強豪二連戦──Rゲルセンキルヒェン戦③──
試合再開と同時、Rゲルセンキルヒェンは一気に選手を二人変えてくる。アルジェリア代表のDMFアムール・ラセンとアメリカ代表のボビー・アダムスだ。
デニス、アダムと交代し中盤に入った両名はどちらも運動量が豊富なことで有名な選手だ。そして彼ら二人と同じく他の選手も試合が再開されてからも戦い方を変えてこない。
どうやら相手は最後までこのやり方を貫くようだ。
(だったら三点目を奪って試合を決めてやる……!)
交代したばかりのボビーからチャージを受けて転び、ファウルの笛の音を聞きながら鷲介は決意する。
やはり二点差と言うのが良くないのだ。サッカーにおいて二点差と言うのは逆転されるフラグのようなもの。
それなら三点目を奪いそのフラグを叩き折らなければ──。そう思いすぐさま立ち上がって相手ゴール前に向かう。
チームメイトたちも監督も、同じ気持ちなのだろう。いつの間にかシステムは従来の4-3-3に戻っており、ジュニオールも高い位置に上がってきている。
Rバイエルンとして。ドイツリーグの盟主として、真っ向から力で叩き潰す。チーム全体から感じるそんな覇気に鷲介も獰猛に微笑む。
(5レーン!)
フランツを中心にして右サイドから展開される5レーンアタック。
イヴォビを筆頭に今度こそ崩されまいとしぶとく食らいついてくるがRバイエルンのパスと動き出しはそれを凌駕。
それに馴染んでいる鷲介もボールと選手の流れを読み、空いた左ハーフレーンのスペースにフリーとなって飛び込む。
ジークがスルーしたボールが鷲介のいるところ──ペナルティエリアライン上にやってくる。決定的、四点目を奪える──
「やっぱり、そう来やがったか!」
鷲介の勝利の確信を叩き潰すようなラモンの声。先程までジークの傍にいた彼が、何故か鷲介の元に体を投げ出している。
彼らしい荒々しく、しかし正確なプレー。彼の伸びた足が鷲介の足元にあったボールに当たり、転がる。そしてそれを背後にいたイヴォビがすぐさま回収してしまった。
「な……!」
「カウンター!」
鷲介が驚くよりも早くイヴォビは叫び、ボールを前線に蹴りだす。一気に自陣まで飛んだそれをドミニクと入ったばかりのアムールが競り合う。
身長191センチのドミニクに対しアムールは183センチ。本来ならばドミニクが大いに有利だが65分──後半ニ十分までフルで動いて疲弊している彼に対し、投入されたばかりのアムール。
ドミニクよりいち早く反応しては競り勝ち、ボールを味方につなぐ。マイナス方向に返されたボールを拾うのは同じく入ったばかりのボビーだ。
(よし、一気に囲い込め……!)
奇襲というべき相手のカウンターだが、クルトたちも対処している。
最前線にいるトルステンとサミュエルにはクルトとジェフリーがマークについているし、ボールを拾ったボビーにも正面からフリオ、背後からミュラーが迫っている。
挟まれていることに気付いて焦ったのか、ボビーはフリオの後ろにボールを出す。だがそこのスペースに味方はいない、明らかな悪手だ。
しかし鷲介がそう思ったのと同時、そのボールにティトが猛スピードで駆け寄ってきた。
「何!?」
ボールを収めサイドからハーフレーンに一気にかけていくティトを見て鷲介は驚きの声を発する。
無理もない。Rゲルセンキルヒェンのメンバーの中で一番疲弊の度合いが強かったのは彼だ。ハイプレスをしすぎたのか1点返した後はあからさまに疲れている様子を見せており、先程交代しなかったのを不思議に思ったものだ。
動きも明らかに鈍っており、ボビーの出したパスにも追いつけるとは思えない様子だった。だが今の彼は普段通りの動きとスピードでRバイエルンのゴールに迫っている。
(マリーシアか。だが……!)
ろうそくが燃え尽きる寸前のような顔をしている彼を見て、おそらくこれが彼のラストプレーとなると鷲介は確信。クルトたちの奮戦を期待する。
ティトがペナルティエリアに入る直前、一気にクルトが距離を詰めてきた。トルステンにはクルトの指示で戻ったフリオがついている。
彼が飛び出したのは先程Rバイエルンがやられたのと同じ奇襲のカウンターを仕掛けるためだ。攻勢に出ているRゲルセンキルヒェンだが自陣に残っている選手の数は少ない。ボールを奪えば容易にカウンターは成立する。
また疲弊しているDFの中で一番体力を残しているのがクルトだからだろう。今日の彼はコーチングで守りの統率をすることが多く、5レーンアタックにも参加していない。
そしてクルトもティトが最後の力を振り絞っていることを察したのだろう。だから一番スタミナが残っている己がボール奪取に来たのだろう。
(頼む、クルトさん……!)
ドリブルで抜こうとするティト。しかしクルトは惑わされずあっさりとボールを奪った。
それを見て鷲介は微笑み背中を向けてカウンターに備えた時だ、スタジアムから歓声が上がる。何事かと思い再び自陣を見ると、蹴りだそうとしたクルトに対しティトが体を投げ出すようなスライディングをしていた。
後ろから行っており思わずファールと思うようなそれだったが、彼の伸ばした足は正確にボールだけに向かっていた。笛は吹かれない。
弾かれ零れるボール。それに再びボビーが駆け寄りダイレクトでパスを出す。ペナルティエリアに浮かんだボールへサミュエルがヘディングをするがジェフリーと競り合っていたためコースが甘く、アンドレアスが弾く。
だがそれを拾ったのはトルステン。ダイレクトボレーを打つが、横から飛び出しギリギリで前を塞いだジュニオールが体を張って阻止する。
またしても零れるボール。それに駆け寄ったのはもはや限界と言える様のティトだ。
前を塞ぐクルトに対し、ティトは軽く体を動かす。それを見てドリブルを仕掛けてくるかと鷲介が思った一瞬だった。ティトの蹴ったボールはクルトの顔の側面を通過した。
先程のサミュエルやトルステンと全く違う、緩やかなそれはパスのようだ。しかしゴール左へ緩やかに飛び、優しくネットを揺らした。
「……!」
大歓声の中ピッチに腰を下ろすティトに傍にいたボビーたちが駆け寄ってくる。
2-3。電光掲示板に変化したスコアが表示される中、Rゲルセンキルヒェンは最後の交代枠を使用。監督と抱き合うティトに変わり、イザークの弟であり今季昇格したU-20ドイツ代表FWであるエッカルト・フィンケが投入される。
(イザークの弟。スタメンではないがスーパーサブ的な役割が多くスタミナも豊富──)
最後の交代選手のデータを脳内で確認しながら鷲介たちは相手ゴールに迫る。
1点差にされたとはいえここで退くという選択はない。今明らかに勢いは向こうにある。弱気を見せたり守勢に回るようなことをすればその勢いに呑まれかねない。
それを監督もわかっているのだろう。2点目を奪われたすぐ後にドミニクとミュラーに代わってロビン、アントニオを入れてきた。完全に攻め勝つ覚悟を決めたのだろう。
(一歩も引くものか……!)
後半三十分近くだというのに、真っ向からぶつかり合う22人のサッカー選手。
鷲介も限界が近いが、先程のティトに負けじと気力を振り絞ってピッチを駆ける。
そして展開される5レーン。今度はジュニオールのいる左サイドからだ。交代で入ったアントニオを中心としチームメイトとボールが左サイドを駆け上がっていく。
ゴール前の敵味方の動きを見て鷲介はセンターレーンからハーフレーンにダイアゴナルラン。そこへアントニオがキラーパスを出してくる。
(狙い通り……!)
駆け寄ってきたラモンを感じながら鷲介は心中で勝ち誇った。
鷲介の狙いは自分がゴールをすることではない。自分がハーフスペースに入ってラモンを引き連れたときに生まれた中央の空白にジークを誘導、彼にラストパスを出すことだ。
ラモンが前を塞ぐと同時、前に体を向けていた鷲介は反転、やってきたボールをダイレクトで左に出す。予想通りジークが駆け込んできていた──
「な!?」
しかし鷲介の思い描いた未来は現実にならない。ジークが駆け寄りシュートを撃とうとするより一瞬早く、イザークが飛び出しボールをカットしたからだ。
見事な、そして完璧なタイミングと言うようなパスカットに鷲介は声も無い。ジークも唖然とした表情だ。
ボールをカットしたイザークはそのまま前に進む。すぐにアントニオが前を塞ごうとするがその前に前にボールを蹴りだす。
縦パス一本。裏への抜けだしに反応したのはイザークの弟であるエッカルトだ。
18歳ながらU-20代表に選出。今季も途中出場が多いものの数年後にはレギュラー陣と遜色ない実力者となると将来を嘱望されている彼。
だが今はまだ未熟であり相対するのはジェフリーだった。あっさりと前を塞がれ、フィジカルコンタクトで大きくバランスを崩す。
だがそれでも彼は後ろにパス。それに駆け寄ってくるのはロビンとサミュエルだ。
(よし、奪える──)
そう思ったその時だ、鷲介の全身が泡立った。
唐突に武器を向けられたような、背中に猛獣の気配を感じたような、予期せぬ危機感を覚えて。
「ロビンさん! サミュエルにボールを」
触れさせたら駄目だと鷲介は最後まで言えなかった。
ロビンよりわずかに速くボールに駆け寄ったサミュエルは、全く躊躇せず右足を振りぬく。
ゴールまで30メートル、いや27メートルと言ったところだろうか。ともあれ離れた場所よりRゲルセンキルヒェンのエースストライカーはシュートを放つ。
ピッチを這うような低空ボレー。完全に虚を突かれた一撃。しかしそれでもアンドレアスは腕を伸ばしグローブはボールを掠めた。
だがそれまでだった。コースが変わり斜めになったボールはポストに当たるも、ボールはゴール内側に突き刺さってしまった。
喜びの声に埋め尽くされるRゲルセンキルヒェンのホームスタジアム。ここで初めて喜ぶさまを見せるサミュエルたちを見ながら鷲介は自問自答し続ける。
「何故だ、何故俺のパスが奪われた……。いや、ジークさんの動きが読まれていたのか」
同点に追いつかれたきっかけは間違いなく鷲介のパスカットからだ。あれさえなければ──
(どうしてだ。なぜあんなあっさりとパスカットされたんだ?
5レーンに問題はなかった。この時間帯でも俺たちは実行できていた。
今までにないぐらい完璧にこなせていたのに。こんなことは今までになかったのに──)
敵やそのサポータの喜ぶ声。ジークやフランツの叱咤と激。
それらを聞き流しながら鷲介はのろのろとした動きでセンターサークルに向かうのだった。
◆
「引き分けか」
今しがた終わった試合の結果を見て、ダニエルは呟く。
「うーん。惜しかったですね。
同点に追いついた勢いのままRゲルセンキルヒェンがRバイエルンを負かしてくれたらよかったんですが」
「流石にそう上手くは行かないか」
残念がるマックスの言葉にラッセは言う。マックスほどではないが彼もそんな展開を期待していたようだ。
後半三十五分に3-3の同点となったRバイエルンとRゲルセンキルヒェンのゲーム。結果は引き分けだったがその後はホームチームが一方的に押し込んだ内容となった。
しかし無理もない。同点に追いつかれるまでRバイエルンは互角か優勢に試合を進めていた。大きなミスもなく何度もチャンスがあった試合内容だった。
にもかからわずリードを守り切れなかった。いくらRバイエルンでもそのショックは大きかったのか、残り時間の間攻守ともに動きは鈍っていた。
「しかしあの様子を見るに今の時点ではジークフリートもフランツも、そして監督さえもRバイエルンの致命的な弱点と欠陥に気付いていないな」
「インタビューでも戦術を超えた相手の勢いが凄かった、ですものね。違うんだよなー」
そう、今日の試合、リードしていながらも追いつかれたのは──ゾーンに入ったサミュエルのスーパーゴールはともかく──戦術のレベル云々が理由ではない。
それに気付いていないようであれば──
「ダニエル。来週の試合はどうなると思う?」
「彼らが気付かなければ次週のゲーム。私たちの完勝だろうな」
自分が出したのと同じ結論を聞き、マックスはにやりと微笑むのだった。
リーグ戦 15試合 13ゴール7アシスト
カップ戦 0試合 0ゴール0アシスト
CL 3試合 5ゴール2アシスト
代表戦(三年目)1試合 1ゴール1アシスト




