赤の騎士王
「さて、いまさらですが現在の私たち、U-17日本代表が所属するグループの現状について再確認します」
ホテルの会議場にて、監督が言う。セネガル戦を終え、夕食を取ってすぐのことだ。
彼の言葉にすぐ近くにいるスタッフが手元のPCを操作する。すると会議室の正面にあるスクリーンに現在のグループの戦績が映し出される。
日本、ブラジル、セネガル、イングランドの四チームが二戦を終えて一勝一敗、勝ち点三で並んでいる。もっとも得失点の関係でイングランド、日本、セネガル、ブラジルの順位となっている。
「まさかブラジルが負けるとはな……」
「ちょっと驚きだよねー」
鷲介の横に座る志村と細谷が小さい声で言う。それに関しては鷲介も同じ意見だ。
「さて皆も驚いている通りブラジルがイングランドに後半だけで四点を奪われ負けてしまったわけですが、その理由も皆もご存知と思います。
そう、負傷のためセネガル戦を欠場していたイングランドの”ゾディアック”──アーサー・ロバート・アヴァロンが後半から出場、2ゴール2アシストという獅子奮迅の活躍を見せたのです」
ミシェルの言葉に代表の皆からざわっと驚きの声が上がる。鷲介は声にこそ出さなかったが、心中で唸っていた。
後半だけの出場にも関わらず全得点に絡む大活躍。それもブラジル相手に。仮に鷲介が同じ形で出場してもできるかどうかだ。
スクリーンに表示されるブラジルとイングランドの試合。前半はポゼッションで攻めるブラジル、ロングボールを多用したカウンターのイングランドと言う試合展開だ。
だがこの試合でもジュニーニョやカルロス、若きセレソンの中心選手が躍動。ジュニーニョのPK、カルロスの個人技で二得点、ブラジル優勢と言う雰囲気で前半が終わる。
そして後半、背番号7を背負ったイングランドの至宝、ゾディアックの一人、アーサー・ロバート・アヴァロンがフィールドへ。それでも後半十分ぐらいまでは前半同様ブラジルペースで試合は進む。
試合が振り出しに戻ったのは後半十分から二十分のたった十分間の間の出来事だった。後半十一分、アーサーはセンターサークル付近で味方からのパスをダイレクトでロングキック──否、ロングシュートを放つ。
攻めていたためか前に出ていたGKはその虚を突いた超ロングシュートを防ぐことができず、ただただボールがネットに収まるのを見送る形となった。
奇襲ともいえる失点にブラジルは怒ったのか、さらに攻勢に出る。だがアーサーはカルロスへのパスをカットすると再びボールをブラジル陣内へ蹴り込む。
さすがに二度連続しての超ロングシュートではなかったが、そのボールはブラジルDFの裏に飛びだした味方の手前に落ちる。そのボールを収めたイングランドの選手は快速を生かしてゴールに迫り、ブラジルのゴールネットを揺らした。
(……うわさは聞いていたが、それ以上だな)
たった十分、そしてワンプレーで得点とアシストを上げたアーサーの姿に、誰もが言葉を失っていた。鷲介すら彼のプレイを見て頬を冷や汗が伝い、心臓が高鳴る。
アーサー・ロバート・アヴァロン。鷲介と同じゾディアックに数えられる彼はイングランドリーグの中で四強に数えられる”紅き騎士”の異名を持つマンチェスターFCに所属している。鷲介より数カ月早く──昨シーズン終盤からプロデビューを果たしている。今季はプレシーズン中の怪我で出場していないが、昨シーズンは六試合出場して3ゴール4アシストと新人にしては十分すぎる数字を出している。
鷲介がスピードとドリブルを武器としているように、彼はパスの精度が非常に高いと聞いてはいた。ミュラーはフランツたち世界トップクラスのパサーと遜色ないと言っていたが、さすがに信じてはいなかった。──この映像を見るまでは。
あっという間に同点にされ、浮足立つブラジルへイングランドは連続ゴールを決めた勢いで攻め込む。そして後半二十七分、ペナルティエリア正面でイングランドがFKを獲得。これをアーサーが速く綺麗なFKをブラジルゴールに叩き込んで逆転。
四点目は選手を一気に二人変えたブラジルの攻撃を凌いだカウンターだ。アーサーたちはブラジルもかくやと言うショートパスを繋ぎ、最後はアーサーのダイレクトスルーパスを飛びだしたイングランドのFWがブラジルゴールを突き刺して、止めを刺した。
「はぇー……。ヤナを見て”ゾディアック”の連中は凄いとは思っていたが、改めてそう思わされる試合内容だったなー」
「”ゾディアック”ランキングは10位、柳より一つ上だが、怪我明けにも拘らずこれほどのプレイをするとはね。言葉もないな」
驚きをあらわにする志村と苦渋の表情を浮かべる宮野。宮野の隣にいる遠藤は血の気が引いてしまっている。
(まぁ無理もないか。あいつのパスはDFの存在意義を無くしているようなものだからな)
いかな優秀なDFや守備網でも常に完璧な状態を保つことはありえない。そしてアーサーのパスはそこを容赦なくついてくる。例えるならば城塞にできた僅かな隙間から矢を通すようなものだ。
「さてみなさん、アヴァロン選手の凄さに怯んでいるところですが、我々にも同格の選手がいることは忘れていませんね?」
周囲の空気とは裏腹な明るい声でミシェルは言う。そしてそれを聞いた代表の皆の視線が一斉に鷲介へ集まる。
「イングランドはアヴァロン選手を最大限に生かす戦術や陣形を構築しています。つまりイングランドに勝つ一番の近道はキーマンである彼をどう抑えるかにあるわけですが、これは非常に難しいのでやりません。
というよりもできません。彼のパスは明らかにユース年代を超越したレベルにあります。個人技のレベルも高い。人数を掛ければ押さえられるでしょうがそうすれば他の選手がフリーとなってやられるだけです」
「じゃ、じゃあどうするんですか」
軽い口調で日本のMF達では太刀打ちできないと言ったミシェルに思わず宮野が突っ込む。若きフランス人の監督は「当然の疑問ですね」と頷き、言う。
「手は一つです。こちらも最大戦力である柳くんを中心としたサッカーをする。ま、わかりやすく真っ向勝負ですね。
またアヴァロン選手のパスは防げなくても備えることはできます。試合まで三日、そうできるように練習をしましょうか」
そう言って、監督は練習メニューが書かれたプリントを鷲介たちに配り、改めて口頭で説明する。
そして試合までの三日間、鷲介たちはそのメニューをこなすのだった。
◆◆◆◆◆
「おー……すっげぇなぁ」
「ネットで調べてはいたが実際こうしてみるとやはり違うな」
煉瓦で作られた町並みを目の当たりにして志村、テツが驚嘆する。まぁ無理もない。クラブの遠征で似たような街並みを訪れた鷲介も、ここトゥールーズの歴史を感じさせる優麗な外観は目を見張るものがある。
イングランドとの対戦を明日に控えた今日、三人は午後の自由時間で街の散策&土産の購入に出ていた。ちなみに試合が明日と言う事もあってか練習は午前で終了している。
「志村、まだ買うのか……? もう入らないと思うが」
足元に置いてある買った物が一杯詰め込んであるバック──志村がわざわざ持参した──を見て鷲介は言う。
「ホテルに送ってもらうよう頼むから問題ないさ。母さんやねーちゃんたちから頼まれているものが多くってな。あと学院のみんなにもお土産をやらないといけないし、まったく面倒だぜ!」
言葉とは裏腹に陽気な様子で店内をうろついている志村。とても楽しそうだ。
「気にするな。志村のこれはいつものことだ。以前のU-15代表遠征のときは買った物が多すぎて俺たちも運ぶのを手伝ったぐらいだからな」
「……。苦労してるなぁ」
慣れた様子の──しかし半目で言うテツに思わず鷲介は同情してしまう。頑固なテツを諦観させるほどとは。
それからいくつかの店を回り、その途中同じく買い物をしていた代表メンバーとすれ違ったり合流する。
「しかしさすが観光地と言う事もあってか人、というかカップルが多いな」
「まぁ恋愛至上主義なんて言われる国だからな。……あ、あそこ同性カップルだ」
「お、女同士か。さすが欧州、と言うべきか……?」
鷲介の指摘に宮野は戸惑った表情となる。それを見て彼をオランダやスペインの同性カップルの多い場所に連れて行ったらどう反応するのか見てみたくなる。
「ところでタニはもうかなめちゃんへの土産は買ったのか~? スミレの香水なんかおすすめじゃないか~ん~?」
「かなめちゃん?」
「細谷の彼女だ」
「へぇー。ところで志村のあのからみようはなんだ?」
いつもは春の太陽のような陽気な志村だが、今の表情は多分に嫉妬が含んでいる。さながらじわじわと肌を焼くような粘っこい真夏の太陽のようだ。
絡まれている細谷は慣れているのか、無表情で応答している。
「詳しいことは知らんが志村は彼女がいる男にたまにああしてからんでくる。あいつもファンがいないわけではないんだがな」
「ファンと彼女は別ッッ。大体プロ選手に言われても嬉しくもなんともないぞっ」
テツの呟きにくわっと瞳を見開く志村。そしてその表情に影がおりたかと思えば、じとっとした視線が鷲介に向く。
「……そういえばヤナに聞こうと思っていたことがあるんだ。昨日の夜、誰と電話していたんだ? 妙に親しげだったよな……」
「……。ミュンヘンにいる友達とだよ」
絡まれたくなくて嘘をつく。電話主は由綺だった。
「嘘だッッ! その間から察するに彼女かそれに該当するものだなっ。……ま、まさか奥さんじゃあるまいな!?」
「志村少し落ち着け。キャラが変わりすぎだ。それにドイツは男女共に18にならんと結婚はできん」
獣の如く眼を血走らせる志村の肩を掴む細谷に手で制するテツ。
「くう……。彼女持ちの余裕のあるその態度。羨ましいっ」
「なんだテツにもいるのか。……もしかしてジュニアサッカー大会の時、大声張り上げて応援していたショートの子か?」
「……。さぁな。しかし”にも”か。どうやらお前も細谷と同じ彼女持ちか」
「……! い、いや俺は」
「ヤナッッ。お、おれを裏切ったのかっ」
「だから落ち着け志村──」
『泥棒です。捕まえてください!』
そう英語で叫んだのはカフェで休んでいた鷲介たちと同年だと思うような金髪碧眼の少女だ。
少女から走り去っていく三十代ぐらいの男は手に質素だが質の高そうなバックを抱えている。それを見て鷲介はミネラルウォーターの入ったビンを投げ、そしてすぐに走る。ボトルは狙い通り男が進む先に落ちて割れる。その音に驚いて男が足を止め、再び逃げ出そうとする前に鷲介が前方を塞ぐ。
「志村、テツ。囲んでくれ!」
「オッケー!」
「わ、わかった!」
鷲介の声に志村は即答、一拍遅れてテツも応じ、ひったくりを取り囲む。男は表情をひくつかせると、バックを小脇に抱えて懐からナイフを取り出す。
「いいっ!?」
それを見て身をひく志村。いかめしい顔をますます厳しくするテツ。一方の鷲介は視線を鋭くすると前に足を踏み出す。
「柳!」
焦ったような細谷の声にかまわず男に近づく鷲介。怯まない鷲介へ男はナイフを突き出してくるが、遅い。鷲介はその腕をつかむとひねり上げ、さらに足を払って地面に転ばせる。
サッカーを始まる前、習っていた合気道の経験──サッカーにおいても生かされている相手の動きと呼吸を読む──が見事発揮される。まぁ志村やテツが周りを囲み、犯罪者が動揺し単調な動きになったから余計読みやすかったのもあるが。
(しかしあとで監督やマルクスさんに説教受けるかもなー)
そう思いながら男を押さえつける鷲介。マルクスと言うのは鷲介の代理人だ。本名マルクス・ルーデン。元プロサッカー選手であり晩年はJリーグでもプレイしたことがある。
「よっしゃー! 今だ押さえこめ―!」
志村の言葉で一斉に他のメンバーが男の腕や脚、体を押さえつける。それでもしつこくじたばた動く男だが、
「大人しくしろ。──折るぞ」
鷲介は低い声で言い、腕を軽くひねる。すると男は小さな苦痛の悲鳴を上げて大人しくなった。
『ありがとうございます。あの、大丈夫ですか』
ざわめく周囲の中、少女が寄ってくる。柔らかい黄金色の髪を揺らす、妖精と思うようなはかなげな美貌の少女だ。彼女を見た志村が「天使だ……」と呟きながら瞳を輝かせている。
そしてその後ろからは少女の連れもやってきた。彼らは初老が一人、残りは少女や鷲介と同年代の少年だ。
『警察に連絡いたしました。後は私めにお任せください』
そう言ってきた初老の男は鷲介よりも身長が高い。また細身だが痩せているという印象はなく絞った体のように思える。
それからしばらくして駆けつけた警察に鷲介たちは事情を説明。調書を取るためか警察と共に初老の男性が立ち去っていくと、少女の肩を抱き慰めていた眼鏡をかけている帽子の少年が鷲介の前に出る。
「ありがとう。怪我が無くて何よりだ。お礼と言ってはなんだけど、ぜひお茶を奢らせてくれないかな柳くん」
自己紹介をしていないにもかかわらずいきなり名前を飛ばれ──しかもドイツ語で話しかけられ──鷲介は面食らう。
「お前、なんで俺の名前を……?」
「ああ、すまない。自己紹介がまだだったね。はじめまして、僕はアーサー・ロバート・アヴァロンだ。よろしく」
眼鏡を外し微笑むのは、明日対戦するはずの相手だった。
◆◆◆◆◆
「君と会うのは明日だと思っていたんだけど、こう言った出会いも悪くはないものだね」
そう言ってカフェラテに口をつけるアーサー。普通にカップに口をつけているだけなのに、仕草の端々から上流階級の人間が持つ優雅さを感じさせる。
(まぁ一応本物の貴族だけはあるってことか)
アーサーの家であるアヴァロン家ははるか過去より続いている由緒正しい貴族の家系だ。実家も
今鷲介たちがいるカフェはアーサーたちがいたところよりやや離れた店だ。テラスもあるが先程のような盗難を防ぐため、店内のテーブル席で先程注文し運ばれてきたお茶や菓子をつまんでいる。
「柳くん、改めて礼を言うよ。アイリスのバックを取り返してくれて、ありがとう」
「アイリス・ヴィクトリア・スプリングフィールドです。柳くん、本当にありがとうございました」
アーサーの言葉に隣に座る少女──アイリスが言葉と共に頭を下げる。こちらも貴族なのかアーサーに似た雰囲気がある。
「お二人は妙、に仲がいいけど、その、やっぱり恋人だったりするの、かな?」
ぎこちない笑みを浮かべて志村が言う。
「ああ。僕とアイリスは婚約者同士なんだ」
微塵も照れず言い切るアーサーに鷲介も目を丸くする。志村は「俺の天使が……」と呟きながら、カウンターパンチを食らったかのように体をよろめかせる。
そして改めて二人を見る。確かに両者の間にある空気、雰囲気は二人でいることが自然のように感じられる。恋人と言うよりも婚約者、夫婦と言ったものに近い。
「その婚約者と一緒に試合前日にデートでもしていたのか。──ずいぶんな余裕だな」
アーサーたちの甘い空気を吹き飛ばす爆弾のような言葉を放ったのはテツだ。しかも彼は英語でしゃべっているため、ダイレクトに伝わってしまい、鷲介は頬を引きつらせる。
「余裕? そんなことはないさ。むしろ君たち日本は強敵だからこそこうしてアイリスとデートをしていたし、明日の試合にも応援に来てくれるよう頼んだのさ。明日の試合、必ず勝つためにね」
テツの揶揄するような言葉にアーサーは全く気分を害した様子を見せず、それどころか戦意のこもった笑みを浮かべる。
「婚約者とデートでもして気合を入れていたのか?」
「それもあるけど、彼女は僕にとっての勝利の女神だからね。彼女が観戦に来た試合は、僕は勝利しかしたことがないのさ」
言い切るアーサー。鷲介たちを見つめる草原のような鮮やかな碧の瞳にはゆるぎない覇気が宿っている。
「昨季の欧州ユースリーグ、決勝トーナメント初戦では僕がいないマンチェスターFCを完膚なきまでに叩きのめしてくれたね。直前までとはいえチームの一員だった僕としては悔しい思いをしたよ」
「俺としてはイングランドの至宝と言われているあんたと戦えなかったのは残念だったけどな」
「僕もだよ」と言い、アーサーは語る。昨季マンチェスターFCのユースチームに所属していたアーサーだが、トップチームの方で怪我人が続出。またチームもリーグ順位がCL出場権を会得できるギリギリの順位である四位だったため、トップチームは今季昇格させるはずだったアーサーをトップチームに緊急昇格。
そのため鷲介のロート・バイエルンとマンチェスターFCが戦うことになった欧州ユースリーグ決勝トーナメント一回戦の直前でアーサーはユースを離脱。結果鷲介のいるRバイエルンとアーサーを欠いたマンチェスターFCはホーム&アウェイ合計で6-3、鷲介のハットトリックの活躍もあってRバイエルンの完勝となった。
「トップチームに上がれたことは嬉しかったけど、君と戦えなかったのは正直心残りではあったんだ。でもこんなに早く戦えるなんて、正直とても嬉しいよ」
「俺もだ。何より同年代で同格以上の選手──”ゾディアック”と戦えるなんて滅多にないからな」
鷲介が”ゾディアック”と呼ばれている面子と対戦したのは実はたったの三回しかない。一回目は欧州ユースリーグ準決勝と決勝、そしてつい最近のレヴィアー・ドルトムント戦だけだ。
実際のところ他のメンバーとあと一、二回ほどは戦う可能性もあったのだが様々な事情で対戦はしなかった。
「アーサーを前にして盛り上がっているところ悪いが、リベンジを望んでいるのはアーサーだけじゃないぞヤナギ」
「そうそう。黒鷲の翼をへし折って、地に叩きつけてやりたいのは俺たちもだぜ」
横から突然名前を呼ばれて振り向けば、そこには二人の少年がいた。一人は190近い長身で金髪の黒人の少年、もう一人は派手なバンダナを身に着けた愛嬌のある若者だ。
「……?」
鷲介は眉根をひそめる。目の前の二人は知っている。ミシェルが言っていたU-17イングランド代表の注意人物だ。
だがそれだけだ。鷲介の記憶にはない。しかし先程の口ぶりからするにどこかで会ったこと──対戦したことがあるようだ。
こちらの考えを読み取ったのか、二人はむっとしつつも自己紹介を始める。
「覚えてないなら改めて名乗ろうか。U-17イングランド代表、元マンチェスターFCユース所属、現在はレスターFCに籍を置いているイーノック・スライだ」
「U-17イングランド代表、元ウーリッジFCユース所属、今はスペインリーグ、ビジャレネ所属のロランド・ハットン。よろしく」
「……。ああ、欧州ユースリーグで戦ったマンチェスターFCのスタミナお化けのCBにウーリッジの快速FWか」
自己紹介されて鷲介は思い出す。イーノックは欧州ユースリーグの決闘トーナメント一回戦、そしてロランドは同じ大会の予選リーグで戦ったことがあった。
もちろん彼らとの試合は完勝したのだが、終始優勢だった試合の中でもRバイエルンに最後まで抵抗し、脅威を与え続けていた二人でもあった。
「あの時の借りは返せてもらうぜ」
「眼前でハットトリックを決められた時の屈辱は忘れていない。明日は貴様を完封した上で勝つ」
「ふうん……」
試合の映像を見る限り二人とも上手い選手ではあるが鷲介ほどではない。
だがイーノックは今大会攻守にわたって随所で活躍しており、ロランドはブラジル戦でゴールを決めている。決して侮っていい選手ではない。
そして何より、実力がある者が勝つのではなく、その時の試合で強い者が勝つのがサッカーだ。
(面白い)
二人から威勢のいい言葉を聞いて鷲介は口元が緩む。それを隠し、改めて二人を見る。
鷲介を見つめる二人の視線は強固な自負を感じさせる。どうやらプロになって揉まれることで、数ヶ月前の敗北はすっかり拭い去っているようだ。──屈辱は忘れていないようだが。
「イーノックにロランド。二人ともどうしたんだい」
「どうしたもこうしたもない。先程マイケルさんからひったくりにあったって連絡があってな。これ以上何かあってはまずいってことで監督の命令で迎えに来たんだ」
「つーかアーサー、携帯はどうしたんだ? つながらないって監督やスタッフが慌ててたぞ」
「ちょっと待ってくれ。……ああ、そういえばさっき電源を切っていたっけ。わざわざ迎えに来てもらってすまないな」
無邪気に笑顔で謝罪するアーサーにイーノックは顔をしかめ、ロランドは肩をすくめる。
「……全く、人を振り回すのもほどほどにしてくれよ”赤の騎士王”」
「そうそう。配下を労わるのも王の務めだと思うぞ”赤の騎士王”様」
「ちょ、ちょっと二人とも。その呼び名はやめてくれって前も言っただろう。もしかして怒っているのかい?」
珍妙な呼び名で呼ばれ、顔を赤くするアーサー。それに鷲介が首をかしげているとアイリスが小さく笑って言う。
「アーサーの名前と家名であるアヴァロン、そして”紅き騎士”の二つ名を持つマンチェスターFCにアーサー王伝説のアーサー王をからめてつけられた愛称です」
「なるほど。確かにピッタリな愛称だな」
「ピッタリじゃないよ! 僕は王様っていうような器じゃないし歴代のレジェント選手”王様”や”皇帝”、”将軍”と言われるような選手でもないんだし!」
頷くテツへ顔を赤くしたアーサーが突っ込む。今までの貴族風な姿から一転した恥ずかしがるその姿は、どこにでもいる少年そのものだ。
「そんなに謙遜するな。お前がU-17イングランド代表の王であるのは誰もが認めることだ”赤の騎士王”」
「そうそう。明日はその力で俺たちを勝利に導いてくれよ”赤の騎士王”」
「わかったよ! すぐに帰ってこなかった、携帯の電源を切ってそれを忘れていた僕が悪かったからこれ以上はやめてくれ!」
降参の証なのか両手を上げるアーサー。羞恥で頬を赤く染めた美少年は鷲介の方へ向き、
「きょ、今日はみんなに心配させたままだから帰るけど、明日は僕たちが勝つからね」
「ああ。明日の試合を楽しみにしてるぜ”赤の騎士王”」
「君までその愛称で呼ばないでくれっ!」
顔を真っ赤にしながら帰っていくアーサーたちを見送り、鷲介たちもホテルへ帰るべくバスの停留場の方へ歩き出す。
「意外と面白い奴だったなー」
「そうだな。だが奴がイングランドの最重要選手であることは変わりがない。……明日はどうなるにしろ、激戦になるだろう」
「関係ないよ。……激戦だろうが何だろうが、やることは変わらない。勝つだけだ」
かつて対戦し負かした相手、クラブ事情で戦えなかった強敵、U-17W杯決勝トーナメント進出がかかった試合。
色々な事情が絡んではいるが明日の試合、勝てばそれらにひとまずの方はつく。だから勝つ。それだけのことだ。
「明日が、待ち遠しいな」