表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダッシュ!!  作者: 浮雲士
第一部
11/192

U-17,セネガル戦

「みなさん、こんばんわ。グレートサッカーの時間です!

 今日も私加納博則とコメンテーター、元日本代表MF福原恵次さんと共に始めたいと思います。

 では最初は今フランスで行われているU-17W杯と、出場している若き日本代表の最新情報です」

「福原恵次です。今日で予選リーグの第一試合が終わりました。残念ながら我らがU-17日本代表の初戦、ブラジル代表との試合は4-3の接戦の末、敗れました」

「いやー、惜しい試合でしたね。私は柳選手の電光石火の先制点が決まった瞬間、一気に行けると思いましたが。この試合でもハットトリックを決めていますし」

「柳選手がこの年代ではとびぬけているのは間違いないでしょう。ただやはりサッカーは11人で行う集団競技。一人の突出した選手がいれば勝てるというものではないと言う事の証拠でしょう。

 それにハットトリックを決めたのは彼だけではありません。ドイツのカール・アドラー、アルゼンチンのミカエル・レオン、スペインのラウル・エルナンデス選手らも達成しています」

「彼らや柳選手は確か”ゾディアック”と呼ばれているんですよね。若手の中でも特に突出した実力を持った選手だとか」

「ええ。その”ゾディアック”が出場した他の国は彼らが評判通りの活躍をして勝利しています。

 昔はクラブから有能な若手を出さなかったこともあってかA代表で強い国がU-17やU-20で弱小国に負けることも珍しくなかったですが、現在は欧州、南米共に有能な選手を選出しているためか、第一戦では日本のグループ以外での大番番狂わせはなかったようです」

「日本のグループでに大番狂わせと言うのはやはりセネガル対イングランドでしょうか。”ゾディアック”の一人がいるイングランドが優勢と思われていましたが結果は1-0でセネガルの勝利で終わったんですよね」

「はい。イングランドはその”ゾディアック”が欠場してはいましたが、それでもイングランドリーグで活躍するプロ選手を何人も要していましたし優勢と言う見方は変わっていませんでした。実際試合でもイングランドが全体的に押していましたし。ですが結果はごらんのとおりです」

「なるほど。つまり日本はそんな強敵と戦わなくてはいけないんですね。福原さんは次の試合、どう予想しますか」

「実力を出し切れば柳選手を擁している日本優勢でしょう。彼のスピードや突破は間違いなくワールドクラス。それが発揮されればこの大会中、一対一で柳選手を止められる選手はおそらくいないでしょうね。

 ただセネガルは欧州、特にフランスとのつながりが強くアフリカ特有の身体能力に加えて組織だったプレイを駆使してきます。それら二つを用いればいかな柳選手でも苦戦は必至でしょう──」






◆◆◆◆◆






「ヤナ!」


 志村の軽い声と共に送られてくるボール。鷲介はそれを足元に収め、前を向く。

 普段のピッチより格段に狭いフィールドには赤や白のビブスを着た、鷲介を含んだ10名の代表メンバーがいる。今、5対5のミニゲーム中だ。

 フィールドが狭いこともあってかすぐに白のビブスを着たサブ組のメンバーが距離を詰めてくる。それを見ながらも鷲介は慌てず距離を詰めてきたサブ組をかわし、パスを出すとゴールへ走る。

 細谷、志村、テツを経由して戻ってきたボールを鷲介はダイレクトで横へパス。味方がいない空いたスペースへのパスだが、それを飛び込んできた細谷がすんなりと受け取り、右足を振りぬいてボールをゴールネットに突き刺す。白チームがすぐに一点返すが直後、志村、鷲介、細谷とつないで最後はテツが頭でボールをゴールに叩き込む。

 

(ふむ、いい感じだ)


 テツたちとのパスの繋がりが以前よりも流動的になっている、また鷲介のパスをより強く感じ取っているのを見て鷲介は小さく笑む。初戦のブラジル戦は良くて七割だったが、これなら次のセネガル戦は八割ぐらいの速さでパスを出しても大丈夫そうだ。

 初戦ブラジル戦から数日たった今日、U-17日本代表は明日のセネガル戦に向けての練習、調整を行っていた。敗れた日や翌日はともかく、さすがに試合の前日ともなると気落ちしている選手はいない。


「今日の練習はこれで終わりです。では明日のセネガル戦、勝ちに行きましょう!」


 覇気のある監督の声に代表の面々も負けじと声を張り上げて答える。

 皆が更衣室に戻る中、鷲介と宮野、そしてテツの三人は練習場の周りにいたメディアの元へ行く。メディアの人たちがカメラやマイクを用意しているのを見ると、どうやらインタビューのようだ。

 ブラジル戦前日の練習でもあったがそのときは志村と細谷、宮野の三人だった。どうやら今日は鷲介が選ばれたようだ。

 話しかけてくるアナウンサーに宮野もテツも落ち着いた様子で答えている。さすがプロサッカー選手とチームのキャプテン。場馴れしているようだ。


「柳選手は明日戦うセネガルですが、どう見ますか?」

「映像を見た限りですけどやっぱり組織力と身体能力に秀でたチームですね。攻撃、守備もアフリカ系チームに多い個人技を前面に出すチームではなく組織ありきでやっているので侮れない相手です」


 鷲介から見たセネガルは攻撃は日本より下、防御は日本より上と言う印象だ。組織力、技術は日本が上回っているが、それでも身体能力とそれを生かした組織力は厄介だ。鷲介もユースリーグやドイツリーグで幾度かアフリカ系の選手と戦ったからよくわかる。


「そうですか。柳選手はブラジル戦ハットトリックを決めていますが、明日ゴールは決めれそうですか?」

「ゴール前、相手DFと1対1になれば決めれるとは思います。ただ向こうも僕とそうなることが非常に危険だと言う事は分かっていると思うので、組織で対応してくるでしょう。

 そうなればそう簡単にゴールは奪えないでしょうね」


 そうコメントすると何故かメディアの人たちがおお、と驚きの声を発した。はて、何かおかしなことを言ったただろうかと鷲介が思う中、インタビューは終わり、鷲介たちも着替えてバスに乗り込む。


「なぁテツ、なんでメディアの人たちはあんなに驚いたんだ?」


 先程のメディアの反応が気になっていた鷲介はそう尋ねると、テツはいつものように「勝手なあだ名をつけるな」と言ってから、呆れたような口調で言う。


「ごく当たり前に1対1なら負けないと宣言したんだから当然だろう。今までの代表でもあそこまではっきり言った人を俺は知らないぞ」

「それがそんなに驚くことか?」

「驚くことではあるよ。日本代表のサッカーは個の前に組織ありきだから、柳のようなことを言う人や言うだけの実力を持った選手はほぼ皆無だったからな。

 まぁなんだ、メディアの前では皆謙虚と言うか大人しいコメントばっかりなんだな。──俺も偉そうなことは言えないが」


 そう言う宮野。言われてみれば鷲介が知っている過去の日本代表やサッカー選手は海外の一流選手たちと違い、率直な物言いをする人はいない。


「そんなことを言ったのかヤナ。これは明日も期待できそうですな~」

「ああ、明日俺たちが勝てば得失点の関係で二位になる。ブラジルは勝つだろうし、決勝トーナメント進出が大きく近づくな」

「それは気が早いんじゃないか? まだイングランドはブラジルに負けると決まったわけじゃないぞ」


 細谷の計算に鷲介は突っ込む。


「だがイングランドがブラジルより強いとは思えない。柳はセネガルとの試合を見てどう思った。あのチームがブラジルを倒せると思うか?」

「まぁ、それは確かに……」


 第一戦の試合内容で判断するならばブラジルとイングランドの試合はブラジル勝利で終わるだろう。防御に関しては互角と言っていいが攻撃力は完全にブラジルが上回っている。

 イングランドU-17のDF陣ではジュニーニョやカルロスのいったブラジルの攻撃陣をあのメンバーで食い止めるのは難しい。


「ま、なんにせよまずは明日だ。俺たちは明日勝たなければどうしようもないんだからな」

「その通り! 明日は勝つぞ。イングランド戦も勝つぞー!」


 バカっぽく声を上げる志村に細谷が「気が早い」と突っ込む。バスの中でどっと笑いが起きるのを見ながら鷲介も笑みを浮かべていた。





◆◆◆◆◆






 鈍色と青色が半々を占める空の下、主審のホイッスルが鳴り響き日本とセネガルとの試合が開始される。細谷が振れたボールを鷲介は後ろ、志村に向けてパスをだし早速敵陣深く入っていく。


(さてと、セネガルはどう来るかな)


 見た感じセネガルはイングランド戦と同じ4-5-1のシステムだ。そして監督が予期していた通り、鷲介の側にマークが来る。それも二人。


(二人で俺を押さえられると思ってるのか。ボールが来たらちょっと試してみるか)


 そう鷲介が思う中、試合の時間は経過していく。ボールを持ったセネガルはイングランド戦と同じサイドにボールを供給して攻めてくるのに対し、日本はポゼッションを取りつつもカウンターに寄った攻め方だ。

 これは昨日雨が降り、芝の状態を鑑みてのことだ。日本のポゼッションサッカーも雨に濡れた芝の上では真価を発揮しづらい。今日は一応晴れだが雲が残っており、芝も若干湿っている。

 そのため芝の状態に慣れるまではカウンターに徹するよう指示を受けている。あと鷲介にもブラジル戦と同じ理由で強引なドリブル突破や連発は避けるよう言われてもいる。

 試合が開始されて数分、セネガルがファーストシュートを放つもゴールポストを掠めてゴールキックとなる。そのボールを宮野が蹴り上げ、細谷が相手DFに競り勝ち、ボールを鷲介へパスする。

 ボールが足元に収まったのをちらっと見てすぐ、鷲介は前を向く。正面すぐにマーカーの一人、ドレットヘアーの選手が迫っている。

 とりあえず芝の状態を考えてなんとなく動く。芝が濡れているためか加速するのにいつもよりちょっとばかり時間はかかったが、あっさりとドレットヘアーをかわして右へ突破する。

 そこへ時をおかずやってくる二人目のマーカー。長身で、腕に入れ墨をしたスキンヘッドな彼を鷲介はシザーズフェイントで惑わし、抜く。


(ビデオで見たときセネガルはもうちょっと組織じみてたけど、こんなものか?)


 そう鷲介は思いながら、刺青DFを腕で抑えながら前に出ようとしたその時だ。視界の端からにゅっと足が伸びてくる。

 ボールに向かっていたそれを見て鷲介はボールを前へちょっと蹴りだし、自身もさらに前に出ようとする。だがその前に側に来ていた三人目がボールを奪ってしまう。


「……!」


 驚くこちらに見向きもせずボールを奪ったDFはボールを大きく蹴りだす。勢いよく飛んだボールの先にはセネガルの右SMF、チームのキーマンの一人であるムサがいた。

 飛んできたボールを胸トラップで正確にコントロールするムサ。そこへ志村が寄っていくがムサは上がってきたDMFとワンツーで抜け出し、サイドをドリブルする。そのドリブルが速い。鷲介ほどではないが日本にとって充分脅威となる速さだ。

 ペナルティエリア横まで爆走するムサへ中村が向かって行く。だがムサはマークに突かれる前に小刻みなフェイントを見せ中村を惑わし、ペナルティエリアの浅いところからセンタリングを上げる。


(気をつけろ!)


 ロングボールを受けた両SMFが上がってセンタリング、もしくはパスを出す。これはセネガルの得点パターンの一つで、イングランド戦でもこれでゴールを決めている。

 そしてイングランドに土をつけたゴールを奪った男、セネガルの背番号10番サディオはそのボールへ合わせようとする。だが当然日本も黙ってみているわけもなくDFの要でありサディオのマークである遠藤がボールを奪うべく向かっている。

 弧を描きゴールへ向かう軌道のセンタリング。おそらくヘディングが来る。そう思ったその時だ、サディオが猛スピードでボールに近づく。

 

(まさか……!)


 鷲介がそう思ったのと同時、サディオは飛んできたボールを右足で、ダイレクトでシュートを放った。鷲介も予想しなかった奇襲のようなシュートを遠藤は防げない。宮野も反応が鈍い。

 速さも威力も十分なサディオのシュート。だが精度に欠けておりボールはゴールポストを超えてゴールラインを割った。それを見て鷲介は安堵し、改めて気を引き締める。


(サディオのプレイもそうだがセネガルのDF陣、侮れないな)


 ドレットヘアーをかわした直後に来たスキンヘッド。そして彼をかわしてなお、それを予期していたかのように近くまで来ていた三人目のDF。かわされたドレットヘアーのスライディング。

 間をおかず連続できたそれは決して突発的なものではない。度重なる反復練習と入念な打ち合わせによるものだ。


(基本二人、状況によって三人になるってところか)


 セネガルのマーカーの数を修正する鷲介。この芝の状態だと一人はともかく二人は難しく、三人かわすのは至難と言わざるを得ない。

 とはいえ大人しく封じられているつもりは毛頭ない。それにドリブルがあまり使えなくても打開策ならある。


「ボール!」


 要求しながら動き回る鷲介。そしてボールがやってくると早速マーカーが近づいてくるが鷲介は先程の時と同様に一人をあっさりかわす。

 そこへ迫ってくる二人目。だが今度はワンフェイントを入れるとかわさずパスを出す。DFの裏へボールが飛び、それに細谷が飛び出しシュートを打とうとするが、DFに阻まれる。


「すまん!」

「気にするな。どんどん行くぞ」


 謝罪する細谷へ鷲介は笑顔で返し、その後も幾つものパスを供給する。もちろんセネガルもマーカーが近づいては来るが、鷲介のドリブル突破をするようなしぐさに騙されてしまうためパスを防ぐことはできない。

 鷲介は高速ドリブラーとして名高いが、実のところパスも得意だったりする。昨季のドイツユースリーグでは得点王とアシスト王のダブル受賞も果たしている(ちなみに欧州ユースリーグではアシストランキング二位。惜しくも国内と欧州両リーグのダブル受賞はならなかった)。

 パスを鍛え上げるきっかけはロート・バイエルンユースに入ってすぐ、当時FWのコーチだったトーマスからの指導によるものだ。


『ドリブラーが正確なパスを扱えるとなるとその脅威は倍どころではないよ。特に君のような高速ドリブラーがゴール近くにいるとき、DFが判断をミスれば失点に直結しかねないのだからね。

 高速ドリブルを生かすため、またそれが使えない時に比肩する武器とするために、パスの精度は上げておきなさい』


 鷲介が正確なパスを出せるようになった時には相手DFはドリブルしかできなかったときのようにすぐに距離を詰めてこなくなった。そしてその幾多の逡巡を鷲介は見逃さず時にはドリブルで突破しゴールし、時にはラストパスを出してアシストを重ねた。

 セネガルのDFは思った以上に勤勉だ。かわされてもしつこく追いかけ、空いたスペースは別の誰かが埋める。

 だが時間がたつにつれて鷲介も彼らの動きや芝の状態にも慣れてきた。また空にかかっていた雲もいつの間にかどこかへ行っており、眩しい日差しがピッチを照らしている。

 

「こっちだ!」


 細谷のポストプレイからのボールを足元に収める鷲介。そこへまたしてドレットヘアーが迫ってくるが高速シザースでかわし前へ出る。

 二人目がすぐに距離を詰めてくるかと思ったが、さすがに何度も危険なパスを出されたためか少し距離を置いている。──鷲介の狙い通りに。


「はっ!」


 前に出ると同時に、視界にゴールが見えた鷲介はそこへシュートを打つ。距離は二十五メートルある位置からのロングシュート。

 DFの間をぬって放ったシュートをセネガルGKは驚いた顔で飛びつく。ゴール右を狙ったシュートを伸ばした手で掠め、こぼれたボールを他のDFが拾う。


「おおっ、惜しいなヤナ!」


 にかっと笑顔を見せる志村へ鷲介は頷き、セネガルゴールの方を向く。セネガルDFの困惑がさらに強くなっているのが見て取れる。

 ドリブル、パスほどではないがミドル、ロングシュートも得意なのだ。もっともドリブル>パス>>ロングシュートと言った感じではあるのだが。

 とはいえ相手には鷲介がドリブルだけではなくパス、そしてロングシュートもあると印象付けられただろう。これでますます相手はDFしづらくなったはずだ。


(さてと、あとは先制点だな)


 そう思い、鷲介は真剣なまなざしでボールを見つめる細谷を見た。






◆◆◆◆◆






 長谷川からのボールを受け取った柳を、再び囲むセネガル代表の面々。それはさながら獲物を囲むライオンのようだ。

 もっとも柳はそれらに全く動揺した素振りを見せず緩やかに動きながらボールキープ。ボールを奪うべく飛び出した一人をあっさりかわすと一気に加速して二人目もかわし、サイドを突破する。

 相も変わらずの桁違いのスピードやドリブルに細谷真純は驚きつつ、柳の動きにつられて下がるセネガルDF陣と共にゴール前へ迫る。ペナルティエリア右まで来て再び囲まれる柳だが、上がってきた志村とのワンツーで抜け出すとダイレクトでセンタリングを上げてきた。


(よしっ!)


 そのボールに向けて飛びだす真純。触れれば一点と思うような絶妙な位置へ飛んだボールだが、触れるより速くセネガルDFが伸ばした長い脚がカットしてしまう。


「あーおしいっ!」


 後ろで頭を抱えながら戻る志村。真純も歯軋りしつつ、下がっていく。


(守備だけならブラジルよりも上だな)


 すぐ近くにいる二人のセネガルイレブンを見て真純は思う。4-5-1という陣形に組織的守備だけではなく、とにかくセネガルの選手は走るし体を伸ばす。

 U-12のころから年代別代表に選出され続けてきた細谷真純の武器はポストプレイとマーカーやDFを欺き、振り切っての飛び出しだ。だが巧みに動いては再構築され続ける組織的守備にアフリカ特有の身体能力が加わったDFは真純の武器を今のところ封じてしまっていた。

 真純がマークをはがしても、柳がドリブル突破をしてもすぐさま他の誰かが側に寄ってきて、そして真純たちに振り払われたメンバーはそのフォローに回る。ボールをキープしたと思っていても強靭な肉体に圧倒されバランスを崩していまい、ポストしてボールを味方にパスを出すも、どこからか伸びてきた足がボールをカットしてしまう。他のメンバーの中で長身に入る真純もセネガルの面々の中では普通に見えてしまう。


(なんとかして柳にボールを落とすか、上手く飛びだしてあいつのパスをゴールに叩き込まないと……)


 セネガルとの戦い、前半では主に後者を多用するよう監督から言われている。これはヤナギのスタミナを考慮しての事だろう。また真純ならセネガルDFの網を抜け出せると踏んでいるのだろう。

 前半三十分近く経過した今、真純としては監督の予想通り、セネガルDFを抜け出しゴールできる手ごたえは感じている。だがそれには真純が柳のパスに合わせなければならないのだが、それが非常に難しい。

 柳のパススピードはもちろん出すタイミングも速い。真純がいつも合わせているタイミングと比べて2テンポほど速く感じる。

 合わせられないわけではない。このレベルのパスはU-17代表の本当のエース、中神の本気のパスと同等のものだからだ。だがそれに合わせ、尚且つゴールを決めたことはない。


(ぶっつけ本番でそれをやれっていうのか。監督は相変わらずだ)


 ミッシェル・木崎はチームや選手を評価することに定評がある監督だが、同時に自身の率いるチームを第三者的な視線で見るため、自チームへ平然と厳しく苛烈な指示を出してくる。練習試合、本番に関わらずだ。

 ちらりと日本ベンチに視線を向ける。するとそれに気が付いたのかミシェルは振り向き、にっこりほほ笑む。それを見て真純は思わずげんなりした。あの笑顔は「頑張れ、君ならゴールできる」と言っているのだ。


(まぁ期待されて応えないようじゃあ、代表なんて言えないからな)


 U-12から今までの間、なんだかんだ有りつつもそれに答え続けたからこそU-17日本代表エースストライカーとしての今の立場があるのだ。──いや、元エースストライカーか。

 先程まで攻め込んでいたセネガルだが、そのボールを藤中がカットするとボールは長谷川、志村へと渡る。ドリブルを始めた志村へすかさずセネガルの選手が寄ってくるが、170ちょうどの小柄な志村はそれらのプレスをかいくぐり、柳──現日本代表のエースストライカーへボールを渡す。

 ドリブルする柳へセネガルDF二人が距離を詰める。だが先程のように簡単には飛びこまない。さすがに前半だけで何度もかわされたからなのか、学習したようだ。

 ペナルティエリア手前に近づき、三人に囲まれる柳。真純もパスをもらうために動き、後ろからは近藤や春野、長谷川が上がってきている。

 日本の上りにセネガルの守備網が大きく動き、生まれたスペースへ柳が顔を向けてパスを出す──と思った直後、彼は得意の瞬間加速でトップスピードに移行。彼の顔の向きにつられたDF一人をあっさりかわし、続けて距離を詰めてきた二人目も同様にあしらう。

 三人目が迫ってくるが柳は敵を見つつ横にパスを出し、走り出す。そしてパスを受け取った春野とのワンツーで抜け出し、ゴールへ迫る。


(まさか一人で行くつもりか? 俺がぐだぐだやっているのにしびれを切らしたのか)


 忸怩たる思いを抱えつつ、動く真純。例え柳がどう思っていようとやるべきことは変わらない。FWとしてゴールを決めるだけだ。

 ペナルティエリアすぐ近くまで来た柳は再びDFに囲まれる。左右正面に加えて後ろからも来ている。


「柳──」


 彼に近づきながら真純が言おうとしたその時、柳が一瞬だけこちらを見る。

 その視線が何を言っていたのか真純には分からなかったが、FWとしての直感で考えるより先に体が動く。柳に向かっていた動きを正面──柳の左にいる──DFの裏へと走る。

 そして次の瞬間、真純の足元へボールが来た。DFの合間を突き出てきた矢のようなパス。相も変わらず速いが、多少は慣れたためトラップすると同時にボールコントロールしてペナルティエリアへ侵入、ゴールの方へ向く。


(キーパーが距離を詰めてきている。だがコースはある、打てる!)


 そう思った直後、真純の体が大きく右に傾く。彼を追ってきたDFのショルダーチャージだ。

 だが真純も踏ん張りを聞かせ倒れず、また相手DFの体を壁のように扱い重心を固定し、右足を振りぬく。キーパーが手を伸ばすより一瞬早くゴール右へ向かったボールはゴールポストに当たり、左へ跳ね返ってネットを揺らした。


「よしっっ!」

「ナイスゴールだぜ、タニ!」


 ガッツポーズをする真純に真っ先に抱き着いてくる志村。他の皆が祝福し終えた最後にやってきた柳が軽く肩を叩く。


「いいシュートと飛びだしだったな。これからもあの調子で頼むぜ」

「ああ。どんどんパスをくれ。どしどし決めるからよ」

「いや、パスはほどほどにするぜ。俺だってゴールが欲しいからな」


 笑みを浮かべる真純に、柳はおどけた表情を作る。そして両者とも破顔し、自陣へ戻っていく。


(そうだ。俺はゴールを決め続ける。お前に追いつくために)


 柳の背中を見ながら真純は思う。アマチュアとプロ、U-17とA代表級。立場、実力ともに差はあるがそれは今の話。五年後、十年後はどうなっているか誰にもわからないしその時になった時、立場が逆転している可能性だってある。

 負けたままでいるつもりは毛頭ない。必ず追いつき、追い越す。背番号9を見つめながら真純は自身に誓うのであった。


 




◆◆◆◆◆







「うおー、あぶねー!」


 日本ゴール枠内に向かって飛んだセネガルのシュートをミヤが弾くのと同時、志村信吾は声を上げる。

 前半を1-0、日本リードで折り返し後半に入った現在、状況は徐々にセネガルへ傾いていた。

 両チームシステムや戦術に変更はないが、セネガルは全体的に前がかりとなており、また前半以上にプレスや動きが激しくなっている。


(ここは俺がなんとかするしかないな!)


 セネガルの攻めにテツは守備に奮闘、タニは前半よりも注力してチェックを受けておりヤナは言わずもがなだ。

 だがそれでもヤナがパスを出したりドリブルで相手を突破するのを見ていた真吾は心中にむらむらとやる気、と言うか負けん気が満ちていた。


(セネガルめ、俺を無視しやがって。俺は怒ってるぞ!)


 真吾とて注意されていないわけではないが、テツやヤナの二人に比べれば明らかに軽く見られている。こちらへの動きやチェックのぐらいでなんとなくだがわかるのだ。

 とはいえ舐められる理由もわからんでもない。前半ドリブル突破しようとしてあっけなく止められていたのだから。

 しかし真吾とてそのまま抑えられたと思われるのは我慢ならない。何より──ようやく、ピッチ状況や相手のリズムを把握し終えたのだ。ここからだ。


(U-17日本代表No1、テクニカルドリブラーの実力を見せてやるぞ!)


 そう決意すると同時、セネガルのCKが始まる。競り合う遠藤たちからこぼれたボールを大野が拾い中村たちへボールを繋く。

 それを首振りして確認しながら移動、センターサークル付近で真吾はボールを要求する。


「志村!」

「あいよ!」


 やってきたボールを収め前を向く真吾。そこへ今日の試合で何度も顔を見たセネガル選手がやってくる。


(ふっふっふ。もう君の動きは見きっている!)


 心中できりっと決めポーズをし、彼に向かって行く真吾。緩急のついたシザースで彼を惑わし、左へ突破する。


(よっしゃ! ってあれー!? ついてきてる!)


 振り切ったと思ったのにすぐさま食い下がられたのを見て真吾はぎょっとする。だが彼の足が伸びてきたのを見ると、考えるより早く足が動く。

 相手の股間にボールを通し右を通り抜ける。それでもセネガルの選手は食い下がり体をぶつけてくるが、体重の乗っていない当たりに倒れるほど真吾の体幹は弱くないし何より、


(当てられ時の対処方法なら嫌っていうほど知ってるんだよ!)


 165cmというサッカー選手にとって非常に低身長と言える真吾がこれまで年代別代表に選ばれ続け、今こうしてピッチに立っている理由の一つだ。ドリブルの技術だけではないのだ。

 今度こそ突破する真吾。そこへ別の選手がやってくるが、フォローに来た宮国とのワンツーで前に出る。


(感じる感じる。セネガルの選手が、日本のみんなも俺を見てるー!)


 視線が集まることに喜ぶ真吾。そのテンションのまま、また近づいてきた選手を抜こうとするが、


「持ち過ぎだ! パスを出せ!」

「こっちに寄越せ!」

 

 下がってきたヤナ、上がってきた春野の二人に同時に怒鳴られる。

 言われて気が付いたが正面にはいつの間にか戻っていたのか、セネガルDFたちが待ち構えている。さすがに勢いに任せてこれらすべてを突破できると思うほど真吾は楽天家ではない。


「えーい、しょうがない! ハル、パスだ!」


 フォローに来た春野にボールを渡し、真吾は前に向かって行く。その動きに幾人かのDFたちが反応する。

 ボールはハルを経由してヤナの所へ。すぐさまDF二人に囲まれる彼だが、やはり少しの動揺もせず高速シザースであっさり一人を置き去りにして、スピードで二人目を強引に振り切る。


(くっそーなんであんなに速いんだよー。ずるいぞヤナー)


 真吾に致命的に欠けていると言われているものは二つ。一つは身長でもう一つは単純なスピードだ。短距離、アジリティは──U-17年代にしては──優秀と言われる真吾だが、100走のタイムはさほど速くなくスピードの維持力は高くない。つまりヤナのような一瞬で相手を抜き去る、スピードにのったドリブルなどという芸当ができないのだ。

 当然トレーニングはしているがこれは生まれ持った要素も大きいらしく、小柄な自分はフィジカルと体の使い方を学んだ方がいいと言われており真吾自身もそう思っている。とはいえ羨ましいこと、妬ましいことは否定しないが。

 久しぶりにフリーとなってサイドを駆けあがるヤナにセネガルDF陣が慌てて動き出す。そして彼らはゴールを決めたタニへの警戒も怠っていない。


(お、よく見たら俺フリーだ! チャンス!)


 そう思い手を上げようとしたその時、ヤナからボールが飛んでくる。真吾はいきなりのボールにぎょっとし思わず足を止めてしまう。

 だがそのボールにセネガルDFの一人が足を伸ばし、接触。軌道が変化し勢いの衰えたボールはちょうど足を止めた志村の所──ペナルティアーク数メートル前にやってくる。


(ここでいかなければドリブラー、いや男じゃない!)


 正面ゴール前には二人、そのうち一人はテツの側にいる。

 自分で行く。そう決意しながらボールを収め、敵ゴールへ突撃する。

 距離を詰めて来るセネガルDF。180後半はあろうかと言う長身選手はその体格に見合わずあっという間に距離を詰めてくる。その選手に対し真吾はシザースで体を揺らすと空いている左側へ動く。

 だがそれを読んでいたのか即座についてくるDF。だが真吾は慌てず左足でボールを右に蹴り間を置かず右へボールを短く蹴りだし、右へ突破する。真吾が最も得意とするドリブルテクニック、ダブルタッチだ。

 突破と同時にペナルティエリアへ侵入する真吾、GKも反応しているが、一歩遅い。


「どりゃー!」


 気合の一声と共に右足でボールを蹴る。見事足の甲にミートした色と黒のボールはセネガルゴールに突き刺さった。


「っしゃー! 見たかー! ドリブラー志村信吾を!」

「ああ、よく見たぜ。ナイスゴールだ!」

「うははははは! もっと褒めてくれ、讃えてくれ!」


 駆け寄り肩を抱くタニにそう言って、真吾は両手を広げピッチをぐるりと見渡した。

 自分ドリブラーはここにもいるぞ、ヤナだけじゃないぞ。そう観客にアピールするために。






◆◆◆◆◆






 雲の多い空に飛ぶボール。日本ゴール近くまで来たそれをクリアーすべく遠藤正之はボールの軌道と落下地点を予測してジャンプするが、直後横からセネガルの背番号10が跳躍する。


(くっ……!)


 競り合う両者。ボールへの反応は正之がわずかに速かったがセネガルのエースストライカー、サディオはぐぐんと体を伸ばして正之の体を抑え込み、落下してくるボールを頭で味方へ落す。

 ボールを受け取ったセネガルのキープレイヤー、右SMFの快速選手ムサへ近くにいた大野が距離を詰めようとしてくるが、ムサは間をおかずして右足を振りぬく。ペナルティエリア外からのミドルシュートだ。


「数馬!」


 先程と同じような形となり、思わず正之は叫ぶ。だがさすがに二の足を踏む気はないのか、ゴール右へ飛んだシュートを数馬はパンチングではじき出す。

 だがボールがゴールラインを割ったのを見て正之は一息ついて改めて集中する。まだ危機は去ってはいない。

 後半二十分が経過したセネガルとの試合、スコアは2-1で日本がリードしているものの、決して楽観視できる状況ではない。

 後半、2-0と日本がリードしてからと言うものの、セネガルは快速の両SMFへボールを渡すサイドアタックから、ワントップを張っているサディオへロングボールを放り込むパワープレイへ戦術をシフトしてきた。お互い疲労はあるものの、元々の身体能力の差が出たのか戦術変更から十分もたたないうちに日本がサディオのミドルシュートでゴールを奪われていた。

 そしてセネガルは今、その勢いに乗って攻勢を仕掛けてきている。日本にとっては耐える時間だ。


「集中しろ!」

「マークを確認するんだ!」


 CKに備えて数馬と共にDFへ指示を出す正之。もしここで失点すれば、セネガルの勢いはますます強くなってしまう。

 何としても失点を防ぐべく指示と修正を繰り返していると、そこへ藤中が寄ってくる。


「遠藤、もしボールをキープしたらすぐに柳にパスを出せ」

「パスって……彼には常に二人のマークがついてるだろう」


 CKにセネガル選手が上がっている今でも、センターサークル近くにいる柳には二人のマーカーがいる。

 あの二人もサディオほどではないが身体能力が高くまた粘り強い。今日の試合でも、柳にかわされてもすぐさま追いかけてはボールを奪おうと、または前を塞ごうとしていた。

 そしてそのしつこい、粘り強いディフェンスが効果があったのか、柳はシュート──特にロングが多い──こそ打っているが点は入れておらず、アシストも最初の細谷のゴールだけだ。ドリブルであっさり抜くのはブラジル戦と同様だがスピードの任せて突破するようなところはあまりない。しいて言うならば志村の二点目の直前シーンぐらいか。

 マークがきついのとスタミナが理由でひかえているのは知ってはいるが、それを踏まえても今日の柳はアフリカンパワーに押され気味なように見える。


「俺もそう言ったが「ゴールを決めるからボールをくれ」の一点張りでな。まぁなんだ、とにかく一度でいいからやってみるとしよう」


 よほどしつこく食い下がられたのか、いささかげんなりとした様子の藤中だ。

 正之はヤナギを見る。するとこちらの視線に気が付いた彼は両手でボールをくれくれとアピールしている。


(一度だけだぞ)


 そう心中で呟き、正之はDFへ集中する。藤中は他のメンバーにも同じことを言いに行ったのか大野の方へ走っていく。

 コーナーから蹴り上げられたボールは速く、そしてマイナス気味に曲がっている。そしてそれにサディオが駆け寄っていくのを見て正之も追う。

 跳躍するサディオに一瞬遅れて正之もジャンプ。当然彼に体を当てて──もちろんファウルにならないよう──ボールをクリアするべく頭を伸ばす。

 ヘディングをしようとするサディオだが、正之の寄せが上手く行ったのかボールは彼の頭を掠め、後ろへ流れていく。着地し、ボールの方を見るとムサと同じくセネガルのサアドアタックの要、左SMFのヤンと藤中がマッチアップしている。

 小刻みに体を動かし、スピードと体のばねを生かしたやや強引なドリブルで突破しようとしたヤンだが、藤中はそれを読んでいたのか、それとも柳のドリブルと相対してスピード系ドリブルに目が慣れていたのかあっさりとヤンとボールの間に割って入る。

 だがボールは近くに走ってきたセネガルの選手に奪われ、そして彼はすぐにゴール前──サディオへボールを上げてくる。


(今度こそ止めるっ!)


 心中で叫びつつ再びサディオとボールへ寄っていく正之。左サイドに流れるボールを見てこれは流れるかと思ったが、移動しながらもボールを一瞬だけ見たサディオを見て正之は緩んだ気を引き締め直す。

 そしてその直後、何とサディオは跳躍し右足を振り上げ、ボールをミートする。俗にいうバイシクルシュートだ。


(なんて身体能力だ!)


 心中でその驚くべき動きに舌を巻きつつも、備えていた正之はサディオのシュートをヘディングで弾き返す。そしてそのこぼれたボールを拾ったのは藤中だ。

 

「テツ!」


 叫ぶ柳へ藤中はパスを出す。そのボールへヤナギは下がってマークを引きはがし受け取ると、くるっと前を向いてドリブルを始める。

 そこへ引きはがしたマーカー二人が距離を詰めてくる。それも適切な距離を保ったうえでだ。あれでは仮に一人かわしてもすぐさま詰められる。

 柳の場合、それさえもかわしてしまいそうだが、その時間で他のメンバーが自陣に戻る時間は稼げる。現にいま、CKに上がっていたDFたちが猛ダッシュしている。


(さてどうするのか)


 前線は現状柳一人だ。藤中がボールを奪取した直後、すぐさま前線に戻ってはいるが、柳との距離は遠い。

 距離を詰めていくマーカー。柳は彼がある程度まで近づくと前方へパスを出す。


(誰もいないところへパス!?)


 思わずぎょっとする正之。だが次の瞬間の柳の姿を見て、さらに驚く。

 柳は自分が出したボールへ自ら走り追いつこうとしている。一人スルーパスだ。だがいくらなんでもそれは無理だ。無謀だと正之は心中で叫ぶ。

 ボール向かう柳だが、そこへはマーカー二人に加えて自陣へ戻ったDFも距離を詰めてきている。あれでは誰かにボールを奪取されてしまう。

 ボールに追いつく柳へ迫る二人目のマーカー。一人目のマーカーもすぐ背後にいる、ボールを取られる、そう思った真之だったが柳は爆発的な加速が乗ったカットインで二人目をかわし──挟み込むつもりだった二人がお見合いのような形となる──て置き去りにし、ゴールへ迫る。

 そして迫る三人目も同じように閃電のようなカットインで抜き、前に出てきたGKさえもスピードに乗ったドリブルでかわして無人のゴールへボールを蹴り込んだ。


「……!」


 鳴り響く歓声を耳にしながら、正之は声もなく右手を空に突き上げる背番号9を凝視する。センターサークル付近からの四人抜き。一人スルーパスを用いたとはいえ、驚嘆に値するべきスーパープレイだ。

 そしてこの一点が思っている以上に大きいことは顔面蒼白となったセネガルのDFたちを見ればわかる。カウンターとはいえGKを含めた四人がなすすべなく突破されてしまったのだ。心理的ダメージは計り知れない。

 そしてそのダメージは思った以上のものだった。セネガルボールでの再開後、セネガルはしつこくロングボールを日本陣地へ蹴り込んできていたが、セネガルがそのボールを収める回数が激減したのだ。

 三点目が入る前までは中盤の五人が前がかりとなってきていたが、今では両SMFとCMFの三人だけ。DMFの二人は下がってしまっている。

 セネガル監督はラインぎりぎりまで近づき前に出るよう指示を出してはいる。だが選手たちは出ない。どこか及び腰だ。


(まぁあんなプレイを目の当りにしたら、そうなるよね。たぶん僕でも……)


 セネガルの選手たちは点を取りにいかなければいけないことは分かっている。だがこれ以上の失点が恐ろしいのだ。理屈ではなく本能でそう感じてしまっているのだろう。

 一人の選手が魅せたスーパープレイで敵チームが委縮する。メンバーが消極的なプレイをする。スポーツの世界でよく聞く話だが、今まさにその現象が起こってしまっているのだ。

 その証拠というようにDMFから後ろが後方に下がりすぎている。そのため前線との距離が開いてしまっている。前線へ上がる人数の減少+前線と後方との距離の剥離。これがセネガルがボールを収めきれなくなった理由だ。

 そしてセネガルへヘビー級パンチのような一点をくらわした柳は時間がないことからドリブルで躍動するかと思ったが前半同様にドリブル突破すると見せかけたパスや、サイドを疾走した上でのボールキープ。そして距離はあるが高速カットインからのロングシュートでセネガルへ脅威は地味に与えつづけている。


(全く、恐ろしい男だよ)


 合宿初日で分かっていたが、改めて思い知らされる。一瞬でトップスピードへの移行、スピードを殺さないドリブル。そして今日改めて知った高いパス精度。これほど味方でよかったと思った日本人プレイヤーは彼で二人目だ。

 セネガルも最後の選手交代を行うなど手は尽くすが、柳のスーパープレイにすっかりビビったセネガルへのカンフル剤とはならずそのままタイムアップ。3-1。日本の勝利で試合は終わった。







◆◆◆◆◆






「ふー何とか勝ち点三をゲットしたか」

「これで二位以上は確定か。さてブラジルとイングランドはどうなったかな」

「ブラジルの勝ちだろー。前半終了して2-0だったんだし」


 ホカホカと湯気をたたせて鷲介たちは試合会場内部の廊下を歩く。今しがた控室のすぐそばにある室内練習場でクールダウンと浴槽での入浴を済ませたところだ。

 荷物をまとめるため控室に向かっている最中、コーチの一人があわただしい様子で控室から出てくる。


「あ、コーチ。ブラジルとイングランドの試合ですが」

「あ、ああ。さっき終わったよ」

「そっかー。んで結果は? ブラジルはあと何点入れたんですか」


 志村が軽い口調で尋ねると、コーチは外れている眼鏡をかけ直す。

 そして重苦しい表情で言う。


「スコアは4-2。イングランドの勝利で終わったよ」

「……へっ?」

「4-2、ですか? ブラジルが負けた? 後半だけで四失点ですか」


 間の抜けた声を出す志村と両目を見開く細谷。鷲介も思わず唖然とする。

 ブラジルの守備は攻撃力が高い反面守備力はそれほどでもないが、それでもイングランド相手に四失点するほど脆くもない。もしイングランドがそれだけのゴールを叩き込むのだとしたらブラジルはそれの五割増しのゴールを決めているはずだ。


「詳しい話はホテルに帰ったあと監督からあるよ。ただ簡潔に言うとイングランドは後半から投入してきた”ゾディアック”の活躍で形勢を一気に逆転したんだ」


 それだけ言ってコーチは早足で立ち去っていく。


「イングランドの”ゾディアック”って、確か負傷でセネガル戦も欠場してたよな」

「ああ。メンバー入りはしてるけど予選は出場しない可能性が高いってニュースでは言ってたが、それが出場したのか……?」 


 顔を見合わせる二人の横で、鷲介は眉根をひそめる。

 ブラジルを破ったイングランドの”ゾディアック”。対戦したことはないが、彼のことを鷲介は知っている。自分と同じ昨季の欧州ユースリーグにおいて注目されていた選手だからだ。


「アーサー・ロバート・アヴァロン……」


 どうやら予選リーグ最終戦は、今までの試合よりも厳しい試合になるかもしれない。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ