U-17,ブラジル戦2
「さすがブラジル。先制点で前がかりになっていたところを見事についてきましたね。典型的な逆転パターンです」
前半終了後のハーフタイム、選手たちが一息入れたところで監督ミシェル・木崎から飛び出した一声に鷲介は顔をしかめる。
確かにその通りなのだが言い方がまるで他人事のようだ。これでは選手たちはいい気分はしないだろう。
そう思って周りを見たが、皆平然としており、幾人かはため息をついているだけだ。その反応に目を白黒させていると、隣に座った宮野が言う。
「監督は勝っていても負けていてもこんな感じだ。あまり気にするな」
「あ、ああ……」
言われてみると確かに本戦前行った練習試合と似た感じだ。どうやらこの監督、状況に関係なく自チームの試合を酷く冷静、客観的に見られる人物のようだ。
(まぁ熱くなってがなり立てられるよりはいいけど)
監督が静かな口調で前半の良いところ悪いところ、後半での修正点を話すのを聞きながら鷲介は自身の前半を反復する。
あっさり先制点を入れた後も普段通りのプレイはできていたため調子は悪くなかった。だがやはり問題点は他メンバーとの連携不足に尽きる。
予想できてはいたがやはり一週間と言う短い期間では日本が予選で見せていたような連携に上手く入り込めていない。何回かはそれなりのシーンもあったがゴールに結びついておらず、またパスミスや孤立することも多々あった。
(みんなのパスはともかく、俺のパスにあんまり合わないんだよな。まぁ俺が突出しすぎているせいでもあるんだけど)
U-17で優れた選手とはいえプロの、それも欧州の最前線リーグで試合をしている鷲介とはやはり見ているもの感じるものに大きな差が出てくるのは当然だ。鷲介がチャンスと思って出したパスに反応できず、また反応しても動きだしが遅かったため敵に奪われることは練習試合でもあったことだ。
そのため結果としてゴール前でのフィニッシュは個人技頼りになってしまう。そしてブラジルもそれがわかってるのかオリベイラを常に鷲介の近くに配置している。巨体だが意外に速く、またDF陣を統率する彼は巧みに他のメンバーと陣形を操っては鷲介と日本の攻撃を防いでいた。
「──では以上のようにお願いしますね」
話を終え、そう締めくくった監督はスタッフとともに控室から出ていく。これも練習試合の時に見られた光景だ。
そこからは選手たち同士で改めて監督から伝えられた話の反復を行い、ピッチに戻る。ハーフタイムギリギリに戻るとすでにブラジルイレブンはフィールドで待ち構えていた。
静かだが油断の気配は微塵もない。それを見て鷲介も改めて気合を入れ直す。
主審のホイッスルと共に後半がスタート。両チームともにメンバーに変更はない。
後半、日本は従来のポゼッションサッカーにてブラジル陣地へ攻め込み、またブラジルも日本と同じくポゼッションサッカーで対抗してくる。
同じ攻め方をすればはっきりと両チームの力がわかる。テツや志村など一部の選手はブラジルと同等以上に渡り合えているが、全体を見るとやはり全てにおいてブラジルが上回っている。シュート本数も現在二十分近く経過して日本が二本に対しブラジルは四本、それもブラジルのシュートは全てゴールの枠内に飛んでいる。
鷲介は後半に入ってから比較的おとなしくしている。というより日本のポゼッションサッカーに自身のプレイを溶け込ませると言った方が正しい。前半のようなパスミスや孤立化を少しでも無くすためだ。その甲斐あってかテツや志村、他のメンバーとも徐々に息はあってきてはいる。
だがこんなことをいつまでも続けておくわけにもいかない。現在スコアは1-2で負けており試合状況もやや劣勢だ。カルロス、ジュニーニョと言ったブラジルの中核選手が幾つもの危険なシーンを作っており、このままでは鷲介が日本チームに馴染む前に試合が決まってしまうかもしれない。
(残り時間二十分程度、そろそろやってみるか)
ブラジルの四本目のコーナーキックがクリアされるのを見て鷲介は思う。そしてこぼれ球をテツがキープしたのを見たと同時に、下がる。
「こっち!」
手を上げた鷲介の元へテツからのロングパスが飛んでくる。胸でトラップしたところで後ろからオリベイラ、斜め左からガウディーノが迫る。
反転しドリブルをしようとする鷲介だが、オリベイラたちを十分に引き付けたところで左サイドへパスを出す。スペースに出たボールは上がってきた細谷と戻っているフェレイラの二人が共に追うのを見ながら鷲介も動き出す。
「ダイレクト!」
細谷の方が先にボールへ追いつくのを見た鷲介は、ペナルティエリアへ走りながら叫ぶ。要求通り細谷はパスを出すが長時間ランニングした上でのダイレクト、精度は悪く鷲介の狙った場所からは外れてしまう。
全力でダッシュし、ラインぎりぎりで何とかボールを拾うがオリベイラたちDFが迫ってきているうえ、ブラジルゴール前への守りも速攻が失敗したおかげか固められつつある。
だがそれを見て鷲介は下唇をなめる。ブラジルがゴール前を固めると言う事は逆に日本陣地の人員が少ないと言う事。案の定カウンターのための最低人員しか残していない。そして日本メンバーは中々の人数が上がってきていた。
志村、テツがいいところまで上がったのを見て鷲介は勝負する。左右を塞いでいるDF二人に向けて小刻みに体を揺らしスペースを作ると、今日二度目──先制ゴール以来の全力加速でそこへ移動し、オリベイラたちに体を当てられる前にその速さを維持したままゴール前まで迫る。当然と言うべきか、鷲介の本気の加速やスピードにオリベイラたちは一歩出遅れる。
「!?」
全力を出すのを控えていたのは単純にスタミナのことがあったためだ。トッププロや各国のA代表選手さえ置き去りにする鷲介の加速とスピードだが、当然それを試合中ぶっ続けで維持できるスタミナはない。また今日は初めてのこのU-17日本代表での公式戦、このチームにおける公式戦でのスタミナ消費がどの程度か把握しておく必要もあったからだ。
現状完全とは程遠いものの、大まかには分かってきた。そして残り時間のことを考え、鷲介はリミッターを解除したのだ。
ドリブルする鷲介へすぐさま他のDFが距離を詰めてくるが右にパスを出す。もちろんボールを取られないギリギリまで距離を詰めたうえでだ。そしてパスを出した鷲介はすぐさまゴールに向かって走り出し、その動きでゴール前にいるブラジルメンバーの動きに乱れが生じる。
鷲介からのボールを受け取った志村はダイレクトで右へ。そしてそれを足元に収めた宮国はわずかに溜めると、パスを出してすぐに前へ走っていた志村へパスを出す。ペナルティエリアに入った志村はDFに体を寄せられながらもヒールでパス、それを足元に収めるテツ。
ゴール前、十分な人数がいるにもかかわらずこうまでしてスムーズにパスがつながるのは鷲介が動き回って守備をひっかきまわしているからだ。先制点やこの試合での動きからか、ブラジルメンバーはどうしても鷲介を見てしまう。見ざるを得ないのだ。
右足を振りかぶるテツの前を塞ぐDF。初めからシュートを打つ気はなかったのか見えていたのか、パスを出すテツ。そのボールを受けた細谷がダイレクトでシュートを放つ。
決定的なシュートだがブラジルGKが体で止める。こぼれたボールに殺到する両チームだが、誰よりも速くボールに触れたのはペナルティエリア内、ゴール至近距離にいた鷲介だ。
「止めろ!」
背後から聞こえる悲鳴交じりの声を聞きながら、鷲介はこぼれ球をゴールへ押し込む。これで同点、2-2だ。
◆◆◆◆◆
「よっし!」
「まだ同点、逆転するぞ!」
右手を振り上げてガッツポーズをとる鷲介がチームメイトらにもみくちゃされる中、テツの気合のこもった声がフィールドに響く。
キックオフしたブラジルは選手を一気に二人交代し、前がかりとなって攻めてくる。その猛攻に少しの間押される日本だが宮野や遠藤たちが奮戦して攻撃の悉くをシャットアウトする。
これは同点弾で日本に勢いがあるだけではなく、本気を出した鷲介をとめるためブラジルのDF陣が上がりきれなくなったことも理由の一つだ。体力温存、チームへ溶け込むため今まで八割程度しか出していなかった鷲介の全力プレイはオリベイラたちブラジルDF二人ですら手に余るレベルのものだったからだ。
ブラジルのディフェンスは決して弱くはないが所詮U-17という制限での話。レヴィアー・ドルトムントという世界最高レベルの鉄壁を体感した鷲介からすれば難敵と感じても強敵とは微塵も思わない。
「逆転弾を頼むぜ~!」
ジュニーニョから激しいチャージを受けつつも志村が出してきたパスを受け取る鷲介。ドリブルで突き進むとすぐに右SBとオリベイラが二人でマークに来る。
まず先に来た右SBを加速した動きであっさりかわす。そして直後距離を詰めてきたオリベイラだが、緩急のついたフェイントで突破、置き去りにする。
(いままでならどっちも全力で抜いていただろうな。緩急の大切さを思い出させてくれたRドルトムントのメンバーには感謝だ)
そう思いながら鷲介はゴール前に迫る。ボールを奪いにやってくる三人目のDFやゴールキーパー、また周りを見て鷲介は大きく右足を振りかぶる。
ペナルティエリア斜め右からの、渾身の力を込めたロングシュート。GKがこちらへ距離を詰めてきたのを見たうえでのシュートだ。
ゴール左へ向かうボールの軌道を見て入ると確信した鷲介。だがボールはわずかに左に曲がるとゴールポストを叩き、こぼれたボールを戻ってきたブラジル選手が拾ってしまう。
「くっそー、まだロングシュートはジークさんみたいにはいかないか―」
そう鷲介が唸っている中でも試合は動く。ボールはブラジル陣内から日本陣内へ。ブラジルのリズムとスピードに乗ったパス回しでボールは先程交代で変わった──確かアナウンスでキケと呼んでいた選手に渡る。
すぐさま近くにいたテツが向かって行くがキケは左にパスを出すとサイドへ走り出す。ボールを受け取ったブラジルのMFはダイレクトで裏に通し、そのボールを中村が奪いに行くがキケは足元に収めると小刻みなフェイントで右へかわし、スピードに乗ってサイドを抉る。
(俺と同じでスピードが優れた選手か!)
日本陣地深く切り込んだキケは追いかけてきた中村が追いつく前にセンタリングを上げた。それに飛びついたのは同じく交代した二人目の選手オリンピオだ。
ゴール前に上がったボールへオリンピオはマークについていた遠藤を押さえてジャンプする。長身で打点が高い彼の額に見事、ボールはミートする。
放たれるヘディング。しかし宮野が反応しておりパンチングで防ぐ。こぼれたボールに中村が駆け寄りラインの方へ蹴る。
だがそのボールに足を延ばし、ボールをキープしたブラジル選手。彼がボール前へ出したパスへ向かって行くのはブラジルのエース、ジュニーニョだ。
「前を塞げっ!」
思わず鷲介が叫ぶと同時に、放たれるジュニーニョのシュート。がら空きだったゴール左に向かったボールだが、飛びあがって足を上げた大野が何とか止める。
だがボールが日本のペナルティエリアにある状況に変わりはない。攻めるブラジルと守る日本。どちらも必死でボールに食らいつく。
そして鷲介が日本のペナルティエリア付近まで戻った時だ、ブラジルのシュートを胸で止めたテツがボールを強く蹴りだす。
よし、クリアーだ。そう思った直後、そのボールへ飛びついたのはカルロスだ。伸ばした足がボールに当たり、跳ねたボールがすぐ近くにいた遠藤の肩に当たって軌道が変わる。そしてボールは緩いスピードだが日本のゴールラインを割ってしまった。
「あー……」
狂喜するブラジルイレブンと肩を落とす日本イレブンを見ながら、あれはしょうがないなーと鷲介は思う。なにせ遠藤の後ろにGKである宮野がいたため、ボールの急な軌道変更が見えなかったのだろう。
「気にするな! ゴールなら俺がバンバン決めてやるから!」
「まだ試合は終わっていない! 前を向け!」
落胆する日本イレブンへ鷲介がいい、キャプテンの宮野も鼓舞する。
同点、逆転へ向けて日本も選手を入れ替える。宮国に代わって蜂須賀、細谷と小倉が交代する。
だが勝ち越し点で勢いに乗ったのかブラジルはさらに前に出てくる。疲れを感じさせないパスワークで日本ゴールへ迫る。
(俺がいるってことを忘れてるんじゃないだろうな)
そう思いながらボールが回ってくると鷲介はドリブルを始めようとする。だがそこへ勢いよくやってきたのは試合再開後、入ってきたブラジルの最後の交代選手オイゲンだ。
「邪魔だ!」
一瞬でかわし前に出る鷲介。だがもうその時はオリベイラたちが距離を詰めてきていた。
しかもその後ろにはさらにあと一人選手がいる。易々とドリブルのできずパスも出せない状況に鷲介が思わず一瞬迷ったときだ、唐突に足元からボールが離れる。
「なっ!?」
振り向けば先ほどかわしたオイゲンが後ろにおり、鷲介の脚の間から足を延ばしていた。こぼれたボールをオリベイラが足元に収めるとゴール前へロングキック。そのボールをオリンピオが頭で落とす。
そのボールを拾ったのはこの時間においても動きが衰えないブラジルの9番、カルロスだ。軽快な動きでペナルティエリアへ侵入する。
だがシュートを打つ前に遠藤が体を寄せてボールを奪い返した。体格の差か終盤の疲労のためかカルロスは体勢を崩して派手に転がる。
とはいえ遠藤のプレイは反則ではない。足もしっかりボールに向かっていた。そう思ったその時だ、主審が甲高く笛を吹いて遠藤に近づくと胸元からイエローカードを取り出し、彼へ突きつける。
「なんだと!?」
鷲介はもちろん、他の日本のメンバー驚愕の声を上げる中、主審はペナルティスポットを指差した。
◆◆◆◆◆
「ああーっと、ジュニーニョ選手のPKが見事に日本ゴールに決まってしまった! 後半三十六分、ここでスコアは4-2。非常に厳しい展開です。
先程イエローが出た遠藤選手のファウルですが原田さん、いかがでしょう」
「僕の目から見てもファウルには見えませんね。彼の脚もカルロス選手のボールに向かっていましたし、仮にファウルだとしてもイエローが出るほどのものではないでしょう。
ただカルロス選手が派手に転んだのを見て審判が深刻に捉えてしまったのかもしれません」
「ここで日本も最後の交代カードを切ってきます。宮国選手に変えて山口選手が入ります。
FW投入と言う事は柳選手、細谷選手と共にスリートップにするのでしょうか。それともどちらかを中盤に下げるのでしょうか」
「いえ、どうやらスリートップにするようです。山口選手は右に、中央に柳選手が入るようです。
山口選手は速さはありませんが走力、スタミナはあります。おそらく残り時間名一杯走らせて奪ったボールを志村選手や柳選手に託すのではないでしょうか」
「なるほど。残り時間はすでに十分を切ったこの試合。試合の流れから見てもロスタイムはあまりないでしょう。
若き日本イレブン、ここから奇跡を起こせるでしょうか──」
◆◆◆◆◆
「くそっ」
ボールを受けてすぐに向かってきたオイゲンをかわし前を向く鷲介。しかしブラジル陣内はカナリア軍団がぎゅうぎゅうにひしめいている。
四点目を取ってからと言うもの、ブラジルはカルロスを除いて全員が自陣に戻ってしまった。さすがの鷲介も10人抜きと言う漫画のような真似はできない。
かといって日本が総攻撃に当たれるわけでもない。カルロス以外自陣に戻ったとはいえブラジルはメンバーの視線はさながら獲物を探すチーターだ。もし下手に攻め込めば即座にカウンターで止めとなる五点目を狙ってくるだろう。
テツへボールを渡し鷲介は走る。テツ、志村とつないで志村からロングボールが細谷へ放り込まれる。細谷が競り勝ったボールを山口が拾うが、すぐさま近くにいた二人のブラジル選手に囲まれて、ボールを戻してしまう。
スリートップとなった日本だがブラジル陣内のセレソンの数が増えたためか効果的な攻撃はできていない。志村やテツもドリブルで切り崩したり効果的なパスを出すが、ブラジルも全員が動いてはプレイを止めては、切ってくる。また一度だけだが冷や汗をかくようなカウンターもあった。
パスを回してブラジルの守りを切り崩す、ということもできてはいない。何回もそれを試したがことごとく跳ね返され、またあと一歩と言うところまで来てもジュニーニョやオリベイラたちの奮戦で潰されてしまう。
(せめてもう一人、ブラジル相手でも個人技で突破できる選手がいれば……!)
鷲介に継いで個人技に長けているのは志村だが、それでも守りに入ったブラジルの守備を切り裂けるほどではない。一人は抜くことができても次が続かない。
刻一刻と過ぎている時間。おそらく残り五分を切った、そう鷲介が思った時だ。テツが声を張り上げる。
「行くぞ!」
彼がそう言うと、今まで上がってきていなかったメンバーが一気にブラジル陣内へ入ってきた。残っているのはGKの宮野だけだ。
(おいおいマジか。カウンターを受けたら終わりだぞ)
センターラインぎりぎりにいるカルロスを見て思わず鷲介はぞっとする。が、テツを始め上がってきた選手がそれも承知の上という顔を見て、鷲介も覚悟を決める。
テツから始まる日本のポゼッションサッカー。ボールが動き回り選手一人一人が全力で走りだす。だがブラジルも負けじと、そして日本に確実に止めを刺すべく前に出てはボールを奪おうとしてくる。
日本のパスが通る──またはドリブル突破を試みる──のをブラジルが防ぎ、または奪う。だがカウンターとなるボールを日本がまた奪っては攻撃に転じる。そんな展開がブラジル陣内で繰り返されていたが、とうとうボールが最前線、鷲介のところへやってくる。
「柳、頼む!」
「任せろ!」
ジュニーニョの執拗なマークをかわしてパスをくれたテツに鷲介は応えると前を向く。当然のことながらボールを奪うべくカナリアたちが殺到してきた。
だが鷲介は微塵も慌てす一人、二人を一呼吸で抜き去る。試合終了間近で疲労もある、動きも乱れてはいるが執念で抜き去る。
ゴールが視界に入る。だが目の前に立ち塞がるのはオリベイラ。右に動く鷲介だがオリベイラもしっかりとついてきている。絶対に逃さないと言わんばかりの、必死の形相で。
(お前は大した男だよ。──だが一人で俺を止めるのはまだ早いぜ)
巨体通りのフィジカルの強さとそれに見合わない速い動き。曲がりなりにもプロと言うだけのことはある。
だが今の彼はプロの域を出ない。鷲介やカールのようにワールドクラスまで近づいた技量を持つ選手ではない。
鷲介は左に全力で動く。六割に落した動き──緩急の緩に誘われたオリベイラは鷲介の本気の動きについてこれず、見送るだけだ。
だが鷲介も疲労からか足元からボールを離してしまった。こぼれ球に駆け寄ったブラジルDFが大きく蹴りだす。
それを見て鷲介が表情を歪めたその時だ、飛んだボールへ山口が頭を突きだし、当てる。こぼれたボールが運良く鷲介の足元へ転がってくる。
「おおおおおおっ!」
一切合財、何も考えず鷲介は右足を振るう。効き足の、何百何千回と繰り返したシュートは見事、ゴール左へ叩き込まれた。
「よっしゃああああああああああっっ!!」
吠えながらも鷲介は転がり落ちたボールを拾うと、センターサークルへ投げる。そして喜んでいるメンバーへ早く戻るよう言いながら自身も自陣へ戻る。
4-3。ハットトリック。脳裏に浮かんだそれらはすぐに消える。そんなことよりも後1ゴール、いや2ゴールをブラジルゴールに叩き込むことが優先だからだ。
今日9回目のキックオフの笛が鳴り、すぐさま鷲介たちはブラジルの陣地へ入り込む。ブラジルがまわすボールを途中から入った山口はもちろん鷲介たちも追い回す。
だがボールはGKまで戻され、前線へ大きく蹴り上げられた時、主審のホイッスルが空に響き渡る。──試合終了、だ。
「負け、か……」
呟き、肩を落とす鷲介。そこへジュニーニョがやってきてはユニフォームを脱いで差し出してくる。
少し迷う鷲介だが、同じようにユニフォームを抜いで交換に応じる。
『次は勝つ』
『今度はクラブか、それともA代表でかな。──どっちでも君が言うなら今度は負けるかもしれないね』
つたない鷲介のポルトガル語にあわせているのか、ジュニーニョは微笑みながらゆっくりと言う。
『でも次も僕たちが勝つよ。負けるのは、大嫌いだからね』
『俺もだ』
握手を交わし、去っていくジュニーニョ。それを見ながら鷲介は改めて大きく息を吐き出す。
(U-17でも負けるとやっぱり悔しいな)
自分一人が加入したとはいえそう簡単に勝てるとは思っていなかった。だがそれ以上にロナウドがいないブラジルに負ける姿が想像できなかった。
勝つ、もしくは引き分けとなる。そう思っていたがやはり物事は思った通りにはいかない。予想以上にブラジルは強く、そして鷲介はU-17日本代表に溶け込めていなかった。
しかしそれに落胆もしていられない。残り二戦もチャンスはあるのだ。そして今の練習時間でも連携を高められる可能性だってある。
次の試合は勝つ。鷲介はそう自分に言い聞かせ、サポーターの元へ挨拶に向かうのだった。