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「ううう、俺の服が……」
森の中で、にゃんこから猫かぶりの魔法を解いてもらった俺は、無残な状態の服を手に膝から崩れ落ちた。
『猫だったら服にゃんていらにゃいよ? もう一度猫になるかにゃ?』
にゃんこがにぱっと笑顔を向ける。にゃんこは俺の猫姿が気に入っているらしく、解除するときもしぶしぶといった様子でやっと応じてくれた。
「……いや、いいよ。これでも、なんとか腰に巻きつけることはできるし……」
そう言って俺は無残な服を腰に巻いた。靴もないし、下着もない。スースーして勝手が悪いが今はこれで我慢するしかない。
幸い、勇体強化をしているので素足で歩いてもケガをすることはない。勇体強化さまさまだな。
『ふにゃぁあ、遠慮することにゃいのに』
にゃんこは少し残念そうにしながら俺の右肩にくるっと回って飛び乗った。
――――
――
街道を避け、しばらく森の中を歩いていると少しだけひらけているところに小屋が3つ建っていた。
「小屋がある……なぁ、にゃんこ? あそこで……服、もらえないかな……」
『ん〜どうにゃろねぇ〜』
自分でも虫のいい話だとは思うけど、さすがにこんな格好で大きな街や村に入る勇気はない。
なんとかしなければ、と考えていたところだったで、ダメ元でもいってみようと思う。
この森には獣の気配はするし、物々交換の方向で話だけでも聞いてくれるといいんだけど……
――とりあえず、あこそに行ってみるか……
「にゃんこ、あの小屋にいくよ。服もらう」
『ふーん、そうにゃか』
にゃんこが気の抜けた返事をしてくる。というのも、にゃんこは何もかもが新鮮に映るらしく、ずっと、きょろきょろと周囲にある木々や獣を眺めているんだ。
そんなにゃんこは見ている分には可愛いし、微笑ましいく思うが、話を聞き流されるとすこし寂しくもある。
――あの小屋にしよう。
俺は中に気配がある一つの小屋に近づくとそのトビラを軽く叩いてみた。
しばらく待っていると中の方からトタトタトタッ、とトビラに近づいてくる足音が聞こえトビラがガチャリと開いた。
「だれ〜」
トビラから顔の半分を出してきたのは小さな女の子だった。六歳くらいおかっぱ頭をしている。くりくりした大きな瞳がじーっと俺を見つめてくる。
――あれ? 耳……
その女の子の頭には熊みたい耳があった。俺が何も言わずにその耳に釘付けになっていると――
「うわ〜、ねこさんがいる〜」
俺の肩に乗るにゃんこを見てにぱっと笑顔になり小屋から外に出てきた。
「え? ……あ! 俺はシュナって言うんだけど……こっちは猫のにゃんこ。ほかに家の人いないかな? できれば大人の人が……」
「にゃんこぉ? にゃんこ」
――まったく聞いてない。
近寄ってきた女の子は嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながらにゃんこのしっぽを掴もうと遊びだした。
『ふにゃ? にゃは』
にゃんこも、きらりと眼を光らせるとイタズラっぽく笑い、俺の肩の上からしっぽを上げたり下げたりと女の子相手に遊び始めてしまった。
「あはは、どうしよう……」
そんな時だった――
「りー、だれがきたの? キーおじさん?」
今度は男の子が小屋の中からひょこっと顔を出してきた。女の子より少し大きな男の子。この男の子の頭にも熊みたいな耳があった。
「よかった。俺はシュナって言うんだけど……」
俺は助け舟がきたと思い、気軽に挨拶したつもりだったが――
「……じ、人族!?」
その男の子は俺を見て異常に驚き、身体を仰け反らせたかと思うと、急におろおろとし始めた。
「そうだ」
終いには一瞬のうちに二本足立した子熊へと変貌してみせた。
「うお!?」
俺がそんな男の子に驚いていると――
「りー、そこからはなれろ!!」
誰かの名前を叫んだかと思うと、にゃんこと遊んでいた女の子の手を取り、後ろに引っ張り下がらせた。
「りー、大丈夫か?」
男の子自身はその女の子を庇うように前に出てきて、俺に威嚇してくる。どうやら俺は敵認定されているようだ。
「ん? ぐーにぃたん? ほらにゃんこだよ。にゃんこ」
当の女の子は、威嚇しつづける男の子の意図に気づくことなくにゃんこを見て楽しげに指をさしている。
「バカ、学校でならったろ? 人族に本当の姿を見せるとさらわれるって!!」
――攫われる?
「おお」
女の子はその男の子の一言で何やら思い出した様子で、気の抜けた声をあげると男の子と同じように、しゅるしゅるっと二足立ちした可愛らしい子熊の姿に変貌した。
――こっちもクマになった……
「りー、よくできた。えらいぞ」
威嚇していた男の子の子熊が、りーと呼んだ子熊の方に向き直ると頭をなでなでしている。
――おいおい、背中がガラ空きだぞ……
警戒していた俺に背を向けるのはどうかと思うが、子どもたちが、人化した姿から獣化した姿へと、獣人族の秘密っぽいものを一部始終見てしまったので、俺は、どう声をかけていいのか困ってしまった。
――それ、俺の見てないところでしないとまずいんじゃないのか?
「おい人族。おまえ何しにきた?」
女の子も子熊の姿になって安心したのか、男の子だった子熊が腰に手を当て、すこし偉ぶった様子でそう尋ねてきた。
「……え? ああ。ほら、見ての通り俺、服をダメにしてしまって……その……服を一着でいいんだけど譲ってほしいなぁと思って……あ、もちろん、俺のできることならなんでもするから……ダメか?」
まあ、こんな子どもに話したところで無理だろうと思ってはいるが、ここで何も言わなきゃ不審者だしな。
「服?」
そこで男の子の子熊は、初めて俺の姿をまじまじと眺めだした。
「……おまえの服……ボロ……なにそれ」
俺より明らかに年下の男の子にそう言われると、さすがに胸にくるものがある。熊だけど……
「ははは……」
本当のことだから、俺にはもう笑って誤魔化すしかなかった。
「ふーん」
子熊の男の子は何やら考えだしたが、よほど暇だったのだろう。
男の子の後ろにいた女の子の子熊が、俺の傍までとことこ歩いてくると、再びにゃんこのしっぽに向かってぴょんぴょんと飛び跳ね始めた。
「にゃんこ〜あそぼ〜」
「あ、こら、りー。ダメだろ」
「りー、にゃんこと遊ぶもん」
女の子の子熊はイヤイヤと首を振ると、そのままにゃんこのしっぽと遊び始めた。
『にゃは! あちしのしっぽは掴めにゃいにゃよ』
にゃんこも、ちょっかいを出してくる女の子に対してイタズラ心を刺激されるらしく、絶妙なタイミングでしっぽを揺らし、掴まれないようにゆらゆら揺らしている。
――にゃんこ、それ……おちょくってない?
『にゃは……』
俺にはにゃんこの方が楽しんでいるように見えた。男の子もしばらく女の子に声をかけていたが、楽しそうにしている姿にだんだんと居心地が悪くなったのか――
「……服のこと、俺じゃわからない。ちょっと待ってろ。かーちゃん呼んでくる」
そう言って小屋の奥に入っていった。
――俺、敵認定から外れた?
――――
――
「あらま、本当に人族だね」
「だから俺、何度もそう言った」
「……ん?」
しばらくにゃんこと遊ぶ子熊を眺めていると、俺の二倍はありそうな大きな熊が二足歩行してきた。
「うおっ!」
「おや、驚かせたようだね。んで、あんたかい? 服がほしいって言ってるのは?」
のっしのっしと大きな熊が重量のある身体を揺らし歩いてくる。
近づいてくるにつれ、かあちゃん熊の迫力も増していく。
「……へぇ、なるほどね〜。ぐーが可愛そうだと言うはずだよ」
――……は?
「かぁちゃん!!」
近寄ってきた大きな熊は、俺の姿を見てそんなことを言うと――
「ほらよ。人族には大きいかもしれないが、一番上の子が、子どもの頃に着ていたもんだよ」
手に持っていた服一式を俺に向かって投げてきた。
「え? おわわぁ」
まさか服が飛んでくるとは思いもせず、不意をつかれた俺は慌てて手を伸ばし受け取った。
――ふぅ。ぁ!? これって。
受け取ったはいいが、人の好意に慣れていない俺は対価を払わなければいけないとすぐに思った。
なぜなら受け取った服は上の子が子どもの頃に着ていた服だと言ったが、俺が着回していた服より明らかに生地がよかった。
だから俺はいつもように――
「……俺は何をすればいいですか?」
そう口にしていた。
何かしてもらったらお礼は倍にして返す。それが当然のことだと村では教えられてきた。
それなのに、そんな俺に向かってかあちゃん熊は――
「……ふん。子どもが気を使うんじゃないよ」
そう言って豪快に笑っていた。
大きな身体を揺らし笑うその姿には不思議とあたたかいものを感じた。
――……俺……成人してるんだけどな……
そう思ったが懐かし人の好意に口がうまく開かなかった。
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