強豪二連戦──Rゲルセンキルヒェン戦②──
「2-0で前半終了か。さて後半、どうなると思う?」
大勢のLミュンヘンサポーターたちで賑わうカフェの一角で、TVに映っている控室に向かって行く両チームの選手の姿を見ながらマックスは隣に座る男に言う。
ラフな格好をした禿頭に近く髪をそり上げた長身の男。彼はダニエル・エニェアマ。今季フリーでチームに加入したLミュンヘンのチームメイトだ。
「当然だがこのままでは終わらんだろう」
「確かに。あのRゲルセンキルヒェンが。トルステンやサミュエルが沈黙するはずも無いからな。
それに何もせずに失点したとも思えん」
ダニエルにそう言うのは彼の左側にいるラッセだ。
三人がこのカフェにいるのは次のRバイエルンとの対戦は彼が初対決なので、今現在の敵チームをどのように見ているのかを知りたかったからだ。
何せ今季チームに加入したばかりだというのに、既に彼はチームの主力──マックスやラッセと共にチームの躍進に欠かせないキープレイヤーとなっている。
怪我やカードなど何か起こらない限り、決戦となるRバイエルンとの試合に出場するのは確実だろう。
「確かにクラフトさんの言う通りだ。
スコアは0-2となったがRゲルセンキルヒェンイレブンの目からは反撃の意志は失われていない。
特にラモンたち中核の者たちは異様なほど落ち着き払っている。間違いなく反撃の策があるのだろう」
そう言ってダニエルはちらりとこちらを見る。その空全体を見渡すような眼差しを見てマックスはわかった。
ああ、この男は自分やラッセと同じく、後半Rゲルセンキルヒェンが何をしようとするのか、おおむね察していると。
彼の顔を見てラッセもそれを悟ったのか、不敵に微笑み、言う。
「Rバイエルンの5レーン。完成度も月日がたつごとに上がっており精度も欧州でも上位だろう。
だが万能ではないし弱点もある」
「そうですね。──そして何より、強力な武器は使えば使うほど対策され、使いにくくなる。
いかなる状況でも使える攻撃なんてものは存在しませんからね。
さてと、後半のRゲルセンキルヒェンはどこを攻めてきますかねぇ」
彼がどこまで気付いているのかを誘導するような物言いをするマックス。
それにダニエルは答えず、手元に置かれているコーヒーを静かにすする。
そして前半について語っているサポーターたちの会話や声を耳にしながら、
「そう急くことも無い。後半45分で答えも出るのだから」
答えを予測できているような数学教授のごとき、落ち着き払った表情で答える。
こちらの予想はすべて把握できている。そのような態度を見てマックスは今季何度も感じた頼もしさを覚えるのだった。
◆
後半開始の笛の音が響き、両チームのイレブン22名が再びピッチを駆け巡る。
ボールとそれらを眺めながら鷲介はハーフタイムの中で監督から言われたことを反芻する。
(戦い方に大きな変更はない。リードされた相手はより苛烈に攻めてくるだろうから守備を意識する。
そして攻撃も同様、相手が攻撃に傾倒しすぎた時か、確実な数的有利になれるとき──)
後半が始まると、予想通りホームであるRゲルセンキルヒェンは前半より前のめりとなって攻めてきた。
しかしそれを予測できていたRバイエルンは余裕の態度で受け止め、そして的確にボールを奪取しては速攻を仕掛ける。
後半十分が経過するまでシュート二本を放つことができ、どちらも枠内。結果として3点目は奪えなかったが一つはCKにもなるなど副次的なチャンスも生まれていた。
(今のCKからのドミニクさんのヘディングは外れたがいい調子だ。
この様子ならあと少しで止めとなる3点目が奪える──)
そう鷲介が思ったその時だ、ボールをセットしたシューマッハが立ち上がると突然鋭い眼差しとなる。
それに鷲介が驚くのと同時、彼は大きくボールを蹴り上げる。ハーフェーラインを超えたそれを収めたのはRバイエルンの左サイドにいたユーリだ。
(何でフリーで!? ジュニオールは)
心中で驚き、しかしすぐに気づく。そのジュニオールが本来いるべきところよりも、高いポジションを取っていたことに。
ロングボールを悠々と治め、サイドを上がっていくユーリ。ジュニオールの責任だが彼だけを責めるのは少々酷だ。
ジュニオールがCKの時、こぼれ球を狙って上がるのはよくあることだからだ。そして他のDFたちや近くにいる面々もいつもならそれを前提でCKの後は守備を固めており、今のようにサイドを爆走させるような真似はしない。
しかし今日、いや今に限っては別だろう。何せ今の今まで相手の攻撃を抑えられており、つい数秒前まで3点目が入ろうかと言う場面を見ていたのだ。
DF陣の、いやチーム全体の一瞬の気のゆるみの結果と言うべきだろう。
鷲介も下がりながら自チームが素早く連動し守備を固めていくのを見る。だがそれを待っていられるかと言わんばかりにユーリはファーサイドへクロス。
アンドレアスの右手側のハーフレーンに飛ぶボール。処理しようとクルトが動いているがそれより早く、彼の背後からトルステンが反応。
リーグ有数の飛び出し屋である彼はオフサイドにならない素早く正確な動き出しで抜け出す。そして飛んできたボールに足を伸ばした。
ボールに当たる右足のつま先。ゴール右に飛ぶボールをアンドレアスは左手を伸ばして弾く。
零れたボールに駆け寄っているのはジェフリーとサミュエルだ。両者のポジションを見て鷲介は安堵する。
(よかった。ジェフリーさんの方が先に回収できる……!)
予想通りとなりジェフリーはひとまずボールをサイドラインに蹴りだす。
だが次の瞬間、信じがたい光景が目に入った。ボールを蹴り出したほうにサミュエルが反応、足を伸ばしてボールがサイドラインを割るのを防いだ。
さらに鷲介と同じく驚いていたジェフリーよりコンマ数秒、彼は早く動く。サミュエルが防いだボールは宙に浮いており、それに彼はボレーシュートの体勢に入ったのだ。
(無理だ! いくらなんでも入らない! ジェフリーさんも前に詰めて──)
そう思う鷲介の眼前で、またしても信じがたい動きを見せるサミュエル。
ボレーを打たせまいと前に出てきたジェフリーに対し、サミュエルはシュートを撃たない。ボールがピッチに落ちると同時左に切り返したのだ。
(あの状況で……! なんという動きと)
冷静さと鷲介が思うのと同時、サミュエルの左足が振るわれ、放たれたシュートはRバイエルンのゴールネットに突き刺さる。
スタジアムにある電光掲示板に大々的に1-2と表示され、スタジアムは歓喜の渦に包まれる。
だがゴールを決めたサミュエルもRゲルセンキルヒェンのイレブンも喜ぶ様子は見せずボールを早々にセンターサークルに運び、こちらに向き直る。
そして彼らの顔を見て鷲介は思わず後ずさる。さっさと始めろ。逆転する時間を無駄にするなと語っていたからだ。
「1点返したぐらいで随分調子に乗っているな。……その意気を挫いてやるか」
「ええ。すぐに二点差に戻してやりましょう」
静かだが、苛立ちのあるジークの声。それを聞いて鷲介も気合を入れ直し相手チームを睨みつける。
後半十四分の反撃に応援の熱はより熱さを増す。Rゲルセンキルヒェンイレブンもそれを燃料としたかのように攻守に渡って動く。
だがジークやフランツ、ジェフリーらの怒号のようなコーチングやティーチングにより連動するRバイエルンは相手の攻撃を弾き返してカウンター。
そして後半二十一分、右サイドのフランツから始まった5レーンアタックで相手守備陣を揺るがし、最後はジークが強烈なシュートを相手ゴールに叩き込む。
1-3。本日四度目のスコア表示に勢いのあったRゲルセンキルヒェンサポーターは消沈し、観客席からの声援には哀しみと嘆きの声が混じっている。
それを聞きながら鷲介は相手を見て、ぎょっとした。彼らはサポーターのように意気消沈するどころか、先程一点返した時と同じ動きを見せている。
自軍のゴール内に転がっているボールを拾い、すぐさまセンターサークルに戻す。そして自陣にいる鷲介たちに早く戻るよう言っている。
(何だ……。何でそんな顔になる?)
覇気のある、勝利を信じている彼らを見て、鷲介は思わず背筋が寒くなるのだった。
リーグ戦 14試合 12ゴール7アシスト
カップ戦 0試合 0ゴール0アシスト
CL 3試合 5ゴール2アシスト
代表戦(三年目)1試合 1ゴール1アシスト




