イタリアW杯、グループリーグ第二戦。日本対ウルグアイ(1)
試合開始前だというのに日本対ウルグアイの試合が行われるフォルシナ・ボローニャFCのスタジアムは両国のサポータの声援が響いている。
トーマスは妻と共にウルグアイサポーター側の一席へ腰を下ろす。そして先に到着していた、トーマスの隣の席に座っている娘婿へ声をかけた。
「やあフィリップ君。久し振りだね」
「会うのは新年ぶりね。元気そうで何よりだわ」
「お義父さんお義母さんも以前と変わらない様子で安心しました」
トーマスとザビーネに笑いかけてくる黒髪の壮年の男性、フィリップ・ノイアー。
トーマスにとって彼は元部下でありドイツ代表の後輩。またトーマスの娘の夫でもある。
「しかしよかったのかね。せっかく手に入ったW杯のチケット。
ミーナやアロイスと一緒に観戦したほうがよかったのではないかね」
W杯観戦チケットを欲しがる孫とそれを宥める──若干もの欲しそうな目を向ける──娘を思い出し、トーマスは言う。
「最初は僕もそうしようと思ったんですけれど、お義父さんたちには僕がいない間ミーナたちがお世話になっていますし、最近忙しくてお義父さんたちと会う時間もなかったですからね。
二人には来季のドイツダービーのチケットで我慢してもらおうと思います」
「取れたのかね。ちなみにミュンヘンシュタディオンでの試合かね?」
「もちろんです」
微笑むフィリップ。ドイツダービーのチケットなら孫や娘の機嫌も直るかもしれないと、トーマスは思う。
「そう言えばお義父さんディルク君の件、あらためておめでとうございます。
来期は彼が率いるクラブが、ドイツリーグ一部で見られるわけですね」
ディルクとはトーマスの息子、ディルク・シュトルムだ。
今年四十歳となる息子はプロサッカー選手にはなれなかったが、その代わりというように若くして──ちょうど三十歳の時、監督ライセンスを獲得。
キャリアを四部の監督からスタートしてゆっくりとステップアップし、今季率いた二部のクラブが圧倒的強さで一部昇格を果たしたのだ。
「ディルク君が率いるクラブは来期の台風の目になると言われていますが、トーマスさんたちはどう思っていますか?」
「今期の二部での活躍、ドイツ杯でもベスト8に残った実力を発揮すれば降格はないだろうね。
シーズンオフの間、上手い補強ができれば上位進出もあると思っているよ」
「自分もそう思います。それをわかっているのかあのクラブは今シーズン途中から陰でこそこそ動いていましたからね。
もし噂がある選手たちが移籍してくればドイツリーグは盛り上がるでしょう。Rバイエルンもうかうかはしていられませんね」
「二人とも、電光掲示板に今日のスタメンが表示されましたよ」
ザビーネの声と同時、客席から歓声が沸く。
トーマスたちは電光掲示板に目をやり、同時に呟く。
「ほう。これはこれは」
「ウルグアイもですが、日本も意外な選手が名を連ねていますね。まさかマルティンとフジナカがスタメンとは」
両チームのスターティングイレブンの名前が電光掲示板から消え、次に映し出される両チームのフォーメーション。
まずウルグアイ。システムは4-4-2のダブルボランチ。イタリア戦や南米予選でも見せていたかの国の基本システムだ。
GKはホルヘ・ラミレス。チーム最年長の36歳であり絶対的守護神。アルゼンチンリーグの強豪ボカFCの守護神でもある。
右SBはスペインリーグ、バルセロナ・リベルタ所属のダリオ・ゴメス。左SBはブルーノ。CBの二人はイングランドリーグのRBリバプールに所属しているウルグアイ代表の守備の要であるダルウィン・ビエルサと、ウルグアイリーグ王者モンデビデオFCに所属し18歳の若さでW杯メンバーに選出されたウルグアイサッカー界の新星、マルティン・ストゥアー。
ボランチ二人はブラジルのサンパウロ・サントスFC所属のガストン・ロドリゲスと、ダルウィンと同じくRBリバプールに所属するロドルフォ・ヒメネス。
前二人の攻撃的MFはNASミランに所属するスアレス兄弟の兄、ペドロ・スアレス。そしてもう一人が鷲介と同じ”ゾディアック”の一人、ウーリッジFC所属のアルベルト・ガルシア・オリバレス。
最後のツートップはこの二人だ。スアレス兄弟の弟、兄ペドロと同じくNASミランに所属するフェデリコ・スアレス。そして最後の一人がウルグアイ代表キャプテンでありチームの絶対的エース、マルティンと同じモンデビデオFC所属のアルバロ・フランチェスコリ。
次に日本。こちらもいつもと同じ4-3-3のワンボランチ。
GKは兵藤賢一。イタリアリーグ、ペルージャFC所属の若き守護神だ。
SBはNASミランの田仲祐希とドイツリーグ、ハンブルグ・フェアアイン所属の大文字直康。CBはイングランドリーグ一部、Cハンプトン所属の井口弘樹にペルージャFC所属の藤中鉄一。
中盤のメンバーはカメルーン戦と変わりはない。ワンボランチはフランスリーグ、マルセイユFC所属の瀬川亮太。前二人はイングランドリーグ、ウーリッジFC所属の小野勝とスペインリーグ、バルセロナ・リベルタ所属の中神久司。
三人のFWは右から鷲介、中央にスペインリーグ、バエティーカFC所属の堂本慶二郎、右にイタリアリーグ、レッチェSC所属の桑野蓮だ。
「どう意外なのかしら?」
「まずマルティンですが彼はW杯直前に選出された選手です。ウルグアイリーグの若手No1選手であり王者モンデビデオFCのレギュラーではありますが、この大舞台でのスタメン起用は正直賭けに近いものです」
「彼は君がスカウトし、売り込んだと聞いたが」
「はい。ですがそれでもスタメンに名を連ねるのはまだ早いと僕は思います。
そしてフジナカ、彼はヤナギと同い年であり現在はイタリアリーグのペルージャFCで活躍している選手です。
ただヤナギやナカガミほどではなく、マルティン同様に代表のスタメンに名を連ねるほどではないかと」
「カメルーン戦のスタメンであるアキバが敬称をったというニュースがあったが、その影響なのかもしれんな」
「でもこの二人が今日はスタメンなのよね。どういうことかしら?」
首を傾げるザビーネ。
トーマスとフィリップは顔を見合わせアイコンタクト。苦笑したフィリップが口を開く。
「おそらくですが両チームとも攻撃的に出るのではないでしょうか。
マルティンは元FW、フジナカも今日はCB起用されるようですが中盤もこなせる攻撃力のある選手。
実際先日のイタリア戦、マルティンが途中出場した後ウルグアイの攻撃の圧は強くなりましたし、フジナカは代表でもリーグでもセットプレーや中盤に上がってきてはゴールを決めていますから」
「両チームのスタメンからは何が何でも勝利が欲しいという意気込みが感じられるのう。まぁ当然じゃが」
イタリアに負けたウルグアイは勝ち点0。一方カメルーンと引き分けた日本は勝ち点1。
この試合で勝利すれば──イタリア対カメルーンの試合結果も大きく影響するが──決勝トーナメント進出に大きく近づく。逆にここで敗れれば一気に崖っぷちだ。
「南米屈指の攻撃力を持つウルグアイと世界にも通用するアジア最強の攻撃陣を持つ日本との激突ですか。これは先日と同じか、それ以上に観客が楽しめそうな試合展開になりそうですね」
「あなたたちはどっちが勝つと思うの?」
ザビーネに問われトーマスたちはしばし考える。
そして先にトーマスが、少し遅れてフィリップが答えを口にする。
「日本だろうか」
「ウルグアイですかね」
答えを口にし、トーマスは目を丸くして娘婿を見る。すると彼もトーマスへ驚いた顔を向けていた。
二人は同時に深呼吸し、各々がそう思った理由を述べる。
「攻撃陣の中核を成す小野、中神、そして鷲介。この三者たちが作るトライアングルは間違いなく世界レベル。
また個としても非常に高いレベルにある。ウルグアイの守備陣は悪くはないがカメルーンのそれに比べれば若干落ちる。日本が勝つじゃろう」
「自分としてはウルグアイのスクエアを成す四人。スアレス兄弟にアルベルト、アルバロが勝利すると思いますね。
個々の能力もヤナギ君たちに引けを取っていませんし、何よりアルバロがいます。イタリア戦も後半から出場した彼によりウルグアイを勢いづけて一時期逆転までしましたからね。勝つとしたらウルグアイでしょう」
各々の意見を言い終えて、再び沈黙する二人。
両者は顔を見合わせ何か言おうとするが、小さく咳をし、頷く。
監督と選手だった時のように討論をするところだった。試合前だしザビーネもいるし止めておこう。そうアイコンタクトかわす二人。
「……まぁよい。どちらにしても一つだけはっきりわかっていることがある」
「ええ。それはこの試合も魂と身を削りあうようなゲームになるということですね」
勝つにしても負けるにしても引き分けだとして。両国とも決して無傷では終わらないだろう。
何せこの試合はW杯。普通の試合のそれとは重みが全く違うのだから。
(鷲介、ブルーノ。今は純粋に君たち二人の活躍に期待させてもらうよ)
トーマスは教え子と元部下に心中でエールを送るのだった。
◆
「よう鷲介。元気そうだな」
「あんたもな、ブルーノ」
入場ゲートにて顔を合わせる二人。にやりと不敵な笑みを受かべた同僚に対し、鷲介もまた挑発的に微笑む。
「カメルーン戦ではいきなりハットトリックか。流石の暴れようだな。
まぁ今日の試合は俺がしっかりと押さえるからゴールは奪えないだろうが」
「いやいや、そんなことはないぜ。調子は良さそうだがイタリア戦の様子を見るにどうとでもできそうに見えたからな」
「おやおや、どうやらお前の目は節穴だな。言っておくがイタリア戦の出来は俺的には90点ぐらいだ。
だが今日は120点ぐらいは出せると確信している」
「あれで90点? 俺としては120点ぐらいだと思っていたが。
お前の言っているkとが本当なら今日の試合も無事にハットトリックできそうだな」
「ハハハ、言うじゃねぇか」
「ははは、あんたもな」
お互いに笑いながら言葉のジャブを放つ。
そして同時に真顔になり、戦意に満ちた目で見つめ、言う。
「改めて言うが、今日はお前の好きにはさせないぜ。フィリップさんがスタジアムに来ているんだ。あの人の後継として恥ずかしいプレーはできねぇ。
ウルグアイ代表としても俺個人としても、お前を完封する」
「俺だってそれは同じだ。あの人に後押しされたおかげで想定より早く俺はトップチームに昇格を果たした。
今の俺がどれほど成長したのか今日の試合で、嫌というほど見てもらうからな。一切の容赦なくあんたをぶち抜いて、ゴールを決めてやるよ」
鷲介の言葉にブルーノは笑みを深め、しかしそれ以上何も言わず背を向けて列に戻る。
次にやってきたバルセロナRのダリオを短く言葉をかわし──前回戦ったことやロナウドのこと──入場ゲートの方を向こうとした時だ、新たな声がかかる。
「鷲介、少しいいかな」
振り向けばそこにいたのは小野とアルベルトだ。
「久しぶりだねシュウスケ・ヤナギ」
「そうだな。こうして会うのは去年のインターナショナルカップ以来か」
対戦したことをすっかり忘れていたのをおくびに出さず、鷲介は笑みを浮かべてアルベルトへ手を差し出す。
「君の噂はよく聞いているよ。最近ではあのヨハンさんと同格とまで言われているからね」
「流石に大げさだな。純粋な実力じゃまだあの人の方が上だろ。CL決勝で勝ったとはいえあくまでチームでの勝利だからな。
それよりお前についてもこっちはいろいろ聞いている。相も変わらず魔術のようなFKで観客を沸かせているようだな」
「ありがとう。でも君ほどの活躍をしているとは言えないよ。特に今季はチーム事情があったとはいえ来季のCL出場権を逃してしまったからね」
今季のウーリッジFCは主力の移籍や怪我人続出など、様々な問題が絡みリーグ順位は5位で終わっていた。
もちろんその中でアルベルトはチームの中心選手として活躍はしていたのだが。
「小野さんはもちろんブルーノさんからも君について話を幾度も聞いていたからね。
だから今日戦えることを本気で嬉しく思っているよ。格上の君と対戦することでどこまで僕が成長できるのか、とてもとても楽しみなんだ」
「もちろん試合にも勝たせてもらうよ。今の僕は君より格下だけど、他の皆は違うからね」
『よく言った、アルベルト!』
突然聞こえた二重音声。
思わずそちらに目を向けると、同じ顔をしたドレッドヘアーの男性二人の姿がある。
「お前がシュウスケ・ヤナギに意見するときは気弱で控えめな物ばかりで心配していたが、杞憂だったな」
「やはり一人の男として、同じ”ゾディアック”として、ライバル心は持っていたわけだね」
「うんうん。そうでなくてはいけない。お前は将来ウルグアイを背負って立つ男」
「同世代のライバルに臆するなんてことがあってはいけない」
完璧なタイミングで言葉を放つ双子の男性。当代随一の双子選手と言われるスアレス兄弟だ。
右、ヘアバンドをしているのが兄、ペドロ・スアレス。左、両手首にミサンガをつけているのが弟、フェデリコ・スアレスだ。
「初めましてだなシュウスケ・ヤナギ。ペドロ・スアレスだ」
「僕はフェデリコ・スアレス。ユウキから色々と話は聞いているよ。会えて光栄だ」
「初戦はいろいろ目立ってやがったが、今日の試合の主役は俺たちウルグアイだ」
「君が率いる日本を倒してW杯を掴む足掛かりにさせてもらうよ」
同じ顔のスアレス兄弟だが、よく見れば雰囲気に微妙な違いがある。兄のペドロは血気盛んな一方、弟のフェデリコは大人しそうだ。
ただ試合になるとどっちがどっちだかわからなくなる時があると、田仲から聞いている。
「その言葉、そっくりそのままお返しします。──今日の試合、勝つのは俺たち日本ですよ」
ブルーノにアルベルト、そしてスアレス兄弟。彼らに順々と視線を向けて、鷲介は言う。
そんな鷲介の言葉に触発されたのか、ブルーノたちが放つ戦意が増す。
「言うねぇ。少しはブルーノの気持ちが分かるな」
「うん。若者らしく覇気があって、生意気だ。──アルベルトみたいに泣かせたくなるね」
「僕は泣いたことはありませんよ。泣きそうになったことや、逆にお二人を泣かしそうになったことはありますが」
「俺からしたらスアレス兄弟、お前らも若いからな。というか生意気レベルはお前らほど酷くはないぞ」
「ブルーノの言う通りだね。初対面時のペドロとフェデリコに比べたら可愛いものだ。
──まぁその分プレーが図太いと思うけどね。マルティンのように、ね」
ブルーノたち四人とは違う、新たな声。
彼らと共に視線を向ければそこには無精ひげを生やした優しそうな表情の男性と、仏頂面のをしている鷲介と同世代の少年の姿がある。
後者はマルティン・ストゥアー。鷲介より一つ年下のウルグアイの新星。
そして前者はウルグアイ代表の大ベテランでありエースストライカー。あのマルシオやアルフレッドと同格とされる世界的ストライカー、
「初めましてシュウスケ・ヤナギ君。俺はアルバロ・フランチェスコリ。よろしく」
右手を差し出してくるアルバロに鷲介も握手を返す。
そしてアルバロはじっと鷲介を見て、言う。
「君、確か今、19歳だったかね」
「え? あ、はい。そうですけど」
「若いね。俺のところのマルティンやアルベルトもだけど、近年は君らの年で俺たちに匹敵するような選手が次々と生まれている。
全く、年寄りとしては肩身が狭い思いだよ」
苦笑して肩をすくめるアルバロ。
「君のプレーシーンを見たが、ヨハンの後継者と言われるのも納得だ。若かりし頃のヨハンによく似ているし、今あいつに匹敵するというのも間違いではないようだ。
ただ今日の試合は苦汁を舐めてもらう。──俺の子供の喜びためにね」
そう言ってアルバロは右腕に付けているミサンガにキスをする。
そのミサンガを見て鷲介は眉を潜める。市販品とはとても思えない粗雑な作りで、今日の試合で腕から外れそうにも見える。
「そのミサンガは?」
「俺の可愛い可愛い息子が作ったものだよ。これを身に着けた時の俺は出場した試合に一度も負けたことがない。勝利を導く幸運のお守りだ」
「そうですか。──じゃあそのジンクス、今日破られるというわけですね」
鷲介の言葉にアルバロは一瞬、鋭い眼差しとなる。
が、すぐに笑顔を浮かべ、「では試合で」と言って背を向ける。
アルバロに連れられるようにブルーノたちも背を向け、入場の列に戻る。それを見て鷲介も前を向いた時、ぎょっとした。
鷲介の正目にいた久司。その彼がこちらを向いており、その顔が能面のような無表情だったからだ。
「久司。……そういえばよかったのか」
背を向けたアルベルトの方に視線を送るが久司は表情を変えず、言う。
「別に。奴は俺のことを覚えていないようだったからな。
今日の試合で、俺のプレーで、そして敗北させることで、二度と忘れないよう、頭に刻み込むだけだ」
にやりと不敵に微笑む久司。若干意気込みが強い──病んでいる──ようにも見える表情だ。
これ以上干渉すれば藪蛇になるような気がして鷲介は彼から視線を逸らす。
そして少しして盛大な音楽と共に日本とウルグアイ、両国のスターティングイレブンは悠然とした態度でピッチに入っていく。
カメルーン戦と同じ豪奢なセレモニーを終えてピッチに広がる22人の選手たち。
鷲介はぐるりと首を振って周りを見渡す。日本(仲間)、ウルグアイ(敵)、観客(両国のサポーター)。
それら全てが放つ、一戦目よりさらに張り詰めた空気を大きく吸い込み、吐いて、思う。
(勝つ)
当たり前のことをあえて脳内で呟くのは、第二戦目のこの試合が極めて重要だからだ。勝利は必至事項と言っても過言ではない。
この試合、引き分ければ総勝ち点は2、負ければ1のまま。その状況でも──非常に厳しいが──まだ決勝トーナメントに出場できる可能性はある。だがそれは最終戦のイタリア戦に勝利することが絶対条件となってしまう。
イタリアに勝てないとは思わない。だが間違いなく今まで一番、厳しい戦いになるだろう。マリオやバッジョなど、錚々たる面子が揃っている今大会優勝候補の一つであり、史上最強の日本代表でさえ一歩間違えれば大敗しかねない相手なのだから。
試合開始の笛が鳴り響き、グループリーグ第二節、日本対ウルグアイの試合は始まる。
ウルグアイボールで始まった試合。アルバロたちは軽くボールに触れてボールを後ろへゆっくり下げていく。
それを追いかける鷲介たち日本イレブン。鷲介はボールスピードやウルグアイイレブンのポジショニングを見てボールの行く先を予測しながら走る。
そしてGKまで下がったボールに堂本が迫る。が相手GKのホルヘは少しも動揺せずボールを蹴る。
ボールは堂本の頭をかすめるような勢いで飛ぶ。強く低空なそれを軽くジャンプをして胸トラップで納めたのはロドルフォだ。
ライヴァー・バード・リバプールでも代表でも優れたレジスタとして有名なロドルフォ。前を向いたところに小野が迫っていたが彼はホルヘと同じく落ち着き払った様子で傍にいたガストンとのワンツーで前に出る。
センターサークルを通り過ぎようとしたところで今度は瀬川が前を塞ごうとするが、ロドルフォの行動の方が一瞬速かった。
ロドルフォが放ったロブパスは日本の最終ラインを通過。そしてそれに反応し飛び出しているのはアルバロだ。
ベテランらしい、無駄がない動き出し。だがボールを足元で納めると同時、副審の笛の音が鳴る。オフサイドだ。
(ナイスです直康さん)
オフサイドトラップを仕掛けた今日の左SBのスタメンの直康に、鷲介は心中で称賛の言葉を送る。
ボールをセットした直康は素早くリスタート。パスを受けた瀬川は振り向いてすぐ前にパスを出す。
ウルグアイ陣内のセンターサークルのギリギリ外でパスを受けた久司。素早い動きで前を振り向いた彼にガストンが迫る。
ブラジルリーグのサンパウロ・サントスFCに所属する34歳のベテラン選手。だが年齢にそぐわないスタミナと激しいコンタクトプレーを得意とすることで有名な選手だ。
ぶつかる勢いで久司に迫るガストン。だが久司は鋭いダブルタッチでガストンをかわし前に出る。
(速い。やはり今日の試合、それだけ気合が入っているのか)
突き進む久司。その彼の前にアルベルトが立ちはだかる。
悠然と構えるウルグアイの”ゾディアック”に対し、久司は正面から突き進む。そのまま激突するかと鷲介が思った時、
「久司!」
怒鳴るような小野の声がピッチに響く。すると久司は舌打ちしながらも左にいる小野へパスを出し自身は右へ。
(ナイスな声賭けです小野さん)
今の場面、久司がアルベルトを抜ければチャンスだった。だがボールを奪われていたら逆に日本の大ピンチだった。
現在の日本は素早いリスタートにおけるカウンター中。皆が前に走っている。
そんな中ボールを奪われて先程のロドルフォのようなパスを出されればほぼ間違いなく通る。直康も流石に移動中までオフサイドラインの統率はできないからだ。
何よりパスの出し手はアルベルトであり、ボールを受けるのはアルバロとフェデリコ。一発で致命的なシーンが作られる。
クラブではチームメイトであるアルベルトの脅威を誰よりも知っているからこその、小野の判断だ。
左ハーフレーンで久司からボールを受けた小野は降りてきた九条とのワンツーで左サイドへ。ダリオが体をぶつけボールを奪おうとするが小野はそれを堪えパスを出す。
ダリオのチャージを壁のようにしながら小野が上げたクロスは右ハーフレーンへ。鷲介がそれを収めるがトラップした直後、ブルーノが前を塞いだ。
(ブルーノ)
腰を低くし、挑発的な眼差しのブルーノへ鷲介は仕掛ける。直進し、ブルーノのプレーエリアギリギリ外で中に急転換。
ペナルティアークに足を踏み入れる鷲介。しかしそれを予期していたのかブルーノは余裕の表情でついてくる。さらに左手側からはマルティンが迫っていた。
このままいけば間違いなくボールを奪われる。しかしブルーノたちの罠を鷲介も察知している。
左足をボールの前に軽く踏み込んでのダブルタッチで鷲介は右へ移動。その動きにもブルーノは反応するが、
(遅い)
心中で呟くと同時、鷲介は効き足である右足でシュートを放った。
ダブルタッチによりわずかに浮いたボールだが、聞き足のシュートは見事ボールをミートしウルグアイゴール右隅へと飛ぶ。ブルーノが左足でシュートコースを塞いたがそれも一瞬遅かった。
先制点と鷲介が思ったその時だ、ブルーノの背後から飛び出してきたホルヘがボールをキャッチした。
「!」
目を見開く鷲介の正面、不敵な表情のブルーノとマルティン、ボールを抱えながらゆっくりと立ち上がるホルヘ。どうやらブルーノたちは今の鷲介の動きも予想の内にあったようだ。
(やっぱりそう簡単に得点とはいかないか)
カメルーン戦でも鷲介の動きを予想した守備対応はあったが、所々にずれがあるものだった。
しかし今の一連のシーンはほぼ完ぺきな対応だ。間違いなくブルーノの仕業だろう。
厳しく、難しい試合になる。両サポーターが歓喜と驚きの声で騒ぐのを聞きながら、鷲介は頬から流れ落ちた汗を拭い改めてそう思うのだった。
リーグ戦 24試合 18ゴール10アシスト
カップ戦 3試合 3ゴール4アシスト
CL 10試合 18ゴール4アシスト
代表戦(三年目)2試合 3ゴール1アシスト
W杯 1試合 3ゴール1アシスト




