激突する二つの赤3
(……システムが、変わった?)
両チームが同時に選手交代を行った直後、ロッソネロのイレブンは布陣を置きく変える。
今までRバイエルンの5レーン対策のため、3-5-2か5-3-2のどちらかだったが、今はRバイエルンと同じ4-3-3のワンボランチだ。
4バックは試合開始時と同じパオロ、シルヴィオ、ヴァレリー、リヤド。中盤三人のワンボランチはジェレミア、SMFは右からアンジェロ、ルーク。3トップは右からルイ、エメルソン、オーガスティン。
とはいえRバイエルンのようなバランスが取れた4-3-3という訳ではない。両ウイングの2人はやや下がり目であり4-5-1にも見える。また最終ラインが上がってきており選手間の距離が近い。
(何が狙いだ?)
アウェーな上、先程から押されていたRNSミラン。積極的な攻撃的カウンターチームであるロッソネロのイレブンたちだが、こういう状況では守備に入ることが多い。
しかし今の布陣は守りに入ったとは言えない。かといって攻勢に出るという風にも見えない。選手間の間をコンパクトにしたのは激しいプレスによるショートカウンターを行うためだろうか。
そう鷲介は思いながらピッチにボールが入り、変わったばかりのブルーノに渡ったのを見て動きだす。
後方でボールを回すRバイエルン。高い最終ラインを見てジークが裏抜けを試みるがオフサイドとなる。
(まぁそう簡単に抜け出せないよ、な!?)
置かれたボールに素早く駆け寄ったシルヴィオがロングキックを放つ。高く飛んだボールは右サイドに走っていたルイの元へ。
しかし長すぎたそれをブルーノが先に収めた。ルイも全速力で接近するがブルーノも交代で入ったばかり。十分な余裕をもってボールを横に捌く。
するとさらにRNSミランの最終ラインが高くなった。またそれに押されるように白と黒のユニフォームを着たイレブンがRバイエルン陣内に入ってくる。
(おいおい……。裏を取られたら致命的だぞ)
最終ライン──シルヴィオとヴァレリーがアタッキングサードにまで侵入してきている。もし縦パスが通りオフサイドに引っかから蹴ればRバイエルンにとって大チャンスだ。
だがその様子を見てクルトやミュラーは後ろや横にパスを出すだけだ。無理もない。あからさまに縦パスを誘っているとしか思えない。何かの罠と考え、警戒するのは当然だ。
(とはいえ、このまま引き分けで終わるのも良くはないな)
今季のメイン戦術である5レーンが今日の試合、ほぼ抑え込まれたのだ。鷲介のカットインとシュートの後、どういうわけか相手の守備陣が乱れたためつい先ほどまで押していたが。
次RNSミランと戦うのは12月のグループリーグ最終戦。三カ月も時間がある。今日戦って改めて分かったがRNSミランは今季のRバイエルンにとって相性が悪い、天敵と言っていいチームだ。
最終戦、確実に勝てる保証はない。ならば状況が有利な今、多少無理をしても勝ちに行くべきでは。そう鷲介が思い、時計の針が40分を刺した時だ。ベンチから監督が立ち上がり相手ゴールに向かって手を振るう。
攻勢に出ろという合図。それを見て鷲介と同じく状況を探り、悩んでいた仲間たちの迷いが消える。ボールを持ったミュラーから前にボールが出る。
前に出たRバイエルンにRNSミランイレブンも激しいプレスをかけてきた。その激しさは図形のようなバランスと形を持っていたRNSミランの布陣をバラバラにするほどのものだ。
がむしゃらと言っていいRNSミランのプレス。だがRバイエルンも5レーンを生かした細かく速いパスと動きでそれらをかわし、フランツからラストパスが出る。
(来た……!)
左ハーフレーンに飛んだボールに抜け出した鷲介。オフサイドはない。
ボールを収め即座に反転、相手ゴールに向かう。敵DFを引き付けていたのか味方の上りは遅い。
自分一人で行くしかない。そう思う鷲介の前に立ちはだかる金髪をなびかせたフランス人。
鷲介と同じ”ゾディアック”の一人であり『レ・ブルーの守護者』、『闘将』などの異名を持つヴァレリー。おそらくこれが最後のマッチアップだ。
(いつになく余裕がない顔してるな。それを悲嘆に歪ませてやるぜ……!)
小刻みに体を揺らしながらそう思った次の瞬間、鷲介はダブルタッチで彼の右に抜ける。
だが安心は微塵もしない。何故なら右からこちらに迫るヴァレリーの姿が見えたからだ。
凄まじい速さの食い下がり、そして鳥肌が立つほどの圧。ペナルティエリアまであと数メートルだがこのままではたどり着くことはできないだろう。
だが鷲介はそれを見て不敵な笑みを浮かべる。ヴァレリーならそうすると思っていたし、この遅いダブルタッチなら追いつかれると予想していたからだ。
(行く!)
両足にありったけの力を込めて踏み出す。緩から急への切り替えでの踏み込み。加速した鷲介は追いすがるヴァレリーの背後に追いやる。
抜いた、後はゴールだけ。背後からヴァレリーの圧を感じながらも鷲介の胸中に達成感、勝利感が膨れ上がり──
「!?」
右から体を投げ出すようなスライディングをしたシルヴィオを見て、破裂する。
少し離れていたボールは彼の右足に当たりゴールへ。しかしそれは当然RNSミランのゴールラインを割ることはなく、守護神であるディノが駆け寄る。
「ディノ!」
「了解!」
短く言葉をかわすアズーリの二人。ディノはボールを両手で抑えず何とドリブルを開始。ペナルティエリアを一メートル出たところでロングキックを放つ。
ボールはブルーノがいる左サイドに。先程と同じくルイが走りボールを収めたブルーノに突撃するが、ブルーノは落ち着いて中にいるクルトにパスを出す。
だがそれを見て鷲介は叫んだ。
「駄目だ!」
日本語による叫びにも拘らずそれが伝わったのか、それとも見えたのか、ブルーノもぎょっとした顔になる。
ボールを収めたクルトの下にルークとエメルソン2人が向かっていたからだ。クルトは驚きつつも持ち前の冷静さを発揮し、右サイドにいるフリオにロングパスを出す。
だがそれも猛スピードで飛び出してきたオーガスティンがカットしてしまう。まだ十分しか動いていない、活力に満ちた若きナイジェリア代表のウインガーは猛スピードでRバイエルンゴールに迫る。
あっという間にペナルティエリアまできたオーガスティンの前に一番後方にいたジェルリーが立ちはだかる。中へのドリブルコースをあえて明け誘うジェフリーだが、オーガスティンは迷う素振りを欠片も見せず外へ開いていく。
ジェフリーが慌てて追うが間に合わない。オーガスティンは余裕をもってボールを切り返し、マイナス方向へグラウンダーセンタリングを上げる。それにクルトが駆け寄ろうとするが先にルークがボールに触れる。
トラップと同時、ペナルティエリアに入りシュートを撃つルーク。ゴール右に向かったそれを前に出ていたエトウィンのパンチングが弾き、ボールはポストに当たり跳ね返る。
だがそこまでだった。こぼれたボールをルークから少し遅れてペナルティエリアに侵入していたエメルソンが拾い、無人のゴールにボールを叩き込んだ。
「……!」
鷲介の全身の血の気が引くと同時、電光掲示板のスコア表示が1-2に切り替わる。
「何だ、何をされたんだ……!?」
集まり歓喜に満ちるロッソネロのイレブンを見ながら鷲介は唖然と呟く。
主審に促され素早く自陣に戻っていくRNSミランの選手たち。そしてヴァレリーが鷲介の横を通った時、小声で呟く。
「ありがとうよ。俺たちの理想の攻撃を実現させてくれて」
「……!?」
その言葉を聞いて鷲介が身を翻した時だ、左足に激痛が走る。そのあまりの痛みにピッチに膝をついてしまう。
「鷲介!」
「おい、大丈夫か!?」
駆け寄ってきたジークとエリックに問題ないと言おうとしたが尋常ではない痛みがそれを許さない。
駆け付けたチームドクターが経過を見てすぐ、ベンチに向かって両腕を交差させる。
「先生! 俺は……!」
「じっとしていなさい! これは軽度の怪我ではない。──早くタンカを!」
ベンチの方を見るとタンカを持ったスタッフ、そして自分の代わりに投入されるであろうジオトルの姿が見える。
ロスタイムを入れてもあと十分もない今日の試合。最後の最後にチームの力になれない無念が鷲介の胸中を満たすのだった。
◆◆◆◆◆
「逃げ切ったか」
TV画面の向こうで喜ぶRNSミランイレブンと項垂れているRバイエルンの選手たちを見て、バレージは言う。
後半四十分に勝ち越したRNSミラン。その後最後までRバイエルンの猛攻を受けるも持ち前の堅守を発揮し逃げ切った。
「ですがまさかまさかですよ。RNSミランが同格相手にストーミングをやってのけるとは」
「昨季からたまに見られていたが回数は少なく、成功したのも格下相手だったからな。
昨シーズン後季、俺たちとの対戦したときもやってきたが物の見事に失敗したからな」
昨季の二十三節のことだ。1点リードしていたユヴェントゥースTFCに対しRNSミランは後半ニ十分頃、ストーミングによるカウンターを実行。
しかし今日の試合ほど洗練されていなかったそれはユヴェントゥースTFCには及ばず、逆にカウンターを食らい決定的な二点目を奪われ敗北
この敗北が最終節まで尾を引きRNSミランがリーグ王者に輝くことはなかった。
「ストーミングをメインにするチームと比べると幾分かは落ちる。
だが昨季と比べて完成度は高いし、RNSミラン独特の味がある」
ストーミングとは自軍の陣形やバランスを崩す上で激しいプレッシングを繰り返し、相手を自分たち以上のカオスに陥れ、そこを突いてのカウンター戦術だ。
チーム全体が前のめりとなってプレスをするためショートカウンターのパターンが基本であり多いが、RNSミランに勝利をもたらしたのは自陣からのロングカウンター。
しかし──
「ストーミングによるプレスの一部分を絶妙な具合で調整し相手の攻撃を通す。
攻めれる、行けると相手に思わせたところでシルヴィオとヴァレリーと言う最強のCB二人が仕留め発動する、か」
RNSミランのプレスをRバイエルンが搔い潜ったのも。ヤナギが最終ラインから飛び出したのも。全てRNSミランの、シルヴィオとヴァレリーの狙い通りだ。
本来ストーミングによるプレスは相手の動きもパスも乱しに乱す。しかしRバイエルンはギリギリのところでボールをつなぎ、ヤナギにラストパスを出した。
だがそれ自体が、ヤナギとヴァレリーに一対一の勝負をさせ、最後にボールを奪うための罠だった。シルヴィオはそうなるよう味方にコーチングを飛ばしてプレスの圧を調整、パスを誘導したのだ。そして気づく可能性のあったフランツには味方にマークを徹底させ集中力を削いだ。
ヤナギにラストパスが出た後、RNSミランのイレブンは二手に分かれた。ヴァレリーとシルヴィオを除くDF──パオロ、リヤド、ジェレミアは後方から上がってきているジーク達のマークに。残るメンバー全員は来るであろうカウンターのロングボールに備えて前線に残っていた。
宿敵であるヴァレリーを突破し勝利を確信したであろうヤナギからシルヴィオがボール奪取をした瞬間、前線にいた面々は後方から来るボールに備えて一気に動き出し、ブルーノたちDFに一気に襲いかかった。そしてそれが見事勝ち越し弾につながった。
迷いの無い彼らの動きからこのカウンターが仕組まれたものであることはすぐに分かった。だがそれを躊躇することなく行えるのは全てシルヴィオとヴァレリー二人への絶対的な信頼があればこそ。
(二人とも素晴らしく、そして恐ろしいDFになったものだ)
この二年で別人のような成長を遂げた二人。おそらく欧州でも有数のCBコンビと言っても過言ではない。
そして認めるのは癪だが、イタリアリーグではこの二人以上のコンビは存在しないだろう。フランシスカとバレージ。ユヴェントゥースTFCのレギュラーCB二人もシルヴィオたちには劣る。
「この試合でRNSミランはストーミングについて自信を得た。完成度を高めてくるだろう」
「次対戦するときは昨季のようにはいかないだろうな。──マリオ、いい加減座れ」
いつになく厳しい表情で話すバレージとドニ。腕を組みため息をついたドニが腰を上げているマリオに言う。
立ち上がり険しい顔でTV画面を見つめているマリオ。RNSミランが勝ち越してからずっとこのままだ。
同国のライバルの強さを脅威と感じているのか。それとも盟友であるヤナギの負傷を重く見ているのか。──その両方か。
(しかしヤナギくん、負傷交代でピッチを去るとは。……今までとは少し様子が違って見えたな)
やはり普段の動きにカットインを加えたことが負担となったのだろう。また今季の彼は5レーンに不慣れな為か無駄な走りや動きをしてもいる。それらも重なり今回の怪我につながったのだろう。
長くかからなければいいのだが。バッジョはそう思い、古傷がある右膝に触れるのだった。
リーグ戦 6試合 4ゴール 2アシスト
カップ戦 0試合 0ゴール0アシスト
CL 1試合 0ゴール0アシスト
代表戦(三年目)1試合 1ゴール1アシスト




