさいと指示を送っていたはずですが? 違いますか藤中くん」
「……はい」
それは鷲介も知っている。だがそれに異を唱え、守らせなかったのは鷲介だ。せめて反撃する気概を見せるべきだと彼を強引に説き伏せ、結果あのようなことになった。
責めるような響きがある監督の言葉を聞き、自分の責任だと鷲介が口を開こうとするが、それを遮るかのようにミシェルは言葉を続ける。
「今までのどの相手よりも強固な守備に強く鋭いカウンター。そして二得点に絡んだイタリアの”ゾディアック”、サルバトーレ・マリオ。
その実力を目の当たりにして腰が引けるのはわからないでもありませんが、それは予想できたことです。それに”ゾディアック”と対戦したのはこれが初めてではないでしょう?
アーサー・ロバート・アヴァロン。サルバトーレくんは彼よりも圧倒的に脅威でしたか? 宮野くん、どうですか?」
「さほどの差はないと、思います」
「私もです。あらゆるポジションを十全にこなせるオールラウンダー、ユーティリティープレイヤー。確かに厄介ではありますが裏を返せば突出した部分がない。
パス精度で言えばアーサーくんよりは下であり、ドリブルとスピードでは柳くんよりは劣ってはいます」
ぐるりと左右を見渡すミシェル。
「何もかもが世界一などという完璧な選手など存在しませんし、同じく無敵のチームもない。だからサルバトーレくんを大人しくさせる方法はありますし、イタリアを倒せる可能性はあります。
前半、失点するまでは攻められながらも、イタリアゴールへ迫った幾度の攻撃は悪くありませんでした。ですがゴールを奪えなかったのは全員が、本来のプレイをできていなかったからです。
いいですか? 本来のプレイが、です」
最後を強調してミシェルは碧の瞳を細め、鷲介を見る。その視線を受けて鷲介は唇をかむ。
確かに彼の言うとおり今日の試合──というよりもU-17における試合では鷲介本来のプレイをあまりできてはいなかった。だがそれもしょうがないではないと鷲介は思う。
もし鷲介が本来のプレイをすれば他の面々がついてこれない。彼らの反応や速度、そして技術は鷲介の全力についてこられるロート・バイエルンの面々より大きく劣っているのだ。合宿時に行った練習や練習試合でそれがわかったからこそ、鷲介はこの大会では主に個人技を多用するスタイルへと変えたのだ。
もちろん試合中本来のプレイをしたことは幾度もあったが予想通り、こちらがパスが欲しいタイミングと会わなかったり、また鷲介が出したパスに反応できなかったり、反応できても遅れたりなど多々あった。
本来のプレイをしないのではない。やれたとしても周りがついてこれないのだからやりようがない。しょうがないではないか。そう思う鷲介だったが、そんな彼の前で監督は一つの策を言う。しかしこれは鷲介が本気のプレイをして、初めて成功する策だ。
「二失点のことは頭から忘れなさい。まず、本来のプレイができないことにはイタリアの守備は突破できません。そして今言った通りサルバトーレくんを大人しくさせる、イタリアからゴールを奪う術は今私が言った通り、いくらでもあります。
私が言ったのは彼の試合を見て思いついた策です。しかし相手が対処できないとも限らない。ですから、勝つためには全員が戦う中、考えるしかありません」
こめかみに指を当てて、ミシェルは言う。
「思考なさい。世界の頂点に届くためにはただサッカーが上手いだけでは到達できません。高い技術とそれに見合ったインテリジェンスが必要なのです。
それは監督の言われたことを的確に実行できるだけではなく、選手が思考錯誤の果てに監督の指示通り、もしくは想像を超えたプレイを実行できてこそです」
ゆっくりと周囲を見渡しながら言う監督。
「柳くん、後半は周りに考慮せずあなた本来のプレイをしなさい。いいですね?」
「監督、それでは──」
「言いたいことは分かります。皆がついてこれないと言う事ですね。ですが今言った通り、試合の中でどうすれば君の本来のプレイが周囲にフィットするのか考えるべきです。
君にはメンバーと連携不足などハンデはあるでしょうがそれでもです。イタリアからゴールを奪うには君を含めた全員が実力を出し切らなければいけません。
考えるのです。どうすれば自分本来のプレイが皆に適用できるのか。そしてそれをどのようにすればイタリアの守備を突破しゴールを奪えるのか。
やらなければ、できなければ、負けるだけです。──それともこのまま、ただ無様に負けて終わりたいですか?」
「……!」
「良い顔です。それでは頼みましたよ『サムライ・ソード』」
ミシェルは微笑み、それからテツに志村など、ポジションのキーマンたちに指示を出す。そして最後に、いつもの笑顔を浮かべて、言う。
「さぁ、残り45分。頑張っていきましょう」
◆◆◆◆◆
「うおお、やられる!」
周囲から沸き起こる歓声の中、隣に座るブルーノが焦ったような声を上げる。
彼の悲鳴と周りの声が起こっている原因は日本ゴール前だ。イタリアのカウンターを受けた日本はゴール前の陣形が大きく崩れているうえ。人数も前線のイタリアと同数。
「前、前塞げ! ああー」
ブルーノが言うのと同時にヴィエリがシュートを放つ。右足で蹴られたボールはそのままゴールの枠内に向かうが日本のGK宮野が手で弾き、何とかコーナーへ逃れた。
そしてイタリアのコーナーキック。マリオが蹴ったボールへヴィエリらが飛びつくがDFの奮闘で何とか外に弾く。しかしイタリアの攻勢は止まらず日本ボールのゴールキックとなったのはそれからもう一度イタリアがコーナキックをした後だ。
「これでは追加点が入るのは時間の問題だな」
冷たく、そして呆れたように言うバレージ。後半十分が経過しようと言う今、試合展開は圧倒的にイタリアが優勢だ。この短時間で、すでに決定的チャンスを二度も作られてしまっている。
その原因は主に二つ、日本が点を取るためかより前がかりになっていることと、鷲介のミスが多く発生しているせいだ。味方に合わない速いパスやオフサイドとなってしまう飛び出しなど前半、いやU-17日本代表として初めて見せるミスの連発だ。
「ヤナギがやりたいことは分からないでもないけど、リードされているうえ今のイタリア相手では無謀だね。現状見る限り周りとかみ合っていない」
マルコスが言うとおり、ジークフリート達も鷲介が全力──ロート・バイエルンでのサッカーをしようとしていることはわかっていた。だがマルコスの言う有様だ。
再開される日本の攻撃。GKから繫いだボールを収める藤中。そしてイタリアのDFラインを飛びだした鷲介へパスを出す。
だがやはりまた鷲介とのタイミングが合わず、またイタリアの上手いオフサイドの網にかかってしまう。そして再びイタリアの攻撃で日本は劣勢に追い込まれるも、ギリギリ防ぐ。
そして日本の攻撃だがイタリアのプレスに押され、ボールを前に出しては戻す展開が続く。しかし幾度かの挑戦でようやく鷲介にボールが渡る。
だが当然、彼の側にはマリオがおり、そしてイタリアの守備人数も十分すぎる数がそろっている。彼一人ではどうやっても突破できない。
右にゆっくりと流れる鷲介。マリオがボールを奪おうとした直前、フォローに来ていた味方へパスをすると中央へ。そして幾度かのパスで再び彼にボールが渡るがやはりマリオたちが待ち構えている。
再び右へドリブルをする鷲介。近くに来ていたイタリアの選手を一人かわすがその直後、マリオとヴィスコンティがそろってボールを奪いに行く。
イタリアでも随一の実力者二人から鷲介は逃げるように右サイドへドリブルをしていく。だが二人の絶妙ともいえるマークとカバーで前へは進めず、またしてもボールを下げてしまう。
「おいおい鷲介の奴、何をやっているんだ! そんなプレイじゃゴールすら近づけないぞ」
苛立ったように言うブルーノ。アントニオは無言だが説教するときの顔となっている。怒っている。
しかしジークフリートは彼らほど怒ってはいない。彼の動き、そして周囲の状況から彼が何を狙っているのか、一つのイメージが浮かんだからだ。
「……DF全体が、少し右寄りになっているね」
ポツリとバッジョが呟く中、イタリアのパスをカットした藤中から鷲介にパスが出る。それを足元に収め、三度彼は右サイドを突破しようとする。
寄ってくるマリオ、そしてイタリアDFたち。鷲介はやはり先程のように後方の味方にボールを渡し、自身は中央、または右エリア付近でボールをもらおうとする動きを見せる。
鷲介に収まるボール。彼が再び右サイドに向かってドリブルを始め、それにマリオたちが寄ってきたその時だ。鷲介はドイツリーグ屈指とも言われるアジリティを発揮しては機敏に動くと、パスを出す。
DF全体が右寄りになっていたため、左サイドのぽっかりとできていたスペースに出された鷲介のパス。そこへ走り込む日本の9番。だがやはりパスとのタイミングが合わなかったのか、彼の疾走も空しくボールはサイドラインを割ってしまった。
このワンプレーに観客からは特に目立った反応はない。だがユヴェントゥースの面々は表情を厳しいものへと変えていた。
「今の、狙ってたよね」
「ああ。間違いなくな。もしもだが、あのパスのタイミングと9番の動きがあっていれば、危なかったぞ」
「ゴールまで少し距離はありましたけど単独のフリー状態ですからね。もしパスの出し手が逆だったら失点してもおかしくはなかった」
バッジョたちの会話を耳にしながら、ジークフリートは小さく笑む。彼らしい、いいプレイだと思う。
昨季のユース時代、鷲介がゴールと同じくアシストが多かったのはスピードやパスが上手いからだけではない。今のようにくさびとなっていたからだ。
生粋のポストプレイヤーではなく、フィジカルもそこまで強くない鷲介がくさびとして機能したのは、世界トップクラスのスピードと敏捷性、高いシュート精度を持っている。そしてそれを相手が警戒したからこそだ。
たとえ低い位置でも彼がボールを持てばあの高速ドリブルで一気にゴール前まで運ばれる。またペナルティエリア近くまできたら躊躇なく正確なシュートを放ち、ボールはゴール枠内へ向かう。
故に必然的に彼に注目する。事実リーグの試合においても彼は警戒されており、その恩恵を受けたジークフリートたちが代わりにボールをゴールに叩き込んでいた。
「しかし思ったより馴染むのが早い。表情から覚悟を完了したのは分かるが……」
「鷲介の奴、俺が俺がって我儘になっていたとはいえ、今までの試合でも何度かはチャレンジはしていたようだからな。他のガキどもも必死の形相で本気の鷲介の動きに反応、対処してやがる。
これはもしかするかもしれないぜ」
「しかしそれはこの状態が維持できればの話だろう。もしイタリアが三点目を取れば、日本の敗北は決定的だ。それにこのハイペースがいつまでも持つはずはない」
イタリアの攻撃を凌ぎつつも、鷲介の本気の動きに──かろうじてとはいえ──周りの選手がついていけているのは彼らがペースを考えず常に全力で動いているからだ。しかし最後までそれが維持できるとはとても思えない。
「点が入るかはやはり鷲介、そして背番号10番次第というわけか」
そう言ってジークフリートは声を張り上げてコーチングしている10番──藤中へ視線を送った。
◆◆◆◆◆
「カウンターが来るぞ!」
そう鉄一が叫んだ直後、イタリア陣内から放たれたロングボールにヴィエリと中村が寄っていく。
胸トラップしたヴィエリから中村がボールを奪おうとするが、イタリアのエースストライカーはその強靭なフィジカルで微動だにせず上がってきた味方へ易々とパスをだし、また自らもゴール前へ向かう。
この試合で何度も見たヴィエリの鬼のごときキープ力とポストプレイに鉄一は歯噛みする。率直に言うならば彼は細谷の上位互換と言うべき選手だ。しかも足元の技術も高いためかパス精度やパススピードも良く、受け取るイタリア選手はすぐさま行動に移れている。
日本ゴール前に鉄一が必死に戻って来ると、残っていた遠藤や宮野たちの守備や互いへのコーチングでギリギリ持ちこたえている。内に入ってくるヴィエリと外に開くミルコ、押し寄せる津波のように後方から上がってくる若きアズーリ達。
「藤中! 11番を頼む!」
「わかった!」
宮野の声にこたえてヴィエリのマークに付く鉄一。日本の全力かつ必死な守備にややボールを遅らされたイタリアだが、それでもカウンターに上がってきた面々と協力してボールを前へ進めていく。
味方とのワンツーで近藤をかわしたミルコが日本陣内を深くえぐり、グラウンダーのセンタリングを上げる。それに向かってヴィエリが飛びつこうとするが鉄一はそれは読んでおり足を伸ばしてカットし、すぐさまフォローに来ていた味方へパスを出す。
「はぁっはぁっはぁっ」
大きく深呼吸を三度すると、鉄一は再び前線へ向かって走り出す。そしてセンターサークル近くまで来るとボールが回ってくる。
周囲を警戒しながら視界へ寄り力を注ぐ。ぼやっとだがイタリア陣内の様子が立体的に見える。
(柳は──くそ。相変わらず読みづらい動きをする!)
青のユニフォームを着たイタリアの選手たちの中で動き回る柳と、それに一定の距離を置いて付きまとっているマリオを確認し、心中で罵る。
本来のフォームとなった柳の動きは──試合映像を見た時も思ったが──非常に読みづらい。そしてそれは柳の動きや反応速度が凄まじいのと、自分の司令塔としての力が足りていない──彼の実力を発揮させられるレベルではないからだ。
そのためどうしても彼の動きを予測したパスが出せないでいる。
(もし中神──あの”天才”だったらあっさり対処するんだろうか)
U-17不動、そしてJの絶対王者たるソルヴィアート鹿嶋において中心となりつつある彼を思い浮かべ、しかしすぐさま打ち消す。
いない人間のことを考えていてもしょうがない。今いるもの──自分がやるしかない。
ボールを奪いに近づいてきたイタリアの選手へ鉄一は軽いシザーズを見せ惑わすと、フォローに来た味方とワンツーで前に出る。
そして細谷と柳が動き、できたスペースへパスを出そうとしたがそれより一歩早く、イタリアの選手がそこを埋めてしまう。
(対応が速すぎる……!)
前半も、そして後半もこの調子だ。幾度かチャンスは作れているものの、イタリアの守備陣はこちらが造りだしたそれをことごとく摘んでしまう。しかも全員が全力で考えながら動いているうえ、本来ボランチである自分が攻撃に参加しているというのにだ。
まさしくイタリアらしい堅固な守備。しかし戦っているこちらから見ればたまったものではない。全力で攻めているのにほとんど防がれ、凌がれているのだから。
パスの出す場所が無くなり、止む無く鉄一はボールを後ろに下げる。そして周囲を確認しながら味方の様子をうかがう。
やはりというか当然と言った方がいいのか、味方の表情は苦しげだ。ボールがタッチを割るたび肩で息をしているもの、ライン際に置いてあるペットボトルに口をつけるものが多くいる。
今のペースでは最後までもたない。改めてそう思うがやめるわけにもいかない。もしやめてしまえば微かにある勝目が無くなってしまう。
(……一か八か。仕掛けてみるか)
イタリアの陣形の形を改めて確認した鉄一は、後半に入りしばらくして思いついた反撃の一手をするべく味方へ指示を飛ばす。すると日本の両SBがさらにポジションを前に上げ、また左サイドにボールが行き来する。
対するアズーリはきっちり守りボールを奪取しに来るが、日本もパスを回して何とかキープする。左サイドにおける両チームの激しいボール争奪戦が続き、イタリアの陣形が鉄一の予測した程度に左に寄ったこと、そしてヴィスコンティが柳からある程度離れたのを確認すると、鉄一は志村からきたバックパスに対し大きく左足を振り上げて、振る。
(行けっ!)
念じながらボールを左──ではなく右サイドにいる柳の方へ送る。蹴り上げたボールは狙い通り、日本の背番号9の前方へ落ち、そこへ柳とマリオが走っていく。
それを見ながら鉄一は自身もゴールに向かって全力で走る。右斜めの視界の隅でマッチアップする両チームのエースだが、これまた鉄一の思った通り、柳はフォローに来た近藤にバックパスをするとゴールに向かって走り出す。
左からイタリアゴール前に押し寄せる日本とイタリアの選手たち、右から走ってくる柳とマリオを見ながら鉄一は近藤へボールを要求、チェックに来たイタリアの選手より一歩速く動いた鉄一はすぐさま来たボールをダイレクトで出す。ボールが向かう先はペナルティエリア近くにできたわずかなスペース、両チームの選手がサイドに寄ってできたスペースだ。
今まで対戦した中で最高、最強の守備力を持つイタリア。彼らは現代サッカーの基本であるゾーンで守備を構築している。そして選手たちの絶妙な位置から仕掛けるプレスと完璧に近い意志疎通による連動、的確なポジションチェンジを繰り返して頑強な守備網を成している。
例えるならばイタリアのDF陣は一つの大きな楯だ。強く頑強であらゆる方面からの攻撃を機敏に動いては防ぐ楯。だがその盾を貫通する攻撃力を日本は持っている。楯を斬り裂く刀──柳がいる。ならばそれをどう生かすのかを考えるのがチームの司令塔である鉄一の仕事であり、そして今それ実行、成功させた。
トップスピードを殺さないドリブルと精度の高いパスにシュート。今大会はそればかりが目立っていた柳だが、オフ・ザ・ボールによるスペースを見つける動きも優れているのは練習や彼が出場した試合を見て知っている。それを念頭においた今の攻め、見事に的中した。
マリオに追われながらも僅かに空いているスペースに飛び込みボールを収める柳。その彼にヴィスコンティとポジションチェンジしていたイタリアの選手が寄ってくるが、柳は強引に右に突破してかわしてしまう。
(やった!)
DFを突破した柳を見て鉄一は喝采の声を上げる。すでに柳はペナルティエリアの中。ヴィスコンティたちもマリオも間に合わない。
まず一点。それを確信する鉄一。しかし次の瞬間、ぎょっと目を見開く。なんとDFを突破した柳の眼前にはイタリアのGKが距離を詰めていたからだ。
右足を振るう柳。しかしすでにそのコースにはGKの両手があった。ミートしたボールはそれに当たり、こぼれたボールをマリオが何とか大きく蹴りだす。
「……嘘だろ!」
「GKがディノでなければ決まっていただろうな」
その声に振り向けば後ろにはヴィエリがいた。
思わず睨みつける鉄一だが、彼は表情を全く変えず続ける。
「いいゲームメイクだった。だが俺たちアズーリの守備を突破するにはマリオたちだけではなくディノのことも考慮すべきだ。
鷲介が素晴らしいFWであることに異論はないが、それでもディノが守るゴールを割るのは簡単じゃない。──昨季のユヴェントゥースユースの試合の時もそうだったのだから」
そう言って彼は立ち去っていく。鉄一は悔しさに身を震わせながらも何も言えず、それを見送るだけだ。
再び鉄一が必死にイタリアゴールを奪うべく思考を働かせながらプレイしている間にも、時間は確実に過ぎていく。日本に小さいチャンスが数回発生するが、イタリアはそれ以上の回数のビッグチャンスを作り日本ゴールに迫る。
しかし宮野たちの必死の奮戦、そして運でぎりぎり失点は免れている。だが後半から全力で走り回ったツケがここに来たのか、全員の動きが鈍くなっている。
途中監督により選手交代が行われるが状況に大きい変化はない。柳もドリブルよりもパスでさばく回数が多くなっている。もはや日本は決壊寸前の防波堤、陥落必死の砦と言った様だ。
このまま終わってしまうのか。時計が後半三十分間近になり鉄一が暗雲たる気持ちになったその時だ、ボールがラインを割り、そしてその時、鉄一の元へ志村が走ってくると口を開く。
「ヤナからの伝言。自分にボールを集めてくれってさ」
「はぁ? それは一体どういうことだ」
「とにかくくれって。そう言うわけでよろしく。じゃ!」
こちらの反論を聞かず戻っていく志村。意味が分からず鉄一は柳を見る。
彼は後半から今までにないほど動き回っており、疲労の色は他のメンバーとそう大差ない。そんな彼は鉄一の視線に気づくと小さく微笑んで頷く。何か策を思い浮かんだのだろうか。
(いや、迷っている場合じゃない)
鉄一は逡巡を押しのける。時間も、そして味方の体力も残りわずかだ。やはり最後に頼れるのは──個人的に非常に悔しいが──チームの中でもっとも実力があり、世界との経験がある彼だ。
味方がイタリアからカットしたボールが回ってくる。ボールをもらいに下がってこようとする柳へ、鉄一はパスを送った。
◆◆◆◆◆
(さっきは危なかったなぁ)
ピッチへ意識を向けつつ、マリオはついさっきのピンチについて思う。展開は後半十分過ぎた辺りの鷲介が作ったチャンスに似てはいるがあれよりもずっと洗練されており、危険だった。
ボールと選手をピッチの左右に散らしてできた中央のスペースへ鷲介を走りこませ、そこへのパス。パスのタイミングやコースを少しでも間違えれば駆け寄っていた味方か敵に当たり、最悪イタリアのカウンターの切っ掛けにさえなっていただろう。
それを分かっていたにもかかわらずパスを出した10番の勇気は素晴らしい。度胸もある。もっとも二つほど問題点があり点には結びつかなかったが。
一つはディノの動きだしまで理解できていなかったこと、二つ目は10番──確か藤中と言ったか──のパススピードと精度が鷲介に完全にマッチしなかったと言う事だ。もしもパスの出し手がドイツU-17のセバスティアン・ミュラーならばその二つの問題が起こることもなかっただろう。
(さてと、みんなの様子はどうかなー)
後半三十分近い今の両チームの選手の様子を見る。時間と言う事もあってやはり疲弊しているが、その色は明らかに日本側が濃い。表情には力があるが、それは気力で動いている人間のそれだ。
その気力を叩き潰すべくとどめとなる三点目を取る為上がろうかなと思うマリオ。しかしその時ヴィエリへ出したボールがカットされ、日本のものとなる。すぐさま意識を守りに切り替え、正面にいる鷲介の背中を見る。
彼とのマッチアップは、試合全体から見ればマリオが圧倒している。だがマリオは気を緩めない。彼の動きはまだ鋭い。高速ドリブルやミドルがいつ放たれてもおかしくない。彼のスピードとスキルは一瞬で状況を覆せるのだから。
ボールが藤中に渡ると同時、鷲介は下がりながら手を上げてボールを要求。──直後、彼から早く鋭いパスが鷲介へ放たれる。
白の背番号9番に駆け寄るマリオ。来るか、と警戒するが鷲介は上がってきたSBの選手へパスをするといきなり加速してはピッチの中央の方へ走っていく。
(?)
いきなりの疾走にマリオが驚きつつも彼に追いつく。しかしマリオが追いついたその時だ、再び彼は走り出す。そして彼が走った方角──イタリア陣地の右サイド側へボールが放たれる。
ボールを蹴ったのは日本の要注意プレイヤーの一人シムラだ。彼が蹴ったボールはドリブルで進もうとした彼にレアンドロがチェックしようと動き、できたスペースへ転がる。
左サイドに転がったボールに向かって走る鷲介。さすがにスピードは落ちているがそれでも速く、サイドラインを割ろうとかという位置でボールをキープする。
「中には上げさせないよ!」
そう言ってボールを奪うべくマリオは距離を詰める。しかし彼の鋭い、俯瞰するような眼差しを見てスピードを落とす。
予想通り、彼はドリブルを仕掛けるのではなくパスを選択する。ボールを渡した相手は先程交代した中盤の選手だ。彼はボールを奪取しに来たトビアを相手にせず、中央にパス。
そのボールを収めるのはパスを出したと同時に走っていた鷲介だ。そして当然、マリオは彼の前に回り込んでいる。
「これ以上ゴールに近づけさせないよ!」
マリオの言葉に彼は不敵な表情を浮かべドリブルを仕掛けてくる。彼が最も得意とするシザースフェイントをしながら距離を詰めてくる。
速く滑らかな動きだ。しかしこれ以上のドリブルやシザースを何回も目の当たりにしたマリオにとっては厄介であったも脅威ではない。
(右!)
予想した通り右──彼から見れば左へ動く鷲介。わずかに遅れてマリオも続き、さらに近くにいたヴィスコンティも距離を詰めてくる。
確実に止められる。マリオはそう確信してボールを奪うべく足を伸ばそうとしたその時だ、鷲介は再びヒールでバックパスをする。
そのボールに走ってくるのは藤中だ。それを確認した瞬間、パスを出した鷲介が手を上げてマリオの左──右サイドに走り出す。
(サイドからセンタリングを上げるのか。それともドリブルでこちらの陣内を深く抉って──)
思考しながら彼の動きについていこうとしたそのときだ。マリオの視界に鷲介の左手が入る。
彼の左手はどういうわけか奇妙な形をしていた。というか、まるでどこかを指差しているような──
(──まさか!)
そう感じた時、マリオは全身を悪寒に振るわせる。そして鷲介ではなく彼の指が指し示した方向へ視線を向ける。
顔を向けた先──ペナルティアーク中央にスペースができていた。ぽっかりとした空間があり、そしてそこへゆっくりとボールが落ちて行く。
そしてそのボールへ日本の11番の選手が走りこんでいた。
◆◆◆◆◆
(ようやくはまってくれたか!)
自分から視線を外したマリオを見て、鷲介は相手が完全に自分の狙い通りになったことに歓喜する。
ハーフタイム中、監督から普段のプレイをすること、考えることとと改めて言われた鷲介は試合中どうしたらイタリアからゴールを奪えるのか考えて出した答えがこれ──デコイランだ。
実際、よく考えなくてもこれは実に効果的な策だ。何せ自分はフィールドプレイヤー22人の中で──非常に認めたくはないが──二番目に優れた選手だ。そして相手チームは最も自分に注視している。
イタリアの選手全員は誰もが優れた選手だ。故に日本の最大戦力である自分に注目せざるを得ない。マリオがマンマークに付いていようが、だ。
だからこそ鷲介は今の今まで相手の目を引き付けるように、日本代表としてはあまりやっていなかった本気のプレイはもちろん、くさびやパサーなどのプレイをしていた。重要選手のプレースタイルに変化があれば、敵チームの選手たちは否が応でも注目してしまう。優秀であればあるほどだ。
テツからのボールを収める細谷。周りのイタリア選手たちは血相を変えて駆け寄っていくがもう遅い。ディノの飛び出しも一歩遅れている。
(決まった!)
鷲介が心の中で叫ぶと同時に細谷が右足を振りぬく。ゴール右に向かったボール。枠内──
(なっ!?)
それは間違いなく苦し紛れと言っていい動きだ。何の根拠もない完全な感、運任せな動き。
しかしそれは──ディノが伸ばした左手は細谷の右足にミートしたボールに触れ、ボールの軌道を変化させる。
(ディノ、ディノ・マルディーニ。なんて男だ……!)
昨季の試合や今日の試合で幾度となく驚愕させられたが今ほど驚いたことはない。断言してもいい。間違いなく自分達”U-17”の世代でNo1のゴールキーパーだ。
驚愕しつつも鷲介はディノのスーパーセーブを見た瞬間に走り出している。弾かれ、ゴールラインを割ろうとしているボールをゴールに叩き込むために。
しかし、というべきか。やはり、というべきか。走り出した鷲介に必死に食らいついてくる影がある。イタリアの危機を救うべくアズーリの10番”救世主”が迫ってくる。
(サルバトーレ・マリオ……!)
普段の馬鹿さ加減がかけらもない必死の形相。絶対にゴールを許さない、負けないという思いが感じられる気迫に満ちている。
だがそれは、こちらも同じこと──
「ぬああああっっ!」
叫びながら鷲介はピッチに体を滑らせ、右足を伸ばす。同じタイミングでマリオも体を投げ出してくる。
鷲介の右足がボールに触れ、ボールをゴールに向かわせる。そしてそのボールへマリオも足を伸ばす。
しかしボールは彼のスパイクからごくわずか──ほんの数センチ離れており、届いていない。当然彼の必死のプレイは、ボールに何の影響も与えない。
「……!」
すぐそばでマリオが息を呑んだのと同時、ボールがイタリアゴールのゴールラインを通過し、ゆっくりとネットに収まった。
そしてそれを見て、鷲介はかつてない勢いで右腕を天に向かって突き上げた。
◆◆◆◆◆
「よっしゃあああっっ!」
周りの人々が悲鳴のような声を上げ頭を抱える中、立ち上がりガッツポーズをするブルーノ。その反応にジークフリートはぎょっとし、アントニオも目を白黒させる。
そして発した本人はハッとした表情になると、すぐさま顔を赤くしてそっぽを向き腰を下ろす。そして小声で「ま、まぁよくやったよ」と付け加える。
戦友の反応に苦笑するジークフリート。しかし思いは同じだ。確かによくやった。見事なデコイランと押し込みだ。今までの試合で無失点だったイタリアからゴールを奪ったのだから。
「ふん、実に不細工なゴールだ。それにまだ一点、イタリアが勝っていることを忘れるなよ」
そう呆れたようにバレージは言うが声に張りがない。非常に悔しそうな声音だ。
そして彼が言ったことを鷲介も分かっているのか、ピッチでもみくちゃにされながらも皆に自陣へ戻るよう声をかけている。
キックオフの笛が鳴り響くと同時に、イタリアは一転して前に出てきた。観客席から見ても分かるがその動きやプレイには明らかに相手への、そして自分たちへの怒りがある。
瞬く間に日本ゴールへ攻め込みゴール前までいくイタリア。だが怒りに任せた、そして強者ゆえの驕りがまだあるのかそのプレイは雑だ。そして日本はそれらの攻撃をしっかりと防いでいる。一点返したことで──疲労があるにもかかわらず──動きがよくなっている。
そしてイタリアの雑なパスをカットした日本からカウンターのボールが放たれる。前に人数をかけ必要最低限の守りしかないイタリアに対し、前線に残っていた日本の選手たちは巧みにボールキープをしながら最前線にいる鷲介へボールを渡す。
前を向いた鷲介に立ちふさがるのはもちろんマリオとヴィスコンティ、イタリアの守備の要だ。さて、今度はどうやって彼らを突破するのかと思ったその時だ。いきなり彼は近くにいるマリオへ突っ込んでいく。
「あの馬鹿何やってやがる! 一人じゃ通用しないって前半で散々わかっただろーが! カウンターのカウンターを喰らうぞ!」
頭を抱えるブルーノ。ジークフリートも同じ意見だ。さしもの鷲介も単独で彼らを突破できる実力はない。
距離を詰めてきたマリオを見てボールを奪われると思うジークフリート。しかし次に見た光景に大きく目を見開く。
今までなら取られたであろう完璧なタイミングのマリオの寄せを鷲介はあっさりとかわす。そしてすぐさま出てきたヴィスコンティもまた抜きで突破してしまう。
「えっ?」
「んん?」
アントニオとマルコス、二人のブラジル代表が素っ頓狂な声を上げる中、マリオたちを突破した鷲介の前にはディノが飛び出している。
実によい飛び出しだ。しかし鷲介はそれを見越していたいたかのように低空のループシュートを放ち、直後飛びだしてきたGKの体を飛び越える。
低いループはシュートを打った本人と同じくディノの体を飛び越えると、ゆっくり優しくゴールネットに収まった。
「……な!?」
「……!?」
同点のホイッスルをかき消すようなサポーターの悲鳴の中、ジークフリートは思わず自分の目を疑う。そして同じ気持ちなのかバレージは席から立ち上がり掲示板の方に顔を向ける。
しかし今見たものが現実であるという証明がそこにあった。83分、日本の二点目。得点者は柳鷲介という表示が。
「………まったく、この土壇場で、か」
うつむき、ふーっと大きな息を吐くバッジョ。そして後ろにいるジークフリートの方に顔を向けると、苦笑いを浮かべる。
「”入ってる”な、彼」
バッジョの言葉にジークフリートは眉根をひそめ、しかしすぐにその意味に気が付く。
そしてそれは皆も同様だったのか、一斉に視線を現アズーリの10番へ向ける。
「──ゾーンにか」
「ああ。間違いない」
ゾーン。極限の集中状態とも言われる現象。あらゆる感覚が研ぎ澄まされたこの状態では、選手は本来の実力、もしくはそれ以上のものを発揮できると言われる。
そしてそれは正しいことはジークフリートはもちろん、ほかの五名も理解しているだろう。彼らは誰もが世界クラスのプレイヤー、一度ならず数回は確実にゾーンに入ったことがあるはずだから。
それにゾーン状態ならば鷲介があっさりとマリオたちを突破できたのにも納得がいく。いや、それ以外の理由がないと言った方がいいか。
「……何をやっている小僧どもは!」
再びのキックオフで再会される試合を見て、バレージは怒りの声を上げる。しかし無理もない。先程まで前に前に出ていたイタリアがどういうわけか一転して後ろに下がっているからだ。
しかもプレイも消極的であり、尚且つリスクを犯さないものになっている。とても勝ち越し点を取ろうと言うチームの姿とは思えない。
「前半の日本と同じだな」
「しかもイタリアの方が根は深けーな。まぁ無理もねぇけど」
「どういう意味だ」
嘆息するアントニオとブルーノへ、バレージは敵のこもった視線を向ける。
「言葉通りですよバレージさん。イタリアは明らかに鷲介を恐れている。前半先制された日本がマリオにそうだったように」
「しかもダメージはイタリアのほうがでかいわな。まぁ無理もねぇ。イタリアは予選を通じて今まで無失点。実力的には日本より格上だったスペイン、そしてマリオとほぼ互角であるあのラウルにさえゴールを許さなかった。
それがわずか数分で二失点、しかも”ゾディアック”とはいえ今の今までマリオに圧倒されていた鷲介にだ。何より二点目、守備の要たる三人がああもあっさりと突破されてのゴール。メンタルダメージは比較にならねぇだろうな」
「それはあの小僧がゾーンに入ったからで──」
「そうだとしてもショックなのは変わりねぇよ。あんたがもし同様の展開になっても冷静でいられるか? 俺には無理だな」
委縮するイタリアを勢いづく日本が攻めまくる。特にゾーンに入った鷲介はボールをもらうと今までにないキレとスピードの乗ったドリブルであれだけ堅固だったイタリアの守備網を容赦なく突破し、パスやシュートを放っていく。マリオにマークされているにもかかわらずそれらはすべて正確無比に味方やスペース、そしてゴールへ向かっていく。
しかしショックを受けていてもさすがは今大会No1の守備力を誇るチームと言うべきか。かろうじて三点目は防いでいる。だが今の状態ではいつ逆転されてもおかしくはない。すでに危険なシーンが二度も発生している。
「ロスタイムは二分か」
ポツリとバッジョが呟く中、日本のコーナーキックが始まろうとしていた。




