強豪二連戦──Rゲルセンキルヒェン戦①──
「とうとう明後日から強豪二連戦だね」
鷲介は頷き、グスタフの出したコーヒーを口にする。
静かなBGMが流れるグスタフの両親が経営する喫茶店。昼を過ぎたこの時間、客はまばらだ。
「まずはRゲルセンキルヒェン。勝てるかな?」
「勝つにしろ負けるにしろどちらも無傷で終わらないだろうな」
短かったウインターブレイクも終わり、後半戦に入ったシーズン。
すでに20節まで終了している現時点での順位はこうなっている。
1位 Rバイエルン 20戦17勝3分け 勝ち点54
2位 Lミュンヘン 20戦15勝4分1敗 勝ち点49
3位 Rドルトムント 20戦15勝3分2敗 勝ち点48
4位 Rゲルセンキルヒェン 20戦 13勝5分2敗 勝ち点44
5位 ヴォルフFC 20戦13勝2分5敗 勝ち点41
6位 フランクフルトK 20戦11勝7分2敗 勝ち点40
まず首位であるRバイエルンはLミュンヘン戦の勢いを現在も持続しておりリーグ四連勝。間にあったカップ戦も勝利してベスト8に駒を進めている。
2位のLミュンヘン、3位のRドルトムントは、5位のヴォルフFCに共に2勝1分けと順当に勝ち点を積み重ねている一方、フランクフルトKは失速。6位まで順位を落としている。
そして明後日対戦する4位のRゲルセンキルヒェン。Rバイエルンと同じく17節から4連勝。ドイツリーグ最強クラスともいえる攻撃陣が爆発しており、エースのサミュエル・オリンガはジークと並び17ゴールをマークして得点王ランキング1位となっている。
「厳しい試合になりそうだね」
「ああ。サミュエルさんを始めスリートップが爆発しているからな。俺たちも負けてはいないが後半戦は失点も多いからな」
「ジュニオール選手、だね」
憂いの顔になるグスタフに鷲介は首肯する。
後半戦に入り三連勝しているものの、スコアは5-3,4-1,5-2と言った具合で失点も多い。
チーム分析としては5レーンアタックによる攻撃回数の増加と攻撃面への偏り。──そしてオーバーラップしてきたジュニオールの裏を突かれたカウンターだ。
前半戦からも時々あったジュニオールの裏を突かれてのカウンターによる失点。それが後半戦になってからは3試合連続で起こっておりRバイエルンメディアやファンからはジュニオールへの批判も起こっている。
鷲介から見れば彼は前半戦と変わったところは特にないように思える。調子も悪いようには見えないし後半戦では三試合連続でアシストも決めている。
おそらくシーズンが半分終了したことで他のクラブが彼の上がるタイミングや空いたスペースの使い方を調査、対策を打ってきたのが理由なのだろうと、鷲介は思う。
「そして現在、ブルーノ選手のスタメン復帰の声が上がっていると」
「ま、ブルーノの奴。好調だしな」
ジュニオールに非難が集まるのはチームが好調なことと、サブに降格したブルーノの調子がいいことが理由だろう。
彼がスタメン出場したカップ戦ベスト16の試合。リーグ戦と同じく攻撃陣は爆発し4-0の快勝だった。
4-0。クリーンシートである。しかもその試合ブルーノはしっかりアシストも決めている。
またリーグ戦においては3試合とも後半からジュニオールと交代。その後は粘り強い守備で相手からゴールを許していないし、1アシストも上げている。
そんな活躍ぶりを見せるブルーノにメディアやサポーターからはスタメンに戻せだの、強豪二連戦の間だけスタメンにするべきと言った声が出ていた。まぁ守備が安定している上、得点力が変わらないのであれば当然ともいえるが。
「グスタフはどう思う? ブルーノがスタメンになった方がいいか?」
「間違いなく守りは安定するよね。ただジュニオール選手のままでいいと思うよ」
「へぇ、どうしてだ?」
「ブルーノ選手が入ったことで得られる安定した守り。それをRゲルセンキルヒェンは食い破りそうだからだよ」
Rバイエルンと同じ17節から四連勝しているRゲルセンキルヒェン。エースのサミュエルが爆発している通りスコアも4-2,4-1,5-0,6-3と凄まじい。
両ウイングのティト、トルステンはもちろんMF、DFも満遍なくゴールを上げている。例えるなら今のRゲルセンキルヒェンは全方位砲台のような凄まじい火力を持ったチームだ。
そんなチームの火力が向けられる明後日の試合。グスタフは下手にバランスを取って相手の攻撃力に呑まれるよりも、正面からの打ち合いをしろと言っているのだ。
「お前らしからぬ攻撃的な意見だな」
「その理由の一つは鷲介でもあるよ。後半戦が始まっても好調だしチームの大量得点源の理由の一つだからね」
鷲介もチーム同様好調を維持しており後半戦はスタメン出場。
試合でも5レーンアタックへの順応はもちろんオフ・ザ・ボールの動き出しによる相手ゴール前に生まれるスペースへの飛び込み、味方へのスペース作りでいくつものチャンスを作り、味方へアシストもしている。
結果として20節終了時点で12ゴール7アシスト。得点王ランキングも5位に浮上していた。
「鷲介はジュニオール選手とブルーノ選手。どちらがスタメンになった方がいいと思うのかな」
「……俺としてはブルーノだろうか」
周囲を見回し、それでも誰に聞かれているかわからないので鷲介はグスタフ一人が聞き取れるような小さい声で言う。
グスタフの言う通り打ち合いをして負ける気はしない。ただそうなれば試合は最初から最後まで点の取り合いとなり、恐ろしくハードなゲームになる。
ブルーノがスタメンとなった場合、相手の勢いに押されつつも耐え凌いでの攻撃やカウンター。そして後半、相手が疲れ陣形が乱れたときにジュニオールを投入。一気呵成に決着をつけるといったところか。
守備力を上げチーム全体のバランスを取ったのは明後日の試合が相手のアウェーであることも一因だ。ホームサポーターの大声援を受けたRゲルセンキルヒェンがどれだけパワーアップするのか、予測不可能だからだ。
「点を取るだけならジュニオールがいなくても俺たちでなんとでもなる。
ラモンの奴は厄介だが、俺に釣らせればジークさん達がその隙を突くだろうしな」
もちろんそう簡単に釣られる相手ではないことはわかっている。だがラモンも鷲介を無視できないだろう。
そこからはどうやってRゲルセンキルヒェンの守備陣を攻略するかの話題になっていくのだった。
◆
ホワイトボードに表示されたスタメンを見て、鷲介は心中でちょっとだけ唸る。
(ジュニオールはスタメン。だが全体的に守備を意識したシステムにメンバーだな)
システムは珍しいことに4-4-2のボックス型。
GKはアンドレアス。DFは右からフリオ、クルト、ジェフリー、ジュニオール。
中盤、ボランチはドミニクとミュラー。右SMFはフランツ、左SMFは鷲介。
そしてツートップは右にアレン、左にジークと言う面々だ。
(Rゲルセンキルヒェンはやっぱりベストメンバーを組んできたか)
Rバイエルンの反対側に設置されているマグネット。11個あるそれらには番号が表示されており、今日のRゲルセンキルヒェンの予想陣形が作られている。
システムはいつもと同じ3-4-3。GKは鷲介と同い年ながら不動の守護神となったシューマッハ。DF三人はリーグ屈指のDFであるラモンにベテランながら若手の如くピッチを駆けるヨーゼフ。そして最後の一人はシューマッハと同じくドイツ代表候補選手の一人となったイザークだ。
中盤四人はこれまたよく走り、頑強な四人だ。ダブルボランチのナイジェリア代表のイヴォビとドイツ代表のデニスは攻守にわたって激しく動く選手の代表格であり、前二枚のポーランド代表のアダム、ロシア代表のユーリは技術がある大男コンビだ。
そしてFW三名。ヨーゼフと同じ29歳でありベテランの域に差しかったが動き出す技術はますます冴えわたっているドイツ代表のトルステンに、以前よりもドリブルが冴えわたり、またゴールへの執着心も増したアルゼンチン代表のティト。
最後はジークに匹敵と評されるアフリカ最強、不屈のライオンの帝王と言っても過言ではないワールドクラスのストライカー。カメルーン代表のサミュエルだ。
「5レーンは行うが、今までの試合のように前に出過ぎない。
ホームと言うこともあって相手は攻勢に出てくるからまずはその動きに慣れること。攻めるときもリードされていない限りリスクを冒さない。
それと攻めは基本右サイドから。ただしつけ入るスペースがあれば鷲介を中心に左サイドから攻めてもいい」
ホワイトボードにマジックペンで線を引きながら説明するヨシュア。
「前に出る場合は相手が攻撃に傾倒しすぎた時か、確実な数的有利になれるときだ。
守るときは中盤とFWによるプレス。ボールを奪えばショートカウンターによる奇襲を行うこと」
中盤とFWのエリアをペンで囲む監督を見て、守りの核であるミュラーとドミニクが視線を交わらせる。
「こちらのプレスを当然相手はパスを回してあの強力3トップにボールを預けようとしてくるだろうが、DFはコンパクトな距離を保ち、嵌めて取れ。
例えばロングボールに対して相手が競り勝って味方にパスを出そうとするならパスを出させた瞬間、二人で囲む。
裏抜けするようであれば一人は邪魔をして時間を稼ぎ、もう一人が相手とボールの進行方向に先回りするとかだ」
黒いマジックペンの線が次々とホワイトボードに入っていく。
強豪二連戦ということもあってか、監督の指示や作戦説明はいつになく綿密だ。
「ジュニオール。今日の守りの要はある意味君だ。
不用意に前に出ずまずはあの3トップを防ぐことに注力すること」
「はーい。ですが随分な警戒ぶりですね。
確かに最近点を取りまくっているようですが、ここまでする相手ですか? 前回はいつも通りに戦って完勝しているじゃないですか」
いつも通りの、緊張感を漂わせない態度でジュニオールが言う。
確かに彼の言う通りだ。鷲介がリハビリを行っている間に行われたRゲルセンキルヒェンとのホームゲーム。
彼の言う通り、あの時は4-2と言うスコアで完勝したが──
「ジュニオール、あの時とは全く状況が違う。
Rゲルセンキルヒェンはエースであるサミュエルをはじめ主力を数名欠いていたし、直近のリーグ戦では二試合連続の引き分けで調子も落としていた」
「だが今は見ての通りノリノリだろ。サミュエルはもちろん他の面子もゴールを取ってやがる。明らかに勢いに乗ったチーム状況だ」
「以前と同じやり方でも勝てるとは思う。でも一歩間違えればこっちが大量失点して負ける。そう思わせる雰囲気があるよ今のRゲルセンキルヒェンには」
ジェフリー、ブルーノ、フリオの面々に指摘され、またヨシュアが頷いたのを見てジュニオールはしぶしぶと言った様子で引き下がる。
攻撃好きな彼としては守備に力を入れろという指示が不満だったのだろう。とはいえ本職がSBである以上、守りにも集中してもらわなくては。
「ドミニクとミュラーも必要であれば下がり協力すること。当然アンドレアスもだ。
まずは相手の得点源であり、チームを勢いに乗らせている彼らを抑えて相手の士気を挫く。
我々の攻撃はそこからだ」
慎重ともいえるヨシュアの策だが──ジュニオールなど一部の面々以外──表情に納得がある。
もちろん鷲介もだ。こんな策を立てたのはヨシュアが見ているのはこの試合だけではなく、Lミュンヘン戦を含めた二連戦を見ているからだ。
(Lミュンヘンとの勝ち点差は5。この二試合の結果であっという間にひっくり返る)
Lミュンヘンの今日の相手は降格圏に沈むチーム。前回と違いレギュラーもほぼ揃っているので勝利は確実だろう。
仮にRバイエルンがこの試合に勝っても勝ち点差は変わらないが負ければ勝ち点差は2。引き分けでも3となる。
「話は以上だ。皆の活躍と勝利を期待する!」
ヨシュアもいつになく気合の入った声で言い、鷲介たちスタメンは控室を出て入場ゲートへ。
先に到着していたRゲルセンキルヒェンの面々。チームメイトたちが彼らと会話するのを見ながら、鷲介はこちらを見つめているサミュエルに近づく。
「昨季ぶりですねサミュエルさん。後半戦に入ってから随分好調のようだ」
「お前もな。他の面々はお前が調子を落としてくれた方がいいと言っているが俺としてはどちらでもいい」
落ち着いた表情。しかし鷲介を見据える眼差しには闘志が満ち満ちている。
「来季のことも、そして半年後の事を考えればここでRバイエルンを、お前を叩いておく必要があるのだから」
「そうですか。──まぁそれはこちらに同じことが言えるわけですけど。
リーグ優勝。そしてW杯の事がある以上、ここで完勝しておけば勢いはつきますからね」
今までにない不可解な圧を感じるが、それに負けじと鷲介も表情に力を籠める。
互いに数秒無言で見つめ合い、小さく微笑む。そして握手を交わし自チームの列に戻る。
言うべきことは言った。後は試合で魅せるだけ──。
フィールドに入場する両チーム。試合開始直前だというのに沸き立つ相手のホームスタジアムからはRゲルセンキルヒェンとサミュエルたちへのコールが盛大に聞こえてくる。
正面のRゲルセンキルヒェンの選手たちと観客席の沢山のホームサポーター。ピッチからもスタジアムからも向けられる肌を震わせるような熱狂と敵意。
しかし鷲介は小さく息をつき、鋭い眼差しを相対するサミュエルらに向ける。
(負けられないのはこちらも同じ。──勝つ!)
心中で呟くのと同時、試合開始の笛の音がピッチに響くのだった。
◆
Rゲルセンキルヒェンボールで始まった試合。いつもと違う陣形と前に出ないRバイエルンに対し、相手はサポーターの声援に押されるように前に出てくる。
パスをつなぎ、隙あらばシュートを撃つ。また相手がボール保持すれば傍にいた選手がすぐに囲みボール奪取をしようとしてくる。
今までと変わらない──しかしより激しさ、正確性が増したそれは鷲介の予想以上だ。皆も同じなのかしばらくはなかなか相手陣内に攻め込めない。
(相変わらずイヴォビの奴が全開で動きまくっているな。デニスたちとも連動してこぼれ球を拾いまくっていやがる……!)
始まったばかりだというのに全力で動きボールを回収しまくるRゲルセンキルヒェンのMFたちに鷲介は心中で舌を巻く。
シュートを撃つ回数も相変わらずだ。前半十分の間ですでに二本放っており、しかも二つとも枠内に向かっている。
しかし時計の針が十五分に差し掛かったあたりからRバイエルンも前に出始める。相手の今日の動きにも慣れてきて、そして彼らの間にできるスペースを利用しての5レーンアタック。
鷲介たちRバイエルンイレブンがピッチの上で無数のトライアングルを作り、相手ゴールに迫る。
(今までもそうだったがRゲルセンキルヒェンの戦い方はストーミングに近い。
だが嵐のような激しいプレスや動きも慣れれば脅威でも何でもない……!)
嵐のような激しさと呼称されるハイプレスサッカーの極致であるストーミングだが、実際の嵐のように選手たちがもろとも吹き飛ぶわけではない。
トライアングル、陣形を吹き飛ばされてもその隙を突いて何度も構成し直せばいい。そんな共有認識が鷲介たちRバイエルンイレブンにはある。
そしてこの試合を迎える前も、そして始まってからも、鷲介はピッチを走りながら相手チームの動きを、それに伴うフィールドの変化をじっと見ていた。
だから自分や味方がどのように動けば相手陣内でスペースができるか、フリーになれるか。決定的シーンが作れるか。ゴールへ至る無数のイメージが脳内で沸いてくる。
前半二十二分。左サイドでミュラーからのパスを受けた鷲介。すぐさま傍にいたデニスが寄ってくるが鷲介はハーフレーンにいるアレンにボールを渡し中に走っていく。
ハーフレーンを突き進むアレンにヨーゼフが迫るのと、センターレーンにいるジークがラモンを引き連れながら彼に近づいていくのを見ながら空白ができる逆のハーフスペースに向かう。
(ここに……!)
来いと鷲介が思った瞬間だ、ヨーゼフをかわしジークにパスを出すアレン。そのボールをジークがスルーする。
それを見て鷲介は笑みを浮かべる。移動する途中でジークとかわしたアイコンタクト。しっかりとこちらの意図を理解してくれていたようだ。
フリーとなった鷲介はボールを収め一気にペナルティエリアに侵入。放ったシュートは手を伸ばしたシューマッハの手をかわしゴールネットに突き刺さった。
「よしっっ!」
先制点を決めガッツポーズをする鷲介。集まってきたチームメイトたちと喜び合う。
「見事な動きだな鷲介!」
「俺が引きつけ空けたスペースによく飛び込んだ! よくやった!」
「はい。二人ともありがとうございます」
真っ先に駆け寄ってきたジークとフランツに鷲介も破顔する。
だがすぐに表情を引き締め、二人に言う。
「ですがまだ試合は四分の三も残っています。
焦らず、着実に得点を重ねていきましょう」
先制点を奪われたRゲルセンキルヒェンイレブンは微量の悔しさを面に見せている。
だがこちらを睨みつける顔にはまだ余裕があり、そして自分たちの勝利を強く願う様子が見て取れる。
主審が吹く前半二度目のキックオフ。ホームチームは今まで以上に激しく動き前に出てきた。
しかしそれに対してRバイエルンはお互いに声を掛け合っては守り、又はプレスをかけてボールを奪取してのカウンターを放つ。
鷲介も相手が有効利用しそうなポイントを見極めては先回りし攻撃の遅延させ、またはそこに来たボールのインターセプトを試みたり、やってきた選手に体を寄せる。
(相手ゴール前で感じ取れるスペースができる瞬間の見極めを中盤で行う。
しかしこれ疲れるな……!)
ゴール前以上に目まぐるしく状況が変化する中盤。いつも以上に周りに視線を向け、フランツやミュラー達のコーチングを聞いていても完全とはいかない。
しかし全く効果がないという訳でもない。幾度かは相手に体を寄せ、インターセプトに成功する。
試合の流れはRバイエルンにある。だが直近勢いのあるRゲルセンキルヒェンにサミュエルは鷲介たちの守りを二度、突き破る。
前半二十六分、広くサイドに開いたティトへ逆サイドから長いロングボールがやってくる。
そこへフリオとドミニクが近づきボールを奪おうとするが、それより一瞬早く彼は前に動く。正面のフリオをかわすドリブル突破──と思った次の瞬間、彼はパスを出す。
Rバイエルンの右サイドから斜め右に飛ぶボール。一気にペナルティアークまで飛んだそれにサミュエルが反応。シュートを撃つ寸前クルトがボールとの間に体を入れるが、彼が伸ばした右足はボールを捕らえボレーシュートとなりゴール枠内に。
アンドレアスが長い手を伸ばしてボールをゴールから弾いたが、触れなければゴールネットを揺らしていたシュートだった。
前半三十三分、ボール奪取したミュラーがカウンターのパスを出した直後だ、イヴォビが体を投げ出すようなスライディングでカット、それを拾ったラモンがシュートのような強烈なスルーパスを放つ。
右のハーフスペースを通過したそれにトルステンが反応。パスを受けてシュートを放つがアンドレアスが体を張って防ぐ。
だがこぼれ球にジェフリーを振り切ったサミュエルがスライディングシュートをしてボールをゴールネットに突き刺した。それを見て鷲介は背筋が冷たくなるが、主審がトルステンのオフサイドの笛を吹いてノーゴールとなった。
どちらも得点にこそならなかったが、一歩間違えればと言うシーン。そして一点のリードではリードにならないことを痛感させてくれた。
(前半残り五分……。いけるか)
敵陣の様子を見て鷲介は思いまずフランツを見て、次にアレン、今日は守備に専念しているジュニオールに視線を向け再びフランツを見る。
短く首を縦に振るフランツ。攻撃の許可が下りたのを見た鷲介はジュニオールにアイコンタクトをして中盤から前線に上がる。
(カードも負傷もなくファウルも少ない前半。おそらくロスタイムはほとんどない。
なら残り時間攻勢に出て追加点を奪い、相手の士気を挫く……!)
鷲介がトップに上がったことでシステムは本来の4-3-3へ。前線は鷲介が左、中央はアレン、右がジークとなる。
そして上がってきたジュニオールが鷲介とミュラーと早速絡む。トライアングルを作る三人は前半も終わろうという時間帯で乱れ、緩くなっている左サイドを突破する。
「強襲のつもりだろうが、さすがに二点目は許さねぇよ……!」
アレンが作ったスペースに飛び込みジュニオールからのパスを受けた鷲介だが、その前にラモンが立ちはだかる。
鷲介はペナルティライン上にいる彼。そして周囲を一瞬見て軽く左に体を動かした次の瞬間、鋭く右に切れ込む。
しかし流石は世界トップクラス、南米屈指のCB。フェイントを織り交ぜた鷲介の動きに見事についてくると同時、二人の間にあったシュートを撃てる空白を潰した。
(くっ……! このままではボールを奪われる。せめて味方にパスを──)
刹那の時間で鷲介が思った時だ、後ろから誰かのパス要求。
それを聞き鷲介は反射的にそちらにパスを出す。踵で出したそれに応じたのは全速力で入ってきているフランツだ。
後ろにイヴォビを引き連れている彼を見た鷲介はすぐに彼のシュートコースの邪魔にならないよう移動。場所が空いたと同時、フランツは振り上げた右足を振りぬく。
フランツが放つ強烈なミドル──ではなく、緩やかなチップパス。そしてそのパスが落ちる場所へジークがダイアゴナルランで走り込むのを鷲介は見る。
飛び出すジークに向かってシューマッハも体を広げ前に出る。何としても追加点は許さないという表情の彼にジークもまた微塵の躊躇も見せず左足を振りぬく。
ジークの左足のボレーシュートはシューマッハが広げた左腕に当たりバウンドする。だがボールはゴールへと向かい、ゴールラインを割った。
「ジークさん!」
「鷲介!」
ホームサポーターの悲嘆の声が響く中、鷲介はジークと肩を抱き合うのだった。
リーグ戦 14試合 12ゴール7アシスト
カップ戦 0試合 0ゴール0アシスト
CL 3試合 5ゴール2アシスト
代表戦(三年目)1試合 1ゴール1アシスト




