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「うおお、にゃんこすごいぞ、これ。まるで風になったようだ」
勝手の違う猫の姿の時と違って、駆け抜ける速さが全然違う。さすが勇体強化に、にゃんこの魔法猫まっしぐらの重ねてかけただけある。
すれ違う魔物や獣も木々を縫うように避けて走ると、あっという間にその気配が遠のいていく。
――やっぱり人の姿がいい。猫の姿なんてこりごりだ。
『にしし、そうにゃよね〜』
にゃんこは全身に夜風を浴び目を細めている。鼻歌らしきものが聞こえるので、気持ちがいいのだろう。
「それで、あとどれくらい?」
『もうすぐにゃよ〜? ……にゃ!?』
ふいに、風になびいていたにゃんこのヒゲと耳がピンっと張った。
「どうしたの?」
『魔王にゃ、魔王が復活してるにゃ!?』
にゃんこが首を傾げながら森のずっと先の一点を見つめてそんなことを呟いた。
「え、ええ!?」
――魔王が復活……なんで?
急に言い表せない不安が押し寄せてくる。
『あちしに反応したようにゃ。魔王はすでにこっちに気づいているにゃ』
「にゃんこに? どういうことだよ」
『そうにゃね。魔王にとっては聖獣支は天敵にゃ。力を溜めている間にやられると本能的に察したようにゃね。だから無理にでも復活したようにゃ。しなくてもいいにょにね』
「復活したって……簡単にいうけど、俺どうすれば……うっ!?
ねぇ、にゃんこ。もしかして魔王って、この、なんていうのか、禍々しい気配のやつ?」
真っ暗い森の奥には禍々しい気配が無数ある。これは、本当に小さな気配なので気にするほどのものじゃないが、その中心に一際大きく不愉快な気配放っていものがある。
『そうにゃ……ふにゃあ!? 咆哮にゃ、魔王がこっちに向かって咆哮するにゃ。邪気を含んだ咆哮にゃのにゃ』
「え、え? 咆哮? 咆哮って何」
『シュ二ャは気にするにゃ。そのまま突っ走るにゃ。咆哮なんてブチ破ればいいにゃ』
「わ、分かったよ」
急に咆哮と言われても俺にはピンとこない。何をどうすればいいのかも分からない。だから、今の俺は、にゃんこの言う通り信じて走ることしかできない。
ゴォォォォン!
ふいに、身体を射抜くような軽い衝撃があったが、ほんとに大したことない。
「……あれ? もしかして今のが魔王の咆哮、なの?」
『ふにゃ? 魔王は弱ってるにゃね? なるほどにゃ。うんうん。ギルドで討伐したばかりだと聞いていたものにょね。
にしし、やっぱり、あちしの読み通りにゃ。魔王はあちしに消されるのを恐れて無理して復活しているにゃね』
にゃんこがヒゲをピンと張って何やら納得している。
「にゃんこを恐れて無理してる? 魔王が?」
『そうにゃ。シュニャ、あの魔王は見かけ倒しにゃ。今のシュニャならサクッとやってスパッとやれちゃうにゃ。大丈夫にゃ、あちしがついてるにゃ』
にゃんこがにぱっと笑顔を向けてくる。にゃんこに笑顔で言われると不思議となんでもできる気がしてくる。
心なしか、俺の周囲にも金色の幕が薄っすら張ったように感じる。
『シャニャ聖剣にゃ。聖剣を召喚するにゃ』
「わ、分かったよ……にゃんこが言うなら大丈夫なんだろ……聖剣召喚っ!」
俺は駆けながら右手を伸ばし聖剣を召喚すると、前傾姿勢をとりギアを一段あげる。
駆けるスピードはぐんぐん上がり、風を切る音さえ置き去りにし、俺の周囲は無音となった。
――いたっ!
ほんの僅かな時間で剣を振り上げている魔王の姿を視界に捉えた。
「……!? 何あれ、気持ち悪い」
『あー納得にゃ。無理して復活した結果にゃ。あれはアンデット化しているにゃね。
もうひと思いにジャンプしてシャパッとやるにゃ。シュパッと。
アンデットに聖剣はテキメンにゃからね。これはもうクリティカルヒット確実にゃ』
――クリティカルヒット?
にゃんこがしゅっしゅっと猫パンチをして、もうやっつけた気になっている。
「いくよ」
にゃんこを信じて、スピードに乗った俺は魔王の頭上まで軽く跳躍すると、くるりと宙返りをして、聖剣を叩きつけるように魔王の頭に向かって急降下した。
「こんのぉぉぉぉぉっ!」
――え!? あれ? 俺、空振った?
あまりにも抵抗がなく地面に着地してしまったため、背中に変な汗が流れたが、遅れて魔王のものらしき断末魔の叫びが聞こえてきて安堵した。
グァァァァァ……
だけど、それもすぐに周りから聞こえてくるざわめきに嫌な予感がした。
――見られた。
よく見れば少し離れた位置に結構な数の騎士がいる。
姿からして獣人国の騎士。魔王に気を取られて気がつかなかった。
――――
――
俺は夢でも見ているのだろうか……
グァァァァァ……
両断された魔王が断末魔の叫びを残し灰となり消滅していく……
「ま、魔王が……消滅した」
俺には魔王を貫く金色の閃光が走ったようにしか見えなかった。
グゥゥゥ……
ゴァァァ……
なおも、聞こえる断末魔の叫びに疑問を抱く前に理解した。
「!? こ、これは……」
魔王が消滅した影響なのだろう。周りの隊を成し押し迫っていたアンデットの配下までもが次々と消滅していく……
「ゆ、ゆうしゃ……さま、だ」
部下の誰かがそう呟いた。
(勇者だと……)
俺にはすぐに理解できなかった。アルーラ殿下が使者となり直接赴き懇願してもなお、勇者派遣についての返答を濁していたベジタル王国が今になって……
(なぜ……)
見れば眩く金色に輝いていた光が収まりその姿が露わになっていく……
その正体は人族の少年だった。
その手にはしっかりと勇者の証である、金色の光を放つ聖剣と、肩に白い猫の姿をした聖獣支様がこちらを興味深そうに見据えている。
(猫の聖獣支様……)
聞いたことがない。ベジタル王国の勇者は子と丑と寅だと聞いている。
他の国にいる勇者も卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥。
聖獣支様は十二聖獣だと誰もが周知の事実。だが、目の前の聖獣支様は猫だ。
(これはいったい……)
「勇者様……」
「勇者様が来てくれた……」
「勇者様!」
我に返った周りの部下たちの中からパラパラと喜びの声が上がり、次第に魔王消滅と生き残れたことへの喜びと相まって歓喜の渦に包まれていく。俺はかぶりを振った。ぐだぐだ考えるのは後だ。
(そうだ、今はそんなことよりも目の前の勇者様だ)
だが、その少年はなぜかバツが悪そうにこちらに振り返ると、すぐにどこかへ行こうとしていた。
「(ちょっ……)待ってくれ、待ってください。勇者様!!」
俺は思わずそう叫んでいた……今は、助けられたこと、消えることのなかった脅威を取り除いてくれたこと、その礼だけでも伝えるべきだと判断した。
するとその少年はピタリと止まったかと思うと、こちらに振り返り俺たちを睨み叫んできた。
「俺を……あんな奴らと一緒にするな!!」
「勇者さ、ま……(……なぜ?)」
「俺は勇者じゃない!」
歓喜に溢れていた辺り一面が一瞬にして静寂に包まれた。みなの表情に戸惑いの色が浮かぶ。俺もそうだ。
(ど、どういうことだ)
勇者とは王族にも並ぶ人族では大変名誉なことではないのか……権力の象徴ではないのか?
平静ではなかったが、露骨に嫌な顔を見せる少年に、このままでは言葉を交わすことなく逃げられる、そう判断した俺は一歩前に歩み出ると膝をつきこうべを垂れた。
(せめて少しでも話を……)
背後からも、一斉に同じように膝を突きこうべを垂れる部下たちの気配を感じたことに安堵するが……
「違う。違うんだ。俺はそんなつもりじゃ……俺は……」
勇者様から全てを否定する言葉が聞こえ、俺はますます焦りを感じた時には――
「俺は……」
「『シュニャはあちしの聖剣使いにゃ』」
「え!?」
少年ではない神秘的で可愛らしい声が聞こえた。だが、その声を最後に、少年の気配が消えた。離れていく気配などなく忽然と消えたのだ。
「あっ! せ……聖剣使い様!! ……くっ」
「た、隊長……」
「……ああ、分かってる。俺が報告した方がいいだろう」
自分の不甲斐なさを改めて感じつつ、力なく立ち上がった時だった。
「ち、ちょっと待ってくれ……はぁ、はぁ」
何やら聞き覚えのある声が聞こえてくる。
この声を発したらし人物は兵を掻き分けながらこちらに向かってくる。少しふらつく足取りからも、かなり疲弊した様子が窺える。
「!? ……はあ? ジルラ、なんでお前がここに? 確かお前は別の任務でクマント村に行ったと聞いていたが……」
「そ、そんなことよりも、先ほどの、ゆ……聖剣使い様についての報告は私に任せてくれないか……」
「ジルラお前……」
――――
――
「にゃんこ、やばい。見られたしバレた。しかも、騎士相手に何も言わずに逃げてきて、俺捕まるかな? ……ねぇ、にゃんこ……ねぇ?」
今、俺は短気を出してしまった自分に後悔しつつきた道を逃げるように全速力で駆けている。
だって仕方がなかった。勇者と聞くとどうしてもあの日の、勇者アレンの顔がチラつく、ついでにあの村長親子の顔も……
――俺はあんなやつと、同じ勇者だなんてごめんだ。
『……』
「ねぇ、にゃんこ?」
返事がない。珍しくボーッとしているにゃんこはまるで人形のようで、このままだったどうしようかと不安が押し寄せてくる。
『……』
「にゃんこ? ねぇ、どうしたんだよ」
『……たにゃ。やったにゃよ。シュニャ』
にゃんこの明るい声が聞こえるとともに、にゃんこが俺の横顔に張り付いてきた。
「ぶふっ、にゃんこ……良かった。急にボーッとしてるし、無言になるから心配したよ……何か悪いことでもあったのかと思った」
『悪いこと? それはないにゃ。今ね、あちし神さまに褒められてたにゃ』
どうやらにゃんこは、俺がムカムカモヤモヤしている間に、神さまから有り難いお言葉を頂いていたみたいだ。
「よかったな」そう返してやると『にしし』と嬉しそうな笑顔になった。
にゃんこの笑顔につられ俺まで嬉しくなった。すると、先ほどまでのイライラモヤモヤまでもスーッと晴れていく。
『邪因子持ちの魔物と魔王を倒したご褒美までもらえたにゃ。よくやったにゃだって……』
「頑張ったもんな」
走りながらも、頭を撫でてやるとにゃんこは目を細め気持ちよさそうにしっぽまでゆらゆらと揺らし始め――
『……ご褒美が何だか知りたいにゃか?』
にぱっと笑みを浮かべてそんなことを言い始めたが、口元がむにむにしているので言いたくて仕方がない様子が窺える。
「教えてくれる?」
『にしし。いいにゃよ』
「あはは……」
『ご褒美はにゃんと。猫の聖鎧の使用許可がもらえたにゃ。
これでシュニャは正真正銘、猫の聖剣使いにゃ』
「正真正銘の猫の聖剣使い?」
『そうにゃ。いくら勇体強化していても、聖鎧がないと聖剣本来の力を発揮できないのにゃ』
「え? 今でも十分すごいと思うけど……」
『まだまだにゃよ。あちしの聖剣を舐めてもらっちゃいけないのにゃ。聖剣の力はこんなものじゃないのにゃ』
――え!? あの威力で……
先ほど放った魔王への一撃が頭をよぎり、思わず生唾を飲み込んだ。
「……それはまた……俺の方がその力に振り回されそうで怖いけど……」
『シュニャなら大丈夫にゃ。まぁ、そうは言っても聖鎧は聖剣から取り出せるにゃ。聖剣召喚したらいつでも使えるから、好きに使えばいいにゃ。
それに、にゃんといっても聖鎧にはヘルムまでついてるから正体が隠せるにゃよ。シュニャは心配していたもにょね』
「……聞こえてたんだ。でも、今にゃんこと話していて分かった。ジタバタしてもしょうがないとね。
俺の勝手で村のみんなに迷惑はかけられない。その時は潔く出て行くつもりだよ」
『うーん。そうなのか? 大丈夫だとは思うけどにゃ。まぁ、あちしはシュニャに付いて行くだけにゃからね。どこでいいにゃよ』
「そうか。聖剣の義務だと分かっていても一人にならなくていいって分かってるだけでも気分が少し軽くなったよ」
『むぅ、義務じゃにゃいにょに……』
少し腹を立てたように頬をぷくっと膨らませたにゃんこに俺は心から感謝した。
それからしばらくの間、獣人国から何かしらのアクションでもあるのかな、と身構えていたが杞憂だった。
ひと月たった今でも俺は、何も変わらない日常生活を送っている。
昼はギルドで依頼を受け、夜は邪因子持ち魔物の排除を勤しんでいるのだ。
俺は別に勇者なんて興味はない。成りたいとも思わない。
だけど俺は聖剣が使える。ならば後悔しないように俺は俺の居場所をくれたみんなを護る。ただそれだけだ。
ただの少し変わったといえば、どこかの裕福な貴族がクマント村が気に入ったからと言って別荘を建て始めた。
なぜか俺の借りている家の隣に……しかも村長と同じくらい大きい。
それに、なぜかクマント村の発展に出資してくれたそうで、獣人国の王都までの道のりも整備され始めたようだ。やはりどこの国でも貴族はお金持ちだ。
これで王都までの道のりがぐっと楽になるし、もし乗合馬車の便が見直しされて、便が増えることにでもなれば、若者が村に帰って来やすくなるのではないかと、村長をはじめ、村のみんなは期待に胸を膨らませている。
あ、そうそう。国も魔王復活で大分焦っていたのだろう。
その脅威がなくなった今、徴兵令も取り消され、募集兵に変わっていた。
ベジタル王国への云々はよく分からないけど、村のみんながホッとしている様子からも、あの時、俺が魔王を倒して本当に良かったと思っている。
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