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ダッシュ!!  作者: 浮雲士
三部
168/192

開幕の朝

 イタリアW杯 日本代表メンバー 26名


<GK> 3名



川上克人かわかみ かつと

28歳。ポルトガルリーグ一部、ポルティーモFC所属。

GK。


兵藤賢一ひょうどう けんいち

22歳。イタリアリーグ一部、ペルージャFC所属。

GK。


曽根崎信介そねざき しんすけ

30歳。Jリーグ一部、 鹿嶋ソルヴィアート所属。

GK。



<DF> 9名



田仲祐希たなか ゆうき

29歳。イタリアリーグ一部、NASミラン所属。

SB。


秋葉栄太郎あきば えいたろう

29歳。Jリーグ一部、横浜グランマール所属。

CB。


井口弘樹いぐち ひろき

31歳。イングランドリーグ一部、Cハンプトン所属。

CB。


大文字直康だいもんじ なおやす

29歳。ドイツリーグ一部 ハンブルグF所属。

SB。


中山ケイタ(なかやま けいた)

21歳。フランスリーグ一部、モナコFC所属。

SB。


海原一樹うみはら かずき

27歳。Jリーグ一部、東京エストレヤ所属。

CB。


馬場謙一ばば けんいち

30歳。Jリーグ一部、鹿嶋ソルヴィアート所属。

CB。


大島良則おおしま よしのり

32歳。ベルギーリーグ一部、ヘントFC所属。

SB。


松岡蓮二まつおか れんじ

24歳。Jリーグ一部、ルーパ大阪所属。

CB。



<MF> 8名



瀬川亮太せがわ りょうた

30歳。フランスリーグ一部、マルセイユFC所属。

DMF。


小野勝おの まさる

27歳。イングランドリーグ一部、ウーリッジFC所属。

OMF。


中神久司なかがみ ひさし

20歳。スペインリーグ一部、バルセロナ・リベルタ所属。

OMF。


鷹野英彦たかの ひでひこ

22歳。ドイツリーグ一部、ハンブルク・フェアアイン所属。

DMF、OMF。


藤中鉄一ふじなか てついち

19歳。イタリアリーグ一部、ペルージャFC所属。

DMF、CB。


岩永和久いわなが かずひさ

26歳。アルゼンチンリーグ一部 ボカFC所属。

DMF。


南郷源十郎なんごう げんじゅうろう 

26歳。ドイツリーグ一部、ベアリーンFC所属。

OMF、DMF。


本村恵次もとむら けいじ

25歳。Jリーグ一部、鹿嶋ソルヴィアート所属。

OMF。



<FW> 6名



鹿島勇司かしま ゆうじ

24歳。ドイツリーグ一部、ヴァイス・ツィーゲK所属。

CF。


堂本慶二郎どうもと けいじろう

29歳。スペインリーグ一部、バエティーカFC所属。

CF。


柳鷲介やなぎ しゅうすけ

19歳。ドイツリーグ一部、ロート・バイエルン所属。

WG、CF。


小清水一輝こしみず いっき

22歳。イングランドリーグ一部、アルビオンFC所属。

WG。


柿崎元かきさき はじめ

25歳。スペインリーグ二部、クルニャラFC所属。

WG。


桑野蓮くわの れん

28歳。イタリアリーグ一部、レッチェSC所属。

CF。










「奇麗だな……」


 ホテルの部屋から見える、朝日を浴びて輝く海。

 寝ぼけ眼が一発で覚めるような美しいそれに鷲介はしばし目を奪われる。


「……何見てんだ?」


 寝起き特有の、かすれた声。振り向けばベットから起きた久司があくびをしていた。


「サルデーニャ海だ。朝日を浴びて奇麗だぞ」

「奇麗~? んなもんバルセロネータビーチに比べれば……おお。これは。

 なるほど、確かに奇麗だな。まるで俺たちの前途を祝福しているようだぜ」


 あっさり前言撤回する久司に鷲介は微苦笑。

 しばし宝石のように輝く海と眩い太陽を見た後、身なりを整え部屋を出る。


「あーよく寝た。お前はどうよ。しっかり眠れたか」

「ああ。ばっちりだ」

「足の方もか」

「問題ない。コンディションは万全だ。今日の試合も問題なく走れる」

「なら良し」

「そう言う久司はどうだ。90分しっかり走れるか。緊張していないか?」

「当然だ。体のどこも痛めていないし。それにW杯は世界のトップ層のサッカー選手が一堂に集結する大会であり、同時にお祭りだ。

 祭りで緊張する奴がいるかよ」


 豪胆な台詞を吐く久司に鷲介は肩を軽くすくめながら、同時に頼もしさを覚える。

 自分がそうであるように後季のリーグ戦での活躍が彼をより成長させたようだ。

 そして二人はホテル一階にあるレストラン到着。朝食前ミーティングが行われるそこに入ると先に到着していた者たちへ声をかける。 


「おはようございます」

「おはよーっす」

「おはよう鷲介、中神君」

「流石に遅刻しなかったな。まぁ柳君がいるから大丈夫だとは思っていたが」


 入口の一番近くのテーブル。そこには小野に鷹野、岩永、小清水の姿がある。

 何かを話していたのか、鷹野、岩永、小清水たちは小野の方を一斉に向いていた。


「朝から集まってどうしたんですか?」

「大したことじゃないよ。少し小野さんにW杯の心構えを聞いていただけさ」

「僕たちは代表に入って日も浅いし、これほどの規模の大会に出るのは初めてだからね」

「ま、俺は別に緊張していないが。聞いて損するようなものじゃないからな」


 リラックスした様子の鷹野。少し緊張気味の小清水。

 そしていつもと変わらない様子の岩永に小野たちは微苦笑を浮かべている。彼らの反応を見るにしっかりと小野の話に食いついていたようだ。


「おはよう鷲介、中神も」


 肩をすくめる久司の横で鷲介が微苦笑を浮かべていると、背後から声。

 振り向けば直康、鉄一、本村の姿があった。


「おはようございます直康さん、本村さん、テツ」

「おはよう柳。それに久司、流石に今日は寝坊しなかったか。成長したな」

「テツ、お前と言い勝さんといい、少し俺に対して誤解がないか……?」

「過去のお前を知っていれば当然の言葉だ」


 頬を引きつら焦る中神に対し辛辣な物言いをする本村。

 起こる小さな笑い声に久司はぐぬぬと表情を歪める。


「……ところで田仲さんと桑野さん、それにケイタは外を見ていますが、どうしたんですか?」

「サルデーニャ海の奇麗さに中山が驚いてな。田仲さんと桑野がそれにまつわる小話をしているようだ」


 新たな声は少し離れた別の入口から姿を見せた瀬川だ。


「祐希がNASミラン前にいたのはサルデーニャ島をホームとするカリアリCC。ここは地元みたいなものだからな」

「レッチェに移籍した桑野もサルデーニャ海がお気に入りらしい。

 あいつの趣味はダイビングだから、暇さえあればここにきているそうだ」

「そーいや以前、カリアリSCに逆オファーをしたなんて話があったが、もしかして本命はサルデーニャ海だったかもな」

「蓮のダイビング好きを見ればあり得る話だな……」


 瀬川の言葉に続くのは彼と共にいた秋葉、馬場、井口の三人。

 そういえば以前の代表の集まりで桑野が鷲介に海とダイビングの素晴らしさを語り、ドイツに海がないことを憐れむようなことを言っていたような気がする。


「いやいや、やっぱりホッペルホッペルの方が美味いだろう」

「いいえ。やはりヒンメル・ウント・エアデですね。これは譲れません……!」


 別のテーブルから聞こえる声。

 視線を向けるとそこには何やらドイツ料理について言いあう南郷と鹿島の姿が。

 傍にいる松岡、海原は二人を見守るような──若干呆れたような──視線を二人に向けていた。


「おはようございます。で、朝から何揉めてるんですか二人とも」

「柳君、良いところに。君はヒンメル・ウント・エアデが一番だよね」

「鹿島、お前の好みに鷲介を巻き込むな。ホッペルホッペルの方が好きに決まっているだろう」


 二人を見て思わず鷲介は一歩引く。

 様子こそ普段通り落ち着いているが、こちらに向ける二人の眼差しは真剣そのもの。下手なことを言えば食って掛かるような感じさえある。

 ちなみにヒンメル・ウント・エアデはケルン、ホッペルホッペルはベルリンを代表する郷土料理で、朝食としてもメジャーな一品だ。

 

「どうしたんですか、これ」

「いやー、お気に入りの料理について話していただけなんだが」

「二人が美味しいドイツ料理の話になるとこうなった。

 と、いうわけで鷲介、ジャッジしろ」

「うんうん。同じドイツにいるお前ならどっちがいいのか判断できるだろうからな」


 鷲介へ問題を丸投げする松岡と海原。

 二人の声を聞いた鹿島と南郷は食い入るような眼差しを鷲介に向けてきた。

 問題を丸投げした松岡たちに鷲介は心中でこの野郎と思いながら、頬を引きつらせて言う。


「……あー、自分としてはですね。どちらも美味しいと思います。

 ですが一番は父が作ったシュヴァインシャクセンですね。ホラ、前に二人が店に来たときにも出されましたよ。覚えていますか?」

「豚肉の塊を丸ごと焼いたあれか。確かに美味かった」

「そうですね。あの美味しさは俺も覚えています。ヒンメル・ウント・エアデにも勝るとも劣らない味でした……」


 落ち着きを取り戻した二人を見て鷲介は安堵。

 また問題が発生しないうちに適当な理由をつけてこの場を去る。


「おはようございます曽根崎さん、川上さん」

「おはよう鷲介。しっかり眠れたようだな!」

「見たところコンディションは万全か。もしそうでないならすぐに言え。

 お前はまだ若い、無理をして怪我をすれば後々のサッカー人生に大きく響くからな」


 鷲介の挨拶に別のテーブルにいた川上は快活に笑い、一方の曽根崎はむっつりとした顔で応える。


「ご心配ありがとうございます。でも大丈夫です。今日も全力で走れますよ。

 ……ところでどうしたんです曽根崎さん、朝から怖い顔をして」


 何かあったのか。それとも先程のように問題を丸投げされるのか。

 そう思い鷲介は軽く身を引いて尋ねる。


「あれを見ろ」


 曽根崎が顎をしゃくった先にある別のテーブルには真剣な表情で何やらメモを取っている大島とややうんざりしたような様子の兵藤の姿がある。


「大島の奴、オフシーズンにイタリア旅行をするらしくてな。兵藤の奴に隠れ名所はないかと話を聞いているんだ。

 全く、これからW杯と言うサッカー選手にとって最も優先するべき一大イベントがあるというのに……!」

「まぁまぁ曽根崎、そう目くじらを立てるな。後々の楽しみがモチベーションになったりする場合もあるのだから!」

「俺は年長者としての自覚を持ってほしいだけだ。大島の奴は俺たち日本代表メンバーの最年長者だぞ。

 それに兵藤は俺たちGk陣の中では最年少。色々と心構えを叩き込もうと思っていたのに……!」

「まぁまぁ。まだ試合には時間もある。兵藤の奴は朝食とミーティングが終わった後にでも捕まえればいい」


 腕を組み唸るような声を出す曽根崎に対し、川上は窘めるように言う。

 まだ声をかけていなかった中山や兵藤らにも挨拶を終え、鷲介も空いているテーブルに腰を下ろす。


「さてと、そろそろミーティングの時間だな。朝食前だから手短に済むとのことだが……」

「しかしまだ、あいつらが来てないぞ」


 鷲介と同じテーブルに腰を下ろした久司が呆れたような声で言う。

 食堂にはまだ監督やスタッフの姿はない。この様子だとおそらくどちらも定刻ギリギリにやってくるのだろう。

 そして今、この部屋にいる日本代表の人数は、鷲介たちを合わせて24名。二人足りない。

 そしてその二人は間違いなく、鷲介と彼の視線の先にある二つの空席に腰を下ろすだろう。


「もしかして遅刻か。あいつらならありえそうだな」


 鷲介がもしかして寝坊だろうかと鷲介が思ったのと同時、久司が言う。

 そしてスタッフたちが姿を見せ始め、ミーティングの時間になろうとしたその時、ホテルの出入り口の扉が大きな音を立てて開かれる。

 皆はもちろん鷲介もそちらに視線を向け、そして呆れた。

 開かれた扉の向こうには堂々とした態度の堂本と柿崎の二人の姿があったからだ。


「おはようお前ら。今日は試合日和のいい天気だ!

 俺が日本を勝利に導くから、しっかりパスを寄こせよ!」


 傲然とした態度の堂本。そしてそれを当然と言うような顔をしている柿崎。両名を見た代表メンバーの反応は様々だ。

 川上や田仲など長年の代表常連組は肩をすくめたり苦笑。最近代表に名を連ねた鷹野や小清水らは呆気に取られたり目を白黒させている。

 そして堂本たちを嫌っている久司や岩永らからは白い目を向けられていた。ちなみに鷲介は川上たちと似たような反応だ。


「おはよう! ……なんだなんだ、我らが日本代表の若き至宝二人が朝からしけた顔をして」

「誰のせいだ。全く、遅刻すれすれに来たというのに……。

 スペインリーグ所属の選手は時間にルーズなんてイメージがついたらお前らのせいだぞ」


 暢気な様子で鷲介たちのテーブルにやってきた堂本に対し、久司はいきなりの喧嘩腰。

 すぐさま鷲介が諫めようとするがそれより先に柿崎が反応する。


「黙れ中神。時間には間に合っているだろう。

 そもそも昨年の欧州遠征で寝坊しミーティングに遅刻したお前に偉そうなことを言われたくはない」

「はっ、その欧州遠征に選ばれず最後の最後でギリギリ代表入りしたお前こそ言葉を慎め。

 大方お前らが遅れたのは柿崎、お前がろくに眠れなかったからじゃないのか? 目元にクマがあるぞ」

「多少は眠れはしなかったがそれは今日行われる初戦に高揚していたからだ。

 朝の五時にはとっくに目を覚ましていたし、十分睡眠はとっている。

 毎夜毎夜深夜遅くまで起きて朝寝坊しかけているお前が気遣うなんて滑稽だぞ」

「ああ!?」

「んだコラァ!」

「はいストップそこまで!」

「元もそのぐらいにしておけ」


 立ち上がり今まさに胸ぐらをつかむような険悪の久司と柿崎の間に鷲介と堂本が割って入る。

 何でこんな席になった。ああ早くミーティングが始まってくれと久司を落ち着かせながら鷲介は願ったその時、食堂の入口が開く。

 食堂に入ってきたのは二人の老人、一人、スーツを着た彼は日本代表監督、ヨアヒム・マイヤー。もう一人、コック服を身に纏い背中をぴしりと伸ばしながら歩いてくるのはコック長の奥倉邦夫(おくくらくにお)

 奥倉はスタッフがいるところへ下がり、ヨアヒムはぐるりと見渡し、口を開く。


「みんな、おはよう。各々しっかりと休息を取れたようだ。

 コンディションに問題がある人も、今のところはいないようで何よりだ」


 柔和に微笑みながらヨアヒムは言う。


「改めて言うが、今日からイタリアW杯が開幕される。そして私たち日本代表が所属するグループリーグAは開幕戦を行う。

 その相手はカメルーン。言うまでもないと思うが強敵だ。さっそく今日の試合のスタメンと作戦を発表する」


 今日はW杯の開幕であり日本の初戦。少なからず場の空気は緊張している。

 しかし、監督はそんな空気を無視するかのように、いつも通りの態度で言葉を紡ぐ。

 緩やかな態度に、落ち着いた声音。そんな監督の話を聞き、見ているうちに、自然と鷲介の肩は下がる。


(トーマスさんみたいだ)


 適度よく、体から力が抜けるのを感じながら、鷲介は思う。

 そして周りを見れば他の面々も似たり寄ったりのようだ。流石は名将と言うべきか。


「さて、話はこれで終わりだ。では朝食を取ろうと思うがその前に一つ、言わせてもらう。

 先ほど言った通りカメルーンは強敵だ。しかしそれは彼らだけの話ではない。

 グループAに所属するウルグアイやイタリアはもちろん、それ以外のすべての参加国が等しく強敵。

 一つとして勝利が約束されるような弱敵はいない」


 ホワイトボードに記された黒マジックを消しながらヨアヒムは言う。


「もちろんチームの中に力の差はある。だが強者が、優勝候補と呼ばれるチームが勝つと決定しているわけじゃない。

 過去の大会でも、弱者と見られていた国が幾度となく強国に勝利する、ジャイアントキリングが起きているのだから。

 そしてそれを起こしたのはひとえに選手たちの気迫。祖国への想い」


 文字を消し終え、数字マグネットシートを外し終えヨアヒムは振り向く。

 彼の表情に変わりはない。だが今の彼の顔には百戦錬磨のワールドクラスのプレイヤーや歴戦の名将が放つ圧を感じられる。


「W杯は国同士の威信をかけた戦い、過激な言い方をすれば代理戦争だ。試合の圧はクラブのそれとは大きく異なる。

 それを肝に銘じて全ての試合に挑んでほしい」


 そう締めくくり、ヨアヒムはスタッフ専用の席テーブルに腰を下ろす。

 その後すぐに邦夫達シェフや栄養士など、代表のスタッフたちが静かに、しかし素早く動いては暖かな朝食が乗った膳を運んでくる。

 運ばれてきた朝食はご飯に味噌汁など和食を中心としたメニューだ。


「うん。やっぱり朝は味噌汁に限るな」

「このお新香も塩加減が絶妙です」

「トースタ・ミスタにも慣れたが、やはり白米は日本人のソウルフードだな!」

「この鮭の焼き魚美味しいですね。イギリスのそれとは違って五臓六腑に染み渡ります……」

「ふー食った。さてお茶を……って、渋い。普通のほうじ茶だ。マテ茶は、無いよな」

「流石にスタッフもマテ茶を用意はしていないよ。まぁどうしてもと言うなら用意してもらえるかもしれないけど」

「ドイツ料理に慣れすぎたかなぁ。肉と塩気が足りない気がする」

「同感。……次からはソーセージなどの肉料理を用意してもらうよう頼もうかな」

「ふいー、腹が膨れるな。スペインじゃ朝からこんなには食わないからな」

「チュロスにホットチョコレートだったか、スペインの朝食の定番は。

 ミュラーも最初は物足りなかったらしく、苦労したとか言ってたな」


 鷲介はもちろん皆は和やかな会話をしながら、出された朝食を美味しく戴く。

 様々な意見はあるも批判的なものは何一つない。

 朝食を終えて選手たちは席を立ち、バラバラに動く。

 自室に戻るもの。ホテル内を散策するもの。ホテルの売店で土産を買うもの。外に出て散歩をするもの。

 ホテルの出発時刻まで時間はまだある。各々が自身をベストコンディションに持っていくために動く。

 鷲介も直康たちに散歩に誘われホテルの周辺を軽く散策し、ホテルの部屋に戻る。

 

「おかえり」

「ただいま。……カメルーンの試合か」

「ああ」


 すでに出発準備を終えた、スーツ姿の久司は部屋の中にあるテーブルに持参したノートPCに目を向けている。

 映し出されているのはアフリカ予選におけるカメルーンの試合だ。真剣な眼差しでありこちらには目もくれない。

 今、彼の脳内ではカメルーンと対峙した時どのように動くか、味方にどうコーチングするか、必死に考えているのだろう。

 口や態度がデカく他の代表選手とぶつかることも多い久司だが、鷲介が必要以上に窘めないのはこういう一面があるからだ。

 いつも通りの頼もしい姿を見ながら鷲介も出発の準備をはじめる。

 そしてちょうどキリがよかったのかPCから目を離した彼がこちらにふり向き、声をかけてきた。


「ミサンガか。誰が作ったんだ」

「彼女と家族の合作」


 スーツケースから取り出したミサンガをつけている鷲介はあっさりとした声で言う。

 そしてその直後、思わず由綺のことを口にしてしまったと思い、同時に久司が驚く。


「彼女!? ……ってそう言えばいたんだったな」

「情報源はロナウドか。あの野郎……」

「いや、口を滑らせたのは奏だ。まぁロナウドが原因の喧嘩の最中だったからロナウドのせいだけどな」

「苦労しているなー奏さん……」


 そう言えばCL決勝の時もバルセロナ・リベルタ所属でありながらレイ・マドリーの本拠地、エスタディオ・アルフォンス・ジェステにやってきては彼女はもちろんラウルたちも振り回していたという。

 あまり騒がれたくないのでなるべく口外しないよう久司に言い、頷いた彼はにやにやと笑いながら、訪ねてくる。


「で、なんて願をかけているんだ。W杯優勝か?」

「いや、由綺たちは怪我をしないようにっていう願いを込めて作ったそうだ」

「なるほど。それはいいな。

 切れたら願いが叶うと言われているが、ミサンガは魔除けのアクセサリーとしての一面もあるからな。きっとお前を守ってくれるだろう」

「俺もそうであることを願っているよ」 


 手渡した時の由綺──微笑みながら、わずかに心配そうに眦を下げた彼女のことを思い出し、鷲介はミサンガを左の足首に結び終える。

 出発準備を終えた後、久司と共にノートPCに目を向ける。

 監督も言っていたがW杯で戦う相手は全てが強敵であり難敵、くせ者だ。油断していては優勢だった試合もあっさりひっくり返される。

 そんな事態にならないために、少しでも相手の情報を頭に叩き込むために、PCに真剣なまなざしを向ける。

 そして出発時刻十分前になったとき、彼と共に腰を上げた。

 

「さて、初陣だ。久司、世界の頂点までたどり着くぞ」

「当然だ」


 息を吸うように出てくる彼の言葉。一昔前なら夢物語だと誰もが言っただろう。笑いものになっていただろう。

 だが今のメンバーなら、自分たちなら、決して不可能ではないという確信がある。


(まずはカメルーン。サミュエルさん、ジャック、そしてミラ。お前たちを倒す)


 心中で宣誓するかのように呟き、鷲介は部屋を出ていくのだった。






リーグ戦 24試合 18ゴール10アシスト

カップ戦 3試合 3ゴール4アシスト 

CL 10試合 18ゴール4アシスト

代表戦(三年目)2試合 3ゴール1アシスト

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