イタリアW杯、グループリーグ第二戦。日本対ウルグアイ(2)
諸事情で二週間休んで申し訳ありませんでした。連載再開です。
快晴の空の下に行われている日本対ウルグアイ戦は、またしても主審の笛の音が響き、ゲームが止まる。
笛が鳴ったのは日本陣内でフェデリコがオフサイドにかかったからだ。
「これで四度目のオフサイド。大文字のオフサイドトラップは想定以上にやりますね」
「ああ。見事なラインコントロールだ。ウルグアイもここまでトラップにハマるのは予想外だったろうに」
フィリップの言葉にトーマスは頷いて言う。
試合が始まりすでに20分近く。スコアは0-0。試合内容は一言で言えば拮抗だ。
両チームの戦術はどちらもポゼッション。しかしその内容は全くの別物だ。
まず日本だが彼らはカメルーン戦と変わらず素早いパス回しと走りで前にボールを出してはウルグアイ陣内に攻め込む。
一方のウルグアイはゆったりとしたスピードで左右にボールを散らしたかと思えば、唐突にスピードを上げて攻めてくる。特に攻撃では得意の、相手の最終ラインの背後を突くようなパスを放ってきてはそれにアルバロたちが飛び出す。
アルバロとフェデリコの飛び出しは超一級品だ。彼らは絶妙なポジショニングと飛び出して敵の最終ラインを掻い潜り、W杯南米予選でもイタリア戦でもゴールやチャンスのきっかけを作っていた。
ウルグアイが持つ必殺の攻撃と言ってもいいそれだが、今のところ大文字が仕掛けているオフサイドトラップに全て絡めとられていた。
「ワールドクラスというほどの選手ではありませんが的確なポジショニングや危機察知能力。正確なコーチングやティーチング、そしてラインコントロール。
なるほど。中山ではなく彼がウルグアイ戦に抜擢されるわけだ」
最近日本代表の左SBは中山ケイタがスターティングイレブンに名を連ねることが多かった。それは攻撃サッカーをする日本にとって相性が良かったからだ。
だが前に出た彼が裏を取られやすいという弱点と若さゆえの粗雑なポジショニング、読みという欠点がある。そのため今日の試合は大文字が抜擢されたのだろう。
トーマスの大文字の評価は目立った長所も短所もない選手。全ての能力は高いがワールドクラスには及ばないというところだ。
「しかしブルーノも思った以上にやりますね。試合開始直後以来、鷲介にシュートを撃たせていない」
「ああ。見事な対応で彼を封じ込めている。こちらも正直、予想外だ」
褒めるべきは大文字だけではない。ブルーノもだ。
攻撃的SBであり血気盛んな彼のことだ、鷲介との一対一の場面が多く見られるかと思っていたがその予想は大きく外れている。
彼は鷲介と対峙した時、間合いを図り待ち受けるという、他のDFが基本やるべきことをしっかりやっている。
そして鷲介の動きに合わせて近くにいる仲間を呼び寄せたり鷲介を誘導して嵌めたりなどしている。
これらはDFとしての膨大な経験に加え、よほど鷲介の癖や動きを熟知していなければできないもの。カメルーンのジャックには不可能な芸当。
それはものの見事効果を発揮しており鷲介はゴール間まで近づくも、決定的なシーンが作れていない。
そして鷲介が機能不全を起こしていれば当然小野と中神、日本の二人の司令塔は戦い方を変えてくるが、それをRBリバプール所属のダルウィンがそれに対処している。
血気盛んなブルーノと攻撃大好きなダリオと言う、両SBがどちらも攻撃的であるウルグアイのDF。そんな彼らを統率しているダルウィンは彼らとは正反対で冷静沈着なプレイヤー。
いかなるピンチや場面でも表情を動かさず対応することで有名な彼は今日の試合でも、小野たちが繰り出す攻撃を冷静に防いでいる。
そんな彼はブラジルのレオナルド、アルゼンチンのレネ・マスチェラーノと並ぶ南米トップクラスのCBの一人として数えられている。
「それにしてもウルグアイ、思った以上に冷静ですね」
「確かに。不気味とさえ感じるな」
「どういうことですの、あなた」
首を傾げるザビーネ。彼女からすれば互角の試合展開におかしいところは感じないのだろう。
「ザビーネも知っているだろうげウルグアイは初戦でイタリアに負けている。つまり勝ち点0の状態だ。
となれば今日の試合、何が何でも勝利しておきたいとなる。普通なら先制点を取るため攻撃的になるものだ。
だが今日のウルグアイはいつも通りのプレーをしている。それがおかしいと思ってね」
「日本に先制点を奪われることを警戒しているからではないの?」
「それはないですね。ウルグアイの攻撃力は決して低くはないですし、かの国なら1点先取されただけでは慌てはしません。イタリア戦でもそうでした」
初戦、しかも相手は開催国であり優勝候補のイタリア。ホームの大声援を受けていたあの試合、先制されてからはさらにイタリアの勢いは増していた。
だがウルグアイは押されはしたものの大崩れすることはなかった。アズーリの攻めをしぶとい守りで耐え凌ぎロドルフォ、アルベルト、ペドロたちが数少ない反撃のパスを放ち、それを見事アルバロたちがゴールに結びつけ、一時期は逆転さえもした。
現在の南米においてはブラジル、アルゼンチンの後塵を拝しているウルグアイ。だがそれはあくまで結果だけの話であり、試合内容を見ているものならばかの国がブラジル、アルゼンチンに匹敵する強国であることは明白だ。
例えW杯でも1点リードされるだけのことを恐れるとは到底思えない。
「これは僕の勘ですが、ウルグアイは何かを仕掛けていますね。それが何なのかはわかりませんが」
そうフィリップが言った直後、再び日本がオフサイドを獲得する。今度はフェデリコだ。
そしてそれにとうとう我慢しきれなくなったのか、ペドロがフェデリコに近づき説教している。オフサイドに引っかかっているFWたち──というよりもフェデリコにかなりカッカしている様子だ。
とはいえ無理もない。スアレス兄弟の飛び出しは世界屈指とも言われるほど。だがそれも今日の試合でことごとく不発しているのだから。
「やはり一番にしびれを切らすのはペドロでしたか。さてウルグアイはこれからどうするのでしょうか」
「フィリップ」
「どうしましたトーマスさん。……何か気づきましたか」
眉間に皺を寄せたトーマスを見て、フィリップも声を低くする。
もしかしての話だがと前置きをし、トーマスは己の予想を言葉にする。
「それは……! あり得そうですね」
「可能性の話だがな。南米予選でもやったという話は聞いていない。
だがもしそうだとすればウルグアイも巧妙な手を使ってくるものだ。もっとも、それだけ今日の試合に勝ちたいという思いの表れなのだろうが」
日本の最終ライン、そしてウルグアイのツートップを見て、トーマスは呟くのだった。
◆
「これで五度目のオフサイド。流石ですね」
「ありがとう。とはいえ向こうもしつこいな」
笑顔で近づいてくる藤中に直康は小さく笑みながら言う。
ゆっくりとボールをセットする田仲を見ると、その傍にいるスアレス兄弟が何やら言い合っている。
怒る兄ペドロを弟フェデリコが謝りながら諫めているようだ。
「ウルグアイとしては一本通ればチャンスですからね。でも大丈夫です。トラップに引っかからなかった時は俺たちが対処しますから」
「もちろん、その時はさっきのように頼むよ」
アルベルト、ロドルフォ、ペドロの三人が放つスルーパスやDFの頭上を越えるロブパス。
それに対し直康がオフサイドトラップを仕掛けているがすべて成功したわけではない。二度ほどトラップに失敗し通されたが、その時は井口に田仲、藤中がしっかりと対処してくれた。
前半14分のアルベルトの矢のようなスルーパス。右ハーフレーンを通過したそれにアルバロが接近したが、井口と藤中が挟み込んでボールを奪い危機を脱した。
先程のオフサイドから数分前にはペドロからのロブパスにフェデリコが反応。本当にギリギリの、きわどい飛び出し。
井口の頭上を越えペナルティアークへ落ちたボールへフェデリコが迫ったが、クラブの同僚である田仲もそれに反応しており、スライディングで先にボールに触り兵藤が転がったボールを回収した。
「しかしそろそろ攻撃陣にも奮起してほしいものです。鷲介も久司も何をやっているのやら」
鼻息荒く言う藤中に直康は微苦笑する。
エースである鷲介は同僚であるブルーノの老獪な対応に手を焼いている。ドリブルで彼を抜きはするしオフ・ザ・ボールの動きでウルグアイゴールに接近する。
だが最後の所でブルーノ、または他のウルグアイイレブンが追いつき、シュートを撃てない。それでも一度だけ強引にシュートを放ったことがあったが、それも相手GKがしっかりと防いでしまった。
鷲介にある程度は好きにさせる。だが最後の最後でゴールは許さない。そんな守備対応だ。
今の鷲介相手にそんな真似ができるとすれば、世界でも一握りの選手だけだろう。正直ブルーノの能力だけを見ればそれはできない。
しかし今それを可能としているのはブルーノと周囲のウルグアイイレブンとの連携。そしてブルーノ自身が持つ経験を十全に生かしているからだ。
鷲介からの話やウルグアイ代表やロート・バイエルンの試合映像を見る限り、ケイタと同じ攻撃的SBの印象があり、守備に関してはそれほどではないと思っていた。
しかしそれは誤りだったと直康は思う。彼が攻撃的SBであることは違いない。だが場合によっては守備に注力することも、頭を使った戦い方もできるというわけだ。
(俺と同じオールラウンダーなSBであり、その上で攻撃することが好きな選手。それがブルーノ・レブロンの正体か)
基本能力は自分を上回っている上、特に攻撃能力にも優れている。改めて厄介な選手だと直康は思う。
そして小野と中神もまた、ダルウィンとブルーノを中心とした守りを打ち崩せないでいる。
同じイングランドリーグで対戦経験があるためか、小野のプレーにダルウィンはことごとく冷静に対処している。
(それにしてもわからないのは中神についてだ)
藤中に味方を信じるよう言って、戻っていく彼を見ながら直康は思う。
これは直康にもはっきりとわからないが、ダルウィンは中神に対しても落ち着き払った様子で彼のパスやドリブルを封じていた。
中神のプレーは日本人というよりも南米選手のそれでありさらにテクニックに特化した──いわゆるファンタジスタ系と言ってもいいものだ。
スペインリーグでも彼のトリッキーなプレーに幾人もの選手が惑わされ、驚いていた。
今日の中神は妙な気合が入ってはいたが動き自体は悪くない。というより絶好調に近い。
にも拘らずダルウィンは中神が繰り出すプレーに対し、少しも驚いた様子を見せず処理していた。
おそらくそれの根幹は彼自身の能力と30歳という年齢が蓄積した経験──特にブラジルのアーギアやアルゼンチンのディエゴなどの対戦経験によるものだとは思う。
しかし直康としては、だとしてもあまりに完璧に対応しすぎているのではないかと思う。まるで中神に酷似した選手と直近で対戦したことがあるような感じがするのだ。
(慶二郎も蓮も調子は悪くはないがウルグアイの守りを崩すまでには至っていない。どうする……?)
周囲を警戒しながら試行していたその時だ、田仲が出したパスはセンターラインへ。
そしてそれを収めたのは下がってきた小野だ。
先程鷲介や中神と何かを話していた彼は前を向くと、大きく右足を振った。
「うん?」
思わず呆けた声を出す直康。小野のパスは今までのショートパスではなくロブパス。それもウルグアイの最終ラインの裏を狙ったものだ。
それにいったい誰が追いつくのか。そう思い視線を向けて、目を丸くする。流れたボールに追いついたのは鷲介だ。先程まで右ハーフレーンにいた鷲介だが、今は右サイド近くにいた。
持ち前の超スピードで小野のパスを受けた鷲介はウルグアイゴールに迫るが当然その前にはブルーノが立ちはだかる。そんなブルーノに対し鷲介は真っすぐ突き進みブルーノも距離を詰める。そしてブルーノが足を伸ばす直前で、鷲介は鋭く左に切れ込んだ。
もちろんブルーノもそれに追尾するが、彼がボールを奪うより早く鷲介はパスを出す。ウルグアイのペナルティアーク前に転がる高速のボールに慶二郎とマルティンが駆け寄る。
二人とも全く減速しない。同時にボールに迫り激突する。そう思った次の瞬間、慶二郎はボールをスルー。
そしてそのスルーしたボールにダイアゴナルランで走ってきた蓮が駆け寄るが一瞬早くダルウィンが彼の前を塞ぐ。
が、九条はシュートを撃たず左のインフロントキックでパスを出す。慶二郎の後ろを通過するマイナスのボールに飛び込んでくる中神──
(撃て!)
直康が心中で叫ぶと同時、中神はシュートを放つ。聞き足でない左足のシュートはゴール右に向かって飛ぶ。
だが横っ飛びのホルヘが伸ばした手がボールを弾いたため、惜しくもネットを揺らせない。
決定機を逸脱し頭を抱える中神に残念の声を上げる日本サポーター。だがそこから日本はウルグアイに対し攻勢に出る。
前半24分、アルベルトのパスをカットした小野が強烈な縦のグラウンダーパスを放つ。
レーザーのようなボールは真っすぐ進み、ウルグアイ陣内のミドルサード中央へ下がってきた慶二郎が相手選手を背負いながら右のハーフレーンにダイレクトパス。
ボールがやってくるスペースへ走る鷲介とブルーノだがこれまた鷲介のほうが速くボールに触れて左ハーフレーンへのダイレクトパス。ペナルティライン上に転がったボールを飛び込んできた蓮がダイレクトシュートを放つが、ギリギリのところで立ちはだかったマルティンが体を張ってそれを防ぐ。
日本ボールのスローインから再開した前半29分、右サイドでボールを受けた小野は駆け上がり、中央にいる中神へパス。
素早い動きでロドルフォを引きはがした中神は首振りをした後ボールに接近。そして相手ゴールにふり向くことなくダイレクトパスを放つ。
中神が放ったロブパスはウルグアイの最終ラインの後ろ、ペナルティエリアライン上に落ち、それをウルグアイの最終ラインから飛び出した──後ろにブルーノを引きつれた──鷲介がダイレクトシュート。
またしてもホルヘが飛びつきゴールは割らせない。しかしこぼれたボールにマルティンを振り払った慶二郎が詰めてゴールネットを揺らす。
先制点と思いきや主審が慶二郎のファウル──どうやら競り合いの中、マルティンを突き飛ばしたらしい──によりノーゴールとなった。
幻となったゴールに直康は息を吐くも、この攻勢の仕掛人である小野を見て小さく微笑む。
(なるほど。流石だな勝)
拮抗していた試合状況が日本優勢となったのは小野の指示により日本の陣形が変化したことにある。
最初は4-3-3のワンボランチだった日本だが、今は小野が下がってダブルボランチとなっている。
また攻撃時、慶二郎がカメルーン戦の時のようにゼロトップのような動きをしている。しかも状況に応じて中神と入れ替わるパターンもある。
一見守備寄りの陣形となった日本だが、この形にしたのは当然点を取りに行くためだ。
現状、日本の最大の強みである鷲介とそれに連動する攻撃は彼をよく知るブルーノを中心としたウルグアイの守備陣により抑えられている。
それを見た小野は鷲介を開放するため二つの手段を取った。一つは鷲介に裏抜けを狙わせることと、もう一つは彼に右サイド寄りにポジショニングを取らせることだ。
前者はアルバロたちのように鷲介に一気にゴールに迫らせるため。後者は鷲介のマッチアップをしているブルーノから鷲介へボールを奪わせに行くためだ。
ブルーノは攻撃的SBであり、守備でも相手からボールを奪いに行く攻撃的守備を得意とする選手だ。しかし今日の試合は相手を待ち構え、時には仲間と挟み込んでボールを奪うという、守備寄りな守り方をしていた。
しかし先程、右サイドでロングボールを拾った鷲介に引っ張られた彼は従来の守備をし、鷲介に突破こそされなかったがパスを出させた。そして直近では裏抜けした鷲介はブルーノのマークを引きはがし、ダイレクトシュートを放った。
これら二つが示すのは鷲介の加速にブルーノが一瞬だが遅れるという事実。そしてそれがブルーノもわかっていたからこそ、守備的な守り方をしていたのだ。
そして小野がとったもう一つの手段が慶二郎と中神の入れ替わりだ。そしてそれは見事、効果を発揮していた。
中盤に下がったときの慶二郎はポストプレーでボールを味方へ的確にさばいているし、トップに上がった中神は鷲介のような抜け出しを狙い、またオフ・ザ・ボールでウルグアイの最終ラインをかき乱している。
そしてボランチとなりパス中心のプレーとなった小野だが、彼が瀬川と共に中盤の底にいるのはアルベルト、ロドルフォ、ペドロがFW二人に放つパスを阻害するためだ。
前半20分経過して五つのオフサイド。しかしそれだけの回数のオフサイドが起きたのはサイドや裏抜けをしようとしたアルバロとフェデリコにアルベルトたちがパスを供給したからだ。
アルベルトを始めロドルフォもペドロも、優れたパサーとして名を馳せている。そしてそんな彼らが放つパスは日本の守備陣の僅かな隙間を通してくる。
彼らのパスはオフサイドにこそなったものの、ならなければどのシーンも絶体絶命の場面となっていた。
そんなピンチをこれ以上作らせないために小野はポジションを下げて彼らの動きやパスコースを阻害しているのだ。彼らと同じ優れたパサーであるからこそできる芸当だ。
鷲介、中神、慶二郎ら攻撃陣の活性化とアルベルトたちの妨害という小野の策がものの見事的中し、試合は日本がウルグアイを押し込んでいく。
もちろんアルベルトたちも反撃のパスを放ち、慶二郎たちからボールを奪ってのカウンターをするが、下がった小野のポジショニングやコーチングによる守備でそれらを防ぐ。
前半33分、強引なドリブルを仕掛けたペドロから小野がボールを奪い取り反転。そして放ったロングボールに再び鷲介が抜け出す。
一気にウルグアイゴールへ迫る鷲介。そんな鷲介の前にブルーノが立ちはだかる──後ろからでは追いつけないと思い先回りしていたのだろう──が、鷲介は緩急を効かせたフェイントで中に切れ込み、左足でシュートを放った。
弧を描いたシュートはホルヘが伸ばした手をかすめてゴールに向かう。今度こそ先制点だと直康は確信したが、運悪くボールはゴールバー下部の角に当たり跳ね返る。
「な……」
跳ねたボールを蓮が押し込もうと迫るが、わずかにダリオのほうが速い。彼はボールを拾うと前方のガストンへパス。
ボールを受けたガストンも反転して前方にボールを蹴る。日本陣内のセンターサークルの中で、足元にボールを収めたのはアルベルトは前を向き、大きく右足を振りかぶる。
(またアルバロたちへのパスか。だが何度やっても同じだ)
すでにアルバロたちのパススピードと、それに対するアルバロの動き出しのタイミングは把握している。
直康は周囲を確認しながらまたオフサイドにしてやると思い、アルベルトがパスを出すタイミングに合わせてオフサイドトラップを仕掛けるのだった。
◆
センターサークルの中でボールを蹴ろうとしたアルベルトを見て祐希は一瞬左──直康を確認し、オフサイドトラップに合わせるべく身構える。
(アルベルト・ガルシア・オリバレス。柳と同じ”ゾディアック”に数えられるだけいい選手だが)
正直なところ、柳やマリオ、他の上位”ゾディアック”ほどのインパクトはないと祐希は思っている。
彼はFKの名手であり中盤ならどこでもこなせるユーティリティープレイヤーだ。南米の選手らしく個人技も優れている。
だが同じ”ゾディアック”であるブラジルのロナウド、アルゼンチンのミカエルが持つ理不尽さは感じないというのが正直な思いだ。
ウルグアイとスペイン人のハーフである彼は幼くしてレイ・マドリーのスカウトを受けてもう一つの母国スペインへ移住。中神が日本に戻るのと同時期に現在所属するブルーライオンFCへ移籍。
鷲介と同時期にトップチームデビューを果たしその試合でFKによるハットトリックを決めて華々しいプロデビューを果たした。
が怪我により離脱と監督の不和といった事情が絡み合った結果、彼はウーリッジFCへ移籍。そのウーリッジFCでもチームの主力となり活躍はしているが、”ゾディアック”が持つ理不尽さとウーリッジFCを引っ張るような活躍はあまり見せていない。
(ゴールが見えた距離で蹴ったボールのほぼ全てが枠内に収まる、恐るべき精度のキック。
それを使用したパスも脅威だが正確すぎるし何よりボールを蹴るタイミングが他のそれと全く同じだ)
例えるならば彼のパスは軌道が見えるテレフォンパンチのようなものだ。パスが出るタイミングがわかっていれば対処はたやすい。
そう思い直康の合図と共に祐希はラインを上げる。アルベルトから放たれる裏抜けのパス。これでオフサイドの笛が鳴る──
「!?」
アルベルトの蹴ったボールを見て祐希は大きく目を見開く。
裏抜けではない。瀬川達中盤の選手の間を貫くような鋭いグラウンダーパスだ。
そして驚きはもう一つ。今まで飛び出していたウルグアイのツートップ、アルバロとフェデリコが自分たちの動きにぴたりと合わせて下がっていた。
アルベルトのパスに迫るフェデリコ。井口を背にした彼はボールしか見ていないのに迷うことなく右手側──ハーフレーンにダイレクトパス。
そしてそれを兄ペドロがダイレクトパス。斜め右のクロスが日本の最終ラインを通り、それにアルバロが抜け出す。──オフサイドは、無い。
(何だとぉ!?)
連続する驚き。その理由はアルバロの動き出しだ。
イタリア戦や今日の試合で見せていた動き出しよりもさらに早く正確なそれ。幾度も彼の飛び出しをオフサイドトラップで止めていた祐希たち日本の最終ラインの皆は思い切り面食らっていた。
ボールをトラップし前を向くアルバロ。ゴールへ突き進む彼だが、ペナルティアーク数メートル前で必死の形相の藤中が立ちはだかる。
「突っ込むな! そのまま皆が戻るまで待ち構えろ!」
よくやった! と心中で称賛の声を上げると同時、祐希は自分の右隣を走りゴールに近づくペドロを注視しながら藤中に向けて叫ぶ。
それが聞こえたのか言われずともわかっているのか、藤中は腰を軽く落とし、身構える。
相対する藤中に対しアルバロは一瞬止まるが、すぐに動く。迷うことなく左にパスを出したのだ。
そしてそのボールに駆け寄るのは先程ペドロにダイレクトパスを放ったフェデリコ。
しかし彼には井口がマークに付いているしパスを出すのが速かったのか、ボールは左に流れる。
(よし! これで俺がペドロより先にボールを回収すれば)
目の前に転がってくるボールを見て思い、祐希ははっとした。
先程まで自分の右手側を走っていたペドロ。その彼の姿がいつの間にか消えていたからだ。
どこに行ったと思うと同時、祐希の左手側から感じる気配。
慣れ親しんだその気配が誰のものなのか祐希は瞬時に悟り、脂汗を散らせながら祐希は思わず叫んだ。
「ペドロ!」
嗜虐的な笑みを浮かべたペドロの手と体が左から出現する。
内に抉るような動き出しで祐希の左側から飛び出すペドロ。祐希も必死に彼を追うが間に合わず、彼が先にボールに駆け寄る。
ペナルティエリアに侵入し放たれるペドロのシュート。ゴール右に向かったそれに兵藤は驚くべき動きで反応してボールを弾く。
がそこまでだった。こぼれたボールに誰よりも速く反応したアルバロがボールを日本ゴールに押しこんだ。
リーグ戦 24試合 18ゴール10アシスト
カップ戦 3試合 3ゴール4アシスト
CL 10試合 18ゴール4アシスト
代表戦(三年目)2試合 3ゴール1アシスト
W杯 1試合 3ゴール1アシスト




