イタリアW杯、グループリーグ第二戦。日本対ウルグアイ(3)
前半35分の先制点に会場は沸き立つ。
その発生源でもあるウルグアイサポーターの元へアルバロは向かい、右手首のミサンガにキスをしてサポーターに向かって両腕を広げた。
アルバロが国際試合でゴールを決めた時に行う愛する妻と息子、そして応援してくれるサポーターへ愛と感謝を示すゴールパフォーマンスだという。
そんなアルバロを見ながら鉄一は唖然とした顔で呟く。
「何だ今の反応は……」
一瞬。本当に一瞬だった。鉄一がアルバロのパスに目を向け、彼から視線を外したのは。
目線を正面に戻した時、すでにアルバロの姿は鉄一の目の前ではなく左手側へ移動しており、兵藤が弾いたボールを苦も無く日本ゴールに叩き込んだ。
アルバロとフェデリコ対策として、鷲介を相手に動き出しに対する反応は鍛えていた。だというのにアルバロの動きを察知するのが完全に遅れた。
速いではない。速すぎる。そしてそれは鷲介の動き出しよりもだ。
(何であんな速さが出せたんだ……?)
アルバロの動きについては映像で確認しているし、実際今日の試合でおおよその速度は把握できていた。
彼の動き出しはベテランのそれ。速さや反応速度ではなく経験と勘を主とした動き出し。
また彼の動き出しは普通に比べたら速いが正直イタリアリーグで相対した足の速いFWよりは遅く、まして鷲介とは比べるべくもない。鉄一の反応速度で追えるものだったのに。
「まんまとしてやられたな」
苦虫をかみつぶした表情でアルバロと彼を抱擁するフェデリコを見ながら田仲が言う。
「してやられたというのは、どういうことですか」
「言葉通りだ。俺たち日本のDFラインはすっかりアルバロとフェデリコ二人に騙されたのさ」
「もしかして反応や飛び出す速度を制限していたんですか」
「違う。最初の数回の飛び出しは全力だった。だがあの二人、徐々に動き出しの速度を緩めていやがった。
俺たちが油断した一瞬のスキを突くために」
田仲の言葉に鉄一はハッとする。速すぎると感じた理由はそれだ。
知らぬ間に病魔が体をむしばむが如く、ゆっくりと動き出しのスピードを落としていたアルバロたち。だからこそ先程の動き出しが速すぎると感じたのだ。
「だから俺はアルバロを見失ったのか……」
「それもあるがあの人は動き──飛び出しという技術においては今でも世界有数だ。
何せ全盛期はそれでゴールを量産し、マンチェスターFCのヨハンと並び称された点取り屋だったからな」
「それは自分も知っています。”オフサイドキラー”、”青雷”という字があり飛び出しについては世界一だと」
寄ってきた井口の言葉に鉄一は言う。アルバロが持つ二つ名の通り、欧州似た時の彼は相対したチームのオフサイドトラップをことごとく破壊し、また世界クラスのDFさえ見失うほどの動きの切れによるワンタッチゴールで幾度もゴールネットを揺らしていた。
またかつてバルセロナ・リベルタに所属していたアルバロはアルゼンチン代表のアルフレッド、コロンビア代表のアルベルトと共に組んでいたスリートップの破壊力は当時欧州最強とまで言われていた。
その破壊力の凄まじさに、当時のリーグ得点王争いはバルセロナRのスリートップ同士の争いとまで言われていたほどだ。
「現在32才。流石に往年の速度は無くなったが十分な速さはあるし、さらにベテランらしく経験による速さのコントロール──緩急の使い方が非常に上手い。
ネットに溢れている情報や映像、対戦した岩永から話を聞いて理解はしていたし柳に付き合ってもらったんだがな」
「今の彼の飛び出しは純粋な能力だけではなく往年の経験に勘が加わっていますからね」
もちろん鷲介のそれも彼の能力だけではないが、アルバロのそれと比べたらやはりスペックが芯になっている。
故に鷲介の動き出しは超速いが読みやすい。一方アルバロの動き出しは速い上に予測が難しいというべきものだ。
「とはいえ騙されていたとなれば対応はできる。アルバロには俺が付く。藤中はスアレス弟を頼む。
イタリアリーグでやりあっているから対処はしやすいだろ」
「わかりました」
「よし。それと失点に関してあまり気に病むな。小野たちもだがそろそろ反撃開始するそうだ」
「そろそろ? 何ですそのもったいぶった言葉は。まさか手を抜いていたんですか。
それとも本気を出せないトラブル的な何かがあったんですか」
反射的に食ってかかるような言い方をする鉄一。
「どっちも違う。様子見をしていたとのことだ。点こそ入らないが試合展開は俺たち日本が優勢だったからな。
このままのペースなら点は奪えていたからあえて変える必要を感じなかったそうだ。
──だが先制されてそうもいかなくなった。このまま前半を終わらせるにはいかなくなった。そういうことだそうだ」
「ま、小野が何の理由もなしにそのようなことは言わない。お手並み拝見と行こう」
少しして両イレブンが自陣に戻り、試合再開の笛がピッチに響く。
日本ボールで再開した試合。日本は全体的に高めとなる一方、ウルグアイは下がり目となる。
視線をぎらつかせたウルグアイイレブンを見るに、明らかなカウンター狙いの陣形だ。が、それがわかっているなら鉄一も心構えができるというものだ。
細かいパス交換とポジション移動を繰り返しながら攻める日本に、ウルグアイもしっかりと守備ブロックを作り日本の攻めを阻む。
がそれからすぐ、日本のチャンスが訪れる。左サイドに流れていた中神のパスを左ハーフレーンに飛び込んできたフリーの鷲介が受けた。
そして彼は迷うことなくウルグアイゴールへ直進。立ちはだかるマルティンをあっさりかわしペナルティエリアに侵入してシュートを放つが、GKホルヘが体を張って前を塞ぎゴールにはならない。
が、日本のチャンスは終わらない。こぼれたボールを回収したウルグアイの選手はすぐにカウンターに移行しようとするが、その瞬間周囲にいた日本イレブンが猛然とハイプレスを仕掛けてきたからだ。
慌てたウルグアイイレブンはバックパス、横パスでそれを必死にかわしクリアー。しかしクリアーが精一杯のボールを回収するのは日本。
拾ったボールに対し小野が縦パスを放つ。密集するウルグアイイレブンの間を弾丸のような勢いで通過し、それが再びフリーとなった鷲介の足元へ。
センターレーンで反転した彼は迷うことなくゴールへ向かう。ダルウィンが立ちはだかるが鷲介は緩急を効かせたフェイントで彼を突破。必死の表情のブルーノが横から飛び出しシュートブロックするより早く、ペナルティエリアギリギリ中でシュートを放つ。
ゴール右に飛んだ鋭いシュートだがホルヘが体を投げ出すようなスーパーセーブでボールを弾く。
零れたボールを押し込もうとする九条だが、彼が放ったシュートはダリオの体に弾かれる。
再び跳ね返り宙に浮いたボールに駆け寄る鷲介。すぐさまブルーノが前を塞ぐが直後、鷲介は頭でパスを出す。
「!」
ウルグアイゴール中央に向かって飛ぶボールと飛び込む堂本。彼は迷うことなくシュートを放ち、ボールをウルグアイゴールに叩き込んだ。
「よし!」
思わず声を上げる鉄一。日本イレブンも同点ゴールに喜ぶがすぐに主審が笛を鳴らす。ゴール判定ではない。オフサイドの笛だ。
詰め寄る日本イレブンに冷静な態度で説明している主審。どういうことかと鉄一が思っていると電光掲示板に理由である映像──鷲介のパスに動いていた堂本の動きがわずかに早かったためのオフサイド──が表示される。
無念の声を上げる日本サポーターに落胆する堂本たち。だがその中で鷲介だけは平然としている。
気にすることはない。いつでもゴールは奪える。そのように物語るような彼の態度はこの上なく頼もしさを感じさせる。
(大した奴だよ。お前は……!)
そう鉄一が思う中、鷲介はセンターレーンでボールを受ける。
当然そこへ寄ってくるブルーノだが鷲介は一瞬で加速し彼をあっさりと引きはがした。
そんな彼の姿に鉄一はもちろん、周囲にウルグアイイレブンも唖然となった。当然だ。今の彼の動きはブルーノがマークに来るタイミングを完全に把握したうえでの動きだ。同じクラブのチームメイトとはいえ、世界クラスのSBの動き出しを、鷲介は前半40分で看破してしまったのだ。
また彼が先程からフリーとなっているのはそれだけではない。鷲介の傍にいる選手たちが鷲介に駆け寄ろうとするブルーノの最短進路に割って入っているのだ。
塞いだと言っても正面に立ちはだかったわけではない。中神たちがブルーノの進路を塞いだのはスパイク半分、いや三分の一だけだったかもしれない。
しかし最短の距離で駆け付けようとしていたブルーノにとっては一瞬動きを止める邪魔にはなった。そしてその一瞬で鷲介はフリーとなれたのだ。
小野が打った手はより鷲介を自由にするというもの。だが、それはとても効果的だ。
(全く、本当に、なんて奴……!)
味方としての嬉しさと、DFとしての悔しさを鉄一が同時に感じる中、またしてもフリーとなりボールを受けた鷲介はウルグアイゴールへ迫る。
そこへマルティンが立ちはだかるが一瞬減速した鷲介は次の瞬間、再加速。超スピードで彼の左側を突破。
ペナルティエリアに侵入した鷲介を見て鉄一はゴールを幻視する。
だがそれは鷲介の足元にあるボールに突撃してきたホルヘにより、幻となった。
こぼれたボールに駆け寄る日本イレブン。だが一番近くにいた中神が拾うより早く、ウルグアイの選手がボールを足元に収めた。
「ようやくか」
フェデリコの声と同時、ボールを拾ったアルベルトは右足を振りかぶる。
そんな彼の前に飛び出す中神。アルベルトが出すであろうコースを見事塞いでいる。
だがアルベルトはパスを出すと見せかけたキックフェイントで前に出る。中神を通り過ぎた彼に同じクラブの仲間である小野が突っかかっていく。
しかしアルベルトはボールを失わない。小野がボールを奪うべく足を伸ばした瞬間、彼は開いた小野の股下にボールを通し、自身もボールを追っていく。
「……!」
日本の主力二人をあっさり抜き去るアルベルトのドリブルに鉄一は奥歯をかみしめる。
突き進むアルベルトと共に沸き起こる叫び声のようなウルグアイサポーターの声援。そんなアルベルトを見ながら鉄一は動くウルグアイのツートップに注視。
そしてセンターサークル内で瀬川がアルベルトの前を塞いだ直後、アルベルトはパスを出す。が、それは瀬川の頭上を越える縦パスではなく、右へのパス。
(ここでペドロが来たか……!)
走ってボールに寄ってくるスアレス兄弟の兄を見て鉄一は弟のフェデリコに目を向け、ぎょっとした。
先程まで視界内にいたフェデリコの姿が消えていたからだ。
(どこに……いや!)
一瞬唖然となった鉄一だが、近くに動く気配を察知しそちらに目を向ける。
フェデリコはいつの間にか、ちょうど鉄一の右側面へ移動していた。
直後、放たれるペドロのパス。フェデリコに来ると鉄一が身構えたが、彼が放ったのはグラウンダーパスであり、そしてそのボールはパスと同時に下がったアルバロの元へ。
そんなアルバロに井口と大文字が二人がかりで迫る。近くに味方がいない彼を二人で挟み込みボールを奪うつもりなのだろう。
しかしそれを井口たちが実行するより早く、アルバロは動いた。二人が迫っているのをわかっているかのように彼はやってきたボールをダイレクトパス。
マイナス方向に跳ねかえったパスに駆け寄るのはまたしてもペドロで、アルバロのように彼もダイレクトパス。
ハーフレーンからセンターレーンに奔るボール。それにドンピシャのタイミングで反応するフェデリコ。
スアレス兄弟が見せる完璧な動き出し。だがセンターレーンに移動したフェデリコの前に鉄一が立ちはだかった。
(相も変わらずこれ以上ない動き出し。だが慣れてるんだよ!)
今季、鉄一が所属するペルージャFCはスアレス兄弟と田仲が所属するNASミランとリーグ戦とカップ戦で三度、対戦している。
どの試合も負けてはいたが攻撃のキープレイヤーであるスアレス兄弟に関して鉄一は兵藤と共に研究をしていた。
兄のボールを受けるためにハーフレーンからセンターレーンへの移動。その速さ、鋭さは今日の試合の中でも随一だ。初見ならば井口であっても完全に振り切られていただろう。
日本ゴールにふり向いたフェデリコは舌打ちするような顔になるも、構わず進む。
そして187センチという大柄にも拘らずテクニカルなフェイントを見せて鉄一の横を通り過ぎようとするが、
「行かせねぇよ!」
「テツイチ……!」
それに反応してボールを奪うべく激しいショルダーチャージを見舞う鉄一。それを受けてフェデリコの体勢が大きく揺らぐ。
身長こそ彼より低い鉄一。しかし大柄なFWへの対処方法はイタリアリーグでの試合や練習で散々学んでいる。
奪える──そう鉄一が思った時だ、それを妨害するかのような鋭い一声が。
「フェデリコ!」
背後から聞こえる声の主はペドロ。おそらく弟のフォローに来たのだろう。
しかし鉄一は慌てない。フェデリコの体勢は大きく崩れており、鉄一がボールを奪うのは時間の問題──
「おおおっ!」
そう思っていたその時、体勢を崩していたフェデリコが足を伸ばしてボールに触れた。
鉄一が奪おうとしていたボールは横に逸れてゆっくりと転がり、それにペドロが駆け寄った。
「ちいっ!」
「ペドロ!」
舌打ちする鉄一と同時、ペドロに近づく田仲。鉄一より先に近づく田仲を警戒したのかペドロは右に切り替えす。
が、それは悪手だ。何故ならそこには鉄一が迫っていたからだ。
(ここまでだ!)
ペナルティアークのすぐ手前で鉄一はフェデリコにしたような激しいショルダーチャージをペドロに放つ。
そして弟同様に体勢を崩した彼からボールを奪取。ひとまず近くにいる田仲にボールを預けようとした時、主審の笛の音が鳴り響く。
「な……!」
駆け寄ってくる主審。鉄一にファウルチャージの注意をしてウルグアイの直接フリーキックのジェスチャーをする。
「何で今のが……!」
「落ち着け鉄一。……やられた」
思わず主審に反論しかけた鉄一を押さえる田仲。そして忌々しそうな顔になる。
彼の視線を追えばフェデリコに支えられてゆっくりと体を起こすペドロの姿が。そして一瞬見えた彼の横顔は、うっすらと笑みを浮かべていた。それを見て鉄一は悟る。
(マリーシア……!)
マリーシア。南米系のプレイヤーが行うファウルを誘う技術。
VARが入った現在、厳しくチェックされておりやったことが発覚すればカード対象にもなる。しかしそれでも行う選手は無くならず、VARすら介入できない絶妙なマリーシアを行う選手はいる。
そして思い出す。今季対戦した時も似たようなことをやられたのを。されたのは自分ではなくチームメイトだったが。
「すみません……」
「気にするな。あれだけ攻撃に注力したうえでのカウンターだ。ファウルで止めるのも仕方がない」
「ですがキッカーは……」
奥歯を強くかみしめる鉄一の傍に歩いてくるウルグアイの10番。
セットされたボールに近づくのはもちろん、ウルグアイが誇る”ゾディアック”。アルベルト・ガルシア・オリバレス。
現時点で世界一のフリーキッカーと言われる男は、鋭い眼差しを日本ゴールに向けているのだった。
◆
「もっと左に寄ってくれ!」
前半ロスタイムに訪れたウルグアイの直接フリーキックというピンチ。
それを防ぐべく指示を飛ばしながら賢一は味方に指示を飛ばす。
位置はゴール正面、ペナルティアーク手前で距離にして22、23メートル。FKを打つのに適切な距離だ。
(絶対に防ぐ……!)
対ウルグアイ戦対策として当然、アルベルトのFK対策は行っている。代表戦やリーグ戦で彼が蹴ったFKの映像や情報を頭に叩き込みチームメイトである小野からも話を聞き、それを元にいくつものパターンを考えチームメイトたちと共に練習している。
が、それでも油断はできない。何せ相手は世界一のフリーキッカー、”魔術師”と恐れられるほどのボールを蹴る選手なのだから。
藤中のファウルで起きてしまったFKだが、賢一としては責める気はない。VARが介入できないほど上手いマリーシアを行ったペドロを──非常に腹は立つが──称賛するべきだ。
(リーグ戦では散々やられたからな。だがチャンスだ。これを防げば皆の後押しになるからな)
失点し、ピンチを迎えているが試合内容では日本がウルグアイに対し優勢だ。ギリギリ食いつかれているから点は入っていないが、何か大きなきっかけがあればすぐに同点に追いつける。
そしてウルグアイの”ゾディアック”であり世界一とも言われるFKの名手であるアルベルトのFKを防ぐ。残り時間を考えてこれ以上ない大きなきっかけだ。
藤中たちが作る壁、ボール前に立つアルベルト、周囲に集まっているウルグアイイレブンを見ながら、賢一は一人、前線に残っている柳を見る。
FKを防いでのカウンターのために残っている柳。彼の傍にはブルーノとマルティンが食い入るような眼差しを向け得ているが柳は全く気にする様子がない。
ボールさえ来れば一人でどうにかできるという顔。生意気だと思うと同時、頼もしく思う。
(ボールが来るのは彼の利き足と壁の位置から計算してゴール左上。ピンポイントでそこを狙ってくる)
フェイントをかけて他の選手が蹴ったり、近くにいる仲間にパスを出すようなことはない。周囲にいるウルグアイイレブンとアルベルトとの距離は離れているし、何よりこのような場面でアルベルトが味方にパスを出したことはない。
万が一そのようなことが起きても問題はない。そのようなパターンは練習でも行っているし、壁にならなかった小野たちはウルグアイイレブンの動きを見逃さないよう目を光らせている。
(さぁ、来い)
賢一が体を大きく広げ腰を落とすと同時、主審が笛を鳴らす。
そして短い助走でアルベルトがボール駆け寄り、右足を振るった。
(来た!)
放たれたボールは予想通りの軌道で来た。壁となっている井口の頭を超え、ゴール左上に向かってくる。
想定通りのボールの軌道に賢一は左に寄る。そしてボールがゴール左上に突き刺さろうとするのを見て手を伸ばした。
(防いだ!)
伸ばした手がボールの進路をふさいだのを見て、賢一は確信する。
が直後、その目が大きく見開かれる。アルベルトのFKは直前で少し変化、ホップするように上昇してネットではなくゴールバーの下の角に当たったからだ。
驚きながら地面に倒れる賢一。マイナス方向に跳ね返ったボールを目で追いながら体を起こす。
が、再び賢一は驚愕する。跳ね返ったボールに真っ先に駆け寄ってきたのは味方ではなく、アルバロだったからだ。
(何だ、その反応速度は!?)
心中で叫ぶ賢一。先制点を奪われたこともあり誰よりも警戒し、今日の試合の動きから彼の反応速度を予測していた。
しかし味方を振り切って突進してくる彼の速さは予測を超えたものだ。
「おおおおおっっ!!」
アルバロは獣のような雄叫びを上げながらダイレクトボレーを放つ。
放たれたボールを弾くべく賢一はゴールを守るという本能で動く。ゴール左に向かって飛んだボールを弾くべく右手を差し出し、弾く。
が、それまでだった。弾かれ勢いが弱くなったボールだがそれでもゴールラインを割り、日本ゴールのネットを優しく揺らした。
「……!」
賢一が転がったボールを見て歯ぎしりすると同時、スタジアム内にウルグアイサポーターの歓声が響き渡る。
再び視界に映るアルバロのゴールパフォーマンスに彼を囲むウルグアイイレブン。そしてその後ろに見える電光掲示板に0-2のスコアがでかでかと表示されている。
「……すまん」
呻くような謝罪の言葉。賢一が視線を向けるとそこには下唇を噛んだ藤中の姿がある。
「いや、お前が悪いわけじゃない。最終的にゴールを守れなかったのは俺の責任だ」
「だがそれも俺が不用意なファウルをしなければ発生しなかったことだ」
微かに体を震わせる藤中。人一倍真面目で責任感が強い彼のことだ。2点目を与えたことを想像以上に重く考えている。
何か上手い励まし方はないか。そう思っていると井口たちDF陣が近づき、藤中の背中を叩く。
「思い悩むなとは言わん。だが今はそれをするな。まだ前半は終わっていないのだから」
「アルバロの押し込みは俺たちの失態でもある。君一人の責任では、決してない」
「それにあのFK。おそらく狙いはリバウンドだったのだろう」
おそらくといいながらも確信したような口調の井口。
それを聞き賢一と藤中の二人は唖然とする。
「それって……」
「まさか、狙ったんですか。ボールをゴールバーの下部に当てるように。そんな真似が」
「できないとは言い切れないのがアルベルトだ。今季対戦した時、似たようなことを俺たちのクラブはやられた」
忌々しそうに表情を歪める井口。そんな彼を見て賢一は、ウルグアイ戦についてのミーティング中に井口が言っていた、3月に行われたイングランドリーグでの試合での話を思い出す。
今季降格争いをしていた井口のCハンプトンとウーリッジFCとの試合。1-1の同点で試合内余もやや押され気味ではあるがこのまま引き分けに終わろうかとしていた試合終盤。
先程のFKと似たような距離と位置でのFKを得たウーリッジFCのキッカーであるアルベルトが放ったFK。それは右のゴールバーに当たり跳ね返ってゴールネットを揺らした。
GKの伸ばした手から逃げるようなボールが見事、ゴールポストに跳ね返ってのゴールは3月のベストゴールに選出された。
また試合後のコメントでアルベルトは狙ったと認めるような発言をしたらしく、アルベルトの存在と字である”魔術師”を世間に強く印象付けたとのことだ。
(今のFKはシュートじゃない。アルバロへのパスだったのか……)
賢一は俯き、心中で呟く。今の表情──血の気の引いた顔を見せるわけにはいかないと思ったゆえの行動だ。
アルベルト・ガルシア・オリバレス。柳やマリオと同じ”ゾディアック”ではあるが遺した結果や映像を見るに彼らほどの理不尽さは無いと思っていた。
しかしそれが、大きな間違いだったと賢一は悟る。そして世界一のキッカーというのも決して誇張でないことも。
柳のような切り裂くようなドリブルや常軌を逸したゴールへの嗅覚はない。マリオのようなあらゆるポジションで十全の力を発揮する反則じみたユーティリティーはない。
しかし、ゴールまで放たれる彼のキックは柳たちが持つ理不尽に劣るとも勝らない。彼もまた星々の輝きをかき消す、太陽の光輝を纏う怪物──
(次、あいつにボールを蹴られた時、俺は止められるのか……?)
今まで対策していた全てが無意味ではないかと思いながら、賢一は強引に鋭い表情を作るのだった。
リーグ戦 24試合 18ゴール10アシスト
カップ戦 3試合 3ゴール4アシスト
CL 10試合 18ゴール4アシスト
代表戦(三年目)2試合 3ゴール1アシスト
W杯 1試合 3ゴール1アシスト




