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ダッシュ!!  作者: 浮雲士
三部
169/193

イタリアW杯、グループリーグ第一戦。日本対カメルーン(1)







 TV画面に今から行われる試合のスタメンが映り、グフタスの実家である喫茶店に集まった人たちは歓声を上げる。

 世界最大のスポーツ大会、W杯。その開幕式が終了した後に行われる開幕戦。グループAの試合。

 日本対カメルーンの試合を観戦するため、今日この喫茶店は鷲介の知人や関係者限定による貸し切りとなっている。


「プロになってたった三年でW杯に出場するとは……」

「鷲介がいつかこうなることは予想していましたが、想像以上の速さだ。誇らしいですね、空也さん」

「さて、今日は何ゴール取るかしら。いきなりハットトリックするかもしれませんねあなた」

「それはかまわんが無理をして怪我をしなければいい。カメルーンの選手たちのあたりは強い。

 慣れているとはいえ本来今の時期はオフシーズン。疲労も蓄積している。何事もなければいいが……」

「どうしたんですかサーシャさん、暗い顔をして」

「私、暗い顔をしていましたか? ただ怪我をしなければいいなとちょっと思っただけですけど……」

「すみません、父が余計なことを言ってしまって。職業柄気になったのでしょうけど、僕が見たところ特に異常は見られませんし怪我を隠している様子もないですから、大丈夫です」

「にぃにぃ、頑張れー!」

「シュウさん、ゴールですゴール!」

「ズバッと気持ちのいいゴールを頼みます、柳さん!」


 TV画面から左側に集まった席。そこから鷲介の家族、そして彼らと仲のいい人たち──由綺の両親や長兄らも含む──が話す声が由綺の耳に入ってくる。

 逆の席、右側には由綺たち友人や同世代のものたちが集まっており、こちらも和気藹々とした雰囲気で会話を交わしている。


「鷲介もだがジャックもスタメンか。練習でもない本気のマッチアップ、どうなるかなぁ」

「鷲介に圧倒されるんじゃない? ジャックも成長したけど鷲介を一人で止められるほどじゃないでしょ」

「いやー、それはどうかな。これは代表戦でありW杯。ジャックの膨れ上がった祖国パワーが鷲介を止める可能性も十分にある」

「確かに。それにジャックはこの一年で代表に入りW杯メンバーに選出、スタメンとなっていますからね。

 今の鷲介でも容易には抜けないかも……」

「ジャックが成長したのは認めるけどそれでも今の鷲介相手にはきついでしょ。──由綺はどう思うの?」

「えっ、わたし? ……そうだね。イザベラの言う通りだと思うよ。

 カメルーンには一対一で鷲君を止められる人は、いないんじゃないかな」

「かー、我が妹ながらこの状況でのろけるか! いかんぞ由綺。公平な目を持たないといへへへへ」

「きちんと公平な目で見ています。今の鷲君なら、あのミラでも手に負えないと思うよ」

「同じ”ゾディアック”でも敵わないと言うか。……だがまぁそう言わせるだけの結果は残しているからな。

 もっともW杯と祖国パワーが加わった今のミラとなれば、未知数だとは思うけどな」


 そう言って修一は画面に視線を向ける。

 TV画面では試合前の練習が行われており、その半分の画面には両国のスタメンとサブメンバーが入れ替わりで表示されている。

 日本代表のメンバーはこうだ。GKは川上克人。DFは四人で右から田仲祐希、秋葉栄太郎、井口弘樹、中山ケイタ。

 中盤三人、ボランチは瀬川亮太。前二枚は小野勝、中神久司。そしてトップのFWは右から鷲介、鹿島勇司、小清水一輝となっている。

 対するカメルーンのメンバーは以下の通りだ。システムは日本と同じ4-3-3のワンボランチ。

 GKはサロモン・アセンベ。中山と同じフランスリーグ、モナコFC所属の選手だ。

 DFは四人。右SBはジェイソン・ヌクル。先日のCL決勝で鷲介と対戦したマンチェスターFC所属。左SBはオーレリアン・バソング、イタリアリーグ、AFCジリアーティ所属。

 CBはイングンドリーグ、ホットスパーFC所属のジャン・オマン=ビイクと、鷲介と同じRバイエルンの黄金世代メンバー、ロート・バイエルン所属のジャック・マティプ。

 中盤、ワンボランチはパトリック・ミラ。イングランドリーグのマンチェスター・アーディック所属であり、鷲介と同じ”ゾディアック”の一人。

 前二枚はドイツリーグ、レヴィアー・ドルトムント所属のアルベール・オレンベとイタリアリーグ、アクイロット・ラツィオ所属のマルク・ウォメ。

 そしてFW三人はエヨング・イドリス。小清水と同じイングランドリーグ、アルビオンFC所属。フランスリーグ、RBランスに所属しているアンリ・エトー。

 最後の一人はドイツリーグ、レヴィアー・ゲルセンキルヒェン所属。アフリカ最強、チームの絶対的エース、サミュエル・オリンガ。

 両チームとも、気負った様子はなくリラックスした様子で体を動かしている。

 ただ画面越しからでも言い知れぬ雰囲気を漂わせているのもわかる。


「さてイザベラ、グスタフ、由綺。お前たちはこの試合をどう見る」

「6:4で日本です。両チームとも攻撃陣が優秀ですが、最終的に日本が上回るんじゃないですか」

「私もグスタフと同じよ。激しい点の奪い合いになるんじゃないかしら」

「日本優勢かな。引き分けも十分あると思うけど。

 それで、兄さんは?」


 由綺の問いに修一は微苦笑を浮かべ、言う。


「お前たちと同じ日本優勢──と言いたいが、カメルーンかな。

 鷲介を中心とした日本相手に無失点とはいかないだろうが、カメルーンが日本を上手く嵌めることができれば2、3点差はつくかもしれない」


 するりと出てきた兄の言葉に由綺たちは目を丸くする。

 そして一瞬の沈黙の後、口々に反論する。


「いやさすがにそれはないでしょ。カメルーンほどじゃないけど日本の守備も悪くないわよ」

「チームとしての総合力に差はなく、特に攻撃力は日本の方が上です」

「失点しても今の日本、鷲君たちなら取り返せるだけの力はあるよ。兄さんが言うような点差がつくとは思えないけど……」

「理由はあるがそれは試合の状況次第で教えてやる。あくまで可能性の話だからな。

 それと言っておくが対等な戦力、拮抗しているチーム同士だからこそ、そういうことは起こりうるのさ。

 互角だった均衡が、小さな出来事で一気に崩れてボロ負けすることはな」


 そう言って修一はテーブルに置いてあるコーヒーに口をつける。

 そしてカップから口を話し、


「さ、雑談はこのぐらいにして目の前の試合に集中しようぜ。

 4年に一度の祭典の始まりだ。一瞬たりとも目を離さず、楽しもうじゃないか」











 カチャカチャというスパイクのスタッドの音が、耳に響く。

 先程まで小さかったそれが大きくなり、よりはっきり聞こえた時、鷲介は視線を後ろに向ける。

 すると予想通り、入場ゲートの右通路からカメルーン代表の選手たちの姿が見えた。

 先頭はもちろんチームの顔であるサミュエルだ。


「こんにちはサロモンさん。コンディションは絶好調みたいですね」

「当然だケイタ。そう言うお前も悪くない。

 しかし今日の試合、リーグの時のようなプレーはできないと思っていた方が良いぞ」

「驚いたよイッキ。まさか君がスタメンだなんて。他の日本代表FWはよっぽど調子が悪いのかな?」

「相変わらず毒舌だねエヨング……。生憎だけど皆、好調さ。

 僕がスタメンになったのは監督がカメルーンを倒すのに最も適した選手だと思い、選出したのさ」

「……ハハハッ。イッキも言うようになったねぇ。

 最初に会ったときに比べたら、びっくりの発言だよ」


 聞こえてくる両チームイレブンの会話。

 口調こそ穏やかだが、雰囲気は火花が散っている試合中のそれだ。


「こんにちはサミュエルさん。さっきの練習で見た通り万全のようですね」

「当然だ。大事な初戦、万が一でも落とすわけにはいかない。そう言うお前こそいつにない鋭い動きをしていたじゃないか」

「メディアではグループ最弱と言われているが、俺たちから見ればお前が率いる日本はウルグアイやイタリアにも引けを取らない強敵」

「ここでしっかりと叩き潰す気満々だ。同じクラブだからと言って微塵も容赦はしないぜ」


 鷲介に寄ってくるサミュエル、アルベール、そしてジャック。

 ドイツリーグにおける強敵たち、そして同世代の盟友の覇気ある言葉に、鷲介も勇ましい笑みを浮かべ、


「それは俺も同じだ。ジャック、サブとはいえクラブで定着できて代表にも選ばれて調子に乗っているかもしれないけど、その自信、今日の試合でしっかり折ってやるよ。

 サミュエルさんにアルベールさんも、俺のゴールで苦杯をなめてもらいますよ」

「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」


 鷲介の言葉にぶつけるようなタイミングの声。それを発したのは、


「ミラか。まさかスタメンとはな。足はいいのかよ」

「お前もメディアに踊らされる口か?

 この間の親善試合、途中交代したのはただの交代だ。足を負傷したというのは全くのデマだぜ」

「その割には否定する監督のコメントはなかったが?」

「情報戦だ。今の時代、どこのチームも当たり前にやっていることだぜ」


 ゆっくりと近づいてくるミラ。

 鷲介も歩を進め、両者は抱き合えるぐらいの距離になり、静かだが闘志に燃える視線を合わせ、


『叩き潰す』


 同じ言葉を発する。

 そしてミラは背を向け列に戻り、それにサミュエル達や鷲介も続く。


「やる気、いや殺る気満々って感じだな。あの様子じゃ初っ端から来そうだ」

「そうだな。だとしても問題ないだろ。来るなら来るで対処するだけだ」


 くっくっくと笑いを零す後ろの久司に鷲介は言う。

 試合開始時間が近づくにつれて会話は少なくなり、乱れていた列も自然と奇麗になる。

 そして主審の「時間です」と言う声掛けがあり、両チームの選手は一斉に前に向かって足を踏み出す。

 ピッチに入場する中、スタジアム中に響く音楽。雄大、荘厳でありながら闘志を燃やすそれはWFUA(世界サッカー協会)公式のテーマソング。

 その音楽に負けず劣らず、スタジアム中から響く大歓声。目をくらませるようなほど焚かれる写真のフラッシュ。W杯、その開幕戦のセレモニーが静かに進行していく。

 陣地、ボールを決めるコイントスが行われ、最後となる選手同士の握手。

 サミュエル、アルベール、ジャック、そしてミラ。他の選手と違い因縁のある彼らは総じて優しく握手をしてきた。今まで相対した時はこちらの手を握りつぶすような力を入れてきた。

 しかしそれは友好の証ではないことは鷲介にはわかる。余計なことに力を使わないためだ。

 握手一回、それに費やす僅かなエネルギーさえも、試合に使用するためだ。

 ピッチに散らばる22名の代表選手。自分のポジションについた鷲介は周囲をぐるりと見渡し、微笑む。

 味方も敵も、これ以上無いほど闘志に満ちている。今日の試合、結果はどうであれ激しく、厳しい試合になるだろう。

 そんな確信を覚えた鷲介は笑みを浮かべ、思う。


(勝つ)


 過去に直康たちが、この間は監督が代表戦、それもW杯は普通の試合とは違うと言っていたが、鷲介としては正直、どうでもいい。

 どの試合でも変わらず全力でプレーして勝つ。それだけだ。

 主審の笛が快晴の空に鳴り響く。スタジアムが大歓声に揺れる中、W杯の開幕戦であり初戦。

 日本対カメルーンの試合が始まった。











 とうとう始まったW杯。初戦のカメルーン戦。

 一斉に動き出す仲間と相手を見ながら井口は周りと連動して動く。

 キックオフをしたカメルーンのボールは自陣深くに下がっていき、それを柳たちが追うのを見つつ、近づいてきたカメルーンのFWに視線を向ける。

 サミュエル、アンリ、エヨング。どのFWも決して油断できない。

 特に同じイングランドリーグであるエヨングは極めて厄介なFW──と彼に警戒を向けた時だ、井口は目を丸くする。

 その理由はボールを保持しているのが、ペナルティエリアを飛び出しだしているGKのサロモンだからだ。

 中山と同じフランスリーグのモナコFCに所属するGK。アフリカ人特有の身体能力とバネのある動きでゴールを守る守護神。

 しかしフランスリーグでも一、二を争う守護神と言われている理由は──


「パスが来ます! 井口さん」

「わかっている!」


 中山の警告と同時、サロモンはボールを蹴る。

 カメルーン陣地深くより放たれるロングパス。それは日本代表陣内のミドルサードを軽く超えディフェンシブサードへ。

 エヨングたちカメルーン代表から見ればアタッキングサード──井口たちがいるところへボールは飛んでくる。

 このパスこそがサロモンの最大の特徴と言ってもいい。彼はGKでありながら卓越したパス精度を持ち、限定的ではあるが11人目のフィールドプレイヤーとなるのだ。

 日本代表では兵藤が彼と似たようなプレースタイルだが、パス精度ならば兵藤を上回っている。

 サロモンから放たれたパスにカメルーンのスリートップは当然のように反応している。そしてパスをカットするべく動いていた井口より早く落下地点にたどり着くサミュエル。

 サミュエル・オリンガ。ドイツリーグ屈指でありアフリカ最強のストライカー。所属するリーグでは毎年のように得点王争いに絡み、前回のアフリカ選手権では見事得点王に輝きチームを優勝に導いた、カメルーンの中で最も要注意するべき相手──

 背を向けているサミュエルに接近する井口。エヨングらも動いているがそれは他の面々がしっかりとカバーしている。

 突然とも言えるカメルーンの奇襲。しかし井口たちは慌てず冷静に対応している。この攻撃はカメルーンの攻撃パターンの一つであることはしっかりと研究しているからだ。


(ボールを収めた瞬間、瀬川と挟み込んでボールを奪う……!)


 井口の意図を見事悟った瀬川を見ながらそう思ったその時だ、サミュエルは跳躍。飛んできたボールをヘッドでマイナス方向に落とす。

 ボールを拾ったアルベールはすぐさまパスを出す。ボールは田仲のいる日本の右サイド。

 パスを受けたアンリは軽く中に行くふりをしてすぐに外へ走り出す。当然田仲はそれを追う。

 しかしアンリは速い。瞬く間に日本の右サイド深くへ侵入してしまう。

 カメルーンの選手たちは総じて足が速いが、その中でもアンリは随一と言ってもいい。フランスリーグ一の快速FWとまで言われたこともある。

 田仲も予想以上の速さに驚いているようだが彼も井口と同じ長年海外で生き残り活躍した猛者。アンリを突き進ませながらも的確なポジショニングでパスやドリブルコースを塞いでいる。


(よし、このまま時間をかけて守備を整えれば)


 そう井口が思った時だ、アンリが右に加速。一瞬だけだが田仲を振り切り、センタリングを上げた。

 

(く……! いや、大丈夫だ)


 ゴール前に上がったボールを見て一瞬肝を冷やした井口だが、すぐに安堵する。

 センタリングが上がった現在日本代表のゴール前、ペナルティエリアの中にはサミュエルしかいない。そしてそのサミュエルには井口がしっかりとマークに付いている。

 マイクにアルベールらも上がっては来ているがボールが上がったのはペナルティエリアの上。彼らはペナルティエリアから何メートルも離れている。

 また上がったセンタリングは精度を欠いており、サミュエルの頭上を越えてしまう。逆サイドにいるエヨングにボールが届こうとしているが、そこへ中山が疾走してきた。


(奪える……!)


 エヨングは他二人と違いトリッキーな動きをするFW。しかしそれはペナルティエリアの中でされてこそ真価を発揮する。

 また他二人に比べて若く小柄であるためフィジカルの強さはそれほどでもない。中山なら十分一人で対処できる。

 そう井口が思った次の瞬間だ、エヨングは飛んできたボールに対し、いきなりジャンプした。

 そしてジャンプしたエヨングは右足を横一閃。パスを出した。


「何!?」


 エヨングが出したパスは緩やかだ。しかしそれはちょうど日本のペナルティラインに走ってきたアルベールにぴったりと合う。

 まずいと井口が思い動きた次の瞬間、アルベールはダイレクトシュートを放つ。

 放たれる強烈なミドルシュート。動いていた井口は体を張ってそれを止めた。

 しかしこぼれ球を拾ったのは井口の傍にいたサミュエル。彼はすぐに反転してシュートを撃とうとしている。

 

(させるか……!)


 胸の痛みを無視して井口は動き、先回りする。

 しかしこちらを振り向いたサミュエルの笑みを見て、愕然とした。

 彼はボールを持っていなかった。ボールは彼の後ろに転がっており、それにマイクが駆け寄っていた。

 シュート体勢のマイク。そしてその眼差しから狙いは井口が動いたことで空いた場所であると悟る。

 だがもはやどうにもできない。ペナルティエリアに侵入したマイクがダイレクトシュートを放ち──


「ふんっ!」


 日本ゴールに突き刺さろうとしていたボールを、川上がしっかりキャッチしていた。


「──」

「ふっ。危ない危ない。だがこの程度で日本ゴールは割れないぞ!」


 大声でそう叫ぶ川上。胸を張る彼の姿に頼もしさを覚える。

 サロモンと違い川上は純粋な──言い方を変えれば古いタイプの──守護神タイプのGKだ。滅多にエリアを飛び出さずパスもフィールドプレイヤーと比べたら大きく劣る。

 だがセービングやポジショニングなどGKに必要なすべての能力をまんべんなく備えている。

 それ故に彼も自分たちと同じく海外で長年活躍し、所属チームで正GKの座を死守してきたのだ。

 流石は日本の守護神と井口が思う中、彼はハンドスローでボールを投げる。

 反射的にボールの行く先を追う。そのボールを収めたのは自陣まで下がってきていた日本の10番。


「さぁ、開幕いきなり冷や汗をかかせてくれた奴らに、一発かましてやれ!」


 川上の声と共に反転した柳がドリブルを開始した。












(来た……!)


 自陣のセンターサークル付近にいる鷲介にボールが渡ったのを見てジャックは警戒レベルを最大に上げ、ジェイソンを見る。

 先のCL決勝にて対戦したカメルーン代表のDFリーダーの動きは速い。攻撃参加していた両SBの二人に戻るよう声を出していた。

 前を向く鷲介。そこへミラが迫る。

 いきなり”ゾディアック”同士の激突かと思われたが、鷲介はあっさりと左にパス。中神との小さいワンツーでミラをかわし前に出る。

 センターラインを越えた鷲介。左サイドに上がっているエヨングの同僚である小清水にパスを出すかと思ったが、彼はそのまま加速し突き進んできた。


「な……!?」


 大歓声と共にカメルーン陣内を突き進む鷲介に、ジャックは戸惑う。彼らしくないと思ったのだ。

 状況的には日本のカウンター。優れたドリブラーがボールを持てば今の鷲介のように一人で仕掛けることはある。

 だがジャックが知る鷲介ならばドリブルはしつつも仲間が上がってくるのを待つ。だというのに今の彼の勢いを見るに、たった一人で自分たちに、カメルーンのゴールに迫る勢いだ。

 一番前にいる小清水、上がってきた中神や鹿島などが声をかけているが、それを全く聞いている様子はない。

 

(いくらお前でもそれは悪手だぞ……!)


 鷲介のドリブルの凄まじさは全世界のサッカーファンには周知の事実だ。それだけに成功すれば味方を鼓舞し、失敗すれば大いに士気を下げるデメリットもある。

 今の鷲介は押しも押されぬ日本のエース。世界屈指と言われるドリブラー。それが前半いきなりで止められたとなればショックは大きい。

 そしてジャック達も当然、彼のドリブル突破を許すはずもない。CL決勝での屈辱があるのか、ホテルでのルームメイトとなったジェイソンは時間さえあれば鷲介のドリブルをまとめた映像を目にしていた。

 そして今もジェイソンは迫る鷲介からボールを奪うべくジャック達にコーチングを飛ばしている。

 鷲介がミドルサードを通過しようとしたところでジャック達は動く。まずオーレリアが鷲介に向かって突撃した。

 イタリアリーグ、AFCジリアーティに所属するオーレリアは典型的なアフリカ系選手。優れた身体能力と反応速度が武器なDFだ。

 そして反応速度に関してはチーム随一。彼の突撃はサミュエルやチーム随一の快速であるアンリも易々とかわせない。

 絶妙なタイミングで距離を詰め足を伸ばしたオーレリア。奪えるとジャックは思ったが鷲介は表情一つ動かさず中に切れ込み彼をかわす。


(流石の動きだ鷲介。だがもうこれでお前に逃げ場はない……!)


 ハーフレーンからセンターレーンに移動した鷲介にジャック、そしてジェイソンが迫る。

 ジャック達はただただ鷲介の隙にドリブルさせていたわけではない。守備をしながら嵌めて取るための誘導を行っていたのだ。

 それを主導したのはジェイソン。彼はカメルーン代表のDFの要でありコントロールタワー。優れた判断力を有しており、場合によっては攻撃参加さえする。

 彼の指示の下、ジャック達は鷲介があえてドリブルしやすいコースに、同時にジャック達がボールを奪いやすくなる場所へ誘っていたのだ。

 迫るジャックに鷲介は軽く目を見開く。しかし刹那ですぐさま表情を戻し、ダブルタッチでジャックの左を突破。


(詰みだ)


 自分の左を通り過ぎる鷲介に目を向け、そして彼が進む先にジェイソンが立ちふさがっているのをジャックは見た。こう動かすべく、ジャックはあえて左側を空けていたのだ。

 突破直後に迫るジェイソン。これ以上ない完璧なタイミングでのタックル。

 ボールを奪える。ジャックがそう思った次の瞬間だ。鷲介の体が動いた。


(なん、だと!?)


 ジャックは一瞬、本気で自分の目を疑った。ボールを奪われるはずの鷲介はどうしたことか、左に切り込んでボールを奪うはずのジェイソンをかわした。

 だが振り返り、自分と同じように驚愕しているジェイソンと鷲介の背中を見て、それが事実と悟る。


(馬鹿な。何故──!?)


 鷲介の超常的プレーに起こる大歓声を聞きながらジャックは彼を追う。

 ペナルティアークに到達した鷲介にサロモンが迫る。万が一のことを考え前に出ていたのだろうが、そんな彼の表情にも信じられないという思いが現れていた。

 右足を振りかぶった鷲介。サロモンが体を広げ距離を詰める。

 防げるとジャックは思うが、またしてもその想いは裏切られた。鷲介が放ったのはループシュート。それもサロモンの頭上ギリギリを超える低空のだ。

 

「……!」


 もはや驚きで声が出ないジャック。サロモンの頭を超えたボールはピッチを小さく跳ねて無人のカメルーンゴールへ──


「おおおおおっ!」


 入りはしなかった。ボールがゴールラインを割る直前、ジェイソンに変わり小清水に注意していた最後のDF、ジャンが体を投げ出すようなスライディングでボールを横に弾いたからだ。

 横に転がるボールに当然鷲介もジャック達も駆け寄る。ボールを拾ったのは鷲介だが、その間にサロモン達は戻っており、体を前面に出してゴールを塞いでいた。

 すぐさま鷲介はマイナス方向にパスを出し、上がってきていた鹿島へボールを渡す。鹿島がダイレクトシュートを放つが、またしてもジャンが体を張って防ぎ、ボールはゴール外のラインを割ってCKとなった。

 続くピンチ。しかし数秒とはいえジャック達が一息つけたためか、己が蹴ったCKをサロモンがパンチングで弾き、それを拾おうとした競り合いが日本のファウルとなった。

 急いで戻る日本代表。一方のカメルーン代表はゆっくりとボールに歩み寄る。

 その間、ジャックとジェイソンの元にオーレリアが眉を吊り上げてやってきた。


「おいジャック。話と違うぞ。何だあの動きは……!」

「大きな声を出すなオーレリア。動揺しているのがバレる。

 私も彼の動きは予想を超えていた。本来なら私がボールを奪えるはずだった」

「じゃあ何で突破されてんだよ!?」

「単純な話だ。──奴のドリブルと動きがこちらを上回った。それだけだ」


 ジェイソンの声にジャックはもちろん、激高していたオーレリアも黙り込む。

 冷静な彼の声音。しかしそれはかすかに震えており、かろうじて平静さが保てているというのがわかったからだ。

 いや、オーレリアがこのような状態だからこそ、ジェイソンは冷静だったのかもしれない。実際ジャックも地団駄を踏みたい気分でいっぱいだった。

 鷲介の凄さは、凄まじさは、カメルーン代表の中ではチームメイトである己が一番知っている。

 彼の長所も短所もジェイソンらに伝え、その上で今日、彼を抑え込もうとしていた。

 だが実際、このざまだ。防げると確信していた一連のプレーもあっさりと突破されてしまった。ジャンが戻ってきていなければ間違いなくゴールネットを揺らされていた。


(俺が知る鷲介とはほぼ別人……! 一体何があったというんだ)


 心中で呻くジャック。しかしすぐに気付く。

 ジャックが想定していた鷲介の動き。それはCL決勝前の練習の時のものだ。

 何があった、ではない。あったではないか。CL決勝、そして代表に合流してからの親善試合が。

 信じがたいことだがそれらの試合が、経験が、鷲介をより高みに押し上げたのだ。ジャックが別人と思うほどに。

 思わずジャックは鷲介に目を向ける。中神や小野が下がっていくのを見送った彼は視線を前──カメルーンゴール前にいるジャック達に向けた。

 絶好機を防がれたというのに、特に気にもしていない鷲介の顔。余裕綽々と言うような顔を見て思わずジャックは彼を睨み付ける。

 するとその視線に気づいたのか。俯瞰するような鷲介の視線がジャックの方を見た。

 そして彼は笑みを浮かべる。静かな、しかし尊大ともいえる笑み。

 まるで獲物を前にした猛禽が如きそれを見て、ジャックは反射的に総身を震わせるのだった。






リーグ戦 24試合 18ゴール10アシスト

カップ戦 3試合 3ゴール4アシスト 

CL 10試合 18ゴール4アシスト

代表戦(三年目)2試合 3ゴール1アシスト

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