熱くなるライバルたち
次回更新は来年の1/5となります。
「どうしたんだ、ヴァレリー。突然立ち上がって」
「注文したケーキも残っているよ?」
「食う気が失せた。クラブハウスに行ってくる。体を動かさないと、気が静まらない」
かつてないほどの激しい点の取り合いとなったCL決勝。それぞれへの様々な意見が飛び交う喫茶店の中、ヴァレリーはこちらを振り向かず店を出ていく。
それを見てシルヴィオは嘆息し、エメルソンは微苦笑を浮かべた。普段と変わらないように見えたヴァレリーだが、試合前のような覇気が満ちていたからだ。
「やれやれ。素直じゃないな。試合も興味なさげにそっぽを向いていたがしっかりと耳を傾けていたし」
「まぁ彼らしいじゃないか。それにライバルに触発されるのは悪いことじゃない。
彼が強くなればなるほど、我がクラブも強くなるのだから」
「イタリア代表としてはW杯で対戦するかもしれないフランス代表を強くしてもらうのは困るんですけどね」
「おや、シルヴィオ。弱気な発言だね。戦う前から白旗かな?」
「冗談ですよ。本気にしないでください」
そう言って強気な笑みを見せるシルヴィオ。
「それで鷲介はどうだったかな?」
「強敵ですね。正直今のRバイエルンで一番怖いのは彼でしょう。
若さゆえか成長速度が我々の比ではない。俺たちと対戦した時とはほぼ別人だ」
それにはエメルソンも全くの同意見だ。若手選手が短い期間で劇的に成長するということは珍しくはないが、それを踏まえても鷲介の成長速度は凄まじい。
シーズン前は個人で動くことだけ注力していればよかったが、いまでは組織的、戦術的にも同じぐらいの脅威になっている。
「まぁそれでも止める術はいくつも思いつきますが。W杯で対戦するのは日本代表。Rバイエルンではありませんからね。
それに我がイタリアにもバッジョ、そして今頃テレビの前で喜び踊っているマリオの奴もいますから。
──エメルソンさんはどうですか?」
挑発するような物言いにエメルソンも自信たっぷりに答える。
「君と同じだよ。決して油断はできない難敵だ。
だがサッカーはチームスポーツ。かつてと違い一人のスーパースターが試合の状況を左右することは稀だ。
それに我がブラジル代表にもアーギアやロナウド、今負けたばかりのマルシオもいる。負ける気はしないよ」
鷲介をエースとした今の日本代表は間違いなく史上最強の日本代表だろう。勝利するとなればどの強豪国でも苦戦は免れないし、セレソンですら例外ではない。
しかし今のブラジルのメンバーも、ブラジルのサッカー王国としての地位を築いた偉人たちと遜色はない。
苦戦はするだろう。敗北一歩手前まで追い詰められるかもしれない。──だが、最終的に勝つのは、ブラジルだ。
「まぁ、もし当たるとすれば準決勝か決勝のどちらかになるだろうがね。
もしそうなったときは非常に楽しみな試合になるだろう」
◆
「いやー凄かったな試合も鷲介も! CL決勝で合計スコアが14なんて史上初だろ」
トイレを出て硬くなった体を動かしながらロナウドは言う。
正直なところ、今すぐ体を動かしたい。CL決勝を見終えて──いや、正確に言えば試合中から熱くなっていた胸の内の熱が、体を動かすことを求めてしょうがないのだ。
「鷲介もハットトリックを含む4得点。ああ、早く今のあいつと戦いたいものだ。
……どうした? さっきから黙りこくって」
バルセロナRの練習場に直行しようかと考えていたロナウドだが、先程から黙っているラウルに声をかける。
今まで俯き加減だったためよく見えなかった彼の顔。しかしロナウドの声に応じてそれが上がる。
そしてそれを見てロナウドは目を丸くし、微笑んだ。
「この間の試合で感じたことを、改めて実感しただけだよ。彼は強い、とね」
先程と変わらぬラウルの表情。しかし瞳には自分と同じ熱と、そしてCL準決勝のことを思い出したのか悔しさのようなものがあった。
「もはや実力、実績共に僕たちと何ら遜色がない」
「何言っているんだ? あいつは俺たちと同じ”ゾディアック”だぞ。大差ないのは当たり前だろ」
「確かに世間では同格として評されている。でもその中でも明確な差はあるだろう。
イランの”ペルシアン・カノン”がまさにそれだ」
「あいつかー。まぁそうだな。俺たちの中では一番運がなく不遇ではある。
ただそれも今の話だ。半年後、一年後はどうなっているかわからないだけのポテンシャルはあるだろ。
今はともかく覚醒すれば俺やお前と並んでも不思議じゃないぞ」
ロナウドの言葉にラウルも首を縦に振る。
デビュー時こそロナウドたちにも負けない輝きを放っていたが、度重なる怪我の繰り返しと言う、”ゾディアック”の中で唯一と言っていいぐらい、不遇な選手生活を送っているイランの”ゾディアック”。
とはいえ彼の実力は本物だ。W杯アジア最終予選では鷲介を抜いての得点王に。また所属しているライヴァー・バード・リバプールでは出場した七割の試合でゴールに関与している。
今シーズンは後季からコンスタントに出場しており終盤戦では五試合連続ゴールを決めて、メディアには今度こそ完全復活かと騒がれている。
「ま、あいつの話はこのぐらいにしておくか。
しかしW杯、お互い勝ち進んでも日本と当たるのは準決勝か決勝か。大変だー」
「君らしくない、弱気な発言だね」
「俺だってたまにはそう言う気分になるときもある。
だがそれ以上に、やはり楽しみだ。初めてのW杯。俺やセレソンはトロフィーを手にすることができるのかどうか。
お前はどうよ?」
そう問いかけるとラウルは穏やかな笑みを浮かべる。しかしそれには選手として、スペイン代表としての強い自負が込められている。
「大会さえ始まっていないのに何も言えないよ。──ただ僕もラ・ロハ(スペイン代表)も目指すものは君たちと同じなのは確かだね」
「もし勝ち進めば俺たちが当たるのは準々決勝か決勝のどちらかだな。
もしそうなったら覚悟しておけよ? 俺は手加減抜き、全力で暴れるからな?」
「君はいつもそうだろう。慣れているよ。
君やセレソンこそラ・ロハと戦うときは覚悟しておくんだね。
僕たちは、強いよ」
「知っているさ。──ああ、さっさとW杯になってほしいな! この胸に宿る熱が冷める前に!」
思わず大きな声を上げ、周りから視線を浴びる。隣のラウルが焦っているが気にしない。
だって胸が熱いのだ。少しでも早くサッカーボールを蹴りたい。触れたい。──試合がしたくて、たまらないのだから。
◆
「試合前から激しい展開になるとは予想してたが、こちらの予想をあっさり超えてくれたね」
「世界最高峰の舞台であるCL決勝で合計14ゴールとか、何の冗談だって話だな」
スタジアムを出て列車に向かうカールの横で、ミラとフランキーが話している。
「それでどうだい? W杯で対戦するミラとしては柳君は」
「あいつが強敵であることはわかり切っている。今更恐れる必要はない。
奴がいくらゴールを決めようが、それ以上の得点を叩き込めば勝つのだからな」
そう言って不敵に微笑むミラ。微塵も負ける気がないその様子は、サミュエルたちのことを思い浮かべているのだろうか。
「ははは、脳筋的な思考だね。まぁ君やカメルーンらしいのかな。
カールはどう思ったかな? もっとも関わりが深いライバルの活躍に」
「……」
「カール?」
「特に何も。ミラと同じだ。あいつは脅威なのは間違いないが絶対無敵なわけではない。
もし次に対戦するとしても過剰に恐れる必要はない。クラブでも代表でも、頼りになる仲間がいくらでもいるのだから」
そう、その通りだ。ドイツ代表にはジークフリートをはじめ、多くの頼れる人が、実力者がいる。
そう口にしてカールは不安になる。果たして自分はW杯メンバーに選ばれるのかと。
今シーズンは散々だった。途中出場が何よりも多くクラブでは明らかなベンチメンバー。交代要員。
体こそ問題はないし、出場した試合ではそれなりの結果を残している。だが多くの精強なメンバーが揃うドイツ代表に選ばれるか。
いや、選ばれたとしてもスタメンに名を連ねることができるのか。ジークフリートを始め、多くのライバルたちは今季も好調だったのだから。
「ありがとう。でも先程から何か上の空だね。
彼の活躍に気を高ぶらせているってわけでもなさそうだし、どうしたんだい?」
「別に何でもない」
「何でもないって顔してねーんだが……」
「大したことじゃない。ただヤナギの奴は凄い活躍だった、今シーズンで大きく差をつけられたと。
そして俺も負けていられないと思っただけだ。来シーズンはこれまで以上に奮起する必要があると」
後半はこれ以上の弱音を零すまいと早口で言い、黙る。
ヤナギも今シーズン、決して終始順調とは言えない状況だった。だが彼は結果的にスタメンを奪還しCL制覇。さらに決勝のMOM、CLのMVPにまで選出された。
実績も、実力も、大きく差がつけられたのは間違いない。
「カール、君は……」
「それよりも急ぐぞ。のんびりしていると列車に乗り遅れるからな」
こちらの何かを察したようなフランキー。その追及を避けるためカールは歩く足の速さを上げる。
ずっと、考えていることがある。今の状態から脱出する最も手っ取り早い方法──移籍を。
個人的に思うに、今いるクラブでレギュラーを取ることは難しい。何せ指揮を執る監督からの序列が低いのだから。
今シーズンのカールはリーグ戦の出場は15回。内スタメン出場が3回で残り全て途中出場だ。
それでもカールは9ゴール3アシストを記録している。優遇されているフレイザーよりもスコアポイントは残している。
代理人やメディアからもカールを重用すべしと声が上がっているそうだが結局監督はシーズン終了までそれを変えることはなかった。おそらく来シーズンも変わらないだろう。
腐っても”ゾディアック”な自分。現状を知ったいくつかのクラブが接触してきていた。
最初こそ断りの返事を入れていたカールだが冷遇されている現状と、ドイツで並び称されていたヤナギの活躍を見て、移籍して環境を変える手もあるかもしれないと思い始めていた。
(もし移籍するなら……)
真っ先に脳裏に浮かぶのは昨シーズンまでいたレヴィアー・ドルトムント。選手として故郷と呼べるこのクラブは前季途中から監督に不遇な扱いをされている自分に声をかけてくれていた。
出戻りとも揶揄されるかもしれないが正直、移籍先としては真っ先に選択先として上がるクラブだ。
そしてもう一つ──。正直このクラブは無いと思っている。そもそもこのクラブが声をかけてきたのはつい最近、一番最後だ。
ポジション争いも過酷だろう。もしかしたら今シーズンよりひどくなるかもしれない。
だが、そのクラブについて改めて調べてこうも思う。自分が割り込める余地は十分にあり、そこでの逆境を乗り越えることができれば、この上なく自分は成長できるとも。
(俺が再起するための、進むべき道は……)
既知のクラブか。未知のクラブか。カールは歩きながら頭を悩ませ続けるのだった。
◆
「やれやれ、ようやく一息付けた……」
無人の、静まり返ったホテルのラウンジのすぐ傍で、鷲介は大きく息をつく。その顔は赤く、息も酒精が混じっている。
今いるのはCL決勝のために訪れていたマドリード市内のホテル。そしてホテルから借りた、ここから離れたところにあるパーティ会場ではCL優勝パーティが開催されている。
そこではCL決勝の疲労もどこへやらと言った様子のチームメイトたちにスタッフらが大いに騒ぎ、飲み食いしている。
鷲介も最初は彼らのノリに付き合っていたが、ブレーキの壊れたダンプカーのようなそれに付き合いきれず、また限界が近くなったのでこっそりと退避してきたのだ。
「全くブルーノの奴め。まだ俺は19歳なんだぞ。いやドイツじゃ16歳から飲めるから問題はない。
いやでもここはスペインだし。スペインの飲酒年齢っていくつだったっけ?」
「スペインは18歳からだよ。だから合法ではあるね。
ただ『ワインに罪はない。酔っ払いに罪がある』なんて格言もある。飲みすぎには注意ってことだね」
鷲介の呟きに応じるのはミュラーだ。鷲介と同じく顔は赤いが足元はしっかりしている。
「改めて。決勝でのマン・オブ・ザ・マッチ。CLのMVP受賞、おめでとう鷲介」
「礼を言うのは俺の方だ。正直お前がいなければ今シーズン、ここまでの結果は残せなかったからな。
ありがとう、ミュラー」
今日の試合を始め今季は彼に幾度となく助け、支えられた。
負傷離脱していたにも拘らず多くのゴールをあげられたのはもっとも自分をよく知るパートナーである彼が一緒にピッチに立っていたからだ。
もし彼がいなければCL制覇はできなかった。鷲介としてはそう確信している。
「ただ、俺としては心残りのあるシーズンだな。
リーグ優勝は逃し、前半戦はしょうがないとはいえスタメン落ち。さらにまたしても怪我で離脱してしまったからな」
5レーンを始めとする戦術へのより深い理解とそれへの対応。それに比例して向上した、より無駄なく、的確になったオフ・ザ・ボール。
今シーズン、選手として成長できたのは間違いはない。だが結果としてリーグ優勝を逃し、プロになって三年連続で負傷離脱をしてしまった。
特に負傷離脱は大いに反省すべきところだ。怪我を繰り返さないため昨季、ロナウドから専属のトレーナーを紹介してもらったというのに。
「来季の目標はパーティー開始時に監督も言っていたがリーグ、カップ戦、そしてCL。全ての制覇だ。
非常に厳しいだろうが、俺たちならやれるだろう」
「そうだね。君も僕も今以上に成長してチームを勝たせないとね」
「あと個人的な目標としてシーズン通して怪我をしないことに不動のレギュラーになることだな。
来シーズン、新しいFWが来る可能性もあるわけだし」
「アレックスさんの話だね……」
今日のCL制覇に大きく貢献したアレックスだが、シーズン終盤にいくつかのビッククラブから移籍の話が来たという話があった。
それに関して彼は今まで何も言わなかったが、先程アントニオらにそれを問われると悩んでいるという言葉が飛び出していた。
そしてその時の顔は優勝に浮かれていたものや酒に酔っていたものとは違う、しらふで真面目、そして決意を固めているものだった。
移籍するとは断言していない。だが鷲介としては何となく、彼がクラブを離れるような気がしてならない。
RバイエルンのFW陣内で絶対的レギュラーと言えるのはジークだけだ。しかし順位をつけるとなれば鷲介、エリック、アレックス、アレンと言ったところか。
アレンは中盤でも起用されることがあるためそこそこ出番はあるが、アレックスは完全な万能FW。言い換えれば器用貧乏でこれと言ったとびぬけたものがない。
今シーズンは5レーンに対する高い戦術理解度、サッカーIQで重用されていたが、鷲介や他の面々が順応するようになり、終盤は出番が減っていった。
これがベテランならば割り切れたかもしれないが彼はまだ25歳。選手としては全盛期真っただ中。
自分を欲する、そしてレギュラーとなれる可能性のあるクラブならば、移籍してもおかしくはない。
「僕としても個人的な目標はレギュラー定着だね。
終盤はスタメンが多かったけど、シーズン全体を見渡せばそうでもないからなぁ」
「フランツさんからポジションを奪うか。大変だな」
「全くだよ」
苦笑して肩をすくめるミュラー。
最近のRバイエルンの中盤はミュラーとフランツの二人が併用されることが多かった。
これはクルトやジュニオールたちを含めた四つの頭脳による完璧な5レーンを展開するためのものだ。
とはいえ、弱点もある。この四人がスタメンと言うことはオールラウンダーなサッカーをするRバイエルンが攻撃一辺倒になり、カウンターや攻勢を受けた時の守備力が減るということだ。
もちろんフランツたちと協力して守りに穴をあけないようにしているが、それはあくまで戦術的、理論的な守備。
大抵の相手は何とかなるが、それらを無視、破壊できる規格外のFWには効果が薄く、ゴールを奪われる。今日対戦したマンチェスターFCのヨハンやマルシオなどがそれに該当する。
元々ミュラーのポジションにいたアントニオは優れたドリブラーでもあったが、同時に守りの時は献身的に走る泥臭い選手でもあった。
規格外のFWにゴール前まで迫られたとき、彼の献身的な粘り強い守備で守ったことは幾度となくある。
ミュラーもボランチやCBなどの経験はあるも、正直守備力で言えばアントニオに劣る。
今日の決勝でミュラーとフランツの併用の脆さを監督もわかっただろう。おそらく来シーズン、二人を同時使用するとしたら格下か、マンチェスターFCのような肉を切らせて骨を断つような超攻撃的チームだけだろう。
となれば必然的にミュラーの出番は減る。今季急成長したミュラーだが、まだフランツには及ばないからだ。
「ところで、左足の方は問題はないんだよね?」
「ああ。ただミュンヘンに戻り次第、すぐに精密検査は受ける。
シーズンは終わったが、今年の大本命が残っているからな」
「W杯、だね」
目を細めるミュラーに鷲介は頷く。
鷲介は大きく息を吐き出し、熱のこもった声音で言う。
「四年に一度の夢の祭典にして、世界一の国を決める世界最大の大会。
目指すは優勝、ただそれのみ」
「昔なら笑われていただろうけど、今の日本代表なら、それを現実にするだけの力はあるね。
──だけど優勝は僕たちドイツが戴くよ」
挑戦的な声音で言うミュラー。
思わず彼を見ると、戦る気満々の様子だ。
「本戦メンバーに選ばれると思うか」
「わからない。でも自信はあるよ。そして今の僕は他の代表選手にも負ける気はしない。
セルジュさんにゲルトさん、クラウスさん。──フランツさんにも」
彼とポジション争いをするであろう、ドイツ代表が誇る歴戦の選手たち。それに臆することなく彼は言う。
そんなミュラーに対し、鷲介は否定しない。ミュラーがフランツを始め彼らより劣っているとは思っている。
だが、それは今日の朝の話だ。CL決勝と制覇。そして何より”ゾディアック”であるアーサーとマッチアップしていた彼がどれだけ成長したのか、鷲介にはわからない。
自分がそうであるように、試合の中で成長していても不思議ではない。現に彼は終盤、”ゾーン”状態だったアーサーを見事、嵌めたのだから。
「鷲介こそ油断しないようにね。
グループリーグで対戦するウルグアイにはブルーノさんにアルベルト、カメルーンにはサミュエルさんにジャック、それにミラ。
そしてイタリアにはステファノさんにバッジョさん、あのサルバトーレがいる。
どのチームも全く油断できない強敵ぞろいだよ」
「わかっているさ」
ミュラーが告げた選手の名を聞き、鷲介は思わずため息をつく。
どの国も”ゾディアック”を要し、グループリーグを勝ち抜く力を持った難敵ぞろい。
開催国イタリア優利とも言われているが、下手をすればそのイタリアでさえ突破できない可能性すらあるのだから。
「もしもW杯で巡り合ったら、全力で倒させてもらうからね。
僕は君の長所も短所も、誰よりも知っているのだから」
「それはこっちも同じだ。そして立ちふさがるなら誰であろうと倒す。
お前やジークさんであってもそれは変わらない」
睨み合う両者。
と、その時、会場の方から大声が響く。
「おお~い! そんな寂しい場所で何やってんだ二人とも!」
「まだまだ料理も酒も沢山あるぞ。ガンガン食って飲め!」
「腹が一杯になったら吐いて、また食え! 若いお前らならすぐに回復するから大丈夫だ! 内臓も強くなる!」
「パーティはまだまだこれから。早く戻ってくるんだよ~」
ふり向いた会場の出入り口には、酔っているのか音の外れた声を出すアンドレアスにロビン、ブルーノ、フリオの姿がある。
そしてその傍にはジャックにクルト、エトゥイン、ドミニクの姿もある。そして彼らは助けを懇願する雰囲気がある。
どうやらアンドレアスらベテランに若手たちが絡まれていたようだ。
そんな彼らを見て思わず頬が引きつる鷲介。脳裏に何か理由をつけて逃げようかと思うがその時、ミュラーが一歩前に踏み出し、
「行こうか。ジャック達が大変みたいだし」
諦めたような微苦笑を浮かべる親友を見て、鷲介も覚悟を決める。
そしてミュラーと共に騒がしいパーティ会場へ戻っていくのだった。
◆
「戻ったか。鷲介の奴はどうだった?」
ホテルの自室に戻ったジークフリートに同室のフランツが訪ねてくる。
「ベットに倒れ込んだとたん、眠りにつきました。限界を超えてブルーノたちに呑まされていましたからね。
隣のミュラーはもう眠っていたので俺が布団をかぶせました。……先に戻ったミュラーはどうでしたか」
「似たようなものだな。意識はあったが水を一杯飲んだらすぐにベットに入り寝た。
ブルーノらに鷲介以上にしこたま飲まされていたくせに。以前に比べて酒が強くなっていたな」
「スペインでは結構飲んでいたらしいですからね。鷲介の奴も飲むことは飲みますが意識を失うまでと言う経験はないようですから」
「そう言えば一昨年のオクトーバーフェストでは限界を超えて飲まされて吐いていたな。
一緒にいたご両親は笑っていたが妹さんは狼狽え、泣いていたっけ」
「あとから聞きましたけどあれ以来、リーザはお酒が大嫌いになった様で。
それの影響でしょうか、鷲介はもちろん空也さんもリーザのいないところでこっそり酒を飲むようになったとか」
「それは大変だ」
はははと笑うフランツ。
つい先ほど、お開きとなったCL優勝を祝うパーティー。
最初こそ穏やかだったが途中から浮かれに浮かれたベテランが若手に絡みまくる大騒ぎのパーティーとなった。
特に絡まれまくったのが若手筆頭であり活躍した鷲介とミュラーの両名。
二人はベテランやスタッフたちからの酒を引きつった顔をしながらも受けとっては飲んでいた。
もちろん途中休憩を挟んではいたが戻ってきた二人に別のベテランが絡み同じ光景が繰り返されていた。
そんな振り回される鷲介たちを助けるためか、もしくは用意された酒や食べ物が無くなったからか、予定時間より少し早くパーティーはお開きとなった。
そして限界まで飲まされた鷲介たちをフランツとジークがそれぞれ、部屋に運んだのだ。
「しかしお前も意地悪だな。助け舟を出せばよかったろうに」
「以前のCL優勝時、俺も同じ目に合いましたからね。巻き込まれるのはごめんです。
そう言うならフランツさんが助ければよかったのでは?」
「冗談言うな。巻き添えを食らうのはごめんだ」
「そう言えば俺の時はフランツさんはどこかに身を隠していましたね。……ミュンヘンで行われるパーティの時は、覚悟しておいてくださいよ」
「不吉なことを言うな……!」
頬を引きつらせるフランツ。
彼は立ち上がると備え付けられている小型冷蔵庫を開けミネラルウォーターを取り出し、二つのグラスに注ぐ。
そしてその一つをジークフリートに手渡し、
「まぁなんにせよ、だ。6年ぶりのCL優勝、おめでとうだな」
「ええ」
二人はグラスを掲げ、合わせる。軽く小さなガラスのぶつかる音が部屋に響く。
グラスの水を飲み干し、一息ついて、フランツは言う。
「全く、今季の優勝はあいつらのおかげだな」
「そうですね。特にミュラーの成長ぶりは凄まじいの一言です」
鷲介の陰に隠れがちだが、鷲介に触発されるようにミュラーも驚くべき速度で伸びている。
特に攻守の切り替え。序盤こそ追いつくのに精いっぱいと言う様子だったが現在では完全に順応している。またパス精度の一点はフランツと同等と言ってもいい。
フランツがいるからレギュラーは保証されていないが、他のクラブならレギュラーはほぼ確定だろう。
「鷲介の奴もシーズン前とは別人のように見違えた。決勝のMOM、CLのMVP獲得も納得だ」
「ええ。危うく俺も得点王まで譲りかねない状況でしたからね」
「10試合出場で18ゴール。得点王まで1ゴール差か。
一試合約2点。とんでもない数字だ。結果だけで言えば”ゾディアック”どころか世界No1といっても言い」
「ええ。全く、末恐ろしい奴です。──味方であればこの上なく頼もしく、敵であれば危険極まりない」
そうジークが言った時だ、何故かフランツが黙り込む。
それに気づいて彼を見ると、フランツは訝しげな表情を向けていた。
「フランツさん、どうしました?」
「それはこっちのセリフだ。お前、妙な顔をしているぞ」
「妙な、顔?」
「ああ。言葉と表情が合ってない。
今、お前が浮かべている顔は嬉しさや頼もしさではなく──」
続いたフランツのその言葉にジークフリートは目を見開く。
が、すぐに納得し、顔を伏せる。
しばしの沈黙ののち、再び顔を上げたジークフリートはゆっくりと、口を開く。
「フランツさん」
「何だ」
「実は俺、ずっと悩んでいたことがあるんです」
「明らかにいい話じゃなさそうな感じだな……。だがまぁいいだろう。
話してみろ、聞くだけ聞いてやる」
「ありがとうございます」
嫌そうな顔をするも耳を傾けてくれる先輩に頭を下げて、ジークフリートはずっと胸の内に秘めていたことを口にする。
それを聞いたフランツは目を見開き、絶句。
「おいおい、ジークフリート。お前酔っている……わけじゃないようだな」
「はい。去年からずっと考えていたことです。未だにどうするか決めかねていますが」
「とか言っているがお前、もう答えを決めたような顔をしているぞ」
「そうですか? そうですか……」
「おいおい、自覚なしかよ……」
頭が痛い、と言うような顔になるフランツ。
「でも近々、答えは出します。そうですね、W杯が終わった後には」
「そうか……。まぁしっかり考えて、後悔のない答えを出すんだな」
「はい、もちろんです」
頷くジークフリートにフランツは顔をしかめ、「先に寝る」と言って寝支度を整えてベットに入った。
試合やパーティーで疲れていたのだろう、すぐに聞こえてくるフランツの寝息。それを耳にしながらジークフリートも寝支度を整えてベットに潜り込む。
目を閉じるジークフリート。眠気が襲ってくる中、脳内に浮かぶいくつもの試合の光景。
そしてその全てに鷲介がいる。それを見て胸が熱くなるのを感じながら、ジークフリートはゆっくりと意識を闇に沈ませるのだった。
リーグ戦 24試合 18ゴール10アシスト
カップ戦 3試合 3ゴール4アシスト
CL 10試合 18ゴール4アシスト
代表戦(三年目)2試合 3ゴール1アシスト




