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「シュナ、明日は子どもたちの護衛を頼めるか?」
そう言って俺の依頼完了のサインが入った依頼書を受け取ってくれたのは何でも屋ギルドの受付兼マスターのアランさん。黒豹の獣人で何でも屋ギルド、クマント支店を一人で回している。
「俺が護衛ですか?」
「ああ。子どもたちが野外学習をするらしいんだが、ラルフの奴が体調を崩しちまってな。分かっていると思うが、この村の自警団は交代制。みんな自分の仕事と兼業でやっている。明日都合のつく奴がいねぇんだわ」
――そう言えば、りーが「みんなでお外探検するんだよ。楽しみなの〜」ってはしゃいでたな……
「俺がしても問題ないなら構わない、ですよ?」
「かぁ〜、シュナ。お前はまだそんなこと言っているのか? 村のものは、すでにお前のことを村の一員だと認めているんだぞ? みんなもお前の前で獣化していないだろう?」
事務処理をしていたアランさんの鋭い瞳が俺の方を向く。
「……」
獣人族は人族の前で、よっぽどの理由がない限り本当の姿を見せない。それなのに、この村の住民は俺の前でも獣化することなく普通に生活していた。
――――
――
早いもので、俺がこの村に来て3ヶ月が経った。
俺が熊の獣人ゴウキさん一家に連れて来られた村は、俺が住んでいた村より少し大きな村だった。
クマント村というらしいが、そのまんま。代々、熊の獣人が村長を勤める村だった。
そんな村の村長や村のみんなは、はじめから人族である俺を温かく迎え入れてくれた。
これは身元を保証してくれたゴウキさん一家のお陰だが、一番の理由は、俺がものまねスキルを所持していたことが分かったから。
知らなかったが、どうも俺の住んでいた国で、ものまねスキル所持者が不当な扱いを受けている。ということは、ここ獣人国にも伝わっていたらしい。
その時の俺は、そんなこと知るはずもなく、ものまねスキル持ちと分かればすぐに村から追い出されるだろうと、ならばその時は、早い方がいいんじゃないかと諦めにも似た気持ちで、そのことをみんなに伝えた。
けど、みんなの反応は俺の思っていたものと違っていい意味で裏切られてしまった。
そう、獣人国ではものまねスキルに対する偏見がなく、それどころか使用許可もいらないことが分かった。
村長曰く「ものまねスキルも与えられた素晴らしい恩恵の一つだから、どんどん村のために使っていいぞ」と喜ばれてしまった。
今まで受けてきた扱いとの違いに、俺はどう返していいのか分からず戸惑い、みんなの前で固まってしまった。
マレーさんなんて、そんな俺に向かって「子どもなのに人生、諦めたような目をしていた理由がやっと分かったよ」と愉快そうに笑っていた……
自覚はなかったが、俺はそんな感じだったらしい……
この村に住民はみんな好意的な者たちばかりで、あれほど向けられていた、卑しいものを見るかのような視線を向けてくる者は誰一人としていなかった。
常に人出不足の村からすれば、誰の代わりでも務められる俺は貴重な存在だと、その日のうちに、村のみんなが空家になっていた家を、俺のために清掃や補修をしてくた。
――その時は、反応に困り固まることしかできなかったっけ……
――――
――
「……分かりました。俺やります」
俺の言葉を聞いた、アランさんは安心したのか、安堵の表情を浮かべた。
「いや〜そう言ってくれて助かるぜ。学長は俺の恩師でもあるんだ。頭を悩ませていたんだよ」
そう言いながらもしっかりと事務処理を済ませたアランさんが――
「待たせたな。柵の補修作業は1200モフだ。本当にシュナがきてから案件がスムーズに捌けて助かるぜ」
無精髭を生やしたアランがにやりと口角を少し上げながらその報酬をカウンターに置いた。
若い女性ならば中年だが顔立ちがよく渋みのあるオヤジにコロっといったかもしれないが、あいにく俺にそんな趣味はない。
「俺も助かってますから……」
ほとんど人の出入りのない、この村の何でも屋ギルドの案件は、ほとんどが村の若者たちがその役目を担ってきた。
でも、今はその若者たちもほとんどが出払っている。
案件はどんどん増える一方で、塩漬けになりそうな案件もチラホラ発生していたらしい。
それでも急を要するものを優先し村の住民たちが協力しあいながら処理していたそうだ。
そうそう、何でも屋ギルドとは、人族の国で言う冒険者ギルドのことだ。
人族からの強い反発があって獣人国ではそう呼ぶようになったらしい。
ほんと人族ってロクな奴がいない。
「もうしばらく、辛抱すれば何人かは嫁さんを連れて帰ってきてくれる、と思ってる……シュナ頼りにしてるぜ……」
獣人族は同種族でないと子孫を残せないらしく、そのために若者たちは成人すると番を求めて王都を目指すらしい。
まあ。話によると、若者たちは喜んで巣立っていくようだけど――
――獣人族も大変だ……
若者たちは10人中2人戻ってくればいい方らしく、残りはそのまま便利な王都で暮らすようになってしまうか、相手側の村で暮らすようになるそうだ。
だから、アランさんの言うことも、あまり当てにならない。
「まあ……俺にできることならね。アランさん、また明日来るよ」
「おう。頼むな」
アランさんに軽く会釈して俺はギルドを出た。
ギルドを出ると早速、左肩に座るにゃんこが俺の顔を覗き込んできた。
『シュニャ、もう帰るかにゃ?』
「そのつもりだよ。ああそうだ、今日はにゃんこの好きな川魚でも買って帰るか?」
『ふにぁ!? ほんとかにゃ!』
にゃんこがニパッと笑顔を向けてくる。すでにヨダレが少し垂れている、その顔がおかしい。
――ぷっ、ははは……
俺はいつも笑いを堪えるのに必死になる。
「ああ、ほんとだよ」
『やったにゃ。しゃっかっにゃ、しゃっかっにゃ……うぅれしいにゃぁ……にゃはは……』
にゃんこがご機嫌に鼻歌まじりで頭とシッポを揺らしている。
「ははは、大きい奴買おうな……」
『ふにゃ!!!!』
少し歩くと大きな魚や川の生き物が並べてあるお店に着いた。
熊の獣人バアルさん夫妻のお店だ。少し白髪が混じっているので結構なお歳だと思うが元気な声に引き締まった身体から若く見える。
「おぅ! シュナににゃんこ元気か? 今日も活きのいい魚が入ってるぞ!」
『それにゃ、それがいいにゃ!』
にゃんこが俺の肩から右手を伸ばし大きな魚を指している。
「おお!! さすがにゃんこだ。それが一番脂がのってて旨いはずだぞ」
『当然にゃ……』
「あはは、バアルさん。それを頂戴!」
「あいよ! ほら、こっちはおまけだ。落とすなよ……」
にゃんこより大きな魚をバアルさんが大きな木の葉っぱに包んでくれた。
それを受け取ると、すぐににゃんこが嬉しそうにスリスリと頬ずりしている。
「ありがとうございます」
「いいってことよ」
バアルさんが遠慮するなと、片手を挙げる。
俺はこの村にきて初めて俺という存在が認められた気がした。それほど充実した日々を送っている。
だから俺は、この生活を壊したくない。そう思った――
――――
――
「にゃんこ。こいつだな。こいつ殺ればいいんだな」
『そうにゃ、この魔物も魔物王……魔王になる邪因子を持っているにゃ』
俺の目の前には手の平サイズのクモの魔物が奇妙な声を上げ威嚇してくる。
もう少し魔王化が進めば黒い邪気を放ち出し、誰の目からも分かるようになるらしいとにゃんこが教えてくれたが――
――……まだ分からないな……
俺の目では、普通のクモの魔物より弱そうなクモの魔物にしか見えない。
「キ、キ、キシャー!!!!」
そのクモの魔物は周りの仲間に指示を出しているのか、耳障りな奇声を上げている。
「ムダだ。お前の周りの仲間はすでに殺った……」
そいつの周りには俺より大きなクモの魔物の死骸がゴロゴロと転がっている。
この邪因子を持つクモを守ろうと俺に襲ってきた魔物たちだ。
もちろん返り討ちにした。
「安心しろ……お前もすぐに仲間のところに送ってやる」
俺はその邪因子を持つクモを、聖剣猫の爪で一突きした。魔王化前の魔物だから戦闘に慣れていない俺でも楽に倒せる。
ザシュ!!
「ギギギッ……」
クモの魔物は小さな断末魔の叫びを上げると一瞬で灰になった。
――……不思議だよな……邪因子を持つ魔物の死骸は残らないもんな……
邪因子を持つ魔物は聖剣でトドメを刺すと灰になり消滅する。そして二度と復活しない。だが、これが聖剣でなければ死骸が残り、時間をかけて復活するらしい。
「これで、この辺りは大丈夫だよな? にゃんこも神様に褒めてもらえそうか?」
『もちろんにゃ。神様も褒めてくれるにゃ』
にゃんこたち聖獣支は魔王とその因子を持つ魔物を倒す役目を担っているらしいが、聖獣支になりたてのにゃんこは神様に褒めてもらいたくて張り切っている。可愛いやつだ。
俺は俺で、結果的にはお世話になっている村が護れるし、危険度の低い魔王化する前の魔物ならどんどん倒したいと思っている。
『この辺りはもういないにゃが、少し離れたところに少し大きな邪因子を感じるにゃね……』
「うーん。大きいって、少し気になるけど……でも今日はもう帰って休まないと、明日は護衛の仕事があるからなぁ……」
気をつけないといけないのが、倒したと思って油断していると数日後にはまた別の邪因子を持つ魔物が発生していたりもする。
だから俺は一月前から毎日のように村から近い森の中をにゃんこを頼りに散策しているが、やはり時間が足りていない。
『そうにゃね……』
にゃんこが少し残念そうにしている。いつもならもう少し付き合ってやるのだが、今日ばかりはどうしようもない。
「また明日も頑張ろうな」
『そうにゃね』
にゃんこが言うには、この獣人国にはまだまだ邪因子を持つ魔物を感じとれるそうだ。
俺としても安心して暮らせるように、その数を少しでも減らしたいと思い、みんなが寝静まってからその活動をしている。
――どうにかならないかな……
俺とにゃんこはいつものように、隠密スキルを使ってそっと村へと帰った。
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