U-17,イングランド戦1
「お、来たか」
部屋に入ったカールへ最初に声をかけたのはくすんだ金髪と浅黒い肌を持つ少年だ。
彼はトーマス・ユング。ドイツU-17代表にてカールと共にツートップを組んでいるFWだ。スピードと身体能力に優れた選手で今大会ではそれを存分に生かしセバスティアンとならんでチームのアシスト王でもある。
カールが入った部屋はドイツU-17メンバーが泊まっているホテルの一室。代表が予選の中、ミーティングに使用していた広い部屋だ。
部屋の奥にある大型モニターには今から行われるU-17W杯のグループE。日本対イングランドの試合会場が映し出されている。
「お、カール」
「カール、こっちへ」
振り向くセバスティアンと彼の隣に座るすらっとした長身の男はオリバー・シューマッハ。ドイツU-17の正ゴールキーパーでカール、セバスティアンと同じプロ選手だ。
「遅かったね、どうしたんだい」
「少しPCをいじったり土産の片づけ、整理をしていてな」
「ところでカール、ウチのヒルトはどうだ? 可愛いだろう」
座ったカールの正面にスマホの画面を向けるシューマッハ。表示されているのは動画でポメラニアンの子犬がボールで遊んでいる。というより暴れまわっていると言った方がいいか、可愛らしい姿なのに凄まじい元気ぶりだ。
「この子は前見たポメラニアンの子供か」
「ああ、全く親に似たのか元気すぎるぐらいだ。まぁそこがいいんだけどな!」
いかつい顔を破顔させて笑うシューマッハ。その外見とは裏腹にこの男、無類の犬好きで特に実家で買っているポメラニアンの犬への対応はペット等よりも家族、親類に対する物なものだ。
ちらりとセバスティアンを見るとやや疲れた表情をしていた。どうやら散々シューマッハに飼い犬の可愛さを語られ、スマホの動画を見せられたらしい。適当に流せばいいのだが、それができないのがお人好したるセバスティアンらしい。
「ペットが可愛いのは分かったから、そろそろテレビを見ようぜ。せっかく”ゾディアック”同士の試合が見れるんだからよ」
「そうそう、予選じゃまだ一試合も見られてないんだし貴重だよ?」
呆れた声でそう言うのは腕を組んで後ろに座っているアレクサンドル・ハインツだ。190を超える大柄ながらもやわらかさと屈強さを併せ持つ彼はドイツU-17のDFを纏める男でU-17にいる4人目、最後のプロ選手だ。
そのハインツに相槌を打った赤毛の少年は代表の右SBのレギュラー、ガブリエル・マイヤー。プロではないが来シーズントップチームに昇格が確実視されている実力者だ。
「さて、どっちが勝つかな。同じ”ゾディアック”としてカールはどう思うよ」
「サッカーはチーム競技だ。一人の突出した選手がいたとしてそれだけで勝てるようなものじゃない」
トーマスの問いにカールはそう答えるが、
「模範解答のような答えだけどカール、君たちゾディアックはA代表、プロの試合はともかく、世代別ならそれが可能なぐらいの実力はあるだろう?」
「ハインツの言う通りだね。まぁそのおかげで僕たちは予選リーグ全勝、一位で決勝トーナメントに進めたわけだけど」
ガブリエルの言葉にカールは応えない。確かに自らが別格の実力を見せグループリーグの対戦国に完勝したが、それも司令塔たるセバスティアンや相棒のトーマスのパスがあってのことだ。年代別代表で付き合いの長い彼らがいなければあそこまでのパフォーマンスは発揮できなかっただろう。
画面に両チームの試合前ウォーミングアップが映り、さすがにスマホをしまうシューマッハ。緑色の瞳が細められ、その視線はアップ中の柳へ向けられてる。
アレクサンドル、ガブリエル、トーマスも視線を鋭くして柳を見る。散々話には聞いていたが昨季のユースリーグでコテンパンにやられたことをまだ根に持っているようだ。
「ミュラーはどう思う?」
「そうだね。チームとしての総合戦力としては互角。だけど鷲介とアーサーでは若干鷲介が上かな。
ゾディアック同士、実力的にほとんど差はないけど怪我から復調したてのアーサーに対して鷲介は特に怪我も負傷もなく万全だからね。
──ただ、チームの戦術を考えればアーサーのいるイングランドが優勢とは思うよ。ロングパスを主体とするイングランドとゾディアック随一のパス精度のアーサー。相性は抜群だ。ロナウドがいなかったとはいえブラジルに後半だけで4ゴールを叩き込んだわけだし。
一方の日本と鷲介はそれなりに馴染んではいるけど、イングランドほどの融和性はないね。彼がチームの中心と言うわけでもないし」
確かにセバスティアンの言うとおりだと思う。活躍はしている柳だが、日本のメンバーから一番ボールを預けられているのはボランチのフジナカか左サイドハーフのシムラだ。攻撃、反撃も彼らを経由することが多い。
ポジションの問題ではない。選手たちの意識に彼ら二人がチームの核として浸透しているためだ。元にドイツU-17ではカール、セバスティアン、アレクサンドル達にボールが集まることが最も多い。柳はクラブでよくある助っ人プレイヤーのような立場と言った方がしっくりとくる。
「ま、とにかく双方勝つか負けるかはっきりとは分からないから、楽しく試合を見ようよ」
笑顔を浮かべ、そう締めくくるセバスティアン。そしてモニターにはアップを終え散らばった両チームの選手と、ボール先行となったイングランドの選手がセンターサークルへ入っていくのが見える。
画面の向こうから聞こえる主審のホイッスル。グループE、日本対イングランドの試合が開始された。
◆◆◆◆◆
「大野、今度は9番だ!」
日本ゴールへ向かってくるボールとそれをキープしようと動くイングランドの動きを見て、宮野数馬はDF陣へ指示を飛ばす。予測通り飛来したボールを大野に競り勝った9番イーデンが頭で落とす。
競っていたにもかかわらず正確なポストプレーのボールを収めたのは黒色の肌を持つイングランドのCF10番、ウォーレスだ。
彼にマークにつくのは遠藤だ。彼はボールを奪い返そうとするもウォーレスは180後半の長身で強靭なフィジカルを生かしたキープ力でボールを渡さない。そして近くまで上がってきた左SMFの選手とワンツーで遠藤をかわすと、大きく右足を振りかぶる。
(シュートが来る!)
ペナルティエリア右から放たれた弾丸シュートは枠に向かっていたが、シュート直前にその軌道を予測していた数馬はパンチングで弾き、それを近藤が拾う。
(全く、ペナルティエリアの外からでもお構いなしに撃ってくるな)
イングランドのシステムはセネガルと同じ4-5-1。後ろやサイドからロングボールをCFに放り込む戦術だ。ただセネガルと違う点は飛んできたボールを収める選手が二人おり、それらが流動的に動くという点だ。
一人は当然ウォーレス、そしてもう一人がCMF、トップ下のポジションにいる9番イーデンだ。ウォーレスほどではないが身長は高く、そしてジャンプ力ならば彼よりも上だ。
そして大柄な体とは裏腹に良く動き回っては中盤でボールを落としては他の選手へボールを渡す、またはウォーレスとポジションチェンジを繰り返し前線に出てくる。正直とてもやりにくく、遠藤や藤仲たちも抑えるのに苦労している。
(しかし、問題のアヴァロンが意外なほどおとなしいな)
守備に戻っているイングランドの右SMFにいるアーサー・ロバート・アヴァロン。前半十五分を過ぎた当たりの今、予想に反して彼は控えめだ。
長短、どちらも見事な精度のパスを出してはいるが基本それだけだ。今日のところは完全なパサーとしてしか動いていない。また彼が出したボールをウォーレスたちがミスったり、誰もいないあらぬ方向へ飛んだりしている。ネットの映像で見た彼のパスは味方がピタリと収められるような正確かつ柔らかいパスだったのだが。
(結構前に出てくる選手だったよな)
パス精度が注目されているアーサーだがドリブルも上手く、昨季のイングランドリーグにおいてはサイド突破や、味方と連動して中央に姿を見せたこともある。
しかし今日は──というか初出場したセネガル戦でもそのようなプレイは殆どなかった。やはりまだ本調子ではないと言う事なのだろうか。
「柳!」
そんなことを考えているうちにボールをキープしていた藤仲からパスが放たれる。一瞬シュートと思うような強いロングパスを柳は足共に収める。
柳が前を向きドリブルをしようとしたその時だ。彼のマークをしている4番CBのイーノックと14番左SBのモイーズが距離を詰めてくる。
「柳、後ろに返せ。リターンで返す!」
柳の後ろに走ってきた宮国がそう言うが、彼はそれが聞こえなかったのか無視したのか二人に向かって行く。いつもの高速ワンフェイントでモイーズをかわすがその直後、距離を詰めてきたイーノックにチェックを受け、バランスを崩したところを戻ってきたモイーズにボールを奪取されてしまう。
(またか!)
どういうわけかわからないが、今日の柳はあの二人に抑え込まれてしまっている。もちろん二人とも──特にイーノックは優れた選手ではあるが数馬から見ても柳にはとても及ばない。
にもかかわらずあの二人は柳のドリブルのほとんどを止めてしまう。何度かは突破されたりもしたが、その時も必死に食い下がっては彼とボールをペナルティエリアの中へ侵入させない。
とはいえ日本の攻撃が停滞するような事態にはなっていない。ドリブルこそ通じていない柳だがパスを出したりオフ・ザ・ボールの動きでイングランドDF陣をかき乱している。結果として細谷が惜しいシュートを二度ほど打ったりした。
(といっても影響がないわけじゃないんだよなぁ)
フィールドの一番後ろから味方を見れる数馬としてはどうしてもわかってしまう。今までまるでゲーム、漫画のキャラのように軽々と相手を抜いてきた柳が二人に抑え込まれている。その事実はチーム全員が攻勢に出ようとするのに歯止めをかけてしまっている。
どうするのかと思いベンチを見るが、いつもと変わらぬ監督を見て数馬は眉根をひそめる。
(落ち着いている。何か策があるのか?)
そう思いながら視界をピッチに戻す。柳が奪われたボールを両チームが中盤で強奪を繰り返していたが、そのボールがアーサーの足元に収まる。
その瞬間、フォーレスとイーデンが動き出し、アーサーからロングフィードが放たれる。ウォーレスたち二人が動いたこと、また中盤のフォローに向かった近藤の不在によってできたスペースへ飛んでいくボールに真っ先に駆け寄っていくのはイングランドの左SMF、要注意選手の一人である快速ウインガー、ロランド・ハットンだ。
陣形が全体的に右に寄っていたところからの左サイドへのパス。しかも早く正確なそれをロランドは慣れた様子でトラップしては日本ゴールへ迫る。
「遠藤止めろ!」
「わかってる!」
数馬の指示と同時に動く遠藤。ウォーレスたちの動きに他のDFが気を取られてしまい、実質ロランドとの一対一だ。
小刻みに体を動かして遠藤を惑わすロランド。だが柳と言う格の違うドリブラーと連日相手にしているせいか、ごまかされずしっかりと間合いを詰めて決定的な仕事をさせない。
その間にフォローに来る他のDFたちを見てこれなら防げる、と数馬が思ったその時だ。ロランドは寄ってきたウォーレスとのワンツーで遠藤の裏へ抜け出し、さらにダイレクトでセンタリングを上げる。
「!?」
そのグラウンダー製のボールへと群がる日本とイングランドの選手たち。だが一番速かったのはイーデンだ。彼は大野が寄せてきているにもかかわらずダイレクトでシュートを放つ。
「ぬ、あっ!」
日本ゴールへ放たれたシュートはコースこそ甘いが勢いがある。手を伸ばした数馬はパンチングで防ぐがその勢いは殺し切れずてんてんとピッチを跳ねてゴール右隅へ向かう。
(させるかぁっ!)
必死の思いでボールに駆け寄る数馬。ボールはポストに当たりゴールラインを割ろうとしたが、ボールの中心部分がラインに重なったところで数馬の伸ばした右手がボールを押さえる。
(あ、危なかった……)
ボールを抱え、呼吸を荒げつつ安堵する数馬。眼前にはこぼれ球を詰めようとイーデンとウォーレスが近くまで来ていた。間一髪だ。
柳にアーサー。両チームの最大戦力は今のところ大人しいが、かといってこの試合が厳しいのには変わりない。各ポジションの核となる選手は両チームともに躍動しているのだから。
(ゾディアックばかりに気を取られてる場合じゃないな。サッカーは11人で行うんだから)
数馬は改めて気を引き締め直し、ボールを近藤へ渡すのだった。
◆◆◆◆◆
「なーんか、変な試合だなぁ」
日本対イングランドの試合が始まって20分が経過した時、トーマスが言った言葉にセバスティアンは首をかしげる。
「変って何がだい? どちらも譲らない一進一退の好勝負だと思うけど」
「いやまぁそうなんだけどさ。ホラ、肝心の柳やアーサーが目立ってないというか地味というか」
「そうだな。まぁアーサーは怪我明けと言う事で分かるとしても柳のあのざまはなんだ。あの程度の二人に止められるなんて」
やや怒った声で言うのはアレクサンドルだ。
「いやでもあの二人、上手いよ。あそこまでぴったりと息が合っているのって珍しいよね」
アレクサンドルをなだめるように言うガブリエル。
彼の言うとおり、あの二人が今日鷲介のドリブルを封じているのは二人のコンビネーションによるものだ。方法は単純で鷲介が相手をかわすためトップスピードに加速した直後を狙っているだけだ。
ちなみにこの方法、去年戦った幾つかのユースチームもやってきたが、今ほど鷲介を押さえこめたチームはなかった。その理由は簡単だ。
「そうだね。見事なコンビネーションだよ」
セバスティアンが言った通りコンビネーション、マークについた両者の息が合っていなかったからだ。だがイングランドの二人は今まで見たどのマーカーよりも息が合っている。
鷲介も彼らのマークを外そうといろいろしているが、常に一定の距離を保ちながら彼の前にいる。さながら衛星のように。
「イーノックとモイーズ。あの二人はマンチェスターFCのユース出身だからね。よほど昨季鷲介にコテンパンにやられたことが衝撃だったんだね。相当練習、したんだろうなぁ」
戦ったことがあるセバスティアンにはよくわかる。以前よりも二人はあらゆる面が向上している。特にイーノックは素晴らしい。今大会有数のCB──とセバスティアンは思っている──アレクサンドルに引けを取っていない。
「今は互角の展開だが、このまま日本に点が入らないとなると状況はイングランドに傾くな」
カールの言葉にセバスティアンは声に出さず同意する。鷲介にアーサー、どちらも大人しいが決定的なチャンスを生み出しているのは後者の方だ。
そして彼らが作りだしたチャンスをゴールへ直結させている機会もイングランドの方が多い。
「でもまぁ点が入らないってことはないと思うよ。前半のうちに1点は入るんじゃないかな。多分、日本に」
「どうしてそう思う」
「鷲介が、全然焦ってないから」
カールにそう言ってセバスティアンは画面に映った鷲介を見る。多少ストレスがたまっているような表情だが、焦りと言ったものは全然感じられない。ポウルセンに止められた時に見せたあの絶望顔に比べればだいぶました。
イングランドからボールを奪った日本の5番がフジナカへボールを渡す。奪いに来たイングランドの選手をシムラとのワンツーでかわすと右サイド、ペナルティエリア近くにいる鷲介へロングボールを放つ。
それを難なくトラップする鷲介。そこへ再びあの二人が距離を詰めてくる。ゴールの方を向いた鷲介は体を左右に動かし左へ突破する──と見せかけて逆の右へ動き、それと同時にボールは後ろから来た味方へヒールで渡す。
鷲介からのヒールパスを受け取った背番号3番は右サイドへ走り込んだ鷲介へリターン。その鷲介を追うイーノックたち。
ペナルティ横で再び2体1の状況。鷲介は先程よりもややゆっくりめで体を左右に動かし、左へ加速する。かわされるモイーズだが当然今までのようにそこへイーノックがボールを奪うべく迫ってくる。
だが今度はボールは奪われなかった。何故なら鷲介はイーノックにボールを奪われる直後、鷲介が右サイドに流れたことによりできたスペースへ走り込んできた13番にパスを出したからだ。
ペナルティエリア外ギリギリでフリーとなった13番は上がってきた勢いのままエリアに侵入、シュートを放つ。だがとっさにカバーに入ったイングランドDFの体にボールは当たり、そのボールをイーノックが大きくクリアーする。
「……なるほど。あれなら焦る必要はないな」
カールが呟き、セバスティアンも「そうだね」と同意する。やはり彼もうすうす気が付いているようだ。
「二人だけで分かっていないで説明しろよー」
「前半が終わってスコアレスドローだったら話してやる」
「あ、また日本ボールだ」
イーノックがクリアーしたボールはセンターラインを超えるが寄ってきたイーデンに届く前に日本のCB背番号2番がヘディングでクリア。それを5番がフジナカへ。
さらにフジナカは左に上がってきた背番号14とシムラ、三人とダイレクトパスを繋ぎイングランドDF陣を翻弄、ペナルティエリア近くの鷲介にパスを出す。
パスを受け取った鷲介。そこへ迫るモイーズとイーノック。鷲介は前を向き右へ切れ込む。鋭く澱みのない見事なカットインだが、今までと同じくイーノックが迫る。
だが鷲介はそれにかまわす右足を振りぬいた。ペナルティエリア外、20数メートルからの鷲介のミドルシュートは矢のごとくまっすぐ飛び、イングランドゴールへ突き刺さった。
「へっ?」
「おお」
間の抜けた声を出すトーマスとガブリエル。画面の向こうで鷲介は味方に群がれながらもサポーターに向かっていつものパフォーマンス──右手を天に突き上げる──を行っている。
「あいつ、あんな強烈なミドルを打てたのか」
強張った声を出すアレクサンドル。シューマッハも驚愕で両目を見開いている。
「別に驚くようなことじゃないと思うよ。リーグでも鷲介は何度か打っていたし。
まぁポストに当たったりゴールバーを大きく超えたりしてゴールこそなかったけどね」
「セネガル戦でも何本も打っていたぞ」
「いやそれはまぁ知ってるけど」
「ああまであっさりシュートを打てたことも驚きだ」
「そうかな? 鷲介の敏捷性なら別に驚くようなことじゃないと思うけど」
鷲介の速さは何も加速やダッシュだけではない。動き一つ一つにトーマス監督が世界最高レベルと評したスピードが乗っているのだ。
ブルーノのような世界クラスのDFならば初見でも反応、対応できるだろうが、イーノックレベルでは無理だ。ましてその確認としていたパスも彼らは止められていなかったのだから。
「イーノックたちの対策はまぁ間違ってはいなかったよ。もしユースリーグの決勝トーナメント1回戦で戦った時、今の彼らにやられたら勝つのは苦労しただろうね」
正直なところ、昨季の鷲介のミドルシュートはユースレベルでも”上手い”レベルだった。プロのDF陣、ゴールキーパーからゴールを奪うのは難しいものだった。
事実トップチームに合流してすぐのころ、練習で打ったミドルの悉くをアンドレアスに弾かれ、またはキャッチされるばかりだった。
「でも彼らが上達しているんだ。どうして鷲介が当時のままだなんて思えるのかな。
それに鷲介のすぐ近くには世界最高峰のミドル、ロングシューターがいるんだよ。影響を受けないはずはないよ」
「ジークフリートさん、か」
カールの呟きに頷くセバスティアン。鷲介から聞いたことはないが、少なからず影響を受けているのは間違いない。
何しろ監督に直訴してまで練習後、シュートの個人練習の許可をもらっているぐらいなのだから。
「さて、イングランドはどうするのかな」
イーノックたちの鷲介封じはあくまで鷲介のドリブルのみを限定したものだ。その証拠に今まで鷲介が出したパスを彼らは止めれてはいない。
パスだけならば他のメンバーやGKがフォローしていたが、ミドルシュートまで防ぐ算段はなかっただろう。
再開される試合。先制されたイングランドは前半と言う事もあってペースは変わらず日本を攻めたてる。一方の日本は先制した──それも今日の試合、封じられていたエースが決めたという事が活力を与えたのか、攻防共により前がかかり、積極的になってきている。
「お、なんか日本がイングランドを押してるな」
「先制点の勢いもあるのだろうが、イングランドの動きやフィジカルに慣れてきたのもあるんだろう。パスがリズムよく回っている」
アレクサンドルの評するとおりフジナカ、シムラが中心となって日本全体の動きやパス回しが活発化している。両サイドバックも上がる回数も増えてる。
そして右SB背番号3が背番号5とのワンツーでオーバーラップし、鷲介へボールを渡す。
(さて、どうするのかな)
ボールを持った鷲介に対し、イングランドは先程と同じようにモイーズとイーノックが距離を詰めてきている。そしてDF陣全体も彼に寄ってきている。
「抜かれても数でヤナギ止めるつもりか」
「あと中盤のボランチもちょっと下がってるな」
「しかし寄せが甘いようにも思えるな。中途半端と言うか」
カールとシューマッハ、アレクサンドルがそう言う中、ドリブルを始める鷲介。ボールを奪おうとしたモイーズを今までのようにすんなりかわした鷲介にイーノックがボールを奪うべく足を延ばす。
そこにセバスティアンが注力したその時だ。鷲介はモイーズのようにイーノックをあっさりかわすとペナルティエリアへ侵入する。それに慌ててGKやDFが距離を詰め前を塞ぐが右足を振りかぶった鷲介は左へボールを蹴る。寄ってきたDFがいたスペースに出されたボールはそこへ走り込んできた背番号11番が今度こそイングランドゴールへ蹴り込んだ。
「…………。あっさり抜いたな」
「そうだね」
追加点に日本の選手が喜ぶのを見ながら、しばし沈黙するU-17ドイツ代表の面々。少しして言葉を発したトーマスへセバスティアンは頷く。
「もしかして柳の奴、今まで手を抜いていたのか?」
「うーん、多分試合中調整していたんじゃないかな。二人の連携守備を抜くにはどんなドリブルスピードでいけばいいか。
あと何度も相対していたわけだし、相手のくせとかも把握していたんじゃないかな」
あの鷲介が封じ込まれているのを見たセバスティアンの脳裏に浮かんだ理由は三つ。どのぐらいのスピードで抜けるのか調べている、相手の動きを読み切ろうとしている、後半決定的なシーンで全力を出すため押さえている、だ。
U-17W杯にいる人間で鷲介の実力を最もよく知るセバスティアンとしては、彼ら程度に鷲介のドリブルが抑えられるなどありえないと確信している。一対一ならば各国A代表クラスのDFすら翻弄、突破してしまうほどなのだ。U-17のレベルで彼を押さえるならばセネガルのように組織で守るのがベストの方法だ。
また鷲介の先程のミドルシュートを目の当たりにしたため、イーノックはほんの少しだが守備位置、動くタイミングがずれてしまっていた。今まではモイーズの影から飛び出すような形でボールを奪取していたイーノックだったが、今のポジションどりでは鷲介から彼の動きが見えてしまっていた。
追加点でますます勢いに乗る日本に対しイングランドは前半でこれ以上の失点を避けようとしているのか、全員が自陣へ戻り必死に形相で守備に奔走している。あのアーサーもだ。
しかしそんなイングランドを嘲笑うかのように鷲介はドリブルで敵陣を突破。まるでサムライソードのように易々と英国の守備網を斬り裂き、蹂躙する。また彼の動きに──自分ほどではないが──ついてこられているフジナカ達主力メンバーの動きも重なって得点チャンスを生み出す。
だがイングランドの決死ともいえる守備にあと一歩及ばず2-0、日本リードのまま前半を終えた。