7
ブックマーク、ご感想ありがとうございます。
「おーい、帰ったぞ」
ガチャリとトビラを開ける音と同時に小屋中に野太い声が響き渡った。
「わぁ!! とぅたんだ!!」
にゃんこと遊んでいた女の子の子熊のリズことりーが、その声に反応して笑顔を浮かべると入り口の方へとことこ駆けていった。
『や、やっと離れてくれたにゃ……』
力のない声で呟く毛並みの乱れたにゃんこを尻目に、俺は四角い積み木を少しずらして一番上にのせた。
「……ほら、ぐーの番だぞ」
はじめこそ余裕の表情でリズと遊んでいたにゃんこだったが、手加減を知らない子熊相手に振り回されつづけた今のにゃんこは、げっそりとした表情でちょこんと座り込んでいる。
――ははは……
逃げるわけでもなく、最後まで相手をしていたにゃんこが愛らしい。そんなにゃんこの姿に俺の口元は自然と緩んでいた。
――なんだかんだ騒いでいたけど、にゃんこって付き合いがいいんだな……
「……にゃんこありがとな……あとで猫まんま食べていいから」
『うにゃぁ! 猫まんまにゃか!? ありがとにゃ〜……うれしいにゃはは……猫まんまにゃ』
猫まんまという言葉に反応したにゃんこは、目を見開いたあと、げっそりとしていた表情がウソのようにみるみる活力を取り戻していった。
にゃんこのことだから、ほかほかのご飯の上で踊る削り節でも想像したのだろう、口元をだらしなく緩め、しっぽをゆらゆらと揺らし始めた。
――ははは……ん?
「……うう〜」
俺が積み木を積み上げてから、あーうー唸っていた男の子の子熊のグリことぐーが手に持つ積み木をのせようとしてはやめている。
それをしばらく首をひねりながら繰り返していたが、とうとう我慢でなくなったのだろう。
「シュナ! これを、こんな端っこにおいたら、ひ、ひきょうだぞ!!」
積み上げることのできないグリは、少し涙目になりながら俺に顔を向けた。
「どうする? ぐー。降参するか?」
俺が、少しいじわるっぽく言えば――
「……だ、だれがするもんか」
生意気な子どもらしい言葉が返ってくる。
「そうか、じゃあ頑張れよ」
「ふんだ」
いじわるし過ぎたかと反省してみるも、本人は俺を見返そうとやる気になっているのでしばらく眺めていることにした。
再びグリは、積み木を片手にあーうー、あーうーと唸り始めた。
――あれ……だれかと遊んだの……いつぶりだろうか……
――――
――
俺は服が飛んでくるという予想外の展開に、どうしようか固まっていると、熊のかあちゃんから子どもたちが暇そうだからしばらく遊び相手になってくれと頼まれた。
正直、ただでもらうことに抵抗のあった俺は二つ返事で快諾した。
熊の母ちゃんはマレーさんというらしいが、マレーさんが言うには、今日はたまたま子どもたちの学校が休みで「ついていく」と言うこと聞かない子どもたちを仕方なく仕事場に連れてきたらしい。
ちなみにマレーさんの夫が木こりらしく、毎日、仕事仲間兼友人の三人で森の中に入っているらしい。
そしてマレーさんはマレーさんで、その仕事の事務方を任されていて面倒を見ることができないでいたそうだ。
はじめこそ庭ではしゃぎながら楽しそうに遊んでいた子どもたちだったけど、そこは飽きっぽい子どもたち。二人で遊ぶことに飽きてくると、今度は友だちがいないから帰りたいとぐずり始めていたところだったそうだ。
魔物? ああ、知らなかったが、森には獣や虫などの生物がなんらかの形で変異した奴が出るらしいけど、この辺りは森の中といっても、まだ浅い場所らしく比較的小さな魔物しかでないから心配いらないそうだ。
マレーさんが「私でも狩れるよ」と力こぶを見せ豪快に笑っていた。
たしかに、と言いそうになるも、慌てて口を閉じた俺はなかなか良い判断だったと思う。
だってマレーさんは、体術と剣術スキル持っているんだ。
どうやらものま目スキルは警戒していない相手だと意識しなくても、勝手に相手のスキル情報を拾ってくれるようだけど、もちろん勝手に見てごめんなさいと心の中で謝っておいた。
――――
――
「にゃんこ、にゃんこがいるんだよ〜」
「にゃんこ? この森に猫なんていたか?」
そんな声とともに毛むくじゃら、無精ヒゲを生やした大男がりーを、右肩に乗せ俺たちのいる部屋に入ってきた。
「……人族!?」
大男は俺を見てしばらく固まった後、急に大きな声をあげ大きな熊の獣人へと変貌した。
「おい! マレー、これはどういうことだ!?」
大きな熊が警戒心むき出しで身構えている。いつ襲われてもおかしくない迫力がある。
「ちょっとアンタ! 落ち着きな! その子はシュナそっちが猫のにゃんこだよ。子どもたちの遊び相手をしてもらってたんだよ」
そんな夫の態度を叱咤しつつマレーさんは淡々と、ことの経緯を説明し始めた。
「いいかい……」
そんな様子を黙って見ている俺としては非常に居心地が悪かった。
――もともと。服がほしかっただけだしな……
「にゃんこ」
小さな声でにゃんこを呼び寄せると――
『ん? そろそろ行くかにゃ?』
にゃんこも楽しそうに俺の右肩に飛び乗ってきた。分かっていたが、にゃんこは好奇心旺盛。にゃんこは、知らないことや、真新しいことなら何でも楽しめるようで、どこか違う場所に行く。ただそれだけのことでも嬉しいようだ。
「ああ」
「……シャナ……もぅいくのか?」
「ん? そうだよ。ぐー、ありがとな」
グリが年相応に、少しさびそうな声を出すので、その頭をなでてしまったが、怒る様子がなかったのでそのまま気にせずに立ち上がった。
すると――
「……おい、坊主」
マレーさんと話していたはずのマレーさんの夫(名前を知らない)が話しかけてきた。
――今のは俺のこと、だよな?
そこで、ふと、お礼をまだ言ってなかった事実に気がついた。
「……服、それに靴、ありがとございました」
俺は軽く頭をさげ、さっさと小屋から出ようとしたのだが――
「ああ……って、そうじゃねぇ。お前どこか行くあて……あんのか?」
「……」
――そんなのあるわけない……
俺が黙り込んだのをいいことにマレーさんの夫が、変なことを俺に言った。
「……ないなら、俺たちの村についてこい。俺たちが身元を保証してやる」
――身元を保証? 言っている意味が分からない。
「……」
「ほら、アンタちゃんと教えてやらないと……」
俺が何も言わず首を傾げていると、呆れた顔をしたマレーさんが夫のお腹を軽く摘んた。
「ぃでででっ……痛ぇよ!!」
「ほら、早く!」
「ぅ……えっとそうだな……獣人国で人族が活動しようものなら、何でも屋ギルドに登録するしかねぇ」
「何でも屋、ギルドですか……」
「そうだ。ただ人族が登録するには十万モフ必要になる。あ、十万モフは隣の人族の国の通貨で一万ルド相当だ。お前そんな金持ってねぇだろ?」
「持ってないけど、俺は狩りが得意……」
「もぅ、アンタは回りくどいんだよ――」
俺の話を遮るようにマレーさんが話し出した。
「要はウチらが身元を保証してやるからウチらの村で何でも屋をやればいいって何で言ってやれない、このバカ! そうすれば登録料もただになるんだろ? ほら」
「痛っ、ちょ、マレーやめろな」
黙って聞いていたマレーさんは我慢しきれなくなったのか、夫の背中をバシンッと叩いた。
「どうして……どうして初めて会った人族の俺にそこまでしてくれる……」
「シャナ。ウチらの村も年々王都の方に若者が流れて人手不足なんだよ。
だからウチらの村で何でも屋を引き受けてくれると助かるんだ」
マレーさんがニカッと男前の笑顔を見せてくれた。マレーさんが言ったことはウソなのかもしれないが、本当かもしれない。けど、不思議と嫌な感じはしなかった。むしろ――
「おいおい、そこは男で大黒柱の俺が言う大事なところだったと思うんだが?」
「アンタがごにょごにょ回りくどい話し方をするからさ」
マレーさん夫婦は、またワーワーと賑やかに言い合いを始めた。肩に乗るリズも楽しそうに参加しているからいつものことなのかもしれない。
「シュナは、俺の村にくるのか?」
「……どうだろう。いいのか、な?」
グリの質問にどう答えようか返答に困っていると――
「ほら、今から村に帰るから、みんなも帰る準備をするんだよ。
シュナもほら、子どもたちを手伝ってくんな」
「え、あ……」
「ガハハッ、諦めろシュナ。マレーが言い出したら俺の言うことなんて聞きゃしねぇ。ってことで俺はゴウキだ。よろしくな」
「え? あっ、は、はい」
俺はわけも分からず差し出されたゴウキの大きな熊の手を握っていた。
「にゃんこもくる?」
「もちろんくるぞ。な、シュナ?」
りーがゴウキの顔を覗き込むと、ゴウキがその頭を優しくなでつつ俺を見るので、仕方なくこくりと頷き返した。
――危なかったら全力で逃げればいいか……
頭ではそう思いつつ、まだ人のあたたかさに憧れ、期待している自分がいたことに驚いたが、不思議と嫌な気分にはならなかった。
最後まで読んでいただきありがとうございます^ ^