本戦へのテストマッチ(2)
大歓声に揺れるスタッド・ド・フルール。
その原因は今しがたフランス代表が逆転ゴールを決めたからだ。
「くっそー……」
「手こずらせたがようやくか。さて、ここから一気にゴールショーと行くか」
鷲介の耳に届く不敵な声。
思わず鷲介は半眼となり背後にちらりと視線を向ける。そこにはヴァレリーの姿がある。
前半、鷲介のゴールで1-0と日本リードで終える。だがフランスは後半開始直後にベンチにいた主力三人を一気に投入。猛然と日本に襲い掛かってきてとうとう後半15分で逆転した。
「W杯本選前に俺たちに恥をかかせたんだ。この程度で終わると思うなよ」
「だったら最初からフルメンバーで来いよ。逆恨みじゃねーか」
見下すような笑みを浮かべるヴァレリーに鷲介は前半はドイツ語、後半は日本語で言う。
鳴り響く試合再開の笛の音。ヴァレリーが言った通りリードしているにもかかわらずフランス代表イレブンは前掛かりになって攻めてくる。
逆転するまでのサポーターからのリードされていたことに対するブーイングがよほど堪えたのか。レ・ブルーのイレブンの顔つきはまるで本戦さながらの真剣さだ。
フランスのプレスを何とかかわし、鷲介の元にやってくるボール。だがそこにヴァレリーとリュカが二人がかりで詰めてきた。
突進するようなリュカを鷲介はかわすが、間髪入れずヴァレリーが接近。するっとボールを奪う。
「く……!」
反転しすぐさま奪い返そうとする鷲介。だがそれより早くヴァレリーは前線にパス。
ボールを受ける左サイドのクレマン・ガメロンへ一年前までヴァレンティーアFCで同僚だった中神がチェックに行く。突破しようとするクレマンへ中神がファウルすれすれプレーで止めるが、ボールは両者から離れる。
そのこぼれ球を拾うのレ・ブルーの選手。黒髪をなびかせる貴族風の顔立ちをしている彼を見て鷲介は警戒を強める。
(シャルル・ダニエル・フランソワ……!)
イングランドリーグの強豪マンチェスターFCに所属するフランス代表の10番。ブラジルのアーギアと並び当代最高の司令塔と言われる選手。前半はベンチにいたフランスの主力であり、レ・ブルーの10番を背負うエースだ。
今日の試合後半から出場しているも二得点に大きく関与している。1点目のアシストをし2点目のきっかけを作っていた。
滑らかな動きで前を向き、突き進むシャルル。その彼にイングランドリーグで幾度も対戦した小野が立ちふさがる。
軽く体を揺らしシャルルはパスを出す。レーザーのような速く正確なスルーパスは日本DFの隙間を通過し、彼と同時に交代で入ってきたマルセイユFCのストライカー、パトリック・ギレの足元に。
ダイレクトシュートを打つパトリックだが井口がすんでのところで足を伸ばしでブロック。こぼれ球を鉄一が拾い、鷲介の元へカウンターのパスを出す。
だがそれをシャルルと同じフランス代表の主力であり後半から出場しているマンチェスターFC所属のポール・ヴァランがスライディングでカット。すぐさま近くにいたシャルルにボールを預けるが、またしてもシャルルの前に小野が立ちふさがった。
両チームのエース対決は一瞬で決着がついた。ドリブルをするシャルルに小野がボールを奪うべく動くが、シャルルは流麗なマルセイユ・ターンでかわしてしまった。
小野が下手ではない。シャルルの動きがあまりにも見事であり、奇麗なのだ。流石は”マルセイユ・メートル”の異名を持つ世界一のマルセイユ・ターン使いと言うべきか。
「って見とれてる場合じゃない! DF陣、ラストパスが」
来ると続けようとして鷲介はハッとする。
小野を突破して斜めからセンターレーンに入ったシャルル。彼のラストパスをもらおうとピエールと、後半から交代で入った昨年のフランスリーグ得点王であるパトリック・ギレが動いている。
だが彼らの動きはボールをもらうと見せかけたブラフだ。彼らの動きで日本の最終ラインは分断され、シュートコースが無数に発生している。
そしてシャルルの位置からゴールまでの距離は約20メートルほど。
「兵藤!」
ミドルが来るという意味でGKの名を叫ぶ鷲介。直後、思った通りフランスのエースは強烈なミドルを放つ。
ゴール右上に放たれたシュート。それに必死の形相で兵藤は手を伸ばす。
キーパーグローブが当たったのかボールはゴールポストに当たりリバウンド。それにピエールが突っ込むが、彼のマークについていた鉄一がスライディングで先に触れボールはクリアーされる。
止めを刺されず鷲介は安堵するもその後もレ・ブルーの猛攻は止まらない。後半から出場したシャルルにポール、ピエールらを中心に攻撃を仕掛け、守りにおいてはヴァレリーにRドルトムントのグレゴリー・アノーが堅守を築く。
一方の日本も全くの押されっぱなしと言うわけではない。ピッチに立ったヨアヒム監督の指示の元、攻めてくる相手へのカウンターを中心とした攻撃をしかける。
小野のパスがチャンスを作り中神のドリブル突破がフランスサポーターの悲鳴を上げさせ、鹿島と鷲介の動きやシュートが相手DF陣を慄かせる。
だがやはりチャンスが多いのはホームのフランスだ。ただでさえ総合力では日本より上だというのにサポーターの大声援を受けてより強くなっている。
またチャンスの数もフランスの方が多い。その理由はシャルルとヴァレリーにある。
当代最高の指令と言うと言われるシャルルはいくつものチャンス・クリエイトをし、ヴァレリーは後半から鷲介の徹底マークをして日本のチャンスを摘んでいる。
もちろん鷲介も他の日本イレブンも鷲介がマークされていることを逆手に取るなどして反撃しているが、相手を恐れさせるまでだ。得点と言う形には表れていない。
(対イタリア戦を想定したテストマッチのこの試合。
相手としては十分すぎるがまさかここまで本気になるとは……!)
鷲介としてはヴァレリーを始め主力何名かが出てくることは想定していた。だがまさか──いくらリードされているとはいえ、後半からとはいえ──シャルルたち主力を全員出して、本気を出してくるとは思わなかった。
特に後半から出場しているシャルルとピエール、グレゴリー。この三人は共に各リーグの優勝争いをしているクラブに所属しておりCLにも出場していた。
またこの間のCL決勝トーナメント一回戦やその前後の試合で負傷しており、今回の代表戦には召集されないとまで言われていたのだ。
現に三人は前回のテストマッチでは出場していなかった。それがまさか日本戦にて全員が途中からとはいえ出場するのは完全に予想外だ。
(特にシャルル……! リーグ戦で怪我をしてユヴェントゥースTFCとの試合も欠場していたのにまさか日本戦で出てくるなんて。
いやこちらとしては当代最高峰の司令塔と対戦できるのは有難いが!)
CLで当たることを考えれば悪くない。そんなことを考える鷲介だが、今目の前で決定的なチャンス──ピエールへの針の穴を通すようなスルーパスを放つが鉄一が何とか防いだ──を作った彼を見て心中で唸る。
この試合は所詮、本戦に備えたテストマッチである。日本のサッカーが強豪相手にも通用することは確認できた。勝敗は二の次。
だがこのまま押されっぱなしで終わるのは面白くない。そう鷲介が思ったすぐあとだ。
ボールがラインを割り日本ボールとなった後半27分、パラグアイ戦に出場したためサブだった直康と堂本、英彦の三人が一気に投入される。中山、鹿島、中神との交代だ。
「監督から。リードされ攻められてはいるがまず失点を防ぐこと。次のゴールを奪われたら試合が決定してしまうからな」
「その上でパラグアイ戦でも試した”アレ”をしろとのことだ」
「試合が止まっていない今日、ロスタイムはほとんどないだろうな。残り17分、逆転ゴールを叩き込んでやるぜ」
交代で入ってきた三者からの説明を受けて動き出す鷲介たちサムライブルー。
直康たちが入ってくるが試合全体の状況に大きな変化はない。相も変わらずフランスが攻め、日本が耐えるという構図が続く。
また試合時間が終盤なためか疲労を考慮した日本は無理してカウンターをしなくなる。自陣でボールをキープする時間が増える。
それをフランスイレブンは弱気と取ったのか、さらに前掛かりとなりハイプレスも仕掛けてくる。ヴァレリーにマークされながらその様子を鷲介は見て、チャンスを伺い、
(今だ!)
後半35分、日本は動き出す。瀬川と共にボランチの位置にいた英彦からロングパスが放たれる。
そのパスに右サイドにいた鷲介がハーフェーライン近くから斜めに飛び出す。近くにヴァレリーはいるが前方には誰もいない。
「俺たちを自陣に引き込んでのカウンター。バレバレなんだよ!」
ボールを収めた鷲介の前を塞ぐヴァレリーの勝ち誇った声。
鷲介はそれに答えずドリブル突破すると見せかけて左にターン。パスを放つ。
鷲介の出したボールは遅れて裏に飛び出していた堂本ではなく、彼の後ろから左サイドを駆け上がってきた直康の元に届く。
(俺たちFWを囮としたSBのオーバーラップカウンター……! 成功だ!)
中山のような、直康らしからぬオーバーラップにレ・ブルーの守備陣は面食らった様子を見せる。そしてその間にも直康は相手ゴールに近づく。
しかし直康がペナルティエリアに入ろうとしたその時、一人の選手が猛スピードで接近、彼の前を塞ぐ。
立ちはだかったのはリュディ・アランブール。イングランドリーグのライヴァー・バード・リバプール所属であり世界屈指の快速SBとしても有名だ。
(さっきまで堂本さんの近くにいたのに。裏に飛び出した直康さんに追いつくか……!
足の速さだけじゃない。相手のポジショニングを読む力にも長けているのか)
心中で舌打ちし、鷲介は──ヴァレリーの様子を伺いながら──走る。
そして鷲介がペナルティアーク数メートル手前にやってきた時だ、直康は堂本、そして鷲介に目を向けるとパスを出す。
サイドレーンからハーフレーンに出たボールに駆け寄る堂本。グレゴリーが傍にいる堂本はすぐに直康にリターン。
そのボールに直康は駆け寄りセンタリングを上げてきた。緩やかだがミートしやすいそのボールに駆け寄り鷲介は左足を振るおうとするが、
(読んでやがったか……!)
引っ付いてきたヴァレリーが鷲介が左足のダイレクトシュートを打つコースを消しているのを見て歯噛みする。腹立つがさすがの読みだ。
だが鷲介もそれだけの手段だけでボールを受け取ったわけではない。他にゴールする手段──第二のプランはある。
直康からのボールを鷲介は右足でトラップし反転、中に入る。
当然だがヴァレリーも反転、前に立ちはだかりシュートコースを塞ぐ。勝ち誇った彼を見て鷲介はかすかに唇の端を上げるとボールを右足かかとで後ろに蹴る。
鷲介がセンターレーンに移動したことでできたハーフレーンスペースの穴に転がるボール。そしてそれに最高のタイミングで堂本が駆け寄ってきていた。
(撃て!)
鷲介が思うのと同時、グレゴリーに体を寄せられながらも堂本はシュートを放つ。
ゴール左に向かったボールをFサンジェルマン所属のジャン・バルデスが弾く。そして転がったボールが鷲介たちのところへ。
「ヴァレリー!」
ジャンの声でそれに気づくヴァレリー。だがゴールに背を向けていた彼より、ゴールを見ていた鷲介の方がそれに気づくのが早い。
鷲介はいち早くボールに駆け寄り、無人のゴールにボールを叩き込んだ。
「よっし!」
ホームサポーターの悲鳴を聞きながら、傍にいるヴァレリーから殺意の籠った視線を感じながら、鷲介は控えめだがガッツポーズをする。
堂本から「よく押し込んだ!」とわずかに悔し気な声音で言われながらも肩を叩かれ祝福される。
そして鷲介は見事チャンスを作った直康に目を向け、大きく目を見開く。
「直康さん!?」
左サイドにて右足首を抑え倒れている直康。
苦悶の表情をする彼の元に鷲介は駆け寄るのだった。
リーグ戦 19試合 14ゴール8アシスト
カップ戦 0試合 0ゴール0アシスト
CL 5試合 8ゴール3アシスト
代表戦(三年目)2試合 3ゴール1アシスト




