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ダッシュ!!  作者: 浮雲士
第二部
103/193

双鷲1






「とうとう週末で今シーズンのリーグ戦も終わりだな」

「うん。お互い色々あったねぇ」


 静かなBGMが流れるミュンヘン市内にある喫茶店のカウンター。そこに座りながら鷲介とミュラーはリラックスしながら会話を続けている。

 注文した飲み物と昼食が運ばれてきた時だ、店内にあるTVにサッカーの試合が映し出される。

 視線を向ければ映し出されているのは先週行われたイングランドリーグの試合のようだ。それを見て鷲介はミュラーに訪ねる。


「なぁ、カールの話、知ってたか?」

「ううん、初耳だよ。まさかマンチェスター・アーディックに移籍するなんて驚きだよ。

 カールはミヒャエル君やお母さんのこともあるからしばらくはドイツ国内に留まると思っていたからね」


 先週──リーグ33節終了直後だった。鷲介と同じ”ゾディアック”でありRドルトムントのエースストライカーのカールがイングランドリーグの強豪、マンチェスター・アーディックに移籍するとの発表があったのだ。

 それを聞いて鷲介はもちろんジーク達もたいそう驚いていた。もちろんどこどこのチームが狙っているという噂はいくつもあったがそれが実現し、しかも優勝が懸かったこのタイミングで発表されたことにもだ。


「そういやあ母子家庭なんだっけか。あいつの家は」

「うん。Rドルトムントへの移籍の時も随分迷ったらしいよ。ミヒャエル君もまだ幼かったしね。

 でもRドルトムントが全面的なサポートを約束して彼は移籍したのさ」

「まだジュニアの選手相手にそこまでするのか。流石育成に関してはドイツ随一と言われるクラブだな」


 もちろんカールの将来性を見込んでの事だろうが、それを踏まえても選手のみならずその家族までサポートするのはさすがに珍しいことだ。

 幾人もの有能な若手や選手を輩出しているRドルトムント。近年ではカールやケヴィン、クラウス、オリバーなどを始め幾人ものプロを輩出している。

 もちろん全員が全員Rドルトムントに留まれたわけではないが、それでも近年Rドルトムントユース出身でプロになった人の数はドイツ──いや、欧州のクラブでも一つ頭が抜けている。


「全くだよ。マルコさんもすっかりレギュラーに定着しているし」

「ああ。試合映像を見たが前季と後季との違いがすごいな。完全に別人だろ」


 ドイツU-20、U-23代表を兼任しているマルコ。

鷲介、ミュラーと同じ年にトップチームデビューした彼は昨年、そして今年の前季までは鷲介やミュラーのようにプロの環境やクラブの選手層の厚さに苦しみトップとユースを行ったり来たりしていた。

 しかし後期からライバル選手の怪我などのトラブルがあったとはいえ出番が増えて結果を残し、彼らが復帰した後もスタメンとして試合に出ることが多くなっていた。CLデビューも果たしている。


「まぁ週末の試合では勝たせてもらうけどさ」

「当然だ。相手はRドルトムント。負けるのはおろか引き分けだって論外だ。

 それに俺たちRバイエルンは勝たない限り優勝できないしな」


 33節、Rドルトムントは順当に勝利したがともに優勝を争っているRバイエルンとヴォルフFCは引き分けた。

 鷲介とフランツはRマドリー戦の疲労を考慮されたのか欠場した試合、CLでの大敗が尾を引いていたのか降格争いをしているチームにまさか前半開始早々得点を許した。

 当然その後圧倒的に攻めたてるも、相手は全員が自陣に引きこもり走り回っての文字通りの死に物狂いの守備を見せており、アレンたち出場したドリブラーもあと一歩が届かず。

 同点に追いついたのは後半35分という時間。一瞬隙をついてフリーとなったジークフリートの弾丸シュートが相手ゴールに突き刺さった。

 しかし相手も追いつかれはしたものの逆転を許さずRバイエルンとしては痛恨と言える引き分けだった。

 ヴォルフFCが引き分けたのはハンブルクF。前半15分、ヴォルフガングのゴールで先制したまではよかったが粘り強い相手の守りとカウンターで追加点を奪えず。

 そして後半開始早々、今季加入した英彦のFKにより同点に追いつかれさらに後半10分、クリアミスをヴァレンティーンに奪われて逆転された。

 当然猛反撃に出るヴォルフFCだが前半と同じくハンブルクFの守りとカウンターに苦戦。そのまま試合が終わるかと思われたロスタイム、こぼれ球をアルドフィトが押し込みギリギリ引き分けた。

 そして33節終了時点での順位は以下の通りとなった。


 1位:Rドルトムント 33試合25勝7分け1敗 勝ち点82

 2位:Rバイエルン 33試合25勝5分け3敗 勝ち点80

 3位:ヴォルフFC 33試合25勝5分け3敗 勝ち点80


「解っていると思うけど、Rドルトムントはまごうとこなき強敵だ。

 CL敗退した後彼らは全ての試合に勝っているし大半の試合をクリーンシートで済ませているしね」

「欧州最高峰と言われる鉄壁の守備陣は健在か。

 まぁCL敗退した試合も崩されて失点と言う形はなかったからな」


 準々決勝のマンチェスターFC戦。第一戦の2-1で負けた試合はオウンゴールとディフレクションによるゴール。

 第二戦は最終ラインから飛び出したヨハンの得点で0-1と負けたがその飛び出しはオフサイドだったと両チームの一部サポーターから声が上がっている。


「一方こちらはフランツさんにジェフリーさんを欠いた状況だしな」


 フランツは交替したRマドリー戦後、怪我をしていることが判明。全治一月と診断されてチームメイトより一月早くシーズンを終えた。

 そしてジェフリーは前節、疲れがたまっていたのか彼らしくない不用意なファウルが多く、結果イエローカードを貰っており累積により出場停止となってしまっていた。

 ドミニクやアレン、ミュラーなどが代わりに出場するだろうがベストとは言えない布陣だ。


「攻撃陣も好調だ。特にカールの奴は最後まで得点王レースのトップにいやがる」

「うん。以前よりもさらにパワーが上がっているのかジークフリートさんみたいなロングシュートや強引なドリブル突破からのゴールも目立つよね」


 昨年まではチームメイトと協力して崩してゴールする場面が目立っていたカールだが、今期は単独でのゴールシーンが目に付く。

 マンチェスターFC戦でもパワーあふれるドリブルでDF二人を吹き飛ばし相手ゴールにボールを突き刺したのだ。そのゴールはCLのベストゴール候補に挙げられている。


(当然だが以前よりもさらに強くなっている。今のRバイエルンの守備陣でどれだけ抑えられるか……)


 鷲介がそう思っていると、ミュラーが暗い声で言う。


「僕たちが取れるタイトルはもうリーグ戦しかないからね。明日は全てを出し切らないと……」


 リーグ戦と同じく大敗のショックが残り迎えたドイツ杯準決勝。曲者であるフランクフルトKに1-2の敗戦を喫していた。

 試合内容こそ優勢だったがゴールを中々奪えず1-1で迎えたロスタイム、PKを与えてしまい負けてしまったのだ。そしてそのPKを与えたファウルをしたのがミュラーだった。


「……ま、なんにせよ残りあと1試合。

 お前の言う通り明日で今シーズンの全てを出し切って勝たないとな」


 少し大きい声でそう言い、鷲介はRドルトムントの話題をミュラーに飛ばす。

 そうしてRドルトムントについて話し、練習で消費したカロリーを補給し腹も満たされたところで二人は店を出る。


「さて、少し早いが解散するか」

「そうだね。気を抜いて遊ぶのは週末が過ぎた後でもいいし──」


 そうミュラーが言った時だ、彼の視線が固定された。

 それを見て鷲介は同じ方向を見る。そして彼と同じように固まる。

 視界に映っているのは三人の家族連れだ。一人は三十代ぐらいの女性、その左には十歳ぐらいの少年と反対には少年に似た顔立ちの金髪の男性だ。

 男性はサングラスをかけているが彼が誰なのか鷲介は知っていた。──見覚えがあったと言った方がいいだろう。


「……なぁミュラー。あれって」

「皆まで言わなくていいよ。うん、そうだね。カールだね」

「あいつ何でミュンヘンにいるんだ。と言うかなんでまたあのサングラスをしているんだ。

 あれで以前素性がばれたのを忘れたのか……?」


 去年のRバイエルン戦直後のことだ、カールが素性を隠していたのがばれて小さいニュースになったのだ。その時と同じサングラスを彼はしている。


「一緒にいる女性はさっきの話に出てきたあいつの母親か?」


 親し気な──しかし恋人同士ではなく兄妹肉親のそれを察し鷲介が言うとミュラーは頷く。


「うん、そうだよ。昔何度か顔を合わせたことがあるから間違いない。

 ミヒャエル君も一緒だけど家族で出かけているのかな。こんな昼間の時間に……? ──あ」


 小さく声を上げるミュラー。鷲介は声こそ出さないが同じように口を開けてしまう。

 何故ならばカールの母親がこちらに気づき、にこにことした顔でこちらを指差し始めたからだ。

 そして母親に指摘されたカールも驚き固まっている。ミヒャエルは母と同じく笑顔となっている。


「……どうする?」

「行くしかないよ。無視するわけにもいかないしあんなにこにこ顔の人たちからそっぽ向けないよ」

「そうだな……。はぁ、まさか決戦前に顔を会わせることになるとは」


 小さく息を吐きながら鷲介たちは微笑んでいるアドラー一行の元へ歩いていくのだった。






◆◆◆◆◆






「久しぶりねセバスティアン君。元気そうで何よりだわ。

 そして初めましてヤナギくん。わたしはロジーナ・アドラー。カールの母です」

「お久し振りですヤナギさん、セバスティアンさん!」

「ああ。久しぶりだ。相変わらず元気一杯だな」

「数年ぶりですが、お元気そうで何よりです、ロジーナさん」


 にこやかなアドラー親子に鷲介とミュラーも笑顔で応じる。


「……。よう、元気そうだな」

「……。ああ。お前たちもな」


 試合前ということもあってか、鷲介もカールも若干表情が硬い。それにロジーナたちは気づかず鷲介たちを近くの喫茶店に誘う。

 店に入り飲食を注文するアドラー親子。鷲介たちは腹を満たしたばかりなので断り、ミュラーがカールに訪ねる。

 

「ところでカール、どうして今日はミュンヘンにいるんだい?

 Rドルトムントも今日は練習の日だったと思うけど」

「色々と都合が重なってな。昨日と今日は休みを取った。クラブには一ヵ月前に通達済みだ」

「都合?」


 鷲介の問いにミヒャエルが笑顔になって言う。


「実はですね、僕は来季からお二人の後輩になるんです!」

「後輩。ってことは」

「Rバイエルンに来るのかい?」

「はい! スカウトされました! よろしくお願いします!」


 現在彼はまだ11歳。日本と違い彼の年代でも有能な選手はクラブが獲得に動く。

 とはいえRバイエルンが獲得したということは同年代の中では一歩二歩、抜けているとみるべきだろう。


(順調に成長すれば俺たちのように早々にデビューするのかね)


 自分は17、カールは16でトップチーム昇格とデビューを果たした。

 もしそれに準ずるのであれば早ければ5、6年後には同じピッチに立っているかもしれない。


「ミヒャエル君のお祝いに休みを取ったんだ。相変わらず家族思いだね」

「それだけじゃない。来月は父さんの命日もある。

 だがその時俺はイングランドにいるだろうからな。今のうちに墓参りを済ませておこうと思ったんだ」

「親父さんの……」


 片親を亡くしているからか、思わず鷲介は口に出す。


「鷲介、ホラ、以前話した」

「覚えてる。ローデリヒ・アドラーさん。俺たちの先達だろう」


 親がサッカー選手である二世選手はそこそこいる。カールもその一人でその父親もそれなりに名が知られた選手だった。

 ローデリヒ・アドラー。18歳の時にドイツ2部クラブでプロデビュー。その後いくつかのチームを渡り、イングランドリーグにて名と実力を高め、ドイツ王者であるRバイエルンに移籍するまでの実力と評価を持っていた選手だ。

 ポジションはDF(CB)。ドイツA代表にも幾度も選ばれていた。だが彼のプロ選手としての、いや人生のキャリアはガンにより10年前に唐突に終わった。享年27歳。あまりにも早すぎる死だった。

 

「何事も無ければクラブ、代表の主力になれていたと評される人だったそうだな。

 プレイ集を見たが中々に厄介な選手だったみたいだし」


 フィジカルも強いが何より厄介なのはスピードとポジショニングの上手さだ。突破されてもすぐに追いついて抜いた相手からボールを奪ったシーンがいくつもあった。

 今でいうならハインケスに少し似ている。もっともCBだったローデリヒは彼ほど攻撃的ではなかったが。


「どうかな。よくよく見れば弱点も多いしレギュラーとサブをいったりきたりってところじゃないか」


 カールの発言に思わず鷲介は目を丸くする。

 家族思いな彼にしては冷静──というよりも辛辣な評価と感じたからだ。

 鷲介のそんな顔を見てロジーナが小さく笑う。 


「ごめんなさいヤナギくん。この子あの人のこととなるといつもこうなのよ。

 あの人との勝負では一度も勝てなかったことを未だに根に持っているみたいなの」

「そんなことはない。母さん、変なことは言わないでくれ」

「あら、そうかしら? お休みの日、お父さんと何時間も一対一の勝負をして負けて泣いていたのを慰めたのは私よ?

 あれを見る限りそうとしか思えないわね」

「へぇ、そんなことがあったんだ~」


 ニコニコ笑いながら言うロジーナと驚きながらも笑みを見せるミヒャエル。

 一方ネタにされたカールは腕を組み、仏頂面となっている。


「この子最初はあの人みたいなDFを目指していたのだけど、負け続きでFWに転向してしまったのよ」

「それで現在に至ったんですか……。なんというか、凄いですね」


 思わず苦笑いを浮かべる鷲介。

 世界トップレベルのストライカーの誕生秘話がこんなことだったとは。

 ファンが聞けばどう思うのだろうか。墓の中までもっていかなくてはいけないのかと思う。

 

「というよりも一度も勝てなかったって、あの優しいローデリヒさんが手加減とかしなかったんですか?」

「普段は優しい人だったけどね。サッカー選手として勝負を挑まれているのに手加減するのは失礼だとか言っていたわ。

 でも多分、ただ単に負けるのが嫌いなだけだったと思うわ。例え相手が自分の子供でも。

 そう言う子供っぽいところがあったから」

「なんというか、父親ってそう言うところがありますよね……」


 空也のことを思い思わず鷲介は言う。

 サーシャと父が再婚する直前のことだ、鷲介が仲良くしていたら「自分の嫁になるからあまり仲良くはするな」とくぎを刺してきたことがあった。

 鷲介は頷きながらも息子に嫉妬するなよーと呆れ、のちに義母がそれを知って父親に説教していたわけだが。


「それにしても移籍の話は驚いたぞ。

 いやロドルフさんと契約したこともびっくりしたが」


 ロドルフと会った時、”ゾディアック”と一人だけ契約できたと言っていたのは少し気にはなっていた。

 それがまさかカールとは予想してもいなかった。てっきり国外の誰かだと思っていた。


「イングランドリーグには一度行ってみたかった。いろいろ手間取りはしたが希望通りのチームに行けたしロドルフさんには感謝している」

「マンチェスター・A。親父さんが所属していたクラブだな。とはいえ当時とだいぶ違う状況のようだが」


 今でこそ毎年優勝争いに絡んできているマンチェスター・Aだが、10年前はクラブの金銭に選手間のもめごと、監督問題など問題が多数重なっていたため中位が定位置だった。

 当時のオーナーが息子にその座を譲り地道なクラブ強化を開始。その成果が出たのか現在の地位を築くに至っていた。


「言っておくが父さんが所属していたから選んだわけじゃない。

 俺が提示した条件に一番合致したのがあのクラブだったというだけだ」

「でもそのマンチェスター・Aだけど、ユルゲンス監督がシーズン終了した後解任されるそうだね」

「確か理由はオーナーと揉めたんだっけか?」

「ここ2シーズンの間、監督の意向に沿わない選手を獲得していたことで監督の方に不満が溜まっていたそうです。

 あとカップ戦やCLの早期敗退、そしてリーグ優勝が消滅したことでオーナー側も首を切ると決め、監督も受け入れたらしいですよ」


 鷲介の問いに答えたのはミヒャエルだ。兄が移籍するということもあってか詳細な情報を得ているようだ。

 ヨシュア・ユルゲンス。マンチェスター・アーディックの監督であり欧州屈指の戦略家と言われる人だ。

 何よりもチーム、規則を重んじる人として有名であり、どんな有名選手でも意に反したら容赦なくベンチやベンチ外に置くことでも有名だ。


「フルール・サンジェルマンやNASミランと言ったクラブが狙っているらしいな。

 ──そう言えばRバイエルンもだったか」

「何? 初耳だぞ」


 そう言う鷲介にミュラーが言う。


「今日のネットに記載されていたよ。まぁガセネタだとは思うけどね」

「そうですよ。リーグでは最後まで優勝争いに絡んでいますしCLでもベスト4まで行きました。

 解任する理由がありませんって」

「まぁ、そうだよね。──全くよくあることとはいえ、自分が所属するクラブとなると面白くはないな」


 トーマスに落ち度はないのは当事者である自分がよく知っている。彼を辞めさせるなど愚策以外の何物でもない。

 

「ヤナギ、お前にもオファーが来ているのだろう?」

「まぁあちこちからな。でも受けるつもりはないよ。

 リーグにカップ戦、そしてCL。どのトロフィーもまだRバイエルンに与えていないからな。

 移籍するとしたらそれを済ませた後だな」

「そうか。なら移籍は一年遅れるな。週末の試合と優勝トロフィーは俺たちRドルトムントが戴くからな」

「あいにくだがそうはいかない。お前たちのホームスタジアムでリーグ連覇を達成させてもらう」


 そう言って両者は互いに視線を向ける。

 平静な眼。しかし炎のような熱い戦意がそこに滾っているのが見える。


「面白い。やってみろ」

「言われるまでもない。今度こそ、俺たちが勝つ」


 プロになってから二戦して一分一敗。カールがドイツリーグより離れるとなれば次いつ対戦するかわからない。

 なんとしてもここで戦歴をイーブンに戻しておかなくては。自分のために。何よりチームのために勝たなくてはいけない。

 両者の間に漂う緊迫した空気。しかしそこに能天気な声が飛び込んでくる。


「いいわねぇ、男の子って感じで。

 週末の試合がより楽しみになってきたわ」

「母さん……最終節の意味を理解しているの?」

「優勝が懸かっているんでしょう? わかっているわよ。

 お互いCLもカップ戦も敗退しているし、全力で試合に臨めそうね」


 呆れたミヒャエルにロジーナは笑みを浮かべて言う。

 それを聞いて鷲介は先日のRマドリー戦を思い出して表情を引きつらせ、カールも何か嫌なことが脳裏を巡ったのか渋い表情となった。


(おい、お前のお母さん、天然か)

(すまない。悪気はないんだ。本当に)


 視線で言葉をかわす”ゾディアック”二人。

 だが言葉には悪意が欠片もないので文句を言うわけにもいかずお互い黙り込んでしまう。


「えっと、ロジーナさんたちはウェストファリア・シュタディオンに来るんですか?」

「ええ。カールからチケットは貰っているわ。最終節ですもの、しっかり応援しないとね」


 笑顔──かすかにぎこちない──を浮かべたミュラーの言葉にロジーナは嬉しそうに微笑む。


「カールの次で悪いけど、ヤナギくんとセバスティアン君ももちろん応援させてもらうわ。

 活躍、期待しているわね」

「あ、ありがとうございます。頑張ります」


 ロジーナの悪意ない言葉にミュラーも思わず頬が引きつる。


(なんというか、すまない)

(い、いや、気にするな。こういう風に両チームを応援する人もいるしな。うん)


 再び視線で意思をかわす鷲介とカール。

 それからしばらく談笑したのち、アドラー一家と別れる鷲介たち。

 彼らを見送った後、微苦笑したミュラーが言う。


「鷲介、大丈夫かい?」

「平気だ。まぁ少し気は抜けたが、試合には何の支障もない」


 姿が見えなくなろうとした時、カールがこちらに刃のような視線を向けたことを思い出す。

 微塵の容赦もしないであろうそれを見て鷲介の気合は即座に補充された。


「勝つぞ」

「もちろん」


 鷲介の短い、しかし強い断言にミュラーも即答するのだった。






◆◆◆◆◆





 レヴィアー・ドルトムントのホームスタジアム、ウェストファリア・シュタディオンの観客席はホームカラーの黄色と黒で染め上げられている。

 それを許可を得た報道スタッフやサッカー関係者が入ることができる特別席からロドルフは見ている。

 試合開始前だというのにかつてないほど盛り上がっているサポーターを見て彼はにやける口元を思わず隠す。


(最高の盛り上がり具合だ。これはRドルトムントの、カール・アドラーのいい後押しになる。

 この試合に勝ち優勝すれば彼の価値も私の評価も上がる。ふふふ、ドイツでも私と契約を結ぼうとする選手も増える)


 彼がここにいるのは彼が契約している選手──カール・アドラーのRドルトムントでの最後の試合を見に来たからだ。

 そう、”ゾディアック”の一人でありRドルトムントの若きエース、カール・アドラーはこの試合を最後にRドルトムントからイングランドリーグのマンチェスター・アーディックに移籍する。


(しかし今回の移籍、なかなかに苦労させられたものだ)


 ”ゾディアック”と契約を結びたかったロドルフは自分の伝手を使って上位陣のほぼ全員に話を持ち掛けた。

 しかしロート・バイエルンのヤナギを始めほとんどに断られた。──その中で唯一応じてくれたのがカールだ。

 とはいえ彼と代理人契約を結び、彼が望むイングランドリーグへの移籍は簡単ではなかった。欲するチームはあれどカールとクラブとの要求全てが一致することはなく、その微調整や両者を納得させる度重なる話し合いに苦労した。

 マンチェスターFCやライヴァー・バード・リバプール等の強豪と破談となりはしたが、カールの本命だったマンチェスター・アーディックとは何とか契約を結ぶことができた。

 とはいえロドルフとしては今回の移籍は上手くいったとはいいがたい。最大の感心であるマンチェスターAからの手数料も想定した額ほどではなかった。

 正直不満はある。だが”ゾディアック”という金の生る木と代理人契約できたことや移籍を成功させたことでその不満を抑え込めていた。


(そしてその発表が行ったのが一週間前。

 私の予想通り、サポーターたちはこれ以上なく燃えている)


 最終節──それも優勝が懸かった試合前での移籍発表。しかもそれがチームの中核であり未来を担う若きエース。

 本来ならば熱狂的なサポーターたちが激怒し応援モチベーションがだだ下がりになるものだが、ロドルフはRドルトムントの公式ネット番組を使用してカール当人の声をサポーターや番組を閲覧しているドルトムントの住民に届けさせた。

 これはカールが望んだことでもあるが彼の言葉をロドルフは上手く脚色した。──結果、Rドルトムントサポーターの大半は移籍する若きエースを応援しようという状態へとなった。

 そんなサポーターにカールも一日ごとに感謝のコメントを上げ、サポーターの応援ボルテージはさらに上がったのが現在の状態だ。


「ふむ。Rドルトムントはやはりベストメンバーか」


 電光掲示板に移されるスタメンの顔ぶれを見てロドルフは呟く。

 システムはいつもの通り3-4-3のダブルボランチ。GKはマーク。スリーバックは右からグレゴリー、ケヴィン、ピーター。

 中盤のダブルボランチはヴラディミルとステファノ。SMFは右にマルコ、左にクラウス。


(マルコ・デュンヴァルト。シーズン終了後、彼と契約を結ぶのも悪くないかもしれない)


 ここ最近ではフリオ達が復調、復帰したというのにスタメンで出ることが多くなっている。カールに代わるRドルトムントの新星というべきか。

 そうロドルフが思っているうちに最後の3トップが表示される。

 カール同様シーズン通して好調を維持しているアクセル、カールたちの影に隠れてはいるが泥臭いプレーでチームを助けFW陣の中では最多アシストを記録しているオリバー。

 そしてまだ18という若さ、プロ三年目にしてドイツリーグ得点王を手に入れるであろうカールの三人だ。


「Rバイエルンは、Rマドリーと前節の激闘が最終節まで尾を引いているか」


 Rバイエルンのシステムもいつもと同じ4-3-3。しかしスタメンはベストメンバーとはいいがたい。

 GKはアンドレアス。4バックは右からフリオ、ドミニク、クルト、ブルーノ。

 ボランチはミュラー、右SMFはアレン、左SMFはアントニオ。

 3トップはヤナギ、アレックス、エリックの三人だ。

 本来ならば出場するであろうジークフリートは今日の試合ベンチスタートだ。

 何でも先日の練習の時、少し足に違和感があるという情報があった。それを監督が考慮したのかもしれない。

 

(ふふふ。天はRドルトムントの勝利を願っているのかもしれないな)


 今のRバイエルンと言えどベストメンバーがそろってもRドルトムントに勝てる可能性は五分だ。それが主力三人を欠いたこの状況。

 今季チームの原動力となったヤナギはいるが、それはRドルトムントもカールがいるから優位にはならない。

 いや今季移籍する彼は育ててくれたチームへの思いをいつも以上に強く熱く抱いている。例えヤナギと言えども今の彼には見劣りすると言わざるを得ない。


(カール、なるべく多くの結果を残してくれよ。私と君自身の未来のために)


 


リーグ戦 23試合 24ゴール10アシスト

カップ戦 3試合 1ゴール2アシスト

CL 10試合 14ゴール4アシスト

代表戦(二年目)7試合 13ゴール3アシスト

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ドイツ杯はノックアウト式だと思うんですが、フランクフルトKとは4回戦くらいで戦ってませんでした? 気のせいならすいません。
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