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ダッシュ!!  作者: 浮雲士
三部
151/193

因縁の再戦(4)







(やられた……!)


 喜ぶRマドリーイレブンを視界にとらえ、観客席が放つ喜びの合唱を聞きながら鷲介は歯噛みする。

 得点はセットプレー。RマドリーのCKだ。シモンが上げたボールをペナルティエリア外から飛び込んできたセルジュが、ヘディングでRバイエルンゴールに叩き込んだのだ。


「まんまとしてやられたね」

「ああ。今日のような引き明けになりそうな試合をRマドリーはあの人の活躍で勝ってきていた。

 迂闊にもそれを忘れていた俺たちの失態だ……!」


 隣に来たミュラーに、鷲介は奥歯をかみしめながら言う。

 Rマドリーにおけるセルジュは守備に重点を置いている選手だ。基本黒子役として守備に奔走しておりゴール前に出ていくことは少ない。今のようなCKの場面でCBたちが上がっていった状況でも、万が一に備えて後方にいる。

 しかし反面彼は毎シーズン、それなりのゴール数を稼いでいる。そして得点をあげているような試合は今日のような接戦ばかりだ。

 相手の虚を突いたようなミドルシュート。そして先程のような強襲してのヘディングなど。

 もちろん鷲介たちもそれを知っていた。だがわかっていても常に警戒できるわけではない。──そんな一瞬のスキを、見事に突かれてしまった。


「く……!」


 試合再開の笛が吹かれ、さっそく最前線に向かおうとした鷲介は、Rマドリーの様子を見て歯噛みする。

 勝ち越した白い巨人たちはシステムを5-4-1に変更。完全な逃げ切り狙いとカウンターの体勢になっていたからだ。

 今まで見せていた前掛かりなプレスもない。もっともボールがアタッキングサードに入った瞬間、Rマドリーイレブンはエサに群がる魚の如く寄ってきてはボールを奪おうとする。

 5レーンによるパスワークにも惑わされない。かといってタイミングを外した縦パスもセルジュを中心とした守備陣が跳ね返してしまう。


(打つ手が、ない……!)


 すでに交代枠を使い切っているRバイエルン。もしピッチにジュニオールがいればより攻撃的になり、Rマドリーの守備陣を崩せるかもしれないのに──

 そう思う鷲介の元にやってくるボール。前を向くがそこにリュカが突っ込んできていた。

 咄嗟にかわす鷲介。しかしそれを見計らったかのようにセルジュが迫りボールを奪取、縦パスを放つ。


「しまっ……!」


 放たれたパスとその方向にふり向き、鷲介は青ざめた。飛んでいくボールを追っていたのはジャックと、彼よりわずかに前に出ていたラウルだったからだ。

 ギリギリの飛び出しだったのか、オフサイドの笛は鳴らない。そしてセルジュからのパスを難なく収めたラウルはそのままRバイエルンのゴールに突き進む。

 前に出ていたアンドレアスと一対一となったラウル。ジャックも追っているがとても間に合わない。


(くそー!)


 全く気負いがないラウルがシュート体勢に入ったのを見て、鷲介が決定的な3点目を覚悟したその時だった、ジャックが右腕を前に出してラウルの左肩を掴んだ。

 当然それにより体勢を崩すラウル。シュートも打たれない。しかしながらその直後、突き刺すような笛の音がピッチに轟き、ジャックの元に走っていった審判が躊躇することなくレッドカードをジャックに突き出した。

 

「……!」


 スタジアム中に響くジャックへのブーイング。それを浴びながらジャックは──駆け寄ってきたチームメイトに軽く頭を下げるだけ──何も言わず、ピッチを後にする。

 時間をたっぷり使い──遅延行為にならないギリギリまで──開始されるRマドリーのセットプレー。ペナルティアーク手前の、ゴール正面にボールが置かれ、シモンがFKを放つがボールはバーを叩いて外に。

 Rマドリーサポーターたちの残念そうな声がピッチに響く。


「彼の退場は痛いけど、助かったね。3-1にされたら、もうどうしようもなかった」


 FKが外れたのを見て隣にいたミュラーがため息交じりの声で言う。


「それにしても試合終盤のこの時間帯にも拘らずあれだけ組織的で強固な守りができるとはね。

 5レーンによる攻撃も効果は薄い。どうするべきか……」


 悩ましげな親友の声。しかし鷲介はそんな彼の言葉を聞き、脳内にある策が思いつく。


「……ミュラー、合図をしたら俺にボールをくれ」

「何か策でもあるのかい?」

「ああ」


 頷き、鷲介は今しがた思いついた策を口にする。

 それを聞きミュラーは頬を引きつらせる。


「それは……あまりにもリスクが高いね。カウンターを食らえば間違いなく止めを刺されかねないよ」

「だがこれ以外点を取る方法が思いつかない。

 残り時間も少ない。このまま負けて終わるのはお前だって嫌だろ」


 そう言って鷲介は親友に鋭い眼差しを向ける。

 見つめあう両者。数拍の後、ミュラーは大きく吐息をして、言う。


「わかった。フランツさんがOKを出したらやってみよう。

 君の言う通りこれと言った手がないわけだし、ジャックの退場を無駄にはできないからね」


 そう言ってミュラーは踵を返しフランツの元に走っていく。

 ミュラーから鷲介の案を聞いたフランツは目を丸くするが、数秒眉を潜めた後、鷲介を見て頷く。

 許可が下りたのを見て鷲介はうっすらと微笑、敵陣に向かって行く。

 ロスタイム突入と同時、再開される試合。アンドレアスから丁寧に手早くパスを繋ぎRマドリー陣内に攻め入るRバイエルン。

 だが彼らの強固な守りにボールをゴール前まで運べない。

 それに対してRバイエルンメンバーも敵陣に入っていく。後方に残っているのはクルトだけだ。


(……よし!)


 首を振って状況が整ったことを確認した鷲介はミュラーにアイコンタクトを送る。

 鷲介の視線を受けたミュラーはやってきたボールを鷲介の足元へパス。

 センターレーンにて鷲介はボールを収め前を向き、ドリブルを開始する。

 

「こんな低い位置でドリブルとは、血迷ったのかな!?」


 そう言いながら前を塞ぐシモンを鷲介は緩急を効かせたフェイントで突破する。

 しかし数メートルも進まないところで今度はセルジュが立ちはだかる。だが鷲介はそれに構わず突き進み、相手が動いた瞬間、下がってきたミュラーとのワンツーで彼をかわし、さらに前へ。


「シモンに続きセルジュさんが……!」

「落ち着け! 守備を崩す、な……!?」


 動揺する仲間たちに飛ぶセルジュの声。しかしそれの語尾が驚きを帯びる。

 それも当然だ。鷲介の正面──5レーン上にいる仲間たちが一斉に動き始め、ボールを要求してきたのだから。


「鷲介!」

「こっちだ!」

「さっさと出せ!」


 5レーン上のRバイエルンイレブンのボール要求や動きにRマドリーの選手たちは戸惑い、挙動が遅れる。

 そのわずかな隙を見逃さず鷲介は前に進む。そしてペナルティアーク手前まで来た時、ジークのマークに付いていたレネが鷲介の元へ。


「これ以上は」


 いかせんとレネが続けると同時、鷲介はフリーとなったジークにパス。しかしそのジークにはしっかりとルイスがマークに付いている。

 だがそれに構わず鷲介は突き進む。そしてペナルティエリアに侵入すると同時、ジークのポストプレーによるパスがやってくる。


(上手くいった……!)


 5-4-1というシステムになったRマドリーは5レーンにも人員を配置し、選手たちも見事な連動をした組織的な守備をしている。

 そうすることでRバイエルンの5レーンアタックを防ごうというつもりなのだ。

 その対処方法は正しい。特に疲労により動きが鈍くなるこの時間帯にはこの上なく有効な手だと言える。

 だが、しかし、裏を返せば彼らの今の守りは、あくまで5レーンを防ぐ最善の戦術と言うことだ。

 Rバイエルンの主戦術である5レーン。それ自体を囮とした戦い方ならば、彼らの守備陣を崩せるのではないか。


(予想通りになった。

 でもこれは博打すぎるな……!)


 ジークからのパスを見ながら鷲介は思う。

 この戦術が成功したのは相手が5レーンを警戒しすぎていたため、また仲間たちのほとんどがRマドリー陣内にいたからだ。

 現在後ろにいるのはクルトだけ。もし誰かがボールを奪われカウンターを受ければクルトしか対処できない。

 また一人でも味方が戻るより早くRバイエルン陣内にRマドリーイレブンの誰かが侵入すれば、その人物がカウンターのボールを収めたラウルからのパスを受けて独走状態──決定的な場面となるだろう。

 相手が5レーンを警戒していたこと、リードしていたこと、またロスタイムと言う時間帯。これら三つの条件があったからこそ、この策の実行許可が下りたのだろう。

 鷲介の元に飛び出してくるビクトル。しかし鷲介はとっくにそれを察知している。

 ジークから送られてきたボールを鷲介はダイレクトで、冷静にキック。右足に蹴られたボールはビクトルの左横を通過し、Rマドリーゴールに突き刺さった。











 試合終了の笛の音が響き、鷲介は思わずピッチに腰を下ろす。

 同点にされた後、Rマドリーは一転して前掛かりとなって攻めてきた。そしてそれが実にいやらしいものだった。

 前掛かりとなるも積極的ではなく、守り固めた鷲介たちを誘うようなパス回し。それに乗らなければジャックがいないことでどうしても発生する守備の穴やスペースを容赦なくついてくる。

 それに振り回された鷲介たち。後半ロスタイム、ラウルがペナルティエリアでフリーでパスを受けるという絶体絶命の場面もあったが、アンドレアスのミラクルセーブで危機を脱した。

 結果、試合は2-2のドロー。何とか敗戦を免れたのだった。


「やれやれ、結局ドローか。

 まぁ目標は達成できたから、良しとしよう」


 聞こえた声に顔を上げると、傍にいたのはラウルだ。

 「大丈夫かい?」と声をかけてくる彼に問題ないと返して鷲介は立ち上がる。

 この男の前ではできる限り、弱っているところを見せたくないのだ。


「目標だと?」

「うん。僕たちはアーギアさんを始め主力が欠けていたからね。

 今日の試合は引き分け狙い。勝利はあわよくばと言うところだったのさ。

 セルジュさんがゴールを決めた時、もしかしたらと思ったけど、やはりそう上手くはいかないものだね」


 そう言って何故か微苦笑するラウル。

 途中から彼の視線が鷲介の後ろに向けられていることに気付き振り向くと、握手や抱擁を交わすセルジュやジーク達ドイツ代表組、フリオやルイス達スペイン代表組の姿が。

 しかし一見にこやかに見えるそれだが、どちらも目は笑っていない。どちらも引き分けに満足している様子はなく、延長戦があるなら嬉々として挑みそうな雰囲気だ。


「ともあれ次戦はRバイエルンのホーム。

 アウェーゴールがある以上僕たちの勝利は必須。──昨年と同じく勝たせてもらうよ」


 微苦笑から一転、戦意に満ちた表情となるラウル。

 鷲介もそれを受け止め、言葉を放つ。


「生憎お前にこれ以上負けるのは俺もこりごりだからな。

 ホームでしっかりと叩き潰してやるよ」


 静かな、しかし熱い眼差しを向ける両者。

 握手を交わし去っていくラウルを見送り、サポーターの元に歩いていく中、鷲介は思う。


(とはいえ、どうしたものか)


 相手は万全ではなかった。しかも引き分け狙いだった。

 そんな相手にほぼ万全のメンバーであったRバイエルンは勝ちきれなかったのだ。

 次戦、勝利が必須なRマドリーは間違いなくベストメンバーを出してくるだろう。ベンチ入りしながらも出番がなかったアーギアたちが。


(Rマドリーの5レーンへの対応レベルは今までのどのクラブよりも高い。……勝てるだろうか)


 心中に抱く不安を押し殺し、鷲介は声援を送ってくるサポーターに向けて手を上げるのだった。











「みんな、お疲れ様。狙い通り、よく引き分けにしてくれた」


 記者会見を終え控室に戻ってきたジョゼップが皆を見渡し声をかける。


「狙い通りじゃないでしょう。監督が出したのはスコアレスでの引き分けだった」


 それを聞いたラウルの横に座るセルジュが唸るような声で言う。

 また彼の言葉に傍にいる今日の試合に出場したルイス達守備陣の面々は頷く。

 相手は欧州トップクラスの攻撃力を誇るというのにこの様子。全く頼もしいとラウルは思う。


「おかげで次戦は何が何でも勝ちにいかなくてはいけなくなった。負けに等しい敗北です」

「確かに。──だが確実なことがいくつかある。

 万全でない我々が万全であったRバイエルンと同等にやりあえたこと。そして私が試合前に告げていた、Rバイエルンの弱点がより明確になったことだ」


 今日の試合、引き分けを最優先にするというジョゼップの指示に、ほぼ全てのメンバーが反発した。

 それも当然だ。アウェーならまだしもホームで引き分け狙いなど、Rマドリーとしてのプライドが許さない。

 万全でないにしろ勝ちに行くべきだとセルジュをはじめ出場する面々は訴えたが、ジョゼップはそれらを些事と切り捨て、こう言った。


「私たちの目標はCL制覇だ。その為には確実に勝利し続けなければならない。

 ホームだろうが次の試合は二戦あるうちの一戦に過ぎない。確実に勝利し決勝まで進むために、Rバイエルンを精査する」


 セルジュたちに迫られ怯むどころか、逆に食って掛かりそうなジョゼップの迫力に、迫っていたメンバーは押し黙らされた。

 監督が放つ現役の選手と遜色ない圧もあったのだろうが、それ以上に彼がRマドリーの錚々たる面子を黙らせるだけの実績を上げているからだろう。


「次の試合、前半で勝負をつける」


 勝利を確信するようなジョゼップを見て、ラウルは今までにないほど指揮官を頼もしく、恐ろしく思うのだった。






リーグ戦 23試合 17ゴール10アシスト

カップ戦 2試合 1ゴール3アシスト

CL 8試合 11ゴール4アシスト

代表戦(三年目)2試合 3ゴール1アシスト

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