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ダッシュ!!  作者: 浮雲士
三部
127/192

イタリアの空の下で、赤のチームは躍動する2





「ジークさん!」


 鷲介はやってきたボールをセンターレーンにいるジークにダイレクトでパス。前に走りリターンを受けようとするがそれより早くシルヴィオがパスコースを塞ぎ、同時にジークからボールを奪おうとまとわりつく。

 左のエリックがすぐさまボールを要求するが、直後ジェレミアがコースを塞ぐ。鷲介の傍にもヴァレリーがいるのを見たのか、やむなくジークは左ハーフレーンにいるアレンにボールを返す。


(くそっ……! 何とか打開策を見つけないと)


 前半、監督による攻撃への指示はゴール前での素早く細やかなパス交換による崩しだ。RNSミランの5レーンの守りが追い付かないほどの。

 そのため鷲介はもちろんジークやエリックたちは周りを見て、又はフランツ達のコーチングを聞き幾度もポジションチェンジをしては攻めに転じていた。しかし鷲介たちの動きやポジションチェンジに赤と白のイレブンたちは動揺することなく対応。何度か崩すシーンはあったが決定的な場面は一つも作れずにいた。

 鷲介は監督の方を見る。立っているヨシュアはいつも通りの顔をしながら中盤や後方へ細かく指示を送っている。そのせいもあってか幾度も訪れたカウンターによる失点の危機を脱しているのだが、どうしたことか鷲介たちアタッカーへの指示はあまりない。


(ある程度は崩せているからか? だがこの調子なら決定的なチャンスが来るのは片手で数える程度だぞ……!)


 格下相手ならそれでも問題はない。鷲介たちの個の力で強引にねじ伏せられるからだ。

 だが相手はイタリアNo1、欧州でもトップクラスの守備力を誇るチームだ。さらに最後に立ちはだかるのは世界最高クラスのCBであるシルヴィオとヴァレリーの二人。突破するのは容易ではない。

 鷲介はそう思いながら──時折来る敵のカウンターにひやりとしながら──ピッチを駆ける。

 そして時計の針が前半の三十五分を指した時、ジュニオールが高い位置まで上がってきた。それに伴い最終ラインも高くなる。

 監督を見るや前に出るよう手を振っている。残り時間十分で攻勢に出るということか。

 前がかりとなるRバイエルンだがRNSミランもすぐにそれに対処してくる。左サイドに人数を集める一方、ヴァレリーやジェレミアを鷲介、アレンと言った個人技の優れた選手の傍に配置する。前回の試合のように虚を突いたサイドチェンジからの突破をさせないための処置だろう。

 カウンターを警戒して今まで積極的に上がらなかったジュニオールも前に出てくる。しかしRNSミランの牙城は崩せない。ゴール前までボールが近づくことは多くなりジーク、エリックがシュートを放つがRNSミランイレブンが体を張って防ぎ、ディノのキーパーグローブが枠内に飛んだボールを外に弾く。それによって得たCKもシルヴィオがいち早く反応しては外に弾き返してしまった。

 鷲介も必死に周りを見ながら頭を働かせ、敵陣内にスペースができるところを、ゴールへの道筋を探す。しかし見つけても穴はすぐに立ち消え、ゴールへの道筋は見つけられない。

 そして時計の針が四十五分を指した時だ。ジークがハーフレーンに移ったことで空いたセンターレーンに鷲介が移動している時だ、鷲介は妙なものを目にする。


(なんだ、これは?)


 視界に映った妙なもの。それは自身のイメージだ。

 ペナルティアーク前でパスを受けた鷲介が立ちはだかるヴァレリーに対し右に切り返してシュートを撃つ。蹴ったボールはゴール左上に飛びネットを揺らす。

 明らかに自分に都合がいいイメージを見て鷲介は心中で己を叱咤する。そんなイメージ通りに行けば苦労はしない──。

 そう思いながらセンターレーンに移動した時だ、左サイドにいたエリックがパスを出す。てっきり彼の後ろ──ハーフレーンにいたフランツに出したものと思ったそれは鷲介の元にやってきた。

 それを見て、鷲介は考えるより早く体が動いた。ボールを収め立ちはだかるヴァレリーの存在を気にせず右に切り返す。

 当然ヴァレリーはシュートコースに足を伸ばしてくるが、それに構わず鷲介はシュートを放つ。矢のように放たれたボールはつい先ほど見たイメージの通りに飛び、ゴールに突き刺さった。


「……あれ?」


 鷲介が発した困惑の声がスタジアムから響く大きな悲しみの声にかき消される。


「ナイスゴールだ!」

「やるじゃねぇか! あんなシュートを撃てるならさっさと撃っておけよ!」


 ジーク、エリックが駆け寄ってきては荒々しく頭を撫で肩を叩く。

 そして鳴り響く前半終了の笛の音。喜ぶ仲間たちに引きずられるように鷲介は控室に戻る。


「凄かったよ鷲介。あのヴァレリーをかわしての見事なミドル。文句なしの一撃だ」

「うむ! シュートの威力に精度、何よりそれに至るまでの動きも完璧だった。

 あれではシュートを撃たれるとわかっていても、止めるのは難しいだろう」


 汗をタオルで拭いながらミュラーが、給水ボトルを一気飲みしたフランツが賞賛する。


「ありがとうございます。

 でも正直、自分でも何で今のシュートが打てたか、わからないんですよね」


 脳内にはシュートイメージはあった。だがあくまでイメージであり現実ではヴァレリーに防がれると思っていた。

 しかし想いに反して体は勝手に動き、イメージ通りの動きができてゴールネットを揺らせた。その理由が鷲介にはわからない。

 鷲介はジーク達を見回し、視線で問う。大半のチームメイトは首を傾げジーク、エリックが何か心当たりがありそうな顔になった時、控室の扉が開く。


「先制点を決めたというのに静かだね」


 部屋に入ってきたヨシュア。鷲介は先制点が決まったことを彼に問うと、


「それはおそらく君が”絶対得点地点スコア・ポイント”に到着したからだろう」


 にこりと微笑んでヨシュアは言った。












「前半最後のゴール、見事でしたね」


 周囲と同じく鉄一は興奮して言う。

 全く予想外の、そして文句のつけようがない見事なシュートだった。


「ああ。だが疑問も残るな。

 なぜあのRNSミラン──あのヴァレリーと対面していてああもあっさりとゴールを決められたのか。

 ヴァレリーなら確実に反応してシュートを弾けそうなものだが……」


 首をかしげる兵藤を見て鉄一は冷静になり、静かに同意する。

 確かに、あのヴァレリーが防げなかったのは驚きであり疑問だ。鷲介と同等のスピード、反射神経を持っている怪物DFだというのに。


「それは簡単だよ。ヤナギくんが”絶対得点地点”に到達したからだ」


 聞こえてきた──聞き覚えのある声に二人は目を丸くし、同時に声の聞こえた方向に視線を向ける。

 二人の後ろに座るサングラスをかけ帽子をかぶり、やぼったい服を着ている男。こちらの視線に気づき小さく笑うと、彼はサングラスを外す。


「……!」


 鉄一達が驚くのと同時、すぐにサングラスを付け直す男。一瞬だけ見えた素顔だがそれで十分だった。

 RNSミランのライバルであり近年、イタリアリーグを幾度も制しているユヴェントゥースTFCの10番。アレッサンドロ・バッジョの姿がそこにあったからだ。


「ど、どうしてバッジョさんがここに……!?」

「決勝トーナメントで当たる可能性のある、ライバルクラブの敵情視察だよ。僕らは昨日の試合で突破を決めているからね」


 微笑むバッジョ。イタリアリーグNo1の伊達男と言われる彼が放つ色香に鉄一は面食らう。


「さて、ヤナギくんが得点できたのはさっきも言ったが”絶対得点地点”に到達したからだ。

 君たちも聞いたことはあるだろう?」

「当たり前だ。俺たち守備陣にとっては忌むべきものだからな」


 兵藤が不機嫌そうに言う。

 ”絶対得点地点”とは特定の場所に選手とボールがやってくれば、ほぼ確実にゴールが入る地点のことだ。

 DFが何人いようが関係ない。”絶対得点地点”から放たれたシュートはそれらをかいくぐりネットを揺らす。試合で稀にある何故かすんなり入るシュートだ。

 ”絶対得点地点”は突然発生するものでありそこに行くのは偶然、運の要素が強い。ただ視野の広い選手や優れたオフ・ザ・ボーラーが発見することが多い。


「しかし偶然とはいえ先制か。RNSミランはどう動くかな」

「リッピ監督のことだ。崩されたわけじゃないし前半は優勢だったのだから戦い方に変更はないんじゃないか?」

「普通のリーグ戦ならそうだろうね。

 ただこの試合はCL。突破は決まっているとはいえホームで先制されたのなら動くだろう。

 多分ヴァレリー辺りを突っついて攻勢に出るんじゃないかな」


 確信じみた物言いをするバッジョ。

 鉄一がそれに驚いていると、兵藤が言う。


「そういえばRNSミランのリッピ監督は以前、ユヴェントゥースTFCを率いていたな。

 そしてデビューしたてのあんたをレギュラーに抜擢。レギュラーに定着させたんだったな」

「よく知っているね。あの人は戦術家としても優れているけど、それ以上にモチベーターの能力が高い。

 あのヴァレリーをうまく使いこなしているのが何よりの証拠だよ」


 ヴァレリーはユース時代R・マドリーに在籍しており十代でトップチームデビューも果たしている。

 ラウルと共にRマドリーの未来を背負う逸材と言われていた彼だが、己の能力への絶対的な自負と強烈なエゴによりトップチームの面々や監督と衝突。

 幾度も揉め事を起こし、その懲罰のためベンチ外やユースチームに行かされたヴァレリーは激怒。同期であったラウルの説得にも応じずRNSミランに移籍。

 数ヵ月は全く試合にも出ずこのまま消えていくと思われていたが、ある日の試合で突然レギュラーとして出場。その試合を無失点で終えると次の試合からは不動のレギュラーとなり、イタリアリーグにいる数々のストライカーを封殺しチームの優勝争いの立役者になる。

 そしてその凄まじさゆえにヴァレリーは”ゾディアック”の一人となったのだ。


「僕としてはできればこのまま試合が終わってくれるのがベストなのだけどね」


 そう言いながらもそれはありないという表情のバッジョだった。











「では残り四十五分、君たちの奮戦による勝利を期待するよ」

『おう!』


 監督の言葉にRバイエルンイレブンは力強い返事を返し控室を出ていく。

 入場ゲートを通りピッチに戻ると、既に先にホームチームイレブンの姿があった。

 ハーフタイムがあったためか、敵チームの面々は全員落ち着いている。ゴール直後不可解と言った表情だったヴァレリーも平静な様子でシルヴィオと話して──


(あ、マジ切れしてるな)


 視線が合ったヴァレリーの目を見て鷲介は即座に考えを否定した。

 目つきだけは平静そのものだが瞳の中には炎のような激情の色がある。”絶対得点地点”からの失点とはいえ容認できないということだろう。

 改めてRNSミランの選手を見ればヴァレリーと同じようだ。誰もが予想外の失点という出来事に憤りの気配を発している。

 特にそれが鷲介に対し向けられているが鷲介は小さく息を吐いて睨み返す。前回の対戦にて鷲介が感じた屈辱に比べれば彼らの想いなど大したものではない。


(俺と同じ思いをさせてやるぞ。RNSミラン)


 そう鷲介が思う中、主審が後半開始の笛を吹く。

 ジークとエリックが下げるボールと敵陣を見ながら鷲介は上がり気づく。システムが3-5-2になっているのだ。

 最終ラインではなく中盤にて全てのレーンを埋めるRNSミラン。より前に出てきてより激しくプレスをかけてボールを奪いに来る。

 前半とは打って変わったRNSミラン全体の激しいプレス。それに対してRバイエルンは全体的にやや下がっている。そのためますますRNSミランが前に出てくる。

 しかしこれは罠だ。そして後半開始六分、さっそくビッグチャンスが訪れる。

 RNSミランのミスからボールを奪い一気に前線にボールが飛ぶ。エリックのポストプレーからのボールを鷲介がセンターレーンに移動して拾い、左ハーフレーンにボールを下げる。

 それをフランツが空いている左サイドにダイレクトでパス。飛び出していたジュニオールが収め、サイドを駆け上がる。

 システムが3-5-2になった上、引いたRバイエルンに釣られてさらに前に出てきているRNSミラン。そのため強固な守りにはいくらかの隙が生まれている。


「上がれ!」


 フランツの声が聞こえる前に一気にゴール前に走る鷲介。ヴァレリーたちも瞬く間にゴール前を固めるがそれに構わず鷲介はサイドに深く切り込んだジュニオールへボールを要求する。

 立ちはだかったDFをフェイントで引きはがしセンタリングを上げるジュニオール。やってきたボールを鷲介はスルーし、ボールはジークと鷲介が動いたことでできたスペースに向かい、それを飛び込んできたアレンがダイレクトでシュートを放った。

 

(よし!)


 決定的と言えるシーンを見て鷲介は心中で喝さいの声を上げる。だがディノが伸ばした手がアレンのシュートを弾き、それをシルヴィオが拾ってクリアーしてしまった。


「ナイスですアレンさん! この調子で行きましょう!」


 心中では惜しいと言いながら鷲介はアレンに朗らかな声で呼びかける。

 ハーフタイム中、監督が出した指示は簡単に言えばカウンターだ。全体的に下がり目となりRNSミランが前に出てくるようわざと下がって攻撃を誘発、ボールを持たせる。

 そしてボールを持った時、両サイドに隙あらば一気に攻め込むといったものだ。今のように。

 攻めてくるRNSミランだがクルトを中心とした守備陣は的確に動き、コーチングをして相手に有効な攻撃をさせない。そしてその後幾度か発動するカウンターでジーク、エリックに得点チャンスが訪れるがシルヴィオたちによってあと一歩のところでゴールは割れない。

 鷲介もボールを捌きオフ・ザ・ボールの動きで相手守備陣を乱すが、ヴァレリーの鬼神のごとき守りで相手ゴールネットを揺らせない。

 そんな展開が続き後半二十分近くになった時だ、ミュラーがポジションを上げる。何も言わない監督を見るとどうやら追加点が奪えそうで奪えない状況に業を煮やし、前に出るよう指示を出したようだ。


(ま、短い時間なら問題はないか)


 現状RNSミランの攻撃は危険と感じるものはあれど脅威と言われるようなものはない。短時間ならミュラーがいなくてもクルトたちDFだけで対応できるし、個対個の勝負になっても抑えられる。

 イタリアリーグ屈指の強豪であるRNSミランだが、彼らを強豪たらしめているのは堅守によるカウンターだ。

 そのカウンターを後半はほぼ発動させていない。後半、Rバイエルン全体が下がったことにより前がかりとなりボールキープをしている時間が長いためだ。

 一度だけ中盤でのミスでショートカウンターが発生するも残っていたクルト達によりピンチは脱する。前線のエメルソンやエミリオは素晴らしい能力を持つ選手ではあるが、組織としても個としてもクルトたちに勝るほどではない。

 そしてミュラーが前に出たことで、Rバイエルンの攻撃は活性化。フランツとミュラー二人のコーチングにより鷲介たちはより早く精度の高いポジショニングを取ってはパス交換で相手ゴールに迫り、またRNSミランの選手がボールを持ったときは素早く寄せては囲む。


「鷲介!」


 そのポジションを上げた左ハーフレーンにいるミュラーからセンターレーンに移動した鷲介の元にボールが届く。

 収めてすぐに前を向き鷲介は相手ゴールに爆走する。ジークやエリックが幅広く位置を取っていたため中央ががら空きだからだ。

 あっという間にペナルティエリア前に迫るが、その前をヴァレリーが塞ぐ。鷲介はわずかに減速、軽く下唇を舐めて前に出る。

 距離を詰めヴァレリーが動くより早く鷲介は右に切れ込む。そこには他の選手はおらずシュートコースも見えている。

 しかし流石は鷲介と同等レベルのスピードと反射神経を持つ”ゾディアック”最強のDF。鷲介が右足を振りぬくより早く前を塞ぐ。

 だがその程度鷲介として予測済みだ。ギリギリのタイミングでダブルタッチを発動させて左に移動、必死の形相で食い下がってきているヴァレリーを見ながらペナルティアーク上からミドルシュートを放つ。

 利き足ではない左足でのシュートだがボールはゴール左──枠内に向かっている。ディノの伸ばした手も届かない。


(二点目──!)


 しかし心の中でそう叫んだ次の瞬間、ボールはわずかに左にそれてポストに直撃。跳ね返ったそれをシルヴィオが拾う。

 狙いすぎたか。それとももしかしたらディノのキーパーグローブにわずかだが掠めていたのか。そんな言葉が脳裏をよぎる中、ボールを収めたシルヴィオは前にボールを蹴りだす。

 低空のパスがセンターサークルに飛ぶ。それを下がっていたエメルソンが収め、傍にいたミュラーをかわし前に出る。


(……! 不味い!)


 ミュラーをかわし前に出たエメルソンの前には大きくはないがスペースがある。本来ミュラーがいればなかった穴だ。

 クルトたちも一瞬焦りの顔となるがすぐに落ち着きを取り戻し、下がる。傍にエミリオがおり、また両SMFの二人もRバイエルン陣内に侵入してきたからだ。下手に前に動けば余計な隙を作ってしまう。

 久々のカウンターに赤と黒のイレブンは躍動。ボールを持つエメルソンに引きずられるがごとく一気に前に走る。津波を思わせるその勢いを見て鷲介はジークとエリックに前線に残るよう指示を出し、自陣に戻る。

 

(おいおい。いったい何人上がってきたんだよ)


 左サイドに展開したボール、そして周りを見ながら鷲介は心中で舌打ちしようとし、眉を潜める。

 今までにないほど多いRNSミランイレブン。ピッチ全体に広く広がっており、巧みなポジショニングと子気味良い良いパス回しに動き。これは──


(5レーン!?)


 鷲介が驚愕した瞬間だ、右手側から何かが猛スピードで通り過ぎた。

 視線を向ければ目に入ったのは赤と黒の4番──ヴァレリーのユニフォームだ。

 そしてその彼に左サイドからボールが渡される。ボールを受けたヴァレリーは左ハーフレーンからセンターレーンに移動し、右足を大きく振りかぶった。

 

「アンドレアスさん! シュートが来る!」


 鷲介の叫びと同時、放たれるシュート。体重がしっかりと乗った弾丸のようなそれはRバイエルンのゴール右に向かう。

 三十メートルを超える長距離からの予想もしないシュートに流石にアンドレアスも反応が遅れた。下がりながらシュートコースを予測しジャンプ、手を伸ばすが勢いのあるボールには届かない。

 だがボールは先程の鷲介のシュートと同じくゴールポストに当たり、跳ね返る。そのボールをクルトが拾おうとしたのを見て鷲介が安堵した時だ、背後から迫るエメルソンを見て引こうとしていた冷や汗が再びどっと沸きだした。


「クルトさん!」


 鷲介の声が響くのと同時、背後から迫ったエメルソンがクルトからボールを掻っ攫う。

 そしてピッチから起き上がりゴールを守ろうとするアンドレアスより早くエメルソンは右足を振り、無人のゴールにボールを突き刺した。











「よく俺のこぼれ球を押し込んだ、エメルソン!」

「ありがとう。ヴァレリーのミドルもよかったぞ」


 サポーターの大歓声の中、抱き合うヴァレリーとエメルソンを見てシルヴィオは微笑む。

 普段は尊大で傲慢な男だが、笑うヴァレリーの顔は年相応の若者のそれだ。嬉しさ、そしてエメルソンへの感謝が感じられる。


(全く大したものですね監督)


 心の中でそう呟き、シルヴィオはベンチの方を見る。

 喜ぶサブメンバーの横にいる、丸々と肥えたスーツ姿の好々爺。周囲の状況を全く気にする様子もなく控えめな拍手をしている。

 彼はフィリッポ・リッピ。RNSミランの監督だ。クラブ、代表共に長年守備の要であり、シルヴィオと同じRNSミラン生え抜きの選手だった。そして今は低迷したRNSミランを立て直した偉大なる監督だ。

 その監督に向かってヴァレリーが駆け寄っていく。勝ち誇るようなヴァレリーの顔を見てフィリッポはますます嬉しそうに微笑み、彼と手を合わせる。

 その光景を見てシルヴィオは安堵する。理由は先程のハーフタイムの時だ。

 ヤナギの”絶対得点地点”からのゴールにヴァレリーは大いに荒れた。周囲も自分も強く責め、それを周囲に咎められても落ち着かず、後半に向けての話し合いができる状態ではなかった。


『このまま負けて戦犯になりたいのかな?』


 控室に戻ってきた監督は手のつけられない状態のヴァレリーの前に立ち、いつも通りの穏やかな顔で躊躇なく言った。

 当然ヴァレリーは激昂し、今にも監督の胸ぐらをつかみかからんばかりだった。慌てたシルヴィオや他の面々が駆け寄る中、監督はやはり動じず言葉を続ける。


『ヴァレリー。君がイタリアリーグ、いや世界中のCBの中でも五指に入る優れた選手であることは皆も理解している。

 だが今のままではその力を100%発揮できない。そんな状態で勝てるほどRバイエルンは甘い相手ではない。

 ──もう一度聞こう。このまま負けて戦犯になりたいのかな?』


 ヴァレリーの怒りに少しも動じず、そしていつも通りの穏やかな冷静な声音で言う監督。それと相対しているヴァレリーは爆発寸前の顔で引き下がり『ならさっさと策を出せ』と言う。

 とても目上の人間──それも監督に対してのものとは思えない態度に皆が眉を潜めるが、監督は気にした様子もなく後半に向けてのプランを説明する。

 後半はあえて前がかり──攻撃的になりこちらの両サイドにわざと穴を開けさせ、そこをRバイエルンに攻めさせる。こちらを攻めさせることに集中させて、それにより相手のバランスを崩すために。

 そして相手のバランスが崩れた時、シルヴィオやヴァレリーの合図で一気に攻め上がり、僅かな時間だが5レーンを展開。カウンターを受けて動揺しているところに自分たちの戦術をされることでRバイエルンの隙や穴を増やす。そこをつくか、もし立て直された時はシルヴィオかヴァレリーのどちらかが相手ゴールに向けて意表を突くタイミングでシュートかパスを放ち、エメルソンたち前線はそれと同時にゴール前に詰め寄る。弾かれた、又は防がれたボールを拾い二次攻撃やチャンスにつなげるために。

 そして後半に向けてのプランを説明し終えた後、監督は皆を見渡し、そして最後にヴァレリーに視線を合わせて言う。


『後半のプランはシルヴィオとヴァレリー。両CBへの負担が大きい。

 状況によっては止めて前半通りの戦い方に変えても構わない。──負けても二位通過はできるのだからね』


 その言葉に皆は目の色を変え、正面にいたヴァレリーは再び活火山のように噴火して監督に詰め寄り、言う。


『何情けないこと言ってやがる! 負けてもいい? 勝つためにあんたは先程のプランを提示したんだろうが!

 ならそれを実行してやるさ!』


 鼻息荒く言うヴァレリーに監督はにこりと微笑み、『ではよろしく頼むよ』と穏やかな声で言ったのだった──


「監督の策が見事当たったなシルヴィオ!」

「このまま一気に逆転といこうか! サポートは任せておけ!」


 自陣に戻る中、パオロとジェレミアの二人が頬を上気させて言う。

 不利な状況から追いついたことやサポーターの熱気に当てられたのか、いつになく上機嫌で興奮している。この調子ならいつも以上のパフォーマンスを発揮しそうだ。

 シルヴィオは頷き自陣に戻る。そしてサポーターの元に行っていたため遅れて戻ってきたヴァレリーに、言う。


「この後も上がるぞ」

「当然だ。さっさと逆転してあの爺さんの胃への負担を無くしてやろうぜ」


 粗雑だが監督を気遣う言葉にシルヴァオは苦笑。直後、試合再開の笛の音が鳴り響く。

 二十二名のジョカトーレがピッチを駆け、激しくぶつかり合う。監督の予想通り同点に追いつかれたRバイエルンは下がらず攻勢を仕掛けてくる。

 5レーンアタックで攻めてくるドイツリーグの盟主。しかしその動きやボール回しは流石に先程のような勢いはない。

 彼らの表情が言っている。勝つためには前に出なければならない。だがRNSミランの5レーンを止められるのかと。


(なるほど。監督が5レーンをしろと言った理由はこれか)


 フィリッポから指示された5レーンアタック。実のところこれは5レーンで攻めて得点を取るのではなく相手を動揺させて隙を作るためのものだ。

 先程見せたRNSミランの5レーンはRバイエルンのそれと遜色なかった。しかしそれは当然だ。RNSミランの組織力にチーム全体の技術はRバイエルンと大差はない。短い時間なら彼らの猿真似ぐらいはできるのだ。


(相手はこちらがカウンターだけではなく、自分たちと同レベルの5レーンを仕掛けられると思っている。

 故にそれを警戒して、どうしても攻撃に集中できない)


 5レーンと言う戦術を実行しているからこそ、彼らにはその恐ろしさがよくわかっている。故に踏み込めない。対処法がわかっていても。

 特にその動揺が顕著なのがボランチの位置にいるミュラーだ。ヤナギと同じ19歳の彼は優れた選手だがメンタルの方はまだまだのようだ。特に先程の失点の切っ掛けが自分がスペースを開けたことだと理解しているようで、先程のように上がっていない。

 そして本人は気付いていないのか、ミュラーは中途半端なポジションを取っている。後ろにいるクルトから指摘され直すが、また同じことを繰り返す。

 クラブ生え抜きの若きエリートがビックマッチでミスした直後によくやる行為だ。大事な試合でミスを起こし、一時的ではあるが自分や味方の判断が信じられなくなり、あいまいな動きをする。シルヴィオにも似た経験はある。


(遠慮なくそこを突かせてもらう──)


 エリックからボールを奪ったシルヴィオはすかさず縦パスを放つ。利き足のフィードは狙い通りの場所、ミュラーが空けたスペースに飛ぶ。

 そこに飛び込みボールを収めるエミリオ。前に出たクルトと反転したミュラーが挟み込もうとするが一瞬早くエミリオはバックパス。駆け寄ったルークがダイレクトで右にボールを蹴る。

 ルークからのボールを収めたアルナが上がろうとするが、後ろから猛スピードで追いすがってきたジュニオールに間一髪気付き、慌てて下がる。

 アルナの前に立ちはだかり、そしてじわりじわりと下がるジュニオール。腰を低くし隙の無い彼の守備にアルナは止む無くボールを後ろに戻す。

 そしてその間にRバイエルンは守備を整える。しかしシルヴィオもまたその間に味方に指示を送っている。

 再び3-5-2となるロッソネロの仲間たち。そして5レーンもどきのパスを繰り返し、RNSミランイレブンはじわりじわりとにじり寄る。

 一方のRバイエルンもクルトのコーチングで5バックを敷く。だがこちらと同じく即席のそれはシルヴィオから見たら幾つも隙がある。

 

(そこ──!)


 相手陣内のセンターサークル外にまでオーバーラップしたシルヴィオの元に来る横パス。それをシルヴィオは少しだけ間に運び、強いパスを放つ。

 放たれたグラウンダーの強烈パス。ボールは慣れ親しんだホームスタジアムのピッチを軽快に転がり、ミュラーのフォローに回りクルトが作ったわずかなスペースに向かう。


(ミスをした直後とはいえミュラーを信じ切れず自分の近くにスペースを開けるとは。君も若いね)


 あと数年したらおそらく自分に並ぶかもしれない若きドイツ代表DFにシルヴィオは心の中で言う。

 ハーフレーンギリギリ外を走るボールに反応するエメルソン。ジュニオールが体を寄せアンドレアスが前を塞ごうとするが彼は微塵も迷わず左足を振るう。

 シルヴィオの高速パスの軌道を変えるだけのようなエメルソンのタッチ。少し減速したボールは飛び出していたアンドレアスの右を通過し、ゴールラインを割ったのだった。


(お見事です、エメルソンさん)


 逆転弾に熱狂するサポーターの声を聞きながらシルヴィオは微笑むのだった。






リーグ戦 8試合 5ゴール 2アシスト

カップ戦 0試合 0ゴール0アシスト

CL 2試合 2ゴール1アシスト

代表戦(三年目)1試合 1ゴール1アシスト

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