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――魔の森――
「しかし、この魔王繭はいつ見ても不気味だよな」
「ああ。あのうねうね蠢いてる繭だろ」
巡回兵が目を向けた先には黒く蠢く繭があった。
討伐された魔王は、すぐに周辺の木々や取り巻きだった魔物の残骸を取り込み、その身を黒い繭で包んだ。
一時は騒然となった繭から飛び出したおびただしい量の黒い触手。四方八方に広がりあらゆる物に絡み纏わり付いた。
その触手も今は落ち着き、周りの木々に張り付き、まるで何者も近づけさせない様にしているか、地上から離れその繭を宙に固定している。
ただ、その黒い繭には赤い血管のようなモノが無数に走り脈を打つ。その存在を主張するかのように……
「あ〜、やだねぇ、夜の巡回だと不気味さが際立って見えるぜ」
「そうだな……討伐する前の繭は、ここまでの不気味さは無かったのにな」
「ああ、前の魔王繭は、黒くて硬い塊だったもんな。これが、復活したらどんな奴に……」
巡回兵はその状況を想像したのだろう、顔を青くしその身をブルッと震わせた。
ピクッ
「バカ、お前が変なこと言うから、繭が動いて見えたじゃねぇか」
「かー、お前も相変わらず気が小せぇな。討伐したばかりなんだぜ、数年は大丈夫だろ……」
ピクピクッ
「お、おい……やっぱり、今動かなかったか?」
「おい、その冗談は面白くね……え!?」
ピクピクッ、ピキッ
「ぁ……ぁぁ……ぅ、動いてる……やっぱり動いてる……」
「あ、ああ……こ、こうしちゃいらんねぇ。隊長に報告……」
「ま、待て」
走って駐屯地に戻ろうとした、兵の腕掴んだ、もう一人の兵が首から下げる呼び笛を見せ――
「ばばば、バカ、それじゃ間に合わねぇかもしれないだろ。み、見ろ中央に亀裂が入った。笛、緊急用の呼び笛」
ピッ、ピーッ
余裕のなかった兵はその笛を力一杯吹いた。甲高い音が響き渡る。
「そ、そうだな……」
もう一人の兵も震える手でやっと掴んだ呼び笛を口にした。
ぷ、ピーッ
焦るあまりブサイクな音を鳴らすことになったが、それでも、二人が鳴らしつづける甲高い笛の音は魔の森中に響き渡り、すぐに近くの駐屯地に駐在する兵と――
「何事だ! 何があった」
「魔物か、魔物が出たのか!」
数名の王国騎士が姿を見せた。
「どうした、状況を報告しろ!?」
「ガイル隊長!!」
息を潜め魔王繭が割れていく様を見守っていた二人の兵は騎士隊長であるガイルの顔を見て安堵の表情を浮かべた。
「見てください!」
二人の兵が指差す先は魔王繭。
魔王繭の赤い血管のように見えていモノは真っ白く固まり、蠢いてた繭自身もその蠢きを止めヒビ割れている。
今も進行中の、その繭が割れるのは時間の問題に見えた。
「なんてことだ。繭が、魔王繭が割れる……」
「そんな」
「ウソだろ」
「討伐したばかりなのに」
「早すぎる」
駆けつけた兵たちは一定の距離を取り騒めき立つ。それは異変を聞きつけ集まる兵が増すごとに大きくなっていく。
「ちっ!」
ガイルは徐々にに割れていく魔王繭を見て、舌打ちすると、自嘲の笑みを浮かべた。
「くっくっく、こりゃあ参った」
ガイルの本来の持場は獣人国第三王女アルーラ殿下の護衛。
腕を買われたガイルは魔王討伐後の、活性化した周辺の魔物を速やかに鎮圧するために一時的に指揮を取っていたに過ぎなかった。そう表向きは――
実のところ、まだ空席のままだった駐屯地隊長。弛んだ精神を鍛え直してこい、と上官のカルスに律され渋々従ったガイルだったが、予想外に手厚い報酬に浮き足立っていた。今の今までは――
「これはとんだ貧乏くじ引いちまっただぜ」
それでも引き受けてしまってる以上、駐屯地の騎士隊長として出来る限りのことはしなければならない。
「ガイル隊長、ご指示を」
「ラル、お前は王国に急ぎ報告しろ」
「はっ」
「トーマ、お前は俺と一緒に兵をまとめる。魔王から一定の距離を取り、しばらく様子を見るぞ」
「はい」
駆けていく駐屯地の副官たちを尻目にガイルはその身をオオカミの獣人の姿へと変えた。
(今の駐屯地の兵力では、どれだけ時間が稼げるのか)
「へっへっへ、さあて、二度復活した魔王さんよ。どれだけのモノになってるのかい。ああ、ほんとツイてねぇわ」
――――
――
「たぁぁぁ!!」
シギャャャ!
俺の目の前で、邪因子を持っていたヘビの魔物は断末魔の叫びを上げ灰となって消滅した。
「ふぅ、邪因子を持つ魔物の周りには魔物が多いけど、今回は特に多かったね」
『そうにゃね。今回は産まれてから長く生存していた魔物だったにゃ。その分魔物が多くなったにゃ』
「もし。魔王として復活してたら、こいつらって」
『幹部クラスにゃね。邪因子を持つ魔物は、魔王になる前から幹部候補を引き寄せて護らせるにゃからね。
傍にいる魔物ほど復活後のランクアップの幅が大きいにゃ。魔物もそれを本能で分かってるにゃ』
「ランクアップね……」
俺はヘビの魔物の残骸を眺めた。俺が倒した魔物だ。今は足の踏み場もないほどその残骸で埋め尽くされている。
この残骸も森の獣たちが処理してくれるから気にしなくてもいいとにゃんこが教えてくれたけど――
ポイズンスネーク、ネークファング、こいつらは前にいた村の頃からよく知っている。
俺が小さかったのもあるが、森で遭遇し、もし襲われでもすれば、間違いなく命の危険があった相手だ。脅威の対象でしかなかった。
でも、いずれも勇体強化した今となっては大したことなかった。返り血すら浴びていない。
――俺にも護りたいものがある。悪く思うなよ。
俺が、手に持っていた聖剣を召還すると輝く粒子となって消えていく。
『さて、次にゃ……シュニャ?』
にゃんこが俺の頭をぽふっと叩く。どうやら聖剣の消えていく神秘的な粒子に見とれていたらしい。
「ああ。ごめん、眠ってる魔王だったよね」
『そうにゃ。でもにゃ少し遠いから、このまま全速力で森を走り抜けた方が早いと思うにゃね』
にゃんこが獣道すらない森の中に視線を向けている。少し探れば小さな魔物の気配が無数にある。
「全速力でって、この森の中を? 魔物結構いるけど、隠密スキル外れちゃうよ?」
にゃんこも俺が慣れてきたからって無茶を言う。こんな道無き道を駆ければ、身体中擦り傷だらけに……勇体強化してるからならない。魔物だって振り切れる?
――あれ、大丈夫じゃない?
『にしし、あちしに任せるにゃ。ちゃんと考えがあるにゃ。にゃん法の猫まっしぐらと、猫足を使うにゃ』
俺の肩に座るにゃんこが、得意げな表情でふさふさの胸をぽふっと叩いた。
「ああ、あれか」
にゃんこと猫の姿で、風のように駆けた、あの時の状況が頭に過ぎる。
――あれは爽快だった。
「うん。それなら魔物も振り切れそうだね。でも猫足って何?」
『足音、足跡を消す魔法にゃ。本当は勇体強化の全速力と猫まっしぐらだけでもぶっちぎりで魔物を置いて行くと思うんにゃけど、念のためにゃ。保険にゃよ』
「ふーん。保険ね」
『さあ、いくにゃよ』
「うん」
――――
――
キィィン!
「ぐぅぅ!! なんて力だ(腕が痺れる)」
金属のぶつかる甲高い音とともに振り下ろされた大きな剣をガイルは辛うじて逸らした。
逸れた大きな剣が地面に突き刺さる。
「このバカが! すぐ下がれ! 前に出るやつがあるか!」
「す、すみません隊長!」
「はぁ、はぁ、(くそ、まさか、魔王だったゴブリンキングがアンデット化するなんて)」
魔王は酷く腐敗した姿だった。目玉は垂れ下がり垂れ流しの唾液、黒く悍ましいその姿は見るだけで背筋が凍りつきそうになる。
犬の姿した獣人兵が後へ下がるのを確認したガイルは、地面から盛り上がってきた物体を切り捨てつつ軽くバックステップし、後方へと下がった。
「隊列を整えろ!」
「は!」
復活したというより、蘇った魔王のゴブリンキングはアンデット化していた。原因なんて分からない。
(こりゃ……正直手がねぇぜ)
ガイルは憎々しげに三メートルはありそうなゴブリンキングを見上げ鋭い視線を向ける。
「た、隊長すみませんでした」
「ああ、それより今は、口を動かすより……こぉ!」
ガイルはまたも盛り上がってきた物体を力任せに切り捨てた。
「湧き出るアンデットゴブリンを片付けろ!」
「はっ」
アンデットのゴブリンは魔力を込め致命傷を与えれば土塊に戻っていく。戻っていくが、数が多過ぎる。
(くそー、兵が足りねぇ。どうすればいい)
今は獣人化した兵たちが抑え込む形をとっているようにみえるが、実のところいっぱいいっぱいだった。
この急造の隊列では、ちょっとしたイレギュラーでも発生すればすぐに穴が開き崩れてしまうだろう。
(まだ動くんじゃねぇぞ)
祈るような思いで、ガイルはゴブリンキングを横目に見た。
ゴブリンキングは近づかなければ襲ってくることはなかった。そう今は……
ガイルは、ゴブリンキングの爛れ黒く蠢いている皮膚が少しず復元している姿を見て、こちらの出方を見ているとともに力を取り戻しているのでは? と当たりをつけている。
ならば、力を取り戻す前に、と魔力を込め一度だけ斬りつけてみたが、瞬く間に再生し意味をなさなかった。
では再生速度を上回る斬撃を繰り返せばとも思ったが、残念ながらこの駐屯地にはガイルと肩を並べて動き回れる者などいなかった。
周りでは次々とアンデット化したゴブリンが湧き出している。ゴブリン、ホブゴブリン、ゴブリンメイジ、ゴブリンナイトなど、徐々にランクの高いアンデットが地中から這い出し、そのアンデットたちはまとまり隊列をなしていく。
ガイル一人、孤立無援では致命傷を与える前にアンデットたちに取り囲まれて万事休す。
だがらこそ、今は魔王を討伐するという戯言を、捨て置き、この状況に甘んじることにした。
(カルス隊長さんよ、早めに頼むぜ)
すでに伝達魔法で伝わっているはずだ。
本国からの援軍を待つ身であるガイルとしてはありがたくもあったのだが――
「グォォォォォ!!」
「ぐぅぅぅ!! (油断した)な、なんて咆哮を……」
ゴブリンキングが明後日の方向を向いて咆哮している。まともに向けられなくて助かったとも思ったが、その考えは甘かった。明らかにすくみ上った兵たちの動きが悪い。
「た、隊長、魔王が、魔王が来ます」
「なんだと!」
咆哮したばかりの魔王が大きな剣を振り上げ迫ってくる。ただ、取り巻く配下たちにはその意思が伝わっていなかったのか、魔王は配下たちを踏み潰しながら前へと進み出でくる。
「くっ、何をやってる。お前たち下がれ!!」
「だ、ダメです。あ、あ、足が竦んで動けません」
「ちっ(ここまでか)」
俺はそう覚悟して魔王の前に躍り出た、その時だった。
「このぉぉぉぉぉ!!」
俺の目の前に金色の閃光が走った。
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