二転三転(1)
黒鷲が、大きく翼を広げ、空を舞っている。
その姿にラウルは目を奪われる。何者にも縛られない自由さと、強さを感じたからだ。
そしてその黒鷲が鷲介へと変化し、ドリブルを始める。それに立ちはだかるは自分のチームメイトたち。
しかし先程の黒鷲がごとく、鷲介はひるむことなく直進。そして次々と彼らをかわしてしまう。
雄々しさすら感じる彼の背中に、ラウルは圧倒される。
そして最後の一人であるGKさえも抜き去りボールをゴールに突き刺した──
「っっ!」
呻くような声を上げて体を起こすラウル。しばし呆然とし、視界が定まってきたところで思い出す。
今自分がいるのはミュンヘン市内にあるホテルの部屋だ。隣には静かに眠っているセルヒオの姿がある。
寝汗をかいていることに気付き、ベットから降りて洗面台に。汗をぬぐい水を一杯飲んで、ようやく一息ついた。
「夢……」
ぽつりと呟く。明日──というか今日にはRバイエルンのホームスタジアム、ミュンヘン・シュタディオンにてCL準決勝の第二戦が行われる。
そんな日に見た、縁起でもない夢。潤ったはずの喉に渇きを覚え、ラウルはコップに水を注ぎ、呷るように飲み干す。
「ラウル……。どうしたぁ?」
「いえ、ちょっと喉が渇いただけです。何でもありません」
水の流れる音に気が付いたのか、セルヒオの寝ぼけた声が聞こえた。
いつも通りの口調で答え、「そうかぁ……」と呟き再び眠りについた先輩を見て小さい息を吐く。
まだ夜の時間帯。ラウルはベットに入り目を閉じる。
しかし目を閉じた瞬間、浮かび上がる先程の鷲介の姿。
それが消えるよう願いながら、ラウルは布団を頭から被るのだった。
◆
「──説明は以上だ。何か不明な点はあるかね」
そう言って言葉を切るヨシュア。
彼の傍に置かれているホワイトボードには今日の試合、CL準決勝セカンドレグ、ロート・バイエルンVSレイ・マドリーの前半の作戦や相手への対処について記載されている。
(前半はさほど前に出ず様子見か。
まぁ流石にこの大舞台でいきなりフッガーシュタット戦で試したアレは使用しないか)
心中で監督からの話を総括しながら鷲介は思う。
前回の対戦は2-2で引き分けたRバイエルンだが、アウェーゴールがある分有利なのだ。最悪0-0、または1-1の引き分けでも問題はない。
そして相対するRマドリーは突破するには3-3以上の引き分けか勝利しかない。アウェーとはいえ前回のような戦い方はしてこないだろう。
(こっちもフルメンバーだが、あちらもきっちりと揃えてきたからな)
Rバイエルンのシステムはいつも通りの4-3-3。
スタメンはGKアンドレアス。DFは右からフリオ、ジェフリー、クルト、ブルーノ。
中盤三人はドミニク、アントニオ、フランツ。スリートップは右から鷲介、ジーク、アレックスという今季のベストメンバー。
ミュンヘンに乗り込んできたRマドリーのシステムは4-4-2。
スタメンはGKビクトル。4バックは右からセルヒオ、ルイス、レネ、リュカ。
ボックス型の中盤、ボランチはセルジュとシモン、前二人はガレスとアーギア。
そしてツートップはエドゥアルドとラウル。
前回はベンチだったアーギアたちがスタメン復帰。怪我も完治したというニュースも入っていた。
Rバイエルンと同じく、ベストメンバーだ。
「昨季はアウェーで無残に大敗し決勝まで行けなかった。
だが今日、勝利することで昨季の無念を晴らす。Rマドリーにしっかりと借りを返して決勝に行くぞ!」
『おう!』
屈辱、無念、そして勝利への渇望。それらが混在する仲間たちの声が控室に響き、壁を震わせる。
フランツを先頭にし控室を出る鷲介たち。入場ゲートに到着する直前、同じタイミングでは反対側の通路からRマドリーの選手たちが姿を見せる。
前回と同じく、ほとんどの選手が目を合わせず静かに闘志を燃やし、入場するのを待っている。
鷲介も一瞬、ラウルと目が合ったが、非常に珍しく鋭い視線を向けてきた。
鷲介も一瞬、鋭い眼差しを彼に向けてすぐに視線を逸らす。話すのは試合が終わった後で良い。
入場時間となり、壮大な音楽が流れる中ピッチに入る両チームのイレブン。
速やかに、無駄なくセレモニーを終えて22人の選手はピッチに散っていく。
センターサークル内でボールの傍にいるジークとアレックスを見ながら、鷲介はぐるりとスタジアム全体を見渡す。
一つの空席も見られない、満員のミュンヘン・シュタディオン。この中には家族や友人はもちろん、由綺もいるのだろう。
(昨季と同じ轍は踏まない)
そう鷲介が思うと同時、主審の笛の音が鳴り響き試合が開始される。
ジーク達がボールを後ろに下げ、鷲介も移動しようとした時、
「!?」
いきなりRバイエルン陣内に飛び込んできたラウルとエドゥアルド──いやアーギアたち。
開始直後だというのにRマドリーイレブンが一気にRバイエルン陣内になだれ込んでくる。
「な……!」
開始一分と言うところでハイプレスを仕掛けてきたRマドリー。
メンバーの大半が敵陣に侵入してはフォーメーションを無視したハイプレスを仕掛けてきた。
その奇襲に仲間たちは浮足立つも何とかボールを回してギリギリ回避。ひとまずフランツにパスを出して落ち着かせようと──
「フランツ!」
「後ろ!」
鷲介と彼の近くにいるアントニオの叫び。彼の背後にはレネとセルジュの二人が迫っていた。
しかしそれを見ていたのか、フランツはフリーとなっているアントニオにダイレクトパス。
これで危機を脱したかと思った鷲介だが、再び叫ぶ。
「アントニオ! ガレスが!」
死角にいると続けるより早く、死角より飛び出したガレスが足を伸ばしてボールを弾く。
それを拾うのは先程フランツにプレスを仕掛けたセルジュだ。
もちろんフランツがすぐさまチェックに行くが彼はダイレクトで前線にパス。
エドゥアルド、ラウルもまたダイレクトでパスを繋ぎボールはペナルティエリアに侵入したアーギアの元へ。
彼の正面をクルトが塞ぐが、構わずアーギアはシュートを放つ。
飛び込んだ勢いを殺さない状態でのトゥーキック。しかもシュートはクルトの股間を通過。
アンドレアスもそれに反応しているが、シュートの速さはそれ以上。
ボールは彼の手をかわし、Rバイエルンのゴールに突き刺さった。
「──!」
あまりにも速い失点に鷲介はもちろん、他の皆も声が出ない。
サポーターの悲鳴や喜ぶRマドリーイレブンがどこか遠いものに感じられる。
「ストーミング……。だがこんな試合開始直後からやってきて、成功させるとは」
唖然とした、不可解な声音で言うのは近くにいたアレックスだ。
鷲介もRマドリーのイレブンの様子を見て、彼らがストーミングを仕掛けたことは察していた。
だがそれをこうもあっさり成功させることについては彼と同じく信じがたい思いだ。
「まだ1点だ! すぐに取り返すぞ!」
フランツの檄が飛び、再開される試合。
再びハイプレスが来るかと鷲介は警戒したが、今度は打って変わって平静な様子のRマドリー。システムを5-3-2に変えてRバイエルンを待ち受ける。
そんなRマドリーに対し猛然と襲い掛かる鷲介たちRバイエルンイレブン。5レーンアタックで攻めこむがRマドリーの5バックを中心とした守りがゴールを許さない。
先制した後のRマドリーはビッククラブらしからぬ、守備とカウンター一辺倒だ。その様はまるで強豪クラブと対戦した格下クラブのそれだ。
だがその守りは強固であり、変幻自在だ。選手たちはポジションチェンジをしながらも守備ブロックを崩さない。
また状況によって3-5-2にもなり、カウンターを仕掛けてきては幾度かボールがRバイエルンゴール前まで迫る。
とはいえサポーターが悲鳴を上げるような事態にはならない。全体的に引き気味なこともあるがアーギアやエドゥアルドなど復帰したばかりの選手たちの動きが重いからだ。
ラウルは好調だが、今のところ何とかクルトたちが押さえてくれている。
(だがこのまま時間が流れれば本調子になる。その前に同点に追いつかないと……!)
鷲介もすぐさま追いつこうと前線であらゆる場所に顔を出してボールを繋ぎ、ドリブルを仕掛けようとするがセルヒオたちに阻まれ、惜しい場面に留まる。
「鷲介、飛ばしすぎだ。そのペースじゃフルタイム保たないぞ」
「必ず相手の守りに綻びは生じる。その時に備えてペースを落とすんだ」
「……わかりました」
ジーク、アレックスから注意に、鷲介はしぶしぶと言った様子で頷く。
鷲介としてはあと少しで同点にできそうだと思っていた。だが彼らの言う通り今のペースで動いていては後半途中で足が止まってしまうだろう。
そしてその数分後、二人の言う通り二つのビックチャンスが訪れた。
前半23分、ジークが明けた穴にアレックスとフランツの上げたボールが飛び込む。
マークを振り切った完全フリーのアレックスが放つ打点の高いヘッド。ビクトルが伸ばした手は届かず同点になるかと思ったが運悪くボールはポストに当たりゴールラインを割った。
ラウルからボールを奪ったブルーノから始まった前半26分の5レーンアタック。
ブルーノ、アントニオ、アレックスのトライアングルが左サイドを突破。ボールが鷲介に渡り、ラストパスをジークが利き足でシュート。
見事ゴールネットに突き刺さり同点かと思ったが、飛び出したジークがオフサイドとなりゴールは認められなかった。
「すみませんジークさん」
「詫びなければいけないのは俺だ。飛び出しがコンマ数秒早かった。──今度は、間違えない」
覇気ある声音で言うジークに鷲介は笑みを浮かべる。
この調子なら前半の内に追いつける。そう確信する。
時間が経過するごとにより強く、激しくなるRバイエルンの攻撃にRマドリーは守り一辺倒だ。
一方のRバイエルンだが、攻撃に注力するあまり守備のブロックが崩れ、DFたちも前に突出している。
ラウルたちへもマンマーク気味となっているがしょうがないと思い攻撃を続行する。
何せあと少しと言う場面が続いているのだ。このチャンスを逃す気はチームの誰にもない。
そして前半32分、ビックチャンスが訪れた。相手のペナルティアークでポストプレーをしようとしたジークが二枚のマークで潰されるも、こぼれたボールをアレックスがスペースのできた右のハーフスペースにパス。
ペナルティエリアに転がったボールにいち早く反応したのは鷲介だ。
「もらったぁーっ!」
一番近くにいるDFは先ほどジークを挟みこんだセルヒオとルイスだが、間に合わない。
目の前にいるのはビクトルだけ。同点、貰った──
「!?」
しかし次の瞬間、鷲介の足元にあったボールが突如動き出す。確実にミートすれば相手ゴールに突き刺さったはずのボールは前に転がっていく。
横目で見ればボールのあった場所のすぐ横には誰かのスパイクが見えた。
転がるボールを見ながら一体誰が邪魔したのかと思うのと同時、背後からセルジュの声が聞こえた。
「ビクトル! ラウルに渡せ!」
言われた通り前に蹴りだすビクトル。
それを追うように鷲介は振り向き──途中後ろに倒れているセルジュの姿があった──自陣を見る。
高く飛んだボールはセルジュの言う通りラウルの元に正確に飛んでいた。しかし彼の背後にはジェフリーがぴたりとつけている。
(無駄だ。いくらラウルでもジェフリーさん相手に容易にボールを収められるものか)
跳躍する二人。だが思った通りやはりジェフリーの方が高い。
彼は駆け寄ってきたフランツにヘディングでボールを渡す。そして彼は反転し前を向こうとするが、それを見て鷲介と近くにいるフリオが同時に叫んだ。
「駄目だフランツさん!」
「アーギアとエドゥアルドが来ている! こっちへパスを」
フリオのコーチングもむなしく、二人に挟まれてボールを失うフランツ。
ボールを奪取した二人、エドゥアルドはすぐに前に走り、アーギアはドリブルで突き進む。
アーギアをこれ以上進ませまいと寄ってくるドミニク。しかしアーギアはすぐさま右サイドにパスを出す。
ブルーノの後ろに向かったボールに斜めに走り駆け寄っていくのは先程ハーフスペースにいたはずのガレスだ。
ラインぎりぎりでボールを収め、かけ上がっていくガレス。あっという間にペナルティエリアの真横に到達、立ちはだかったブルーノに勝負すると見せかけて中にクロスを放つ。
強烈なグラウンダークロスにまず飛び込んだのはクルトがマークに付いているエドゥアルド。
しかし彼はスルーし、ボールはジェフリーと共にいるラウルの元へ。
飛んできたボールに先に反応したのはラウルだ、だが立ちはだかるジェフリーのプレッシャーを感じたのか、珍しくトラップミス。ボールは横──ペナルティエリア中央に浮いた。
それを見て鷲介が安堵。だが次の瞬間、そのボールに駆け寄ってきた選手を見て表情が引きつった。
疾風の如くペナルティエリアに飛び込んできたのはRマドリーの背番号10番、アーギアだ。
「アンドレアスさん!」
驚愕、そして懇願の想いが籠った鷲介の叫びと同時に放たれる、アーギアのボレーシュート。
ボールはボールを拾おうと飛び出していたアンドレアスの頭部右をかすめ、Rバイエルンのゴール左に突き刺さった。
「……!」
追加点を得て再び歓喜するRマドリーイレブン。そしてミュンヘン・シュタディオンからはサポーターの悲しみの声が聞こえてくる。
「……まだだ! 前半は十分時間が残っている! せめて1点でも取り返すぞ!」
呆然とする鷲介たちRバイエルンイレブンに放たれるフランツの激。
だが彼も動揺しているのか、わずかだが声音が震えている。
それを守備陣も悟ったのだろう、試合再開でボールが来た時チーム全体を落ち着かせるためなのか、後方でゆっくりとパスを回す。
2点取ったRマドリーが前に出てこなかったため、じっくりパスを回すRバイエルン。
数分かけたパス回しで落ち着きを取り戻し、再び5レーンアタックを行う。
左のサイドとハーフスペースからセンターレーンにいるフランツに絶妙なボールが入る。
しかしそれがあっさりとセルジュによってカットされた。
「!??」
鷲介の混乱をよそに試合は動く。
ボールをカットしたセルジュは縦パスを放つ。銃弾のような強烈なグラウンダーパスの先にいるのはラウルだ。
そのラウルの後ろには少し距離を開けたクルトの姿がある。距離を詰めていないのはトラップと同時に反転してかわされるのを防ぐためだろう。
そう鷲介が思ったその時だ、ラウルは飛んでくる高速パスに駆け寄っていく。
クルトの距離を引き離し、センターサークルの横でボールを収めたラウル。
そして彼は右足を振るった。
「え」
パスを出したと思った鷲介。だが宙に浮いたボールのそれを見て否定し、叫ぶ。
「アンドレアスさん、下がって!」
決して高くない、しかしそこそこに勢いのあるボールがRバイエルンゴールに向かっている。
ピッチ中央付近からの、超ループシュート。それを察したのか前に出ていたアンドレアスも必死の形相で戻り、手を伸ばした。
キーパーグローブに当たるボール。しかしボールが後ろに転がるのは止められない。
アンドレアスが倒れるのと同時、ゆるやかな勢いでボールはRバイエルンのゴールラインを割ってしまうのだった。
◆
前半終了の笛の音と共に控室に引き上げていく両チームのイレブン。
してやったりといった様子のRマドリーの選手に対し、Rバイエルンの選手たちは試合が終了したかのように項垂れている。
フランツなどチームの主力は消沈しているチームメイトを叱咤したり、顔を上げて力強い表情をしているが、Rマドリーに比べれば覇気はない。
「あなた……」
「前半は完全なRマドリーの作戦勝ちだな」
気遣うように声をかけてくる妻ザビーネに、トーマスは意識して冷静な声を出す。
(前半で0-3。しかもホームで。無理もない)
スタジアムから鳴り響くブーイングを聞きながら、トーマスは思う。
結果こそ大差がついてしまったが両チームに大きな差はない。3失点は全てRバイエルンの弱点が突かれたからだ。
まず1点目。試合開始直後のストーミング。
始まってすぐにストーミングなどはっきり言って無謀極まりない。激しいプレスを仕掛け相手の陣形、バランスを壊す戦術だが、そんなプレスを行う自チームの同様の状況になる。
はまれば効果は絶大だがいなされれば一転してカウンターを食らい失点しかねない。
しかしそうならなかったのはRバイエルンの陣形が全体的に前のめりだったからだ。
今季よりヨシュアにより5レーンアタックを主戦術としているRバイエルンは、それ故にいつでも発動できるよう前掛かりとなっている。
また今季、今日の試合のように開始直後から特に高いポジショニングを取っている試合はあった。そこを狙われたのだ。
Rバイエルンがそうなった理由はわかる。ホームであること、またRバイエルンの意識が勝ちに傾いていたからだろう。
昨季のCL準決勝、ホームでは完勝したことと、その再現をしようとイレブンたちは自然と息巻いていたのだろう。前回の試合、アウェーとはいえ何とか引き分けたこともそれに拍車をかけたに違いない。
前半開始直後から前掛かりになるかもしれないことを、Rマドリーも予測していたのだろう。そして試合開始直後の彼らのポジショニングを見たRマドリーはストーミングを仕掛け、得点を奪った。
(2点目は見事に誘われたな)
しかめている顔を隠すように、トーマスは帽子を深く被り直す。飲み物を買ってくるという妻を見送り、深く志向する。
改めて言うが5レーンアタックはその戦術上、どうしても前掛かりとなる。
そして最前線であるFWにボールが集まるのなら当然、後方もポジショニングを高くする。
つまり裏を返せばカウンターをされれば一転して大ピンチになると言うことだ。
1点先取したRマドリーはそれを狙い、自陣深く引いた。一見して格下チームが亀のように閉じこまるが如く。
当然先制されたRバイエルンとしては、引いたRマドリーに猛攻を仕掛ける。
しかし守備に注力した彼らの守りを容易に崩せず、さらに攻撃に力を注ぐ。自陣のバランスを崩すほどに。
(そうなるまでになったのはセルヒオたちの仕掛けもあったせいだろうがな)
いくつも生まれたビックチャンスはRバイエルンを攻撃により集中させるため、セルヒオ達DF陣があえて隙を作ったからだ。
Rバイエルンイレブンは気づかなかったが、あからさまという隙がいくつか見られ、そこにパスを通していた。
当然生み出したRマドリーの選手たちはそこを攻めさせ、しかし最後の得点は許さず守り切った。またFW達にボールを集めさせることでより彼らの攻撃意識を高めた。
一方罠に気付かないRバイエルンは攻撃に力を注ぎ、自ら守備ブロックを崩し、カウンターの隙を与えるというミスを犯してしまった。
(3点目はラウル君のスーパープレーゆえ、仕方がないと言える。
だがヨシュア君、2点目まで奪われたのはチームのコントロールをフランツ一人に任せていた君のミスだ)
Rバイエルンの5レーンアタックをコントロールするのはチームの司令塔であるフランツだ。
序盤こそヨシュアに慣れており、またスタメンだったジュニオールが仕掛けるタイミングを計っていた。
しかし5レーンに慣れてきたため本来の司令塔であるフランツがそれをするようになり、チームメイトたちは指示をフランツに求め、ボールを集めるようになっていた。──そこを狙われたのだ。
(前節のリーグ戦でも今季でも、前回のRマドリー戦でも。
そして1点目、2点目のきっかけとなったシーン。似たような場面はあった。
指揮官としてこれに気付かないのは、失態だ)
フランツにボールを集めるのはわからないでもない。だがあれだけ狙われていたのだ。フランツ一人に5レーンのコントロールを一任すべきではなかった。
フランツが狙われていたことにヨシュアが気付き修正、対策を取るべきだった。外からチームを見ているのだから。
トーマスならミュラーをスタメンに据えてもう一つの司令塔とするか、攻守のバランスを取るという意味でクルトを中盤の底にコンバートしていただろう。もしくは最近ベンチを温めているジュニオールをスタメンに抜擢するか。
フランツほどのゲームメイク力は望めないが、この三者は広い視野と精度の高いパス能力、そして5レーンアタックを深く理解してる。暫定司令塔として十分機能するだろう。
(さぁRバイエルンは後半、どうするのか。
ヨシュア君は、どうするのかな)
戻ってきた妻から受け取ったホットコーヒーに口付けながらトーマスは思う。
0-3という大差をつけられてしまった。いかにRバイエルンとてここから4点取るのは容易ではない。
前半のRバイエルンのように嵌められれば可能性は十分あるが、あらゆる戦術に移行、対応できるRマドリーイレブンが、彼らを統率するジョゼップが嵌められるという事態を見過ごすはずはない。
Rバイエルン、ヨシュアにも手立てがないわけではない。先週のリーグ戦で試したあの戦術、あれが機能すれば勝利する可能性はある。
だが堅実であり確実性を求めるヨシュアがそれを選択するとは考えにくい。あまりにもハイリスクすぎるからだ。
フッガーシュタット戦で長時間試したのは早々にリードしたのと、どれだけの時間あれが維持できるか試していたからだろう。
そう思いながらトーマスは視線を鷲介に向け、目を丸くする。
先程まで俯いていた彼。消沈しているかと思っていたが、見えたその表情は何かを決意──と言うよりも覚悟を決めたような顔だったからだ。
リーグ戦 24試合 18ゴール10アシスト
カップ戦 2試合 1ゴール3アシスト
CL 8試合 11ゴール4アシスト
代表戦(三年目)2試合 3ゴール1アシスト




