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ダッシュ!!  作者: 浮雲士
三部
144/192

原点回帰こそ最善の道(3)






「後半だが、特に指示はない。前半同様のサッカーで行く」


 ハーフタイム中の控室に戻ってきた監督が断言し、何人かの選手にホワイトボードを使って細かな修正点を告げていく。

 監督の意見に誰も反発はしない。当然だ。運悪く先制されたとはいえ前半ほとんどが優勢だったのだ。

 この調子で試合を進め同点、そして逆転する。メンバー全員の燃える瞳がそう物語っている。


(前半の勢いを保ち、この調子でチャンスを、ゴールを生み出す……!)


 5レーンとドリブルの併用。正直、まだ歯車がしっかりとかみ合っているとは思わない。

 だが悪くはないと感覚的にも感じており、先程スタッフに見せてもらった鷲介の前半のスタッツも同様だった。

 感覚と理論の併用。この調子で行くと、鷲介は改めて決意する。


「攻めて攻めて、攻め続けるぞ! 延長戦はしない! 

 何が何でも90分で決着をつけるんだ!」

『おう!』


 フランツの気合の声に選手はもちろん、スタッフも声を合わせる。

 そして駆け足でピッチに戻る鷲介たちRバイエルンイレブン。やや遅れてマンチェスター・Aのメンバーも姿を見せる。


(その余裕、すぐに消してやるよ)


 相手イレブンからかすかに放たれている余裕の空気。

 そしてこちらを見つめているミラの、あからさまな笑みを見て、鷲介は視線を鋭くする。

 鳴り響く後半開始の笛の音。相手ボールで始まり早速鷲介はボールを追っていくが──


「……何!?」


 前半とはまるで違うパススピードの速さと、相手チームの最終ラインの高さを見て思わず足を止める。

 ぐるりと周囲を見渡す。そして見間違いでないことに気付く。マンチェスター・Aが前掛かりに来ていることに。


(どういうことだ!? 何故いきなりこんな……!)


 戸惑っているのは鷲介だけではない。他の仲間たちも同じだ。

 そしてマンチェスター・Aの攻撃は当然、Rバイエルンが見せた隙を見逃さない。

 ミドルサードを超えて上がってきたネルソンがロングパスを放つ。それをポジションを上げていたフリオの背後に飛び出したアンが納め、駆けあがっていく。


「三人来ている! 中を固めて!」


 Rバイエルンのゴール前に迫っているパトリック、アンディ、そしてミラの三人を見て、鷲介は叫ぶ。

 それぞれにジェフリー、クルト、ドミニクがマークにつく。しかしそれに構う様子を見せずアンはセンタリングを上げる。

 ボールの行く先はヘディング体制を取ったクリスだ。だがマークについていたジェフリーが間一髪競り勝ち、ボールは零れる。

 だがそれを拾ったのはフランキーだ。そして彼はハーフレーンから斜めのパスを放つ。

 ゴール左側に、斜めに飛ぶボール。それに反応しているのはパトリックとドミニクだ。二人を見て鷲介は確信する。


(よし、防げる!)


 パトリックは飛んできたボールを右足のダイレクトボレーで合わせようとしているが、ドミニクがそれを予測し防ぐような動きを取っている。

 さらにアンドレアスもこぼれ球をいち早く回収するべくドミニクの背後にいる。

 シュートは打てない。打ったとしてもドミニクが弾くし、こぼれ球もアンドレアスが回収する──

 そう思ったその時だ、パトリックの動きが加速する。前を防がれたことでいち早くボールに触れようとしてるようだが、それも無駄だ。


(そのポジションじゃシュートを打ってもゴールバーにすら当たらない。

 納めても近くにいるミラにはクルトさんがついている。詰みだ──)


 そう思った次の瞬間だ、パトリックはさらに前に踏み込み、軽く跳躍。両足を大きく開く。

 飛んできたボールはパトリックのちょうど股間を跳ね、そしてパトリックの左足に当たる。

 左足のインフロント部分に当たり軌道修正されたボールはRバイエルンのゴール左隅に向かい、ゴールラインを割った。


「……!?」


 目の前の光景が信じられず、鷲介は大きく目を見開く。

 だが主審が鳴らすゴールの笛の音とスタジアム中に響く相手サポーターの声が、目の前の光景が現実であることを叩きつけてくれる。

 そしてとどめと言わんばかりに電光掲示板のスコア表示が0-1から0-2へと切り替わった。











「ナイスゴールだ、パトリック!」

「さすが世界屈指のダイレクトシューターだ!」

「ははは、ありがとうみんな!」


 パトリックを中心に喜ぶチームメイトたちを見て、ミラも笑う。


(流石はあのヨハンの相棒とまで言われた男だ。守る側としては厄介極まりない動きやシュートをする)


 オランダ代表においてはヨハンの後塵を拝しているが、彼もまた世界クラスのFW。

 特にダイレクトシュートやワンタッチシュートの技術ならば世界屈指とも言われている。

 ミラがマンチェスター・Aに来てからも、彼のゴールで幾度となくチームのピンチを救い、勝利を齎してきた。マンチェスター・Aが誇るストライカーだ。

 そして頭を抱え得ているRバイエルンイレブンに唖然としているヤナギ。そして厳しい顔になったヨシュアを見て、ミラは勝ち誇るような笑みを浮かべる。

 後半十分も経過していないのにさらに突き放されたRバイエルンは、試合再開の笛の音と同時に前に出てくるが、その動きは前半ほど統一されていない。

 特に中盤とDFの間にいくつもの隙がある。これは点を取るという前線とこれ以上の失点は防ぎたいというDFの意識の違いによるものだ。

 また前に出るヤナギたちの動きやボール回しには動揺、焦りをこちらに教えるかのように精度を欠いている。そんな彼らにミラと仲間たちは容赦なく襲い掛かってはチャンスの芽を潰し、カウンターを仕掛ける。

 前半同様守勢に回り、攻撃に人数をかけられないからか、そのカウンターは防がれているがミラは気にしない。

 カウンターをすることで相手にプレッシャーがかかっており、前掛かりになっている前線や中盤もじりじりと下がり出しているのだ。


(攻撃して得点は取りたい。だがこれ以上の失点は敗北に近づく。

 くくく、ジレンマだなぁ)


 ヤナギへのパスを刈り取り味方に渡したミラは、ベンチで選手たちに指示を送っているヨシュアを見る。

 前マンチェスター・A監督であるヨシュアのことは、最初から気に入らなかった。

 チーム戦術が大事なのはわかる。だがそれを重視するあまり、選手の個性や動きまで制限してしまっていた。

 膨大なスタミナを持ち、試合の最初から最後まで全速力で走り攻守にわたって躍動することが好きなミラにとって、チーム戦術のために動きを制限されるのは苦痛でしかなかった。

 そんな憎き監督が率いる新たなチームをこうして追い詰めているのは、まさに爽快な気分だ。


(ヤナギ!)


 パスを受け取った彼の前に立ちはだかるミラ。周りに味方がいないからか彼は前に出る。

 前回ならば下げかがキープして味方の上りを待つのどちらかだったというのに。下唇を舐めてミラは彼と相対する。

 緩急を効かせた左右の体の揺らしからのダブルタッチにミラは突破されるも、すぐに彼に追いすがる。

 以前とは打って変わった姿にミラはヤナギのことを大した男だと思う。あのヨハンの後継者と言われるのもわからなくはない。


(だが視野が狭いぜ)


 ミラが突破させた・・・その先にアンディが詰めておりヤナギは急停止。パスを送ろうとする彼をアンディと挟み込んでボールを奪う。

 前回の戦いに比べドリブルを多用するようになったヤナギ。ヨハンに匹敵するその速さとキレは確かに厄介だが、動きが単調すぎる。

 彼のドリブルの欠点はゴールへの最短コースを突き進むことが圧倒的に多いことだ。ヨハンを始めとした他のドリブラーならちょうどいいバランスで自分のドリブルを餌にしてチャンスやアシストを生み出す。

 前半でそれを知ったミラたちは後半、ヤナギがドリブルをするときはあえてコースを開けては人数がかけられるポイントまで誘導し、嵌めて取っていた。

 またかつてのようにドリブルをし始めた影響なのだろうか、前回や今季で見せていたオフ・ザ・ボールの動きにも陰りが見られていた。


(だがまぁ、まだヤナギは19歳。

 ヨハンみたいなプレーをされたらそれこそ理不尽だからな)


 そう思いながらミラはカウンターにより発生したCKを見て、相手ゴール前に近づいていくのだった。











「アンドレアスさん!」


 鷲介の叫びと同時、再びパトリックがアクロバティックなシュートを放つ。

 アンがハーフレーンから放った、Rバイエルンゴール左に向かうシュート。ジェフリーが防ごうとするがその前に立ちふさがったパトリックはポストすると見せかけて、開いた右足のインフロントでコースを変更。ボールはゴール右に向かう。

 再び虚を突かれたアンドレアスだが今度は反応。ボールが転がる先に手を伸ばしてボールを弾き、駆け寄ってきたクルトが大きくクリアーして難を逃れた。

 安堵の息をつく鷲介。だが表情の曇りは消えない。

 今ちょうど後半20分を過ぎたところだが、電光掲示板に表示されている0-2のスコアに変化はないからだ。


(くそっ……!)


 後半早々追加点を許したRバイエルン。すぐさま反撃に移るもあと一歩のところで相手の守りを崩せず、またマンチェスター・Aが放つカウンターが招くピンチにより、攻撃に注力できなくなっている。

 反撃のため、先程交代で入ったミュラーとジオトルも効果的なプレーができていない。いいプレイはするが、ミラを始めとしたマンチェスター・Aイレブンの連動した守りが邪魔をするのだ。


(監督が以前いたチームだから5レーンにも慣れているとは思っていたが、想定以上だ……!)


 鷲介を中心とした高速の5レーンにさえ、仲間同士が見事な連動を見せて対応してくるのだ。まさに5レーン特攻と言うべきチームだ。 

 それを鷲介や皆もわかっているのだろう、個人技で突破を試みるがやはり最後にはミラが邪魔をする。

 鷲介より一つ年上の20歳ながらもすでにイングランドリーグ屈指のボランチと言われる男。無尽蔵ともいえるスタミナを十全に生かした攻守にわたる動きは自チームの大きな助けとなり、敵チームにとってはこの上なく邪魔な存在だ。


(何か手はないか、何か……!)


 考えながら動く鷲介。相手DFにはじき返されたボールが近くに来たので、そちらに駆け寄る。

 だが気づく。猛烈なスピードで、前半と変わらない速さで迫るミラの姿に。


(渡すか……!)


 確実にボールを抑えるため加速する鷲介。だがそれに気づいたのかミラも加速する。

 落下するボールめがけて跳躍する二人の”ゾディアック”。ボールに向かって頭を伸ばす。

 先にボールに触れたのはミラだ。だがその弾いたボールを鷲介が跳ね返し前へ──


(っ!)


 ガツン、という音が頭に響く。鷲介は何が起きたのかと思うが、一瞬視界に映った頭を押さえていたミラを見てボールを競った直後、お互いの頭が当たったと気づく。

 空中で体勢を崩す鷲介。何とか受け身を取ろうと体を動かそうとした時だ、大きく目を見開く。


(どうして──)


 視線の先に見えたRバイエルンサポーターの中に、両手で口を抑える由綺の姿が見えたからだ。

 先程までいなかったのに、何故。それもよりにもよって今、ここにいるのか。脳内に浮かんだ疑問は体全体を襲った、落下の衝撃で掻き消える。

 

「っっ」


 一瞬、全ての意識がなくなる。

 それでもすぐに起き上がろうと視界を開いた時だ、鷲介の目に驚くべき光景が写る。

 

(これは──)


 視界に映るのは、小さいながらも芝が張られたグラウンド。

 ここはサッカークラブ『サンライト赤翼SC』が練習の時に使用しているグラウンドだ。そしてそこにはグランドで大の字になっている幼い鷲介と隆俊、それを見守る由綺、羽鳥の姿がある。


(何で今、こんなものを見ているんだ?)


 困惑する鷲介。すぐさま夢から覚めようとするが視線は過去の風景に固定されたままだ。

 幼い自分がよろよろと立ち上がり隆俊を起こそうと傍に寄っていく。

 だがそれを羽鳥が止める。幼い鷲介の肩に手をやり、


「もうこの辺にしておこう。負けて悔しいのはわかるが、これ以上の練習は君も隆俊にもよくない」


 慰めるような微笑をする羽鳥を見て鷲介はこの日のことを思い出す。

 この日はU-12デザフィアンテカップが行われた日。そしてこの状況はR・マドリーに負けた後のものだ。

 ラウルに負けた悔しさをとにかく晴らしたくて、隆俊を無理やり誘いグランドで一対一を繰り返していたのだ。


「私はもちろん、由綺ちゃんも心配しているよ。さぁ、着替えてきなさい」

「……コーチ。何で俺は負けたんでしょうか。

 相手は強かった。でも負けるとは思ってなかったです」


 そっぽを向いてむくれたような顔で幼い鷲介は問う。

 実のところ、敗因はわかって入る。だがこの時の鷲介は負けず嫌いな性格なうえ、敗因を受け入れられない思いが胸に渦巻いていたため、こんな意味のない問いをしたのだ。

 そんな幼い鷲介に羽鳥は苦笑して、言う。


「そうだね。あの試合はどちらが勝ってもおかしくはなかった。

 あえて理由を上げるとすれば彼らは自分たちが勝つために全力を尽くし、あらゆる手段を取った」

「あらゆる手段って……露骨な時間稼ぎやファウルまがいのタックルがですか」


 むくれる鷲介。この時鷲介は試合のロスタイム、最後の最後でラウルのファウルまがいのディフェンスを受けてシュートを邪魔されたことを思い浮かべていた。


「だが審判の笛はなってはいないし、ルール上は何も問題はないよ。それにそうしなければ君たちに敗北すると感じたのだろう。

 私も何も感じないわけではないが、まだ少年だというのに勝ちに徹底したその姿勢とメンタルは素晴らしいとは思うよ。

 鷲介、もし君が今後の試合で何が何でも勝ちたいのであれば、あらゆる手段や方法を模索し、使うべきだ。彼らのようにね」


 羽鳥の言葉に幼い鷲介は頬を膨らませ、そっぽを向いている。


「それと少ないサポーターからも助力を得ていた。

 あの若さでサポーターの応援のことをよく理解できているのは、素晴らしいの一言だ」

「サポーターの声援? 助力? ……どういうことですか」


 首を傾げる幼い鷲介に羽鳥は由綺に目を向けて、言う。


「試合会場には大会に参加していた選手たちの家族の姿がいただろう? 試合終盤、R・マドリーの幾人かは彼らに声出しを頼むような動きを見せていたよ。

 実際その後、家族たちからの応援の熱は強くなり、R・マドリーの少年たちの勢いはほんの少しだけど増したからね。

 プロの下部組織で育った彼らにはよくわかっているのだろう。アウェーでの声援がどれだけ自分たちの力になるのかがね」

「応援……」

「まぁ応援がどれだけ力になるかはたくさん遠征をこなさないと実感はできないだろうね。

 特に海外での試合は日本語で応援されるだけで、安心するものだよ」


 プロになりかつては年代別代表にも呼ばれたことがあるという羽鳥は、力強く頷く。


「サポーターは十二人目の選手とも言われる。それは彼らの応援が、声援が選手たちに力を与えるからだろうね──」


 夕焼けを背後に微笑む羽鳥。

 それに幼い自分が何か言おうとした時、景色が揺らぐ。そして瞬く間に視界が眩しい光に照らされ、鷲介は目を閉じる──


「はっ!」


 そして次に目を開けた時、視界に映ったのは雲が多い青空だ。

 視線を右に向ければ心配そうな表情をこちらに向けているフランツとアレンの姿がある。


「フランツさん、アレンさん。試合は……」

「鷲介、動くな!」


 目が覚め、体を起こそうとした鷲介をフランツが止める。

 目をしばたかせて周りを見れば、自分の周りにはRバイエルンのメディカルスタッフやコーチたちの姿がある。また周囲──スタジアムの観客席からは騒めきも聞こえている。


「あの、えっと。今時間は」

「だから動くな! 頭を打っているんだ、じっとしていろ!」

「今は後半25分だが、お前たちが倒れてからずっと試合は止まっている!」


 フランツとアレンに立て続けに怒鳴られ、鷲介は言われた通りじっとしておく。

 目が覚めた鷲介にスタッフが素早く処置をしていく。そしてその数分後、傍に寄ってきたヨシュアが視界の隅に入る。


「どうなのかね」

「意識ははっきりしていますし検査したところ何も問題は見られません」

「そうか。──ヤナギ、君はどうだね。やれるかね」


 ぐるりと鷲介を見回し、ヨシュアは尋ねてきた。

 声こそいつも通りだが、向けられる眼差しからは気遣いが感じられる。

 それを見つめ返し、鷲介ははっきりと言う。


「はい、やれます」


 落下した痛みはあるが、それだけだ。手足にはいつも通り力も入るし、意識もはっきりしている。


「わかった。だが私が駄目だと感じた時はすぐに下げる。いいな」


 監督の言葉に頷き、鷲介はスタッフからの許可を得て体をゆっくりと起こす。

 ベンチに戻るスタッフ、審判に問題がないことを伝えるフランツや監督を見ながら、鷲介は足を進める。


「鷲介、大丈夫かい!?」

「派手に激突したうえ転ぶなんて、何やってんだお前は」

「悪いミュラー、エリックさん。心配をかけた」


 そう言いながら鷲介はピッチに置かれたボールに目を向ける。

 先程の激突は鷲介のファウルを取られたらしく、マンチェスター・AのFKから試合は再開されるそうだ。


「……鷲介?」

「なあ鷲介。お前少し変わったか?」

「いえ別に。だた少し頭はすっきりしたみたいです」


 先程まで脳を占拠していた考えが奇麗さっぱりなくなったわけではない。

 だがぐちゃぐちゃとそれらを考えてはいない。と言うよりも考えていられる余裕がない。

 変わらぬ0-2のスコア。これを何としてでもひっくり返さなければならないのだから。

 再び深呼吸をして鷲介は周囲を見渡す。首を回す中、唇をほころばせる。

 微笑したのは落下中に見た由綺の姿が見間違いではなかったからだ。改めてアウェー席を見れば、彼女は心配そうな表情を浮かべている。

 自分は問題ないと手を上げようとした時だ、先程ぶつかったミラがこちらに歩いてくる。


「大丈夫なのか」

「お前こそ」

「まぁな。俺はお前と違って派手にピッチに倒れこみはしなかったからな。

 すぐに意識は戻ったし、お前のおかげでしっかり休めた」

「そうか。ならお互い、このアクシデントで負けたなんて言い訳はできないわけだ」

「そういうわけだ」


 鷲介とミラは互いに不敵に微笑み、和解を示すように抱擁する。

 そして彼が十分な距離を取ると主審が笛を鳴らし、ボールにフランキーが駆け寄っていく。


(もう一度、全ての情報を精査してみよう)


 動きながら鷲介は考える。現在の状況。自チームと相手チームの長所と欠点。

 選手一人一人について、そして自分に何ができるか、できないのかを。

 勝つために。Rバイエルンを勝利に導くために、思考する。


(──あ。そうだ。あれもあったか)


 記憶している情報全てを洗い出し、鷲介はいくつかの手段を思い浮かべる。

 そして再び5レーンアタックを仕掛ける自チームを見て、思いついた手段を実行するべく動く。

 時間はすでに後半30分に差し掛かっている。鷲介たちの治療によるロスタイムを含めればおそらく試合時間は残り15分。 

 焦る仲間たち。半ば勝利を確信しながらも気を緩めていないマンチェスター・Aイレブンを見ながら鷲介は走る。


「ジュニオールさん!」


 左サイドで追い込まれていた彼に声をかけながら駆け寄る鷲介。

 鷲介に気付いた彼から来たボールを鷲介はハーフレーンで受け、すぐにセンターレーンにいたジオトルにパス。

 そして再び彼からパスを受けて前に突き進むが、オズワルドがその前に立ちはだかる。

 彼のポジショニングを見て上手いと鷲介は思う。彼との間にできた距離はドリブル突破がやりにくく、また中──右側が開いているものの、そちらに向かえばネルソンと、先程右サイドにいたミラのどちらかに挟まれるだろう。

 しかしそれがわかっていながら鷲介は突っ込み、そして右に切り返す。すると予想した通り、いやそれ以上の速さでネルソンが真正面から、またミラが右から突っ込んできた。

 だが鷲介の動きは止まらない。狙いはドリブル突破ではないからだ。


(食らえ!)


 ペナルティアークの白線に左足を叩きつける。そして右足を鞭のようなしなやかな動きで振う。

 放たれたミドルシュートはネルソンの側面とハリーが伸ばした手を通過。ゴールポスト右角に当たり、相手ゴールに突き刺さった。










 ゴール内にあるボールに駆け寄っていくヤナギを、ミラは唖然とした顔で見送っていた。

 彼が固まっている理由は二つ。一つは彼のカットインからのシュートは想定以上の速さと威力、精度を持っていたこと。

 そしてもう一つは一瞬、彼の姿があのヨハンに重なったからだ。

 ヨハンが繰り出すカットインからのシュート。一度放たれたらほぼ止めることができないその姿に。


(いや、深く考えるな。

 確かに驚くべきシュートだったが、ヨハンほどじゃない)


 首を振って幻影を振り払うミラ。

 そして自分と同じか、似たような顔をしていた仲間たちに檄を飛ばす。


「狼狽えるな! あいつのカットインからのミドルがすごいことは知っていたはずだ。

 リードしている一瞬の気のゆるみからゴールを許したが、気を引き締め直せば十分対処できる!」


 ミラの声に仲間たちはすぐに表情を引き締め、頷く。

 ミラも今まで以上にヤナギに注力するよう気を引き締める。

 ピッチに響く試合再開の笛の音。1点奪ったことでRバイエルンは勢いを増し前掛かりとなるが、それはマンチェスター・Aも同じこと。

 システムは3-5-2に変更して高い位置で5レーンアタック封じとハイプレスによる攻撃的守備を実行。3点目を取りに行くべく、動く。


(同点に追いつかれるわけにはいかない。仮に2-2で終わればアウェーゴールの差で|マンチェスター・A(俺たち)が敗退する。

 かといって今から引きこもって守りに力を入れたとしても、勢いづいたRバイエルンの5レーンを防ぎきれるかわからない。

 ここは前に出るしかない……!)


 準々決勝のラウンドに進むべく、22名のプレイヤーがスタジアムを疾走する。両チームの監督もギリギリまで近づき、選手たちに指示を送る。

 互いに綱渡り状態の、両チームの正面衝突。先にチャンスをつかんだのはマンチェスター・Aだ。

 後半37分、フランツのパスをアンディがピッチ中央でカット。先程アンと交代で入ったフレイザーが拾うのを見て、皆は一気に前に走る。

 下がるRバイエルンの4バックに相対するのはパトリック、フランキー、クリス。それにフレイザーとミラが追従。瞬く間に4対3から4対5となる。


(ここで決めきる……!)


 右サイドを奔るパトリックにフレイザーのパスが来る。トラップした瞬間を刈り取ろうとしたのか、ジュニオールが一気に加速して距離を詰めるが、


(甘いぜ)


 ミラが心中で呟いたのと同時、パトリックはわざとボールを浮かせる。

 トラップミスに見えるそれだがパトリックは正確に制御しており、ボールはジュニオールの背後に飛び、パトリックもそれを追従する。

 観客が沸く中パトリックはRバイエルンの右サイドを深く侵入。反転して戻ってきたジュニオールが間合いを詰めるより早く、中にボールを入れた。

 強いセンタリングのボールに飛び込むのはクリスとジェフリーの二人。今日、何度もぶつかり合った巨漢二人が再び跳躍して激突。

 先にボールに触れたのはクリスだが、放ったヘディングはジェフリーが伸ばした足に当たり横に転がる。

 それをクルトが回収しようとするが、ペナルティエリア数メートル手前のハーフレーンでフランキーが先に拾う。そして中に切れ込むと見せかけ、外にドリブル突破。

 ペナルティエリアに侵入したフランキーにクルトも追いすがるがフランキーは急停止、硬直したクルトの左側にパスを出す。

 マイナス気味のパスに駆け寄るのは、ミラだ。


「やらせるか……!」


 ミラに追いすがるドミニクの声が聞こえるが、ミラは小さく笑い右にパス。そのボールに走りこむのはミュラーを引きつれたフレイザーだ。


(決めろよ、フレイザー……!)


 ”|ゾディアック(自分たち)”に比べれば劣る彼だが、普通の若手の基準で考えれば十分優秀だ。

 パスを奇麗に受けたフレイザーは前に出る。そしてペナルティアークに到達したところで右足を振り上げる。

 コースは開いている。右足はフレイザーの利き足。ミュラーも他のRバイエルンの選手も間に合わない。

 決まる。そうミラが思った時だ、凄まじい速度の何かが視界に右に入り、フレイザーに接近した。


「させるか!」


 英語でもフランス語でもドイツ語でもない、どこかの国の言葉。それを大声で叫びながらヤナギがフレイザーに迫る。

 しかしそれは間に合わず、フレイザーはミドルを放つ。だが万全の態勢で放ったはずのシュートはゴールポスト右に当たり、ラインを超えてしまった。

 頭を抱えるフレイザーにミラは苛立ち、その視線をすぐにヤナギに向ける。

 

(邪魔をしやがって……!)


 フレイザーがミスをしたのはヤナギが原因だ。彼は駆け寄る中、間に会わないと思ったのだろう。

 だから大声で何かを叫び、フレイザーがミスをする可能性を上げたのだ。そしてまんまとフレイザーはミスをした。

 あの叫びがなければフレイザーのミドルはゴール右に叩きこまれていただろうに。

 Rバイエルンのゴールキックが空高く舞い上がる。こぼれ球を拾った相手選手は左サイドから攻めようとするが、仲間たちの組織的かつ攻撃的な守りを前に ボールを上手く前に運べない。

 右にサイドチェンジをするRバイエルン。それをヤナギが納め、すぐさまミラが近づく。


(さぁ、誰にパスを出す? 背後のフリオか寄ってきているミュラーか)


 一定の距離を保ちながらミラがそう思ったその時だ、ヤナギが斜めにドリブルを開始する。

 ゴールまでまだ三十メートルも距離があるというのに。虚を突かれ驚くミラだがすぐに間合いを詰める。

 試合終了間近ということもあって、彼の体のキレはだいぶ落ちている。これなら一人でも奪える。

 そう思い突撃した次の瞬間、ヤナギの姿は目の前から消えていた。

 いや違う、右目の視界の隅に映る赤色。振り向けば加速したヤナギがミラの横を通過していた。


(野郎……! 疲れたと見せかけても急加速か)


 騙されたことに心中で激怒し、ミラはすぐに追いすがる。

 ペナルティラインの手前に来たヤナギにミックとアンディが挟むように立ちはだかる。

 減速したヤナギの背中を見てこれ以上は先に進まないとミラは思うが、再びヤナギは加速して前に突き進む。

 無謀な突撃に虚を突かれたアンディ達も反応するが、ヤナギはさらに加速。深く体を沈み込ませスピードにものを言わせて、両者の間を強引に突破。

 ペナルティエリアに侵入しようとしたその時、オズワルドが彼の前を塞ぐ。だがそれでもヤナギの動きは止まらない。

 左に切り返すヤナギ。迷いのない、さながらナイフで物を切ったようなスパッとしたその動きに、わずかだがオズワルドの反応が遅れた。

 そしてヤナギはオズワルドが足を伸ばすより早く左足を振るう。奇麗な弧を描くヤナギのシュートはハリーの伸ばした手をかわし、ゴール左に突き刺さった。


「……!」


 スタジアムを揺るがす驚愕と悲嘆の声。

 それを耳にしながら、体中に浴びながら、ミラは愕然とするのだった。






リーグ戦 19試合 14ゴール8アシスト

カップ戦 0試合 0ゴール0アシスト

CL 4試合 5ゴール2アシスト

代表戦(三年目)1試合 1ゴール1アシスト

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