イタリアW杯 グループA 第二節前夜
「視聴者の皆さん、加納浩徳です。今日もグレートサッカーの時間がやってきましたー!」
「福原恵次です。本日はよろしくお願いします」
「では早速、いま世界中を賑わせているイタリアW杯、我らが日本代表が所属するグループAについて話していきたいと思います。
第一節のカメルーンとの試合は合計8ゴールが生まれる壮絶な打ち合いの結果、4-4の引き分けとなり、お互い勝ち点1を分け合う結果となりました。
前半を見てこのまま行けるかと思いましたがさすがは相手はアフリカ王者のカメルーン。二つ名である不屈のライオンの名に恥じない強さとしぶとさを見せてくれました!」
「両チームのエースが共にハットトリックを決める、最後まで目の離せない見ごたえのある試合でした」
「さてもう一つの試合である開催国イタリアとウルグアイの試合は3-2で開催国イタリアが競り勝ちました! こちらも接戦だったようですね」
「敗戦したとはいえこの結果は決して驚くべきものではありません。ウルグアイはブラジル、アルゼンチンに次ぐ3位でW杯出場を決定した強豪。しかもその二強との試合は三分一敗ですからね」
「福原さん。ウルグアイはどういうチームなのか、改めてご説明していただけますか!」
「率直に申し上げまして日本と同じ攻撃重視のチームです。予選の総得点数はブラジルに次ぐ第二位。
その中核となっているのが双子のスアレス兄弟と”ゾディアック”の一人、アルベルト・ガルシア・オリバレス。そして母国リーグ四年連続得点王となったアルバロ・フランチェスコリでしょう。
何せあのイタリアから2ゴールを奪ったのですから」
「そうです! 今大会優勝候補の一つに挙げられている開催国イタリア。伝統的に守備が強いチームでありベルギーで行われた直近の欧州選手権では優勝国であるオランダとベスト8で当たり敗退しました。
しかし、しかしです。オランダ戦を含めた本戦ではわずか1ゴールしか許していなかったのです。ちなみにオランダ戦も最終スコアは0-0。PK戦での決着でした!」
「イタリアは守備力だけを言うなら今大会でも屈指と言えます。しかしそんなイタリアの守備陣から得点を奪い、一時期は逆転さえしていました。
そしてそれに大きく絡んだのが加納さんが先程名前を上げたウルグアイの攻撃の要である四人です。今日は彼らに加納さんと一緒に語ろうと思います」
「ではまず双子のスアレス兄弟──MFのペドロ・スアレスにFWのフェデリコ・スアレスから行きましょう!
この二人は田仲選手と同じイタリアリーグのNASミランに所属する選手。そして二期連続のチーム得点王とアシスト王でもあります!」
「双子のサッカー選手はそれなりにいますが同じチームと言うのは非常に珍しいことです。
そして双子ゆえか、この二人の以心伝心ぶりは凄まじく、彼らのコンビプレーは一部からは予測や計算ができない、常軌を逸したものとまで言われています」
「今期のミランダービーでもありましたね。ショートカウンター時、ペドロ選手は誰も反応できないあらぬ方向にパスを出しましたが、それにフェデリコ選手だけが反応しており抜け出して見事なゴールを決めました!
またそうでなくても二人の動きはお互いのゴールやアシストに大きく関与しています。全く、恐るべき双子の選手たちです!」
「次に紹介するのは我らが柳選手と同じ”ゾディアック”の一人、アルベルト・ガルシア・オリバレス選手です。
日本代表の小野選手と同じイングランドリーグのウーリッジFCに所属している彼はパスの名手、たぐいまれな司令塔として有名ですが、それ以上に名を馳せているのが現時点で当代No1といっても過言ではないFKです」
「そうです。そうなんです! 現在でもフランス代表のシャルル選手を始めFKの名手は数多くいますがアルベルト選手のそれは彼らすら上回っている、まだ20歳と言う若さにも拘らず世界一のフリーキッカーとまで言われています。
プロデビューしてからと言うものの彼は毎年二桁得点をあげています。そしてその半分以上がFKによるものなのです!」
「イタリア戦はFKでのゴールはなかったですが、彼が蹴ったFKはアルバロ選手の逆転ゴールに関与していますからね。世界一、と言うのも誇張ではないと個人的には思います」
「そして最後に紹介するのはウルグアイの大エース、アルバロ・フランチェスコリ選手です! 現在32歳と言うベテランですが、かつて欧州を席巻した得点力には一切の陰りがありません!
五年前に母国ウルグアイリーグへ戻りそれから四年連続でリーグ得点王。南米のクラブ王者を決めるリベルタドーレス・カップでも三年連続得点王となっています。
また所属するモンデビデオFCは今年と去年、二年連続優勝しており、その原動力と言うべきプレイヤーです!」
「イタリア戦でも鉄壁のDFを見事打ち破る、見事なゴールをあげています。アルゼンチンのアルフレッド選手、ブラジルのマルシオ選手と言う世界的ストライカーと並ぶ選手と言っていいでしょう」
「初戦のカメルーン戦と同じく、ウルグアイもまぎれもない強敵。死闘は必至でしょう!
そんな日本対ウルグアイの試合は明日の水曜日、現地時間18:00。日本時間午前2時からキックオフです!
日本サッカーファンの皆さん、日本の勝利のために一緒に眠気を吹き飛ばして応援しましょうー!!」
◆
「それではミーティングは終了とする。皆、明日も厳しい試合になるが君たちの奮戦と勝利を期待するよ」
ウルグアイ戦前日の夜。ちょうど夜八時を回った時間。
会議室に集まった鷲介たち日本代表イレブンにヨアヒムは好々爺の笑みを浮かべてそう言い、スタッフと共に退室する。
直後、会議室に漂っていた緊張のある空気が弛緩。鷲介たち日本代表イレブンは騒めきだす。
「ふー、緊張感のあるミーティングだったな」
「監督は終始笑顔なのにピリピリした空気を放っていたからなー」
「それだけウルグアイを警戒しているということだろう。負けたとはいえあのイタリアを一時は追い詰めた相手だからな……」
体を伸ばす鷲介の声にぐったりとした久司、いつも通りの真面目な顔のテツが答える。
「それでどうよ、テツ」
「何がだ」
「明日のウルグアイ戦、スタメンとして出る身としてどんな試合になると思う?」
会議室を出て歩きながら久司がからかい交じりの口調で言う。
テツはそれを聞き、かすかに眉間に皺を寄せる。
「カメルーン戦同様に厳しい試合にはなるし、俺たち守備陣は前回以上に守りに力を入れる必要はあるな。
スアレス兄弟にアルベルト、アルバロと言った攻撃陣の破壊力は前回のカメルーン以上だろうしな」
「それを監督も考慮したのか、直康さんが左SBのスタメンになったからな。兵藤とテツは田仲さんと同じくスアレス兄弟を知っているのと急成長ぶりを見込まれての大抜擢だ」
「秋葉さんが負傷したとはいえ大抜擢なのは間違いない。明日の試合でスタメン奪っちまえよー」
「そのつもりだ。……しかし秋葉さんはともかく、川上さんは残念だったな」
カメルーン戦の終盤、サミュエルとの激突で負傷交代した川上。病院で精密検査をした結果、何と右手の骨にヒビが入っていることが分かった。
その結果を受けて当然明日の試合、いや今大会の欠場が決まってしまった。
ちなみに秋葉も軽く左足を痛めたが、明日のウルグアイ戦を欠場するだけで問題ないという。
「絶対的守護神の不在。ウルグアイ戦はもちろん今後の試合に対する不安要素だ」
「そうか? 川上さんのことを想えば可哀そうだとは思うが、そこまで深く考えることはないと思うけどな。
兵藤さんも曽根崎さんもGKとしての技量は大差ないだろ」
テツの言葉に久司は少し怒ったように言う。
とはいえ彼の言うことはもっともだ。日本でプレーしているものの曽根崎の実力は川上と大きな差はない。イタリアで活躍している兵藤もだ。
正直川上が日本の正GKでいるのは他の二人と違い前回のW杯に出場したからではないかと鷲介は思っている。
他のポジションよりも経験が重要視されるGK。実力が同等ならば経験を考慮して選ばれるのは筋が通っていると言える。
「それはわかっている。だが問題は経験や心根のことだ。川上さんと違って二人はW杯での経験がない。
この世界最大の大会でいつも通りのプレーができるものか……」
「おいおい、それは流石に二人を心配しすぎだし馬鹿にしてるぞ。
曽根崎さんはJリーグNo1のGKであって、昨季のACLでもベストイレブンに入った。代表歴も長いしアジア杯など重要なところでゴールマウスを守ってきた人だ。
兵藤は若いが俺や鷲介と同じ海外育ち。メンタルはしっかり鍛えられている。最終予選や遠征試合でもあいつの活躍は見ていたし、大体チームメイトであるお前が一番、兵藤の実力は知っているだろ」
「それはそうなんだけどな……」
思い悩むテツに久司は不機嫌そうな顔になる。
どうやら久司は曽根崎を軽くみられることが我慢ならないようだ。元鹿嶋の同僚としてのひいき目だろうか。
眉を吊り上げた久司を見て鷲介は二人の間に割って入る。
「その辺にしておけよテツ。初スタメンでナーバスになっているお前が気になるのはわかるが、そんな心構えじゃお前自身にも変調をきたすぞ。
曽根崎さんも兵藤も川上さんに負けず劣らず頼れる人だ。代表になって何度も練習したり一緒に試合にも出たことがあるからわかるだろ。無用の心配だ」
「そうそう。ごちゃごちゃと細かいことは考えず、明日は兵藤と一緒にしっかり日本のゴールを守ってくれよ。
大丈夫、お前ならやれる! 俺たちが保証する!」
「……。そうだな。確かにスタメン抜擢されて色々と考えすぎていたみたいだ。
二人とも、悪かったな」
頭を下げて、少し気分転換でもしてくるといいテツは同じ階にあるレクレーションルームの方へ歩いていく。
それを見送り鷲介と星司は自室へ戻る。鷲介は持参したノートPCを開き、モチベーションを上げるため過去のスーパースターがW杯で見せたスーパープレー動画を見ようとする。
しかしPCのスイッチを押そうとしたその時だ、突然ベットの傍に置いてある携帯から着信音が鳴り響く。
由綺か、それともリーザたち家族からだろうか。そう思い鷲介は携帯の着信欄を見て、目を丸くした。
「どうした。出ないのか?」
「表示されている連絡先なんだが、ブルーノの番号なんだ」
「ブルーノ? ……もしかして」
「ああ。明日対戦するウルグアイのブルーノだ」
鷲介の言葉に久司は呆気に取られた顔になる。
無理もない。明日戦うであろう相手からの電話だ。鷲介としては一体どういう気持ちでかけているのか問い詰めたい。
(放置しておけば勝手に切れるか?)
そう思い携帯を優しくベットの上に置く。しかし着信音が二十回を超えても鳴っているので、已む得ず出ることにした。
「もしもし」
『なんだ、ようやく出たか鷲介。飯か風呂にでも入っていたのか』
携帯から聞こえる緊張感のない声。間違いないブルーノ・レブロンだ。
「あんたがおかしいのは知っていたがまさかここまでとは思わなかったぞ。試合前日の相手に電話をかけてくるとは、いったい何を考えているんだ」
『あーそうだな。先日W杯童貞じゃなくなったお前のことだ。色々考えてナーバスになるよな。悪い悪い』
ハハハとブルーノの笑い声が聞こえた鷲介は反射的に携帯を切った。
しかしベットに放り投げようとしたその時、再び着信音。相手はやはりブルーノ。
無視しようとしたが三十回を超えても着信音が鳴っているので、嫌々ながら電話に出る。
『いきなり切る奴があるか!』
「やかましい。先に切らせるような挑発をしたのはお前だろうが。
もういいからさっさと要件を言え。今度下らないことを言ったら着信拒否にするからな」
『ったく、冗談がわからねぇガキだ。──明日の試合、フィリップさんが観戦に来るそうだぜ』
「……! フィリップさんが!?」
ブルーノがフィリップ”さん”とつける人はこの世界にたった一人しかいない。
フィリップ・ノイアー。元Rバイエルンの選手であり鷲介と入れ替わるように引退をした。Rバイエルンではもちろんドイツ代表にも大きく貢献したレジェンドだ。
引退後はスカウトに転身。世界各地を巡っては才能ある若手選手を欧州の各クラブに売り込むため声をかけているという。
「あの人、世界中を回っているんじゃなかったのか。今、イタリアにいるのか!?」
『ああ。自分が見つけ出した金の卵たちの試合を見るためにな』
「たち?」
フィリップは選手としても優れていたが、それ以上に選手や監督、コーチの間で有名だったのは実力や才能を見抜く目だ。
現役時代から何人もの選手の素質を見抜いては導き、大成させている。鷲介はもちろんフランツやブルーノもその一人だ。
しかし鷲介にはブルーノの”たち”と言う言葉が気になる。自分とブルーノだけならこのような言い回しはしないからだ。
『お前も知っているだろ。あの人は現役引退してすぐにスカウトとなって世界中を飛び回り、見どころのある若手に声をかけては欧州の様々なクラブに売り込んでいるのを。
このイタリアW杯では何人か代表に選出されているそうだぜ』
「日本……には流石にいないか。となるとお前の国、ウルグアイに」
『ああ、いるぜ。お前みたいな生意気だがそれに見合うだけの実力を持つ意気がいいガキがな。
これだけヒントを与えれば誰なのかはお前でもわかるだろ』
「マルティン・ストゥアー……」
さっきのミーティングでも話題になった選手の一人だ。
年齢は現在18歳。ポジションはCB。16歳でウルグアイリーグのモンデビデオFCにトップデビューを果たしウルグアイ代表のレギュラーにまで上り詰めた新星だ。
鷲介たち”ゾディアック”ほどの実力やインパクトはないそうだが大会後はどうなっているかわからないという。また欧州各国のクラブが注目する若手選手の一人だという。
『まぁ俺の要件はそれだけだ。あとは伝言が一つ』
「伝言? 誰からだよ」
『アルベルトの奴だ。──以前の借りはしっかり返させてもらうとのことだ』
「借り……?」
ブルーノの言葉に鷲介は首を傾げる。借りを作ったような出来事があっただろうか。
そんな鷲介の想いを察したのか、ブルーノは呆れたような声で言う。
『お前、覚えてないのか。一度だけだが俺たちはあいつと戦ったことがあるぞ。去年のインターナショナルカップだ』
「……あ。そういえばそうだったな」
言われて思い出す。確かにあの試合、彼と対戦したんだった。
とはいえあの年はロナウドを始めとするより強烈な個性を持った”ゾディアック”と戦ったため、アルベルトのことはすっかり頭の中から消えていた。
『やれやれ。アルベルトの奴は気合を入れていたというのに当のお前はすっかり忘れているとは。アルベルト、可哀そうな奴』
「ぐぬ……」
”ゾディアック”No1のフリーキッカーと言われるだけあって、対戦した試合に見た彼のFKは凄まじいものだった。
だがそれ以外の部分は正直、他の”ゾディアック”たちと比べると印象が薄いというのが本音だ。
『ま、いい。ともあれあいつはもちろん、俺もやる気は十分だ。──明日は覚悟しておけよ』
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」
ブルーノとは同じクラブのチームメイトであり頼れる仲間ではあるが、それと同じぐらいライバル、敵と言った感情もある。
この男、事あるごとに先程の嫌みのようなことを言って鷲介に絡んでくるのだ。斜に会構えた兄貴分のような彼の態度だが、そこにはかすかな毒も感じさせている。
鷲介としては対戦するなら容赦はしないと、間髪入れず言い放てる男だ。
携帯を切って元置いてあった場所に置き振り返る。
そして鷲介はぎょっとする。いつの間にか久司が近くにいたのと、こちらを見つめる彼の眉が先程と同じく不機嫌そうに吊り上がっていたからだ。
「ど、どうした久司」
「なぁ今の電話、アルベルトの名前が出てただろう」
「ああ、そうだが。それがどうかしたのか」
「何が言っていたのか」
食い気味に顔を寄せてくる久司。
それに戸惑いつつ鷲介は先程話したことを言うと、
「……」
「ひ、久司。どうした。顔が怖いぞ」
「いや、何でもない」
「何でもないって顔してないぞ……」
鷲介が指摘する久司の表情は無感情のそれ。だが静かに煮えたぎるマグマのような怒りを感じさせる。
そんな彼を見て、思わず鷲介は訪ねてしまう。
「もしかしてアルベルトと何かあったのか」
「昔、少しな。何、大したことじゃないから気にするな」
こちらを安心させるためか、微笑む久司。
しかしその笑みは口元だけのものであり正直、怖い。
とはいえそんな顔をする久司にこれ以上追及する気は起きず、鷲介は頷く。
「何、気にするな。ただ俺としても気合が入っただけのことだ。
鷲介、明日はウルグアイを完膚なきまでに叩きのめすぞ」
「あ、ああ」
背を向けて自分のPCにかじりつくようになる久司を見ながら鷲介は思う。
明日のウルグアイ戦もカメルーン戦と同じく激戦になるだろうと。
リーグ戦 24試合 18ゴール10アシスト
カップ戦 3試合 3ゴール4アシスト
CL 10試合 18ゴール4アシスト
代表戦(三年目)2試合 3ゴール1アシスト
W杯 1試合 3ゴール1アシスト




